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スレッドNo.66

どなたかご存じありませんか?

連絡会のホームページに、会員の石村様から以下のお問合せが入りました。どなたかご存じの方がいらしたら、ぜひ教えてください。
この掲示板に書き込んでいただいても良いし、HPにメールいただいても結構です。よろしくお願いいたします!

”美濃戸の魅力”のページを拝見し、改めて本別荘地にまつわる地域の歴史や情報に興味を持ちました。そこで、下記、情報をお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひご教示いただきたく存じます。
1.一ノ瀬汐の開削は350年前とも220年前ともいわれているようですが、この開削の歴史について知りたくなり、どこかに記録など残されていないものかと調べましたが、ネットでは到底限界があり、地元の方ならご存じではないかと思いました。市役所などに記録があればとも思いましたが、情報をお持ちの方はいらっしゃいませんでしょうか。
2.北の展望台の記載がありましたが、50年も通いながらその存在を知りませんでした。フォレストリゾートの地図を見ると2か所展望台があったので、期待して共にさっそく昨日行ってみましたところ、両展望台共成長した木々に囲まれ、八ヶ岳の各峰も柳川もまるで見えず、展望台としての機能は過去(30年以上前?)のもので、今は寂しい場所になってしまっていました。茅野駅方面から別荘地へ車で上ってくるときは八ヶ岳が望めますが、別荘地内で現在、展望が良い場所はございませんでしょうか。

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小田様、

ご親切に詳しく書き込みをいただき、大変ありがとうございました。

先日、汐を美濃戸山荘まで辿ってみたところ、1900年代に改修されたのではないかと思われるような造りのようにも思われました。
どのように流れを堰き止めずに改修工事を行ったのか不思議に思いました。

まずは、図書館を尋ねてみます。

石村

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小田様

詳細な情報、ありがとうございます!

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一之瀬汐に関して、ちょっとだけ調べたことがあります。
茅野市図書館や原村図書館に行って『茅野市史』をご覧になるのが一番かと思います。汐・・・揚げ堰とか繰越し堰と呼ばれる用水路に関してはさまざまな資料があり、中でも坂本養川が私財を投げ打って多くの汐を作ったことが有名です。ただ一之瀬汐は養川よりも古い時代のもので、『茅野市史』に「万治三年(1660)是年 美濃戸川の一ノ瀬より引水」という記載がありました。つまり360年以上も前のことです。また「明和四年(1767)是年 古一ノ瀬汐開削(ぶどう日影より)」と『古』という文字が入っているので、現在美濃戸に流れている汐とは違いがあって、養川以降の整備の中で改善がなされたのかもしれないと思います。ところで万治の記載については『原村誌』にも載っていて、いずれにも「美濃戸川」とあります。柳川はかつて「美濃戸川」と呼ばれていたみたいです。
坂本養川に関しては八ヶ岳総合博物館にコーナーが設けられていた記憶があります。尖石縄文考古館の駐車場には銅像と、簡単な説明看板があります。さらに地元の在野歴史家である五味省七さんが自費出版された資料がたくさんあって、こちらは茅野市図書館に収蔵されています。いくつかはいただいているので、ご希望があれば私のものをお貸ししますよ。
それから茅野市図書館と書きましたが、いずれも2階の郷土資料室にありますので、受付カウンターで席札をもらって上がっていってください。

2の「美濃戸内で八ヶ岳が見えるところ」はないと思います。実践農業大学の大芝生か、御柱道を降りて行って右でも左でも途中で入って農地の間からとか、鉢巻道路をチェルトの森方面へ進んで、分かれ道の手前で振り返るのもいいかと思います。

以上、私の知ってる範囲のことを書きました。ご参考になれば幸いです。

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