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場違いは承知の上で(苦情お焚き上げ投稿)

もし好評以外の投稿されるのはあまり…という場であれば、管理者の方で削除していただいて構いません。

観ていない人にはネタバレ禁止なので、ここで勝手に思いの丈をぶちまけておきます。
個人の感想ですが、私はダメでした。

「何も知らずに観てください」と言われた以上、先読みをしないことも難しかったので、いろいろな想像をしながら観ていましたが、
私の中では「充分想像できる範疇の中での、いちばん最悪な展開」ということで、最もダメな位置に落ち着いてしまいました。

ほんと冒頭から、「犬が死んだらもう観ないぞ」・「犬が死んだら途中でも出ていく」と念じていたのですが…案の定中盤で殺しやがって。

『ファニー・ゲーム』以来、「″これが現実なんだから″というエクスキューズのもと、過激な酷薄さで観客にショックを残す」手法が定着してしまったのかな。

そのシーン以降は、本当に「あー全員残忍な目に遭う方のヤツね」と確信できたと同時に、
ここまで趣味に合わないレイブの爆音に必死に耐えてきたのに…という思いが溢れ、どんどんテンションが下がっていきました。


改めて、この作品を鑑賞した体験を通して振り返ると、
前半はまだ『この映画を鑑賞すると、観衆がレイブを体験できる』みたいな、よくありつつも、芸術としての完成度が問われるような仕掛けなのかも…とも期待していましたが、
しばらくしてすぐに、それはミスリードの可能性の方が高そうだな、と思ってしまって(こういう時は「何も考えないで観る」のが大切なんですよね…頭では分かっているのですが、申し訳ない)

前半だけでも戦争や軍隊が何度もシーンの端々に登場し、
結局息子と犬の2人が死んだ後にも、辿り着いた村で、砲台のような兵器を積んだトラックが登場するなど、
暴力を臭わせるようなきっかけが随所に散乱しており、それらがまだ回収されていませんでしたので、
「あっじゃあ、ジャンプスケアで、誰かがゴア描写で死にますね…」というお約束の確定演出としか感じられませんでした。

途中、絶望したルイスが、砂嵐吹き荒れる砂漠を歩くシーンの絵柄を見せられた際は、
「えっ地雷みたいなのがたくさん落ちてる…これ爆発しないよね?」と不安が頭をよぎりました。
「もしかして主人公が死んで、視点が交代する映画…?」などと余計な邪推までしておりましたが、そこまでのひねりはなく、杞憂でしたね。

中盤以降は、「突然降りかかる災厄」を、観客も一緒に体験していくことで、登場人物たちと感情を同一化していく演出だったと思うのですが、
私のほうでは「頭では分かっているのに、最悪な結果を回避できない」という心理に陥っており、登場人物との乖離を感じて、どんどん没入感が醒めていってしまいました。
それでいて、私個人の感情的には、スリラーもゴア描写も大の苦手であり、ストーリーが進むにつれ、「何で望みもしないのにこんなものを見せられてるんだろう」という怒りがどんどん湧き上がるばかりでした。

残り10分少々で耐えきれず退室…「あとは誰か生き残るか、全員死ぬかの違いだけだな」と思いました。ネタバレで結末を見ましたが、正直残らなくて良かった…という気持ちです。


映画館を出た後、苦々しい後味を消すために、せめていろいろ考察を眺めようと、記事などを漁りました。
鉄道のシーンの意味合いについては、自分が拾いきれていなかったところだったので、解説を読んでなるほど、と思いました。

ただ、いくつかの考察で、「危険だと分かっている時点で引き返すことができない人間は、当然の帰結として死ぬ」という読み解きをされているのを読みましたが、
私が思うにそれは(人間の頭が作り出した)制約に縛られた、固定観念に囚われたもののように感じました。
もちろん、地政学的な情報に基づく考察は大変興味深く、そういったアンダーグラウンドの知識に根差した設定の妙は見事ですが、
それだけでは主人公の蛮勇的な行動が、ストーリーの中でもたらす意味を捉えきれません。
「現実」=自然のもつ反・理性性、訳のわからなさ、偶然性のなす御業を、余りにも軽視しているようにも思えました。


他方、私としては、映画自体はむしろ逆のメッセージを主に打ち出していたように思えました。
「究極的な状況では、人間の持つ浅知恵などは何の役にも立たない。(息子とピパが、ルイスの忠告に従った結果命を落としたことが何よりの証左です)
ただ運命を受け入れて身を投げるのみだ」というところでしょうか。

その考えについては私の及ぶところではなく、人によって宗教観は様々と思いますが、
「人間の営為の意味をそこまでとことん否定するとしたら、じゃあこの映画をより良いものにしようとした皆さんの努力は何だったのでしょうね」と皮肉のひとつも言いたい思いでした。


予想外の展開で人にショックを与えること、作り込んだ残酷さや後味の悪さで人の心を離さないこと…それも確かに、アートとしてのテクニックなのかもしれませんが、
個人的には、他者の安全感を損なうものが結果として印象的な作品になるのは、人間心理としては当たり前のことであって、
例えば激辛料理のような、「辛ければいいんでしょ」という、悪い意味での単純さに受け取ってしまいます。

たとえ刺激としてはつまらなくても、表面上はありきたりであったとしても、
その抑制的な制約の中で、いかにドラマを作り込んでいくかというところに、私としては映画の魅力を感じています。

以上、好きな映画をつまらない個人の感想でぐちぐちと言われて、気分を害された方には心からお詫びいたします。

1人で観に行った都合上、他に吐き出す相手もいないので、砂漠で引き取り手もなく朽ちていった登場人物たちの亡骸と一緒に、こちらのスレッドに供養させていただきます。

編集キー:ysr4

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年10月24日 05:31)

結局3回観た

1回目Dolby Atmosで観た。
あまりの衝撃で、あの砂漠の風景が頭から離れなかった。
さらに、「ずん、ずん、ずん。。。。」とあのリズムも聞こえてくる。
完全にやられていました。
理解を超えている。なんなんだこの映画は。
あらゆる解説、情報を探索しまくった。

2回目、Dolby Atmos(同じ映画館)で観た。
少しだけ落ち着いて鑑賞できた。
それぞれのキャストさんが、愛おしくなってくる。
サイドブレーキと水の重要性を再確認。
『Katharsis』って「カタルシス」ということなのかっ!!
「ずん、ずん、ずん。。。。」のリズムも絶好調。
この音楽なくして、この映画なし。

3回目、極音(初体験)での鑑賞。
ああ、俺この映画大好きだ。たまんねぇ。
極音すごい。音なのかこれは、本当に風の中にいるようだ。
この映画は、傑作だ、奇跡だ。
俺は、この映画に出逢えて、生きていて良かったと思う。
あんまり気づかなかったけど、犬が結構でていたのね。
しかも、なんかかわいい。

不思議な映画だ。
俺は今度、いつ観るのだろう。

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音楽

レイブカルチャーを知らずに見ました。ストーリーは衝撃と唖然と虚無で全然消化できませんが、音楽はかなり惹かれました。サントラ聴いてますし、映像がレイブの魅力を言葉を使わずに伝えてくれた気がしています。

内容についての深い考察では全くないのですが、話す場所がないのでここに書き込ませてください。

ルイスだけが地雷原を渡り切った後、残る3人を待つ間、
「チュルルルルルルルン」...(長い間)...「チュルルルルルルルン」...(長い間)....「チュルルルルルルルン」
って音楽流れるあのシーン、あまりにシュールすぎませんでしたか?宇宙人が空から降りてくる効果音っぽすぎて、なんかそういう新たな展開があるのかと期待しちゃいました(逃避思考)。

衝撃と唖然で悲しいという気持ちすら置いてけぼりにされるぐらい困惑しながら見終わった映画なのに、このシーンだけは思い出すとそのシュールさにちょっとニヤッとしてしまうし、サントラでもこの曲はお気に入りです。
レイブミュージックの知識のない者の感想ですみません...。

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あの効果音みたいな音楽は宇宙人とか出てきて突拍子ない展開起こるかも!?とは考えてしまう音でした。
同じ感想の人がいてよかったです。

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アンビエントになる瞬間

テクノにハマって依存症になっていった弟を思い出した。
弟を変えたテクノとかレイブが大嫌いだった、というか人生でずっと避けていた。
久しぶりに聞いたテクノはやはり人を狂わせる音楽だなーと思った。

シラートは因果の世界から遠く離れた天国と地獄をつなぐ細い糸のような橋。
砂漠の真ん中には死も生も同時に存在してテクノからアンビエントになる。
(てゅゅゅ・・・・・ん・・・んんんん)
少しだけ当時の弟の気持ちがわかった気がした。
アンビエントになるその瞬間だけを求めて踊り続けていたのかもしれないね。

自分よりも大切なものを喪失し続けたルイスはなぜ生きたのか、無心とはなんなのか。
ルイスとエステバン以外は皆レイブパーティの参加者が演じてるらしい。
今まで蓋をしてた部分が開かれる、全ての砂漠映画を超えた大傑作。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年07月25日 11:14)

映画と現実

予備知識なく観たので、ずれているかもしれませんが、私が映画を観て想像したこと。
映画なら、フィクションなら、行方不明の娘はラストには見つかり、転落した車は奇跡的に無事で、登場人物は命を落とすことはなく、旅人は次の目的地にたどり着くだろう、と予想しながら映画を観ていたでしょう。あるいは、1回目の地雷が爆発した後に、ああ、きっと次も爆発するだろうと予想したでしょう。
だって、途中ガソリンは何とか手に入り、川を渡るのは無理かと思われたが引き返してきて引っ張ってくれたし、空回りするタイヤは何とか穴から抜け出すことができたから、ピンチになっても切り抜けられるだろうと、映画だからあっと驚く展開が待っているだろうと。
でも、車は転落し、地雷は爆発する。人は死ぬ。奇跡は起きない。ある意味あっと驚く展開。
レイブを巡るノマドの彼らと住む土地を奪われ安息の地を求める難民、神に祈りをささげる信徒と薬物によって現実逃避する映画の登場人物、どちらも戦争の犠牲になる。
奇跡は起きるんでしょ、と思わせておいて起きない。音楽に気を取られて戦争が起きていること忘れてたでしょ、だから地獄だってタイトルにあるでしょ、そう言われているようにラストでは感じた。

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0

音楽は私にとって親縁者との縁を切った現実逃避で、人生もいつ終えてもいいと思っている生活なのでこの映画はその時が来るまでこのまま生きていていいんだという救いでした

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分かる方いれば教えて下さい

エステバンが崖から落ちた後しばらくして、ルイス以外のメンバーが集まって「(ルイスに)誰が言う?」と言うシーン、女性が遠くにいるルイスに「地獄はこれからよ」と言うシーンがあったと思うのですが、これは何のことを指していたのでしょうか?エステバンの遺体を見たことですか?

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前者は遺体を見たこと、エステバンが確実に亡くなってしまったことを誰がルイスに伝えるか?というシーン
後者は砂漠から帰還したあと始まるルイスのメンタルケアについてじゃないでしょうか

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ラストまさかの展開

てっきり息子を失った父が音楽で癒されるはなしかと思っておりましたら、想像もしてなかった地雷の音に声出そうになりました。怖

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一見力強く見えても

人生って怖いほどの呆気なさが無邪気に起こったりするものだったよなぁそういえば

なんてことを思いました

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観た人と話したいけど観て!って勧められない

観終わったあとXで「シラート 最悪」と検索してしまった 最悪に面白くないってことではなくて…最悪の気持ちになったから…映画体験としては凄絶だったけど…気持ちは…最悪

この映画ってどこに向かうの?って思い始めたときにエステバンがああなってしまって本当に唖然とした

ところで、ルイスとエステバンの関係は良好に見えたから、なんで娘がいなくなったのかが観賞後もしばらく自分には全然わからず
レイブファンたちが娘の写真をみたとき、悲しい目をしてる~とか、なんで“逃げた”のとか言ってはいたけど いやそれってあなたの感想ですよねとしか思ってなかったんだけど
崖から離れろ、車の中に入ってろ、とルイスがエステバンを守るためによかれと思って指示して安全な場所に隔離させたつもりが、ああなった
ということが、ルイスと娘の関係も示唆してるのではないか
と思ったとき、
エステバンのあの事故も、単にルイスを地獄に落とすための要素ではなく…そういう、「親子の物語」としての含意もあるんだね と…なんというか…守ろうとしすぎて裏目に出て手からこぼれ落ちていったというか…

いや…わからない…
そう思うことで、「あまりに容赦ない現実」的な描写という苦しみから少しでも遠ざかりたい(物語だと安心したい)だけのこじつけなのかもしれない…

ややあって この映画ってどこに向かうの?とまた思い始めた頃に地雷がああなって、ほんとに、もう
も~

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