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今回も私の詩に丁寧なご感想を頂き、誠にありがとうございます。佳作
との評をくださり、とても励みになります。
また「斬新」と仰って頂き、嬉しく存じます。
そうですね、音楽に言える、ということは、きっと詩にも言えると思います。
今後とも、どうかよろしくお願い致します。
評ありがとうございました!
隙あらば自分語りということで、裏話をさせていただくと今月、群馬県に旅行に行った際に星野富弘美術館にはじめて行ったので詩にしてみました。それと榛名湖周辺が好きなので。つい 苦笑
と言い訳をさせていただきました。
絞るかぁ……最近長文化していたので耳が痛いです。
ありがとうございます。
11月、12月は投稿が毎週は出来なさそうですが、引き続き頑張っていきます。よろしくお願いします。
三浦志郎さま、初めまして。つる と申します。
拙作『秋の葉桜』へご感想をありがとうございます。
はい、桜は春の花が見頃ですけれども、
一年の多くを葉桜が占めることへの思いを詩にいたしました。
一種の”はぐれ感”、はい、それを自分の投影としたかったのでした。
年齢は53歳で、まだまだこれからと思います。
ご感想を励みにしまして、また書かせてくださいませ。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
三浦志郎様
拙詩「鈴」の評とご感想、ありがとうございます。
推敲不足を、映像詩、雰囲気頼みで投稿させていただきましたが、やはりの結果となりました。
最近、硬い文体を、柔らかく(?)しようとしていますが、うまく行きません。
「薄明かり」は投稿した後に内容のちぐはぐに気づきました。
どうも今回の詩は(も)ボロボロの様です。
良くする機会を、そのままにした、私のミスです。猛省します。
ご指導いただいた推敲に関して、
「鈴」ver2にて検証し、再構成しました。
私のブログ「自由詩 No.215」に載せます。
凄く良くなリました。感謝いたします。
ご指導ありがとうございます。
次回も宜しくお願いします。
1 松本福広さん 「ほっぺたおちたら、みどりになる。~星野富弘に寄せて~」 10/17
散文(詩)形あり、連分け詩あり、の複合体で、僕にとっては親和性のあるものでした。詩の持つ母へのメンタルは大変素晴らしいです。ただ、純粋な詩的技術論を結論から書くと「盛り込み過ぎ、散らせ過ぎ」と思います。副題から考えます。「星野富弘に寄せて」ですが、その割に、一例が僅かに紹介されているのみです。副題にするとなると、それだけで一詩出来そうです。いっぽうで、この詩の主旨は母の遺品が示す各種エピソードですが、副題にするならば「母の~~」のようなものがふさわしい気がします。つまり、この詩からふたつの詩がとれそうな、そんな雰囲気が混在しているように思います。次に、母の「ゆき~ほっぺ」の詩に応えるに「雪うさぎを描いた詩」(特にその中の「きみ」)、その繋がり方がよくわからない。次に来るのが「髭に関する詩」、最後は「水に関わる詩」。さらには榛名山の件。おそらくは、母の遺品がもたらすもの、それへの「私」の感じ方が主旨と思います。読み手もそこを感じ取りたいのですが、それを取り囲む周辺物が多くて、飛び散りやすいので、少し困る、というのが現状でしょうか。これは推敲段階というより、発想段階で取捨選択した方がよかったと思います。おそらく松本さんの知識力、筆致力がちょっと裏目に出た気味を感じますね。
佳作1,5前で。
2 aristotles200さん 「鈴」 10/17
大変興味深い超常幻想とそれを支える文章力があります。ただし僕はこの優れた幻想を、さらに引き締まったものにしたいので、いくつか参考案を出してみたいと思います。しばし、お付き合いのほどを。
まず冒頭2連。「鈴が一つ、」「鈴が一万個、」 と、4連「講堂~無数の鈴」。この両者の場面的相関性ないしは無関係性は証明したり調整したりする必要がありそうです。
あくまでハードボイルドな緊張幻想を維持したいので「ワクワクする」「やれやれ」等、チャラい言葉は削除しましょう。「なら、」は 「ならば」に。(「しまった」もどうだろ?要検討)。
「私は意地悪なので、このまま終わる」もいらないでしょう。要はこの異常な幻想描写に徹して、
自分のことや気持ちは小出しにしないほうがいいです。その方がチマチマしないです。
なぜなら最後に
「そもそも/私は誰なのか~~/これも明かさず、ここで終わる」―ここに”鮮明な“自己がいるからです。キメせりふ。これで充分です。
最後にー。
「やがて夜は明け」「薄明かりが差し込む」となってますが、後ろに「朝など来ていない」とあり、(はて?)と思うわけです。幻想といえど、その土俵の中でも辻褄はあったほうがいいと思います。
この幻想詩は脇を締めれば、断然、もっと良くなるはずです。期待付きの佳作一歩前です。
アフターアワーズ。
これを読むと、幻想音楽さえ聴こえてくる気がします。特に無数の鈴が鳴り出すシーンですね。
3 晶子さん 「SNS」 10/17
僕はタイトルのようなものに、あんまり関わっていないので、よくわからない部分もあるのですが、
初連はわかりますね。普遍であり真理でしょう。「AI」のところがよくわからず、わからないものには手を付けないでおきましょう。
3連はその通りですね。匿名性。老人の繰り言になりますが、昔はこんなことはなかった。「本名を生きずして、なんとする!?」―みたいな風潮はあったんです。
「本名の危険、匿名の安心」のような現代ではあります。もうひとつ、現代を象徴するもの、
終連にありました。この本質、この書き方がいいんですよ。文字・言葉はひとつも変わらないのに手段・媒体だけが、周りで騒いで浮き沈みする。そんな中にあって沈んでいってしまう言葉もあるでしょう。しかし、言葉の持つ本質は不変です。たとえば、ここにある「愛とか恋とか友情とか」甘め佳作を。
4 上原有栖さん 「agape」 10/18
おとぎ話「人魚姫」に影響を受けてのオリジナルな詩作品と見ました。本題は3連目からでしょう。人魚が愛する対象を得てからです。agapeの始まりです。しかし「長い日々が過ぎ」男の命が尽きます。それもそのはず。人魚の寿命は300年とされるからです。「死しても共に過ごしたい」―ここは、もそっと詩的にニュアンスをつけてもいい気がします。も少し抒情的に。5連「小さな木船を」のくだりは映像的でいいですね。後ろ姿が見える気がします。人魚は男との約束を健気にも守ったことでしょう。それが終連。
agapeのありようを伝えます。甘め佳作を。
アフターアワーズ。
個人趣味なので、こちらに。
「その後のふたりを見た者は誰もいないという」―など入れても、かっこいいか?(つきなみか?)
5 つるさん 「秋の葉桜」 10/19 初めてのかたなので、今回は感想のみ書きます。
およそ、桜とは花の開花、お花見頃がメインだと誰もが思うでしょうが、この詩のポイント、個性、価値はそれ以外の時期にある。
そこを注目しておきたいです。すなわち葉桜~紅葉~落葉のことです。調べると、桜の場合、植物学上は黄葉と紅葉では発生メカニズムが違うようですが、詩の世界ではそこまで問わなくてもいいでしょう。ただ作品上、重要なのは「緑色の葉がまだ多くひしめき合っていて」、そんな中での黄葉一枚ということです。まだ緑の多い中で、さりとて赤色にもならず、黄葉でいる。作者は最初、場違いなものを見たかのようですが、次第にその一枚への思いが深まります。一種の“はぐれ”感、孤独感、迷い子の感覚、といったところでしょう。あるいは人間の生き死ににも思いを馳せています。結びも印象的です。無理にでも振り切らねばならないような思いがあったと思われます。書きぶりというか、文体はどっしりと安定して、噛んでふくめるようなニュアンスがあります。(違っていたら、すみませんが)どこか年配のかたをイメージできます。人生の経験を積んだ―そんな気はしています。 また書いてみてください。
6 埼玉のさっちゃんさん 「つい行ってしまうこと」 10/19
「何のお仕事ですか?」といった質問は、するほうもされるほうも、割と微妙な雰囲気になったりします。多くの場合「~~関係です」のように答えて、ある意味濁すケースが多いと思います。
プライベート・個人情報的に言うと、住所・TELナンバーの次くらいに位置するもののように思えます。冒頭~5行目くらいを読むと、(特に「同業者」と書くと)、良い悪いは別として「何の仕事?」と考えるのは人情であります。それは読み方や解釈にも影響しそうな気がします。そのあたりの微妙かつ釈然としない部分が、この詩にも影響を与えている気はします。しかし、その事はいったん措きましょう。読んで行くと、同業者の件は“たまたま”で、この詩の流れにはさほど重要ではない。無くてもいい。いきなり仕事のことを書いてもいい。たとえば、冒頭ですが―。
「お疲れ様です!」と 自分に言ってあげたい
仕事はやりがいがある
けれど
時々~~ 以下同文。
この方が人は仕事一般で捉えて、個別は意識しないかも。
要はこの詩の要約は以下の如くと思われます。
① 「今の仕事はやりがいもあり、嫌いではない。けれど時々、屈託もある。でも、お金もらうんだから、そんなのは当たり前」
② 「そんな時は休日に気分転換してリフレッシュするに限る。そうすれば今の仕事も微調整しながら続けることができる!」
この詩のポイントは①経由、②到着、といった路線と思われます。冒頭の同業者の部分カットした分だけ、②を想像して、多めに楽しく書けばOKでしょう。以上はあくまで参考で書きました。佳作一歩前で。
7 相野零次さん 「生まれる」 10/19
はい、冒頭佳作AND代表作です。相野さんは時間を巻き戻して自身が生まれた瞬間を詩で想像します。赤子による世界の迎え方、そして世界による赤子の迎え方。相野さんと世界の双方の接し方―今はやりの言葉で言うと―世界観が表出されます。相野さんが今まで生きてきて把握した世界観を、詩の中で赤子の自分に託して代理発言させている。飛び跳ねた表現・比喩・修辞の代わりに、思索的で奥行きある表現が施されています。安定的です。願いや祈りのようなものさえ感じることができます。感動します。
アフターアワーズ。
評者ミウラからリクエストがあります。一字一句変えずに、書体バージョンを、あと2つ持つことをお勧め致します。
〇 例えば、一行一律25~30字くらいでターンする散文詩形。
〇 いわゆる一般の連分け詩形。
この詩にとって、きっと何か良いことがあるでしょう。
8 静間安夫さん 「前奏曲」 10/19
「前奏曲」で調べると、「ショパンの二十四の前奏曲集」というのがヒットしました。ドビュッシーにも似たような作品集がありそうですね。
そうですね。タイトルも「序曲」などと同様、語源からは拡大解釈され、だんだん独立独自の曲種になっていったのでしょう。自己の想い出も踏まえながら、曲の横顔や趣きも紹介されます。一生聴き続けるに足るものでしょう。そこを踏まえて、この詩の本領は「しかし/わたしは敢えて/こう考えたい―」以降にあります。静間さんの場合、タイトルをいったん語源までバックさせます。しかる後に、その前奏の意味をご自分の今後の人生の為とする。具体的にはその音楽によって、日々自己を鼓舞し活性化しようとする。こういう大局的な音楽の聴き方は僕にとっても大変参考になり、見習うに足るものと心得ます。こういう音楽のありかたとは、やはり歳月に耐えて伝統を勝ち得た作品の成せるわざであるでしょう。佳作とします。
アフターアワーズ。
慣れ親しんだ音楽を自分の未来への前奏とする考え方、非常に斬新です。僕自身の関わる音楽について、この事を考えてみたいと思います。音楽に言える、ということは、詩にも言えるのかもしれない。
評のおわりに。
この秋の短さ。
人々は、そろそろ冬のことを意識し始める頃でしょう。 では、また。
夏生様、詩を読んでいただきありがとうございます。
多年音の読みはたねんねでお願いしたいです。
詩の内容についてですが、
嫌いな人は誰にでも居ると思います。
先生のおっしゃるように
それに対抗する一つの方法として
誰かに届いたらいいなという気持ちで書きました。
お節介かもしれませんけどね。
今後も、評価の程よろしくお願いたします。
君と見つめ合うと瞳に身体が吸い込まれていった
それはとても不思議な感覚で
例えていうなら秋のつむじ風が回りながら優しく包んでいくような心地よさだった
愛しているよと僕は言った
愛あるところからしか愛は生まれない
だから僕は何度でも愛を口ずさもうと思った
宇宙の果てから君の瞳の奥にいる僕まで
数万回の愛の言葉が集約されて吸い込まれていった
それはとても心地よくて
例えていうなら母の胎内へもう一度戻るようだった
恋を忘れちゃいけないよと君は言った
恋のどきどきが心臓を生かしているんだと君は言った
そこかしこで誰かと誰かがキスをしていた
みんな恋をしていた
恋をしているもの同士がキスをするのは当たり前のことだった
僕は君にキスしようと思った
君にまだ早いと断られた
発見できていないと言われた
君の心に存在する僕への恋を見つけないといけないと言われた
難しいんだなと思った
でもみんなそうしていると君は言った
僕は必ず君にキスをする
そうして君への恋を育んでいくのだろうという
そんな予感がした
白日の太陽のもとで君への愛に正直に生きていこうと思った
拙作への評をいただきまして、ありがとうございます。とても丁寧に深くお読みくださり、感謝いたします。
また、「惹きこまれた」と言うお言葉をいただき、何よりも嬉しく思っております。自分の詩がそのように感じていただけたことが、励みとなり今後の詩作への力となります。
今後とも、少しでも心に響くような作品を生み出せるように、精進してまいります。引き続き、ご指導よろしくお願いいたします。
拙作「自由だ」を読んでいただきありがとうございました。秀作プラスの評ありがとうございました。最終連はすごく悩みました。ご助言感謝致します。ご指摘通り、最後の所は「ただ、途方に暮れて見つめていた」にするといいですね。「新自由主義」という言葉に拘りすぎて、少し格好をつけてしまいました。向き合うばかりで、「逃げる」という発想がありませんでした。「先進の自由主義」にしたら自分の言葉という感覚がしました。
言葉を消化しきれない時は手放すことも必要ですね。今後ともどうぞよろしくお願い致します。
2025年10月14日から10月16日までにいただいたご投稿分の感想と評です
「午後の光の中で」 ゆづはさん
ゆづはさん、今回もご投稿くださりありがとうございます!
僭越ながら御作「午後の光の中で」の評を送らせていただきます。
「彼女」への眼差しが深くかなしみを帯びています。
残された時間があとわずかだということを感じさせる描写から
いたましさと儚さを感じました。
「彼女」の苦しみを掬いとり、丁寧に観察する。それは悔いがないように
というより、純粋な受け身に徹しているように感じました。
主人公と「彼女」の間に午後の光がブラインドに差し込む。その光は
生者と死者を分けるような存在で「彼女」にとっての救いのように見えました。
終連に向かうと、ほの暗い展開になります。主人公は光に背を向けて「彼女」に何かをしようとしている。見舞いでもなく看病でもない何かを…。読み違いでしたらすみません。
ふっと惹きこまれました。惹きこむ力のある一篇でした。御作佳作とさせていただきます。
「おじさん」 荒木章太郎さん
荒木章太郎さん、今回もご投稿くださりありがとうございます!
僭越ながら御作「おじさん」の評を送らせていただきます。
真夜中の電車内で正義をぶちまけるおじさん。
主人公はいたたまれない気持ちになったようです。
<逃げるように隣の車両に移ると
私からも同じ匂いがした
認めたくない現実。主人公は愕然としてしまうのかと
思いきや、肩書きと資格とマイナンバーカードを隣の席に
置きます。
「おじさん」とカテゴライズされて区別されることへの
抵抗のようでもあり、自分という唯一無二の存在であること
示そうとする行為のように見えました。
最後の連でその理由がわかります。
<一括りにされないためには
群れなければ良い
おじさまにならなくても
名を名乗れば良い
大きな主語に括られる前に自分自身であれと言われているような気がしました。
読後、爽快な気分になりました。
御作佳作とさせていただきます。
「アザレアの咲く頃には」 喜太郎さん
喜太郎さん、今回もご投稿くださりありがとうございます!
僭越ながら御作「アザレアの咲く頃には」の評を送らせていただきます。
「君」を見つめる「僕」は語り合うことも、触れ合うことも
なかった。それでも「君」が鞄につけていたキーホルダーが
アザレアの花だと知れただけで二人の間に微かな繋がりを感じた。
切なさとあたたかさを感じました。一連から三連目にかけて、
初恋の喜びと切なさが広がっています。
二人はどうなるのかこちらは予想します。願いをこめながら。
時が経ち、二人は大人になってから再会します。
見た目の変化から「僕」は「君」との距離が広がったと感じます。
それでも「君」の方から駆け寄り話かけてくれるというまさかの展開。
「君」を思うあまり動けなかった「僕」を「君」は軽々と超えてあっという間に
進展します。だったらいいなぁと思っていたことがさらっと実現して。
鬱屈した思いや苦しい切なさが吹き飛んで、爽快な気持ちになりました。
御作佳作とさせていたただきます。
「苦手な人」 多年音さん
初めまして
多年音さん!(たねおさんでしょうか?違っていたらお教え願いますか)
初めての方は感想のみとさせていただきます。ご了承ください。
では、御作「苦手な人」の感想を送らせていただきます。
<蛇と蛙
そんなのよりももっと甚大な
ドラゴンと蛙
主人公が苦手とする相手は相当こわい存在のようです。
息を潜めても相手は逆鱗が多くて触れない方が至難とは。
恐ろしく厄介な相手ですね。避ければ避けるほど
逆方向の結果になるようです。こういった経験のある人
多いと思います。私もその一人です…。トラウマです。
慣れることなく糸口も見つからないという追い込まれた中、
主人公は思い切って「ドラゴン」をじっくり観察します。
視線を送らないようにしていたから気づかなかった
その「正体」いや「実体」を捉えます。
食べたり、だらしなかったりするどこにでもいる人間だと
気づきます。
<横顔は全然怖くないじゃないか
終連、言葉の最後に「な」がつづくところに
主人公の意地がみえて面白かったです。負けるな!と応援したくなりました。
苦手な人ほどよく観察する。自分の中で勝手に作り上げてしまった恐怖心を
払拭するには一番良い方法かもしれません。
魅力的な一篇でした。またのご投稿をお待ちしています。