「バラードだな。」
デモ曲のメロディを耳にした矢崎は、意外そうな表情を見せた。
「どう思う?」
龍の問い掛けに、矢崎は暫く音へ意識を傾ける。
「…なるほど。面白いんじゃないか。」
「恋愛系の歌詞を乗っけたい。」
「ほう。大谷龍が恋愛バラードねぇ。」
「作詞を頼めなそうなアテを探してる。」
にやにやとする矢崎をよそに
無表情を決め込んだ龍は淡々と話を進める。
「そりゃ何とかなるが…誰が作曲したんだ?」
「俺だよ。デモの音録りはFLUIDITYの連中に手伝って貰った。」
「お前が、作曲したのか?」
「ああ。出来ればあいつらのフェスに間に合わせたい。」
「フルフェスか。確かにそこで初披露すりゃ話題になるな。…わかった、どうにかしよう。」
「さすが矢崎さん。頼むよ。」
「しっかし…」
煙草に火をつけ矢崎が、まるで品定めするような視線をテーブル越しに寄越す。
「ニヤけすぎだぜ。おっさん。」
あえて、おっさん呼ばわりするのは
龍のささやかな抵抗だ。
「大谷龍が恋愛バラード。しかも、自ら作曲までねぇ…。」
「フェスのシークレットゲストで出演して、手土産なしじゃつまんねぇだろ。」
「まあ、手土産はあるっちゃあるがな。」
「…火野か?」
「そうだ。」
FLUIDITYデビュー5周年記念秋の音楽フェス『フルフェス』。
厳密には、彼らはメジャーデビューして6年が経つのだが、バックバンドとしてではなく
セントラルレコードから単体デビューして5周年という計算らしい。
「火野は、正式にフルフェスの出演が決まったのか。」
「当然だ。デビューシングル発売2週間でCD売り上げランキングトップの大型新人だぞ。」
「FLUIDITY と接触させて大丈夫なのか?あいつらとはかなり面識あるだろう。」
「それはお前が一番わかってるんじゃないか?龍。」
「どういう意味だ?」
「遊の変化だよ。少なくとも、お前にラブバラードを作曲させるぐらいの女の魅力が、今の遊には備わってるってことさ。」
「……。」
これ以上話しても無駄な気がして
龍は、応接ソファーから立ち上がった。
「おい、龍。」
背中に掛かった声の、先程とは違う真面目な響きに、龍は足を止めた。
「分かっていると思うが……こちらが望まないスキャンダルは、困るからな。」
「…ああ。」
振り返らずに、龍は応えた。
******************************************
(なんて言うんだろうな、こういうの。)
ライバル心と言われればそうだろう。
5年ぶりに会った遊は、成長していた。
歌手としても。女性としても。
知らなかった一面が次から次に見えて来て目が離せない。
昔、同じ土俵で張り合った同志に
これだけのポテンシャルがあるとしたら
自分はどうなのか。
挑戦出来る何かが、まだ残されているのか。
(負けたくねぇな。)
パワフルで熱く、スタイリッシュな歌が売りとも言える龍が
バラードを歌ってみたいと思った一番の理由はそれだった。
けれども、
作曲中に浮かぶのは遊の姿だったし、作業の手を止めて、ふと遊のことを考えると自然とメロディが浮かんだ。
ライバルに勝ちたいのに、ライバルのことを想って作曲する。そんな自分を滑稽に感じながらも作り上げた曲。
だがそれは、いざ完成してみると驚くほどしっくりきた。
(とりあえず、詩のイメージは伝えとかないとな…)
廊下を歩きながら
今は新曲に集中するんだと、龍は
自らの思考を仕事モードに切り換えた。
「り…大谷さん。」
遠慮がちに呼んだ声の主を振り返る。
そこには、たった今の決心を台無しにしてしまう存在が立っていた。
「…おう。矢崎さんと打ち合わせか?」
「さっき、終わって…大谷さんが見えたから、その…。」
「来いよ。」
「え?」
「フルフェス。出るんなら、俺とも打ち合わせが必要だろ。」
実は、普段矢崎が使用している部屋は
本来なら龍…代表取締役のものだった。
しかし、龍が歌手復帰してから物理的にプロデュース業をほぼ行えなくなり
現在は申し訳程度に、資料や重要書類に目を通す時だけ
当初矢崎が使っていた部屋を使用している。要は部屋の主が入れ替わったのだ。
「失礼します…。」
「入れよ。ここなら気持ち悪い敬語も使わなくて済む。」
「気持ち悪いってなんだよ。」
人がせっかく、とぶうぶう言っている遊をいなしてソファーへ座らせる。
社長室とは部屋の面積が違う分
応接スペースも非常に簡易的なものだ。
「ランキング1位だってな、CD 。」
「うん。CMが流れ始めてから売り上げが急激に伸びたらしい。」
『trésorな瞬間』
某有名カメラメーカーが
デジカメ新CMのイメージソングにちなんで、そんなキャッチコピーをつけた。
「ああ。観たよ。」
様々な人の様々なショットが
フォト加工で映し出されていくCMには
例のミュージックビデオで
遊が微笑んでいる横顔も、セピア調の一枚として含まれていた。
「綺麗だった。」
ソファーに座る遊の横に立ったまま
龍が素直な感想を述べると、びっくりした顔がこちらを見上げた。
「なんだよ。」
「き、綺麗って…何が?」
「お前が。撮影の時も言ったろ。」
「え、でもあれは撮影だから、
その場のアレで言ってるのかと…」
みるみる赤面した遊は、俯いてしどろもどろ何か言っていたが
最後は、小さくありがとう、と呟いた。
「どういたしまして。」
「それで、さっき聞いたんだけど…」
「うん?」
龍は、遊が座るソファーの背もたれに軽く腰掛けた。
矢崎に釘を刺された以上
個人的に会える時間は限られている。
ならば、少しでも近くに居たいと思った。
「龍が、バラード歌うって。」
「まだ予定だけどな。」
「意外だった。今までの歌と全然イメージ違うから。」
遊は、俯いたままだ。
おろしている髪がサラリと流れて
白いうなじがあらわになると
まだ桜色にそまっているその首筋に目を奪われた。
「…なんでだと思う?」
遊の髪に指を絡める。
柔らかくて、手触りの良いそれを
優しく指ですきながら
わかるはずのない質問をしてみた。
「わ、わかんないけど…」
龍の仕草に、明らかに動揺はしているが
遊は決して抵抗はしない。
「でも、聴いてみたいと思った。
それに…」
ようやく遊が、顔を上げる。
「負けたくないって思った。」
闘争心と、緊張と、高揚がごちゃまぜになった遊の表情。
もっと見ていたかったが、それは叶わないと知っている。
「……!」
唇の温度が、同じになる。
二人の時間が甘く止まった。
ゆっくり離して、反応をうかがう。
遊は、少し驚いていたが
やがて込み上げる何かを噛み締めるように口許を綻ばせる。
その満たされた微笑みが、とても綺麗だと思った。
「もう1回、していいか?」
聞いた癖に、返事を待たずに口付けた。
髪に触れていた指で
遊の顎を軽く持ち上げ、親指で緩やかに口を開かせる。
「ん、」
龍の舌を受け入れたとき
鼻に抜けるような声を遊が漏らした。
「あんまり色っぽい声出すなよ。」
一度、唇を離して二人の間に低い囁きを落とす。
密室とは言え、
この手の声は耳に拾われやすい。
(そんな声を出されたら、俺も困る。)
「だって…無理だよ、そんな……」
小さく抗議する遊の潤んだ瞳を見ていると
廊下を警戒しなければならないのに
また濃厚なキスを仕掛けてしまう。
「ん…ぅ…っ」
(ヤバイな…。)
ある程度で自重するつもりだったのに。
止まらなくなりそうな予感を
焦りと共に感じ始めた、そのとき。
『龍、まだ居るか?』
矢崎の声が、ドアの向こうで聞こえ
二人はハッとする。
慌てて身を離し、龍は立ち上がった。
「…ああ。どうぞ。」
意識して落ち着いた声を出すが
何となく背中でソファーを遮ったのは
遊が落ち着く時間を与えてやりたかったからだ。
ドアを開けながら矢崎が喋り始める。
少しばかり興奮気味のようだ。
「さっきの新曲の件だがな、作詞家の候補をピックアップしたぞ。」
「すげー。仕事はやいっすね。」
数枚の資料を手にした矢崎の視線は
まだこちらに向けられていない。
「早速なんだが、お前にも意見を…」
「それじゃ、お邪魔しました!!」
矢崎が顔を上げると同時に
脱兎のごとく遊は部屋を出ていった。
「おー。またな。」
たぶん、もう聞こえてはいないだろう背中に一応声を掛ける。
「……龍。」
「なんでしょう。」
廊下の彼方に消えていく小さな背中を眺めた状態で、矢崎が尋ねる。
「あいつと、ここで何してた。」
「打ち合わせです。」
眼鏡のフレームを指で押し上げて、矢崎は深い溜め息をついた。
「打ち合わせで、顔を真っ赤にして半泣きになるのか、あいつは。」
「まあ、白熱したんでね。」
平然と答える。
矢崎は一旦廊下を確認し、部屋のドアを締めると龍に向きなおった。
「俺がさっき言ったこと、覚えてるか?」
「望まないスキャンダルは困る、でしたっけ?」
「そうだ。」
矢崎の険しい顔から目をそらすことなく
龍は堂々と言い放った。
「つまり、スキャンダルにならなきゃ
いいんですよね。」
「お前…そりゃ極論だ。」
「気を付けます。バレないように。」
そこまで言って
龍は体を折り曲げ、矢崎にきっちりと頭を下げた。
「開き直るなよ…。」
矢崎は、情けない声を出した。
礼を尽くしているように見えて、
要は『認めろ』と言っているのだ。
二人の関係を黙認して、余計な口出しはするなと。
「で、新曲の話でしたね。」
頭を上げた龍は
すっかりいつものペースに戻り飄々と
仕事の話を始めた。
矢崎は、やや複雑な表情をしていたが
何を悟ったのか、もう異議を唱えるようなことはしなかった。
END
No.109ぺこ2015年10月18日 22:31
うわぁぁぁい‼ぺこさんの新作がっ‼
ありがとう ありがとう ありがとうございます(*^^*)
万里さん 妄想部の皆々さまと またキュンキュンできる〜
なんかこのちょっとずつ近づいてゆく距離感とドキドキがたまりません…まさに trésorな瞬間…はぁぁぁ(*^^*)
このCM どなたかホントに制作お願いします‼
龍のバラードもきっとめちゃめちゃヒットするんだろうな〜
次回の フルフェス(笑)も 楽しみに待たせていただきます‼
No.110たまお2015年10月19日 22:34
たまおさん
キュンキュンありがとうございます!!
掲示板でちゅっちゅする二人を
書き逃げして許されるものか
冷や汗タラタラではございますが
もう妄想が止まらんのです(^o^;)
ちなみに、今回の妄想タイトルが龍の
新曲タイトル…の、つもりです(*^^*)
No.111ぺこ2015年10月21日 17:53
ぺこさーんっ
キュンキュンして萌え死にしそうなんですけどーっ!(笑)
周りに秘密の恋人って、なんか萌えますね〜(♡´艸`)
人前では新人として龍に敬語で接する遊ちんが可愛いです。
次はフルフェスですか!?(笑)
バラードを歌う龍も恰好いいんだろうなぁ...
楽しみにしてます♪
No.112万里@管理人2015年10月21日 22:34
万里さま
毎度の書き逃げ恐縮です(。>д<)
龍のバラード妄想、イメージソングは
皆様ご存知の石原慎一様でございます。
最近またヘビロテで聴きまくりです(笑)
私も、そしてきっと部員の皆様も
万里様のホムペ復活、楽しみにしています(σ≧▽≦)σ
No.113ぺこ2015年10月22日 17:21
ぺこさん♡
私もキュンキュンドキドキが止まりません(≧∇≦)
龍の新曲、歴史的名曲の予感ですね。
で、遊ちんは自分へのラブバラードなのにライバル心なんか燃やしたりつつ…(妄想進行中)
フルフェスめっちゃ行きたいです〜♪
万里さんのHP復活と共に、楽しみいっぱいです(*^^*)
No.114こりす2015年10月24日 21:22
こりすさん
キュンキュンドキドキ嬉しいです!
番外編と書きつつも、
続きものになっている言い訳としては
trésorが主に遊サイドのストーリーで
Loversが龍サイドのストーリーという
違いのみだったりします(^^;
ホムペ復活、楽しみですよね〜(*≧∀≦*)♪
No.115ぺこ2015年10月25日 00:36
「普段はまとめてることが多いんですか?」
ヘアメイク担当の女性が、鏡越しに尋ねた。
「そうですね。おろしてることはほとんど…」
女性に視線を返した遊は、着ているドレスに相応しいエレガントなメイクが施されている。
彼女は自身の『作品』の出来栄えに満足気な笑顔を向けた。
「え〜。もったいない。こんなに綺麗な髪なのに。」
ストレスを全く与えない手が、慣れた仕草でゆるやかな巻き髪を作っていく。
「こんなにドレスアップすること、ないですから…。」
(胸元がスカスカする…。)
露出された肩から胸元ぎりぎりまでを
幸い今は、ヘアメイク用のタオルやケープが覆ってくれているが
この後の事を思うと、なんとも言えない気持ちになった。
デビュー曲『 trésor』。
今日はミュージックビデオの撮影日だ。
レコーディングを無事に終えて、この撮影を乗り切ればいよいよ再デビューとなるのだが。
「大谷龍さん。」
女性が口にした名前にピクリと肩が反応する。
「あ、すみません。動いて。」
「いーえ。でも緊張しますよね、デビューのお仕事であの大スターと絡むんですもの。」
アイロンで火傷してませんよね?と掛けられた声に返す笑顔がひきつる。
「さ、完成です。お疲れ様でした。」
鏡に映る秀麗な姿は
その魅力には不似合いな、ひどく心もとない表情を浮かべていた。
******************************************
クラシカルな彫刻があしらわれた小箱。
この中に、彼女の宝物が入っているのだろう。
撮影は順調に進んだ。
残るサビパートは、遊がこの小箱を胸に抱いて歌う。
正確には、スタジオに流れる実際のレコーディング曲に合わせて口を動かすリップシンクで良いのだが
口を開くとどうしてもメロディを伝えたくなる。
(彼女の大切なもの…)
この曲をカバーすると決めた頃
浮かぶイメージは、母親のそれが多くを占めていた。
けれども今では、まるで違う歌として感じられる。
(大切な。)
閉じた瞳に映るのは
インペリアルホールの前で、涙を拭ってくれた優しい手。
彼の部屋で知った龍の意外な素顔。
寄り添った肩の温もり。
(龍…。)
あの夜。
キスして欲しい、と願ってしまった。
これまで、一人で想ってきた気持ちだけが強かったのに
龍も同じだと知って、その鼓動を知って
もっと近くに行きたいと思った。
だけど、意識すればするほど
その距離はもどかしく二人の間を隔てる。
想い合う男女が
こんなにも不器用に、ささやかに、幸せな時間を重ねて行くなんて知らなかった。
(あんたが好きだよ。前よりも、ずっと。)
いつの間にか、本域で歌っていた。
「はい、オッケーです。頂きました!」
その声を合図に曲が途切れる。
そして現実に引き戻されて初めて
想い描いた本人が、スタジオの隅に立っていることに気が付いた。
「では、サビパートのパターン2撮影に入ります。」
アンティークな家具に囲まれたセットの中央には
レッドベルベットのカウチソファーが置かれている。
「ここからは、大谷龍さんが入られます。」
歓迎するスタッフ達の声や拍手に、軽く会釈を返し龍が歩いてくる。
黒いシャツを素肌に纏い、胸元を大きく開けたそのスタイルは
ともすれば、安っぽいホストに見えがちなのだが
そんなことを微塵も感じさせないのは、本人の着こなしと
衣装そのものの質が格段に良いことを物語っている。
「よろしく。『火野さん』。」
「…よろしく、お願いします。」
カウチソファーの前で、向かい合った龍が自信に満ちた笑みを見せた。
憎たらしいぐらい絵になる立ち姿に、
自身の闘争心を奮い立たせながら思う。
(今日は、仕事の顔だ。)
『hino』という名でデビューを決めた遊が
trésor のサビコーラスに龍が参加したと知ったのは、レコーディングを終えてからだった。
「では、大谷さん。ソファーの中央に深く腰掛けて下さい。
足は開き気味で…そうそう、いい感じです。」
コーラスを担当しているのが龍だということも
『hino』という芸名の由来も、一切公表の予定はない。
表向きは。
だが、きっと暴かれる。
そして、騒がれ注目されるのだろう。
(ホント、矢崎のおっさんが考えそうなことだ。)
「ヒノさんは、大谷さんの足の間に浅く腰掛けて。
少し斜めに、そうです。右肩を大谷さんの胸に預ける感じです。」
遊の露出した肩が、同じく素肌の龍の胸に触れドキリとする。
だが、龍は全く動じない。
「先に撮影したサビパートの映像と、クロスフェードで差し込んでいく予定なので、ヒノさんの色んな表情の画が欲しいです。
大谷さんは顔バレしない範囲の画角にしますんで、後ろからどんどん話題を振っちゃて下さい。」
スタジオには、 trésorの曲が再び流れ始めた。
物理的な距離が接近したので
小声で会話する分には、二人の言葉は互いにしか届かない。
「もっと寄り掛かれよ。ソファーから落ちちまうぞ。」
「大丈夫だよ…。」
(こないだは、肩が触れただけでぎこちなかったくせに。)
自分一人動揺しているのが
悔しいような、情けないような気分に、
なかなか柔らかい表情を作れない。
「おい。」
「な、なに。」
「ヘアメイクの女性がいただろう。」
「…?…うん。」
「あれ、桂木の嫁さん。」
「!?」
「あー、ヒノさん。表情が、曲のイメージからちょっとズレてます。」
「すみません…!」
肩越しに、龍の胸が小刻みに震えているのが伝わる。笑っているのだ。
「なんで今そんなこと言うのさ。」
「や、ほぐれるかなと。」
「……。」
「本当は、育児が落ち着くまで休業中なんだけどな。」
「そうなの?」
「だから、今頃桂木が家でおむつ替えしてるぜ。」
「えっと…」
「笑うなよ。」
「いや……俊に悪いことしたのかな…?」
「構わないさ。普段から子供の寝顔以外見られないって嘆いてたくらいだ。」
「でも、なんでわざわざ。」
「今回は矢崎さんが特別にお願いしたんだと。」
「もしかして事情を知ってるの?」
「それはない。」
「じゃあ、腕を買われてるんだ?」
「そりゃそうだろ。だって…」
龍の左手が、ドレスを纏った細い腰をぐっと抱き寄せる。
間を置いて、ボリュームを抑えた低い声が耳元に降ってきた。
「めちゃくちゃ綺麗じゃん。」
「……!」
「ヒノさん、今の表情いい感じです!」
龍の表情は読めない。
今の言動が、撮影を盛り上げる為なのか
あるいは本心なのか。
いずれにせよ、遊はわかりやすく反応してしまった。
「あと、追加でワンアクション下さい。」
(なんか、龍にいいように誘導されてる気がする。)
「愛情表現だと伝わる感じのをお願いします。」
(悔しい。見てろよ。)
意趣返しに、龍の鎖骨を食むように口付けた。
艶めいたルージュで肌を包み
龍にしかわからない繊細なタッチで、捉えたラインを舌でなぞる。
予想外の行動に、腰を抱く龍の手が少しだけ強張るのを感じる。
だが、それは一瞬で
その手は、腰よりも更に下へ滑り降り
然り気無くかつセクシャルな動きで遊を抱き直した。
龍を見上げる瞳が
意図せず、切なく潤んだものになったところでカットの声が掛かる。
「大オッケーです。バッチリ頂きました!」
興奮気味のスタッフの声。
お疲れ様でした、と方々で労いの声が飛び交い、スタジオが活気に溢れた。
「仕事じゃなかったら」
立ち上がった背後で龍が呟く。
「ヤバかった。」
振り返ると、龍が自身の鎖骨をそっと撫でて軽く苦笑いした。
遊の顔に朱がさす頃には、
もう『大谷龍』に戻っていたけれども。
「こっちこそ、だよ。」
「そりゃ…」
言い掛けたところで
二人のもとへ駆け寄るスタッフに気付いた龍は、ごく自然なトーンで次の台詞を続けた。
「楽しみだな。」
「…負けないから。」
仕事上の宣戦布告と思われるように
遊も、精一杯勝ち気な笑みで応えた。
ただ本当は、身体中が心臓になったようにドキドキしていて
恥ずかしさで叫び出したいのを堪えていたが。
かろうじて取り繕えているのは
きっと龍も同じだろうと思ったからだった。
END
No.101ぺこ2015年9月30日 18:45
ぺこさん
うきゃぁ〜♪このミュージックビデオ、見たいんですけどーっ(≧∇≦)
遊ちんの再デビューへの道のりと二人の距離がジワジワと近寄って行くのを見られて(読めて)幸せ〜
デビューはきっと成功で(^-^)...でも火野鷹子のカバーで「hino」というシンガー。間違いなく暴かれて、色々と騒がれるんでしょうね。
矢崎のおっさん、ホント相変わらず(笑)
No.102万里@管理人2015年10月1日 20:29
万里さま
またもや書き逃げすみません(^o^;)
「公私混同する二人」妄想が止まらず
暴走気味の私に寛大なレスを
ありがとうございます!
自分で書いておきながらアレですけど
本当、矢崎のおっさん たいがいですよねw
エレガントな遊ちんに
セクシーフォーマルな龍…
ああ、見てみたい(*´ω`*)
No.103ぺこ2015年10月2日 14:54
ぺこさん 素敵です〜♡
ゴージャスなミュージックビデオを見たような満足感で幸せです*^^*(妄想脳フル稼働で脳内映像化)
俊の奥様はメイクさんだったんですね!もしかしたら年上とかw
ギリギリのプラトニックなおあずけ感がたまらなくツボです♪
No.104こりす2015年10月2日 22:02
ぺこさん ぺこさん ありがとう ありがとうございます‼
皆さまこんばんは♪
すっかり出遅れてしまったたまおですが このじわじわと少しずつ寄り添う大人の2人が 2話まとめて 一気読みできて キャー‼幸せ過ぎます(*^^*)
万里さん こりすさん同様 わたしもミュージックビデオが見たいです…そして コミックス8巻にして発行しましょう‼
ってことで 連載よろしくお願いしますm(__)m
私の年齢が今の半分くらいだった頃(笑)
このタイトルと同じ香水のコマーシャルが
よく雑誌に掲載されていました。
銀幕スターの二世女優がイメージキャラクターで
写真の色合いが
まさにジャストにコミックスのカラーと同じでした。
香水も甘く温かく重厚な感じで 妄想部員としては
ぺこさんのお話の5年後の二人にぴったりと思ってます。
続き…楽しみにお待ちしてます(*^^*)
No.105たまお2015年10月3日 21:28
こりすさん
脳内映像化ありがとうございます!
俊の奥様、具体的な描写が何もないままで
アレなんですが…きっと…
腕よしタレントさんのフォローにも優れた
出来る女なんだろう→傷心の俊は、そんな
彼女の港のような大きさに包まれたのね、
と勝手に思っています(笑)
たまおさん
こんばんはー!
え?!そんな香水があったのですか??
それはまさにピッタリなイメージですね♪
『宝物』というワードが先行し、
翻訳アプリで変換してタイトルにした私は、
最近やっと日本語発音で『トレゾア』だと
知ったレベルでして(^o^;)…勉強になります!
No.106ぺこ2015年10月4日 00:21
第3話があったなんて迂闊…っ すっかり出遅れました^^;
私もこのミュージックビデオ見たい〜!
いっそ、香水のCMとタイアップしてテレビで流しましょう。(笑)
あのCMの美女は誰だ!?って一気に注目浴びること間違いなし。
でもってホストな龍wが画面からはギリ見えない、でもネットで検証されて身バレして大騒ぎになるんだわ、きっと。
No.107シャナ2015年10月7日 15:10
シャナさん
香水のCM とタイアップ!
たまおさんから香水イメージを
お聞きしたばかりだし、めっ…ちゃくちゃ
妄想が広がるネタですね(じゅるる)!!
ホストな龍(笑)は、顔が映ってないのに
「あの胸筋は…!」とかってファンバレ
するんでしょうね(*^^*)むふ
No.108ぺこ2015年10月7日 19:54
スタジオの誰もが、一人の女性を食い入るように見つめている。
大谷龍もまたそのひとりだった。
かつて人気を博したアイドル・火鷹遊の歌を、全く違うテイストで唄い上げる彼女の歌唱力は、抜群に安定している。
なのに、それにはギリギリの危うさを伴っていた。
切な気な艶を帯びながらも綺麗に伸びゆく高音は、もっと聴きたい気持ちを煽る。
魅惑の音色を奏でる唇。
白いうなじ、
形の良い曲線を描く、胸から腰のライン。
彼女の全てから目が離せない。
誘うような瞳がこちらを向くと、勝手に体が熱くなった。
(とても同一人物だとは思えねぇな。)
『火鷹遊の歌を唄わせる?』
『ああ、そうだ。今日の面子の前で唄ってバレなければ、これほど心強いことはないだろう。』
ツアー帰りに立ち寄ったスタジオで、矢崎にそう告げられた時は
幾らなんでもそれはないだろう、と頭を抱えたが
その変貌を目の当たりにした今、龍の不安は呆気なく消し飛んだ。
全てを知った人間が、「別物」として新たに惹かれるのだ。
白浜を始めとする再デビューに関わるメンバーも、まさか彼女が火鷹遊本人だと気付く筈もない。
(初お披露目は、とりあえず大成功だな。)
安堵とは裏腹に、龍は苦笑を浮かべてスタジオを後にした。
******************************************
(避けられてる気がする…。)
遊がそう思い始めるまでに時間はかからなかった。
日本に戻って3ヶ月。
5年ぶりに再開したあの夜、長年の想いが成就したのだと感じていたのだが。
「遊、どうかした?」
運転している亜矢子が、バックミラー越しに視線を投げ掛けた。
「ん…いや。」
「急ピッチで色々動いてるから、少し疲れちゃったかしら。」
「オ…私は、大丈夫。」
(亜矢子が付いてくれてる内に、言葉使いもなおしておかないと。)
「亜矢子こそ、ごめんね。新婚なのに。」
「…っ!やぁね。遊ったら。」
ミラー越しでも、笑う亜矢子の顔が赤くなるのがわかる。
幸せなのだ。
一緒に喜びたい嬉しさと共に、どうしても思考が再び龍へと引き戻されてしまう。
二人でインペリアルホールに行った翌日。
龍は全国ツアーの準備に入り、その多忙なスケジュールのままコンサートに出発した。
先月の終わりには東京へ帰ってきたようだが、個人的な接触は皆無だ。
それどころか、スタジオやセントラルレコードで偶然見かけても
何故だか態度がよそよそしい気がしてならない。
「あのさ…」
「ん?」
遊は意を決して、願いを口にした。
「龍と、会って話がしたい。んだけ、ど…。」
「龍と?」
「無理かな。龍、忙しいだろうし…お、私も、いま微妙な時期だもんね。」
「……。」
亜矢子は、否定も肯定もせず、ただ帰路とは逆方向へと車を走らせた。
それからの亜矢子の行動は惚れ惚れするほど鮮やかだった。
「今夜はもう帰ってる筈よ。」と
龍の住むマンションの駐車場に車を滑らせ、
エントランスでインターホン越しに
「急ぎの届け物があるから開けて欲しい。」
と事務的に告げ、
ドアを開けて驚いている龍に向かって
「夫婦喧嘩したくないから、このことは内緒ね。」
と爽やかに去って行った。
「……。」
「……。」
かくして、呆気にとられた二人が玄関先に残されたのである。
「あ、あの…」
「……あがるか?」
「う、うん。おじゃま、します。」
龍の素っ気ない口調に心が折れそうになりながら、ぎこちない動作で靴を脱ぐ。
「悪い。人を家にあげたことないから、スリッパとかねぇんだわ。」
「え?あ、うん。ヘーキ。」
(誰も、通したことがないんだ…?)
ささいな一言で気持ちが浮上する。
案内されたリビングは、
割と綺麗にしていたが、片付いているというよりは
散らかすほど家に居ないというのが正解のようだ。
部屋には、心地好いジャズが薄く流れていた。
煙草の微かな匂いに、ここで龍が生活しているのだと実感する。
「珈琲ぐらいしかないけどいいか?」
既にドリップしてあったらしい珈琲を龍が差し出す。
「ありがとう。」
「……。」
「…?」
来客の想定がないリビングには
広めのソファーがひとつ。
先に腰かけていた遊は、
一瞬の沈黙の後に龍が隣に座ったことで
その意味を理解した。
(き、気まずい…。)
「……。」
「……。」
珈琲を啜ることふた口。
「順調か?」
質問の主を見ると、龍は手にした珈琲に視線を落としたままだった。
近くて遠い距離に、遊の胸が小さく痛む。
「ぼちぼち、かな。今日もボイトレだった。」
「高音域、伸びたよな。」
「え?」
「先月、白浜先生達の前で唱ってたろ?」
「ああ…。あれは、流石に原曲キーのままじゃ、バレる心配があったから。
でも確かに、昔はあそこまでの高さは出なかったかも。」
「ピッチも変えてたな。」
「うん。少しだけね。」
「そうか…。」
(そうだ。あの頃からだ。)
龍の態度に異変を感じたのは。
仕事の絡みで偶然会っても、
挨拶程度の素っ気ない会話。
目も合わせてくれない時さえあった。
(どうして…?)
「避けてるの?」
少し驚いた龍と視線が合ったことで
遊は、心の声を口に出していたことに気付いた。
(どうしよう。もっとやんわり聞くつもりだったのに。)
「……。」
目を合わせて貰えなかったことに傷付いていた筈が、今度は見つめ合うことに堪えきれず
遊は、カップを置くことを理由に前へ向き直った。
ふっ、と投げやりな溜め息が横から聞こえて心臓が冷たくなる。
「避けてるように見えたか?」
龍もカップをテーブルに置きながら口を開いた。
「うん…。」
俯いて答える遊は、次に告げられる言葉を恐れるように
ソファーの上でぎゅっと拳を強く握りしめた。
すると龍の手が、そんな遊の手に重ねられた。
「…?!」
「爪が食い込んで、手に傷が付く。」
そう言って、遊の手を開かせたと思ったら
明確な意思を持って
龍は大きな手は、開かせたそれを包み込んだ。
「り、龍?」
しっかりと握られた手から熱が伝わる。
「ドキドキするか?」
「するよ、そりゃ…」
「ばーか。」
「ばっ…!」
(馬鹿ってなんだよ!)
言おうと思ったのに。
見てしまった。そして気付いてしまった。
手を繋いだままこちらを見ようともしない龍の…
「耳が…。」
「うるせーよ。」
「耳…。」
「黙ってろ。」
(なんだろう、この気持ち。)
とてもくすぐったくて、幸せな感情が胸を満たす。
何も言わない代わりに、遊も、包んでくれる手を握り返した。
そして、龍の肩にそっと身を預ける。
微かに龍の体が緊張したのがわかった。
「ばーか。」
さっきのお返しに発した言葉は、ひどく優しい響きになってしまった。
遠くで聴こえるジャズの音色。
静かな夜。
ただ。
繋がれた手のぬくもりと
同じリズムを刻む心臓の音が
言葉を交わさなくなった二人の代わりに、互いの気持ちを懸命に伝え合っていた。
END
No.94ぺこ2015年9月14日 19:45
ぺこさん
うわぁぁぁい♪秋の妄想祭り〜
続きをありがとうございます!
遊ちんの女性としての魅力にやられてますね。龍ってば(笑)
いやー照れまくった龍がなんだか可愛い v
「爪が食い込んで、手に傷が付く。」
↑ 龍ったら キュンキュンさせるわー(♡´艸`)
No.95万里@管理人2015年9月16日 07:51
万里さま
勝手に書き逃げ失礼しました〜(^o^;)
今回は
『遊ちんを意識しまくる龍』ですw
あくまで健全の範囲にとどめましたが
最近、健全萌えがマイブームだったり…
きっとリミッター振り切って
一周戻ってきたんでしょうね(^-^;
No.96ぺこ2015年9月16日 22:34
ぺこさん、待ってましたぁ〜☆
「キレイになった遊ちん」の描写にドキドキです。
&純情すぎる龍に超萌えです(*^^*)
私の小さいつぶやきからのフランス語タイトル〜
とのお話、とっても嬉しかったです☆
ありがとうございます!
続きが気になるワクワク感がたまりません♡
No.97こりす2015年9月17日 21:38
続きをありがとうございます、ぺこさん!
あーん、もうっ
このイノセントでストイックなじれじれっぷりが、往年の少女漫画好きにはたまりませんな、はあはあ。(鼻息)
最近のTL漫画な二人も見てみたいけど、掲示板では無理か(笑)
妄想部員としては、あとは各自自由に妄想爆発させろという事ですね、そうします!
No.99シャナ2015年9月18日 10:33
こりすさん
龍、純情萌えにご賛同いただき
ありがとうございます(*´ω`*)
部員の皆様の妄想がまた新たな妄想を生む♪
これぞイッツァソルジャーワールドですね(笑)!
シャナさん
そうなんです、イノセント!ザ・少女漫画!!
と、ばかりに鼻息荒く書き逃げしたら、
勢いで誤字があったりしていますが(汗)
脳内補填宜しくお願いします(о´∀`о)
No.100ぺこ2015年9月18日 20:04
万里様、妄想部の皆様。
毎日暑いですがいかがお過ごしでしょうか?
キ●チョーの夏、日本の夏
もとい
妄想の夏、部員の夏
ということでw
勝手に妄想書き逃げ致します〜。
No.85ぺこ2015年7月31日 01:47
「カバー曲でミュージックビデオを創る?」
「そうだ。ミュージックビデオ先行で発表して、テレビ出演には関与せず、
ライヴや、シングル曲の発売をメインにプロモーションを展開する。つまり…」
矢崎は、吸い込んだ紫煙を吐き出しながら応接テーブルの灰皿へ煙草を押し付けた。
「メディアへの露出は最小限にとどめて、歌だけで勝負してもらう。」
「ビジュアルの先入観をなくした方が、再スタートも切りやすいと思うの。」
珈琲を差し出してくれた亜矢子の言葉から、
今回のプロモーションが『過去バレ』防止策であるニュアンスを感じとる。
「別に構わないけど。誰の曲をカバーすんのさ。」
湯気をたてる珈琲カップに手を伸ばしつつ、遊が投げ掛けた質問にわずかな沈黙が生じた。
「…?」
「それなんだがな…」
ココン、と短いノックのあと
返事も待たずに扉を開いた人物を見て、遊の心臓が跳ねる。
「…よう。」
「ど、どうも。」
最小限の挨拶後、視線が絡んだのはほんの数秒。
「どうした、龍。」
「ああ。明日からツアーの準備に入るんで、矢崎さんから何かあるかと思って。」
『矢崎さん』。
変わらず『矢崎のおっさん』呼ばわりしているのだと思っていた。
「スタッフやサポートメンバーは問題ないんだろう?」
「いつもの面子だし、今のところは。」
「だったら、俺からは何もないよ。お前がしっかり結果を出してくれればね。」
矢崎が穏やかに告げた台詞をきいて、龍は、わずかに口角を上げた。
(時間が経つって、こういうことなんだな。)
軽く一礼して去っていく龍の背中を眺めて、漠然と思った。
「いいの、遊?」
「え?」
気遣わしげな亜矢子の声に我に返る。
「その…久し振りだったんじゃない?龍と。」
「あー、うん。5年ぶり…かな?」
何か言おうとした亜矢子の言葉を遮るように、遊は視線を移した。
「で。誰のカバー曲を歌うの?」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
セントラルレコードの関係者専用エレベーターは、地下駐車場に直結している。
別のエレベーターを利用すれば、一階に降りることも出来るのだが
空港に迎えに来てくれた亜矢子と一緒に専用エレベーターであがってきた遊には、
ビル自体の出入りに必要な入館パスが交付されていなかった。
(とりあえず駐車場に降りて、歩けばタクシー拾えるかな。)
ポン、とエレベーターの扉が開き足を踏み出した先に人影を見つける。
「龍…。」
夜の地下駐車場の薄暗い光でも、間違えようがない。
5年経っても変わらない。いや、むしろ…
(ますます格好良くなってる。)
服装はラフなのに、
大人の男性を意識せずにはいられないその姿に、遊の心臓は再び跳ねた。
「乗れよ。送る。」
返事も聞かずに龍は車へと歩き出した。
「え、あの。あ、うん。」
慌てて後を追う。
(駄目だ、顔が熱くなってきた。)
先程は、一瞬の出来事すぎて、龍と再会した事実だけが心を占めていたが
いまは、龍が傍にいる現実に胸がドキドキしている。
「おい。」
「な、なに?」
「顔、赤いぜ?」
「…っ!」
反論する前に、龍は車に乗り込んでしまった。
(悔しい。)
まるで自分だけが、変わっていないようで。
どんなに年月が経っても、顔を見た途端、簡単に時間が引き戻されてしまう。
「こ、これは東京の夜が暑くて…!」
「冗談だよ。」
「へ?」
「こんな薄暗い場所で見える訳ねーだろ。」
事も無げに言った龍が、車を発進させたことで
遊は殴りかかることをかろうじて堪えた。
「あんた、相変わらず嫌な奴だ。」
「そうか?」
「そうだよ。全然変わってない。」
「…結構、変わったと思うけどな。」
考えを見透かされたようでドキリとする。
同時に、ショックを受けている自分がいた。
(バカみたい。俺は変わってないって、龍の口から聞きたかったんだ…。)
5年前。
日本を去る遊に、龍は約束をした。
『行くよ、俺がニューヨークへ』。
そして、その約束は果たされないまま現在に至る。
龍がニューヨークへ来ることは一度たりともなかったし、
遊が自ら日本へ連絡をとることもなかった。
「セントラルレコードがおさえたホテルに宿泊してるんだよな。」
(今回、矢崎のおっさんが再デビューの打診をくれなかったら…
もう会うこともなかったのかもしれない。)
「少し寄り道するけどいいか?」
(こんな気持ちで、本当に歌えるのかな…)
「おい。聞いてるのか?」
「…えっ?あ、ああ。うん。」
「……どうだ?久々の日本は。」
「どうって言われても。まだ空港とセントラルレコードしか行ってないよ。」
「だな。」
ハンドルを操る横顔が少し笑ったのに、胸が切なく疼く。
「龍は、知ってるの? …カバー曲の話。」
「ん?ああ。お前、決めたのか?」
「正直、迷ってる。」
「ママは偉大か。」
「そんなんじゃないよ。勿論それもあるけど…」
『火野鷹子の名曲から、遊が選ぶといい』。
それが、再デビュー曲の条件だった。
『もし、お前がカバー曲を歌うことで、火野鷹子の当時の件をマスコミが何か嗅ぎ付けても、
亜久津さんは誠意を持って対応するとおっしゃっている』。
矢崎はそう付け加えた。
(母さんの歌。小さい頃に何度も聴いたあの歌…)
「歌うのは難しいと思う。」
「亜久津さんの絡みを気にしてるのか?」
「するよそりゃ。『歌だけで勝負しろ』って言いながら、
結局それって売名目的のスキャンダルで売るってことじゃん。」
「まあ、亜久津さんに隠す気がなけりゃそうなるな。」
「そんな方法でデビューするなんて、そんなの…」
「甘えんなよ。」
今までとは違う龍の冷たい声音に、遊は言葉を切った。
「歌だけで勝負しようにも、聴いて貰わなきゃ何も始まんねーだろ。
ましてやテレビに露出もしないんじゃ、何をきっかけに人はお前の歌を聴くんだ?」
「それは…」
「確かに、セントラルレコードにはプロモーションの力や資金があるさ。
でもな、それだけに頼ってやるんなら、お前『そこそこ売れる歌手』で終わるぞ。
その程度の気持ちで戻ってきたのか?」
「……。」
龍の言っていることは正論だ。
今度こそはと。
その為に、ニューヨークで5年を費やした。
「世間に周知されるには、相応の『惹き』が必要だってこった。」
大人になれよ、と言って龍は車を停車させる。
(だけど、あの歌は。)
フランス語で『宝物』という意味だと知ったのは、母が亡くなってからだ。
歌う彼女の声の響きを今でも覚えている。
時に優しく、時に切なく、
胸の奥にある宝物を慈しむように歌詞を紡いだ。
本当に綺麗な歌声だった。
その宝物が、亜久津のことだったのか
当時、お腹に宿した遊のことだったのか
今となってはわからないけれども。
母の愛に揺るぎがないと歌声が教えてくれた。
(母さんは、何を信じて変わらずにいられたの…?)
ドン!と乱暴に車の窓を叩かれてハッとする。
いつの間にか、車外に出ていた龍が、無造作に助手席のドアを開けた。
「降りろよ。着いたぞ。」
「ここ、ホテルじゃないよ?」
「寄り道するって言ったぞ。やっぱり聞いてなかったんだな。」
ぼんやりと、遊はその場所に降り立った。
「……変わってないね。」
深夜で閑散としているが
その佇まいは、5年前コンサートを行った時とまるで同じだ。
「元々古い建物だからな。」
「なんか、安心する。」
遊は、目を閉じた。
(そう。…桜が舞っていた。まだ少し寒くて、でもすごい熱気で。)
「そういや。桂木。結婚したの知ってるか?」
「俊が?」
急に現実に引き戻されて目を開ける。
「2年前だったかな。子供もいるぜ。」
「そ、そうなんだ。」
「さすがに、矢崎さんと亜矢子さんが結婚したのは知ってるよな?」
「えええ?!」
今度は、開けた目を限界まで見開いた。
「さっき指輪見ただろう。」
「…気付かなかった。いつ?」
「それは1年前。
つか、お前。本当に誰とも連絡とってなかったんだな。」
「うん。」
「俺だけ無視されてんのかって思ってた。」
「え?」
「怒ってんのかなってさ。」
遊の心がかすかにざわつく。
(約束のこと、言ってる…?)
「いや、その。ニューヨークで、必死に勉強してたから…」
ゴニョゴニョと取り繕った言葉は、何処まで龍に届いたかわからない。
(本当は、意地になってた部分もあるけど。)
「お前も、変わった。」
インペリアルホールを見上げたまま、龍が呟いた。
「どこが…?」
「昔は、華奢な美少年で売ってたのにな。
今じゃボーイッシュなネーちゃんにしか見えないぜ。」
「ボーイッシュなネーちゃんって…。」
どう反応するのが正解かわからず遊は、彼の横顔を見つめた。
「5年だもんなぁ。そりゃ変わるわな。」
「じ、自覚はないけど。」
「自覚しろよ。そうやって、みんな変わっていくんだ。俺だってそうさ。」
(5年って月日は、覚えてくれてるんだ。)
「龍が変わったから…ニューヨークに来なかったの?」
「ん?」
「あ、えっと。その…あんな口約束、別に待ってた訳じゃないけど……。」
(ヤバイ。何言ってんだろ。また顔が熱く…からかわれる。)
「ごめん。」
遊の心配をよそに視線を合わせた龍は、真剣な眼差しで告げた。
「俺は、約束を破った。悪かった。」
「だから、別に待ってた訳じゃ…。そ、それに、聞いたよ。
龍が本格的に歌手復帰してからどれだけ忙しいか。だから、そんなに…」
(気持ちが変わったからって。)
「謝らない、でよ…。」
(5年の間に、俊が結婚して亜矢子も結婚して。みんなに変化があるんだ。
龍だって、もう恋人がいるのかもしれない。それだけの時間が…)
力なく遊が俯く。すると、足音がゆっくり近付いた。
「ちゃんと謝りたいんだ。」
見上げると、予想以上に龍の視線が近くて反射的に遊は顔を下げた。
低く、心地のよい声が頭上で言葉を続ける。
間近で聞く声の安心感に、勝手に涙が滲んできた。
(もう期待しちゃいけないのに、やっぱり好きだと思うなんて…。)
こんなにも痛くて切ない存在を、自分は宝物だと思えるのだろうか。
「ニューヨークに行けなかったこと。すまなかった。」
(母さん…。)
「それともうひとつ、嘘もついた。」
「……どんな?」
遊は、覚悟を決めて顔をあげた。
彼が真面目に謝罪してくれている以上、きちんと受け止めなければならない。
だけど…
(泣きそうなの、バレたくない。)
涙はいまにも、瞳から零れ落ちそうだったが
遊は、なんとか頬を伝わせまいと堪えるように目を見開いて龍を見上げた。
「結果、嘘になっちまった。」
遊と視線を絡め、その変化に気付いた龍が一瞬、辛そうに目を細める。
「俺は、待たないぜ…って言ったのにさ。」
「……え…?」
虚をつかれた遊の瞳から、ポロリと涙が零れる。
「待ってた。」
龍の手が、遊の頬に触れた。
さっきまで無造作な動きをしていた同じ手が、そっと涙をぬぐって離れていく。
「お前を待ってた。」
「………相変わらず、ズルい奴。」
バツが悪そうに笑った龍の顔が良く見えない。
(ちゃんと、見たいのに…)
遊の視界を覆った涙の膜が、忘れていたものを見せる。
(ああ。そうだ。)
歌声だけじゃない。
母は、確かに笑っていた。とても綺麗に。幸せそうに。
この気持ちは変わらないと。宝物だと。
揺るぎない愛を持って。
END
No.86ぺこ2015年7月31日 01:51
むはっ
なんということでしょう。
導かれるように立ち寄ってみたら、妄想の夏フェア(笑)が開催されている!
しかも、ちょうど今日が開催初日!? 花火どーん。
ぺこさん、ありがとう。(≧▽≦)
これで猛暑にも立ち向かえます。
何が衝撃って、俊ってば結婚しちゃってるのねっ。←そこに全部持ってかれた(笑)
今回が5年後設定で、その2年前っていうと23才ん時か。
しかもすでに子持ちとは、さてはお主フライングしたなw
若いイクメンパパはママ友ネットワークでは話題の中心になっていることでしょう。
大人カップルもゴールしたことだし、あとは遊と龍が愛を育んでいくのね。
この後、遊をホテルに送って行って、そのまま帰ちゃうわけないわよね、龍。ぐふふふ…
No.87シャナ2015年7月31日 13:40
ぺこさ〜ん♪
おおぉっ!ぺこさんの妄想!お久しぶりだぁぁ〜\(^o^)/
妄想の夏!ありがとうございます。
連日の猛暑にくじけてましたが、一瞬にしてテンションUP (≧∇≦)
シャナさんの言うとうり、この後の二人は一気にラブラブモードへ...ですよね。だって妄想部の龍だもん(笑)
っていうか、俊パパ!←私もそこに持ってかれました(笑)
No.88万里@管理人2015年7月31日 18:21
万里さま、シャナさん!
レスをありがとうございます〜。
お元気そうで何よりです(о´∀`о)
毎日暑くて妄想脳がぐらぐらしていますw
掲示板に貼り逃げしたので
遊&龍のラブラブむふふ…♪までは
流石に自粛しましたが、
きっと皆様が脳内補填して下さると
信じてます(笑)
No.89ぺこ2015年8月1日 20:26
まさかの、ぺこさんの新作!!
連日のあまりの暑さに妄想すらままならない日々でしたが、
一気にスイッチが入りました!
ありがとうございます☆
5年…ということは、遊は大学に行ったのかしら。めっちゃ頑張ったんだな〜とか、
俊のお相手は!?とか、
この後、龍は紳士なのか? それとも…
とか、脳内暴走中です(≧∇≦)
No.90こりす2015年8月3日 23:42
こりすさん
コメントありがとうございます!
実は、フランス語の歌のタイトル云々は、
こりすさんの薔薇についての書き込みに
感化されたものでした(笑)
確かに、5年あれば遊ちん大学にも
行けちゃいますよね。
さすが妄想部、夢(妄想)が広がりますヽ(*´▽)ノ♪
No.91ぺこ2015年8月4日 00:42
妄想部のみなみなさま こんにちは♪
きゃーっ\(^^)/ぺこさんの新作が‼
ありがとう ありがとうございます‼
暑さを乗り切れそうな気がしてきました。
俊パパにもかなりの衝撃をうけましたが
一番の驚きは原作終了から5年の月日が…
ってところです‼
5年の間に 龍と遊に何があったんだろうかと
いろいろ妄想してしまいました。
龍はセルフプロデュースできるようになるまで
ニューヨークには行かないとか決めてたんでしょうか?
遊は ますますキレイになって いろんな外人さんに熱−い
アプローチをされたりするんですが やっぱり心の奥に
思ってる人がいるので 踏み出せずにいるのです…
なーんて…
このあとの大人の脳内補填妄想も進行中ですが
ぺこさん!続きが気になります‼
No.92たまお2015年8月6日 17:05
たまおさん
コメントありがとうございます(^-^ゞ
皆さんが皆さんの俊パパへ反応なさったのが
何だか面白かったです(笑)
そうなんですよ〜、益々キレイになった遊ちん
そして、5年寝かせたことで気持ちの自覚を
強くした龍…妄想が止まりません(*≧∀≦*)
No.93ぺこ2015年8月7日 12:31
こんにちは。
先日、図書館で昔々に読んだ某少女マンガが置いてありまして、「懐かしい〜」と思わず借りて読んだのですが、そこに、主人公の女の子に相手の男性がバラの花を一輪わたす場面が!
しかも「バラの花を一輪手渡すのはフランス式愛の告白」との説明がありまして、「フ、フランス式だったのか〜」とひとり盛り上がっておりました(*^^*)
この盛り上がりをどうにも抑えきれず、こちらに思わず書きこんでしまいました^^;
龍がその事分かってたのなら…と新たな妄想が。
やはり病気ですね(笑)
No.81こりす2015年5月18日 21:12
こりすさん♪
こんばんはー(^-^)/
日々の生活の中にソルジャーボーイ。ご苦労様です♡さすが部員です。こりすさん流石です!
龍って、女の子に対してジェントルマンですよね(いや、遊だから?遊にだけ? w)
あのバラのシーンはホントに好きで絵に描いた事もありましたわ。名シーンですねっ♡
No.82万里@管理人2015年5月19日 21:13
こんばんは♪
こりすさん♪
キャー(*^^*)素敵な情報ありがとうございます‼
フランス式愛の告白って なんてドキドキする響きなんでしょう!キャー‼盛り上がりに乗っからせていただきます‼
やっぱりもうあの年末のときには はっきりと気持ちがあったってことですよね‼
遊の平手打ちから バラを手渡すまでの龍の気持ちが
すごく気になります…はぁぁぁ
万里さん♪
バラのシーン わたしも大好きです(*^^*)
年末になると 毎年きゅんきゅんしております。
きっと部員の皆さまも同じ気持ちかと(笑)
No.83たまお2015年5月25日 23:03
万里様、たまお様、ありがとうございます(*^^*)
「=愛の告白」と二人が認識している前提であのシーンを読むと、せつなさ倍増です(涙)
その後の夜の公園シーンの前に龍が送ったバラの花束も昔、何色なのか、とかすっごく気になってました。
トーンの貼り具合から薄いピンクなのかな〜とか。
この後も遊は何度かバラをもらいそうですね。
自分のことを好きって分かってる女の子をバラ攻めにする龍って…
きっと次に龍が送るのは赤いバラだな〜と、いろいろその場面のシチュエーションを妄想して楽しんでいましたわ(^^;)
No.84こりす2015年5月30日 21:51