おはようございます(^^)
猫髭さんともあろうお方が刺身にあたるなんて、身体張ってご奉仕なさってるのねえ。
それにしても、ご自分の身体への手当の的確なことったら♪
箪笥に入りきらないほどの反物を預かっているので、県外の方の依頼はお断りしているのですが、のっけから「仕立屋お吟さま、仕上がりのお着物に添えられた一句に、ほろっとしたり巧いもんだなと感心したり、、、」などとおだてられたら、ついつい引き受けちゃいました。荷物が届いてびっくり。なんと、猫髭さんのお近くのお茶人でした。↓張子の干支紋様も粋なんですが、添えられたメモの、垢抜けて分かりやすいこと。すごい長文ですが(笑)。
風炉名残母の小紋の身に添うて 田中千波
あ、お吟さん、その仮縫覚えています。出来たのですね。美しい♪
わたくしとしたことが、食中毒で下痢と嘔吐と蕁麻疹に悩まされた。今日は、というか昨日は目の暗いお客の掃除と料理なのだが、車椅子のお客の通院介助があり仕事を朝ではなく午後に回してもらった。魚屋さんからホウボウが入ったと電話があったので今日は仕事で出かけているからと断ったのだが13:00前に終わったので顔を出したのだが刺身に下ろした後だったので北海道のソイの刺身があったのでそれを買って、ついでに目の暗いお客にお詫びとして茸汁をお裾分けしようと茸セットと大根と里芋を買って、一端帰宅して魚を冷蔵庫に入れてから行けば良かったのを一時間ぐらいなら大丈夫かと魚を持ったままお客に行って茸汁を半分あげて帰宅したのが午後3時前だった。朝は肌寒かったが昼までには晴れて天気も快復していたので気温も上がっていたのでお客の冷蔵庫に魚を入れて帰りに取り出して帰れば良かった。現に以前はそうしていたが、それは残暑で暑かったからでつい晩秋の涼しさに気が緩んだのだろう、晩御飯を終えて、「科捜研の女シーズン22」という長寿番組の第一回を見て、常連のロタという若造の余りにも下手な演技にむかついていたので彼に代わって入ってきた新人が感じ良かったので面白かったが2時間番組だったのでその半分ぐらいだろうか、いきなり便意であわてて立ったら軟便が少し出ただけで食ってすぐは出ないだろうと昼の軽いランチ便かくらいに思っていたら、「科捜研の女」を見終わって、しりとりサイトをサーフィンし始めたらぴーひゃらぴーしゃらぱっぱぱらぱらの下痢になり、ソイと茹蛸の刺身とネギ玉(溶き卵三個とネギ一本ざく切りで炒めるだけの優しい味の一品)と茸汁で茶碗二杯食べただけだから原因はソイしかなかった。蛸は結局入歯では噛み切れずに炒めても駄目で明日煮て柔らかくしてから食おうと思って取っておいたからだ。
魚の食中毒には二種類ある。ひとつはサバ、ソイ、イカ、サケ、ヒラメ、ニシン、カツオ、マダイ、ブリなどに寄生する体長2センチくらいの回虫アニサキスがまぎれて食べてしまったのが原因だが、胃の痛みが出るのが食べて4時間後からだからアニサキスが原因ではない。魚屋もわたくしも見逃すわけはない。
もうひとつが今回の原因で、魚に含まれるヒスチジンというアミノ酸が、放置した時間が長いとヒスタミン生産菌の酵素が作用し、毒素のヒスタミンに変わると、ヒスタミンは熱にも調理でも除去できないので、食後1時間ぐらいで食中毒になり、下痢、嘔吐、蕁麻疹、胃痛を起こす。まさしく今夜のわたくしの症状で下痢だと最初は思っていたので正露丸を三粒飲んで解決と思っていたら、朝の4時に頭と顎鬚と猛烈な痒みで目が覚めて、すわまた蕁麻疹かと起きて電気を点けると顎中メンタームを塗って、耳も痒いので塗って、膝と腿の横も痒いのでぼりぼり掻くと見る見るうちにぼつぼつぶつぶつ湿疹が浮き出て来て、吐気をもよおしトイレで少し嘔吐したが、前回の蕁麻疹の薬が残っているので飲み薬プレドニン錠5mgとケミファ錠20mgを一錠づつ飲んで塗り薬マイザークリーム0.05%を塗ったら湿疹と痒みは消えて、少しづつ水を飲んだら胃痛も消えてきたので峠は越したと思われる。掌と手の指の股が擦るとやめられないとまらない痒い痒いの快感に、なるほど麻薬や不倫に夢中になるのはこういう快楽のためかと思ったが猿ではあるまいし馬鹿馬鹿しいと、こうして事の顛末を書いているのである。
たった一時間と言えど刺身を常温の中に晒すべきではなかった。しかし、茸汁作りにお客も味見しておいしいおいしいと頷いているので、冷凍庫に讃岐饂飩のパックがふたつあったので、これを小鍋に入れて、茸汁をかけて熱くすれば晩御飯においしい茸饂飩を食べられるよと、そっちに気を取られたので鞄にソイの刺身が入れたままだったのを忘れていたのである。夢中になると入れあげちゃうのはわたくしの悪いクセ。是非ない。
写真は先週食べたホウボウの塩焼き。30センチ超えの今までの中では最大のホウボウで、刺身にするにも五人分くらいあるし、アクアパッツアもフライパンが28センチなので小さ過ぎて作れないしで塩焼きにしたが頭が焼き機の天井に閊えて焦げてしまった。味は言うまでもない。これが680円。田舎だったら2500円はする。東京ならではの贅沢か。
初釜のお点前に着たいと、ネットで探して惚れ込んで買ったら、仮縫いという代物だったという訪問着。お客さんは一度は突っ返そうと思われたのですが、いろいろあって仕上がりました。
こうしてみれば、品格があって華やかです。手の込んだ絞り染めです。今日一日は、お吟さんの仕事部屋のタペストリーですな。
帯あはせ一度できまる菊日和 長山順子
>溝萩やぼたもち提げて一の橋
古きを訪ねる二人吟行のよい記念になりましたね。事情を知らなくとも一句で屹立しています。一の橋と溝萩で田舎のきれいな景が浮かび、自ずとぼたもちは、お手製の重箱なんぞに入っていそうに思えてきます。
今日は和裁の集まりの日。お客さんが、母の手慰みにと、大量の着物をくださいました。30枚はありそうです。母は、2、3日に一枚はほどいちゃうので、これだけあるとお正月明けまで持ちそう。以前は宿浴衣百枚を2万円くらいで買っていましたが、認知症が進んで、振袖でも喪服でも平気で雑巾に縫ってくれるので、着物をいただけると大助かり。大風呂敷ごとくださいましたよ。「寿」入りで、まるでお吟さんの嫁入り支度みたいねえ(笑)。
風見るといひ聞くといひ秋深し 片山由美子
まあ、ぴのこさんは早起きだこと。一昨夜に継いで昨夜はネット障害で韓流映画『ガールズ・コップ』を見ている最中にパソコンがフリーズしててんてこまいで、解決したので続きを見て、やっと土曜日の添削句会の話を三日がかりでアップするのでいつも長いのに今回は障害が連続したので余計長くなった。さあ、アップして寝て明日の、あ、今朝の仕事に備えよう。
蕎麦焼酎は夏の季語、蕎麦湯は冬の季語、で割ると夜半の秋。(*^▽^*)ゞ。
昨夜は月に一度の俳句添削会。弟子は御主人と自分の名前を足して「修美(おさみ)」という俳号にしたいとのことで、「漢字だと読みに迷うから女性だから平仮名で「をさみ」としたら。「を」は若いという意味があるから」と言ったら彼女は後期高齢者なので「おきな」の「お」だが、若い方がいいと旧仮名読みで「をさみ」におさまった。男は若く見られると「なめとんのか我れ~!」とうちの田舎では怒るが、女性は世界共通で逆というわけだ。わたくしはあるがままでいいのだが、どういうわけかまちまちであり、ために他人からどう見えるかには関心を持たないことにしている。もともと人目を気にするタチではないが。
をさみさんはまだ五七五の音数律が体に入ってないので指で数えても字足らずや字余りになりがちで、『季寄せ』も読み始めたばかりだから」季語だらけの季ぶくれは毎回である。俳句は横書きだと思っていたらしく日本語は筆と紙なので縦書きだと教えなければならないほど疎いが、空回りしつつもやる気だけは「主人との思い出を俳句で残したい」という一途さがあるのと、頭の回転が遅いので右脳俳句向きで、俳句の素質はあると思う。昨日は「爽籟」という季語が気に入ったと鎌倉吟ぶらに行ってよくこんな季語拾って来たと感心した。ショウライショウライと言うので最初は何を言ってるのかわかんなかったが、「さうらい」でソウライだよ。
俳句は見たものを自分が感じたままに写して、それを詠む人が想像力で豊かにしてくれることで俳句が喜ぶという、作品が主役で作者と読者が作り上げる文藝だから、説明とか観察を超えて生きている「生」を写した時に佳い俳句になる。自分の中に主観的な目と客観的な目の両方がないと駄目で、それには「多作多捨」と「多読多憶」をひたすら重ねてゆくしかない。短いので余計な言わずもがなの措辞は削って削って言いたいことは言わずに季語に託すというやり方を教えている。
をさみさんは横須賀生まれの横須賀育ちなので昔のどぶ板通りを知っており、今の暗渠になった小奇麗な横須賀ではなくお世辞にも綺麗とは言えない川が流れていた時代を知っているので、わたくしがハイヒール句会に参加して四ヶ月目で詠んだ、
横須賀のどぶを流るる聖夜かな
を実景としてわかる読者でもあり、逗子・鎌倉に住んでいたわたくしとは地元同士とも言えるから縁(えにし)があったのだろう。わたくしは「白頭」、白髪頭の老人という意味で「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」で有名な劉廷芝の漢詩『代悲白頭翁』」から取ったわたくしの最初の俳号を名乗っている。「猫髭」だとインターネットで素性がわかるのでをさみさんには通りすがりの俳句好きのヘルパーさんで通している。
をさみさんは御主人と創価学会に所属していて熱心な信者なので若い婚期の娘たちを伴い鶴岡八幡宮の結婚式の場所と鎌倉の日蓮上人の辻説法の跡などゆかりの寺を案内したのだという。鎌倉はわたくしの第二の故郷だから滅法詳しいので日蓮上人の辻説法をした場所などを教えておいたのだ。をさみさんは学会の信者で顔が広いので歩いてゆける蕎麦屋や小料理屋を句会場として選ぶのだが、今回は蕎麦焼酎だけがおいしい、残念な蕎麦屋さんで句会である。(*^▽^*)ゞ。
今回の句で直せたのは三句で先ずは御主人をデイサービスの入浴に送り出す週二回の風景から、
車椅子 押した背中から 春動く をさみ
これは何かの動作から季節が動くという句は類想類句が沢山あるが、あなたの実感だからそれは生きているので、
車椅子押した刹那に春動く 添削句
でいいのではないか。今は晩秋でこれは春の句だが老女の中で御主人は生きているので、それは過去の思い出を懐かしがっているのではなく今を生きていることと同じなのである。をさみさんも納得。
次は鎌倉吟ぶらの句から。
八幡宮 上れば見える 秋の海 をさみ
「俳句で観光案内してるんじゃないから、階段を上る左手の実朝が暗殺された大銀杏が有名だったけど今はどうなってる?」「あ、無かった。」「それを詠めば八幡宮を上って見えるは省略できるでしょ」
実朝の大銀杏なき秋の海 白頭吟
ただ、これは彼女の句ではなくなる。目の前にないものを見るという定家の「幽玄」の詠み方である。
見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕ぐれ 藤原定家朝臣(『新古今和歌集』363)
ちょうど静御前が舞ったという「舞殿」で結婚式をやっており白無垢の花嫁が静かだったので、
爽籟や 舞殿に白無垢しずか 恥ずかしい をさみ
なにこの恥ずかしいというのは?見てて恥ずかしくないのかなあとみんな携帯でぱちぱち写真撮ってるし。花嫁が恥らってるんじゃなくて自分が花嫁だったら恥ずかしいって、あなた後期高齢者だよ、妄想もはなはだしい。人間は老化によって進歩するものがあり、それは妄想力だ、と吉本隆明が言っていたが、これか。それに「しずか」は暴れている白無垢はいないから余計だし、この舞殿は静御前が義経を偲んで、
しづやしづしづのをだまきくり返し昔を今になすよしもがな
吉野山峰の白雪踏み分けて入りにし人のあとぞ恋しき
舞い踊った場所なので「しずか」は静御前を偲ばせるから言わずとも良い。わたくしの娘も「しずか」で男の子が生まれたら「葵」と妻が言い、女の子が生まれたら「静」とわたくしが言い、それで長女は「静」というのである。この「しづやしづ」には本歌があり、
いにしへのしづのをだまき繰り返し昔を今になすよしもがな(『伊勢物語』第32段)
いにしへの倭文(しづ)の苧環(をだまき)いやしきもよきも盛りはありしものなり(『古今和歌集』巻第十七「雑歌上」888)
という絶頂期の頼朝には痛烈なものでしたが、政子が頼朝を諌めて静御前は命を取りとめますが生まれた子は男児だったため赤子は殺されました。
それらを踏まえて日蓮上人の足跡を辿る吟ぶらだったのだから、
爽籟や昔を今に辻説法 添削句
というところで落ち着いた。ちなみにわたくしは日蓮上人が。『立正安国論』を三度書いているが自説をあとで都合がいいように書き替える癖があり、あまり好きではない。(*^▽^*)ゞ。
ぼたもちを かかげて尼は 溝萩や
これは日蓮が四大難のうち三難を鎌倉で迎えているので「首つ(な)ぎのぼた餅」という伝説をもとにしている。極楽寺の「力餅」が紫陽花寺の下なので紫陽花見学のついでに寄るがこの名物も関係していると思われるのが江の島駅の龍口寺に伝わる鍋蓋で、昔は処刑場だった龍ノ口へ日蓮が運ばれる時、ひとりの老女が鍋蓋の上に牡丹餅を乗せて上人の供養にと捧げた命がけの信仰で、その後上人が奇跡的に助かったので信者が老婆が住んでいた鎌倉の常栄寺を「ぼたもち寺」と名づけて9月12日には今でもぼた餅を供養として捧げている。これがをさみさんの話では尼僧に格上げされている。当時のぼた餅は小豆餡ではなく胡麻餡だったようで、実はわたくし胡麻餡好きで家内や娘は下品と嫌うがわたくしは好きである。
で、をさみ句だが、盛り沢山なのだが、溝萩の季語は昔の鎌倉の畦道を思わせ素晴らしいので、妙本寺の辻説法跡の近くを流れる滑川(なめりがわ)は一の橋、二の橋、唄の橋と鎌倉を流れているので(原節子の家も浄明寺の裏手で近くである)、
溝萩やぼたもち提げて一の橋 添削句
に落ち着いた。彼女が「溝萩」と「首つ(な)ぎのぼた餅」という日蓮伝説を心に留めて吟ぶらした手柄の句である。こういう句が生まれると、雲海蕎麦焼酎の蕎麦湯割がひときわ美味しい。(*^▽^*)ゞ。
さあ、目覚ましばっちりセットして寝ます。
