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秋しぐれ去る待合の小座布団

茶道の種まきおばさんと言えるお方を訪問して仕立ての相談をする。ほぼボランティアで、地元の小学生たちを自宅へ招き、待合・露地・躙り口・茶室と、正式に体験させてあげている。待合から茶室まで、ちょっとだけ大工さんの手を借り、夫婦で建てた。懐石料理も奥さんがこさえて子供たちに食べさせるという。

運動会では、借り物競走で、必ず↓抱えるほどもある茶筅を抱えて走るそう。真ん中が大茶碗用。右がふつうの茶筅(笑)。

石庭の石がまづ濡れ秋の雨   金久美智子

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秋空に太鼓の音の吸はれゆく

おはようございます(^^)

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きもの着て幸せ太り残ん菊

朝晩肌寒くなって、やっと袷の着物をさわれるようになったのか、袷の着物の直しが怒涛の如く来ている。身巾出しが多い。着物はほっそりしている方が断然似合いますので、奥様方、お願いしますよ(笑)。

水割も身に入む酒となりにけり   草間時彦

引用して返信編集・削除(編集済: 2024年10月31日 16:27)

雁や残される者のこる者

おはようございます😃

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細筆の穂の真白なる雁渡し

おはようございます(^^)

お吟さん、僕の句を紹介していただき、どうもありがとうございます!

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ふくよかな色鉛筆画秋うらら

図書館にて模写遊び。もうすぐ立冬なので、冬の物を見繕って。

新しくできた『角川俳句大歳時記 秋』より
   木の実落つ渡り廊下のしづけさに   ラスカル

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屋根裏にいくつもの画架十三夜

おはようございます(^^)

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小鳥来る下の前歯は屋根の上に

永瀬清子の生家を懸命に保存している方々に、猫髭さんの文章はとても励みになると思ったので、はい、館長さんに渡してくださるよう、スタッフさんにことづけました♪
お吟さん、有名人には興味が無いので、猫髭さん、ひっそり隠れていてね(笑)。

今日は和裁の集まりの日。銀蠅が、小粋な唐草模様の紬の身丈を10㎝伸ばしていた。銀蠅は頭がいいので、ちょっとアドバイスしてあげただけで、とても面倒な作業だけど、自力で仕上げた。
その銀蠅、朝一に孫娘の担任から「転んで前歯が欠けたので、すぐ迎えに来てほしい」と連絡をもらった。生えたばかりの前歯が、、、と泣きそうになったが、すぐに駆けつけると、保健室の先生から前歯の欠片の入ったコップを渡された。生理食塩水に浸けてあるらしい。「お利口さんですよ、転んでもただでは起きなかったんです。ちゃんと欠けた歯を拾って、にぎりしめて、担任に見せに来たんです」と褒められた。歯科医に見せると、すぐにその欠片をくっつけてくれたと言う。将来取れたら、虫歯の治療のような処置をしなければならないけれど、当座は大丈夫ということ。

乳歯が抜けると、いつもお母さんに見せて、丈夫な歯が生えるように屋根や縁の下に投げるおまじないをしていたから、とっさにに拾ったんだね。胸キュンの話だなあ。。。

花薄風のもつれは風が解く   福田蓼汀

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焼菓子は葉つぱのかたち小鳥来る

おはようございます(^^)

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秋霖の蝶は葉陰にさかしまに

館長さんとは永瀬清子の生家を保存している館長さんのことでしょうか。お吟さんがりんさんと奇跡の出会いをしたように、誰とも話したことのない敬愛する詩人のゆかりの人にわたくしの思いが届くとは・・・。長生きも悪くはない。

そう言えば、ずいぶん昔の話になるが敬愛するイタリア文学者須賀敦子のエッセイを連載していたオリベッティ社の「Spazio」(空間)という文化誌が廃刊になると知り、それはイタリアと日本の文化交流に対する無知蒙昧のなせる業だとオリベッティの知り合いに抗議のメールを送ったら、彼が編集部を飛び越して社長にわたくしの文章を持参して、こういう愛読者がいると直訴したらなんと社長が廃刊を中止してくれたので、編集人で須賀敦子の伴走者だった敏(びん)さんこと鈴木敏恵さんがお礼をしたいと青山のイタリアレストランに招待してくれたことがありました。その後敏さんとは文通した仲で、須賀敦子が少女時代感銘を受けたアン・モロー・リンドバーグの『North to the Orient』(1935)をわたくしが渡米した時に買って来て須賀さんが感銘を受けた部分を翻訳して送ったりしているうちに、あなたの文章はこくがあるから須賀さんの連載の後を書いてみないと誘われたことがありました。とんでもない畏れ多いと辞退しましたが、娘が学校の推薦する東大ではなく須賀敦子が教鞭をとっていた四谷の大学(名前忘れたがカソリック系の大学)に入ってくれたので嬉しかったのを覚えています。

澤好摩さんが「ににん」の岩淵喜代子論を読んで「これだけの文章が書けるのにどうしてもっと大きな場所で書かないんだ」と言ってきたときも、頼まれたから書いただけで趣味を生活にする気はないと答えましたが、子どもの時から「よく隠れて生きた者ほどよく生きた者はいない」(オウィディウス『悲しみの歌・黒海からの手紙 』)を座右の銘にしている(デカルトもそうだったらしい)ので、選挙カーの声を聞いて父が冗談で「俺も立候補するか」と言った時に泣き喚いてすがって止めた記憶が未だにあるので(わたくしの生涯で産声以外に泣いた記憶はこれしかない。母も泣いたことがないと言っていた)、よほど目立つのが嫌いだったと見えるが、それを聞くと誰もがウッソーと「マシンガンのようにしゃべくるのに」と驚くのはどういうわけだ。現にわたくしには友はひとりもいないのに。ハテ。

思うに、頼まれると断り切れないという性分なのでしょう。娘も、だってパパは出来ちゃうんだもんと言っていた。雑学の帝王と言われたが、コンピュータのヴェンチャーとの仕事でアメリカに出張していた時に、アメリカ人がアメリカの歌の映画の主題歌や童謡の歌詞を聞きに来たことが何度かあってなんで異国の日本人に聞きに来るんだ、俺が美空ひばりの歌の歌詞をアメリカ人に聞くようなもんじゃねえかと思ったが、どうもあいつに聞けば「それはね」と教えてくれると噂になって、ほんとかと聞きに来ていたらしい。日本ではアメリカの音楽や映画が広く歌われ聴かれているのを知らないので聞きに来て驚くのは、確かにアメリカ人が北島三郎の「与作」や都はるみの「あんこ椿は恋の花」を小節を利かせて歌えば日本人が驚くようなものか、ということになるが、まあ、珍しいとは思われるかも・・・。ジャズ・アニマルとかクレイジー・キャッツとか呼ぶ奴もいたからねえ。

写真は国立博物館正面の階段。わたくしは背を毬のようにして二段飛びで二階まで一気に上って行けた。丁度二段飛びで上るといい高さなのである。

引用して返信編集・削除(編集済: 2024年10月29日 00:13)
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