おはようございます(^^)
隣町の競輪場を見下ろすホテルに出没。モロヘイヤとタラコのパスタを注文。美味しいしゆっくりできるので、また来たいレストランだ。競輪のない日はまるでからっぽの場内かと思いきや、中高生にしかみえない男女10人ほどが、カラフルなウエアーの指導者のもと疾走しはじめたので、なかなかよい眺めだった。
ライラック朝の銀輪地を滑り 佐藤喜俊
あらら、猫髭さんを飛び越えちゃったわ。あらあら母が褒められてる。親を介護している人は、病院へ連れて行くのが大変そうだけど、母は痛いところも痒いところもないみたいなので、病院とは無縁で、ほんと助かっています。
毎年異常気候が続くと記録的に梅雨入りの遅い年と言われても紫陽花はもう盛りを過ぎて枯れ始めているし、晩夏の頃の猛然と暑い日に垂れている紙のような凌霄花の橙色の花が全開で見受けられると梅雨前なのにどうなっているのかと思うが、梅雨が明けるとこれまでにない暑さの夏が来るとお客がニュースで云っていたと言い、イスラム教のメッカの巡礼では50℃を越して550人が日射病で死んだとか。50℃と言えば風呂など熱くて入れない温度だから、やはりキリスト教とかイスラム教とか砂漠に生まれた一神教の国の宗教は気候も過酷だなあと、日本の島国の八百万の神様がそこらじゅうにいる国は豊穣な分だけ神様も沢山いる境遇を感謝する気分になる。
わたくしのアパートの隣にフィットネスクラブが出来て、多分苺大福と言った一過性のブームで終わってそのうち見かけなくなるだろうが、人間は犬や馬とは違うから走り回って鍛えるより散歩で十分なのにと暑苦しいたりゃありゃしない。そう言えば、新しく買い替えたスマホには万歩計がタダで付いていて、今日は9996歩歩いたと出た。自転車で走り回るのも誤ってカウントされるのだろうが、喫茶店の常連のお婆さんが「たったそれっぽち」と言うので彼女は87歳で毎日ゴルフをしているスーパーオールドレディなので、どこにも別格の健康老人はいるものだ。
わたくしの俳句の師匠の境野大波さんも医者から太り過ぎなので歩くようにしなさいと言われて駅をふたつ歩いて通っていたが、脳梗塞を起こして同人誌を終刊せざるを得なかった。日本のクソ医者どもは金を稼ぐために世界の高血圧や肥満の基準よりも低く設定して、昭和には高血圧が160からだったのが130から高血圧に今はなっており、肥満度も生活習慣病として「健康のためなら死んでもいい」という誘導を強いている。中国へ行った時に小太りの人ほど長生きをするというのを見ていたから、ゆとりのない体にするために薬や過剰な運動で免疫力を破壊して不健康な心組みにするとは藪医者もここに極まれりであり、薬漬けになったいる老人の多いこと多いこと、お吟さんのお母さんを見習えばいいのにねえ。
コンビニのおにぎりでは、ローソンの焼き鮭のハラミが一番美味しいです。なんて、他のを食べずに断言するお吟さんであります(笑)。
今日は、図書館横のカフェに出没。愛用のニコンの手のひらサイズのデジカメが壊れかかったので、スマホで撮っております。写真を撮るのにちょんと画面をタッチするのは嫌だなあ、カシャっと、ボタンを押したいものだなあ。。。
睡蓮の一花のために水に寄る 桂信子
わたくしは大洗で生まれ那珂湊で育ったが、お握りというのは梅干が真ん中に種ごと入っている武骨なもので、塩だけの握り飯、味噌を塗った握り飯、醤油を塗って焼きお握りにしたヴァリエーションしか思い出せない。親たちは働いていて学校に家族が見に来るということはなく、子どもたちだけでやっていた気がする。蒸かし芋が弁当の子や納豆だけの子がいた時代で貧困の差が激しく、わたくしたちが親になってから子どもの運動会を見て一緒にお握りの弁当を食べるという風習が出て来て、わたくしは家の外で他人と混じるのが苦手で身の置き所がなく子どもの写真係で途中で飽きて、娘が出る競技だけ戻って来て、あとはぶらぶらしていた。わたくしの時代は親が子どもの授業参観に来るのを子どもが嫌がって通達の紙を棄てていたほどで、ましてや父親が参観に来るなどありえなかった。父と子が友だちのように接するような気持悪い連中はどこにもいなかった。漫画の「ダメオヤジ」が話題になった頃からだろうか、ダメな父親でもいいのだという風潮になったのは。「地震、雷、火事、親父」と父親が畏怖された時代に終わりが来て、父親と母親をパパ、ママという戦勝国におもねる島国根性の卑屈な親が続々と中流階級の層をなして来た頃で、自分の親をパパ、ママと呼ぶなど鳥肌が立つ。だから娘たちはわたくしをパパとは絶対に呼ばない。呼んだら親子の縁を切られるからだ。
まあ、それは置いといてお握りの話だが、いつからか、具材が豊富なお握りが世に出て来て、コンビニのお握りも海苔をパラフィンで分けて女の紐パンをするりと脱がせるように海苔がぱりぱりのままお握りを包むノーベル賞ものの発明がなされ、米もササニシキとかコシヒカリを使って古古米ではないおいしいお握りが出て来て、梅干お握りも種抜きで、駅にもちょっと高いが出来立てほやほやのお握り専門店が出来て、大阪出張の際は崎陽軒のシューマイ弁当は別格として、わざわざ東京駅のお握り屋を楽しみに寄るようになった。弁当屋もほかほか弁当の海苔弁のように安くてうまいほかほかの弁当に加えて、サラダもいろいろなメニューが増え、玉子と海老が入ったポテトサラダとか自分で盛り付けが出来て、シジミやアサリや豚汁のカップ式味噌汁などの手軽な真空パック味噌汁が出て来ると、お握りとの取り合せも馬鹿にしたものではなく、独り者にはカミサン要らずである。
とはいえ、お握りとは誰が握るかであり、誰もが母が握ったお握りが何と言っても至高のお握りであることは言わずもがなだろう。
写真はピンクのカラー。白しか知らなかったので珍しい。
あら、お吟さん、飛び越してた。塩お握り食べながら、辛子明太子ではない塩漬けタラコを炙って食べていたら、飛び越えてました。りんさんも、アラスカから御帰還ですか。アラスカの地ビール屋は美味しかったねえ。
ぴのこさん、おむすびは自分ちのが一番ですよね♪
今日は和裁の集まりの日。銀蠅は、お吟さんちのハンモックが気に入って自分ちにも買っている。しかし、お連れ合いさんが気に入りすぎて、夕飯の席につくときも、ハンモックに座ったまま、よっこらしょと抱えてにじり寄って来るとか。「その恰好、あんまりじゃない」と注意すると、「おまえが買ってきたから使ってやっている」と憎まれ口をたたくらしい。
それを聞いていた金蠅が、うちなんか喧嘩になったとき、「誰に飯を食わせてもろうとると思うとるんじゃ」とでも言われた日には、「毎日私が作って食べさせてあげてるわよ」と言い返すという。
瑠璃蠅は、旦那の悪口を言うのが下手なので黙っている(笑)。
件のハンモックに、とりかかった浴衣を掛けて見る。蛇踊りと灯籠を本染した綿紅梅は、柄合わせの作業がおもしろかった。
ハンモック水平線のよく揺るる 馬場龍吉
