MENU
2,465

第三句集『東京タワー』121句(2004年~)

         目次

     東京タワー      30句

     シートベルト     32句

     ナースコール     33句

     三十秒        26句



         東京タワー 30句

     鳥の巣に飛行機雲の刺さりけり

     春潮やハモニカ吸へば鉄の味

     薄氷や四十五度のアキレス腱

     女紅場へ急ぐ鼻緒や春氷

     わかさぎの泳ぐかたちに揚がりけり

     五百二十万画素の枝垂梅


     白梅を攝津幸彦かと思ふ

     鞦韆やわだつみは雲吐き出して

     かつて海でありし銀座よ柳絮とぶ

     乳房打つ熱きシャワーや春嵐

     アセチレンランプについてゆく朧

     風船をくはへ I LOVE YOU と手話

     もんしろてふ宙の真中を転びけり

     蒲公英のふんばる東京タワーかな

     木版の朧刷りだす馬楝かな

     ふらここのきしみも夢のつづきかな

     虚子の忌の千鳥格子のワンピース

     フランベの炎にシェフのかぎろへる

     すかんぽやコロッケかじりながらゆく

     春風やもんじやの土手の決壊す


     鳴き声の歪む子猫の欠伸かな

     しやぼんだま手塚治虫の鼻ほどに

     飯蛸の灰汁の寄せたる鍋の縁

     群に頭を捩ぢ込むおたまじやくしかな

     つつつけばひろがるおたまじやくしの輪

     うるうると脂こぼるる目刺の目

     オートバイ春三日月を傾ける


     濁湯の湯舟ぬらぬら猫の恋

     車座を解きて菜の花畑かな

     鳥の巣へ届く下校のチャイムかな



         シートベルト 32句


     黴の根のパンの真中に至りけり

     武蔵野に黴ふくふくと育てをり

     白南風やくるりとまはる燕尾服

     クレーンで吊るすピアノや青葉風

     青葉して湯治枕の大中小

     青葉して振つた男にあつかんべ


     お台場に散らばる土用雀かな

     蝋石の間取りひろびろ土用猫

     悉皆屋出づる猫背や土用東風

     しばらくを丼にゐる目高かな

     黒目高濾過器の筒に集まり来

     緋目高のちんと沈んでふと浮けり

     青鷺の翼をひろげゐて飛ばず


     噴水をとほくに聞いてゐたりけり

     くちづけの余韻じんじん熱帯魚

     青簾おろせばしましまのあたし

     しあはせな裸足ふしあはせな裸足

     蛇花火鼠花火へ伸びゆけり

     すぐ落ちてしまふ線香花火かな

     重曹の水へ溶けゆく日雷


     接岸に手間取つてゐる納涼船

     マイトガイ笑ふ納涼映画かな

     パンダ舎は冷房完備なんだとさ

     苦瓜の種は日の色月の色

     苦瓜の綿すこすことこそぎけり

     Shall We dance? 水馬 水馬

     半襟の糸目引きたる百日紅


     夕凪や父の背中の降龍

     飼ひならす小さき腫瘍や夏館

     金魚藻に金魚のあぶくひつかかる

     助手席の西瓜にシートベルトかな

     かぶとむし西瓜のにほひしてゐたり



         ナースコール 33句


     近づけば跳ぶ近づけば跳ぶ飛蝗

     自転車を磨く八月十五日

     首立ててゐるはうが雄眞菰馬

     軽石で踵こすれば小鳥くる

     踊の輪抜けて文庫と貝の口

     前の帯ほどけかかつてゐる踊


     シニヨンを高く結つては蕎麦の花

     ブラジャーに乳房収まる颱風裡

     外は颱風ほつほつと排卵日

     颱風一過青空へブーケトス

     雨脚に追ひ越されたる九月かな

     雪隠にお尻洗はれ酔芙蓉

     露草や愛する猫と別居中


     竹伐るや湯煙あげるドラム缶

     おーいと呼べばあーいと応ふ真竹伐り

     竹伐るや竹のまはりを廻りつつ

     文楽のあれよあれよともみづれる

     手の中の団栗のもう捨てられず

     団栗やお狐様に行き止まる

     団栗や団地の窓の団欒も


     たくあんに髭根いつぽん文化の日

     うら山の上から下からもみづれる

     花野まで伸ばして来たる糸電話

     薫子が真理子にゐのこづち飛ばす

     脱脂綿より貝割菜貝割菜

     落鮎や河原に足袋の干してある

     落鮎のきゆんきゆん鳴らす天蚕糸かな


     馬鹿尾根へ竿立てかけて秋の鮎

     着鮎に砂の重さのありにけり

     ゆふぐれの尾根くろぐろと下り鮎

     紅玉にナースコールの垂れ下がる

     ひと揺れのあとはしづかに新豆腐

     落鮎や送電線は山へ山へ



         三十秒 26句


     空色の空水色の水冴ゆる

     石ころに砂利に時雨の来たりけり

     懐の雀放たん初時雨

     鶴を待つこころ母さん待つこころ

     まだ小さき花かんざしや友時雨

     大海鼠沈めて桶の凪ぎゐたり


     いつせいに提灯灯るお酉さま

     二の酉の闇をぶるるん発電機

     二の酉のかんかんかんと大薬缶

     二の酉やコートの色で呼ばれたる

     嘴のかそけきふくら雀かな

     火花散る桃色ブーツ白ブーツ

     連弾のまつはる巨大聖樹かな


     凍月や鉱石貨車の連結音

     俎板を寒九の水へ立てにけり

     楪や尻尾ゆさゆさ波斯猫      *波斯(ペルシャ)

     母さんに抱かかるるかたち寒卵

     蛸壺に囲まれてゐる焚火かな

     バイク屋の奥より竈猫のそり

     つつましく暮らしてをれば嫁が君


     寒紅をのせて小指のいとほしき

     初雪のふちどる猫の器かな

     マフラーに母さんの編み癖みつけ

     門火より門火へ蝶の冱てゆけり

     少女まで三十秒の霜柱

     山の影山へ伸びゆく浮寝鳥

編集・削除(編集済: 2022年08月06日 23:18)

第二句集『満月へハイヒール』203句(2002年~2004年)

         目次

     狐の面          44句

     仏足石          50句

     満月へハイヒール     50句

     10番ピン         39句

     母の手          20句



         狐の面 44句



     けふよりは春の炬燵と呼ばれけり

     猫板に猫の爪跡ふきのたう

     煎餅に前歯を立てて春の山

     手の中に志あり松の花

     春の山間口の広き母屋より

     長椅子のはみ出してゐる日永かな



     ものの芽のつつつつつつと連なれり

     文鎮をすこしずらしてさへづれる

     囀りや沈殿したる梅昆布茶

     裏ドラの二枚乗りたる百千鳥

     水槽と言ふ春水の直方体

     スニーカー干すや紐より春の水

     薄氷を分けて小銭を洗ひけり


     うすらひをひきずつてくる舫ひ綱

     シーサーの睦み合ひたる梅の空

     三回も犬の交尾を見てしまふ

     春雷や煙草の箱に駱駝の絵

     ふらここに狐の面を飛ばしけり

     淡月の淡きうさぎと淡き白

     非常口開けて春月真正面


     菜の花のなかへ遊びに行つたきり

     草餅の伸びれば緑うすくなる

     アインシュタイン舌出してゐるバレンタイン

     初恋のひとにうつされ春の風邪

     猫の日の雨がにやんにやん降つて来し

     牛丼の消えて建国記念の日


     ごんずゐのかたまつてゐる悪だくみ

     恋猫の髭に巻きぐせありにけり

     抱きしめて猫の恋路の邪魔をする

     春月やスープの底の牛テール

     古古米も古古古古米も事始

     啓蟄や寄せて上げたる我が乳房

     啓蟄を勝負下着で出でゆけり


     石蕗や猫の乳首は毛に埋もれ

     子雀のふくらんでゐる親孝行

     春の雲ちよつと崩れてまた戻る

     風つよき八百屋お七の忌となりぬ

     夜桜の湿りのなかにゐるあたし

     初虹や小鳥を巡る給水船

     実演販売春大根を真二つ


     シベリアンハスキーずんずん花菜畑

     黒猫を春の土よりひつこ抜く

     すこしづつしあはせになるしやぼん玉

     くるくると春の炬燵の足を抜く



         仏足石 50句


     黒猫の連なつてくる立夏かな

     ケチャップのぶばと噴き出すこどもの日

     黒南風や土間の高きに火伏神

     黒南風やミルク渦巻くタイカレー

     夜遊びのミュールぱたぱた走梅雨

     梅雨きのこ恋の隙間を埋めてゐる


     あまがへる仏足石の凹みへぴよん

     対岸の団地真白き送り梅雨

     青鷺や消波ブロックてふ憩

     鯔ばかり釣れたる七日山瀬かな

     煌々として梅雨寒の手術室


     夏蝶の飛んで全身麻酔かな

     怖いよう母さんはどこ黒揚羽

     短夜や悲鳴を上げてゐる子宮

     夏の夜の子宮筋腫を産み落とす

     麻酔より醒めて五月の浜辺かな

     たましひもからだもひとつ水中花

     かわほりにをとこの数をかぞへをり

     病窓の小さき聖母や青葉潮


     鮎掛けて釣師の見せる金歯かな

     川風に今年の鮎はまあまあと

     をぢさんと風待月をまろびけり

     三伏の川面に紅を塗りなほす

     そらいろとみづいろのあひ泳ぎけり

     饐飯や沖に航空母艦の灯


     もうビキニ着れぬ体となりにけり

     鮎釣へ近づいてゆくミュールかな

     ピンヒール諦め脱ぐや夏蓬

     鮎釣におほきく撓む送電線

     鮎釣の胸を分けゆく流れかな

     夕風の瀬を速めたる囮かな

     瀬がはりや釣師は竿を立てしまま


     すれちがふ香水すべて言ひ当てる

     素麺のからんからんと来たりけり

     島唄に涼しき足の運びかな

     水中花素顔見られてしまひけり

     次々と軍手干しゆく日焼の手

     径やをら険しきほたるぶくろかな

     五と口で吾と悟るや仏法僧


     とうすみのちぎれるほどに交みけり

     瓜蝿が瓜蝿を呼ぶ雨催

     緋目高のことが気になる黒目高

     猫飯に蟻蟻蟻蟻蟻蟻蝿


     はんざきの石を抱きたる流れかな

     茹でたてのペンネくるくる蝸牛

     蜘蛛の囲やショートホープを根元まで

     うすばかげろふ J J に不時着す

     ぼんやりと俳句作つてゐる毛虫

     御器噛だけは写生ができませぬ

     扇風機うちひしがれてをりにけり



         満月へハイヒール 50句


     雨音の中に目覚むや敗戦日

     霖の真中にをるやネクタリン ※霖(ながあめ)

     白桃やタイヤの音は波の音

     ブラジャーを部屋に干したる敗戦日

     風呂釜のごぼと八月十五日

     敗戦忌チワワチワワのあとを追ひ


     終戦日空を見上げてゐるパンダ

     足抜いて輪切りにされる茄子の馬

     ゆふぐれのあさがほといふ脱力感

     終戦日猫に尻尾のなかりけり

     力草空港島を囲みけり

     犬蓼のぶるりと昨夜の雨払ふ


     犬蓼に大犬蓼の被さりぬ

     颱風は林檎落として行つたまま

     色鳥やダブルベッドをもて余し

     草の実や猫とおんなじ朝ごはん

     金策に走る紫式部かな

     ひるがほや下校チャイムに納竿す

     曼珠沙華漫画喫茶を包囲せよ


     吊革はレゲエのリズム頭高

     秋空に畳鰯を焦がしけり

     梵と鳴る柱時計やロザリオ祭

     腕時計御所水引の中に落つ

     木の実落つインスピレーション冴えてくる

     干柿の下に干しある柿の皮

     紅玉を磨いた袖で鼻を拭く


     生身魂月の輪熊を捌きけり

     たらたらと手繰り寄せるや落花生

     天窓に猫のあしあと秋収

     カラオケを出てつづれさせつづれさせ

     茶柱を立てて燕の帰りけり

     連休のランゲルハンス島も秋


     秋深しコントラバスは森の音

     愛情を噛みしめてゐる林檎かな

     憎悪てふ闇よ吹かるる鬼の子よ

     月白や首の短き雁之介

     恋人を川に流して月を待つ

     目薬の海に溺れて十三夜

     月の舟ゆらせる乙女心かな


     昔レイプされた空地や望の月

     ブルースの蛇行してゆく月夜かな

     満月へフィアットパンダ横づけす

     真つ黒な烏賊の沖漬け月渡る

     肉じやがのほくと崩るる良夜かな

     逆上がりしてハイヒール満月へ

     月光へ匍匐前進してをりぬ


     月面をくるりとまはすウォッカかな

     盥には昨夜の雨水や月の庭

     月光にゴム手袋が干してある

     回廊をさまよふ月となりにけり



         10番ピン 39句


     10番ピン残して冬に入りけり

     冬晴や沖に根を張る貨物船

     日出鯔ごつんごつんとのぼりくる

     猫の毛に寒冷前線張り出せり

     セーターをぱちぱち進む頭かな

     北窓を塞ぐ猫用ドア開ける


     クロネコがボジョレーヌーボー届けをり

     蛾の骸掃きて聖樹を立てにけり

     人人人聖樹人人鴉人

     もの言へぬことの切なさ雪うさぎ

     雪囲突き出す物干竿の先

     灰猫を白ブラウスで抱く勇気

     肉球のわが腹をゆく霜夜かな


     深々と猫に礼して夜鷹蕎麦

     毛糸編む猫の鼾のぶぶぶぶぶ

     羊水のたぷんと揺れて寒昴

     野良猫を呼び集めたる避寒かな

     右足に湯たんぽ左足に猫

     忘年会猫じや猫じやと踊りけり

     猫にあらほぐす俎始かな


     押鮎や竹の香のする竹の箸

     繭玉の枝垂れて暗き薦被

     羊羹に粘る刃先も二日かな

     人日のファーブル昆虫記を枕

     骰子が茶碗こぼれて初閻魔

     沸々と一月十一日の鍋


     雪隠にTOTOの刻印寒稽古

     筆先に墨の吃線ふゆざくら

     猫飯に雪降つてゐる世田谷区

     寒雷のどすんと落ちて石寒太

     ひたすらに写生をせよと冬の雷

     寒椿こころの揺れのおさまらず

     胸中へ冬の弓張月堕つる


     冬萌や紅茶に溶ける鳩サブレ

     探梅にしてはものものしき装備

     泣顔のほどけてきたる実南天

     冬晴に焼きおにぎりのあちちちち

     ガードルにお尻詰め込む春隣

     ステルスの見えない翼冬晴るる



         母の手 20句


     初雀母の窓辺に来たりけり

     母さんと寝初泣初笑初

     野良猫のずずずずずずい御慶とな

     初東風や目つむる猫の富士額

     母さんへふくらんでゆくお餅かな

     座布団に猪鹿蝶やお正月


     初空の端つこにゐるお母さん

     母の手に母の手ざはり初詣

     母さんと昔を遊ぶ初湯かな

     初風呂の目の前をゆくおちんちん

     高きより母を打つ湯や火焚鳥

     鳥のこゑ間のびしてゆく恵方かな

     梳初の母のうなじのはんなりと

     靴下の穴にペディキュア棚浚

     母の手と重なる恋の歌留多かな

     よく眠る母へ冬日の届きをり

     人日の蛇口に固きゴムホース

     まんさくやゆつくりと雲ほぐれゆく

     冬をゆく川はも母の姿はも


     鯉の背の寒九の水を帰りけり

編集・削除(編集済: 2022年08月06日 22:29)

第一句集『マリアの月』194句(~2002年)

         目次

   猫の恋     47句

   マリアの月   56句

   排卵日     26句

   メロンパン   50句

   ふくら雀    15句



         猫の恋 47句


     春立つや雪より車掘り出せば

     梅咲いてまぶたに重きつけまつ毛

     愛されることのけだるさ枝垂梅

     お向かひの犬に吠えられ紀元節

     菜の花や涙出るほど青い空

     菜の花の風にまかせてゐる心


     しやぼん玉うなじあたりで消えにけり

     白バイの隊列過ぎしチューリップ

     核心に話の及ぶチューリップ

     黒猫と見上げてをりぬ春の月

     やはらかく如月の眉ひきにけり

     ハンドルを左に切れば春の海


     春ショール由比ヶ浜より茅ヶ崎へ

     なみなみとみなとみたすや春のなみ

     中華街極彩色也春爛漫

     モトマチのセールの札に春の風

     桃の日の溝に挟まるピンヒール

     女湯に乳房ひしめく朧かな

     静脈の浮かぶ乳房や春の月


     まんまるののらねこごろり春の暮

     ゆふぐれのなか恋猫の来たりけり

     恋の猫浮き桟橋に揺られをり

     恋猫に疎まれてゐるワンピース

     恋猫に灯台の灯の回りくる

     一途なることの切なさ猫の恋

     デージーのカーテン越しに揺れる昼


     体温の残るベッドやスイートピー

     コーヒーにミルク渦巻く穀雨かな

     ウイッグに人格変はる養花天

     アネモネの雌蘂に群れてゐる雄蘂

     マニキュアの乾く間もなき桜かな

     次の世もあなたと出会ふ桜かな


     夕暮れの胸に重たき八重桜

     青白き月に楊貴妃桜かな

     夜桜の葉桜にして薄桜

     夜の風夜の桜を散らしけり

     花びらの分かれてゆけり風の道

     桜しべ降るや鉄扉は閉ぢしまま

     花過ぎのマンホールからヘルメット


     花過ぎの港の猫の欠伸かな

     突風に飛ばされて行く四月かな

     猫の髭ぴんと八十八夜かな

     黒猫が八十八夜の顔洗ふ

     ひとすぢの水は砥石へ竹の秋

     穏やかな水面に春の名残りかな

     行く春の口よりチュッパチャプスの棒


     釣具屋の先に釣具屋夏近し



         マリアの月 56句


     潮満ちてマリアの月となりにけり

     雨雲の向かうに夏の来てゐたり

     ブラウスに膨らみふたつ聖五月

     瞬きに風の生まれる聖五月

     枕辺に五月の波の来たりけり

     麦秋や鳥を追ひたる鳥の影


     タンドリーチキンかりかり走り梅雨

     梅雨模様ナンはテーブルはみ出して

     ガネーシャの鼻の重たき迎へ梅雨

     こぽこぽとチャイの泡立つ走り梅雨

     クロネコとペリカンの来る梅雨晴間

     麦秋をゆく双子用ベビーカー

     さりさりと髪の流るる新樹光


     六面のテニスコートの夕立かな

     吃水の危ふきクリームソーダかな

     香水に波打つてゐる感情線

     香水を纏ふや夜の加速する

     短夜の見えない翼広げけり

     ぬばたまの闇のどこかで仔猫がにやあ


     くちびるが「好き」と動いて熱帯魚

     ふりほどきたきことあまたダチュラ咲く

     ストローにソーダの泡のまつはれり

     どの猫も影は黒猫鉄線花

     寸胴を泳ぐパスタや青嵐

     薔薇の香にずらりと並ぶハイヒール

     膝抱へペディキュア塗るや多佳子の忌


     抱きしめてゐるTシャツの濡れしまま

     サンダルをぶら提げてゆく防波堤

     蝶結び解きて始まる夏休み

     世界地図広げて夏の座敷かな

     参道の砂利の真白き土用かな

     出目金に遠慮してゐる和金かな

     姉さんが欲しいと泣いた金魚かな


     ベニヤ板踏めばくにやりと夏の昼

     大胆な水着でテトラポッドへぴよん

     ペディキュアの覗く日傘の影の縁

     引き潮にだんだん埋まつてゆく裸足

     釣船の分くる夥しき水母

     泡盛に風の乾いて来たりけり


     をちこちに猫の散らばる夏の霜

     短夜やレゲエで踊る猫のゐて

     コカコーラ越しに受胎を告げらるる

     夕立や透きとほりたるラブホテル

     かき氷さくりと恋の終はりけり

     泣き顔に浜昼顔のひらきけり

     悲しみはペリエで割つて夏の月


     短夜の奥より冷蔵庫の唸り

     キューピーの浮かぶ湯舟や明易し

     とうすみの草月流に休みをり

     夕焼けに口開けてゐる清掃車

     声援にでんと麦茶の大薬缶

     カルピスが渡り廊下を来たりけり

     藍浴衣フィレオフィッシュを頬張りぬ


     蝉時雨否蝉夕立蝉嵐

     点滴の図太き針や遠花火

     終バスは空気を乗せて夏の果



         排卵日 26句


     朝顔のまどろむ曇硝子かな

     あさがほの星のかたちにしぼみけり

     立秋やあざらし鼻の穴閉ぢて

     フェリー見送る口紅は秋の色

     爪の色変へて切なき荻の風

     桃吹くや痛みに心地良きものも


     出口無き二百十日を泣き通す

     合歓の実の流れへ落つる排卵日

     吹かれくる浜辺の砂と秋の蝶

     秋の蝶螺旋に落ちて来たりけり

     花の野に寝てさかしまな空と海

     月光に翼休めてゐるあたし


     満月へ踵返すや太郎冠者

     浜菊や小さき舟には小さき水尾

     鉢ずらし顔出す菊の主かな

     にじり戸を尻より出づる菊日和

     いづくより釘打つ音や菊日和

     くるくると床へ伸びゆく柿の皮

     落鮎や欠けし湯呑に酒満たし


     紅葉鮒満ちたる魚篭の雫かな

     役満に秋の扇をひらきけり

     たこ焼きのおかかわらわら秋湿

     口紅を懐紙に押さへ新走

     松ぼくり太平洋へ落ちにけり

     太刀魚のとぐろ巻きたる馬穴かな

     芋の葉にこころ読まれてしまひけり



         メロンパン 50句


     丸ビルを跨いで冬の来たりけり

     パティシエの帽子聳える今朝の冬

     立冬やケーキ鋭き角持ちて

     サイフォンのぽこぽこぽこと冬に入る

     冬立ちて最初のキスはティーカップ

     人ごみの中に人垣べたら市


     枯菊を焚くや菊より水蒸気

     枯菊に猫の行方を尋ねをり

     国道の濡れしところを黄落す

     チェロ抱きてタクシー降りてくるブーツ

     冬凪や外人墓地に猫群れて

     先生の眼鏡まん丸冬の凪


     ぼろぼろのあたしはここよゆりかもめ

     溜息も吐息も話す息も白

     くちづけの離れるときの息白し

     冬空の青さに溶けてゆく心

     ワイパーに魔法かけられ冬の雨

     肩甲骨は翼の名残り冬銀河

     冬晴やカーラジオからボブマーリィ


     日向ぼこアジアの端にゐるあたし

     冬の花水の色してゐたりけり

     十二月爪を真珠の色に染め

     姿見の奥より冬の夕日かな

     わが胸に柚子の犇く湯舟かな

     アイライン目尻に跳ねて初氷

     雑巾を閉ぢ込めてゐる初氷


     雨みぞれ雪みぞれ雪みぞれ雨

     猫の爪跡霜焼に発展す

     裸木の影絡みつくマリアかな

     涙流るるまま冬の星仰ぐ

     長葱のはみ出してゐるヴィトンかな

     お太鼓もふくら雀も寒の内


     火曜日のつんつんつんと冬芽かな

     金色の鯉浮かびくる聖夜かな

     聖樹より聖樹へ光流れけり

     レフ板の一面ポインセチアかな

     黒猫はぴんと尾を立て寒椿

     冬日向寝てゐる猫と眠る猫

     おにぎりは三角冬の空四角


     木守りの突つけばびしゆと爆ぜるはず

     くちびるに言葉貼りつく冬の薔薇

     メロンパンほどの乳房や冬の空

     なかなかに埠頭離れぬ百合鴎

     ゆりかもめ午後の睡魔を連れて来し

     冬凪へ胸の揚羽を放ちけり

     玄関の凍つるブーツを履く勇気


     スカートに猫の冬毛をつけて来し

     極月の五感ゆるびて来たりけり

     カーテンのふくらんでゐる雪明

     身につけるものみな冷えてゐたりけり



         ふくら雀 15句


     数へ日の垣根から出る犬の鼻

     紅筆に小指を立てて寒復習

     溜息が言葉を塞ぐ年の空

     ゆく年の空へ煙草の煙かな

     行く年や送電線のばうばうと

     年の湯へ痩せた体を放り出す


     富士山の裾開け放つ襖かな

     指先に目高集まるお正月

     初湯して爪の先までさくらいろ

     どこまでも猫ついてくる初手水

     プリンタをじじじじじじと初暦

     ひさかたのふくら雀を結ふ三日

     春着着て言葉遣ひの変はりけり


     ほつほつと粥の穴より湯気噴けり

     淡き膜張りて名残りの七日粥

編集・削除(編集済: 2022年08月06日 22:02)

きっこ句集について

「きっこの句集」は、「きっこのハイヒール」に、第1句集『マリアの月』、第2句集『満月へハイヒール』、第3句集『東京タワー』、俳句エッセイ『五月の風』が掲載されていました。しかし、サービスしているサイトのサーバーが壊れ、利用者全員のデータが消えてしまい、かつ、きっこさん自身も、サイト上で句の選定や順番を決めて句集を作っていたので、手元に完成したデータがなく、作り直すことができなくなってしまいました。

このため、句友たちの協力を得て、復元作業を行うことにしました。

幸い、灌木さんがプリントアウトされたデータを持っていたので郵送してもらい、わたくしのパソコンに保存されていたデータに加えて、達也さん、眠兎さん、霜月さんらが、これらの句集の抜粋や、「ハイヒール句会」の記録、「影庵招待席」に掲載された「母の手」や「Dictionary」掲載の「新宿聖夜」、きっこ俳話集の「子宮筋腫」はじめ、日々の掲示板でのしりとり俳句や、きっこさんが参加されているハイヒール以外の句会の記録(例えば「湯豆腐会」の全記録等)をお寄せくださり、当初の復元予定を越える句数がわたくしの元に集まったため、突き合わせて復元することが出来ました。きっこさんにも見てもらい、彼女の記憶とも一致することを確認しましたので、ここに失われた句集を復元いたします。本当にご協力ありがとうございました。

第一句集『マリアの月』は、平成14年(2002年)までの作品を収めたものです。
第二句集『満月へハイヒール』は平成14年から平成16年(2004年)までの作品を収めたものです。
第三句集『東京タワー』は、平成16年以降の作品を収めたものです。

それではきっこワールドをお楽しみください。

編集・削除(編集済: 2022年08月07日 22:59)
合計14件 (投稿14, 返信0)

ロケットBBS

Page Top