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東洋史の山内隆夫さん練馬区特別参与退任

昭和42年文学部東洋史学専攻入学の山内隆夫さん(熊谷高卒)は昭和47年東京都庁に入り、その後
平成16年 東京都生活文化局長
平成18年 東京都福祉保健局長
平成19年 財団法人東京都中小企業振興公社理事長
平成25年 東京都収用委員会収用委員
平成26年 練馬区専門委員(専門調査員)
平成26年 練馬区副区長(1期目)
平成30年 練馬区副区長(2期目)
令和 4年  練馬区特別参与
を歴任してきましたが、令和8年3月31日までで練馬区特別参与を退任されたのでお知らせします。
(上記の履歴は「練馬区公式ホームページ」に3月31日まで掲載されていたものですが、4月1日に消去されています。)
「練馬区公式ホームページ」に副区長再任の記事は残されています。
https://www.city.nerima.tokyo.jp/kusei/koho/hodo/h30/h3006/300619-2.files/300619.pdf
山内さんの在職中は、その活躍ぶりが、同窓生の間で結構話題になっていました。
なお、山内さんがその下で働いてきた、練馬区長前川燿男さんは、令和8年4月19日までで退任となります。
(4月12日に区長選挙が行われ、前川さんから後継指名されていた前都議の尾島紘平さんは落選しました。)

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年04月28日 20:26)

広告に注意

現在、当掲示板に「ビデオ」、「ビデオを見る」というタイトルの広告が頻繁に表示されていますが、これらはフェイクアラート広告なので開かないようにしてください。万一開いてしまった場合、電源を切って再起動する必要があります。

引用して返信編集・削除(未編集)

68年法政編入の丸井英弘さんご逝去

国際基督教大学を卒業後1968年に教育大の文学部法律政治学専攻に編入学し、その後弁護士として活動されていた丸井英弘さんが、2025年12月7日、心筋梗塞のため81歳で逝去されたとのことです。大麻取締法に反対して活動し、ご自身のサイト「麻と人類文化」も作成されていましたが、先ほど当サイトの「同窓生のWebサイト集」点検中にこのサイトが閉鎖されているのに気づき、どうしたのかと調べていたところ、同氏の訃報に遭遇しました。こちらの記事です。
https://www.keiben-oasis.com/38006
当会の会員にも交流のあった人がいました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年04月21日 22:19)

その後「心の風景 認知的体験 」というサイトも閉鎖されていることに気づき、調べてみたところ、これを開設していた61年心理入学の海保博之さんも逝去されていたことが判明しました。ウィキペディアに、2021年8月9日、S状結腸がんのため死去、78歳とあります。(ただし、同サイトの過去のデータのアーカイブは存在します。)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E4%BF%9D%E5%8D%9A%E4%B9%8B
謹んでご冥福をお祈りいたします。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年03月17日 19:37)

小林昭夫さんを偲ぶ会

昨年8月20日に逝去された当会のメンバーである小林昭夫さんを偲ぶ会が、当会本部事務局の提案により、2026年2月21日正午から赤羽の「銀座アスター」で開かれました。小林さんの奥様以外の出席者は元新聞会員が5人、新聞会員以外の知人が3人の計8人でした。旧新聞会員の中にははるばる福井県からやってきた参加者もいました。数十年ぶりの再会となるメンバーもいました。奥様自身は大学関係者ではなく、小林さんがサイマル出版会に勤務していた時の職場の同僚の方です。お二人で独立し出版社金羊社を設立経営されていました。参加者は、それぞれ小林昭夫さんの想い出を語りあいました。奥様は小林さんの出身地である富山に行った時の大雪の想い出などを語られていました。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年04月17日 22:12)

「筑波学生新聞」の消滅

筑波大学には、大学当局の発行する「筑波大学新聞」に対抗して、学生の発行する「筑波学生新聞」というものがありましたが、2007年5月号(225号)をもって休刊となり、その後廃刊となったようです。しかし、この新聞のアーカイブが保存されているサイトがあります(トップページの「関連他サイト」参照)。この新聞会のメンバーは、以前「教育大学新聞」の先輩に会いたいと連絡してきたことがあり、池袋・ジュンク堂書店のロビーで会って雑談したことがありました。その際、筑波大学に保管されていた旧教育大の貴重な写真数点を提供されたことがあり、その時の写真は当サイトのオープニングのキャンパス写真として使用されています。
なお、現存する「筑波大学新聞」は、大学当局の発行するもので学生新聞ではありませんが、最初に刊行にあたったのは、当会のメンバーで当時筑波大学の助教授であった松原達哉氏(2020年8月9日ご逝去)であり、当会と無関係というわけではありません。「教育大学新聞」を作っていたのならお前が作れと当局から指示されて担当したとのことでした。大学当局が大学新聞を発行するという例は他に知りませんが、教育大学新聞の伝統が筑波大学新聞に継承されていると言える面はあるかもしれません。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年05月29日 11:14)
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