おはようございます(^^)
>新蕎麦のほかには何もいらぬなり 岩淵喜代子
蕎麦愛にあふれていますね。天麩羅も胡麻豆腐もじゃまじゃま(笑)。
今日は図書館で模写遊び。美魔女さんが西国八十八か所巡りをしていて、琵琶湖の水郷巡りを俳句に詠んでいたので、岡山県出身の池田遥邨の絵を模写。遥邨の晩年の絵が好き。
水鳥や夕日きえゆく風の中 久保田万太郎
山女の知り合いがチベットで買ってきた女性用のセーターが大き過ぎて誰も着られないのでわたくしに去年下げられてきたので今年の冬に着たら手首を折り返すほど大きい上にオッパイのゆとりを持たせているのか胸の部分も空きがあるが、何んと言ってもずしりと重く、温かいとはいえ肩が凝る。しかし、マフラーを巻けば暖房なしで暮らせるので、岩淵喜代子第七句集が届いたので冬眠の熊みたいな恰好でおでんを煮ながら読んでいる。
タイトルは『末枯れの賑はひ』(ふらんす堂、2800円)で明日発売だが謹呈は発売までに届ける習いとか。装丁は草色の女性の上半身のシルエットで乙女チックでわたくしは表紙や腰帯は邪魔なので外して読むが、これはそうしないとわたくしなどは人前では読めない。タイトルとは真反対な表紙で、
末枯れの賑ひにあり雑木山 岩淵喜代子
から採ったそうで、わたくしには「枯木も山の賑わい」にしか見えないが、本人が気に入っている以上是非なし。だいたい句集の自選句とわたくしの選が合った試しがない。それはさておき、岩淵さんは手放しで絶賛できる句を毎回残している贔屓の作家で第一句集から全部持っている俳人は彼女とラスカルと澤好摩ぐらいだから(澤さんの第一句集はぴのこさんの手書きによる貴重な物)今回の句集のわたくしお気に入りの句は、
新蕎麦のほかには何もいらぬなり
綿の実を握りて種にゆき当たる
健啖の垂れさがりたる糸瓜かな
この三句である。好きな句は他にいろいろあるが、この三句は文句なしに素晴らしい。
あ、おでんを作るのは滅多にないので大鍋に半分ほど入れて煮込んだら、いや膨れ上がってびっくりしておたおた食べていたら、お吟さんを飛び越していた。
いつの時代のものであろうか、銘仙の羽織をていねいにほどいてアイロンかけしたものが届いた。これを男の子の羽織に仕立てる。色彩感覚の素晴らしい人がコーディネートすると、とても洗練された袴着姿となるんだなこれが♪
山の雨やみ冬椿濃かりけり 柴田白葉女
猫髭さん、亀田虎童子の句のご紹介、ありがとうございます♪読めば一日にこにこしていられる句ばかりですね。たまたま昨日図書館で書き写した句に、
枯柳鮓屋茶房も蔵構へ 瀧春一
があり、まさに本日煎茶の席を設けてもらった倉敷の景そのものです。美魔女さん、青い薔薇をちらした縮緬に、ジュサブローの帯締めて、トルコブルーの端切れで半衿こさえておられました。おひねり渡したいくらい(笑)。
20年間探していた亀田虎童子の第一句集『亀田虎童子句集』(昭和55年、八幡船社)が「日本の古本屋」を検索していたら出ていたので4710円と定価は1000円だったが、古稀を過ぎると見つけた時に買わないと生きてるうちに手に入らないので早速注文した。これであと『百里』が手に入れば全句集は読めることになる。「怖いひとみんな死んでる年忘れ」といった句を詠んでいたから師の瀧春一も仲間の八田木枯も鬼籍に入っている。この句を読んで笑ったのは当時俳壇に睨みを利かせていた藤田湘子など立て続けに重鎮が亡くなっていたからでこんな面白うてやがて悲しき忘年会の句があるのかと感じ入ったからだ。「ひとところ虫唾の走る虫図鑑」とか「この蜂でなけれど蜂に恨みあり」とか油蝉は頑丈な声で鳴くなあとか朝まで待てないのか夜の蝉はとか枇杷の種はこんなに大きい必要があるのかとかといった感慨を俳句にしたら本当に可笑しくて、句仲間の雪我狂流も面白い俳句を詠むが、現俳壇では亀田虎童子が嚆矢だろう。
売り言葉受けてたつべくマスクとる 亀田虎童子
冬でなくともヘルパーは公衆衛生上マスクをつけているが、コロナのせいで年中マスクをしている御時勢ではマスクに季感は薄れているとはいえ、やはり亀田虎童子には別格の面白さがある。京極杞陽の「美しき人美しくマスクとる」「居眠れる乙女マスクに安んじて」「マスクして彼の目いつも笑へる目」の高貴の目とは別の無頼の徒のような詠みっぷりでどちらも大好きである。そういえば京極杞陽は今のわたくしの年で立冬の日に亡くなっている。どんどんえらいひとを年だけは越えてゆくねえ。
『亀田虎童子句集』は二十代から三十代にかけての第一句集だから脂の乗り切った『両端』のような洒脱さは薄いが、それでも
むづかしき顔をしてをり鯰釣
病名は仮病といへり花曇
には吹き出してしまった。さあ、亀田虎童子御存命のうちに『百里』探そう。好きな俳人の句集は全集ではなく手に取ってその時の時間を共有できる単行本に限るのである。会える機会もあったが、やはりかっこいい無頼の俳人として思い続ける方がわたくしにはあっている。
