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🔶お知らせ・・ロケット掲示板とRara掲示板は同時運営しております

このロケット掲示板の『葵新吾"大好き大川橋蔵ファン広場”掲示板PARTⅡ』と
Rara掲示板『大好き大川橋蔵ファン広場PARTⅡ掲示板』【 https://rara.jp/fanhiroba/ 】は同時進行で運営中です。
使い勝手からどちらも一長一短はありますので、できる限りは同時並行で行くようにしてまいります。
どちらを見ても大丈夫なように管理者が責任をもって投稿記事は双方に分かるように掲載していきます。

🟨この掲示板は無料版の掲示板にしましたので、広告が入りますので見ずらくなってしまいました。ご容赦ください。

編集・削除(編集済: 2023年04月07日 07:42)

振返って・・・こんな投稿もしたのだなあ

✱ 「緋ぼたん肌」撮影の頃のお話です✱ #2017.10.7

ちょうどブログの方が「緋ぼたん肌」に入っていますので、という訳でちょっとたわいもない話を。

「緋ぼたん肌」の撮影のあいだに、久しぶりに暇が出来たということで、橋蔵さまは嵐山に魚釣り に行ったようです。のんびりと風景を眺めながら太公望の心境になっていたそうでしたが、魚も公休日?なのか・・時間と共に、悠々たるは表面だけ、内心はイライラしてきてしまったようです。
もう川へ飛び込んで掴んでやりたい心境だったようです。
この日の成果は0匹。「やっぱり釣りより仕事の方が性にあっているのかなあ」とぼやく橋蔵さまでした。

○月〇日 今日一日で文武両道を修めたという橋蔵さま。「緋ぼたん肌」の撮影でのことです。
午前中は滋賀県の〇〇神社で弓の稽古がありました。(汗が出ることでること、一生懸命だったのです)
お昼からはセットで孫子の兵法の講義時間の撮影がありました。(こちらは足のしびれること)・・作品では、途中抜け出して屋敷へ戻ってきてしまうところですね。
床柱に足を持たれさせて煙草をぷかりぷかり。菓子を持って様子伺いに来た義母に「今日は早いお帰りですね」といわれ、孫子の講義だけだったと。

作品中には、残念ながら武道の弓を射っている場面はありません。
画像は、撮影を前に弓の先生から指導をうけている橋蔵さまですが、なかなかうまくいかなかったようです・・一生懸命やったのに残念。
(画像は古い雑誌でちょっとした小さいところからの画像のため、不鮮明ですみません。)
でも、あとの「花笠若衆」では、弓の指導をうけたことが役立っていますね。綺麗な弓の引き方でした。

「緋ぼたん肌」も、武士としての撮影から、次からは、やくざ入りをする予定になっているので、「やれやれ」と橋蔵さま。武士は肩ぐるしく辛い、やくざは思いきり暴れることができていいなあ・・というところでしょうか。

👆(画像の上をクリックすると画面の違うところで見ることが出来ます)

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振返って・・・こんな投稿もしたのだなあ

✱うさぎさんに変わって夢を!!✱ #2017.10.4

私の住むところは、朝から曇り、これから晴れるといっていますが・・・晴れてくるのかしら。だいたい十五夜の時期は曇りがち、十三夜の方が晴れの確率は多いような気がします。
今朝、橋蔵さまとひばりさんの仲睦まじい姿を載せましたが、皆様は癒されましたでしょうか。

🐰お月様が出なくては、餅つきをしているうさぎさんも可哀想・・・そこで、もっと前に月見の写真があったような・・そうだ、あったあった!!
橋蔵さまがうさぎさんに変わって十五夜の餅つきをしてくださっている写真、1959年ものになりますが掲載しました。
可愛いでしょう・・30才の橋蔵さま。橋蔵さまを訪問してお月見をしているお相手は有馬稲子さんです。有馬さんとは、雑誌でのお仕事は数回ありましたが、映画での共演は残念ながらなかったですね。

🎥 只今、「任侠清水港」放送中・・石松が殺されたことの報告を受けたところで、三五郎がおしなのところに来て、石松が殺されたことを話、都鳥一家の事を次郎長に知らせるところまできました。いよいよ大詰めです。
映画界デビュー1年で二枚目追分の三五郎という役での橋蔵さん。千恵蔵御大とは「海の百万石」で共演し、演技指導もいろいろ受けました、特にラスト、千原しのぶさんと海に向って「おとぉー」と叫ぶところは、御大のOKが出るまで大変でした。千恵蔵御大は、ご自分の出番でなくても見ていますので、周りは緊張の糸が張りつめているようです。
巾下の長五郎一家の二階での錦之助さんの森の石松と橋蔵さんの追分の三五郎のシーンでも、御大がスタジオの隅で見ている中での撮影でした。この撮影でも御大が錦之助さんにも出す演技指導を見ていて橋蔵さまなりに勉強になっていったことでしょう。二人は”好敵手”といわれるようになっていきました。

👆(画像の上をクリックすると画面の違うところで見ることが出来ます)

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振返って・・・こんな投稿もしたのだなあ

✱十五夜に橋蔵さまに思いを馳せて✱ #2017.10.4

秋の澄み切った夜空の月には引きこまれるものがあります。今日は中秋の名月。大きく輝く月が見られる十五夜。でも、満月とは限らないようです。(満月は6日になります)
逸話はというものは大切にしたいものです。月見団子、ススキ、うさぎ。
農家での秋の収穫を感謝することからのものですから、最近では、ススキとお団子をお月さまにという風習がどれだけのこっているか・・。
昔からの風習は、時代が変わっても、収穫される作物への感謝を忘れたくないものです。
お団子をお月さまにお供えして秋の収穫のお礼をし、神様に来てもらうため稲穂のかわりのススキを飾り、悪いことが起こらないようにお願いし、お月さまからパワーをもらい元気で幸せでいられるようにと、みんなでお供えしたお団子を食べるのですね。
関東では米粉で作った丸いお月見団子ですが、地方によって様々なようです。私は関西のお月見団子をまだ食べたことがありません。里芋のような形をしたお団子に餡が巻いてある・・一度食してみたいものです。
私が今日食べるお団子は、みたらし団子と草団子に餡がかかったものにします。お月さまが顔を出してくれるとうれしいですが。

綺麗な月を見ていると私は何故か橋蔵さまに思いを馳せるのです。
雑誌をあれこれめくっていて相応しい写真を見つけ出しましたので、また遊んじゃいました。
✐(ゴメンナサイ橋蔵さま・・だって、素敵なお写真見つけてしまったものでどうしても)
トミイとマミイが仲睦まじくお月見をしていらっしゃいます。とても素敵な笑顔のお二人です。ひばりさんとの橋蔵さまは、ほんとにいいお顔をしていらっしゃる・・そう思いませんか。
あらっ、橋蔵さまのお顔・・・、ちょっといつもと違うの分かりますかしら。
「幽霊島の掟」での役でお髭を生やしていましたね・・・「幽霊島の掟」を撮り終った後でのお月見デートです。

今日10月4日の十五夜、11月1日は十三夜(栗名月)、秋のお月さまは情緒があります。十三夜まで、トミイ・マミイの雑誌掲載の画像を一番下に貼っておきます。橋蔵さまとご一緒に楽しんでください。

👆(画像の上をクリックすると画面の違うところで見ることが出来ます)

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✱挿話・・努力家のトミイでした✱ #2017.10.1

(長年のファンの方はご存知のエピソードになりますが、まだご存知ない方のために・・)
橋蔵さまがお若い頃、
ひばりさんが橋蔵さまにつけた、ニック・ネーム”トミイ”は映画界にデビューした若々しい橋蔵さまにピッタリでしたが、大変に神経の細かいことでも有名でした。弱々しい感じではなく、よく気がつくということです。
ひばりさんが「トミイは少し神経質すぎるわよ」と、よく橋蔵さまをからかいましたが、橋蔵さまは平然と「それは、ぼくの性格でね」とさりげなくわらっていらっしゃいました。
橋蔵さまが神経質になったのには訳があります。
橋蔵さまの義父六代目尾上菊五郎丈は大変なやかまし屋(・・失礼・・)でした。
芸も名人なら、それだけに”しつけ”がやかましいわけで、何かにつけ
「普段の心がけが大切だ、人の行い見て我がふりを直せ」でしたから、芸道のことになるとなおさら大変。
少しでもさぼったりしたら、お小言が雨あられと降る次第だったのです。
橋蔵さまは、六代目と一緒に行動することが多かったのでなおさらです。
こうした生活の中で、芸のこと、生き方のことを、厳しく教えられたので、いつも神経を張りめぐらせているといった習慣がついてしまったのです。
歌舞伎の世界で育った橋蔵さまの人気も・・普段の"努力"の賜ものだというお話でした。

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✱ 股旅もの・・立姿、歩く姿✱ #2017.9.29

「旗本退屈男、謎の決闘状」の撮影現場にいた比佐芳武さんが、新人の橋蔵さまを見て、「やくざものもいけそうだ」と、そして実現したのが草間の半次郎一作「喧嘩道中」。その二作目が「旅笠道中」になります。
「旅笠道中」の三波春夫さんの歌が流れ街道を歩いている姿 で一目惚れ?した私。
当時、やっていた映画の途中から入り、ドアを開けたとたんスクリーンに釘付け。
普通の人には考えられないと思うのだけれど、街道を歩いている姿に惚れてしまったのが橋蔵さま大ファンになったきっかけです。
小学生になったばかりの私が、股旅姿で歩く橋蔵さまにぞっこんになるとは何と、その当時から見極める目が肥えていたのかなと、自負しています。

立回りも流麗な侍の動きもいいのですが、なかなか様になりにくい長ドス剣法も、腰が据わって背筋が伸び美しくできるのは橋蔵さまだけですね。
股旅もので、他の俳優にはない、颯爽とした立姿、歩き方の美しさを見せてくれたのも橋蔵さまならではのことですね。
画像は「旅笠道中」から、私の目の中に一番最初に飛び込んで来た橋蔵さまの場面です。

👆(画像の上をクリックすると画面の違うところで見ることが出来ます)

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✱ ちょっと一服・・「橋蔵まつり」(2)✱ #2017.9.27

大阪での「橋蔵まつ」の続きです。

橋蔵さま本当に嬉しそうな笑みです。
応援にかけつけてくださったひばりさんとの舞台の様子(左の画像)
ひばりさん、いづみさんと仲良くパチリ(右上の画像)
控え室で・・お芝居「若さま」のメイクアップが出来上がりました・・ね。(右下の画像)
ひばりさんといづみさんは東京からかけつけてくださって歌も披露してくださいました。
橋蔵さまも張り切って、歌ったり、踊ったり、チャンバラをしたりで、楽しい一日であったようです。

👆(画像の上をクリックすると画面の違うところで見ることが出来ます)

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✱ ちょっと一服・・関西で「橋蔵まつり」(1)✱ #2017.9.26

投稿をしていただく橋蔵ファンの皆様、そして投稿は難しいけれどいつも楽しみにして訪問していただいている皆様、夏の疲れと寒暖の差が激しかった気候でお身体にお疲れがでるときですのでお気をつけください。暗くなるのが早くなりました。何となく物淋しくなります。
今週後半から数日間関東は低温注意報が出ていますし、温かくしてお過ごしください。私はお彼岸のあと、冬用の寝具の用意をしてしまいました。

少女時代を橋蔵さまと共に育ってきた私達は、今の年齢で作品を見ても、あの頃と変わらぬ憧れに浸れることは嬉しいことですね。憧れというものは年代と共に薄れ変わっていくものなのですが、橋蔵さまの魅力はすごいと思います。永遠の憧れの人で、素敵なお兄様なのです。

さて、ブログの方の「ふたり大名」が書き終わりましたので、その頃の橋蔵さまのご様子から、
1957年5月28日に「ふたり大名」が封切になりました。
その頃橋蔵さまのお姿は・・東京にありました。5月31日には藤間谷鹿追善舞踊会が東京歌舞伎座であり、藤間紫さんと「蝶の道行」を踊られました。(右の画像・・橋蔵さま綺麗ですね)
そして、大阪へ。6月2日には東京国際スタジアムで前年好評であった「橋蔵まつり」を、いよいよ関西の難波の体育館でも開催しました。
演目は東京と同じく「若さま侍」と「藤娘」と「歌」でした。大勢の応援出演があり前回にも増す大盛況。
(敬省略)北上弥太郎、伴淳三郎、嵯峨美智子、千原しのぶ、浦里はるみ、星美智子、伏見扇太郎、東千代之介、大友柳太朗、美空ひばり、雪村いづみの皆さん、京都撮影所所長の祝辞があり、またまた橋蔵さまの人気は上昇していきました。
2回目には、入りきれないので、チケットを払い戻すという騒ぎまで起こったということです。(左上下の画像は「橋蔵祭り」での藤娘・・グラビアからではない小さいものからなので、ちょっと分かりにくいかも、ひとつは余分なところをぼかしてあります。)

👆(画像の上をクリックすると画面の違うところで見ることが出来ます)

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✱ふたり大名ロケ撮影時のひとコマ✱ #2017.9.22

ブログでの「ふたり大名」掲載がやっと終わりました。その最後に「こぼれ話」として末尾に簡単に書いていますが、「ふたり大名」のラストシーンをとるロケ現場でのお話を少し。

新緑と青い麦、菜の花に囲まれた別天地のようなところです。(作品がカラ―でないので残念なところです。)
数日湿りがちだった五月空があざやかに晴れ、絶好のロケ日和になりました。
ちょっとしたピクニック気分でスタッフはロケバスに乗って大はしゃぎ。しかし、それもつかの間、バスが揺れること。えくぼ道と評判のところにもうもうたる砂塵です。元気者の橋蔵さまもグロッキー、「ううん、日本の道は悪いと聞いていたが、こう悪いとは、拙者不覚にも知らなかった」(こうおっしゃったかどうかは・・分かりません)、ロケ隊も振り落されないように神妙に座っていました。

肝心なのはここから、出羽六郷藩のお家騒動も無事解決し、ニセ若殿様から解放された弥太が、本物の若殿様と琴姫に見送られて、梅香と勘十と山をくだって行くシーン。弥太と梅香のお互いに見つめ合う仲の良いシーンを撮り終えたと思ったら、撮影隊は山の上のシーンを撮るために移動します。橋蔵さまも、息つく暇もなく山の上へあがると、衣装部が待ちかまえていて、粋な弥太の姿から若殿様の姿に早変わり。
田園の中の道を一目散にかけつけ、休む間もなくキッチリとした衣装に締め付けられて、フウフウいう橋蔵さまを見て、深田監督が言ったそうです。「まあ、少しは辛抱するんだね。主は変わらず美女二人とラブシーンをするんだから。ラブシーンのWスチールだね」✎(橋蔵さまがいくらスポーツマンで、野球好きだとは言え、それはきついと思いますよ)

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✱四方山話・・目は口ほどに物をいう✱ #2017.9.18

(1958年5月頃の雑誌特集記事から抜粋、大部分、私なりの解釈と文章でまとめました。)

👀《瞳が輝く明るい二枚目の甘さ》
「魅力なんてないよ、だから一生懸命にやってるんだよ」・・橋蔵さまに”魅力について”と質問しようものならいっぺんに茶化されてしまうでしょう。ご自分で自慢するものではないので、橋蔵さまの魅力について分析していきましょう。
一番の魅力は、何といってもあの目🌱 ・・瞳です。
橋蔵さまの目は大変イキイキとしていて、また大変な甘さがあります。
✐(そうそうその通り。橋蔵さまの目は輝きがあり、とても綺麗で甘さのある”流し目”なので、嫌らしくなくイキイキとしています・・・その目が語るのです。)
二枚目に”甘さ”は欠かせない大切な武器で、この甘さがあるなしによって二枚目のスターとしての成長が左右されるというほどのものなのです。
天下の二枚目長谷川一夫さんにしても、あの艶っぽい瞳があって、二枚目としての艶を出すのにどれだけ役立っているかしれません。
勿論、艶を出すための修業をつんでのことですが、まず生まれながらに、いい目に生まれて、それからのことなので、その点、橋蔵さまは幸運の星の下に生まれ合わせたといってよいでしょう。
✎(橋蔵さまはお小さい時の写真をみても分かるように、じつに端整な顔立ちで利発な顔をしています。よく子供の時に可愛いといわれてるだけの子供は、成長するにつれて美男子にはなりません・・・本当に橋蔵さまはよいところばかりをもらって生まれて来たのですね、羨ましいかぎりです)

「橋蔵さんの魅力は、やはり目元にあると思いますね。橋蔵さんは目が小さいから、目張りを考えてほしいと、入社初めの頃言ってましたが、僕はあの目がいいとおもってますよ」と東映京都メーキャップの責任者である係の方が言っているほどです。
✐(あの時代の時代劇の大スターは、自分で役柄のお化粧法を研究し、自分で化粧ができました。ですから、自分の欠点も利点も上手く調和させて、自分の持ち味をつくりあげていきました。橋蔵さまはお化粧が本当に上手い)
また、橋蔵さまほどいろんなかつらをつけてもよく似合い、その点でも橋蔵さまは、いろんな役に扮するうえからも大変得をしているようです。
✐(橋蔵さまの顔形は時代劇鬘が本当に似合います。顔のパーツもよいことが、化粧をするといっそう利点でしょう)

一番似合うのは”若さまマゲ”だそうです。
橋蔵さまの若々しい魅力がそのまま出てきていること、そこに橋蔵さまのキビキビとした動きとセリフがのることで引きたつということでしょう。
✎(江戸っ子育ちの歯切れのよい口調が、爽やかな演技によく似合い、橋蔵さまの魅力を強調するのですね。それでいて、江戸っ子のぶっきらぼうではなく、橋蔵さまの形のよい口元からの気持ちのよい”こわね”でのセリフ・・優しさと甘さのあるイントネーションで私達を虜にしていきます)

顔全体もキリリとしまっていて程よいのですが、橋蔵さまに言わせると
「もう少し太りたいんですよ、そうすれば頬もふっくらとしてね、押し出しもよくなると思うんだけどなあ・・」
と言っていますが、デビューの頃から比べれば、ずーっと貫禄のついてきた橋蔵さまです。
✎(皆様もお分かりになっていらっしゃるように、若さまの「鮮血の晴着」あたりからふっくらとしてきたのが分かります。橋蔵さまは、寒くなる時期に少し顔がふっくらしていたと思いますけれど??)

橋蔵さまの全身の内で、またよいのが腰の線の美しさです。
✐(そう、ちょっとふっくらとしたお尻と、筋肉質なのですが、それを感じさせないすんなりとした脚ですから、着物の線がとても美しく、帯を締めた後ろ姿が綺麗でうっとりしてしまいます。着流しが橋蔵さまのように美しい俳優さんは他にはいません。よぶんなことですが、立回りで役によって素足を見せることがたびたびあります。これは、橋蔵さまの脚の線が綺麗だということを意識して立回りに・・ということもあったそうです。橋蔵さまが舞台で若さまを演じる時に、着流しの帯のうしろを締めてもらう時、背筋は伸ばし膝を少しまげ、腰を落として締めてもらっていますよ・・綺麗に見せ、しっかりとした着付けをするのにも、工夫が必要です)

すっきりとした印象 爽やかな男前 江戸前のキビのよさ
こういうところが、橋蔵さまの魅力だといってよいでしょう。
舞踊が出来ることも、身体つきに”甘さ”をもたらしている要素でしょうし、魅力の一つです。
そうしたいろいろの長所がより集まって、出てくるものは「明るさ」です。
橋蔵さまは、「明るい二枚目」といってよいと思います。(橋蔵さまの魅力はこうだというのは、記事を書いた記者の見解。それぞれに感じる魅力は少しずつ違うところがありますからね)
✐(そうですねぇ、橋蔵さまの印象は、いつも白い歯を見せてにこやかに笑っていいます。橋蔵さまの俳優としての絶対のポリシーです。そうでなければ、あの瞳のイキイキとして優しい輝きの瞳にはなりませんもの。スクリーン上、芸能誌上私たちには明るく爽やかな二枚目の橋蔵さま)

💙 ここでの話から外れてしまいますが、
その橋蔵さまが、ひょっと見せる孤独な表情があるのです・・笑顔を絶やさない明るい橋蔵さまと寂しさを映しだす橋蔵さま・・私はふとした時に見受けられる橋蔵さまの寂しさにジーンと胸打たれます。(よけいな事でしたね)

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✱若さま・魔の死美人屋敷から✱ #2017.7.27

東京は、昨日今日と曇りがち。昨日は蒸し暑かったけれど、今日はいまのところ窓を開けていても大丈夫。
今、うるさくミンミンゼミが泣いています。

昨日の夜は「若さま侍捕物帖 魔の死美人屋敷」今月最後の放送日でした。
まだ線の細い橋蔵若さまですよね。「若いなあ」・・今回はその当時、私が小学生になったばかりの目線で見てみました。その年でこの作品を見ていたら、内容は理解できなかったであろう。見ていて、橋蔵さまが綺麗だ、チャンバラが見ていて多いし格好いいなあ、と思うだけだったでしょう。
橋蔵さまの所作が綺麗だ、立回りが舞っているようで美しい、というのは、大人になって色々対照して言えること。
あの頃の子供には、あのように綺麗で格好いいヒーローに憧れを持つということが第一番。そう思うと、同じ時代の時間を過ぎて来た人にとってはビデオというものは有難いものですが、仮面ライダーのようなスーパーヒーローものとアクションもので育ってきた若者には共感できるところが見当たらないと物足りないでしょうね。そこへ、日本の素晴らしい文化、風景、気候が失われていく現在、大衆娯楽時代劇などが見なおされる時は来なくなるのでしょうか。

TBSが10月から6年ぶりに「水戸黄門」を復活させます。黄門様は武田鉄矢、説教じみた独特な喋り方がどう出るか、黄門様の品格はどうなってしまうのか。助さん格さんには若手俳優を起用し、時代劇が低迷しているので、若手俳優たちの”時代劇の登竜門”的な役割を果たせればということらしい。
今どきの若者のカッコいいだけで人気を取るだけでは一時的なもの、NHKと同じようなうわべだけの時代劇は作ってほしくはないと思います。
時代劇の品格も落ちてきています。気品ある俳優がいません。どんどん使い捨ての時代です。芸能人も使い捨ての時代。スター、役者、俳優という言葉もつかえない人達が映画、テレビに出ているのです。

愚痴になってしまいました・・ 気分を変えて
「魔の死美人屋敷」を大人としての目線から・・・
千原しのぶさんの粋さと橋蔵さまの粋さが見ていてさっぱりとしていていい感じ。
お蝶が独り者だと聞いて、若さまお蝶の家へ行き、帰りを待っていて寝ている??若さまを膝枕してお蝶の「ねえ、御武家様、あたしお武家様に惚れちゃってもかまわないかしら」というセリフをはぐらかすように、「お蝶、空だぞ 」とお銚子を振られたお蝶の顔がいいわ。

その反面お蝶が喜仙を訪ねた時、若さまに会えず帰ろうとしている姿を見つけお蝶を追て行き声をかける。
若さまにくれぐれも気をつけてほしいとのお蝶に、「ああ。お前もあまり俺に近寄らない方がいいぜ」に肩を落とし帰って行くお蝶の後ろ姿と見ている若さま、ここの場面絵になります。

無事ひと段落、若さまはそこにいたお蝶の顔を見て、 にっこりする若さまの笑顔が印象に残ります。どういう意味の笑顔?
お蝶が若さまを忘れられなくなってしまったのもわかります。

立回りは上手くなってきています、何処のところもよいのですが、ここは意を決して・・。それよりも、立回りに入る前の若さまもよい。

二百石三百石で言いつけを聞かないのなら、この屋敷からでることはできないという和尚に、「ほほう、そりゃ不自由なことだな、」と言い若さま刀に手をかけると同時に、四方を囲んでいた侍達が現れた時の目の配りは何とも言いようがないくらい良いのです。

阿部伊予之助の屋敷に入り込んだ若さま。
「坊主、本性を現したな」 「雉も泣かずば撃たれぬものを、今宵こそは生かして帰せぬ」
「三守、増山、伊予之助もいたはずだがどうした、お目当ての顔を揃えてくれなきゃ、また日を改めて出直すぜ」
と言い、かまえるところなどうまくなりました。そしてここの立回りで好きなところは、廊下から庭に倒れている障子に、立回りをしながら足を入れるところです。橋蔵さまが足を入れる前に、何気なく斬られ役の人が橋蔵さまが足を入れても大丈夫なように障子の位置を少し直しているのです。
息の合ったちゃんと計算されての立回りはいいものです。

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