忙しすぎて時間が足りないよお(ρ_;)
小倉智昭さん死去(77歳)。
いろいろ問題もあるマスコミの中でこっそり抗っていた人だと思っているので、
とても残念です。
ご冥福をお祈りいたします
あっちが少し平和っぽくなったら今度はこっち、みたいな感じですねえ。
まあ、誰がいいとか悪いとかは別問題ですが。(というか勉強不足…。)
https://elpais.com/internacional/2024-12-08/los-rebeldes-derriban-el-regimen-de-el-asad-tras-13-anos-de-guerra-y-el-dirigente-huye-de-damasco-en-avion.html
さて、寝よう、と思うと、そこで「あ、あれをやっていなかった」と思い出すことが増えました。
明日できることは今日しない、と決めているので、そのまま寝てしまうことも結構あるのですが、
そうするとまた翌日夜、「あ、あれをやっていなかった」と同じことを思い出すような気がします。
一応、その日やるべきことのリストも作っているんですけどねえ。?(゜_。)?(。_゜)?
>親しみやすい言葉による詩や翻訳、エッセーで知られ、戦後日本を代表する詩人として海外でも評価された
>谷川俊太郎(たにかわ・しゅんたろう)さんが13日午後、老衰のため死去した。92歳。東京都出身。
『二十億光年の孤独』…だったかな、とても好きなんです。
大学時代、渋谷の童話屋というところで彼を囲む会があり、同期のS君を連れて一緒に行きました。
母に頼まれていたので質問もして、S君が「わあ、質問した」って驚いてました。(笑)
そのとき買った本にサインをもらった記憶があります。
私がもっている数少ない『有名人のサイン』です。
それにしても、あのときすでに彼がそこそこおじいちゃんだと思っていた私。
その後何かでニュースになるたび、「おや、嬉しいね、まだ生きてる」とか思っていたのですが、
そもそも年齢の認識が間違っていたようです。(^^;)ご、ごめんなさい
亡くなられたのは哀しいけれど、老衰ってところが彼らしい気がしました。
さすがです。
ご冥福をお祈りいたします
このとき童話屋に連れていってあげたS君がそのお礼にと言って連れていってくれたのが、
表参道にある『クレヨンハウス』。
気に入って、その後何度も行きました。私一人でも相当行ってますし、
たぶん私の歴代の彼氏は全員強制的に(笑)連れていってます。
あ、S君は彼氏とかじゃなく、単にとっても仲良しだった同級生。
彼の結婚式(披露宴)には新幹線に乗って行ったのですが、その帰りに同級生(や後輩もいたかな?)数名と
「コーヒーが飲みたくなった」と新幹線内で売りにきたコーヒーを飲んだ記憶があります。
(そして、一番のコーヒー好きだったたこ焼き村くんがちょうど眠っていてコーヒーを飲みそびれて
あとでがっかりしていたような…。(笑) ごめんね)
そういえば、私の大学時代のスペイン語学科のほうの親しい友人って、男性のほうが多いんです。
なので、S君の結婚式にも普通に出たのですが、やっぱり地方ではそういうのがあまり普通ではなかったのか、
「新婦のイトコさんですか」みたいなことをいろんな人に訊かれました(彼女に似ていると言われました)。
私は彼女が大好きなので、そうやって間違えられてなんだか嬉しかったです。
谷川俊太郎さんのサインをいただいた童話屋は今はもうないのではないかと思います。
(私の勘違いでなければ。)
『クレヨンハウス』はそういう流れで知った本屋なので(名前だけは前から知ってましたが)、
ずっとお気に入りの場所で、以前は仕事と仕事の間に中途半端に時間があいたときなどにも
ふらりと行っていましたが、最近ではまったく行っておりません。
コロナで出不精になったり、線状降水帯の大雨で滑って宙を飛んで怪我をしたり、
そのへんもなかなか行けなくなった原因ですね。
ここ半年ほどは仕事が忙しくて、都心に出ても大急ぎで帰ってしまうので、
どこかでのんびりする、というのが難しくなっています。
ま、仕事がいただけるのはありがたいことですが。
表参道と銀座は大好きなので、早く脚を治してまたぶらぶら歩きにいったりしたいです。
某警察での接見通訳。
私は弁護人が到着する前にトイレに行っておくようにしているのですが、
以前はたいていの警察署では、事情を説明してトイレに行きたいというと
そのまま貸してくれてました。
でも、このところ3回ほど行った警察署では、「奥に人を入れる」ことにかなり慎重です。
それ自体はいいのですが、なぜか毎回やることが違うんです。
1回目は、昔あちこちの警察でやったように、窓口の人とかに声をかけると
「わかりました。あちらです」と指してくれたので、そのまま行きました。
2回目は、同じようにしようとしたら、黄色い紐のついた許可証をくれて、
それを首から下げて行くように言われました。
3回目は、弁護人と接見室に行くときと同じ青い紐のついた許可証を出され、
しかも、なにやら紙に名前などのデータを書かされました。
早く行きたいのにな、トイレ。
先に名前を書いた紙を出したし、青い紐の許可証をもらったんだから、
このあと私はもう一度手続きしなくていいのかな?と思ったのですが、
弁護人が来たらやっぱり一緒にあれこれ書かされました。
どうでもいいんですが、なぜ毎回違うんでしょうね。
謎です。
昔から思っていること。「オカルト好き」という人って、
(現時点では)オカルトに分類されるような能力が自分にはないからこそ、
のほほんと「好き」とか言っていられるんだろうなあ、ということです。
明日来る手紙を読んでしまうなどいろいろあるうちの母は、「オカルト番組は怖いから観ない」と
昔よく言っていたものです。
一方、父はオカルトが結構好きで…。一時期、自分の本棚に入りきらなくなったその手の本を
今の家に越してから何年もの間、弟の本棚に置いていて、「悪影響だ」と母に怒られたりしてました。(笑)
私は子供の頃、チリに住んでて、日本語で読める本があまり手に入らなかったので、
大人向けだろうがなんだろうが本棚をあさって片端から読んでました。
なので、「地球の中身が空洞で、そこに別の太陽が」というかなりあり得ない話も知ってますし、
もともと5歳くらいのときから宇宙の話が大好きで、買ってもらった宇宙関係の本をぼろぼろになるまで
読んでいたりしましたから、「宇宙関係(ちょっとオカルトなもの含む)」の知識は結構あったりします。(笑)
で。数日前、ふと気づいたんです。
子供の頃、父に教わった「風を呼ぶ呪文」。大学時代はこれ、かなり重宝しました。
(教室で語劇の練習をしているときとか…暑かったんでしょうね。)
小学生の頃、超能力の訓練(?)がブームになったこともありますが、
練習をしてみて、自分にはあまりそういう能力がないんだなあ、と思ったのでした。
なので、風だけはちょっぴり呼べるぞ、というのは、ひそかな自慢でもあったのですが…。
私にその呪文を教えたはずの、うちの父。
父がそれを教えてくれたときは、当然(たぶん数回)口に出しているわけですが、
そのときに風が吹いたという記憶はないんです。
なんだよ。自分じゃ呼べなかったんかい。(笑)
母方の祖母は、いろいろ見ちゃう人でした。
そしてその祖母が亡くなったとき、電話で訃報を受け取った父が私に教えてくれたのですが、
母はどこかに行ってました。しばらくして帰ってきた母は、髪型がきれいになってました。
美容室に行っていたみたいです。「あ、いや、そろそろかなと思ったんで(お葬式)」。
まあ、1年ほど寝たきりになっていたから、まあそういうこともあるかな、と私は思ったのですが、
いやにタイミングが合ってるな、とは思いました。
そのあと、弟(当時は会社員)が帰ってきました。
「あのね、おばあちゃんが亡くなったんだって」と私が言いかけたら、
弟は「うん、知ってる。だって帰ってくる途中で僕に会いにきたから」。
Σ( ̄□ ̄||) えええ …おばあちゃん、私のところには来てくれなかったのに?(←そこかい(笑))
弟が車を運転して会社から帰る途中、祖母がお別れに来たそうです。
考えてみると、母方の親戚は皆大阪に住んでいて、一方、私は頻繁に祖母に手紙を出していたので、
一番気になるのはうちの弟だったのかもしれません(ずっと会ってないから)。
まあ、それなら仕方ないです。
先日、私が知らない道を運転していた弟が「あ、ここでおばあちゃんが来たんだ」と突然言いました。
は?と思ったら、そのときの話だとわかりました。
まあ、そういうわけで、弟のほうが私よりその手の力はちょっぴり上だったりする気がします。
どうでもいいオカルトな話でした。(笑)
でも、今の時点では「怪しげなオカルト」とされることだって、もしかすると将来、普通の「科学」になっている
可能性もなくはないはずです。
ガリレオ・ガリレイやコペルニクスだって、「地球のほうが太陽のまわりを回っているなんてあり得ない、
非常識にもほどがある」とか言われたわけですしね。「大西洋の向こうにインドがあるなんてそんなバカな」と
言われた人がアメリカ大陸を発見したわけですし(当時彼はそこをインドだと思っていたようですが)。
なので、あまり頭から「そんなの聞いたことがないから嘘だ」とか「偉い人が言っていることが正しいはずだから
あんたは間違ってる」とか言わないほうがいいんじゃないかな、と思います。
スペインに行ったとき、マドリッドででかい本屋に行ったら、科学関係の本がたーーーくさん本棚に並んでいて、
科学大好きな私は結構興奮しました。で、タイトルだけでも眺めて帰ろう、と目を走らせていたら、科学の棚の隣は
オカルト系で、同じくらいたーーーくさんの本が並んでいました。Σ( ̄□ ̄||)
メキシコやブラジルでは普通に新聞の社会欄にポルターガイストだのUFOだのなんだののニュースが出てますし、
世界は広いぞってことです。(笑)
たとえば、星占いで「今日は××座の人は赤がラッキーカラー。場所は図書館が幸運を呼びます」とか書いてあったとき、
私は誕生日で12等分しただけなのに、同じ星座の人は皆同じ運勢、というのはなんかねえ、と思うんです。
だから、「赤い服を持ってないから今日はでかけない」だの「あんたも××座なんだからそれに従って」なんて言うのは
ナンセンス。でも、せっかく見たから、じゃあハンカチくらいは赤にしてみるか、という程度のことは、
その人の好きにすればいいんじゃないの?とも思うわけです。
星占いはある程度までは「統計」の問題だと思うので、思い切り全否定するのもまた違うかな、と思いますから。
しばらく比べているとわかるのですが、当たりやすい人や全然だめな人もいるので、
占いを信じすぎるのはお勧めしませんけどね。
(当たりやすいのは「当たったように思わせるのが上手」なだけ、という可能性もありますしね。
どっち方向でも、他人に迷惑かけないこと、そして信じるのはいいけれどほどほどに、ってことです。)
一時期(私用でも)あれこれ買ったのと、仕事で結構郵便を出すのとで、
いろんな額面の切手を持っております(仕事用と私用のは別カウントしてますが)。
今回、はがきも封書も郵便料金が値上がりして、その差額分の妙な切手も売り出されています。
(交換すると手数料を払わないといけなくなりますからね。)
でも、昔の切手を持っているんだから、そこに差額を貼るとすると、それぞれいくらになるかな、
何円の切手を買い足すと便利かな、というのを先日からあれこれ計算してみたりしておりました。
今日、公判のついでに、別の部で頼まれていた起訴状と追起訴状の翻訳文を直接持っていきました。
郵送しているとえらく遅くなって嫌なので。
で、気づきました。
最近ずっとこれをやっているんですよ。よその部の公判のついでに起訴状の翻訳文を直接持っていって
書記官に手渡し、っていうの。
つまり、最近全然封筒も切手も使ってない、というわけです。
先日のあの計算の苦労はいったい…。(ーー;)
最近何度かあったのが、金曜午後に検察庁などから電話が来て、
「来週使う書面、これから出します」っていうやつ。
で、これがどれも火曜か水曜に届いているんです。
特別なやつのスタンプや、速達のスタンプなんかが押してあるんですが、
それでもこれより早くは届かないんですね。(家で待ち構えているので、
「ぴんぽん押したけどすぐに出なかったから」っていうやつじゃありません。)
金曜に出して翌週の水曜だと、5日間。と指を折りながら日数を数えていたら、
弟が「江戸時代の飛脚は江戸から大阪まで5日間で届けてくれたらしいよ」と
言い出しました。
飛脚と同レベルなんですね、今の郵便は。
昔へ逆戻り。なんだか哀しくなってきました。(笑)
まあ、郵便のサービス低下は、人手不足のせいでもあります。
人手不足なのは、少子化のせいです。
でもただただ「もっと産め、育てろ」じゃだめですよね。
みんな、将来が不安だったり、(よその国よりはマシな人が多いとはいえ)ビンボーだったりするから、
とてもじゃないけど産めないわけですよ。
じゃあ、何がいけないのか、どうしたらいいのか、とぼやいていたら、
弟が「消費税をいったんゼロにするか、3%か5%まで戻すだけで、
かなりこの国の経済はよくなるはずなんだよね」。
犯人はそんなところにいたのかあ。
でも、議員さんとかが減税を声高に叫び始めると…どういうわけか必ずスキャンダルが発覚して、
足を引っ張られます。(謎)
この国には誰か、減税だけは絶対に阻止したい人がいるようです。
最近の「闇バイトでの詐欺やら強盗やらのニュース」を聞いたりしているうちに、
だんだん精神が疲れてきて、
自分がもし神様だったら「もうこの国はだめだからリセットしちゃおう」って
思いたくなるよなあ、と考え始めました。
ノアみたいに箱舟作っておこうかしらん。(違)
なぜか今週は月曜と火曜がごっちゃになったり、
火曜を水曜と思っていたりして、
昨日は金曜なのに木曜だと思っていたので(裁判所には間違えずに
行きましたけどね)、
裁判所の帰りに新件のオファーがあって、とんでもなくうるさい
駅のホーム(のベンチ)でしゃべったりして、
切ったあとで「ん。あれとあれを訊きそびれた」というのが出てきました。
でも、「ま、仕方ない。明日は金曜だから朝電話して訊きましょ」と思って
そのまま帰ってきたのですが、帰宅後2時間くらいしてから「あれ?
今日って金曜…明日は土曜だから裁判所あいてない」と気づきました。(汗)
また月曜に電話しなくては。
まあ、とにかく起訴状はまたしても郵送じゃなくて…ということになりました。
タイミングが、ね。
とか言いつつ、実は昨日、「とりあえず年賀はがきの一部と、3円切手だけ買おう」と思い、
裁判所の中にある郵便局に行って…そこで「今は3円切手というのは、ない」と知りました。(涙)
この間の時間をかけた計算はいったいなんだったのか…。(と再び思ったのでした。)
年賀はがきはいろいろ考えて、とりあえず例年よりは少し減らした枚数買ったのですが(まだ仕事用の分だけ)、
窓口で注文したら、やたらと感謝されました。やっぱり買う人が減ってるのでしょうか。
今年は親戚が何人か亡くなっていて、普段年賀状を出す叔父や従兄弟たちでも出せないところが多いのですが、
さて、誰と誰が今年だったかな、とさきほど母に尋ねたら、話が合いません。
「××さんは去年よ」と母が言う人は、絶対今年の春でしたしね。
そもそも、過去も未来もごっちゃになって、明日来る手紙を読んでしまったりする母に
去年と今年の区別がつくはずもなく、尋ねた私が悪かったよ、と反省するのでした。(ー ー;)