>娘に「変!変!変!一緒に歩かないで」と言われた時はおろおろしましたが。(*^▽^*)ゞ。
お願いですから、太郎冠者のようなあの作務衣は、上下揃いで着ないでね~(笑)。
朝日新聞の一面の「折々のことば・鷲田清一」は、いろんな分野のお方々の、はっとさせられる一文が載っているので読んでいるのですが、本日の辻静雄のことば「能力というものは、自分が持っているものと考える筋合いのものではない。」には感じ入りました。鷲田清一曰く、
「料理研究家の『フランス料理の手帖』から。能力は、その人の仕事ぶりを見ている人が測ってくれるものなのに、人はそこを勘違いして、努力が報われないとつい他人や社会のせいにすると、辻は言う。そう、誰にでもできる仕事をこつこつやっているうち、まわりの人から「これはあの人にまかせておけば大丈夫」と言われるようになってはじめて、その人の能力となるのだ。」
今日は、可愛がってくれたお祖父さんの長襦袢をどうしても捨てられないと、↓きれいに洗い張りされたものを預かりました。女物の長襦袢に仕立てます。お守りのような一枚になることでしょう。
無地といふ心やすさも秋扇 八染藍子
>20年近く前、今井肖子さんの桜三十句があまりにも素敵で、お吟さんの「つれづれ日記」で紹介したところ、猫髭さんのお目に留まって、それからの交流なんですよね。
ええ~っ!全く忘れていました。(*^▽^*)ゞ。
そう言えばわたくしが「花一日」を引いたら肖子さんが採りあげてくれたお礼を言いに来てくれたので驚いたのを覚えています。
egosearchingというのか、自分の名前を検索して他者による評価を調べる行為など、わたくしは全く無縁で他人に興味ないから自分が他人からどう見られるとかも興味ないのでお吟母子がびっくりするようなデザインの服送ってきても平気で着られたのかもしれない。ま。娘に「変!変!変!一緒に歩かないで」と言われた時はおろおろしましたが。(*^▽^*)ゞ。
肖子さんはわたくしが52歳の時に御自由に生きようと駄洒落て仏壇に入る前に俳壇に入ったと話したのが、彼女も高校の数学の教師で俳句には祖母や母が「ホトトギス」の俳人だったのですが(それも虚子の筆記役という重鎮)本人は全く興味がなくてわたくしと同じようにたまたま仏壇に入る前に俳壇に立ち寄ったとかで、理由がおんなじと喜んでいました。彼女に誘われて逗子の近所の「夏潮」主宰本井英が、高浜虚子の明治四十年に行った一夏三十日間の句会「日盛会」に倣った句会に出かけて、谷戸の報国寺や切り通しを案内して吟行しながら三十句ほど詠みましたが、わたくしも肖子さんも句が速いのでそれほど時間をかけずに句会に参加出来ました。まあ、同じ場所吟行してるからお互いに「あ、この景は」とわかるから挨拶に一句づつ採り合ったのは御愛嬌でしたが、隣にいた遠方から来たという年配の俳人が肖子さんを我々にはプリンセスですと仰ぎ見た時にはエエ~ッ、マジかよおと「ホトトギス」の階級社会を見たようでわたくしが主宰やプリンセスに採られていたのでさぞや名のある御仁と思っていたら、インターネット俳句育ちで句会なんか出たことないよと言ったら宇宙人を見るような顔をしていました。まあ、マシンガンのように何でもしゃべるし俳句も詠むので下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるだが、きっこさんに教わった多作多捨と多読多憶はみっちりやったから、どんな句会に出てもきっこさんの名前を汚すことはなかったと自負するし、逆に結社のしがらみがないという理由で同人代表をふたつもみっつもやらせられた。なにせ子規全集や芭蕉全集も読みこなしてホトトギスの雑詠全集も大正四年の創刊号から読んでおり古典は原典注釈なしで古事記から源氏から西鶴、近松、秋成と暗誦できるとなると、あいつと論争はしたくないと専門家もいやがるから用心棒にちょうどいいということになり、きっこさんも普通の人が二三年かかるところをあなたは二三ヶ月という猛スピードで駆け上がっていますと言ってくれたからハイヒールの軒先のノラ猫としては頑張った方だろう。きっこさんに楯突く連中は片っ端からウンチクをぶっかけて追い払いました。あのころはみんなきっこさんに夢中だった。しかし、たったひとりで句会をあそこまでこなすというのはハイヒールひよこ組でみんなで回り持ちで管理人役をやってみて凄まじい労力と情熱がなければ不可能だと気づいた時には既にきっこさんは身も心も疲れ切っていました。
まあ、鶴の恩返しならぬ猫の恩返しである。
肖子さんとは句集を出してから、お互いに多忙になり縁は途絶えたが、たまあにこういう機会があると思い出す。肖子さんの句を三句ばかり。
影までも紫なりし鉄線花
制服の紺深めゐる赤い羽根
肩先に若葉の影をのせ歩く
紅椿さん、こんにちは♪
猫髭さんの海外のお写真がまたいいのよね。また一句添えて載せてくださいね。
20年近く前、今井肖子さんの桜三十句があまりにも素敵で、お吟さんの「つれづれ日記」で紹介したところ、猫髭さんのお目に留まって、それからの交流なんですよね。肖子さんに「お母様の生き生きとした句が好き」とお伝えしたら、「詠めそうで、なかなか母のようには詠めないんですよね」と仰っていたのをよく覚えています。
今日見えたお客さんは、いつもお母さんお手製のワンピースを着ていらっしゃいます。ご本人も「布」というものが大好き。外国の方とのパーティーに着たい和服を買われたので、サイズ直ししてあげました。万国共通の花柄で話の糸口を見つけたいそう。
琴坂のつま先あがり秋袷 潮見朋子
まあ、また生きてお目にかかるとは。ラスカルが洗い熊の本性をあらわして凶暴化したので止めに入ったら相手の余りの無神経さに今度は猫さんが凶暴化してしまいました。まさか厚顔を上回る無神経の持主だったとは。無神経には勝てない(笑)。
秋の蜂踏みつぶしたる舟の上 中村遙
この蜂でなけれど蜂に恨みあり 亀田虎童子
こんにちは。
出遅れてしまいましたが、こちらでも楽しくロムさせて頂きます。
猫髭さん、連日お疲れ様でございます。ご無理をなさいませんよう。
風船が乗つて電車のドア閉まる
ぷりぷりのコーヒー色の裸かな
この今井千鶴子の二句は子どもを出さずに子どもを詠む例句としてわたくしが引き合いに必ず出す句で、わたくしが娘の肖子さんにお母さんの句ではこの二句が一番好きだと言ったら、千鶴子さんがそれを聞いて、どこでこんな句見つけてきたのかと驚いていたと言っていた。隣同士で仲良し母子だから、肖子さんは何でも話してしまうので、うかつに俳句を見せられないが
弁当を立つたまま食ふ春の海 猫
は肖子さんが猫髭らしいと笑って褒めてくれた。お母さんには見せるなと念を押したのは言うまでもないが後の祭りだろうなあ。「ホトトギス」の仲間も面白がっていたと言ってたなあ。まあ、いいか、昔の話だ。(*^▽^*)ゞ。
右城暮石もわたくしの好きな作家で海外へ長期出張の時などは暮石の句集を持って行って読んで無聊を慰めていた。
風光るオークの下に暮石讀む 猫
これは調べるとサンホセで詠んだ句だった。サンノゼともいう。写真の大きな樫の木の下で読んでいたのだった。
滝を見に行くにも女手に荷物 右城暮石
ね、いいでしょう♪
猫髭さん、先日は生身魂七句をお褒めくださり、ありがとうございます♪
母は外科で顔面を20針縫ったのと、帯状疱疹で皮膚科に診てもらったのと、去年鬼婆のような足の爪がはがれて外科にお世話になった以外、94年間内科にかかったことがないので、いつ御霊になれることやら。お吟さんが元気なうちに御霊になってもらいたいものだと、常々祈っております(笑)。
社長さんの浴衣が仕上がりました。アフリカの布は、<ぷりぷりのコーヒー色の裸かな・今井千鶴子>のお方々にこそ似合う色柄でして、社長さん、マスクまでお揃いで大丈夫でしょうか?(笑)。
風呂敷のうすくて西瓜まんまるし 右城暮石
