毎週木曜日の朝十時から十二時の二時間の善福寺川緑地公園の車椅子歩行介助はヘルパーの仕事を初めて始めての仕事というよりも「吟ぶら」に出かけるような楽しいひとときになっている。二日前に猫髭さんはおいくつと聞かれたので昭和24年ですと答えるとわたしは昭和11年と言っていたので、奇遇だが池田澄子さんと岩淵喜代子さんと同い年である。池田澄子さんは杉並区なので仕事中に偶に顔を合わせるし、岩淵喜代子さんは埼玉県の確か朝霞のほうだったが吟行で何度もお会いしていた縁で今でも偶に調べ物があると御一緒する。わたくしが面識のある女性俳人では他に「なんぢや」の榎本亨さんが昭和14年だから、昭和十年代生まれは昭和20年に戦争が終り、昭和34年前後は日本が世界一の映画興隆国になっていたから日本が復興して女性が俳句に親しむ機会が増えて明るい世相だったのだろう。
Sさんは荒川区の俳句同好会に入っていたようで俳句年鑑などにも目を通しているから、脳梗塞の後遺症で半身が不自由だが、頭はしっかりしていて言葉は不自由でもゆっくり話せば意思疎通は出来るので、木漏れ日が蔦紅葉に当たって光や色変があると、公園に来てまでスマホ見ながら歩いてる連中には見えない小さな季節の移ろいを発見しては二人で喜んでいるので、一週間の季節の移ろいの発見は俳人しか気づかない季節からの挨拶であり、俳句を詠まなくてもそういう季節の「きざし」を挨拶として喜ぶ心も俳句が教えてくれた生きている喜びなのである。
無理な注文くださるお客さんに育てられているお吟さん、今日は↓ピンクと薄紫と水色のハートが整然と並んだやさし~い顔の白大島に脳みそ全部使っております。ハートはどこまでも整然と、袖口と裾は十二単風に、しかも上半身には裏をつけない仕立てで。やってやろうじゃないの(笑)。
冬ごもり夫婦老いては顔も見ず 栢野木樵
>谷戸歩く昼の暗きに寒椿 猫髭
句といい写真といい、寒椿讃歌ですね♪
今日は、岬の名曲喫茶へ出没。瀬戸内海は冬霞にうっすら覆われ、いい感じでした。店内は、マスターの可憐な奥さん手づくりのドライフラワーが溢れているので、褪せて艶めくそれらにご挨拶。
絵硝子の外は枯葉のしきり降る 丹羽好岳
お茶人から手づくりの生菓子いただきました。冬椿です。母へ持って行ったら、「椿じゃろ」と、まだそのあたりは分かっておられます。以前のように「仏様へあげましといてくれ」とは言わず、さっさと食べておりますが(笑)。
万両やとび石そこに尽きてゐる 五十崎古郷
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