おはようございます(^^)
絣の起源は諸説あるようだけれど、ものの本によれば、「伊予は綿花の栽培が盛んで、各家庭で綿織物を織っていたが、ほとんどが藍の無地か縞や格子柄。そこに絣柄が加わったのが約200年前のこと。鍵谷カナという女性が、藁ぶき屋根の葺き替え時に見た、押し竹を縛った跡の模様の美しさに感動し、工夫して織ったのが始まりとか。」とある。こういう説は信じたい。
↓こちら、かなり古い絣の着物をほどいたもの。伊予絣ではないだろうけれど、男の子の羽織に仕立てる。個性的な絣で、特に輪っかの模様が可愛いのですが、子どもの羽織だと、身頃に柄が出ない。そこでなんとか衿に輪っかがくるよう知恵を絞ってみたら、なんとかなりそう(笑)。
冬菊の暮れてもひびき絣織る 細井みち
十三夜と聞いて仕事場から見上げると、簾越しに見えました。夕方突風が吹いて雷が鳴って大粒の雨が降ったのですが。
小筆遊びの日。畳の間なので正座が出来るので疲れない。お吟さんは椅子が苦手。正座は何時間でも平気。まだ図書館や電車では正座しないけれど(笑)。
紺を着て菊人形を担ぎゆく 長沢常良
十三夜は五時半には暗くなるので東の空に夕方から見られるので群雲を縫う美しい後の月が月面の模様まで見えた。八時近くなると高く上るので模様は見えないほど小さくなるから十三夜は宵の出の月と言えるだろう。満月には二日ほど早いがわたくしは目が悪いので満月にしか見えない。デジカメにしてから初めて気づいたが、サイバーショットの初期と違い、わたくしのコンパクトサイバーショットにはマニュアルモードがないのでオートだと真っ白く飛んでまったく撮れないことがわかった。バカチョンカメラとはほんとに馬鹿のために作られたカメラでお月様が撮れないとわかっていたら買わなかった。今頃気づくとは馬鹿だ。カメラ任せなど信用できるものではないのでマニュアルも当然今までがあったのに設定の仕方が悪いと思っていたが、カメラが馬鹿だったとは。車もそうだが自動運転も電池自動車も電池が切れたら動かなくなるからガソリンとのハイブリッドが一番安心ということだ。アナログが何と言っても信頼できる。
それと今日気づいたが運動会の音が五月蠅いというクレームに子どもたちの声のどこがうるさい、てめえらもガキの頃はうるさかっただろうと糞爺いどもをぶちのめしてやろうかと思っていたが、今朝運動会の練習をしている校庭の前を通ってガキどもをぶっとばしてやろうと殺気だったのは五月蠅いという音楽がいわゆる集団ジャリタレクソガキどもの音楽だったからだ。あの小便くさいがきどもの十把一絡げの学芸会ぼんぼこ何言ってんだかわからん音痴合唱隊どもの乗りの悪いリズムにはむかむかする。ビートルズにしろバカヤローで、なるほどこれは騒音だと合点した。
近くの図書館の裏通りにいた野生の狸。熊や猪に続いて都会のど真ん中に狸がいるとは。そう言えば阿佐ヶ谷ではハクビシンが電線を走っていたが、狸が町中にいるとは驚き。よたよたしていたので老狸だろうが、病原菌があるので近寄らなかったが、空き家が増えているので棲み付いているのだろう。逗子や鎌倉は台湾アライグマが山に一杯いたからなあ。
倉敷の茶房にて、煎茶の席を設けてもらいました。ランチは、ひまわりの種とちしゃっ葉のサラダ・茄子のしぎ焼き・里芋と韮のお焼き・間引き菜のおひたし・枝豆ごはん・茸汁。掛軸は、疾走する鹿の水墨画で、師匠による表装。茶花は師匠の庭のこぶしの実とほととぎす。茶菓子は仲間の丹精の干し柿とささっと栗をゆがいて茶巾にしたもの。
美魔女さんは、瓶覗の色の紬に古い古い帯を江戸結びにしていました。紅葉紋様の半衿をたっぷり覗かせて、溜息ものでした。米を作っているTさんに、もう新米は召し上がりましたかとお聞きすると、「新嘗祭が終ってから頂きます」とのお返事。なんなんでしょう、私たち。手縫いしているお吟さんも含めて、江戸時代にタイムスリップした半日でした(笑)。
秋簾古代饅頭三代目 斎藤夕日
図書館にて模写遊び。お世話になりっぱなしのお茶人へのプレゼント。よくお礼状を書く人なので。
久しぶりに見えたお客さん、大学で教材の研究をされている。まだ若いのに、同じ仕事の夫君が、90歳の父親の介護を頑張りすぎて心を病んで休職中だという。せめて妻が明るく振舞わなくっちゃと、来月の東京出張をクラシックのコンサートに合わせて決め、和服で鑑賞したいそう。よろしい!(笑)。
高層の千の灯りも秋時雨 佐藤明彦
