昨日は目の不自由なお客の料理教室の日で、何が食べたいというとスパゲッティがいいと言う。今月はずっとパスタで、百円台のスパゲッティの「ナポリタン」とか「あさりのスパゲッティ」とかいう具材を買ってくるので、在り合わせの冷蔵庫の惣菜で作るのだが、今日本でバズっている「暗殺者のスパゲッティ」という激辛のお焦げパスタを作ったら案の定食えないことは無いが一度でいいという味だったので普通のスパゲッティが一番美味しいとナポリタンを作ることにした。彼にスパゲッティを茹でてもらい、ソースは先ず基本のアーリオ・オーリオでニンニクと鷹の爪一個の種を捨てて皮だけ微塵切りにしてオリーブオイルで炒めて香りを移し、そこに玉葱のスライスと彼が好きだと言う舞茸を入れ、肉は鶏のささ身で、まずささ身をソーセージの斜め切りのようにして炒め、そこに玉葱を炒めて最後に舞茸を入れて塩胡椒して軽く炒めるとニンニクと舞茸の香りが立ってなかなか香ばしく、味付けはケチャップと醤油と隠し味にマヨネーズを入れ、それをスパゲッティの茹で汁で伸ばしてからめて完成。普通は茹で上がったスパゲッティをからめるのだが、「暗殺者のスパゲッティ」がトマトジュース1リットルで揚げるというやり方だったので、野菜ジュースのペットボトルがあったので、ソースとからめるのではなく、パスタを少し早めに上げて、オリーブオイルで少し炒めてそこにトマトとセロリの香りがする野菜ジュースを入れて全部パスタに滲み込ませる作り方をして、その上にソースをかけるというパスタ料理ではあり得ない作り方をした。パスタは塩で茹でてあるし野菜ジュースは色々な野菜が詰まっているからまさしく野菜味の詰まった味で、ソースはケチャップ味で甘みが隠し味のマヨネーズと舞茸、ニンニクの香りでまろやかな濃厚さなので、食べてみて驚きの旨さ。わたくしが即興で作ったパスタでは最高の旨さではないかと二人で舌鼓を打ちまくった。
ソースとパスタを別々に作り、パスタは芯が残るくらいで上げて野菜ジュースで煮詰め、その上にソースを乗せて絡めながら食べると、普通の作り方はソースにパスタを入れて絡めて均一的な味にするが、この作り方はパスタを早めに上げて、オリーブオイルで少し焦げるくらいに炒めたところに野菜ジュースを入れて煮詰めることでトマトの味メインの酸味のあるパスタになり、そこに別に作っておいたソースを乗せると、均一な味ではなく、ささ身が舞茸がパスタと交互に味変を起こし、口中に虹が立つほどで粉チーズをかけたり、ホットソースをかけたりすると、なぜ誰もこの作り方を教えてくれなかったのかと、いや、死ぬ前に気付いてよかった。(*^▽^*)ゞ。
卵かけ御飯の卵を掻き混ぜてから御飯に掛けて均一にして食べる方法と、卵を掻き混ぜずに丸ごと落して黄身をちょちょんと上を崩して醤油を垂らし、多くて五回くらいで大きく切って食べるとある時は黄身御飯、ある時は醤油御飯と味変を楽しめる方法と、どちらがおいしいかというと、わたくしは圧倒的に小三治式後者である。
右も左も晴れているのにわたくしの上にだけ雨が降るというお天気雨に今日の午後出会い、あれまあ珍しいと驚いた。
>国家試験に合格して体重も少し増えた
いい話ですね。大人になるということは、それまでは親の財産目録の一部だった子どもから、地位と役割が組織の中での社会的人格になるということですから国家試験に合格して「国が認める資格」を持つということは、自分の腕の対価としてお客からお金を貰う条件の資格になります。車の免許を持つということも物販や人間の運搬や移動という役割が出来るという「国が認める資格」ですから、社会人として生きるためのスタート時点で、組織にとって役に立つ人材という最低限の資格を用意しているということになります。
わたくしの場合はヘルパーとして訪問介護の最低限の国家資格「ヘルパー2級」(現在は廃止され「介護職員初任者研修」となる)を済ましているというのがキャリアのスタート時点です。ここから「介護福祉士実務者研修」→「介護福祉士(国家資格)」→「認定介護福祉士もしくはケアマネジャー」となり、「介護福祉士(国家資格)」から完全な国家資格というプロの資格になり、ステップアップすることで給料や地位や役割も上がって行きますが、わたくしは昔からお客とダイレクトにコンタクトする「現場」が好きで、管理職という会議が仕事というのが大嫌いで絶対に社長や取締役にはならず部下を社長にして影の補佐役という執行役員になって現場に出て仕事をする道を選んで来たので、訪問介護ヘルパーという派遣社員に固執しています。だいたい管理職というのは現場に出すと碌な事はないから管理職にして置こうという無能の象徴なので、優秀な上司はほとんどいないというのは日本のトップ管理職である首相や大臣を見ていればわかるでしょう。
しかし、若さの特権は若いということで年寄りには出来ないことが出来ることと失敗しても許されることがあることで、わたくしには青春がなかったから、他人の若さが眩しい。どんなちんちくりんでも若さは大切なものに見える。どうして親はわたくしを那珂湊の男子中学へたった一人で行かせたのだろう。駅に向かう途中反対の方向へ向かう小学校のクラスメートと擦れ違うと、なんで自分だけがという思いで、笑顔が消えてやがて誰とも話さない少年になった。いとこもわたくしが笑った顔を見たことが無いと言っていたので誰も近寄らなかったと言っていた。子どもは近所の学校へ行かせる普通でいいのである。娘たちは鎌倉の試験の無い籤引きで入学が決まる付属小学校へ二人とも行かせた。運よく二人とも籤運が良かったのである。普通でいい。普通がいい。親が物凄い変人だからそうでないと困る、と娘たちも言っていた。パパは変、変、変だと。でも、こんな面白い親は周りにいないとも。(*^▽^*)ゞ。
「卒業」と題した歌はユーミンの「卒業写真」とかいろいろあるが、わたくしは長谷川きよしの「卒業」が好きである。
卒業 · 長谷川きよし
卒業できることがわかったからと、去年頼まれて仕立てた小振袖。身長160㎝なのに摂食障害で30㎏しか体重がない娘さんの卒業式で着る着物でした。かなり悩んで寸法を決めたことを記憶しています。今日、清楚な袴姿の写真と共に、就職はまだ決まっていないけれど、国家試験に合格して体重も少し増えたとメールがあり、嬉しい一日となりました♪
花の種風にさらはれつつ蒔けり 伊藤伊那男
倉敷も桜が早すぎるとぼやいているのですが、まだ五分咲きなので、東京の百花繚乱ぶりに唖然としております。
今日は和裁の集まりの日。娘たちから「器用貧乏」と言われているSが、またまた器用に一反の大島紬から春コートとベストを作っていました(笑)。
桃咲いて風は素足で歩きけり 平井照敏
昨日は雨が上がったので花が散る前にと妙正寺川を散策したら四月にならないと咲かないはずの枝垂桜が満開で、八重桜まで。それどころか躑躅がもう何種類も咲き出している。驚いた。満天星も白い蕾をつけている。噓だろうという春の饗宴である。
