10年ほど前になりましたが、土佐市新居の新居小学校のグラウンドに集団で生えているキバナシロタンポポを2か年に渡って調査したことがあります。
その時驚いたのが、小学校が春休みになると一斉に開花したことです。当時は児童数も多く、グラウンドで遊びまわる児童はタンポポにとっては脅威だったのに違いありません。児童の足音が賑やかなうちはじっとしていて、足音が聞こえなくなると一斉に花茎を伸ばして開花する・・といったことをイメージしてみました。タンポポは人の足音を感知する能力があると考えてみました。
その時に採取した種から発芽させたキバナシロタンポポを、自宅で栽培しています。当初は鉢で育てていましたが、数年で地植えにしています。個体数はあまり増えないものの、数株が世代を代えて生き続けています。
そのタンポポが今日開花しました。
児童の足音とは関係なく、この時期に咲くようにプログラムされているタンポポだったようで、感知能力の話も単なる空想にすぎませんでした。
今日は香美市香北町から物部町にかけて調査してきました。
香北町猪野々ではクシバタンポポをやっとのことで見つけることができました。例年より開花が遅れているため、見つかりにくかったようです。消えてしまったのかと心配した後に、見つかって安心しました。
その途中で見つかったのが、頭花の半分が白く半分が黄色いシロバナタンポポです。
小泉秀雄はこれをシロバナタンポポの品種 form semialbum H. Koiodzumi ハンシロタンポポとして記載しました。
1シーズンに1個見つかるか見つからないかレベルのレアな代物です。頭花の半分が白になることは、固定していないようです。
説明不足でした。
写真に2個の頭花が写っていますが、上の頭花は通常の白ばかりのものです。中心部が黄色がかって見えますが、舌状花はすべて白です。
下の頭花の1/2の舌状花が黄色です。
昨日、須崎市浦ノ内湾沿岸の集落を調査しました。
運よく、立目摺木と西分の2か所でキバナシロタンポポを見つけることができました。
今夜、写真の整理をしているところですが、再生してみると、立目摺木で採取したものはほぼ見た目どおりですが、西分で採取したものは、見た目と全く異なっています。
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最初は立目摺木で写したものです。明るい開けたところでの撮影です。
浦ノ内の塩間から横浪にかけては果樹園(ポンカン?)が多いことから、県道から奥へ入ってみました。
果樹園に囲まれた休耕地があり、そこがタンポポ畑のようになっていました。たくさんのシロバナタンポポの中に1株だけ黄色いタンポポがあり、確認するとキバナシロタンポポでした。宮地さんおっしゃるように、キバナシロタンポポにしては黄色が強い個体ですね。
同じ株?(多分)から白い頭花を付けた茎が立ち上がりかけでしたので、全部が黄色でなくて頭花の白いものと黄色いものが混じるタイプのキバナシロタンポポですね。
No.95は道路の法面に2株咲いていました。
3月8日に浦ノ内湾北岸の県道23号を通りシロバナタンポポは採集したのですが
キバナシロタンポポには気づきませんでした。
(県道23号沿いでなく、脇・集落に入る?)
№94の写真は本当に黄色いですね、白花が咲いてなければ、黄花のタンポポと間違えそうですね。
こちらは浦ノ内西分で撮影したものです。
生えていたのが影地で午後3時を過ぎて撮影したせいでしょうか、黄色が発色していなくて、シロバナタンポポのように見えます。
撮影したのは、二つともスマホです。
見た目にはほぼ同じ黄色でしたが、これほど違います。
カメラが正確でないのか、人間の眼が騙されているのか・・・・・
龍馬空港の黄花タンポポについての疑問が解けました。ありがとうございました。
タンポポ調査2年目の私にとって、タンポポのなぜなぜはまだあります。花茎の白い液?のなぜ?。シロバナタンポポの起源、など。また、よろしくお願いいたします。
今日はお彼岸を前に、お墓掃除に行ってきました。
お墓があるのは、安芸市入河内(にゅうがうち)。
ちょっと読みにくい地名ですが、「入」は「丹生」、水銀の採掘と精錬に携わる職能集団丹生氏(にうし)が古代のころ入植した土地の一つとされる、由緒ある場所です。
残念なことに、人口流出が著しく小学校も中学校もなくなってしまい、休耕畑が多く見られる、過疎の集落になっています。
そんな集落の休耕畑にもシロバナタンポポが元気よく咲いていました。
(高知新聞に掲載されていた地名往来を参考に書きました)
