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彼女によると
時間にも色があるんだそうだ
心を失くしている眼には見えない色
時間が早く過ぎていくときは
決して色は見えないんだそうだ
時間をゆっくりとよく見てるとね
少しずつ 色んな色が浮かんでくるのよ
色が付いていないところも
見ていると色が付いていくの
塗り絵をしている感じね
時間は 不安定な蝶のはばたきのよう
無数に飛び交う粒の流体
ときには
線や面のように直線的な鋭さが現れる
急に膨らんだり 縮んだりもする
触れるようで触れない
逃げてしまえば もうつかまらない
でも 首やふくらはぎの後ろにあったりする
そんなふうなものらしい
そこに ほんのりと
色がついているのよ
時間の色が見えるようになると
その色彩があなたの色
好きでも嫌いでもしかたない
見える?
あなたに?
見えるわけないわよね
彼女はそう言って
去っていった……
いまでも 時間の色は見えない
時間の色を見ようとすると
時間は不規則に
ゆっくりと流れはじめる
もう少しで
時間の色が
見えそうに感じるときもある
その色はきっと
彼女の色とは少し違うんだろう
時間の色が見えるまで
ゆっくりと
おだやかに待てばいいのよ
彼女はそう言って
出ていくときに
妖精と魔法の塗り絵を
プレゼントしてくれたのだった
〇✕扉が目の前にある。〇の扉はとても大きく開かれていて、皆がそこに吸い込まれていく。たまに、不敵な笑みを浮かべた男や、泣きながら速足で歩く女が、一回り小さな✕の扉を開けていく。僕はその横の、もっと小さな非常扉のノブを引き、がらりとした暗い通路へ足を踏み入れた。点滅する蛍光灯、置き去りの段ボール、羽虫と蜚蠊、砂利と埃。僕は意味もなく咳ばらいをし、そこにあるものを手帳に書き留め、自分の足音のリズムを聞いて、生きていることを噛み締める。少し、ほんの少し、通路の奥から吹く風を肌に感じながら。
竹藪の奥から
ギャァッ ギャァッ
聞こえてくるのは
貉の音
お声だけの常連さん
ギィッ ギィッ
見てみたい気持ち少しだけ
庭の中から
パシリ パシリ
聞こえてくるのは
猪の音
窓の外でちょっと止まって
カシャン カシャン
雨戸をつつく
天井裏から
テテトト テテトト
聞こえてくるのは
鼬の音
出入口はどこかしら
トタタ トタタ
四隅の壁の通り道
喧騒からはちょっと遠い
すこぅし自然の中にある
日本家屋の周りにざわわ
今日も今日とて賑やかです
思いがけず 息子から
「人生 負け組のくせに」
面と向かってはいなくて
私は テーブルを拭くかなにかしていた
悲しくはなかった
そう映ってるのか
なんか おかしかった
強がりではなかった と思う
いわゆる「勝ち組」には なれなかったな
かなり前から思っていて
正確には
まだなれていないな とか
最後は勝つのに
気づかれていないな とか
気づかれないのは当たり前で
出身校は無名だし
おしゃれなお母さん達とは 滑らかに過ごせない
息子には うとましがられて
私が喋るとテレビの音量を上げてくる
料理なんかも得意ではなく
割といつも あくせく
贅沢をすることさえ いつしか苦手になっちゃった
でもね めげてない
折り合いは ついてる
遠く離れて暮らす娘は
好い人に出会えたようで
テレビの音を上げる息子は
熱で私が寝込んだ日だけは
皿を洗ってくれた
高価な化粧品を買う気はしないが
育てたアロエで化粧水を作れる
肌のたるみが気にならないのは
さては ちょうど良いのができている
しめしめ
考えながら 二ヤけてきた
足りないものなんて ないじゃん
あ
ニヤけた頬に 手を当てる
頬を上げたなんて どのくらいぶりだろう
笑えていなかったな ずっと
原因はたぶん 夫
口に出しては言えないけど
心の扉を
開けなくなってきている
あまりによろしくないと思えて
ついこの間 話して決めた
おはようとただいまくらい 声に出そうと
笑うことを忘れた家では
満たされたように 幸せそうには
見えないんだね
お父さんとお母さんの
仲の良いのは一番の安心 なのに
手渡せなくなっている
ごめん
どうしよう
素直になればあちこちで見つかる
喜びの 小さな小さな一粒
そういうの食べちゃえたらいいのに
栄養にすることができたら
また 笑えるかな
わざとらしくならないように
ほんの少しずつ
負け組なのに
何がそんなに楽しいんだよって
息子が面白がったりして
そう ならないかな
いつでも 笑っちゃってさ
全部ぜんぶ なんでも笑って
うんとうんと うんと遠くへ
笑い飛ばしちゃえるとしたら
そしたら すごくいいな
できるかな
この席空いてる?
失礼、ちょっと邪魔するよ
おっと、そんなに
こわい顔しないで…
なにもオレは怪しいもんじゃない
いや、あんたみたいな若い野郎が
ひとりぼっちで
やけに思いつめた様子で呑んでるから
気になってさ
おせっかいとは思ったんだけど
ほっとけなくってね
おやじさん、このテーブルに
お銚子二本追加して!
それじゃ、お近づきの しるしに
乾杯しよう
いやー、なかなかいい
呑みっぷりじゃないか
まぁ、嫌なこと、頭にくること、
ショックなことって
いっぱいあるだろうけどさ
こうやって呑んだ勢いで
ぶちまけちまうのが一番!
どうだい、この年寄りに
話してみないかい?
案外スッキリするかもしれないぜ!
いや、さっきも言ったとおり
オレは怪しいもんじゃない
確かに、こういった具合で
酒場でひとりぼっちで呑んでる
若いもんに近づいて
悩み事を親身に聞くふりをしながら
ヤクザの仲間に引き入れたり
詐欺の餌食にしたり
なんていう連中が結構いるけれど
オレは違うから大丈夫!
安心してくれ
ただ、おせっかいなだけさ
えっ、なになに…
職場の上司からパワハラ受けてる?
細かいことまでチェックされ
できないと厳しく叱られる、
今日も「そんな進歩のないことやってんなら
やめちまえ!」って言われた、
自分では一所懸命やってるつもりなのに…
まだ、入社二年目だけど
転職しようかと思ってる…
ふむふむ…
ひとつ聞いていいかい?
その上司、人前であんたを
叱ったことがあるかい?
どうだろう?
えっ、
いつも他の社員のいないところで
叱られる、って?
だいたい、それを聞くとわかるんだ
あんたの上司は
けっこういい人間だと思うよ、多分ね
入社二年目くらいが
一番大事な時期だから
上司はあんたの成長のために
厳しく接しているのさ
怒るのは、本気で何かをわからせたい、
教え込みたい、と思ってる証拠だよ
でも、あんたの上司は
怒りに我を忘れて、あたりかまわず
怒鳴りちらすような人間とは違うようだ
なぜって、あんたを
同僚の前で叱ったりしないんだろう?
なるべく傷つけないようにしてるのさ
だから、あんたもパワハラ受けてる、
なんて頭から思わないで
上司の言ってることを細かいことまで
もう一度よく噛み締めて
毎日ひとつでも多く
実行できるように頑張ってみな
その調子で少なくとも三年やれば
だいぶ自分の周りの風景が
違って見えるようになると思うよ
いやぁ、正直言うと
この手の話をできるような相手が
あんたの会社にもいるといいんだが…
つまりさ、同僚の悩み事を聞いて
解決の糸口を探したり
それができなくっても
一緒に呑んでストレスを
発散させてくれるような
そういう相手のことさ
しかも、そういうヤツって たいてい
忘年会や社員旅行となったら
エース級の活躍で宴会を盛り上げて
社員みんなを腹の底から笑わせて
ハッピーにできる
ムードメーカーみたいな存在なんだ
なんて言ったらいいのかな?
放っておくとギスギスして
バラバラになってしまう社員を
つなぎとめる、そういう存在のことをさ…
えっなんだって?「接着剤」だって?
うーん、何かパッとしないけど
とりあえず、まぁいいか…
残念なことに
その「接着剤」みたいな社員ってのが
会社の中ではあまり成績のよくない
ヤツのことが多いんだ
そうそう
「釣りバカ日誌のハマちゃん」
みたいな人さ
ただ、むかしはそんな社員の
「接着剤」としての役割りも認めてくれて
定年まで勤めさせてもらえたものさ
何を隠そう、かく言う
このオレがそうだったから間違いない!
だけど
こんな具合で
サラリーマンの世界が
なべて実績重視になってくると
オレたちみたいな人種は
なかなか生き残れなくなっていくだろうな
そうなると
社内のコミュニケーションも ますます
取りづらくなっていくような気がする
誰も彼もメールとかリモートワークに頼って
直接顔を合わせて話す機会が
ずいぶん減ってるからね
いや、問題は会社だけじゃない
世の中ぜんたいに
接着剤になれる人間が
不足してるように思うな
若いもんにとっても
こんな具合で話しを聞いてくれる
相手がいないので
さっきの話じゃないけど
闇バイトのリクルーターなんかが
そういった こころのスキに
つけ込んでくるんじゃないかな
まぁ、こんな年寄りでも
また機会があったら
話し相手になるから、よろしく
さて、だいぶ遅くなったな
お先に失礼するよ
おやじさん、おあいそ!
あと、こいつの分の勘定も
いっしょに払うから
えっ、見ず知らずの人に申し訳ない、だって?
いいってことよ、
こんな年寄りの
無駄話を聞いてくれたんだから
縁があったらまた呑もう!
何も言うな
もう終わったことだ
俺は敗北した
鰯雲まで泣いてる
だが生きている
生きている限り
最後には勝つのだ
あの世に行く時は
愛する人みんなが俺を待っている
それまで挑み続けるのだ
薪をくべろ
何度も諦めて
何度も挑戦した
その度に着実にこの足が
前へ歩き進んだのだ
絶望して、暗くなって、気が狂いそうになって
自分も周りも不幸にした
投げやりになって
破滅願望を増長させた
そんな若かりし頃もあった
俺に失敗なんてない
馬鹿な俺を叩き直すには
全て必要だったのだ
魂は全て知っていた
いずれ花が咲くだろう
桜のように
必然の花が
あゝ楽しみだ
また咲くのだ
俺の花が
鰯雲が謳っている
酒を酒をここへ
人生に祝福あれ
パティシエの俺は
甘さを極めるため
塩を求めた
バリスタの君は
安らぎを極めるため
苦みを探した
二人で愛を極めるために
求めたのは塩だった
いや、違う
俺が塩になり
君と海になる
水平線を引けば
太陽が昇り
二人は焙煎士になった
太陽の焙煎機で
生豆を焦がして
漆黒の闇に
濃淡と調子を描く
苦み、甘み、深みを纏った
コーヒーとスイーツは
時の流れを創る
知性と感性が重なり合う
洞窟という名の体験の場で
だが、俺たちが作る甘味は
誰も依存させない
ほのかな物足りなさを
物悲しさで満たすだけ
消費者の欲望は怪物だ
刺激を求めて彷徨い
より強い刺激を求める
時間をかけず
うわべだけ平らげて他へ行く
その流れに君は飲まれて消えた
レシートの裏に書かれた
愛のレシピは
時の手垢で黄ばみ散らばる
俺はそれを拾い集め
火を灯す
最後の卵を割り
俺の塩で焼いたパンに
乗せて食べた
愛の魔法が解けた後
あるべきものが
あるべき場所に
帰っていく
俺は潮風になり
新たな海を探す
甘味を生み出すために
本作を丁寧に読んで下さり、佳作の評を頂きありがとうございます。本年のご担当お疲れさまでした。この一年は私にとりまして、創作することの苦しみ、喜びを味わえた年でした。本作は詩を書くことが私の実生活に悪影響を及ぼしているのではないかという悩みから生まれたものです。
紗野様のお言葉で、本作の産声を心から喜ぶことができました。「詩を書き続けることができて本当によかった」と。
自分の詩を読んで下さり、それについてコメント頂けることが、これほどまで創作の力と勇気になると感じた一年はありません。
この掲示板が私の詩作の支えになっていることを再認識した次第です。感謝致します。どうぞ良いお年をお過ごし下さい。
佳作の評を頂きありがとうございました。まだ自分の作品の手綱を掴むことができず、読む人に委ねてしまいます。今回も青島様の評のおかげで自分の詩のことが理解できた感じです。スマホをテーマに本作を広げていきたい気持ちになりました。精進します。今後ともどうぞよろしくお願いします。