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謹賀新年、投稿歓迎

謹賀新年、投稿歓迎と昨年も書いたが、それからもう1年経ってしまった。投稿数は月に1件程度で極めて少ない。(スレッドNo.が多いのは、時々同一名義による同一内容の意味不明の大量の落書きがあり、掲示板利用者への妨害行為なので、これを削除しているためです。同様の落書きが他サイトの掲示板にも大量に見られますが、放置されている場合が多いようです。)
この掲示板は、廃止されたteacup.掲示板程ではないにせよ、現存する掲示板の中では比較的使いやすく、本年も継続使用するので、活発な投稿を期待します。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年01月15日 11:05)

「筑波学生新聞」の消滅

筑波大学には、大学当局の発行する「筑波大学新聞」に対抗して、学生の発行する「筑波学生新聞」というものがありましたが、2007年5月号(225号)をもって休刊となり、この新聞のサイトには「休刊のお知らせ」が表示されていました。しかし、その後この「休刊のお知らせ」を掲載していたサイトそのもの(GeoCities)が閉鎖されてしまい、休刊のまま廃刊になってしまったようです。この新聞会のメンバーは、以前「教育大学新聞」の先輩に会いたいと連絡してきたことがあり、池袋・ジュンク堂書店のロビーで会って雑談したことがありました。その際、筑波大学に保管されていた旧教育大の貴重な写真数点を提供されたことがあり、その時の写真は当サイトのオープニングのキャンパス写真として使用されています。「筑波学生新聞」は廃刊にはなりましたが、当時の新聞は「つくばリポジトリ」というサイトに保管されており、閲覧可能になっています。アドレスは以下のようになっています。
https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=-createdate&search_type=0&q=%E7%AD%91%E6%B3%A2%E5%AD%A6%E7%94%9F%E6%96%B0%E8%81%9E
なお、現存する「筑波大学新聞」は、大学当局の発行するもので学生新聞ではありませんが、最初に刊行にあたったのは、当会のメンバーで当時筑波大学の助教授であった松原達哉氏(2020年8月9日ご逝去)であり、当会と無関係というわけではありません。「教育大学新聞」を作っていたのならお前が作れ、と指示されて担当したとのことでした。大学当局が大学新聞を発行するという例は他に知りませんが、教育大学新聞の伝統が筑波大学新聞に継承されていると言える面はあるかもしれません。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年01月02日 17:04)

筑波学生新聞が、統一教会と癒着した大学当局を批判した件に関する記事がこちらにあります。東北福祉大学の元学生が書いたものです。
https://note.com/franksendaiman/n/n9ef23db590cd

引用して返信編集・削除(編集済: 2025年12月30日 17:00)

goo blogは11月18日サービスを終了

2025年11月18日午前11時にgoo blogはサービスを終了します。gooは業績不振らしく「教えて! goo」も2025年9月17日にサービスを終了しています。またgooポータルも、2025年11月25日午後1時に提供が終了となります。(gooポータルは dmenu に変更されました。)
当会では、藤田さんと鈴木さんがgoo blogを使用していましたが、藤田さんの方はすでに別のブログ(Ameba blog)を開設しています。「sanpokoh-fujitaのブログ」という名称は「山歩講」という山の会の名に由来。(従来の「mukan's blog」という名称は、教育大学新聞のコラム「無冠」に由来。)
鈴木さんは2013年9月6日午後11時14分に他界されており、奥様の10年前の記事が最後になっているため、このまま終了になると思われます。
貴重な情報が多く書かれているため、今のうちに閲覧されることをお勧めします。タイトルは「川越だより」、画像はこのブログの閉鎖前に保存した大厳寺高原への家族旅行の記念写真(右端が鈴木さん)。鈴木さんは在学中は文学部学生自治会の委員長を務められ、卒業後は都立高校で社会科の教員をされていました。鈴木啓介委員長当時の副委員長は卒業後信濃毎日新聞勤務の飯田正孝さん。こちらに飯田さんへのインタビュー記事があります。https://note.com/tsuchiya_zemi/n/n8e55bd482f52

引用して返信編集・削除(編集済: 2025年12月26日 13:03)

今日は11月18日、goo blogは予告通り、本日サービスを終了した。
鈴木さんの「川越だより」の方は、鈴木さん本人の写真やご家族との写真が大量に掲載されており、いつでも鈴木さんに会える感じになっていたが、消えてしまい残念。また、当サイトからリンクしている記事もあったが、無効になったのでリンクは消去した。
藤田さんのブログの方は、日常の身辺雑事について、深遠な哲学的考察を繰り返していたもので、かなり面白かったのだが、これも消えてしまい残念。以前1日200件ほどのアクセスがあると話していてそれは凄いと思っていたのだが。新設された藤田さんのブログはこちら。
https://ameblo.jp/sanpokoh-fujita/

引用して返信編集・削除(編集済: 2025年11月30日 20:20)

文学部学生自治会関係者の懇親会

11月16日、およそ60年前の文学部学生自治会関係者の懇親会が荻窪の杉並会館で開催された。関係者の発行していた同人誌「置文」の創刊25周年を記念して開かれたもので、何と27人も参加した。会場は公共施設で、会費はわずか2000円。当時の文学部学生自治会委員長や筑波闘争の際に設置された文学部自治会闘争委員会(略称文自闘)の書記長も出席していた。文自闘書記長からの、参加確認の電話の声は元気そうだったのだが、会場には車いすで現れたので驚いた。8月20日に亡くなられた当会の小林さんを含む多くの他界された方々に対しての献杯で始まり、なつかしい昔話に花が咲いた。末期の小林さんを見舞いに行った人も来ていた。当会からは二人(本部事務局とサイト管理者)が参加したが、当サイトの存在を知らない人も多いので、会場で当サイトを閲覧するよう勧めておいた。そのためか、その後、若干のアクセスの増加があった。新聞会OB会の方は、会員の高齢化により、すでに2015年に池袋で最後の総会、2019年に日光で最後の合宿を済ませており、もしかするとこれが学生時代の仲間の最後の同窓会のようなものになるかもしれない。

引用して返信編集・削除(編集済: 2025年11月20日 23:34)

梅根悟先生のエピソード

11月11日朝の北海道新聞に梅根悟先生(1903ー80年)のエピソードが出ていました。
「私のなかの歴史」という聞き語りの連載。話し手は札幌の光塩学園理事長、南部ユンクイアンしず子さん(77)。
札幌の藤女子高を出て、1966年開学したばかりの和光大学芸術学科に一期生として入学。学長は梅根先生。キャンパスは小田急線鶴川駅から歩いて30分。タクシーで10分。学生には高いので4人ぐらい集まって乗る。
ある時、梅根学長と一緒に乗ったら、割り勘。
「学長、おごってください」と言うと「こういうのは平等にしなくてはいけない。学長でも学生でも人間としては同じだ」と。何か変わった話になる。
(澤部勝=1961年、文学部経済学専攻入学、札幌市)

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