おはようございます(^^)
長女も句画展には顔を出して澤さんに挨拶しているので、わたくしが楽しそうにしていたので喜んでいたので驚いていた。実は娘と行き付けの居酒屋に娘に黙って澤さんを連れて行ったらいたく気に入られていたと話したら、じゃあ二人で澤さんを偲んで献杯しようということになり、八月の年金が出た後に会うことになったが、娘と年に一度誕生日にデートするのが楽しみだったのが澤さんをダシにして娘に会えるとなると心苦しくもあり嬉しくもあり、澤さんの忌日を七夕忌と名付けて猫髭歳時記に入れて、娘と半年に一度会える口実になるなどと実に不謹慎な飲み友ではあるが、湿っぽいのが嫌いな澤さんらしい供養になると(「猫髭、お前というやつは」と冥土であきれているかも)勝手に決めつけている親バカである。
澤さんは「円錐」の句会以外に池田澄子さんの「つうの会」にも所属していたので、お澄さんが六月七日に出した『月と書く』(朔出版、2860円)を配られていたと十朗も言っていたから、澤さんはお澄さんを「俳句が上手い」と褒めていたから澤さんが読んだ最後の句集かもしれないのでタイトル句を紹介しておこう。
逢いたいと書いてはならぬ月と書く 池田澄子
これは、夏目漱石の逸話を下敷きにしているかも知れない。きっこさんの青空掲示板の1月16日に書いたわたくしの投稿を張り付けると、
漫画が原作のTVドラマ『舞妓さんちのまかないさん』で置屋の若女将と好きあっているのに口下手な教師がプロポーズ出来なくて祇園で分かれ際に「月が綺麗ですねえ」と言う台詞に女将が「わかってま。ほんまに月が綺麗やわ」と返すシーンはなかなか昭和生まれの男女の会話としてよく出来ていると思った。これは夏目漱石が授業中に「I Love You」をどう訳すかで「我れ君を愛す」と答えた生徒に「日本人はそんな露骨な言い方はしない。月がとても青いですねえでいいんだ」といった逸話を下敷きにしていて、最近のラブコメは中身からタイトルからこっぱずかしい鳥肌が立つような「愛」が溢れていて昭和男子たるもの見る気にもなれない。歌詞もそうだねえ。よく恥ずかしくなく言えるもんである。月が綺麗ですねえ。ほんに綺麗、でいいではないか日本人は。
というもので、夏目漱石の逸話の出どころは不明だが、この逸話はTVドラマにも出てくるくらい有名だから、池田澄子さんは自己流に解釈したのかも知れない。実はお澄さんがこの句を短冊に揮毫する場にわたくしもたまたま澤好摩の句画を飾るためいたのだが、出版前だったので伏せておいたのだ。澤さんは「あいつは俳句が下手だ」と言うのが口癖なので「俳句が上手い」のは誰かと思っていたので印象に残っていたのだ。前句集の『此処』は池田澄子さんの御主人が亡くなられたことが詠まれてもいるので、正直お澄さんの句集としては読むのがきつかったが、その前の『思ってます』が東日本大震災が詠まれた句集では素晴らしかったので道で偶然お澄さんに出会ったときに絶賛したので今度の『月と書く』は読むのが不安だったが、『此処』と違って一気にするすると心に入ってくるのに心に残る出来栄えで素晴らしい句集だった。
他に澤さんが話した上手い俳人では恩田侑布子がいる。
なあと云ひさしてたゆたふ櫻炭 恩田侑布子
を澤さんは「円錐」第80号の「極私的『平成の名句』」特集で挙げている。なるほど同人の句を挙げないという澤さんらしい選句である。
そうそう、「つうの会」に参加している中村十朗の句はどうかと聞くと、「あれは下手を通り越して馬鹿みたいな句ばかり詠むから論外だ」と言うので、十朗がお母さんを亡くした後の善福寺川緑地公園の桜狩で「おまえも一句ぐらいお出しよ」と茉莉伊さんに言われて出した一句で全員が黙ってしまった、わたくしに言わせれば百年に一度の秀句、
生きているひとの集まる桜かな 中村十朗
を言ったら「それはいい句だ」と即座に認めたので我が意を得たりだった。そのことを十朗と澤さんの急逝を電話で話していて教えたら、「澤さんが最後に褒めてくれたのは嬉しいなあ」と喜んでくれたが、「実は十年ぶりに新しく出た俳句の大歳時記にその句が載ってたんだよ」と言うので嘘だろうとわたくしも驚いた。これは十冊ほどしか作らなかった手作りの句集『それから』にしか載らない俳句で、歳時記には『それから』と載っていたそうだから、わたくしは宣伝しまくっていたが句集名までは言っていなかったので誰だろうと首をかしげたが、十朗は元「俳句研究」の石井隆司編集長じゃないかなあと言うので、わたくしも石井さんとは何度か会ってとても気配りの利く優しい人柄を知っていたから石井さんだったらそうかもねと首肯した。
澤さんは酔ってメールを寄こすことが多かったが、携帯電話に不慣れなわたくしは誤って全部消してしまったので、こういう関係妄想症的な記憶の連想でも書き留めなければわたくしも忘れてしまうので思い出したら書いておこう。
猫髭さんがほんとうに楽しそうに句画展のお話をされるのを、いつも幸せな気持ちで読ませていただいていたので、残念でなりません。心よりご冥福をお祈りいたします。
天に雨の降り残しなし鬼薊 澤好摩
猫髭さんも愛弟子をさみさんも、それなりにお元気なご様子でよございました。暑いのは、ほんと身体にこたえます。
梅雨というより熱帯雨林ですよね、昨今の日本は。久留米絣が仕上がってうっとり見ていたら、久留米がたいへんな水害で、暗澹たる気持ちになります。人類は快適に暮らそうと物を造りすぎて、快適であるはずの地球をじわじわと不快なものに変えています。
泥鰌鍋のれんも白に替りけり 大野林火
今日はこの夏一番の暑さで朝から35℃近くあり夕方になっても熱したアスファルトから立ち上がる地熱で歩いているだけで汗だくとなり百円自動販売機で最近お気に入りの「塩と夏みかん」「白桃と黄桃」を飲むそばから汗になるので参った。
土曜日は俳句弟子のをさみさんと井草八幡裏の善福寺公園を吟行したが、蒸し蒸しして晴れているのに雨も振り出す狐の嫁入りだしでわたくしは前期高齢者でをさみさんは後期高齢者で、彼女はこの前声が出なくなったので耳鼻科に行ったら、コロナでもインフルエンザでもなくて風邪をこじらせたのだろうと抗生物質が出たので飲んだら強すぎたのか一週間寝たきりになってなぜ国がわざわざ後期高齢者を設定したのかわかったと、回復したばかりで、やっと横須賀の実家で倒れる前の5月14日(日)母の日に詠んだ句を一句持って来ただけで、吟行はへろへろで水分補給に余念がなかった。わたくしは行きがけに財布が見当たらなくて(最近、買ったら商品忘れたり、財布忘れたりが多い)かなり遅刻したので、
黒南風にあふられあがる黒揚羽
初蝉の遅野井川から湧きにけり
かんばせのあしきあぢさゐ天気雨
ぐらいで雨粒が大きくなったので病み上がりのをさみさんも心配だし切り上げて蕎麦屋に向かった。をさみさんの持って来た句は、
オーソレミオ海辺で唄う母の日に
だったので
母の日の海辺で歌ふオー・ソレ・ミオ
に順番を変えた。驚いたのはをさみさんが亡き御主人の生前の写真とこれまでの俳句を色紙に書いて並べてアルバムにして来たことで俳句はうまくはないが心がこもっていて親族に見せたらみな感動して褒めてくれたので「聖教新聞」に投稿すると頑張っていたことで、介護施設の料理係として働いて、老後を明るく朗らかにひとりで暮す自信がついたことで、白頭さん(わたくしの猫髭の前の俳号)のお蔭ですとお礼まで言われた。猫髭を名乗るとインターネットで検索してびっくりするといけないので白頭を名乗っている。同人代表をやってくれだのカルチャー教室をやってくれだのは全部断っているが(わたくしのガラではない)、をさみさんは御主人をわたくしが介護して余命が四年伸びたので彼女の献身を知っているので断れなかったのだ。仮名の習字を習ってもっと俳句の揮毫を奇麗にしたいと八十近いのに頑張っている。
七十五から八十にかけて、体力がびっくりするほど落ちたと彼女も言っていたが、わたくしも七夕の朝、得難い友人を失っている。七年前の平成28年の夏にわたくしは唯一の竹馬の友を亡くして、以来もう何も言わなくても心が通う友人に出会うことはないと思ったが、そのひとはわたくしを得難い友人だと言ってくれた。6月5日に酒を酌み交わしたばかりだったのにその一ヶ月後に訃報を聞くとは思いもよらなかった。小学生の頃、父が家の周りを五月蠅くがなる選挙カーを聞いて冗談で「俺も立候補するか」と言ったときにわたくしは絶対やめてくれと泣いて頼んだ。わたくしが人前で(家族の前でだが)泣いた唯一の涙で、母もお前は泣いたことがなかったと言っていた。古稀を過ぎているのにわたくしが人前で泣いたのはこれが初めてで自分でもなぜ涙が出るのかわからなかった。
P.S.2023年7月10日(月)19時0分 読売新聞
俳人の澤好摩(さわ・こうま、本名・澤孝=さわ・たかし)さんが7日、脳挫傷で死去した。79歳だった。告別式は近親者で行った。
東京都生まれ。高柳重信に師事し、雑誌「俳句研究」編集に携わる。1991年に俳誌「円錐」を創刊、編集発行人。2014年、芸術選奨文部科学大臣賞。句集に「光源」「返照」など。5日に旅行先の山形県米沢市で転倒し、入院していた。
古民家にて遺句集出版のお祝い会あり。鯛の刺身を食べていると、蟹と小魚にかたどった人参に気づく。海藻を閉じ込めたゼリーは磯なり♪
一人ずつ感想を述べるとき、「縁のある方々だけに配った遺句集ですが、たとえばですよ、たとえばですから、笑わないでください。将来この中のどなたかが、角川俳句賞に応募して賞をとったり、句集を出して読売文学賞をもらったりした場合、師系は誰?ってことになり、三上先生が注目を浴びる時代が来るかもしれません。俳論もたくさん載せているこの遺句集は、三上史郎を知るかけがえのない一冊になるでしょう。現に、猫髭というお方がこんな文章を寄せてくれています」とプリントしたものを渡しました。「遠くの土地で小さな芽がめばえた感じね」と拍手喝采もらったなり♪
捩花をきりりと絞り雨あがる 浅田光喜
