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体育学部52年卒同期会の掲示板閉鎖

この掲示板は2022年8月のteacup.掲示板の廃止に伴ってロケット掲示板に移動して開設したものだが、同時期に同様の移動をして開設されていた東京教育大学体育学部52年卒同期会の「掲示板―毎日が同期会」(管理者は本純一郎氏)というタイトルの掲示板が、数日前に廃止されてしまったらしい。アドレスは https://bbs1.rocketbbs.com/tuoe52 だが、開こうとすると「404 Not Found この掲示板は存在していません」と表示される。(当掲示板のアドレスはtuoe52の部分がtuenews)
タイトルの下には「情報・提案・連絡等ご自由にお書きください」と書かれていたが、利用者はあまりいないようだった。teacup.からの移動直後に、掲示板の移動開設への利用者のお礼と同期会開催準備のコメントがあっただけだった。teacup.ほどではないにしても、比較的使いやすい掲示板だと思うのだが、次々と同窓生のサイトが消えて行くのは残念。

引用して返信編集・削除(編集済: 2025年02月15日 19:08)

市橋(二木)さんと堀田力さんの接点 

12月4日(水)、二人の著名人の訃報を目にしました。朝刊で作家の小中陽太郎さん、そして夕刊で元特捜検事の堀田力さん。
小中さんは当月3日、また堀田さんは先月24日に死去。訃報によればともに「老衰、享年90才」とあります。詳細はわかりませんが男性の平均寿命が82才なのでお二人ともそれなりに充実したシニアライフを歩まれたと思いますが、死因が「老衰」とあるともはや傘寿の大台を超え卒寿に向け下り坂を歩みつつあるわが身には他人事ならず。このところ新聞会の先輩方の相次ぐ訃報を知るだけに、あらためて自戒の念を強くしました。
さて、なぜ本欄で? まず先月亡くなった堀田力(ほった・つとむ)さんから。
実はぼくは堀田さんとは全く面識はないのですが、1986年夏に早逝した市橋都志子さん(1962年入学、社会学。旧姓:二木)から堀田さんのことは聞いていたのですね。市橋さんは新聞会でぼくより1期上の先輩ですが、結婚後訪米しワシントンの日本大使館で事務スタッフ(嘱託? アルバイト?)として働いていた折り、堀田さんが在籍していて身近な存在だったと聞いたことがあります。で今回、ウイキペディアで堀田さんの経歴を調べてみると、市橋さんとの接点がわかりました。
堀田さんは1934年生まれ。京大法学部を出て1961年に検事に任官、札幌、旭川、大津、大阪地検を経て1976年、東京地検の特捜部でロッキード事件捜査の中核を担い田中角栄の逮捕・訴追を行ったのですが、この間1972年から外務省に出向しワシントンの日本大使館で1等書記官をつとめ1975年に法務省に帰任、とあります。(退官後の弁護士活動、福祉事業での活躍は省略)
それから10年、市橋(二木)さんは1986年夏にワシントンのポトマック河畔の花火大会を見に行った夜、心臓マヒ?で急逝したのですが、1学年後輩ながら卒業後たまたま市橋さんとは編集稼業上のお付き合いがあったこともあり、何年かに一度帰国するたびに電話があり、急逝する 前に一度、夫君の市橋太郎さんの個展が有楽町の交通会館の地下の画廊で開かれた折、市橋さんご夫妻ともお会いしたことがあります。
さて、長くなったので小中陽太郎さんについては後日‥‥。

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当会で使用中のメーリング・リスト「らくらく連絡網」は来年3月末サービス終了

当OB会で2020年10月から使用してきたメーリング・リスト「らくらく連絡網」は、来年3月末にサービス終了とのことなのでお知らせします。「らくらく連絡網+」という「+PLUS」付のものに変更されるとのことですが、これを使用するにはメンバー全員がそれぞれ再登録することが必要となるため引っ越しはせず、以前突然動作不能となって使用を中止したもののその後復元し正常化した元のメーリング・リストAllserverを再使用するのでよろしくお願いします。「らくらく連絡網」のサービス終了までは、両者を併用します。

https://www.ra9plus.jp/lp/migration/guide_2407/index.html

引用して返信編集・削除(編集済: 2024年12月05日 20:32)

文学部日本史学専攻1965年入学の米田(旧姓中山)雅子さんご逝去

1965年日本史学専攻入学の米田(旧姓中山)雅子さん(桐朋女子高卒)が、7年間に及ぶ闘病生活の末、7月31日に亡くなられたとのことなのでお知らせします。「歴史教科書に関する<もうひとつの指導書>研究会」のメンバーとして活動されていました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

引用して返信編集・削除(編集済: 2024年09月30日 17:46)

新聞会OB倉根巳之男さんご逝去

当会のメンバーである倉根巳之男さんが本年8月1日に肺炎で亡くなられたとのことなのでお知らせします。野沢北高卒、1959年文学部経済学専攻入学(1963年卒)、長野市在住。1963年信濃毎日新聞社入社、報道部員、上越支局長、論説副主幹を歴任し2001年定年退社、2002年にニュージーランドに渡り2004年まで3年間、現地の公立高校で日本語教育に従事しておられました。
2011年5月には、倉根さんの呼びかけにより、OB会中期世代による「別所温泉の集い」が開かれたこともありました。(倉根さんは前列右端です。) http://tue.news.coocan.jp/news.htm#a1
2021年3月には、ご自身の海外での取材体験を著書(ルポルタージュ)「諸国漫遊 袖ふり合うもまた楽し」にまとめ、勤務先であった信濃毎日新聞社の信毎書籍印刷から刊行されていました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

引用して返信編集・削除(編集済: 2024年10月02日 22:00)
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