今週も天気続きなので、フラット徘徊山行にでかけました。奥武蔵の低山、行風山と雷電山を周回してきました。332mと418mの低山である。手前の雀川砂防ダムは渇水と寒さで氷が張っていた。風が当たらなければ小春日和、晴天の徘徊日和であった。行風山は視界がほとんどない藪山であるが距離増しの山としては丁度良い。大きく反時計周りに周回して雷電山頂上に到着すると、展望が見えるように木々が伐採されていた。また、赤や黄色の目印テープが要所に付けられており、手入れが感じられた。3時間余りの徘徊をのんびり終えたあとは恒例のパン屋さん(ぶたの尻尾)によった。相変わらずのおいしさと懇切接客に感じ入りながら早めの昼食をとった。今日で1月も終わり。山友に来月の徘徊山行企画を催促して今月の締めとした。
6年前はもっと簡単にスムーズに進んだ感じだけれど、ルートの道悪が進み、何かと時間がかかりました。1日目は親川バス停から丹波天平尾根から三条の湯泊まり、2日目は三条の湯~北天のタル~飛竜山~前飛竜~熊倉山~サオラ峠~丹波山バス停まで行程でした。
天候は今季、最長最大の寒波到来とかで、帰ってきてテレビで大雪のため、新千歳空港か陸の孤島となったとのニュース。道理で山頂寒さは強く、マイナス5~6度前後の状態でした。積雪自体は気にするほどではなく、チェーンアイゼンでも十分の状態でした。しかしながら、帰路の山道は崩壊気味の箇所が多いのと、これでもかというぐらいの落葉の積もりで慎重気味の下りとなりました。まあ、6年前のようにはいかないと思ってはいましたが、自然の摂理は如何ともしがたい。それでも富士は峰々まで見え、やはり冬富士はすばらしい。なんとか11時間の行程を終え、最終バス便に間に合い、車中ての安堵感を味わった。
来週予定の山行の為、下見に奥多摩まで出かけた。ついでにと三頭山に登ってきた。一般向けのルートと軽く考えていた矢先に「たまにはきついコースを歩くのも必要」といわれ、ムロクボ尾根からヌカザス尾根経由で三頭山頂上へのピストンコースとなった。なかなかのアップ、ダウンの難コース。おまけに大量の落ち葉が凍った斜面を覆い、急登の滑りを増していた。今年は1月から試練の山行か。どこかの国の首相が連呼する声が聞こえる。(働いて、働いて、働いて)登れ、登れ、登れ。ツネ泣峠とはうまい命名。登りは喘ぎ、下りはずり落ちる。何とか登りきると、頂上には人気の山らしく、5~6組の登山客、休憩中も結構一般ルートから登ってくる。中には運動靴の登山者も。「今日も富士山が見事な容姿で正面に見える。」これを見たいので頑張れる。帰りも長い道のりとなったが日差しの温かさが寒風を和らげてくれた。陽のあるうちに駐車場にたどり着き、安堵の内に帰路につけた。
関東地方は寒い晴天の年明けとなっています。いつもの山友を誘い、武蔵野の低山散歩にでかけた。山友は今年の山始めらしい。
初めから足慣らし程度の山と考えて、越生の雨乞山に行くことにした。勝手知ったる武蔵野とはいえ、あまりにも嘗めていた。いつもの駐車場所についたら、私は携帯を忘れていることに気づく。O氏に携帯忘れたから、ナビ頼むときいたら、「俺も地図は持ってない」工程は1時間強程度と想定していたのでいつもの大体こんな感じルートの始まりであった。案の定、途中ルートを誤り、別の山を徘徊、下山して農家のご主人に聞いて、別の方角を目指す。途中、この辺りの山ではとの山勘でまた違った里山を徘徊する。なんだかんだと目印の大クスを発見し、なんとなく道路を上の方に進み、峠まできて、こちら側の山ではと入り口を探して、登ってみると、340mの雨乞山に到着、なんの変哲もない頂上ではあったが辿り付くのに2時間30分かかったことになる。しばしの休息はO氏愛妻手作りのサンドイッチを頂いた。帰路が少し遠い感じでだったので帰り道はO氏が峠で見つけていたまっすぐな林道を進むことにした。するとこの行程で唯一想定していた通りの林道十字路の稜線にでることができた。それで安心して途中、一度間違えて引き返し、無事、駐車地点に着いた。3時間30分、歩数17000歩は山行と呼べる行程である。なんともいい加減な徘徊山行ではあったが、勝手知ったる大まかな地形と晴天の午前中とあれば、高齢者の無謀ととがめる無粋な輩はおらんでしょう。
何と今日、埼玉のご当地大安売りスーパー「アライ」に生桜エビが現れました。かつてベルクで見てから四半世紀ぶりの登場です。もちろんゲットしてきました。しかもひとパック500円という良心的価格でした。
今夕は刺身で、明日の昼には長ネギとのかき揚げでいただく予定です。合わせる酒は、先日買ってきた津南醸造の「霧の塔」(の後継品、懐かしい山行を思い出します)でいきましょう‼️
まったくもってシメシメです。アライに大感謝❣️
今年は紅葉の当たり年といわれましたが、関東以北はそろそろ終わりの時期。中津川渓谷の紅葉もすっかり落ち、冬の景色へと衣替えの時期でした。そんなかなで、近年目をつけていた粟野山の紅葉を観に行きました。こちらは少し時期は終盤の様相でしたが、見事な紅葉となってました。秩父の山は植林が進み松が多く、紅葉を見れる山は少ないなかで、ここは人もなく、ひとしきりの静寂と色合いを楽しむことが出来る場所です。勿論、熊対策と道悪を覚悟していく必要があります。毎年、時期合せが難しく、去年は12月にはいってからが時期だったようです。目安は街中の神社のイチョウの葉が落ち始めたころが良いようで、今年はすでにイチョウの葉は落ちていました。ともあれ、近場で最後の紅葉を楽しめる手ごろな低山です。
このところマスコミでも静かにブームな(でもちょっと期待はずれな)「レモン彗星」次に見えるのは1000年後❗️その頃人類はこの地球に残っているでしょうか?
先日、夕方の西空がよく見える場所として、筑波山はどうだろうと当地にとっても詳しいO姉さんに相談させていただきました。詳しくアドバイスしてくださったのですが、彗星が予想ほど明るくならず、また天候もしばらくハッキリしなくて遠征は諦めました。
で近くの河川敷に適地を見つけて、数回見に行きました。でも肉眼では全く歯が立たず、双眼鏡で何とかぼんやりした本体(コマ)が見えるだけでした。で昨冬から導入したスマート望遠鏡で撮影したのが添付の写真です。三夜目でようやくほぼ全景が写りました。
それにしても眼視できる彗星はなかなか来ませんね。1997年のヘールボップ彗星以降見た覚えがありません。そもそも歳を重ねたその結果、もう見られない天文現象が出始めました。あといくつ良いものが見られるか、楽しみだけどちょっと寂しい気分です。
今年は紅葉の当たり年らしい。関東周辺の山はそろそろ紅葉がどこに行っても綺麗である。三連休の中日に鹿俣山に来てみた。
群馬の1637mのスキー場が併設されている山である。新緑の春先には来たことがあったがこの時期は初めてである。先週の日光・社山の紅葉も見事であったが、ここの紅葉も見事であった。少し赤色少な目であるがブナの黄色が生える紅葉であった。ルートの静寂がすこし熊怖ではあるが、同行者の笛と痴漢防止装置の音の響きで万全対策であった。なかなかの穴場人気ルートであった。帰りの「下山」で古民家そばによった。前評判通りの絶品で、蕎麦もさることながら天ぷらの野菜が絶妙、必ずまた来たい店に入る名店であった。リンゴの里にも立ち寄り、お得感満載の山行となった。
やせてもかれても3000m峰である。紅葉が山全体を覆い、はえまつの緑と混ざり、パッチワークのように見事であった。九月下旬が最盛期らしいがまだまだこれからも見どころである。観光化がすすみ、日本で一番手軽に3000m峰に登れるこの100名山は、なんと紅葉期も絶景であった。スキーの季節に登山で登頂したことはあったが、景色は別物である。頂上の小屋や奥社は今日は開いていた。登山客も多く、予約なしではバスに乗れない。曲がりくねりの山道を50分、標高2500mまで登る。日本一高い標高のバス停であるらしい。下の街の民宿に泊まったが、何処も温泉は素晴らしい。泊まったK松荘はコスパも素晴らしく、9000円の宿代で一泊2食付きの料理が堪能できる上にカンビールが280円となんとも良心的な価格。高騰の波にのまれている山岳地域の多い中、ここも北アルプスの南である。追加で前日散策した3つの滝がなかなか傑物、一見の価値ある滝と書き加えておきたい。
暑さも和らぎ、山はいよいよ秋本番を迎える。やっと高山へと意気込み、連休最後の日に谷川岳へと向かった。曇りの予報が天候は悪化、登山口駐車場につくと、小雨交じりとなっていた。上空を通過するロープウェイを眺めながら「これじゃ上の景色は全然だめだなあ」「ロープウェイ代がもったいないなあ」と早くも路線変更を考える。雨の中、一ノ倉見学で良しとしようと林道を歩く。それでも懐かしの林道はなんとなくワクワク感が出る。若いころの記憶が思い出される道だ。一時間程歩いて、一ノ倉出会いに着く。ガスで頂上は見えないが、記憶の中の圧迫感が伝わってくる。今年のこの時期で一ノ倉沢には残雪が下部付近まで多く残っていた。今年は雪が多かったのだ。変動する気候をここでも実感する。帰りの林道で電気利乗合バスに会う。10人ぐらいの登山客が乗っていたが、すべて今日の雨で予定変更したのではないかと思われ、親近感をもって何となく挨拶をした。
心地よいハイキングを2時間程で終え、風呂と新米を求めて、道の駅を目指す。5kg4200円沼田産こしひかり新米をゲットした。
昼食はいつものとんかつ屋トミタで満腹。少し意欲空振りの山行ではありましたが、老体には優しく満足のいくフラット登山となりました。
2週間前のリベンジを果たすべく、山友に誘われて谷川岳に向かった。土曜日とあって混雑は覚悟していたが、ルートはなかなかの銀座通りであった。夏場の間、久しく遠ざかっていた登山ではあったが、体は順応でき、無事、山頂へ。満員御礼のトマの耳の山頂は避けてオキの耳の下部で大休止とする。ガスも晴れてくれて対峙する白毛門もハッキリ、後方の平標方面につながる稜線の見事さは久しぶりの絶景であった。景色の良い山はいいなあと一同、感慨にふける。帰る登山ルートも渋滞、ブームになる百名山の悲哀を自分の衰えを含めて感じてしまった。なにも下山の板橋の上でこけて痛い思いをしたから感じたことではないと弁明しておこう。