我らが猫髭様にどのような診断が下されたか、気になっております。茂雄様も鼠蹊ヘルニアで入院中とか。共々お大事に。
今日は図書館にて模写遊び。倉敷ガラスっぽい絵を見つけた。
闇の色すでに帯びたり穴惑 八染藍子
おはようございます。
猫髭さん、それは大変でしたね・・・。
手術を受けて、快癒されることをお祈りしております。
どうぞ、くれぐれもお大事に。
おはようございます😃
今日は旧暦七夕の日。
猫髭さん、災難でしたね。ご快癒を祈ります。猫髭さんならきっと大丈夫!元気に復活されると信じています。
猫髭様、とりあえずは大怪我は避けられたようで、よございましたよ。古くは、祖母が八十歳で手術をし、娘が生後十か月で手術し、友人がお産後手術し、8年ほど前には、俳句の師匠が73歳で手術しました。加齢によるものと、先天性のものと、産後のものは知っていましたが、外からの衝撃でも起こるんですね。場所が場所だけに、びっくりされましたねえ。手術ということになるのでしょうか、、、。案じております。
今日は倉敷の茶房にて茶話会。煎茶の師匠が91歳になり、あまり負担を掛けてはまずいので、煎茶会は終わりにしてもらい、店主が煎茶会が無くなるのは寂しいと言ってくれたので、茶話会として続けさせてもらうことに。「昨日は倉敷ガラス展を堪能してきたよ、このお店にもあるんじゃない?」と訊ねると、↓出てきた出てきた、ぽってりとした味わいの硝子が♪
蜻蛉に透く水の色風の色 和田華凛
幸田文の中央公論社から出た全集の装丁は幸田格子でなされており、それは幸田文が持っていた布だと聞いていて、京都の古本屋の真っ黒の表紙に幸田格子の茶色の格子の手触りに陶然となったなったものだったので、岩波の全集はあまり好きになれず講演録などしか買い足さなかった。
それはさておき、鼠蹊部の腫れが引かないので行きつけの整体院に行ったら、これは腫れではなく打撲の衝撃で内臓が飛び出しているのではないじゃろかと言うめり。いわゆる脱腸で、このままだと壊死すると言われて、荻窪病院が一番近いというので急いで行ったら明日の朝8時に来て予約を取って待つしかないらしい。入院したことがないので紹介状がないと7000円取られるとか、顔面神経痛の時に盥回しに合って、結局バカヤローと怒鳴りつけてしまったが、自然治癒したから良かったのでヘルニアとなれば鈴木親方が今入院しているのと同じくなるので、手術とまでは行かないが通院する必要があるということらしい。自分では押し込めないので、しゃあない、明日の朝八時に行ってみるしかないなあ。後期高齢者になった途端これとはトホホの悲喜劇じゃのう。
珍事というかチン事というか、一昨日の夕方、仕事を終えて帰宅途中、六時半までに荻窪で『澤好摩俳句集成』を受け取りに行く約束があり、心急いでいたせいか、自転車置き場に自転車を置きに行った百メートル手前の日産駐車場の入口からの風で帽子を飛ばされ、瞬時に両手のブレーキをかけた途端、スピードが出ていたせいか、ジャックナイフのように自転車がアスファルトに突き刺さり、体もハンドルを握ったまま下半身が垂直に飛んで、そのまま地面に腹ばいのまま叩きつけられた。後ろなら受け身を取れるが正面からでは顔面を守るしかなく、手袋をしていたし、カバンの入った自転車籠が胸に当たってクッションになり、肘は擦りむいたが、下半身は右の鼠蹊部(下半身のY型の腹部で靱帯や血管やリンパ管や神経がからみあう)が直接アスファルトに当たり、ずっずっとアスファルトに擦り付けられる感じの衝撃だった。左肘から血が出ていたが、いわゆるバイク乗りが「赤チンキ」と呼ぶ赤チンキで治る程度の擦り傷で、右腕は斜めに当たったせいか軽い擦り傷と肩までの鈍痛だけで骨折はしていない。攻殻機動隊の草薙少尉のTシャツもリュックサックのお陰で汚れていないし、Uniqloのズボンも擦り傷ひとつない。車の駐車場の係員が「大丈夫ですか」と帽子を拾ってくれたので「大丈夫なわけねえだろ。ありがとう」と言うと「ですよねえ」と苦笑しながら戻って行った。自転車を起こして損傷を見るとハンドルも曲がっていないし、どこにも傷がない。そのまま自転車駐車場に車を戻し、家まで20分ほど歩いて帰ったが、鼠蹊部がひりひりするだけで打撲で済んだだけのようだと思っていた。右手の拳が手袋をしていても皮がむけて軽く出血していたがほっとけば止まる傷で、鼠蹊部にもメンタムでも塗るかとパンツを下げたら、何だこりゃあと絶句した。
チンチンは云十年前に寝たきりなので小さくうなだれていたせいか論外だが、その上部から右側にかけて紫の内出血跡が散らばり、手のひらサイズの玉子のように腫れ上がっている。その中心部は固くなっていて押せば鈍痛があり、激痛ではないが、みるみるうちに全体が膨らんで来たので、冷蔵庫からアイスノンを出しタオルで包んで患部に当ててベッドに横になった。打撲・捻挫などの応急処置は「RICE処置」といい、Rest(安静)・Icing(冷却)・Compression(圧迫)・Elevation(挙上)で、とにかく腫れを鎮めないと治療も出来ないので、先ずはアイシングが大事と、メールで事情を説明し約束は延期してもらった。電話でも説明したがチンチンの上が妊娠三ヶ月のように膨れ上がってタオルで凍傷を避けてアイシングしているという光景は悲喜劇以外の何物でもないので、説明する方も聞く方も笑ってしまう。トホホ。
一日半経って腫れはまだ残っているがしこりは残って変わらず、何よりも内出血がどす黒く打撲部分凡てに拡散しているので腰の方まで紫がかっているのは、子どもの頃に夏の磯遊びで歩いている時にウミウシを踏んずけて紫色の煙を吐かれたことを思い出す不気味さである。これから接骨院の先生に診てもらいに行くのだが、鼠蹊部が海牛状態と言ってもわからないから見せるしかないが、あ、下でかしこまっているのはチチですのでお構いなく。(*^▽^*)ゞ
産直市場にて、桃・野菜・紅はるかなど買い、サンドイッチと牛蒡コロッケで腹ごしらえをして、きび美ミュージアムへ。倉敷ガラス展をしている。クリスマスツリー飾りのガラス玉の職人だった小谷眞三(昭和5年生まれ)は、周りの文化人に勧められガラスコップも作るようになる。ガラス玉とコップは厚みも用途も違うため、かなりの試行錯誤を要したようだ。
手ごろの厚さと重さがあって危なげがなく、口吹きの動きが一つ一つに出ていて屈託がないから実に愉しいガラスの器たちは、次第に日本中の人から愛されるようになる。棟方志功も、小谷の倉敷ガラスを熱望した一人である。
グラス拭く新月ひびきやすきかな 奥坂まや
