大雄山線 沿線(ざる菊祭り、最乗寺)の撮影
<10月24日(木)>
集合場所:大雄山線小田原駅改札口10時当日雨天の場合
当日雨天の場合:小田原城
予定通り実施で:帰りの大雄山線で途中下車して撮影することもあります
21日に神奈川県地域労働会館で、「9.21ストッププルトニウム神奈川連絡会学習会」が催された。ゲストは「おしどり」のお二人で、原発事故を長年取材して集めた豊富な数値データと資料写真、ビデオ映像をもとに、福島原発事故発生から現在の原子炉デブリ取り出しの進展まで2時間超えで熱弁をふるった。ここでは、その中で印象に残った幾つかを紹介します。
原発事故から間もない、3月19〜21日にかけて吉本興業主催の「春休みお子様キャンペーン」が開かれ、大阪から東京よしもとに移ったばかりの夫婦漫才「おしどり」も出演していた。舞台では、爆発とか不安を煽るような言葉は使わないようにと言われていた。子供達をまえに、いま起きている本当の事を伝えなければいけないと、そのとき強く思ったそうだ。それ以来、ニコ動で資料を調べたり、記者クラブに紛れ込んだりした。東電記者会見では毎回取材に参加し、一般紙の記者が年々減る中、2023年には一人になった。2024年にデブリ取り出しで記者が急増したのは、今のマスコミの実態をよく現している。取材は福島の被災地をはじめ、脱原発を決めたドイツの市民運動にまで及んだ。
取材で明らかになったのは、廃炉に向けての「長期ロードマップ」のずさんさであった。それでも、事故から13年に渡る経緯について、マスコミは一様に口を閉じていることに疑問が生じた。後になって一連の開示請求により電通が「心の除染」というパンフレットを各方面に配り、事故処理のネガティブな内容をマスコミから遠ざけるよう働きかけたことが分かった。また、農業従事者の声として、国の行う空中放射線量調査だけでなく農地の面放射線量の調査が身の安全に必要との強い要望が上がっていることなども紹介された。さらに多額の事故総費用、除染作業における作業員を取り巻く劣悪な労働環境、被曝労災保険の問題など話題は多岐に渡った。
長い講演の後のまとめとして、自分たちが動いて行動していくことが大切であり、事故処理を担う労働者ひとりを守ることが、国民みんなを守ることに繋がると話された。
学生時代、FM放送から流れたメリー・ホプキンの「悲しき天使」(原題Those were the days)に魅せられた。胸に響くメロディーと天使を思わせる澄んだ歌声が心をとらえたのだと思う。あとで知ったが、この曲はポール・マッカートニーが彼女のためにプロデュースしたものであった。森山良子がカバーした日本語の歌詞と歌声も哀愁をおびたものだった。いまでは、歌詞の意味につくづく共感する歳になった。先日、YouTubeで「悲しき天使」の原曲であるロシア民謡の「長い道を」を視聴することができた。これも、とても美しい歌詞で、英語、日本語、ロシア語それぞれを比べると楽しい。世界各地で戦禍の絶えない中にあって、歌声や文学・芸術を通じて平和を築いて行けないものかと切に願う。
昨日の雷雨はすごかった!買い物を終えて帰ろうとしたら、土砂降りの雨。そしてピカリ!と稲光り。バリバリと雷鳴!近くに落ちたような…。身の危険を感じてスーパーで小一時間雨宿りした。頭の中に流れてきたのは🎵にじ🎵 NHKのど自慢で小学校の音楽の先生が歌っていた。どうやら音楽の教科書に載っている、新沢としひこさんの作品で小学校では定番の作者らしい。空に虹は確認できなかったけれど、心は晴れた。
18日に、かながわ県民センターで「かながわ歴史教育を考える市民の会」主催による「9.18満州事変記念市民集会」が行われた。その中で、神奈川大学講師の谷川雄一郎さんによる標題の講演の一部を以下に紹介します。
「間島」(カンド)とは現在の中国吉林省延辺朝鮮民族自治州にほぼ該当する地域で九州くらいの面積を持つ。朝鮮半島から様々な理由で移住してきた朝鮮人の末裔が多く居住している。
1910年の韓国併合から続く日本の朝鮮植民地支配から逃れた人々の独立運動の拠点となったのが「間島」であった。間島出兵とは1920年10月、日本軍が不逞朝鮮人団(武装した独立派)討伐を名目とし中国東北部に侵攻し、住民を大量に殺した事件である。
間島では毎年クリスマスになると教会ではモーセの劇を行っていた。旧約聖書から民族解放の主題を取り上げ、その指導者であるモーセの劇をして民族的な願いを表現した。キリスト教系の私立学校、端甸(ソジョン)書塾や明東(ミョンドン)からは1,000余名の革命人材を輩出した。
1919年の三・一独立運動は間島にも波及し、独立派100万人以上の参加があり死者7645人、負傷者4万5562人に及んだという。当時、銃火器を持たなかった独立派は、その一部がロシア革命勢力と結びつき武装闘争を開始する事になる。
間島出兵におけるジェノサイドの有り様は、調べる事なく住民を見境なく殺し、4,5歳の子供まで含まれたという。カナダ人宣教師の報告により国際的な問題になったが、陸軍参謀部は不逞の徒と良民とを判別するのは困難であったとの意見書を欧米に向けて送り弁明を行った。間島からの撤兵は1921年5月であった。
おわりに講演者は、「15年戦争」という「区切り」をどのように考えるか、強権的な植民地支配が何をもたらしたのかの視点で、東アジアの近現代史における「間島」のもつ意味と歴史教育を考える事の重要性を訴えた。
<合評会>
日時 9月5日(木)午後3時
場所 高校教育会館会議室
内容 六角橋商店街と洪福寺松原商店街(6月13日撮影)
の写真を持ち寄って合評
8/19は神高教シニア運動ゴルフ同好会の親睦コンペでした。会場は小田原湯本CC、
参加はアウト、インに分かれて3組、スタート時には既に30℃を超える暑さですが、しっかり暑さ対策をして元気にスタートしました。そして、全員元気にホールアウトできました。
表彰式はゆっくりお風呂に入って頂き開催致しました。この会独特な賞🏆敬老賞やドラ短賞などなどあって楽しい表彰式になりました。また、初参加の若手のご挨拶も頂き、締め挨拶は竹田幹事より頂きお開きになりました。次回(10/21箱根湖畔CC)参加も宜しくお願いします。
写真同好会の新しい作品をホームページで見られます
「写真同好会作品展」をクリックしてください
6人分の作品が掲載されています
また、これらの作品は高校教育会館の玄関ホールに展示しています
高校教育会館に行かれた際、ご覧ください
6/22、第19回総会が高教組本部で多くの方々に参加頂き、開催されました。開会、代表挨拶、来賓挨拶に続き議題、活発な議論などありました。定期総会宣言を採択して閉会となりました。
その後、懇親会を開き皆さんの近況報告などなどお伺いしながら、楽しい時間を過ごさせていただきました。また、幹事の皆様、総会の準備などご苦労様でした。
*六角橋商店街(神奈川区)~洪福寺松原商店街(保土ヶ谷区)
ー昭和レトロの商店街をスナップするー
日時:6月13日(木)
集合:11時00分 東横線「白楽」西口
解散:13時30分 相鉄線「天王町」予定