きっこさん、みなさんこんばんは。
皆さん、こんばんは。
川を見て羽子板市へゆく途中 岸本尚毅
青大将実梅を分けてゆきにけり 〃
くちなはのしづかに下駄の方へ来る 〃
墓石に映つてゐるは夏蜜柑 〃
梅の実を映して黒きハイヤーよ 〃
鰭酒の鰭を食べたる猫が鳴く 〃
べつたりと河豚を載せたる秤かな 〃
歩みゆく霧の中よりチユーリツプ 〃
作者の名前を伏せたら、どの句も波多野爽波の句だと思ってしまうくらい、爽波っぽいですよね。
自分の憧れる師の作風を模倣することと、精神性のみを受け継いで自身の作風を確立することのどちらが良いのか、あたしには分かりません。
ただ、爽波の句が大好きなあたしとしては、これほどまでに師の作風をなぞってくれた弟子の存在は、とても心強いです。
特に、飯田龍太が絶賛した次の句は、あたしも大好きです。
河骨にどすんと鯉の頭かな 岸本尚毅
それから次の句は「金目鯛」を奥さんの岩田由美、「蟷螂」を岸本尚毅だと思って読むと、めっちゃ楽しいです♪
金目鯛買へば蟷螂ついて来る 岸本尚毅
きっこさん、皆さん、こんにちは🌤
しんにゅう禁止の逢魔が辻に迷い込んだので、きっこさんに気付いて頂けて良かったです(笑)しりとり、辶繋ぎで失礼しました。
あれ?ラスカルの「小鳥来る」につないだつもりだったが近眼の度が過ぎて幻を見たか(笑)。ま、いいや、仕事に出かけるからそのまんま東ですみません。
波多野爽波の「青」には傑出した俳人たちが集まったが、中でも若手では田中裕明と岸本尚毅が知られて居て、爽波亡き後、田中裕明が起こした「ゆう」に岸本尚毅は寄っていた。岸本尚毅は一誌を持つよりも俳句を詠み読むことに専念する生粋の俳人である。その田中裕明亡き後、妻の森賀まりと弟子の対中いずみらが出した田中裕明研究と作品を語る雑誌が「静かな場所」で、
小鳥来るここに静かな場所がある 田中裕明
という一句から題はとられている。表紙は生前師が残したスケッチが描かれており、そこに描かれた回路図から田中裕明がわたくしと同じエンジニアだったことがわかった。対中いずみは下戸なのにどういうわけか酒席ではうわばみのような猫髭と相席になることが重なり、その縁で鑑賞を書いたこともあるが、森賀まりが記した裕明の愛読書の中にわたくしが私淑した吉田健一の全集が原書房と集英社と両方あることがわかり、それで彼の書く散文は吉田健一の文体に似ているのかがわかったこともある。
「鑑賞のお部屋」の波多野爽波特集が縁で爽波師系の俳人たちには良くしていただいたので、「縁は異なもの」で、きっこさんが爽波の鑑賞をやらなければわたくしも爽波師系の俳人たちと交わることがなかったと思うと、きっこさんに感謝する気持は終生変わりません。まあ、もう老いた軒先のノラですが、きっこさんに教えていただいたことはきちんと「ハイヒール図書館」に残しますので、これからも皆さんの協力をお願いします。
>「十ほど辻抜けて」
あ、ほんとだ、逢魔が辻を連想して見過ごしました。さすがC掲示板でわたくしのルンバ句から「ドモホルンリンクル試す夜長かな」を詠んだ撫子さん、わたくしのベタ句より遙かに上手♪
>猫髭さん、こんな言葉遊びが許されるなら、「古時計チクタクチクタクッボーン盆」という言葉遊びも許されるのではないですか(笑)俳句の3要素は「挨拶、滑稽、即興」と山本健吉先生も言っておられました(笑)
句念庵さんの勘違いには困ったなあ。それもきっこさんを引き合いに出してのきっこの威を借る粗忽長屋の長老さんですか。ABC探すの大変だけど、もう一度正確に引きますと、
「きっこさんが御自分の管理する青空掲示板で、「八月のカレー名づけて盆カレー きっこ」とジョー句を詠んでいるのですが、句念庵さんが青空掲示板でジョー句の返句をすればいいのに、うつくC掲示板で「古時計チクタクチクタクボーン盆 句念庵」とやるから、そこだけ浮いて可笑しいの何の。座布団三枚取っちゃって!チクタクチクタクボーン盆、って面白過ぎます♪」
と書いています。各掲示板の前後の流れでしりとり俳句をみんな詠んでいるわけで、それがおのずと青空掲示板の、B列車掲示板の、うつくC掲示板の個性になりつつあるのですから、青空掲示板の松山容子のホーロー看板がパッと浮かぶきっこさんの座布団十枚あげてもいい楽しい盆カレーの盆ジョー句の返句を、なぜ当の青空掲示板じゃなくて、関係ないC掲示板に出すから「そこだけ浮いて可笑しい」と座布団三枚取っちゃってと言ったので、挨拶する掲示板を間違えてますよという意味です。俳句の3要素は「挨拶、滑稽、即興」と山本健吉先生も言っておられました、というその一番目の要素「挨拶」する掲示板をあなたは間違えているのです。おわかりになりますか。
それから「古時計チクタクチクタクッボーン盆」ではなく「古時計チクタクチクタクボーン盆 句念庵」です。なによ「クッ」って。引用は正確を期してもらいたいとか偉そうに言っていて自分の句も満足に引けないとは。先ず日本語を正しく読んで相手が「言葉遊びも許されるのではないですか」なんぞと「許さない」とはひと言も言っていないのを目ン玉を見開いて見てください。あと見よそわか。