倉敷の茶房にて句会。ランチは、夏野菜とピーチ豚の味噌炒めとサラダ素麺。美術館巡りの句に、そこそこ点が入った。
秋涼し出土の青い欠片たち お吟
靴音の涼しき古代エジプト展
色のなき風にステンドグラスかな
県北の津山出身の西東三鬼賞のチラシなど頂いたが、どうしようかしらん。三人の選者は現代俳句の方だし。でも、大賞賞金50万円が魅力(笑)。
おはようございます(^^)
お吟さん、
「シンバルの連打のやうな残暑かな」を紹介していただき、どうもありがとうございます!
小筆遊びの日。師匠と出かける時にはいつも、「駐車場の車止めに蹴つまずかないように」と声掛けしているが、お吟のいない時についにやらかしてしまったようだ。それでも、「両手両足を打ったけれど、膝をちょっと擦りむいただけで、ズボンが破れなかったのが、なりよりラッキー」などと、超倹約家らしいことを言っていたので安心していたが、二週間ぶりに会って、事の顛末を聞かされる。
一週間たっても、傷がじくじくしているので外科へ行くと、「うちでは無理なので、形成外科へ行きなさい」と紹介状を書いてもらう羽目に。直径3㎝ほど皮膚がめくれていて、なかなか新しい皮膚が再生しないらしい。で、形成外科にて、
女医「いつ転んだんですか?」
師匠「ええっとええっと、、、」(スケジュール帳をあわててめくるが、元々書き込みが少ないのでもたつく)
女医(覗き込んで)「九月を見てるじゃないですか、認知症ですか?」
師匠「認知症はないです。一週間くらい前です」(先日認知症外来へ行って、問題なしと言われたことは言わない)
女医「こんなに皮膚がめくれているのに、一週間もどうして放置しておいたんですか?」
師匠「そのうちかさぶたが出来て治ると思っていました」
女医「それは、戦前の考えです」
結局、師匠は台に寝かされ、じくじくながらも張ってきていた薄皮をぴっとはがされ(ヒィ~と思わず悲鳴をあげたそう)、軟膏を塗られ、絆創膏を貼ってもらった。毎日自分で包帯交換するよう言われ、その通りにしていたら、ちゃんとした皮が張ってきたようで、一件落着。師匠は女医の物言いにかなり腹を立てているが、お吟的には、漫才を見ているより面白かった(笑)。
シンバルの連打のやうな残暑かな ラスカル 『新版角川大歳時記・秋』に見つけました♪
和服というものは、ほどいて洗って縫い直すものだから、ほつれやすい要所要所さえかっちり縫えば、他はざっくり縫うのが常識と思うのだが、↓この急ぎの絽の訪問着、裄や着丈を直そうとほどいてみると、ミシン縫い以上にがんじがらめに縫われていて、ほどくのに首を痛めそうで、何日にも分けてほどいた。おそらく、超器用でていねいな初心者さんの仕立てだろう、やれやれ(笑)。
鳥籠にぶらんこ一つ秋の風 遠藤千鶴羽
撫子さん、お元気そうでなにより。そりゃ、いろいろありますよね♪
今日は図書館遊び。医療に関する雑文コーナーに見つけた、医師の中村仁一の8年前の著書より。過激なタイトルを載せるのは憚られるので、割愛(笑)。
お盆だけに、過激でない文章を少し、、、
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私は77歳。私には両親がいました。両親にも、またふた親がいました。そうやってご先祖を溯っていきますと、27代前には1億3000万人、33代溯りますと、なんと、今の地球上の人口より多い、86億8000万人にもなります。33代といっても、今から1000年も溯らないでしょう。
こんなにも多くの遺伝子が、私の中に凝縮されているのです。いやそれだけに止まりません。もっともっと溯るわけですから、文字通り、人類皆兄弟ということになるのかもしれません。それに、昔は戦争、疫病、飢饉がふつうでしたから、関係者の誰か一人が欠けても、私という存在はなかったわけです。従って、私が現存するというのは、奇跡といっても過言ではないと思われます。
また、身体の構成要素という物質レベルで考えてみましょう、、、、、
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こういう、時空を超えたお話が大好き♪
流星の早し祈の長かりし 和田華凛
