目次
東京タワー 30句
シートベルト 32句
ナースコール 33句
三十秒 26句
東京タワー 30句
鳥の巣に飛行機雲の刺さりけり
春潮やハモニカ吸へば鉄の味
薄氷や四十五度のアキレス腱
女紅場へ急ぐ鼻緒や春氷
わかさぎの泳ぐかたちに揚がりけり
五百二十万画素の枝垂梅
白梅を攝津幸彦かと思ふ
鞦韆やわだつみは雲吐き出して
かつて海でありし銀座よ柳絮とぶ
乳房打つ熱きシャワーや春嵐
アセチレンランプについてゆく朧
風船をくはへ I LOVE YOU と手話
もんしろてふ宙の真中を転びけり
蒲公英のふんばる東京タワーかな
木版の朧刷りだす馬楝かな
ふらここのきしみも夢のつづきかな
虚子の忌の千鳥格子のワンピース
フランベの炎にシェフのかぎろへる
すかんぽやコロッケかじりながらゆく
春風やもんじやの土手の決壊す
鳴き声の歪む子猫の欠伸かな
しやぼんだま手塚治虫の鼻ほどに
飯蛸の灰汁の寄せたる鍋の縁
群に頭を捩ぢ込むおたまじやくしかな
つつつけばひろがるおたまじやくしの輪
うるうると脂こぼるる目刺の目
オートバイ春三日月を傾ける
濁湯の湯舟ぬらぬら猫の恋
車座を解きて菜の花畑かな
鳥の巣へ届く下校のチャイムかな
シートベルト 32句
黴の根のパンの真中に至りけり
武蔵野に黴ふくふくと育てをり
白南風やくるりとまはる燕尾服
クレーンで吊るすピアノや青葉風
青葉して湯治枕の大中小
青葉して振つた男にあつかんべ
お台場に散らばる土用雀かな
蝋石の間取りひろびろ土用猫
悉皆屋出づる猫背や土用東風
しばらくを丼にゐる目高かな
黒目高濾過器の筒に集まり来
緋目高のちんと沈んでふと浮けり
青鷺の翼をひろげゐて飛ばず
噴水をとほくに聞いてゐたりけり
くちづけの余韻じんじん熱帯魚
青簾おろせばしましまのあたし
しあはせな裸足ふしあはせな裸足
蛇花火鼠花火へ伸びゆけり
すぐ落ちてしまふ線香花火かな
重曹の水へ溶けゆく日雷
接岸に手間取つてゐる納涼船
マイトガイ笑ふ納涼映画かな
パンダ舎は冷房完備なんだとさ
苦瓜の種は日の色月の色
苦瓜の綿すこすことこそぎけり
Shall We dance? 水馬 水馬
半襟の糸目引きたる百日紅
夕凪や父の背中の降龍
飼ひならす小さき腫瘍や夏館
金魚藻に金魚のあぶくひつかかる
助手席の西瓜にシートベルトかな
かぶとむし西瓜のにほひしてゐたり
ナースコール 33句
近づけば跳ぶ近づけば跳ぶ飛蝗
自転車を磨く八月十五日
首立ててゐるはうが雄眞菰馬
軽石で踵こすれば小鳥くる
踊の輪抜けて文庫と貝の口
前の帯ほどけかかつてゐる踊
シニヨンを高く結つては蕎麦の花
ブラジャーに乳房収まる颱風裡
外は颱風ほつほつと排卵日
颱風一過青空へブーケトス
雨脚に追ひ越されたる九月かな
雪隠にお尻洗はれ酔芙蓉
露草や愛する猫と別居中
竹伐るや湯煙あげるドラム缶
おーいと呼べばあーいと応ふ真竹伐り
竹伐るや竹のまはりを廻りつつ
文楽のあれよあれよともみづれる
手の中の団栗のもう捨てられず
団栗やお狐様に行き止まる
団栗や団地の窓の団欒も
たくあんに髭根いつぽん文化の日
うら山の上から下からもみづれる
花野まで伸ばして来たる糸電話
薫子が真理子にゐのこづち飛ばす
脱脂綿より貝割菜貝割菜
落鮎や河原に足袋の干してある
落鮎のきゆんきゆん鳴らす天蚕糸かな
馬鹿尾根へ竿立てかけて秋の鮎
着鮎に砂の重さのありにけり
ゆふぐれの尾根くろぐろと下り鮎
紅玉にナースコールの垂れ下がる
ひと揺れのあとはしづかに新豆腐
落鮎や送電線は山へ山へ
三十秒 26句
空色の空水色の水冴ゆる
石ころに砂利に時雨の来たりけり
懐の雀放たん初時雨
鶴を待つこころ母さん待つこころ
まだ小さき花かんざしや友時雨
大海鼠沈めて桶の凪ぎゐたり
いつせいに提灯灯るお酉さま
二の酉の闇をぶるるん発電機
二の酉のかんかんかんと大薬缶
二の酉やコートの色で呼ばれたる
嘴のかそけきふくら雀かな
火花散る桃色ブーツ白ブーツ
連弾のまつはる巨大聖樹かな
凍月や鉱石貨車の連結音
俎板を寒九の水へ立てにけり
楪や尻尾ゆさゆさ波斯猫 *波斯(ペルシャ)
母さんに抱かかるるかたち寒卵
蛸壺に囲まれてゐる焚火かな
バイク屋の奥より竈猫のそり
つつましく暮らしてをれば嫁が君
寒紅をのせて小指のいとほしき
初雪のふちどる猫の器かな
マフラーに母さんの編み癖みつけ
門火より門火へ蝶の冱てゆけり
少女まで三十秒の霜柱
山の影山へ伸びゆく浮寝鳥
目次
狐の面 44句
仏足石 50句
満月へハイヒール 50句
10番ピン 39句
母の手 20句
狐の面 44句
けふよりは春の炬燵と呼ばれけり
猫板に猫の爪跡ふきのたう
煎餅に前歯を立てて春の山
手の中に志あり松の花
春の山間口の広き母屋より
長椅子のはみ出してゐる日永かな
ものの芽のつつつつつつと連なれり
文鎮をすこしずらしてさへづれる
囀りや沈殿したる梅昆布茶
裏ドラの二枚乗りたる百千鳥
水槽と言ふ春水の直方体
スニーカー干すや紐より春の水
薄氷を分けて小銭を洗ひけり
うすらひをひきずつてくる舫ひ綱
シーサーの睦み合ひたる梅の空
三回も犬の交尾を見てしまふ
春雷や煙草の箱に駱駝の絵
ふらここに狐の面を飛ばしけり
淡月の淡きうさぎと淡き白
非常口開けて春月真正面
菜の花のなかへ遊びに行つたきり
草餅の伸びれば緑うすくなる
アインシュタイン舌出してゐるバレンタイン
初恋のひとにうつされ春の風邪
猫の日の雨がにやんにやん降つて来し
牛丼の消えて建国記念の日
ごんずゐのかたまつてゐる悪だくみ
恋猫の髭に巻きぐせありにけり
抱きしめて猫の恋路の邪魔をする
春月やスープの底の牛テール
古古米も古古古古米も事始
啓蟄や寄せて上げたる我が乳房
啓蟄を勝負下着で出でゆけり
石蕗や猫の乳首は毛に埋もれ
子雀のふくらんでゐる親孝行
春の雲ちよつと崩れてまた戻る
風つよき八百屋お七の忌となりぬ
夜桜の湿りのなかにゐるあたし
初虹や小鳥を巡る給水船
実演販売春大根を真二つ
シベリアンハスキーずんずん花菜畑
黒猫を春の土よりひつこ抜く
すこしづつしあはせになるしやぼん玉
くるくると春の炬燵の足を抜く
仏足石 50句
黒猫の連なつてくる立夏かな
ケチャップのぶばと噴き出すこどもの日
黒南風や土間の高きに火伏神
黒南風やミルク渦巻くタイカレー
夜遊びのミュールぱたぱた走梅雨
梅雨きのこ恋の隙間を埋めてゐる
あまがへる仏足石の凹みへぴよん
対岸の団地真白き送り梅雨
青鷺や消波ブロックてふ憩
鯔ばかり釣れたる七日山瀬かな
煌々として梅雨寒の手術室
夏蝶の飛んで全身麻酔かな
怖いよう母さんはどこ黒揚羽
短夜や悲鳴を上げてゐる子宮
夏の夜の子宮筋腫を産み落とす
麻酔より醒めて五月の浜辺かな
たましひもからだもひとつ水中花
かわほりにをとこの数をかぞへをり
病窓の小さき聖母や青葉潮
鮎掛けて釣師の見せる金歯かな
川風に今年の鮎はまあまあと
をぢさんと風待月をまろびけり
三伏の川面に紅を塗りなほす
そらいろとみづいろのあひ泳ぎけり
饐飯や沖に航空母艦の灯
もうビキニ着れぬ体となりにけり
鮎釣へ近づいてゆくミュールかな
ピンヒール諦め脱ぐや夏蓬
鮎釣におほきく撓む送電線
鮎釣の胸を分けゆく流れかな
夕風の瀬を速めたる囮かな
瀬がはりや釣師は竿を立てしまま
すれちがふ香水すべて言ひ当てる
素麺のからんからんと来たりけり
島唄に涼しき足の運びかな
水中花素顔見られてしまひけり
次々と軍手干しゆく日焼の手
径やをら険しきほたるぶくろかな
五と口で吾と悟るや仏法僧
とうすみのちぎれるほどに交みけり
瓜蝿が瓜蝿を呼ぶ雨催
緋目高のことが気になる黒目高
猫飯に蟻蟻蟻蟻蟻蟻蝿
はんざきの石を抱きたる流れかな
茹でたてのペンネくるくる蝸牛
蜘蛛の囲やショートホープを根元まで
うすばかげろふ J J に不時着す
ぼんやりと俳句作つてゐる毛虫
御器噛だけは写生ができませぬ
扇風機うちひしがれてをりにけり
満月へハイヒール 50句
雨音の中に目覚むや敗戦日
霖の真中にをるやネクタリン ※霖(ながあめ)
白桃やタイヤの音は波の音
ブラジャーを部屋に干したる敗戦日
風呂釜のごぼと八月十五日
敗戦忌チワワチワワのあとを追ひ
終戦日空を見上げてゐるパンダ
足抜いて輪切りにされる茄子の馬
ゆふぐれのあさがほといふ脱力感
終戦日猫に尻尾のなかりけり
力草空港島を囲みけり
犬蓼のぶるりと昨夜の雨払ふ
犬蓼に大犬蓼の被さりぬ
颱風は林檎落として行つたまま
色鳥やダブルベッドをもて余し
草の実や猫とおんなじ朝ごはん
金策に走る紫式部かな
ひるがほや下校チャイムに納竿す
曼珠沙華漫画喫茶を包囲せよ
吊革はレゲエのリズム頭高
秋空に畳鰯を焦がしけり
梵と鳴る柱時計やロザリオ祭
腕時計御所水引の中に落つ
木の実落つインスピレーション冴えてくる
干柿の下に干しある柿の皮
紅玉を磨いた袖で鼻を拭く
生身魂月の輪熊を捌きけり
たらたらと手繰り寄せるや落花生
天窓に猫のあしあと秋収
カラオケを出てつづれさせつづれさせ
茶柱を立てて燕の帰りけり
連休のランゲルハンス島も秋
秋深しコントラバスは森の音
愛情を噛みしめてゐる林檎かな
憎悪てふ闇よ吹かるる鬼の子よ
月白や首の短き雁之介
恋人を川に流して月を待つ
目薬の海に溺れて十三夜
月の舟ゆらせる乙女心かな
昔レイプされた空地や望の月
ブルースの蛇行してゆく月夜かな
満月へフィアットパンダ横づけす
真つ黒な烏賊の沖漬け月渡る
肉じやがのほくと崩るる良夜かな
逆上がりしてハイヒール満月へ
月光へ匍匐前進してをりぬ
月面をくるりとまはすウォッカかな
盥には昨夜の雨水や月の庭
月光にゴム手袋が干してある
回廊をさまよふ月となりにけり
10番ピン 39句
10番ピン残して冬に入りけり
冬晴や沖に根を張る貨物船
日出鯔ごつんごつんとのぼりくる
猫の毛に寒冷前線張り出せり
セーターをぱちぱち進む頭かな
北窓を塞ぐ猫用ドア開ける
クロネコがボジョレーヌーボー届けをり
蛾の骸掃きて聖樹を立てにけり
人人人聖樹人人鴉人
もの言へぬことの切なさ雪うさぎ
雪囲突き出す物干竿の先
灰猫を白ブラウスで抱く勇気
肉球のわが腹をゆく霜夜かな
深々と猫に礼して夜鷹蕎麦
毛糸編む猫の鼾のぶぶぶぶぶ
羊水のたぷんと揺れて寒昴
野良猫を呼び集めたる避寒かな
右足に湯たんぽ左足に猫
忘年会猫じや猫じやと踊りけり
猫にあらほぐす俎始かな
押鮎や竹の香のする竹の箸
繭玉の枝垂れて暗き薦被
羊羹に粘る刃先も二日かな
人日のファーブル昆虫記を枕
骰子が茶碗こぼれて初閻魔
沸々と一月十一日の鍋
雪隠にTOTOの刻印寒稽古
筆先に墨の吃線ふゆざくら
猫飯に雪降つてゐる世田谷区
寒雷のどすんと落ちて石寒太
ひたすらに写生をせよと冬の雷
寒椿こころの揺れのおさまらず
胸中へ冬の弓張月堕つる
冬萌や紅茶に溶ける鳩サブレ
探梅にしてはものものしき装備
泣顔のほどけてきたる実南天
冬晴に焼きおにぎりのあちちちち
ガードルにお尻詰め込む春隣
ステルスの見えない翼冬晴るる
母の手 20句
初雀母の窓辺に来たりけり
母さんと寝初泣初笑初
野良猫のずずずずずずい御慶とな
初東風や目つむる猫の富士額
母さんへふくらんでゆくお餅かな
座布団に猪鹿蝶やお正月
初空の端つこにゐるお母さん
母の手に母の手ざはり初詣
母さんと昔を遊ぶ初湯かな
初風呂の目の前をゆくおちんちん
高きより母を打つ湯や火焚鳥
鳥のこゑ間のびしてゆく恵方かな
梳初の母のうなじのはんなりと
靴下の穴にペディキュア棚浚
母の手と重なる恋の歌留多かな
よく眠る母へ冬日の届きをり
人日の蛇口に固きゴムホース
まんさくやゆつくりと雲ほぐれゆく
冬をゆく川はも母の姿はも
鯉の背の寒九の水を帰りけり
目次
猫の恋 47句
マリアの月 56句
排卵日 26句
メロンパン 50句
ふくら雀 15句
猫の恋 47句
春立つや雪より車掘り出せば
梅咲いてまぶたに重きつけまつ毛
愛されることのけだるさ枝垂梅
お向かひの犬に吠えられ紀元節
菜の花や涙出るほど青い空
菜の花の風にまかせてゐる心
しやぼん玉うなじあたりで消えにけり
白バイの隊列過ぎしチューリップ
核心に話の及ぶチューリップ
黒猫と見上げてをりぬ春の月
やはらかく如月の眉ひきにけり
ハンドルを左に切れば春の海
春ショール由比ヶ浜より茅ヶ崎へ
なみなみとみなとみたすや春のなみ
中華街極彩色也春爛漫
モトマチのセールの札に春の風
桃の日の溝に挟まるピンヒール
女湯に乳房ひしめく朧かな
静脈の浮かぶ乳房や春の月
まんまるののらねこごろり春の暮
ゆふぐれのなか恋猫の来たりけり
恋の猫浮き桟橋に揺られをり
恋猫に疎まれてゐるワンピース
恋猫に灯台の灯の回りくる
一途なることの切なさ猫の恋
デージーのカーテン越しに揺れる昼
体温の残るベッドやスイートピー
コーヒーにミルク渦巻く穀雨かな
ウイッグに人格変はる養花天
アネモネの雌蘂に群れてゐる雄蘂
マニキュアの乾く間もなき桜かな
次の世もあなたと出会ふ桜かな
夕暮れの胸に重たき八重桜
青白き月に楊貴妃桜かな
夜桜の葉桜にして薄桜
夜の風夜の桜を散らしけり
花びらの分かれてゆけり風の道
桜しべ降るや鉄扉は閉ぢしまま
花過ぎのマンホールからヘルメット
花過ぎの港の猫の欠伸かな
突風に飛ばされて行く四月かな
猫の髭ぴんと八十八夜かな
黒猫が八十八夜の顔洗ふ
ひとすぢの水は砥石へ竹の秋
穏やかな水面に春の名残りかな
行く春の口よりチュッパチャプスの棒
釣具屋の先に釣具屋夏近し
マリアの月 56句
潮満ちてマリアの月となりにけり
雨雲の向かうに夏の来てゐたり
ブラウスに膨らみふたつ聖五月
瞬きに風の生まれる聖五月
枕辺に五月の波の来たりけり
麦秋や鳥を追ひたる鳥の影
タンドリーチキンかりかり走り梅雨
梅雨模様ナンはテーブルはみ出して
ガネーシャの鼻の重たき迎へ梅雨
こぽこぽとチャイの泡立つ走り梅雨
クロネコとペリカンの来る梅雨晴間
麦秋をゆく双子用ベビーカー
さりさりと髪の流るる新樹光
六面のテニスコートの夕立かな
吃水の危ふきクリームソーダかな
香水に波打つてゐる感情線
香水を纏ふや夜の加速する
短夜の見えない翼広げけり
ぬばたまの闇のどこかで仔猫がにやあ
くちびるが「好き」と動いて熱帯魚
ふりほどきたきことあまたダチュラ咲く
ストローにソーダの泡のまつはれり
どの猫も影は黒猫鉄線花
寸胴を泳ぐパスタや青嵐
薔薇の香にずらりと並ぶハイヒール
膝抱へペディキュア塗るや多佳子の忌
抱きしめてゐるTシャツの濡れしまま
サンダルをぶら提げてゆく防波堤
蝶結び解きて始まる夏休み
世界地図広げて夏の座敷かな
参道の砂利の真白き土用かな
出目金に遠慮してゐる和金かな
姉さんが欲しいと泣いた金魚かな
ベニヤ板踏めばくにやりと夏の昼
大胆な水着でテトラポッドへぴよん
ペディキュアの覗く日傘の影の縁
引き潮にだんだん埋まつてゆく裸足
釣船の分くる夥しき水母
泡盛に風の乾いて来たりけり
をちこちに猫の散らばる夏の霜
短夜やレゲエで踊る猫のゐて
コカコーラ越しに受胎を告げらるる
夕立や透きとほりたるラブホテル
かき氷さくりと恋の終はりけり
泣き顔に浜昼顔のひらきけり
悲しみはペリエで割つて夏の月
短夜の奥より冷蔵庫の唸り
キューピーの浮かぶ湯舟や明易し
とうすみの草月流に休みをり
夕焼けに口開けてゐる清掃車
声援にでんと麦茶の大薬缶
カルピスが渡り廊下を来たりけり
藍浴衣フィレオフィッシュを頬張りぬ
蝉時雨否蝉夕立蝉嵐
点滴の図太き針や遠花火
終バスは空気を乗せて夏の果
排卵日 26句
朝顔のまどろむ曇硝子かな
あさがほの星のかたちにしぼみけり
立秋やあざらし鼻の穴閉ぢて
フェリー見送る口紅は秋の色
爪の色変へて切なき荻の風
桃吹くや痛みに心地良きものも
出口無き二百十日を泣き通す
合歓の実の流れへ落つる排卵日
吹かれくる浜辺の砂と秋の蝶
秋の蝶螺旋に落ちて来たりけり
花の野に寝てさかしまな空と海
月光に翼休めてゐるあたし
満月へ踵返すや太郎冠者
浜菊や小さき舟には小さき水尾
鉢ずらし顔出す菊の主かな
にじり戸を尻より出づる菊日和
いづくより釘打つ音や菊日和
くるくると床へ伸びゆく柿の皮
落鮎や欠けし湯呑に酒満たし
紅葉鮒満ちたる魚篭の雫かな
役満に秋の扇をひらきけり
たこ焼きのおかかわらわら秋湿
口紅を懐紙に押さへ新走
松ぼくり太平洋へ落ちにけり
太刀魚のとぐろ巻きたる馬穴かな
芋の葉にこころ読まれてしまひけり
メロンパン 50句
丸ビルを跨いで冬の来たりけり
パティシエの帽子聳える今朝の冬
立冬やケーキ鋭き角持ちて
サイフォンのぽこぽこぽこと冬に入る
冬立ちて最初のキスはティーカップ
人ごみの中に人垣べたら市
枯菊を焚くや菊より水蒸気
枯菊に猫の行方を尋ねをり
国道の濡れしところを黄落す
チェロ抱きてタクシー降りてくるブーツ
冬凪や外人墓地に猫群れて
先生の眼鏡まん丸冬の凪
ぼろぼろのあたしはここよゆりかもめ
溜息も吐息も話す息も白
くちづけの離れるときの息白し
冬空の青さに溶けてゆく心
ワイパーに魔法かけられ冬の雨
肩甲骨は翼の名残り冬銀河
冬晴やカーラジオからボブマーリィ
日向ぼこアジアの端にゐるあたし
冬の花水の色してゐたりけり
十二月爪を真珠の色に染め
姿見の奥より冬の夕日かな
わが胸に柚子の犇く湯舟かな
アイライン目尻に跳ねて初氷
雑巾を閉ぢ込めてゐる初氷
雨みぞれ雪みぞれ雪みぞれ雨
猫の爪跡霜焼に発展す
裸木の影絡みつくマリアかな
涙流るるまま冬の星仰ぐ
長葱のはみ出してゐるヴィトンかな
お太鼓もふくら雀も寒の内
火曜日のつんつんつんと冬芽かな
金色の鯉浮かびくる聖夜かな
聖樹より聖樹へ光流れけり
レフ板の一面ポインセチアかな
黒猫はぴんと尾を立て寒椿
冬日向寝てゐる猫と眠る猫
おにぎりは三角冬の空四角
木守りの突つけばびしゆと爆ぜるはず
くちびるに言葉貼りつく冬の薔薇
メロンパンほどの乳房や冬の空
なかなかに埠頭離れぬ百合鴎
ゆりかもめ午後の睡魔を連れて来し
冬凪へ胸の揚羽を放ちけり
玄関の凍つるブーツを履く勇気
スカートに猫の冬毛をつけて来し
極月の五感ゆるびて来たりけり
カーテンのふくらんでゐる雪明
身につけるものみな冷えてゐたりけり
ふくら雀 15句
数へ日の垣根から出る犬の鼻
紅筆に小指を立てて寒復習
溜息が言葉を塞ぐ年の空
ゆく年の空へ煙草の煙かな
行く年や送電線のばうばうと
年の湯へ痩せた体を放り出す
富士山の裾開け放つ襖かな
指先に目高集まるお正月
初湯して爪の先までさくらいろ
どこまでも猫ついてくる初手水
プリンタをじじじじじじと初暦
ひさかたのふくら雀を結ふ三日
春着着て言葉遣ひの変はりけり
ほつほつと粥の穴より湯気噴けり
淡き膜張りて名残りの七日粥
「きっこの句集」は、「きっこのハイヒール」に、第1句集『マリアの月』、第2句集『満月へハイヒール』、第3句集『東京タワー』、俳句エッセイ『五月の風』が掲載されていました。しかし、サービスしているサイトのサーバーが壊れ、利用者全員のデータが消えてしまい、かつ、きっこさん自身も、サイト上で句の選定や順番を決めて句集を作っていたので、手元に完成したデータがなく、作り直すことができなくなってしまいました。
このため、句友たちの協力を得て、復元作業を行うことにしました。
幸い、灌木さんがプリントアウトされたデータを持っていたので郵送してもらい、わたくしのパソコンに保存されていたデータに加えて、達也さん、眠兎さん、霜月さんらが、これらの句集の抜粋や、「ハイヒール句会」の記録、「影庵招待席」に掲載された「母の手」や「Dictionary」掲載の「新宿聖夜」、きっこ俳話集の「子宮筋腫」はじめ、日々の掲示板でのしりとり俳句や、きっこさんが参加されているハイヒール以外の句会の記録(例えば「湯豆腐会」の全記録等)をお寄せくださり、当初の復元予定を越える句数がわたくしの元に集まったため、突き合わせて復元することが出来ました。きっこさんにも見てもらい、彼女の記憶とも一致することを確認しましたので、ここに失われた句集を復元いたします。本当にご協力ありがとうございました。
第一句集『マリアの月』は、平成14年(2002年)までの作品を収めたものです。
第二句集『満月へハイヒール』は平成14年から平成16年(2004年)までの作品を収めたものです。
第三句集『東京タワー』は、平成16年以降の作品を収めたものです。
それではきっこワールドをお楽しみください。