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紅葉散る枯山水の石の上

おはようございます(^^)

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燈明(みあかし)の奉りたる冬紅葉

弟子の「をさみ」さんに誘われて今宵は「白頭」と号して今川家の菩提寺観泉寺の竿燈会に出かけた。冬紅葉をライトアップして近隣の住民に子どもたちの生花と琴の演奏とともに楽しんでもらおうという企画で家族連れで境内の塀に沿って18:00から20:30まで開門する慣わしで、わたくしたちは17:30に着いたが、もう長蛇の列で、開門して二順目の待ちだった。人工的にライトアップした催しは好きではないが、吟行をしたことがない弟子にどういうものかを知ってもらうために同行したが、寺側からの企画ではなく近隣住民の有志が企画した親睦会のようなもので、句会議員も協力してライトアップの電気代を区の負担とする協力をとりつけただけで寺側は一銭のお布施もとらなかったので金持ち寺ということになる。ために二千人も観客が来るので、入れないお客も出るほどの人気の賑わいだから、お客も知ったもので三々五々で集まるので今夜は全員が紅葉や生花や琴の演奏を楽しめたようだ。

驚いたのは小学生たちの一年生から参加している生花で、池坊の指導らしいが、子どもたちの作品が小学生とは思えないほどの達者さで、「皆伝」も見かけるので指導者も出展していると思っていたが全員小学生で、しかも名前が物々しいので号のようなものかと思ったら全員本名だそうで仰天した。多分、池坊の親たちが子どもに付けた名前だと思うが、こんな侍のような名前では将来苦労するなあと親の欲目で付けられた子どもたちが名前負けしないことを願うばかりだ。

一巡したら出ていかないと閊えるので俳句を詠んでいる閑はあまりなかったが、出ると塀沿いに角を曲ってもまだ続いていたので最後尾のプラカードを掲げた係までは百メートルはあったと思う。お祭の俳句は始まる前とか終りを詠んだほうが月並にならないよと教えて、最後尾のプラカードの若い男の係が寒いせいか背中のジャンパーにプラカードを挿して両手をジャンパーに入れていたので、こういうのを詠むと面白いよと言ったが、どう詠んだらいいかわかんないから手本を見せろと、弟子のくせに年は後期高齢者でわたくしより上なので師匠を指図するところがあるが、まあ、しょうがないと、

  最後尾の札を背に挿し懐手 白頭

と詠んだ。どれが季語?懐手だ、懐手が冬の季語なの?本来は和服の手を袖から出さずに懐に入れて暖をとることを言うが、まあジャンパーでもいいだろう、と師匠もアバウト。

亡くなった御主人を偲ぶ俳句を詠みたいというのが彼女の本意なので、じゃあ近所の「サイゼリア」で安上がりに行こうと寄ったら階段まで家族連れのお客が順番待ちで、こりゃあ無理だと、家庭料理の「さつき」に電話したら空けとくと予約が取れたので足を運んだ。彼女は生前の御主人と常連だがわたくしは二度目だが風体がお吟仕立てだったので強烈な印象を店も客も受けたらしく「俳句の先生」と覚えていて、「柿色の形見の服や冬隣」でもらった柿色のウィンドブレーカーを着ていったのでをさみさんが、これ主人の着ていた服といったので店のママも覚えていた。詠んできた俳句を添削しろと催促するので、一句目は、

  春たけなわ 友の見舞に Vサイン をさみ

真冬に「春闌」ってなによ。主人を見舞いに来た友達にVサインをした時を思い出したのであれは春だったと歳時記見たら「春たけなわ」が気に入ってこれ使いたいと思って。だとしても友だちが見舞いにわざわざ来るんだから重篤な状況で気丈にVサインで答えているわけだが「春たけなわ」は「春深し」の傍題だから知らない人は末期ではなくてもう快復間際の春風邪とか足をくじいたといった春爛漫で浮き浮きしている情景を想像してしまう。だったら、今日のような朝晩は寒いけどまるで春の陽気のような十一月の季語「小春」の方がいいと思うよ。「玉の如き小春日和を授かりし 松本たかし」という「授かる」という思いがこの季語にはある。小春日とか小六月とか立冬を過ぎても春のように日中は晴れて暖かい日の方がいいのではと言うと、先生に貰った山本健吉の『季寄せ』には載っていなかったと言う。そんな馬鹿なと見たら確かに載っていない。載っていないのは当たり前だ。これは春では無く冬の季語だから「秋・冬」を見ないと駄目だっぺよ。実に困った弟子である。

  小春日や友の見舞にVサイン

なら、本当は厳しいが、友が春を運んできたようにも季語が支えてくれるからと言うとをさみさんも納得してくれた。

まあ、こういう凸凹師弟だが、俳句を詠むことで主人との思い出が形になって主人の兄やお母さんが共鳴してくれるのが嬉しくて、こういう形で受け入れてゆくと自分も新しい気持で生きていけると、週二回の養老施設の掃除と食事の用意を朝の七時半から夕方の四時半まで勤めて、明日からマンドリンを習いに行くと言っていたので「ふさぎこんではいけない。仕事をすることです」というチェーホフが妻オーリャに言った手紙を思い出した。

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星空のごとき絣を着て初冬

吹き寄せのお干菓子、ラスカルさんに食べていただけないのが残念。お抹茶一服で10句くらい詠んでもらえそうなのにね(笑)。

で、今日の和服のお客さん、言語聴覚士さんにお出ししました。先日お吟さんが縫い上げた久留米絣を着てくださっています。見たこともない星空のような絣柄が好評だそうです。イアリングの星形がキュートです。着物好きさんの茶話会で「なぜ、こどもをおなかに宿したときから着物を着はじめたか、なぜ、今も着物を着て通勤しているか」についてスピーチするよう頼まれているそうで、お吟さんは「是非ユーモアを交えてね」と応援しました♪

花八つ手まぢかき星のよく光る   石橋秀野

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冬うらら干菓子どれから食べやうか

おはようございます(^^)

お吟さん、
干菓子、とても美味しそうです~!

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初冬の吹き寄せ干菓子手づくりで

おとついは我らがお茶人の炉開きで、きのう、善哉の残りを紅葉を見ながら頂いたけれど、手づくりの吹き寄せのお干菓子もおすそ分けしてもらっていて、こりゃ明日の和服のお客さんにぴったりだわと写真を撮ったら、あらら猫髭さんの満天星躑躅の紅葉の写真の色合いによく似てる(笑)。本物のぎんなんも混じっています。お吟作の土臭いお皿の出番ね♪

    北向の庭にさす日や敷松葉   永井荷風

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死ぬまでは生きると決めて冬の蝶

おはようございます(^^)

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冬の庭父の残せし木と話す

おはようございます😃

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冬来たる白帯なれど副主将

わたくしは高校時代柔道部で白帯でしたが(黒帯取る気はしませんでした)対外試合は副主将で負けたことはありませんでした。負けなければいいだけなので勝つ気はなかったから相手が技をかけに来たら返し技で防いだだけで引き分けになるけど負けたことにはならない。喧嘩でもかかってくれば足払いで相手を倒して胸を踏みつければ歯向かわないのでそれ以上こちらにいたぶる気はないので、喧嘩を売るなら相手はするがこちらから売ることは無いと相手もわかればそれでいい。自然と受身が取れるので介護では障害者をかばって倒れるときなど癲癇患者が発作で倒れてもわたくしがサブに付いていると咄嗟に下敷きになってカバーするので事故にならないと皆メインのガイドヘルパー達はわたくしがサブだと安心だと言っていました。芸は身を助くというわけです。そう言えば野球の応援団も副団長をやらせられたなあ。どうも主将とか団長とかは性に合わない。家業も社長が厭で副社長で勘弁してもらったが、仕事は板金工の下っ端で十年近く休みなく働いていたから誰も文句は言わなかった。仕事は最後まで投げ出さずにやるが和して同ぜずで肩書は断った。結局生涯の最後の仕事が派遣の介護ヘルパーというのも頷ける人生だったということになる。

  降る雪や世を忘れ世に忘れられ

がわたくしの辞世の句ということになるだろう。

そうそう、今日の最後の仕事の89歳の車椅子老人が夢を見たという話をしてくれた。もう自分は右の耳も聴こえず、視力も衰え、足も上がらないから死期が近いので見たのかもしれないと言う。どんな夢なのと聞くと、田舎の道を歩いていたら甥っ子が歩いていたので、何かあったのかと聞くと伯父さんが亡くなったので葬式をすることになったという。そうか自分の葬式かと思って「じゃあ先にお寺に行ってるよ」とお寺に向かったという夢だった。ここに死んでるのが俺だったらそれを見ている俺は誰なんだという、まるで落語の「らくだ」ではないかと笑ったら、そうだよねえととお客も笑った。傘寿を過ぎたらなんで死のうが老衰ですと病院は言うから、まして米寿を過ぎたら赤飯炊いて祝うから、お迎えが来るまでは生きてればいいのよと笑いあった。しかし、「じゃあ先にお寺に行ってるよ」というのは笑えた。(*^▽^*)ゞ。

投稿しようとして茂雄親方につないだらお吟さんを飛び越していた。
写真は午前中の善福寺川の俳句老女の車椅子介護をしながらの満天星躑躅の紅葉。日の当たらない下のほうの色合いが和の色合いで美しい。こういう誰も見ないところに美しさを見つけて喜べる俳人というのは幸せの目線が世界で一番安上がりな人種だねえと笑いあった。

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自転車で来てギター弾く冬紅葉

高齢じゃない恒例の、書家・お茶人・美容師・仕立屋で紅葉狩り。去年は岡山大学のキャンパスで黄落を楽しみ学食をいただいたのだけれど、今年はすぐそばの運動公園で、モミジバフウ・タイワンフウ・メタセコイア・南京櫨など堪能する。きのうは、お茶人の茶室で炉開きをしたそうで、善哉の残りを魔法瓶に入れて持ってきてくれた。一休が茶会で出された小豆のお汁を「よきかな、よきかな」と褒めたところから「善哉」と呼ばれるようになったとか。

お椀の善哉、黒文字一本で食べるのが礼儀と言われ、その通りにしたらちゃんと食べられたので感心する。杉の芯の部分を箸にした赤杉を一本添えて、二本で食べることもあるとか。茶道は大真面目で可笑しい。昔は、赤杉は粗末なものなので、二つに折って返したというが、現在はお高いので、洗って取って置くそう(笑)。

口切やふるきまじはりまた重ね   及川貞

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柔道の黒帯固く冬に入る

おはようございます。

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