41,子曰く、辞は達するのみ。
先生が言われた。「言葉は意味を伝達できればそれでよろしい」。
※浩→孔子は「巧言令色鮮(すくな)し仁」と言ったように、修飾・比喩・潤色が多い華美な文章というものも好みませんでした。それへの警告としこう言ったのでしょう。これが普通の説です。
荻生徂徠の説は違います。「辞」は特殊な言語で、外国へ派遣された使者たちが自国の君主の意志を、相手国の君主に伝える言語だと読み、それについての注意の言葉だと解釈しました。この立場だと、「外交辞令は、意味が通じればよいのだ」ということになります。貝塚先生の解説によれば、当時の外交官の問答は、博学を誇示するため故事を引用して修飾の多い文体が多かったそうです。それでは内容空疎で、無意味になってしまうおそれがあるので、孔子は、外交官ははっきりと自国の主張を打ち出し、それを相手国にわからせなければならない、と言っているのでしょう。小国の魯に生まれた孔子は、祖国の利害を正しく大国に伝えることが困難であることをよく承知した上で、こういう注文をつけずにいられなかったのでしょう。日本も、国土は小さく、ある意味で「小国」です。近隣に「中国」「ロシア」など文字どおり「大国」が存在します。それらの国との交渉には政府は苦慮しているでしょう。組織の中の「少数派」が「多数派」と接する際のヒントにもなりそうです。衆議院議員選挙では、野党の勢力拡大を図らないと、与野党のバランスが保てないとは思うのですが、1票投じようと思える野党が存在しないのがもどかしいです。結局、自民党が“圧勝”で落ち着いてしまいます。その自民党も“寄り合い所帯”ですから、内部から新鮮な力が育って、党全体が浄化されることを期待したいです。
Q0298
私の弟は結婚しています。夫婦関係がもつれ、現在、実家である父母、私たちのところへ戻ってきています。今までに自さつめいたこともしたりして、ずいぶん落ち着いたとはいえ、まだ安心できない精神状態に見えます。そんな弟が会社から帰った私をつかまえて、今後のこととか現在の自分のこととかもっとつまらないこともいろいろと話しかけてきます。聞いてあげたいという気持ちもありますが、読書とか音楽を聴くとか自分のしたいこともあります。そんな状態ですから、結局本を読みながら弟の話を聞いたり、「また明日にして」ということになります。これは勇気くじき的だと思うのですが(野田:そう思いませんが)、ついついやってしまいます。どうすればいいでしょうか?精神的にまだ不安定な弟がふさぎ込むのではないかと心配になってしまいます。弟とどう接すればいいでしょうか?
A0298
私だったら(これが答えになるかどうかわからないけど)面接時間を決める。「1週間に2回。何曜日の何時から何時までは人生の話を聞きますがそれ以外は聞きません」と。
僕(野田)は昔から一応心理療法の専門家です。かつ精神科医です。精神科医と心理療法の専門家は別なんです。心理療法を全然しない精神科医もたくさんいる。お薬の処方しかしない。精神科医でない心理療法の人もたくさんいる。僕は両方やります。外来診療は全然問題ない。問題は入院患者さんです。入院しているとしょっちゅう患者さんがいる。こっちもいるし。ずっと1日中相談してくる。「あの先生は、よー話聞いてくれるから相談しよう」と。そんなのかなわんから面接日を決めて、「人生の相談は週2回。1回30分。それ以上は聞きません。普段は会っても、『外泊許可出してください』とか『お薬どうしよう』とかは聞きます。医者としてすることは聞きます。それ以外はしません」という線でやっていました。そうしないと身が保たないから。弟さんといっぺんこういう線で話をしてください。そんなに話があるとも思えないから。(回答・野田俊作先生)
40,子曰く、道同じからざれば、相(あい)為(ため)に謀(はか)らず。
先生が言われた。「目的が同一でなければ、お互いに相談し合うことはできない」。
※浩→主義・思想・価値観が異なる人と協力して目的を達成するのは、非常に困難です。お互いの利害が対立します。孔子の生きた春秋時代末期のは乱世で諸子百家が登場して、諸説が分立していました。そういう状況下で、理想としてはすべての人々と調和を保ちたいとは思いながら、現実主義的な判断をして「道(信念・目的)が同じでなければ、共に語り合い協力することはできない」と言ったのでしょう。高梁工業高校時代に仲良しの同僚だった、国語のH先生とは当時同じ総社市に住んでいました。一緒に帰宅する途中でよく駅前の居酒屋で1杯飲んでいました。話がはずむと、彼は上機嫌で、「ともに語るべき人じゃなあ」と言ってくれました。こういう友がいると、人生が潤います。今、再会できて、「さ、さ、もう一献」と杯を勧めて、「君に勧む さらに尽くせ 一杯の酒」と吟じると、泣いて喜ばれるかもしれません。2018年の暮れに一緒に飲んだきりです。もちろん、意見の対立する人には「ともに語るべき人ではない」と言ったはずです。聞いたこともあります。
カウンセリングの世界では、「受容」と「共感」が大切だと言われてきました。それはもちろん大切なことですが、それだけではまだ不十分です。きちんと相談目標(解決目標)を合意できた上で、それに至る道筋をつけていく技術がないと、お客様のニーズに応えられないでしょう。カウンセリングの成否は、「目標の一致」がなされるかどうかで決まります。
Q0297
息子小6。学校へ行かなくなって2か月たちました。6月くらいから月曜日ごとに休んでいて図工の宿題が溜まってしまって、先生にしつこく描くように言われるのがイヤだったようです。6月の終わりに、子どもはまったく知らないことなのに、スケープゴート的にみんなの前で怒られて、「学校へ行かん」と言って休み出しました。そのことについては先生が家庭訪問され、納得はいかないまでも、一応謝ってくれました。7月は半分休んだくらいで夏休みに入ったのですが、9月は始業式と4日に行っただけでずっと休んでいます。「僕にとって必要なのは火曜日の6時間目のパソコンクラブだけ。小学校の成績なんか関係ない」とか言います。
9月いっぱいは、夫も私がアドラーでやるのに賛成してくれましたが、夫は1か月たっても何も状況が変わらないことから、「今まで我慢してきたけど僕のやり方でやる」と言いだしたり、校長先生のところへ話しに行ったり、「転校させる」と言いだしました。私は「とにかく子どもが納得しないことには転校もさせられないし、まず息子の意見を聞いて」と言いました。息子は、「今の学校に友人がいるので転校する気はない。行けるような気がする」と言いました。夫も焦りすぎたと反省し、それから何も言わなくなりました。今は学校に行かなくても平和に暮らすことを考えて日々を送っています。
担任の先生はとても困っていて、とにかく来てほしいと言います。どのような心構えで日々を過ごせばいいでしょうか?
A0297
ご主人の気の済むようにいっぺんやってもらう。殴ってみると言ったらいっぺん殴ってもらう。無理やり猿ぐつわして手錠はめて学校へ行ってもらうと言ったらやってもらう。やってみたら納得するから。やってみるまでに止めても納得しないから、一応みなやってみる。その上で、「やっぱり子どもの意見聞かないといかんな」と言ったら迫力あるでしょう。それに近かったんでしょうけど。
「仲良くする」というのは、子どもととにかく「冷静に話ができるようにする」というのが第1段階の目標です。登校拒否を始めたら、親も子どもも感情的にならないで話ができるようになるのが第1段階の目標で、それが達成できたら第2段階が当然ある。それは「これからどうするかを相談する」こと。
子どもは必ずしも良い判断をしていないでしょう。ドライカースが言いました。「子どもはとても良い観察者だが、とてもまずい解釈者だ」と。いろんなことを見ているけど正しく解釈していないかもしれないから、まず子どもの話をよく聞いてみると、意外と判断が甘かったり見落としがあったり、情報が足りなかったりするかもしれないから、冷静に話し合って、これから先どうするか子どもの意見を聞いて、その上で何かつけ加えて言ってあげられることがあれば言ってあげられるでしょう。
まあ今もう11月ですから、「このまま行かないで中学へ進んでもいい」と言えばいいんですけど、もしも行けるんだったら行ってもいいと思う。
今まで何があったかの話をしてもしょうがない。過去はもう過ぎてるから。これからどうするかは子どもさんが全面的に決められるし、“縁起の法則”で、今何をするかで将来が決まっていくわけだから、今何をするのがベストかを、しばらく時間をかけて話し合ってはどうですか。慌てて話をすることはない。ずっと話している間に、やがて3学期が終わって中学に進んだってかまわない。今後の人生について話し合いをする練習ができたわけだから。(回答・野田俊作先生)
39,子曰く、教え有りて類無し。
先生が言われた。「あるのは教育であって、人間の種類(貴賤の身分)というものはない」。
※浩→人間はすべて平等であり、平等に文化への可能性を持っている。誰でも教育を受ければ偉くなれる。孔子に、人間平等の考えのあったことを示す条として貴重だと、吉川先生は解説されています。日本では封建主義的な身分制度の理論的根拠となった儒学ですが、この部分から、教育によって人間の能力・素質が向上していく可能性を強く信じていた孔子の信念が窺えます。「陽貨篇」の「性は相近し。習えば相遠ざかる」と補い合います。人間の生まれつきの素質はそんなに差があるものではない。生まれたあとの習慣(学習)によって互いに遠く離れるのである。貝塚先生は、デカルトの「良識(ボンサンス)は人間に均等に分配されている」という考え方に類似していると解説されます。そういえば、福沢諭吉の「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといえへり。されども、今廣く此人間世界を見渡すに、かしこき人ありおろかなる人あり貧しきもあり冨めるもあり貴人もあり下人もありて、其有様雲と坭との相違あるに似たるは何ぞや」も連想します。この「何ぞや」の答えは書名の(『学問のすゝめ』)で、「神様は人間を平等に造ったと言われているけれど、実際には人間には差が出てくるよ。そして、その差になるのが学問だよ」と「学問」を勧めているわけです。孔子は、「習えば相遠ざかる」と言ったあとに、「ただ上知と下愚とは移らず」と追加しています。前の言葉だけでは言い過ぎだと気がついて、これを追加したのでしょう。最上の知者と最下の愚者は学習によって変化しないということで、現実味が出てきました。最上の知者は神様ということで納得できます。問題は、「下愚」で、ソクラテスの「無知の知」の自覚のない人は変わりようがない。これは日常しょっちゅう体験しています。私も、幼稚園から高校まで保護者会などで講演してきましたが、いつも園長先生は校長先生がおっしゃっていました。「先生のお話をほんとに聞いてほしい親は講演会に来ないんですよ」と。T.T高校の「研修会」にも、ほんとに来ればいいのにと思う先生は、来られません。どこも同じです。アドラー心理学ふうに言えば、「ライフタスク」を感じないのでしょう。