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元文自闘副委員長前田浩志さんご逝去(2026年7月9日)

筑波闘争当時の文学部学生自治会闘争委員会で副委員長を務められていた前田浩志さんが、病気療養のため入院中のところ、7月9日に逝去されたとのことなのでおしらせします。79歳でした。謹んでご冥福をお祈りいたします。
前田さんは昨年11月16日に荻窪の杉並会館で開催された文学部自治会関係者の懇親会には、歩行困難のため車いすで現れて周囲を驚かせていましたが、今年の2月になって脳梗塞を起こし大久保病院に入院、その後大久保病院では治療継続が出来ず4月に練馬の東海病院に転院していました。要介護5の状態で寝たきりでしたが、6月5日に見舞いに行った際には会話は可能な状態でした。見舞いに行った数日後に本人からお礼の電話があり、管理者にとってはそれが最後の会話になってしまいました。まさかお礼の電話をしてくるとは思ってもいなかったのですが。
前田さんは自宅のある地元杉並区の都立西高校の出身で3年生の時には生徒会長を務め、1965年に文学部社会学専攻に現役で入学していましたが、筑波闘争の終焉とともに大学は退学処分となっています。
退学後は杉並の自宅を拠点に1995年5月から2012年12月にかけ、地元向けの季刊新聞「らぶりい杉並」を発行されていました。最近はその合本を完成させたばかりでしたが、その冒頭には「前田浩志の傘寿を控え「華年」の仕事を振り返りました」と書かれています。価格は500円で販売中です。
写真は1968年6月29日、本館封鎖を決定した文学部臨時学生大会(G501教室)のもので、前列左端が当時常任委員の前田浩志さんです。
https://tue.news.coocan.jp/memories/image89.jpg

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年07月22日 15:23)

前田さんは「らぶりい杉並」とは別に、旧文学部学生自治会関係者の同人誌(旧フェニックス社機関誌)「置文21」を編集長として発行していましたが、残されたメンバーは8月2日に、前田さんに関係する論考を中心とする「置文21」No.66の編集会議を開き、10月発行を目途に活動し、これを終刊号とする予定だとのことなので、お知らせします。
(注)「置文21」についてはスレッドNo.1(3)参照(当掲示板の最初のページ)

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年08月04日 21:40)

火葬を含む葬儀は7月15日午前10時から午後3時にかけ、堀之内斎場で家族葬として行われ、主として学生時代の友人からなる15人が出席し、無事に終了したのでお知らせします。中大・慶大など他大学の方も参加されていました。
都合により出席できず、弔電を寄せられた方も一人いました。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年07月17日 12:43)

http接続は本日(6月30日)で終了

当サイトは、昨年10月5日から、それまでのhttp接続に加えhttps接続が可能になっていましたが、本日(6月30日)をもってhttp接続を終了し、7月1日からhttps接続に一本化されるのでお知らせします。仮にアドレスをhttpと指定しても、自動的にhttpsに変更して接続されます。当サイトで使用しているアクセスカウンタは、すでに昨年10月7日、http専用のRaysからhttps対応のFC2に変更しています。なお、2022年8月27日から使用しているこの掲示板はもともとhttpsであり、左上メニューの「ホーム」は、https接続開始後は、https接続での表示になっていました。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年08月05日 11:23)

「旧teacup.掲示板投稿一覧 (2005-2022) 」の設定を更新

当サイトでは2005年5月から2022年3月までの約17年間GMOの提供するteacup.掲示板を使用していた。貴重な情報を含む投稿が多いため、この掲示板の2022年8月1日午後1時のサービス終了前にデータを保存し、「旧teacup.掲示板投稿一覧(2005-2022)」というページを設置した。(下記アドレス)
しかし、この保存されたデータ内にあるリンク先アドレスをクリックすると「teacup. byGMO サービス終了のお知らせ」と表示され、リンク先を開くことが出来なくなっていた。teacup.からのリンクになっていたためで、存在しないサイトからのリンクは不可能。そこで、ここ数日かけてデータを書きかえ、当サイトからの直接リンクに切り替えた。そのため、旧掲示板に書かれたアドレスからもリンクは可能となったが、残念ながらすでに廃止されているリンク先が多く、"Not Found"となり表示できないものも多い。

https://tue.news.coocan.jp/teacup/

また「東京教育大学新聞会OB会」の名称をクリックすると当サイトのトップページが開くように、「管理者へメール」をクリックすると現在の掲示板の「お問い合わせ」が使用できるように変更した。この結果、投稿や修正、削除以外は、廃止前同様正常に使用できるようになっている。
teacup.掲示板の閉鎖を前に、後継掲示板をどうするか、いくつかの掲示板を試してみたが、比較的使い勝手の良いこのロケットBBSを使うことにし、2022年8月27日からこの掲示板を使用しているが、投稿数はかなり減少している。teacup.掲示板ほど気楽に投稿は出来ないようだ。また広告管理が杜撰でフェイクアラート広告が多いなど、広告表示には問題があり、広告は無視し開かずに使用した方が安全。乱雑な広告表示に苦情が多いため、3月18日、掲示板を単独表示から2フレーム表示に変更して試してみたところ、2フレーム表示に対応している広告は少ないらしく広告の表示件数は減少し、比較的安全に使用できるようになった。初めは良い掲示板だとと思って使い始めたものの、その後広告表示が乱雑となって使い物にならなくなり、何度が使用中止も考えたが、その必要はなくなったと思われる。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年07月20日 13:34)

クラーク博士像をめぐる話題

「羊ケ丘にクラーク像50年 立地とポーズの謎に迫る」という記事が、5月26日北海道新聞15面に「うちの街ダネ」として載った。概略は次の通り。
※大本のクラーク胸像は北大構内にあるが、観光客が急増、バス乗り入れ制限と、学業の妨げに。
※札幌観光協会がじっくり見られる場所にと、羊ケ丘展望台に、博士来日から100年の1976年に全身像を設置。今年で50年。
※「ボーイズ・ビー・アンビシャス」という名言の地は、実は隣町の北広島市の旧島松駅逓所という説が強まり、市民有志が寄付を募り、今年9月には、駅逓所跡に馬に跨がった博士像が設置される。
クラーク像のある羊ケ丘展望台(年中無休)は老朽化による施設リニューアルのため、来年2027年4月1日から休業する。リニューアルオープンは2028年?夏ごろの予定。クラーク像のある地域も休業中は見られない。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年05月27日 23:14)

修学旅行の起源

5月26日の北海道新聞1面コラム「卓上四季」に修学旅行の歴史について記述があった。起源は明治19年。東京師範学校の生徒が東京ー千葉・銚子間を11泊12日の日程で歩いて往復したとある。
コラムは辺野古沖の事故を捉え、戦後の平和教育積み重ねを踏みにじろうとする文部科学省の動きに警鐘を鳴らす。
ウィキペディアによると、東京師範の最初の修学旅行でも、上からの軍隊式規律路線の過度な導入に対し、学長をはじめ学校、生徒らは抵抗、気象、測量、動植物採取などの実地研究を目指し、実践したとされる。当時、新聞・雑誌で大きく扱われたことを、東京茗溪会報などから引用している。読みごたえがあった。

引用して返信編集・削除(編集済: 2026年05月27日 09:49)
合計86件 (投稿62, 返信24)

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