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豪快に雲放ちけり秋夕焼

きっこさん、兎波さん、皆さんこんばんは。夕日が魚網を放つように一直線に伸びていました。

引用して返信編集・削除(編集済: 2022年10月24日 15:08)

やつと来たバスは満席秋時雨

きっこさん、みなさんこんばんは。

猫髯さん鑑賞のお部屋のアップありがとうございました。
読みやすくて、ランダムに読み耽るのが好きです。

引用して返信編集・削除(編集済: 2022年10月23日 22:22)

手順違ふ即席ライス夜長かな

おはようございます。

猫髭さん、ハイヒール図書館の編集をいつもありがとうございます。

先程食べたのですが、添加物たっぷり(だけ)の粉をお湯と一緒に入れるのを忘れた。後で粉を入れて混ぜ混ぜ。チキンライスのはずがチキン粉ライスになった。(笑)

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笑ひ過ぎ腹痛くなる夜長かな

おはようございます(^^)

引用して返信編集・削除(編集済: 2022年10月23日 06:29)

草罠に転べば笑ふ鰯雲

兎波さんの箱罠→草罠。力草(相撲草)を結んで草の罠を作り足を引っ掛けて転ばせる遊びで子どもの頃に水戸光圀の別荘跡の草叢でよく遊んだものです。結構草が深いのでよく引っかかって転びまくりました。(*^▽^*)ゞ。

杜人さんの赤子の雲は、わたくしは目が悪いせいか、顔が怖そうに見える。ローズマリーの赤ちゃんか。ロールシャッハ・テストで何に見えるかでどういうわけか普通の人が見えるものがわたくしだけ見えないので、エッシャーのだまし絵など説明されないとわからないし、説明されても代表作の「滝」などそのまま不思議とは思わないので騙されていることに気づかないので、この赤子の雲から想像するのはわたくしが一番好きなSF小説スタニスワフ・レムの『ソラリス』に出て来るパイロットが空で巨大な赤ん坊に出くわすシーンで、その怖いこと怖いこと、でももっと怖いことが惑星ソラリスで起こるという、アンドレイ・タルコフスキー監督による1972年のソ連映画『惑星ソラリス』(2002年のアメリカ映画のリメークはひどかった)は宇宙船の中での出来事が一生忘れ得ない衝撃でした。未来都市がモノクロの東京の立体高速道路だったり宇宙船の機器がただの測定器だったりしても、惑星ソラリスの凄さに圧倒されたので、空に浮かぶ赤ん坊というと映画ではなく小説で書かれたシーンの不気味で不気味で、この雲も不気味だわあ。(*^▽^*)ゞ。
やっぱり自分の好物を雲に見るのが安心でわたくしはお魚、ラスカルはシュークリームなので次回は鯨でもケーキでも。もっともシュークリームを雲子と見間違えるかも(^^)。

腰を痛めて長時間座ることが出来なかったハイヒール図書館の「鑑賞のお部屋」「波多野爽波編」(https://bbs1.rocketbbs.com/Kikkokanshou)を再開しました。腰痛にシャッフル・ダンス効くわあ(^^)。

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箱罠に瓜坊だけが鰯雲

 きっこさん、みなさんこんばんは。
 あらほんと。赤ちゃんの腕もある。お布団がお腹のあたりにかかってる。
毎日見て、赤ちゃんの成長を見たくなるような雲。

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天空に揺籠の児や秋の雲

きっこさん、ハジメ2018さん、皆さんこんばんは。赤子が天を向いて眠っているような雲をみました(^^)。

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ひと舟のたこ焼き二人秋夕焼

おはようございます。

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江ノ電は潮の香まとひ秋夕焼

おはようございます(^^)

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磐城 までゆくんか雲よ秋の海

兎波さんの「いわし雲」から山村暮鳥の詩「雲」を思い出した。山村暮鳥はわたくしの生まれた大洗磯浜町で結核療養中に亡くなったので、実家の大洗の板金工場で働いていたわたくしは裏手の磯前神社を抜けて大洗海岸の松林に建っている山村暮鳥の詩碑の台座に腰掛けて晴れた日は海を見ながら弁当を食っていた。この詩碑には山村暮鳥の「雲」という詩が彫ってある。

  おうい雲よ
  いういうと
  馬鹿にのんきさうぢやないか
  どこまでゆくんだ
  ずつと磐城平(いはきたいら)の方までゆくんか

どんなに落ち込んでいても実にのんびりとした気分になれる子どもの頃から大好きな詩で、二十代のほとんどを盆暮正月なしで板金工として働いていたわたくしの憩いの場だったが、敬愛する詩人の詩碑に腰掛けて弁当を食らうなどバチアタリな労働者ではあった。萩原朔太郎と同郷の群馬県高崎市生まれでキリスト教の伝道のかたわら萩原朔太郎、室生犀星らと、詩・宗教・音楽の研究を目的とする「卓上噴水」を創刊し、信者らと作った詩誌「風景」にも萩原朔太郎、室生犀星に加えて三木露風らが参加していたという近代詩の礎を築いた詩人の一人だが四十歳で病に倒れた。詩碑の説明には萩原朔太郎が磯浜まで見舞いに来たと書いてあった。磐城平とは福島県のいわき市の旧名で、平、勿来(なこそ)、常磐(じょうばん)、内郷(うちごう)、磐城(いわき)などの市町村が合併した日本一でかい市だが東日本大震災の浜通り南部に位置していたため甚大な被害をこうむったところなので、今読むとまた別の感慨も生まれる。あの30メートルの大津波で亡くなった知り合いが一人いるのを思い出した。この詩にはひとの安否を祈る心もあるようだ。

>あたしが生まれる前の東京を視覚的にも知ることができました。

きっこさんが池波正太郎の『食卓の情景』(1973年)を取り上げたので、記憶を辿るとちょうど『むかしの味』(1984)の単行本が出た頃に『食卓の情景』が新潮文庫で再販されたので、一緒に社内報の『忘閑記』(通称ゴリラ記)という新刊紹介連載に『むかしの味』と『食卓の情景』をペアで紹介していました。『散歩のとき何か食べたくなって』(1977年)は古過ぎて店が見つけづらくなったので『むかしの味』を開いて『食卓の情景』の文庫本を載せている写真が付いていました。つい、酒の話など詳しいので歳の差が親子ほど違うことを忘れていました。(*^▽^*)ゞ。

で、きっこさんがまだ小学生だった頃に書いたわたくしの文章を見ると、こういうことを書いていました。以下、後半を引用。

ここ(『食卓の情景』と『むかしの味』)に出て来る話は、彼(池波正太郎)が長年にわたって受け付けてきた店や料理だけを並べているせいか、付焼刃な押し付けがましさがない。嗜好は人それぞれだから断定はしないが、偶然「ああ、この店か」とぶらり出会った味を思い出しても、こう言って良ければ、それらは本来の味がした。今や酒といえば「住吉」といえども売れてくると杉樽に寝かす手間を惜しんで杉の香の粉末でごまかす。塩、醤油、味噌も然り(過熱すると苦味が出る)。うまいまずい以前に、本来の味を失った調味で味付けされたものに金を払う馬鹿がどこにいるかと言いたくなるが、少なくともこれらの本に出て来る店は本来の味を守っている。この確かさは彼が、家庭で日常に味わうウチメシと、料理屋に足を運び金で購うソトメシとの相違をわきまえていることにも由来する。日常の繰り返しに値するものが生活の範疇であり、それを支えるのは家族であるという常識がそこにある。とくに『食卓の情景』は滋味のあるうまさだ。醤油や味噌を自給したこともなければ、自分で釣った魚や締めた地鶏の味も知らない世代に本来の味と言っても通じまいが、身体が忘れない味というのは、子どもの頃の記憶のように、どうしてこんな些細な事がと思うくらい魂に染み付く。人というものは、厨で夕餉の支度をする気配を聴きながら配膳を待つ時が、最も調和した人間関係に向かい合っている時間なのである。
 「どんなに性格が一致していようが、性的に合っていようが、日常の食事の味で、家族をリード出来ない女性は、いつも崩壊の危機に直面している」と言ったのは吉本隆明だが、池波さんは「食べたくないものが出たらおぜんを引っくり返せ、でないと、一生、食いたいものも食えないぜ」ということになる。女性にしてみれば何でも喜んで食べてくれる方が嬉しいだろうが、日常の食は繰り返しに堪えられなければママゴトに過ぎない。もっとも、ヴィリエ・ド・リラダンのように"Vivre ? les serviteurs feront cela pour nous"(「生活? そんなものは召使にでもまかせておけばいい」戯曲『アクセル』)と言うような高踏派もいるが。
 正月ともなれば、三箇日は厨に立って刃物を持たずに済むように、暮に念を入れておせちを作る。逗子の新年は静かだ。ただひたすら地酒をあおり、好きな映画を見て過ごす。少なくとも元日の夜から二日までは新聞屋さんのコンピューターも休み、絶対にCALLが来ることはないから。 (ゴリラ記)*ゴリラのようにタフだと言われたので。部下はゴリラよりタフだと言っていた。

本当に今日は杜人さんが言うように「久しぶりに鰯雲が空いっぱいに広がりました」。写真はわたくしが吟ぶらする妙正寺川そばの電線と雲。

引用して返信編集・削除(編集済: 2022年10月22日 12:34)
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