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ボーイ・ソプラノの館 掲示板について

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編集・削除(編集済: 2025年07月06日 19:17)

竹林 遼と松本 錦の歌声を追って

 竹林 遼と松本 錦の歌声を比べると、竹林は力強さ、松本は叙情性がその特色と言えましょう。詳しくは、「日本のソリスト」をお読みください。

竹林 遼(ボーイソプラノ)木下 牧子/きんいろの太陽がもえる朝に 福田 和禾子/赤鬼と青鬼のタンゴ(第49回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール全国大会)



竹林 遼(ボーイソプラノ)木下牧子/歌曲集「愛する歌」より “犬が自分のしっぽをみて歌う歌”、“さびしいカシの木”、“きんいろの太陽がもえる朝に”(第49回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール入賞者披露会


松本 錦(ソプラノ)磯部俶/どうぶつえんのよる 中川ひろたか/誰かが星をみていた(第48回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール全国大会)


松本 錦(ソプラノ)磯部俶/どうぶつえんのよる、上明子/たね(第48回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール入賞者披露演奏会)


松本 錦(ボーイソプラノ)岩河三郎/聞いててあげる、中田喜直/もんく、瀧廉太郎/荒城の月(第49回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール入賞者披露演奏会)

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ベジュン・メータの少年時代の歌声(3)とカウンターテナーになってから

11 フォークソングアレンジメント Vol. 4「ムーアのアイルランド旋律」:第9曲 夏の最後のバラ

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12 民謡集 WoO 31:第13曲 マリーエンヴルムヒェン(てんとう虫)
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ここまでは、1枚のLPレコードに収められたボーイ・ソプラノ時代の ベジュン・メータの歌声です。これ以後は、カウンターテナーになってからです。

ヘンデル作曲「オルランド」より「ファミ・ロッタ」 

ヘンデル作曲「ヴィヴィ・ティラノ」より「ロデリンダ」 

ベジュン・メータは友人のアロイス・ミュールバッハの助けを借りてアンコールを歌います。(2025年)珍しいカウンターテナーのデュエットです。

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ベジュン・メータの少年時代の歌声(2)

6 ソロモン、HWV 67、第1部第2場:アリア:汝と共に、隠れ家を失った荒野を歩く

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7 岩の上の羊飼い
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8 ドイツ国民歌集、第 4 巻、WoO 33: No. 25. Mein Madel hat einen Rosenmund
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9 ドイツ国民歌集、第 1 巻、WoO 33: No. 6. Da unten im Tale
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10 ドイツ国民歌集、第 6 巻、WoO 33: No. 41. Es steht ein Lind
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ベジュン・メータの少年時代の歌声(1)

1 メサイア HWV 56、第3部:アリア:神がわれらの味方なら、だれがわれらに敵対できようか。

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2 セメレ、HWV 58、第2幕第3場:アリア:汝の歩むところ(ユピテル)
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3 ユダ・マカベウス:リュートとハープは目覚めるであろう
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4 ソロモン、HWV 67、第1部第1場:アリア:我が辿る道はどこへ
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5 メサイア、HWV 56、第2部:二重唱:喜びの知らせを携えて来る者の足はなんと美しいことか…
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小6のテノールたち

 「オー・ソレ・ミオ」を歌う少年を探していたら、第30回日本クラシック音楽コンクールの小学校高学年男子の部 グランプリを獲得した山岸 洸貴(当時小6)を見つけました、ところが、声質がテノールと書いてあり、事実そうでした。変声期が早かったのでしょうが、次々とコンクールで入賞を果たしている実力派の歌い手です。プロフィールは、その後も変わってきていますので、YouTubeの説明欄をご覧ください。
   
山岸 洸貴 (小6 テノール)E.D.カプア、A.マッツッキ作曲 : オー・ソレ・ミオ〜C.A.ビクシオ作曲:マンマ (第30回 小学校高学年男子の部 グランプリ)


山岸洸貴(バリトン)G.F .ヘンデル/オンブラ・マイ・フ(第47回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール全国大会)   

山岸洸貴(バリトン)ヘンデル/オンブラ・マイ・フ、トスティ/夢(第47回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール入賞者披露演奏会)  

山岸洸貴(テノール)山田耕筰/かやの木山の F.P.トスティ/理想(第48回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール全国大会〕  


 なお、日本のソリストで紹介した高瀬久遠は、小学6年生で変声期を迎え、テノールとして出発したようです。インスタグラムで、その歌声を視聴することができます。書かれている文を読むと、ものの考え方が「大人」で、感心します。
https://www.instagram.com/quon_vo/

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「オー・ソレ・ミオ (O sole mio)」(その3)

オレグ・アレクサンドロフ(Oleg Aleksandrov (7歳))


響 (HIBIKI 13歳)
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ウィーン少年合唱団(The Vienna Boys´ Choir)
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ジェイコブ・サマニエゴ(Jacob Samaniego)

ダリル・ハシム(Dalil Hassim)
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「オー・ソレ・ミオ (O sole mio)」(その2)

シルバーズ・マレケニクス(Silvars Malcenieks(12歳))


シルバーズ・マレケニクス(Silvars Malcenieks(15歳))

アンバー・チチャ(Dzintars ČīČa)

ルイス・アレクサンダー(Louis Alexander)

エリック・ジェンテット(Eric GENTET (14歳))

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「オー・ソレ・ミオ (O sole mio)」(その1)

「オー・ソレ・ミオ」(ナポリ語: 'O sole mio、私の太陽)は、イタリアのカンツォーネナポリターナ(ナポリ民謡)。1898年にジョヴァンニ・カプッロにより作詞、エドゥアルド・ディ・カプアとアルフレード・マッツッキ(イタリア語版)により作曲されました。世界中で翻訳され、様々な言語でも歌われていますが、通常は原詩で歌われます。カンツォーネ・ナポリターナであり、オペラアリアではないが、テノール歌手が著名な歌い手として知られる。歌い手としてはエンリコ・カルーソをはじめ、最近では、三大テノール(ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス)が歌っているので有名です。また、ジャンルを超えて、ロックンロール・ポップ歌手によっても、歌われることがあります。

ロベルティーノ(Robertino)


アレックス・プライアー(Alex Prior)

アレクサンダー・ヤール(Alexander Jarl)

スタス・ミハレヴィッチ(Stas Mikhalevich)

サーシャ・チェルカス(Sasha Cherkas)

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昭和の唱歌

昭和前期(昭和元年〜昭和10年)の唱歌

 この時期の唱歌は、大正末の唱歌体系を継承しています。文語調・四季礼賛・風景描写が中心ですが、まだ軍国的色彩は弱く、中田章・吉丸一昌・岡野貞一らの流れを維持していると言えます。この時代、都会的な童謡(赤とんぼ・七つの子 など)は学校ではまだ採用されず、純粋な唱歌重視の時代と言えます。また、明治以来の外国曲に日本の歌詞をつける唱歌は続いていました。ここで紹介する曲は、それ以前に創られた海外の曲に日本語の歌詞をつけた曲が、昭和初年に歌われていた例で、「牧場の朝」のような新曲は、現在歌われているものが少ないと言えます。

「旅泊」 ビクター少年合唱隊   


「埴生の宿」 NHK東京放送児童合唱団   
 

「牧場の朝」初出は昭和7(1932)年12月「新訂尋常小学唱歌(四)」 東京少年合唱隊 


   昭和中期(昭和11年〜昭和15年)の唱歌

 昭和10(1935)年以降、教科書の改訂が繰り返される時期に入り、「国語・修身・唱歌」の一体化が進み、内容が 日本的風景・農村・労作主義 に強く傾き、都会や個人感情より、共同体・国家・労働が重視され、歌詞は口語化よりも文語体が維持され、旋律は簡明で律動的な構成が増加しました。
 農村・労作主義的唱歌としては、「稲の穂」「秋の野」「朝の仕事」「牛飼いの歌」「田植」(昭和11〜14年教科書)などがあります。
 四季唱歌としては、「春の道」「夏の朝」「秋の風」「冬の山」などがあります。
 国民的同胞意識を促す曲としては、「町の鈴」「村の友」「少年の歌」「我らの旗」などがあります。

「田植」  NHK東京児童合唱団   


   昭和後期(昭和16年〜昭和20年)=国民学校唱歌

 戦時色の強い教科書 国民学校令昭和16(1941)年により、教育唱歌はほぼ軍国唱歌・皇国史観唱歌に統一され、自然・四季の歌は大幅に縮小または削除、内容が「忠君・報国・労作・家族の道」へ集約、歌詞の多くが文語体で、調性は明快かつ力強い行進曲・軍歌調が増えています。 
 この時期の唱歌としては、「大君の御旗」「皇国の春」「紀元二千六百年」「天長節」のほか、航空・海軍・陸軍関連唱歌、国防・勤労関連唱歌がありますが、これらのの唱歌は、現在ほとんど歌われていません。 四季・自然唱歌は、ごくわずかに残存していました。
 このように、昭和期に生まれた“新作唱歌”は少ないのですが、その理由は、大正期に体系が完成しており(自然唱歌の黄金期)、文部省が「新作よりも体系の維持」を優先したことや、昭和10年代以降は軍国化で創作の自由が制限されたこと、童謡の隆盛によって、創作エネルギーが学校外に移動したことがあって、昭和に生まれた「名唱歌」は実は多くありません。
 また、戦後は、唱歌は新たに創られませんでした。

「紀元二千六百年」 永田絃次郎・長門美保  

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ポズナン少年合唱団(ポズナン・ナイチンゲール少年合唱団)の歌声

ポズナン少年合唱団(ポズナン・ナイチンゲール少年合唱団)の歌声は、継続して聴くことができます。また、制服の歴史も知ることができます。

1981年 ズジスワフ・ベルナト神父の短い声明とハンブルク=ルルプでのミサからの抜粋   


1986年 ポズナン少年合唱祭ガラコンサートより抜粋。指揮:ズジスワフ・ベルナト神父    

ボレスワフ・デンビンスキ - 「天使の叫び」  

クリスマスの祝い  
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クリスマスキャロル   

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