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いくつかの場面について

観終わった人が、どう捉えたのか気になる場面がいくつかあります。

途中でステフがテレビ画面でマッカ(メッカ)の巡礼を見たこと。

なぜルイス、そしてステフとジョシュが地雷原を渡れたのか。

その後の列車のシーン。

また列車が登場する前に一瞬、レールが写るカットがあること。

考えが聞きたいです。

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パンフに載っていたインタビューでは監督は死は罰ではない、と答えていますが、最後の3人が死んだのかは定かではないですね。

ただ車も水もなくなった中で、最後に爆死するビギがリュックを持っていたことが、本当に何もなくなった3人とは違うところなのかなと思います。

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だいさん、メッセージありがとうございます
パンフレットの宇川直宏さんのREVIEW でも映画の生存者3名は「本当に生きているのか?」と言及されていますね。
そりゃ全員爆死しました、なんて結末の映画があったら悲惨が過ぎます。

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自分もTaiyo Kitoさんと同じ結論に達しました。
補足するならエステバンも含め「先導した人たち」が亡くなっているような気がしてます。

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Siratについてのイスラム教の説明を読んだところー

シラート(Sirat)とは、地獄の上に架けられる橋のこと。人々はそれぞれの行いに応じてその橋を渡る。ある者は瞬きほどの速さで、ある者は稲妻のように、ある者は風のように、またある者は俊足の馬のように渡る。
ある者は走って渡り、ある者は歩いて渡り、ある者は這って進む。そしてある者は引っかけられて火獄へ投げ込まれる

とありました。
そうするとエステバンと犬のピパは一番早く(速く)シラトを渡ったのかも

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私的見解だと生存/爆死のキャストの割り当てに恣意的な選別なんてないんじゃないですかねー。
この映画に限らず「この世に生を受ける」は平等ではないが、生まれた以上は今の医学技術だと「死は誰にでも訪れれる平等な人生の結末」でしょう。

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明るく、楽しい映画だけが「良い映画」じゃないというのは分かってはいるけれど…

>人生は、「目を閉じて、地雷原を突っ切れ」と迫ってきます。このような時にこそ、人間は最善の部分を引き出されるのだと私は確信しています。

監督の声明文。わたしにはぜんぜん"それ"は伝わらなかった。最愛の人間、旅の仲間たちを失い、もう死から逃れられないと自暴自棄となったルイスの「最善の部分」って何? この映画を見た"わたしたち"の明日を、監督はどう変えたかったの?

様々な受賞の観点も、音響や美術に集中しているので納得。脚本で賞を与えられなかったのが、つまりそういうことかと。
人の好みは様々なので、駄作と論じたりはしない。事実、心を鷲づかみされたから。嫌な意味でだけれど。

良い映画って、「もう一度観たい」という気持ちを湧きあがらせるものだけれど。
この作品をそう思える人って、どれくらいいるのだろう。
少なくとも、わたしはそう思えなかった。

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どなたか教えてください

エステバンとピパの死後、休憩スポットでレイバー達が「この後が彼にとって本当の地獄ね」「誰が伝える?俺には無理だ」
と話し合うシーンがありましたが、何を伝えようとしたんでしょうか?ルイスに秘密にしていたことってありましたっけ?
どなたかわかる方教えて欲しいです。

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やはりそうでしたか!死んだことは確実にわかっていたはずなのに、見た、ということを伝えるのに何がそこまで気を使うのだろうと思ってしまい…ありがとうございます!

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エステバンドの遺体を見たことですよ。
地雷後に「彼は遺体を確認した。言い出せなかった」と言ってたやつです。

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感想

エンドロール後、隣の席のネーチャンが肩を震わせて泣いてた。
その気持ちはよーーくわかるぞ。

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わかります。僕はレイバーなのでこの映画見よ、ってなって初日上映を済ませましたが、カンヌ4冠は事実なのでそれをキッカケに映画を観た映画通には迷惑な映画だと思う人は一杯いる筈よ、は俺の友人でレイブカルチャーを知っていながら映画鑑賞拒否した人と今日達した意見です。

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最後の宴

見渡す限りの砂漠、最後の宴。
楽しいから踊るんじゃない。苦しみを忘れる為に踊るんじゃない。忘れられない苦しみをせめて少しだけでも和らげる為にレイブに身を任せるんだ。このシーンは胸が苦しかった。
なぜ身体に障害を負った者が地雷の犠牲になるのか。死へ導く運命はなぜ残酷にも不平等なのか。残された3人と犬は生き残ったのか、天国に逝ったのか。あれは天国への電車だったのか。鑑賞後何時間も悶々とした。
パンフレットを熟読したい。

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何かしら傷を抱えた登場人物たち

次のレイブを目指すために険しい山道を走る登場人物たちを見て、「そこまでして踊りたい!?」「軍からも警告されてるし家に帰ったほうが良くない!?」と思った。最初は。

でも分かった。彼らはきっと帰る場所がないのだ。過去に(肉体的にも精神的にも)大きな傷を負った者同士で小さなコミュニティを築き、各地のレイブを転々とし、マリファナを吸いながら踊り続ける旅をしているのだ。

彼らは優しい。お互いを家族だと思い、娘を探すルイス&エステバンにも協力し、仲間として受け入れる懐の広さを持つ。

なのにあんな…地雷原で呆気なく命を落とすことになるなんて。

人生って無慈悲だ。何の前触れもなく、予想外な形で死ぬことなんてよくあることなんだと、改めて痛感。

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レイブ

はじめ、レイブ会場で音楽を聴いて踊ってるひとをみて、「なにが楽しいんだろう」って思って見てた。

だけど、映画の途中で、絶望して、薬やって、爆音のレイブミュージックに体を預けるシーンがあって、そこで分かる。レイバーは楽しくて踊ってるんじゃない。絶望してるんだって。人は楽しいから踊るわけじゃない。

ただの騒音だと思ってたけど、それに救われてる人もいる。外野が安全地帯から批判することなんてできない。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年06月07日 22:23)

となりのトトロ

死はいつも隣り合わせ。となりのトトロというタイトルにそんな意味がこめられてる。なんて都市伝説を思い出した。

人生はロードトリップに例えられることが多い気がする。自分でハンドルを握り、いく先を決めて、ときに目的地があり、ときにあてもなく進む。

この映画もそう。途中までは。
ラストで教えてくれる。我々は死という終着駅に向かって、ただ列車に乗っているだけにすぎない。

強烈だった。

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爆音上映

爆音上映にて鑑賞。本編を通して、爆音上映が行われた理由が改めてよく分かった。
ちなみに、上映終了後にもうひと爆音が。

「足踏んだだろうが!!!」

仲直りはできたのかな。

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笑った

地雷を踏むシーンは笑った。
しかもあの音楽。
ギャグにしか感じない。

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