✱茶飲み話・・美剣士たちはどんなお嫁さんを?✱ #2017.10.29
いつの世も、人気のある結婚適齢期の方たちは必ず結婚問題についての話が絶えません。
1957年夏の頃の雑誌だったと思います。理想と現実は違いますから、過ぎ去ったことはどうでも良いのですが、結婚適齢期の4人の時代劇スターの”理想のお嫁さん”について、その当時どんなことが書かれて、ファンの皆様が一喜一憂していたかをご想像ください。当時ファンのあなたはどうでしたか?
(私なりに編集して載せています)
中村錦之助さん・・僕の女性論はとても簡単「心の美しいひと」。
容貌とかスタイルなんかはあんまり考えないほう。
趣味もご本人まかせ、まあ、純日本式で地味な女性が理想。
俳優という仕事に理解があり、家庭的なら文句なし。
少しぐらい喧嘩をしてもよいが、雨後晴れで、すぐパッと明る
く笑えるひと。
東千代之介さん・・(35歳までは仕事一本やりでゆこうと決めている)
スタイル、趣味、すべて日本的なひと、というのが第一条件。
料理が上手く、べらべらおしゃべりしない静かなひと。
古風かもしれないが”良妻賢母型”で、家庭を憩いの場所にして
くださるひと。
市川雷蔵さん ・・女らしくて、明るくて、しっかりしたひと。
歴史上の人物でいえば、山内一豊の奥さんのようなタイプ。
私の仕事がデリケートな神経を使うので、家庭生活は大変難し
いと思います。
ですから、家庭をよく守って、後顧の憂いのないしっかりした
ひと。
大川橋蔵さん ・・聡明なひとが好き。
健康で、静かで、そして、家庭的ならこれに越したことはな
い。
✐(橋蔵さまの場合は希望の内容は詳しくは言っておりません。この後、様々な雑誌で聞かれることが多くなった 時にいろいろ話しております。和装も洋装も似合うひと・・、どちらかと言うと橋蔵さまは、グラマーなタイプがお好きでしたのですよね・・。)
いつでしたか、橋蔵の好きなタイプは”短い髪の女性”とある雑誌にでたら、わざわざショートカットになさったファンが、今度は別の雑誌に、”髪は長い方ほうが”とまるで反対が書いてある、それですっかり憤慨されたという何ともお気の毒な話がございました。 私は、髪形やスタイルにはこだわらぬほうですから、念のため申し添える次第です、と言っていました。
ファンというものは、有難いですが、中には橋蔵さまにご自分の存在を認めてほしいという、ファンとしての節度を間違ったひともいるわけで、人気者は気を使います。
✱どうしても難解なところあり「鮮血の人魚」✱ #2017.10.15
関東は、この一週間は梅雨のような曇りと雨の日が続くようです。私は昨日はエアコンとセラミックヒーターで暖を取りながら、11時から、またもや「鮮血の人魚」を鑑賞いたしました。
ブログも書く時期がそろそろやってきますので、そのことを頭に入れながらの鑑賞となりました。
この作品は、やはり画面が暗いところが多いのが難点なのと、私の中ではどうしても解せないところがあるのも難点です。前の画面では完全に夜という感じで暗かったのが、時間的に夜のはずが・・空が青すぎて雲がくっきり、月明かりにしては明るすぎるし、それじゃ、設定は夕方なの・・・それはおかしい。
花火が終わった後なのに・・、寺でうつぼ姫に会って、そう時間がたっていないのに「じゃお休み」と言って出て行ったのだから・・設定は夜よね。映画ですから、それなりに見ていれば疑問はもたないと思うのですけれども・・。実際のところ、空の明るさと時間設定に、何回見ても疑問が残ってしまうのです。
若さまの差している大小の刀の鞘の色が気になっていたのですが、モノクロの時は、普段差している刀の鞘は黒に見えていたのですが、カラーのこれを見ると少し赤っぽい茶でした。黒の葵の紋が付いた着物の時は黒鞘に模様の入ったいい感じのものは想像通りでした。普段に差す刀の鞘は、次の「紅鶴屋敷」から使うものが素敵かな。
橋蔵若さまも、肩の力が抜け気負いが無く、自然なセリフがいいですね。
「若さま」で千原しのぶさんとの絡みは2度目ですね。今回も敵側を裏切って若さまに肩入れをする役で、若さまが好きなのですが、若さまはその思いを知ってか知らずか、という役で息もぴったりで見ていて安心感があります。
✱「緋ぼたん肌」撮影のころのお話です(2)✱ #2017.10.13
今回は、たわいもないお話です。
1957年頃は、錦之助ブーム、橋蔵ブーム、裕次郎ブームと、この時のスターの世界は時代劇、現代劇を問わず若返りになっていたようです。
映画会社もこれからを背負っていく若手スターをいかに売ろうかと、非常に気をくばっていたようです。
東映の場合、人気上昇中の橋蔵さまに、なんとか新鮮なコンビを作りたいと新人女優を物色?(失礼)していました。その結果、雑誌平凡のミス平凡に選ばれ、1956年に東映ニューフェイスの第3期生であった大川恵子さんにしようとなり、「緋ぼたん肌」で共演することになりました。
早速、このコンビをマスコミのブームにのせることにして、「橋蔵・恵子の大川コンビ」と発表したところ、大変なことになりました。東映にたちまち抗議のファンレター??手紙が殺到したのです。
「大川社長の肝いりだろうと思いますが、私達に黙って私のトミイを結婚させるなんて、もってのほか。夫婦コンビの橋蔵、恵子なんて・・・」といった具合のものが・・沢~山。
当の橋蔵さまは、この手紙を見て、目を白黒させていたとか・・?。
慌てた宣伝部は、「このコンビは姓に関係はありません。漫才でも同姓コンビは他人ときまっています」と苦しい言い訳をしてしまったようです。
や~れ!や~れ!でしたね。
✱ ある日、保津川へ釣りに✱ #2017.10.10
BSで1966年の植木等の「無責任清水港」・・東映の清水港を見終ったすぐその後ですよ。それも橋蔵さまの追分の三五郎を見まして、今度は調子のいい三五郎が主役の映画です。
仲の良い石松に世話になって次郎長一家に出入りしているわけですが、橋蔵さまの「清水港に来た男」と同じような場面設定がありました。お蝶さんの妹お雪が犬にほえられているのを追って助けたのにお雪がそのまま行こうとするので「礼もないのか」と、次郎長一家の炊事場で火吹き竹で煙りだらけにしているところへお雪がやってきて・・、ここで働いていたのかい・・というところ。ああこのところ「清水港に来た男」を真剣に見ていない!!
そのあと、2016年の「殿、利息でござる」・・映画館でやったばかりのものですね。時代劇専門チャンネルで、内容はだらだらでどうでもよいようなものでしたが、映画館まで行って見るほどのものではないと思いましたが、見ていてつまらなくはなかった。「武士の家計簿」もよく放送しているのですが、こちらは見てみたいとは思わない作品です。
たまには、お勉強のため話題になったものを見ていくようにしています。
🐟 🐠
さて、0匹では可哀想だった橋蔵さまの、別の日の撮影寸暇の釣りのひと時を・・・。
子供の頃はよく隅田川で釣りました、という橋蔵さま。ある日保津川へ釣りに出かけました。
「ぼくが釣り道具を持って隅田川へ現れると、魚が恐がってみんな逃げ出したものですよ」
と、橋蔵さまは冗談を飛ばします。懐かしい子供の頃を思い出し、(さあ準備万端、今日は釣りますよ、といったような橋蔵さまですね(右上の画像)。釣り竿にたくし水面を見つめる橋蔵さま・・・横顔は先ほどの冗談も吹き飛んでしまうほど真剣になっています。・・魚はどこかな・・何で釣れない?・・・そんな顔の橋蔵さまです(右下の画像)。そして、魚を釣りあげた表情は、あの笑顔と変わりました(左の画像)・・・ああよかった、よかった。
👆(画像の上をクリックすると画面の違うところで見ることが出来ます)
✱ 「緋ぼたん肌」撮影の頃のお話です✱ #2017.10.7
ちょうどブログの方が「緋ぼたん肌」に入っていますので、という訳でちょっとたわいもない話を。
「緋ぼたん肌」の撮影のあいだに、久しぶりに暇が出来たということで、橋蔵さまは嵐山に魚釣り に行ったようです。のんびりと風景を眺めながら太公望の心境になっていたそうでしたが、魚も公休日?なのか・・時間と共に、悠々たるは表面だけ、内心はイライラしてきてしまったようです。
もう川へ飛び込んで掴んでやりたい心境だったようです。
この日の成果は0匹。「やっぱり釣りより仕事の方が性にあっているのかなあ」とぼやく橋蔵さまでした。
○月〇日 今日一日で文武両道を修めたという橋蔵さま。「緋ぼたん肌」の撮影でのことです。
午前中は滋賀県の〇〇神社で弓の稽古がありました。(汗が出ることでること、一生懸命だったのです)
お昼からはセットで孫子の兵法の講義時間の撮影がありました。(こちらは足のしびれること)・・作品では、途中抜け出して屋敷へ戻ってきてしまうところですね。
床柱に足を持たれさせて煙草をぷかりぷかり。菓子を持って様子伺いに来た義母に「今日は早いお帰りですね」といわれ、孫子の講義だけだったと。
作品中には、残念ながら武道の弓を射っている場面はありません。
画像は、撮影を前に弓の先生から指導をうけている橋蔵さまですが、なかなかうまくいかなかったようです・・一生懸命やったのに残念。
(画像は古い雑誌でちょっとした小さいところからの画像のため、不鮮明ですみません。)
でも、あとの「花笠若衆」では、弓の指導をうけたことが役立っていますね。綺麗な弓の引き方でした。
「緋ぼたん肌」も、武士としての撮影から、次からは、やくざ入りをする予定になっているので、「やれやれ」と橋蔵さま。武士は肩ぐるしく辛い、やくざは思いきり暴れることができていいなあ・・というところでしょうか。
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✱うさぎさんに変わって夢を!!✱ #2017.10.4
私の住むところは、朝から曇り、これから晴れるといっていますが・・・晴れてくるのかしら。だいたい十五夜の時期は曇りがち、十三夜の方が晴れの確率は多いような気がします。
今朝、橋蔵さまとひばりさんの仲睦まじい姿を載せましたが、皆様は癒されましたでしょうか。
🐰お月様が出なくては、餅つきをしているうさぎさんも可哀想・・・そこで、もっと前に月見の写真があったような・・そうだ、あったあった!!
橋蔵さまがうさぎさんに変わって十五夜の餅つきをしてくださっている写真、1959年ものになりますが掲載しました。
可愛いでしょう・・30才の橋蔵さま。橋蔵さまを訪問してお月見をしているお相手は有馬稲子さんです。有馬さんとは、雑誌でのお仕事は数回ありましたが、映画での共演は残念ながらなかったですね。
🎥 只今、「任侠清水港」放送中・・石松が殺されたことの報告を受けたところで、三五郎がおしなのところに来て、石松が殺されたことを話、都鳥一家の事を次郎長に知らせるところまできました。いよいよ大詰めです。
映画界デビュー1年で二枚目追分の三五郎という役での橋蔵さん。千恵蔵御大とは「海の百万石」で共演し、演技指導もいろいろ受けました、特にラスト、千原しのぶさんと海に向って「おとぉー」と叫ぶところは、御大のOKが出るまで大変でした。千恵蔵御大は、ご自分の出番でなくても見ていますので、周りは緊張の糸が張りつめているようです。
巾下の長五郎一家の二階での錦之助さんの森の石松と橋蔵さんの追分の三五郎のシーンでも、御大がスタジオの隅で見ている中での撮影でした。この撮影でも御大が錦之助さんにも出す演技指導を見ていて橋蔵さまなりに勉強になっていったことでしょう。二人は”好敵手”といわれるようになっていきました。
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✱十五夜に橋蔵さまに思いを馳せて✱ #2017.10.4
秋の澄み切った夜空の月には引きこまれるものがあります。今日は中秋の名月。大きく輝く月が見られる十五夜。でも、満月とは限らないようです。(満月は6日になります)
逸話はというものは大切にしたいものです。月見団子、ススキ、うさぎ。
農家での秋の収穫を感謝することからのものですから、最近では、ススキとお団子をお月さまにという風習がどれだけのこっているか・・。
昔からの風習は、時代が変わっても、収穫される作物への感謝を忘れたくないものです。
お団子をお月さまにお供えして秋の収穫のお礼をし、神様に来てもらうため稲穂のかわりのススキを飾り、悪いことが起こらないようにお願いし、お月さまからパワーをもらい元気で幸せでいられるようにと、みんなでお供えしたお団子を食べるのですね。
関東では米粉で作った丸いお月見団子ですが、地方によって様々なようです。私は関西のお月見団子をまだ食べたことがありません。里芋のような形をしたお団子に餡が巻いてある・・一度食してみたいものです。
私が今日食べるお団子は、みたらし団子と草団子に餡がかかったものにします。お月さまが顔を出してくれるとうれしいですが。
綺麗な月を見ていると私は何故か橋蔵さまに思いを馳せるのです。
雑誌をあれこれめくっていて相応しい写真を見つけ出しましたので、また遊んじゃいました。
✐(ゴメンナサイ橋蔵さま・・だって、素敵なお写真見つけてしまったものでどうしても)
トミイとマミイが仲睦まじくお月見をしていらっしゃいます。とても素敵な笑顔のお二人です。ひばりさんとの橋蔵さまは、ほんとにいいお顔をしていらっしゃる・・そう思いませんか。
あらっ、橋蔵さまのお顔・・・、ちょっといつもと違うの分かりますかしら。
「幽霊島の掟」での役でお髭を生やしていましたね・・・「幽霊島の掟」を撮り終った後でのお月見デートです。
今日10月4日の十五夜、11月1日は十三夜(栗名月)、秋のお月さまは情緒があります。十三夜まで、トミイ・マミイの雑誌掲載の画像を一番下に貼っておきます。橋蔵さまとご一緒に楽しんでください。
👆(画像の上をクリックすると画面の違うところで見ることが出来ます)
✱挿話・・努力家のトミイでした✱ #2017.10.1
(長年のファンの方はご存知のエピソードになりますが、まだご存知ない方のために・・)
橋蔵さまがお若い頃、
ひばりさんが橋蔵さまにつけた、ニック・ネーム”トミイ”は映画界にデビューした若々しい橋蔵さまにピッタリでしたが、大変に神経の細かいことでも有名でした。弱々しい感じではなく、よく気がつくということです。
ひばりさんが「トミイは少し神経質すぎるわよ」と、よく橋蔵さまをからかいましたが、橋蔵さまは平然と「それは、ぼくの性格でね」とさりげなくわらっていらっしゃいました。
橋蔵さまが神経質になったのには訳があります。
橋蔵さまの義父六代目尾上菊五郎丈は大変なやかまし屋(・・失礼・・)でした。
芸も名人なら、それだけに”しつけ”がやかましいわけで、何かにつけ
「普段の心がけが大切だ、人の行い見て我がふりを直せ」でしたから、芸道のことになるとなおさら大変。
少しでもさぼったりしたら、お小言が雨あられと降る次第だったのです。
橋蔵さまは、六代目と一緒に行動することが多かったのでなおさらです。
こうした生活の中で、芸のこと、生き方のことを、厳しく教えられたので、いつも神経を張りめぐらせているといった習慣がついてしまったのです。
歌舞伎の世界で育った橋蔵さまの人気も・・普段の"努力"の賜ものだというお話でした。
✱ 股旅もの・・立姿、歩く姿✱ #2017.9.29
「旗本退屈男、謎の決闘状」の撮影現場にいた比佐芳武さんが、新人の橋蔵さまを見て、「やくざものもいけそうだ」と、そして実現したのが草間の半次郎一作「喧嘩道中」。その二作目が「旅笠道中」になります。
「旅笠道中」の三波春夫さんの歌が流れ街道を歩いている姿 で一目惚れ?した私。
当時、やっていた映画の途中から入り、ドアを開けたとたんスクリーンに釘付け。
普通の人には考えられないと思うのだけれど、街道を歩いている姿に惚れてしまったのが橋蔵さま大ファンになったきっかけです。
小学生になったばかりの私が、股旅姿で歩く橋蔵さまにぞっこんになるとは何と、その当時から見極める目が肥えていたのかなと、自負しています。
立回りも流麗な侍の動きもいいのですが、なかなか様になりにくい長ドス剣法も、腰が据わって背筋が伸び美しくできるのは橋蔵さまだけですね。
股旅もので、他の俳優にはない、颯爽とした立姿、歩き方の美しさを見せてくれたのも橋蔵さまならではのことですね。
画像は「旅笠道中」から、私の目の中に一番最初に飛び込んで来た橋蔵さまの場面です。
👆(画像の上をクリックすると画面の違うところで見ることが出来ます)
✱ ちょっと一服・・「橋蔵まつり」(2)✱ #2017.9.27
大阪での「橋蔵まつ」の続きです。
橋蔵さま本当に嬉しそうな笑みです。
応援にかけつけてくださったひばりさんとの舞台の様子(左の画像)
ひばりさん、いづみさんと仲良くパチリ(右上の画像)
控え室で・・お芝居「若さま」のメイクアップが出来上がりました・・ね。(右下の画像)
ひばりさんといづみさんは東京からかけつけてくださって歌も披露してくださいました。
橋蔵さまも張り切って、歌ったり、踊ったり、チャンバラをしたりで、楽しい一日であったようです。
👆(画像の上をクリックすると画面の違うところで見ることが出来ます)
