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救急車去りて紫陽花揺れ残る

おはようございます(^^)

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またしても車庫に日傘を置き忘れ

おはようございます😃

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車出す屋根にピーマン載せしまま

猫髭さんの栞文を拝読するのが楽しみです♪

今日は和裁の集まりの日。Iの後ろをSが走っていたらしく、着くなり「どうして車にピーマン載せてるん?」と聞いている。↓見に行くと、この通り。3個摘んでちょっと載せて置いたのを、忘れてそのまま運転して来たらしい。1個転げ落ちたものの2個見事に残っている。Iの家は漁村にあり、岬めぐりするようにハンドルを右へ左へ切って来るのに、大したピーマンだ。

このトヨタのハリヤー、連れ合いさんが職場で女の子たちにそそのかされて買った無用の長物で、買ってすぐ車体をこすっている。それ以後、Iの軽四を勝手に通勤に使い、Iは仕方なく乗っているというわけ。でも大阪の街でも走れる男前のIに似合うんよね(笑)。

すててこや短編なども書くらしい   平井もも

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キンキンの冷やしさうめん出汁は飛魚(あご)

連日蒸し暑くて我が三畳の庵は連日30℃を越しておりさすがに食欲もなく連日昼は素麺である。しかし、素麺ばかりでは栄養が偏るので、自転車を駐輪場に置いて帰りしな「ラーメンの日高屋」に寄った。味では「ぎょうざの満州」には格段に落ちるが、「ぎょうざの満州」は厨房の若造が応援団のように罵声を張り上げてメニューを怒鳴ったり、客が出入りするたびに挨拶を怒鳴りまくるので、こいつがコロナ菌をばらまいていたら二度と「ぎょうざの満州」に入ることはないなという、活気と喧しいのを取り違えた最悪な接客には厨房からここまで唾や菌が飛んで来そうで不潔不愉快極まりないので、「ラーメンの日高屋」の静かなアナログないちいち客に注文を聞きに来る接待がほつとするのである。「すき家」も贔屓にしていたがパソコンで注文するやり方がわからずいちいち店員に操作を頼むのが煩わしく「ぎょうざの満州」もそうなので、自分の好みの組み合わせで食べるわたくしにはこの客が入力するシステムは全く役に立たないのである。その点鮮度と味は落ちるが、半ラーメンと半炒飯と餃子を三個と唐揚げ三つで930円と注文を聞き入れてくれる「ラーメンの日高屋」の方が昔の客が客であることを自覚できるシステムなので、自動発券装置のあるお金のやり取りを手で行う商いの基本を無視した「ぎょうざの満州」や「すき家」は味以前に商いの基本をないがしろにしているのでわたくしの足は遠のくだろうと思う。

栄養分を補給したので、昨夜はやっと遺句集の栞が完成した。普通は交友から個人の人柄を語る流れになるが、わたくしは「俳人の顔は俳句だ」という作品主義なので、俳句の感賞だけを書いた。俳人は死ぬが作品は感賞によって生きるからである。

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冷房の風に打たれて修行めく

おはようございます(^^)

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冷房のもうつけやうか迷ふ朝

おはようございます😃

引用して返信編集・削除(編集済: 2023年06月20日 05:37)

冷房の風に珈琲豆ずらり

倉庫カフェに出没。ボールペンのみで帆船を描いてみる。残す線と省略する線を考えながら。。。

遠き日のことのごとしや夕焼けて   加藤楸邨

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梅雨寒や壺の値に0ずらずらと

おはようございます(^^)

引用して返信編集・削除(編集済: 2023年06月19日 08:13)

西域の壺めくグラジオラス活け

猫髭さんが有名人になりそうもないので、お吟さん安心だわ(笑)。
倉敷の茶房のめぐちゃんも、雑誌に載せませんかとよく問い合わせがくるのを悉く断っているらしいので、安心♪

今日は句会でその茶房に出没。句友が庭から摘んできた、グラジオラスなる活けにくい花を、出土品みたいな壺にささっと活けためぐちゃん。

夏柳ほんのそこらを俥曳き   石井みや

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西域に生まれてここへ立葵

>「寒紅」の句、特選に選んだことは覚えていますが、どんな句だったのか具体的に思い出せません。

ラスカルの言葉で合点することがあった。なぜ広く深い数々の趣味を持ちながらわたくしが社交世間の外にいるのかを。
子どもの頃からの趣味を辿ると、詩と絵と映画(TVも)と小説と漫画が一番古く、次に和歌、音楽、批評、哲学、料理、カメラ、書道、オートバイ、ジャズと続いて最後に俳句が来る。他に釣とかいろいろあるが、義理と人情にからんで参加した付き合いとしての趣味はわたくしには本当の趣味ではないのでここでは割愛するが、俳句は52歳の御自由に生きたいという洒落で仏壇に入る前に俳壇に立ち寄ったという流れで、わたくしには一番新しい趣味で造詣も他の趣味ほど深くはない。俳句世間で一番多い意見は猫髭の俳句は下手だが批評は凄いし文章の旨さは他の比ではないという意見で、俳句には山本健吉以降は批評家がいないので俳句の批評家になれというものだった。前から不思議に思っていたが、「ハイヒール句会」や「影庵句会」はじめとするインターネット句会や結社誌「文」、同人誌「大」「なんぢや」、それにわたくしが吟行頭取をやっていた動物句会や小の会句会などでわたくしが主宰や代表から特選を得た句の数は、バックアップや編集作業で気づいたが、下手と云われるほど少ないどころかかなり多い。「ハイヒール句会」では数えたことはないがラスカルより☆の数は多いのではないか。(*^▽^*)ゞ。

逗子に住んでいた時に俳句を始めたのだが、本屋には俳句の本など辻桃子の入門書一冊しかなかったし(彼女は教え方がうまいので実に参考になった)、図書館には草間時彦の句集が並んでいるだけだったので俳壇に疎いわたくしはエライ人だとか知らず、逗子の日曜俳人だろうぐらいにしか思わなかったが、俳句は実に面白かったので為になったが、その草間時彦の句に、

  甚平や一誌持たねば仰がれず 草間時彦

という句がある。どこかの俳句協会の会長さんだとか俳句文学館の建立に尽くした人だとかは最近知ったが、わたくしは作品しか興味ないので、なんたら賞とかも興味以前に全く縁がない世界のことだとしか思えないが、要するにほとんどの俳人はアテンション・プリーズで注目を集める広告が必要だということで、「隠れて生きた者こそ良く生きた者である」(オウィディウス)を子どもの頃よりモットーとしているわたくしには目立ちたいというのは御法度で、なにもしなくても目立ってしまうのだから飛んでも八分である。ラスカルに句集というものは買ったり売ったりするものではなく「送り送られるものだ」と聞いたときは「お中元かよ」と驚いたが、本は読みたい本だけを自腹を切って買うものだと子どもの頃からお小遣いを貯めて本屋へわくわくいそいそ出かける楽しみをわたくしは今でも捨ててはいない。

長くなったが、俳人は自分の句しか読まない人種で他人の句には興味がないということが言いたかったのである。わたくしは自分の句にはあまり興味がないが、他人のものであれ秀句に出会えたときは我が事よりも嬉しい。これは俳人の目ではなく批評家の目だということを、多分みんなは言いたかったのだろう。しかし、頭に「俳句は下手だが」というのは小さな親切余計なお世話である。詩や小説は普通の人々には一生かかってもいい詩や小説は書けないが、俳句という定型文芸は普通の人々でも佳い作品が生まれる可能性があるからである。次の一句は、自費出版の句集にしか載っていないので(わたくしは大切に持っているが)、俳句が下手だと言われた酔いどれ俳人が母が亡くなった後の花見の席で、おまえもお詠みよと言われて満座の俳人たちを黙らせた句である。

  生きている人の集まる桜かな 中村十朗

あいつは下手だと言った俳人にこの句を見せると「この句はいい」と首肯した。これ以上の櫻の句は百年は出まい。

引用して返信編集・削除(編集済: 2023年06月18日 18:55)
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