こんにちは。
今日は先週脳梗塞で入院した友人の見舞いに富山まで行って来て今、帰りの新幹線の中です。
彼女は入院直後にコロナにもかかってしまいました。幸い、今は少しずつ回復していて安心したところです。
お吟さん、
お母様のこと、心よりお悔やみ申し上げます。
いつもここで、お母様の写真を見たり、お話を聞いて、私も亡母の事を思い出して一緒に泣き笑いしていました。私の母も洋裁のプロで、ずっと針に親しんでいたものですから。
お母様、天国で縫いものを楽しんでおられることと思います。
もし、うちの母に会うことがありましたら、仲良く針を進めながら楽しくおしゃべりしていそうです。
しばらくはお忙しいと思いますが、どうぞお疲れの出ないようにゆっくりして下さい。
少しずつ少しずつ、悲しみより楽しいことを思い出す事が増えてゆきますように。
ラスカルさん、ありがとう、きっと天国でもミシン踏むと思います。猫髭さん、一生母の縫ったもんぺを穿いてくださるの?必要になれば、内またがかぱっと開くように直してさしあげますからね(笑)。
おはようございます。
お吟さん、
お母様が亡くなられたことを知り、驚いております。
心よりお悔やみ申し上げます。
お母様はきっと、天上で縫いものを楽しんでおられることと思います。
何かとお忙しくなることでしょう。どうぞお疲れの出ませんように。
お心が早く立ち直れることをお祈りしております、
お吟さんが留守にするのは「家族がらみ」と書きましたが、お母様がお亡くなりになりましたか。栄子さんらしい飄々としてユーモアすら漂わせるお見事なお別れでしたね。老衰死に際して人間の体は貯蔵庫になるので点滴をしなくても水を飲まなくてもすぐに亡くなるわけではなく、意識がないように見えても耳は聴こえているので話すことは無理でも焼かれるまでは、生き返った人たちの話によると五感以外の感覚がまだ残っていると、同僚が外で香典の額の相談をしているのまで魂が浮遊して盗み聞きをしていたのかと驚かされる話が残っています。きっとお母様は贅肉を付けない暮しをしていたので大往生としか思えないお別れになったのだと思います。
お吟母子の縫ってくれた介護服は普段着としても死ぬまで大切に着させていただきます。(*^▽^*)ゞ
わたくしが天国へ行ける確率は非常に低いのですが三途の川を渡る際には「あれ、見覚えのある装束を着ている者がおるなあ」と天国から覗いていただけることを念じております。なにせ亡者の中でもひときわ目立つので。(*^▽^*)ゞ
皆さま、母、10月4日、老衰で永眠いたしました。97歳でした。ここへ母のことを書くと、ちょこちょこ励ましのお言葉が頂けるのが嬉しかったです。思えば、8年前に母が急に弱り、気持ちがざわざわするので言笑のお仲間に入れてもらったのでした。
亡くなる3ヶ月前、80年踏み続けたミシンをぴたりと踏まなくなりました。布団にちょこんと座るだけの毎日になりました。食も細ってゆきました。亡くなる10日前、かかりつけのお医者様がいないのではあまりにも不安なので、初めて往診に来て頂きました。血圧も血液も正常で、先生ともにこやかに話すので驚かされました。しかし、水分を摂るのもやっとひと口という状態です。亡くなる27時間前、朝一番に覗くと、寝ていた目をあけて、「よう来てくれたなあ。ありがとうな。」と言ってくれたので、前から友達と約束していた禅寺の説法を聞きに行きました。
「卵子が受精すると、まず腸ができる。腸が上にのびて口になる。腸が下に伸びて肛門になる。要は腸で、脳みそなど付属品なのだ、、、」という本当だか嘘だかわからない話を聞きました。
亡くなる15時間前、おだやかだけれど一生懸命息をしているのを見るのが辛くて、往診を頼みました。「おばあちゃん、こんにちは」と医師が声を掛けると、目をあけて、あっという顔をしたので、耳が聞こえていると思い、「栄子ちゃんは美人だとケアマネさんが言ってたよ」とお吟さんがおだてると、母、ニッと笑いました。肉が落ちて顎が出っ張った母ではない顔になっていたけれど、笑った口元は紛れもなく母だったので、救われました。
僧侶の説法の柔らかい卵子の話が本当なら、母は、死期を悟り、体中に伸ばしていた器官を徐々に収縮させ、やがて一個の固いかたまりになったといえます。なんて人間の身体は巧く出来ているのだろうと、感銘さえ受けました。
出不精で極度の医者嫌いだった母、お吟さんがもんぺを介護用に直した翌日、今後の介護のスケジュールを決める日の前日、天国へ旅立ちましたとさ(笑)。
