今日は新宿のビッグカメラまでプリンターのインクジェットのカートリッジがなくなったので買いに行った。ついでに娘たち用のCDも百枚買って来た。カウンターで「音楽録音用のCDの売場はどこですか」と聞いたら「ソフトですか」と若造(バカゾウ)が聞き返すので、こいつ日本語がわからんのかともう一度「音楽録音用のCDだよ」とジェスチャーで丸い輪を作っても「ソフトですか」と聞いてくる。CDがわからないらしい。Compact Discの略だからソフトじゃなくてハードだよ!(ボケナスが)と苛立ちを露わにしたら隣の女性が「それでしたらこちらのコーナーです」と教えてくれたが、カセットテープもCDもMDもスマホやiPODや無線LANやWi-Fiが当たり前の世代には古代の遺物同然なのだろう。四十台以上の世代が梅干は蜂蜜漬で甘いと思っていて本来の塩と梅酢だけのしょっぱい梅干に驚くようなものか。これではCDもこの世から無くなる日も近いと百枚買って来たわけだ。
出がけに馬鹿でかい85インチの液晶TVが18万5千円と値札があり昔なら百万はしていたのにと驚いた。わたくしのは映画用に35インチのディスプレイだが、当時は1インチ10万で35万はしたので、その二倍もあるの75インチの大画面でも10万そこそこだったから、いやはや昭和の昔は14インチが一般的だったから令和の今は75インチが一般的な時代になったということか。解像度は4Kから8Kになり、大画面では相変わらずリオのカーニバルが流れるが解像度が良過ぎて毛穴まで見えるから逆に汚らしいので結婚したら片目を瞑れでほどほどがいいようで。
それにしても都会の再開発ぶりは凄くて新宿渋谷は庭のようだと思っていた五十年前とはがらがらと大音響を立てて変わり、特にメトロ地下街は上下左右に拡張され迷路のよう。紀伊国屋地下のカレー屋や煙草屋も地下の改築工事で移転しており、昼飯はじゃあ中村屋で食うかと思ったら信じられないほどの予約待ちで、日本一高価なカリーライスをぐるりと回る行列はほんとに不況なのかと首を捻る。しょうがないので桂花ラーメンか長春館のカルビクッパにするか迷ったが、以前食べたカルビクッパが辛さの段階が六段階あるそうで前回は3で物足りなかったので再挑戦で一番辛い6にしてもらったが、今一なのでキムチと辛味噌のコチジャンを練り込んでやっと四十年前の辛さが蘇った。ごろごろしたカルビ肉の身と脂の甘さが辛さとハーモニーを醸し出すのがカルビクッパの醍醐味なのである。ユッケジャンはもっと辛いがわたくしの好みはやはりカルビ肉の塊とのハーモニーだなあ。これで910円。昔は480円くらいで満腹感が味わえたから貧乏学生の贅沢な御馳走だったのだ。
最後に新宿西口三丁目のジャズ喫茶「DUG」の地下に降りてブラックでコクのあるブレンドコーヒーを一杯。いきなりマイルス・デイビスのミュート・トランペットが突き刺さるような高音で軽やかに卵の殻を踏むように鳴り響く。いいなあ、昭和へ一気に帰ることが出来る。
春宵の新宿西口三丁目
マイルスのミュートしんしん月朧
Surrey With The Fringe On Top(飾りのついた四輪馬車)
昨日の茶道の種まきおばさん宅であれこれ見聞きしたのがとても面白かったので、六句ほど。図書館にて添える絵を模写あそび。
露地の木の影さしてゐる春障子 お吟
つちふるや茶室の軸に西夏文字
釣釜の少しゆれゐる静寂かな
雛の日の抹茶茶碗のかろきこと
佳き婦人来たれば夫も雛の辺へ
かの水差し落札したき目借時
ぼけとつっこみの絶妙なご夫婦でした。自分で詠みながら大うけしています。
お散歩介護であり吟行でもある楽しいひとときのお話を、お吟さんも心待ちにしていたので、とても残念です。最晩年に猫髭さんと出会えて俳句を語れてお幸せでしたね。
今日は小筆遊びの日。我らがお茶人の友の家へ連れて行ってもらいました。茶道の種まきおばさん的な人で、茶室を暗くして、小中学生に炉に熾った炭火の美しさに気づいてもらうとか、庭木が影さす白障子に静寂を感じてもらうとか、努力されています。↓は、三月になったので、釣釜が吊られている茶室。カメラを向けると、肥満体のご主人が、しゃがむのが辛いので水屋からこん棒を持ってきて揺れを鎮めてくれました(笑)。
おはようございます😃
俳女Sさんについての猫髭さんの書き込みを読むたびに、俳句と共に日々生きておられて、どんなにお幸せだったことかと思っていました。お会いしたこともないのに私ですら、俳句が好きな友人が亡くなったような寂しさを感じています。猫髭さんはさぞやと思います。お力落としのありませんように。
>春寒の月の雫の星ふたつ お吟
お見事!恐れ入りました。この色紙は押し売りではなく売れるかも。(*^▽^*)ゞ。
今日はお客の中で初めて俳句を趣味とする俳女Sさんとの介助が楽しみだったその彼女が救急車で搬送された報を仕事中に会社や御家族から受けました。仕事中だったので終わったあとでかけ直して、搬送された時には心肺停止だったと聞いて何があったのか午後になるまで消息は途絶えたが、夕方に亡くなったよしの報を受けた。あれほどわたくしとの車椅子歩行介助の2時間を毎週楽しみにしていてくれたのにとても残念です。硬膜下血腫に気付かず放置した結果右半身が不随となり左耳が聴こえず言葉も呂律が回らなかったが、慣れて来ると聞き取れるようになって、2時間の予定が楽しくて3時間になることもあったが、水鳥の生態や草花の移り変わりに心を寄せて喜んでおり、歩行介助も頑張って櫻がもうすぐ開花して夏になれば池を半周出来るようになれるかもと話していた矢先に寝室で転倒し頭部を打って首が痛いので三月に入れば痛みも取れて散歩にも行けるでしょうと言う家族の話だったが、今朝ベッドから落ちて心肺停止状態になっているのを発見され、救急車で搬送されたが既に亡くなった後で、去年の次女に続いて長女も亡くなったことになる。自宅で亡くなると救急車で蘇生を試みても生き返らない場合、医者は死亡診断が出せず、警察管轄になるので厄介なのである。死因は不明だが老人の死因のトップは転倒によるもので、あれだけ歩けるようになりたいと願っていたので、転倒で打ち所が悪かったのかもしれない。祭日だったことも緊急病院先が見つからず後手に回ったのかも知れないが、哀しむ暇もないあっけない急逝だった。S女さんが初めて詠んだ句は水鳥の想い羽の青を詠んだ句だった。合掌。
