和裁の集まりの日。身長157㎝と言っているIが、どうも同じ157㎝のお吟さんより小さく見えるので、今日背中合わせに測ってみたら、お吟さんより3㎝も低いではないか。足が長くてかっこいい159㎝のSも、どれどれとやってくる。こちらも背中合わせに測ってみたら、お吟さんより1㎝低くて驚く。
結局、IとSは2㎝縮んで、157㎝と思い込んでいたお吟さんは、158㎝であったことが判明。しかもまだ縮んでいないことも判明。気をよくして、和裁教室を抜け出して、遠来の客を近くの山頂「王子ヶ岳」へ案内する。昨日の黄砂は落ち着いて、四国の山々と街並が見える。オジサンの横顔のような「にこにこ岩」を入れてパチリ。
山桜日は荒海を染めて落つ 斉藤美規
いやほんと、倉敷美観地区はいただけない。せめて「倉敷河畔」「倉敷美術館通り」「倉敷蔵露地」くらいにしてほしかったわね。
猫髭さんが和裁仲間の後姿を褒めてくれたので、プリントして「倉敷春宵」の五句もそえて三人にプレゼント。Sがピアノ教師のくせに岬の名曲喫茶へ行ったことがないというので、連れてゆく。リクエストしていいと言うと「ショパンのバラード1番」ですと。「かっこよすぎる」とKが怒る怒る(笑)。
ついでなので、北前船で栄えたお屋敷のお雛様も見に。この辺の島で海苔の養殖をやっているので、焼き海苔もたんまり買って帰った。
枝先に朝の海光初ざくら 和田耕三郎
お吟さんのお仲間の和服の素晴らしいこと。倉敷という土地柄なのか東京では和服は見かけることは稀にありますが見惚れるような熟女の粋な和服など見たことないので、と言って倉敷の美観地区というあの薄気味悪い場所は歩きたくないし、あれだけ素晴らしい美術品があるのになんであんな下品な名前を付けるのか、裏の日本美術館にこもりっきりになりたいほど恥ずかしい。
今日から大相撲春場所で、いつもは海外の相撲ファンが20分くらいのダイジェストを作っているのでそれを夜に見て楽しむのだが、どういうわけか今場所は無くて、幕下からの五時間録画を延々と見ていたが、幕内は最強の横綱照ノ富士が両膝の手術後のリハビリで六場所連続休場しているうちに毎場所優勝力士が変わるという雑魚祭で、いつの間にか大関一人になってしまったが、これは新入幕で十両から上がって来た若手が強くなって来たこともあり、幕下では川副(かわぞえ)、十両では落合(おちあい)というまだざんぎり頭の髷も結えない新人が幕下や十両の新人とはとても思えないスケールの大きい堂々とした相撲を取って台頭して来たことで、現に以前からわたくしが押していた今場所朝乃山を差し置いて十両から上がって来た北青鵬と金峰山は初日から白星で今場所の春の嵐になる勢いである。特に北青鵬の2メートルの長身で立ったまま相撲を取るという前代未聞の規格外の相撲は信じられないが。上手を取ると凄まじい引き付けの力で相手の体を棒立ちにしてしまうというナニコレ相撲で、突っ張りとか技を増やさないと怪力だけでは横綱には成れないので化けるのが楽しみな力士で、上位陣もうかうかしていられない面白さがある。
今日の相撲で驚いたのは平幕に陥落した正代の関脇豊昇龍に勝った一番で、すさまじい強さで、あの勝ち越すのが精一杯の弱い大関の面影が噓のような圧巻の相撲を取ったことで、こんな相撲が取れるのなら間違いなく今場所は正代が優勝候補NO.1であるよ。それと大関候補で、怪我で幕下以下まで落ちていた友風が帰り十両で上がってきたのが嬉しかった。テーピングが痛々しいので幕内復帰までは時間がかかるだろうが、贔屓の力士だった。御嶽海と琴ノ若など、仕切りでもう体の大きさも闘志もやる前から琴ノ若の勝ちだとわかる御嶽海の凋落ぶりで、何だろう、この正代と御嶽海の落差はと唖然とした。気迫がなくなったら武道家は終りなのに。ぴのこさん贔屓の先場所優勝争いで千秋楽まで残った琴勝峰は場所前に足を怪我していて今日も両足に足袋を履いていて土俵際で踏んばれていないから今場所の活躍は難しいかな。
八百屋のお婆さんが昨日沢庵(干し大根を糠と塩のみで漬ける)を買いに行ったら(ここの親爺さんが作る惣菜料理や漬物がおいしいのよ)いつも機嫌がいいがこのところ特に機嫌がいいので(まけてくれる)何だろうと思ったら、野球が好きでWBCで日本が馬鹿勝ちしているから機嫌がいいんだと。まあ、あれはワールドという洋品店が始めたチェコのような素人もいる国が参加するくらいで、アメリカでやった時はたまたまサンディエゴで仕事した時に決勝戦を近くでやっていたが、がらがらでアメリカ人は大リーガーなどほとんど参加していないから(金にもならないし怪我でもしたら自分持ちでオジャンだから)、アメリカ以外の国が親善野球で参加しているお祭に過ぎないので国を挙げて参加しているものではなく、わたくしの部下たちも草野球よりもF1レースのカーを見せてくれるというので全員マセラッティのレースカーに夢中だったなあ。
料理人の知り合いがタップダンスを披露するというので観に行く。連れは縞大島を粋に着て、観客のレベルを上げていた。オープニングでは、自己紹介を兼て、各自仕事着を着てタップを踏むのが微笑ましい。料理人はいつもの革のエプロンで決めていた。革のエプロンは何かと便利らしい。
生まれつきセンスがいいのか、10歳くらいの一人の女の子の所作の良さに魅了されて、お吟さんは彼女ばかり観ていた。悪いけれど(笑)。
帯留の小粒燦たり花の宴 阿波野青畝
近い将来起こるらしい南海トラフ大地震に備えて、一人一人が何をどう準備しておくかですねえ。。。
今日は倉敷界隈を散策。↓和裁仲間のKとIとSが、泊り客でもないのに老舗旅館を覗いています。Kの訪問着は一昨年亡くなったお母さんの形見。Iは自分で仕立てた道具ちらしの小紋。Sは自分で丈伸ばしをした花柄の小紋。
お吟さんは、句は詠むは、エルグレコで冷珈琲で一服している間も、抜け出して近所の貸衣装屋さんと商談するはで、仕立屋お吟ぶりを発揮。
つゝましき欠伸してゐる花づかれ 川端豊子
今日は海を捨てて十二年目の春。父と飼い犬のちいは不幸中の幸いで津波の前に亡くなった。母は阿字ヶ浦の高台のデイケアにいたので阿字ヶ浦港の老舗の旅館や魚市場は波に飲まれたが難を逃れた。わたくしは出稼ぎで東京に居たので助かった。東京のパソコンは繋がっていたので本震のあとの最後が那珂湊の常陸沖だったので実家は無事には済まないとわかっていたので母の安否が何よりも優先されたが小学校の後輩がデイケアに居たので幸い携帯がつながり母の無事は確認されたが、那珂湊の家は立入禁止区に指定されているので母をどうするかで勝田の親戚の家へ避難させ、わたくしが道路状況を確認したうえで明日の夜にでも迎えにゆくことを伝言した。電話は不通で携帯のみ繋がったが、被災時は防災のための回線が優先されるため一般回線は繋がらなくなるため、結局それ一回で携帯も繋がらなくなったので、妹たちにはメールで母の無事を伝えた。わたくしはコンピュータの災害復旧(Disaster recovery)のスペシャリストだったので、わたくしの構築したバックアップセンターは阪神大震災の時も無事稼動し続けたから大メーカーといえども設計者がわたくしだと知ると皆協力的だったので、極限状況には強い。そのためには現地の状況把握が一番大事なので迅速で的確な判断を現場と司令塔が情報共有をすることが優先されるのにパニクって右往左往のていたらくで、日本の危機的状況時の支離滅裂さはひど過ぎる。
あやまちはくりかへします秋の暮 三橋敏雄
