和裁の基礎を習いたい方が見えた。2か月前、バックスキンで指ぬきをこさえてあげて、「指ぬきにちゃんと針のお尻をあててぐし縫いが出来るようになったら、またいらっしゃい」と、二度と来ないことを期待して助言しておいたら、「縫えるようになりました」と意気揚々と見えた。
意気揚々と見えた割には、今日もぐし縫いだけするつもりでいる。「ゆくゆくは、神職の装束を縫える人になりたい」という夢を持っているのに、なんと悠長なことか!巫女の仕事で着ている長襦袢は、適当に市販品を買っているというので、「それなら、お吟手持ちの布で、着やすい長襦袢を手始めに縫ってはどうかと、身頃用の晒をさっと裁断してあげると、それはそれは熱心に作業してくれた。宿題を出したので、来月は衿付けに掛かれそう。
帰りしな、吊ってある浴衣を見て、「鳶ですか、珍しい柄ですね?」と聞くので、「八咫烏ですって」と答えると、巫女さんだけに八咫烏を知っていた。導きの神とされている八咫烏。ボールをゴールへ導いてくれとの願いをこめて、サッカーのエンブレムで使われているとか。ちなみに、これから大き目に縫い直すこの八咫烏浴衣、猫髭さんのお近くの上井草の粋なお姉さんが着られます。万一盆踊りで見かけたら、お声かけくださいませ(笑)。
ひととせはかりそめならず藍浴衣 西村和子
くらげのあの動き、水を掻いて進んでいるんじゃなくて、心臓の動きなんですね。難儀な身体ですこと。
今日は和裁の集まりの日。お吟がよく買うサンドイッチのパンにピンときて、瑠璃蠅が、パン屋に特別に頼んで、餡バターを挟んでもらった。瑠璃蠅が以前勤めていたパン屋なので、顔が効く。とても美味しいのだが、高価になりすぎるので、新商品には出来ないらしい。田舎町なので、しかたないらしい。
流れつゝうすれてゆきし海月かな 徳永 球石
鈴木茂雄親方に来ていただき嬉しい限りで拙句の感賞は俳句が喜ぶ光栄に浴しています。ありがとうございました。視力の悪化で細かい文字が読みづらく親方の作った美しい「新・俳句deしりとり2掲示板」にも御無沙汰しておりお詫び申し上げます。
去年から月一しか仕事が休めず、猛暑でへろへろで帰宅するとバタンQで、国が定める後期高齢者になると敬老会のお知らせが来て、勿論ケッと捨てましたが、自転車のサドルを越すのに足が上がらず苦労するようでは八十歳までヘルパーを務めるのは無理かもという今日この頃です。まあ、頼りにしてますというお客ばかりなので、この年で仕事があるのはありがたいのですが、老々介護だから漫画のようなボケ合戦の毎日です。
そうそう、水族館でくらげを見ていたらくらげは心臓がないので餌にありつくと体を揺らして養分をすみずみまで運ぶと知り、
心臓のなき身を揺らす水母かな 猫
と詠んで悦に入ってました。「ににん」の新井代表には解説のままじゃないかといわれましたが、ただ漂うことしかできないくらげがなぜゆらゆらしているのか理由がわかってわたくしには嬉しい句でした。
猛暑にもめげず、県北からお二人和服でみえた。左の上級者さん、麻の絣に羅の帯。色を吟味しながら、ご自分で半衿に縫いつけたというビーズが涼しそう。根付は、亡きお母さんのネックレスをばらして作ってもらったという。幼いころから絵を描くのが好きで、美大へ進みたかったが、ゴッホの伝記を読んで恐れをなして、理学療法士さんに(笑)。
音にして濃茶吸ひきる上布かな 森 澄雄
倉敷の茶房にて句会。わけあって、「現代俳句」の編集部長の柳生正名氏が見えて、いいお話をたくさんしてくださったが、はてなんだったか思い出せない(笑)。検索したら氏の俳句があったので、ちょいといただき。
uly 0772014
ヘッドホンのあはひに頭さみだるる
柳生正名
ヘッドホンというのだから、たしかに「あはひ(あいだ・間)」には「頭」がある。しかし私たちは普通、そこには「頭」ではなく「顔」があると認識している。だからわざわざ「頭」があると言われると、理屈はともかく、「え?」と思ってしまう。そしてこの人は、顔を見せずに頭を突きだしているのだろうと想像するのだ。つまり、ヘッドホンを付けて下うつむいている人を思い浮かべてしまうというわけだ。ヘッドホンからはどんな音楽が聞こえているのかはわからない。が、さながら「さみだれ」のように聞こえている音楽が、その人の周囲に降っている五月雨の音に、溶け込むように入り交じっているようである。そう受け取ると、おそらくは青年期にあるその人の鬱屈した心情が思われて、読者はしんと黙り込むしかないのであろう。『風媒』(2014)所収。(清水哲男)
