◆ここは「MY DEAR投稿掲示板」です。
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思い出すだけでも
冷や汗が出る
16年前のこと
子が産まれ
初めて
我が家に着いたとき
私の部屋の
床に布団を敷いて
そっと赤子を置く
家族が増えた
自分の分身が
ここで寝ている
心はそわそわ
どきどきと
準備万端で迎えたのに
色々と抜けがある
嬉しさと落ち着きのなさ
未知への期待と恐れ
と
私は動転している
どうする
どうすればいい
何が足らない
妻は疲れ果て寝ている
部屋から部屋
廊下、玄関
ばたばたと早足で歩き回る
脳内は
フル回転している
心は動揺し
ますます早足で歩き回る
と
下げる右足の
真下に
産まれて7日目の赤子がいた
無意識に
左足先に
思いっきり力を入れた
後先なしの
前受身を
書斎の机めがけて
跳ねる!
どん!
机にしがみつく
肘、膝に鈍い痛み
まだだ
床には赤子が寝ている
床に崩れ落ちないように
なりふり構わず
窓に向かって床を蹴る
額を窓に
ごん!
ようやく姿勢が落ち着く
大きな音に
目を覚ました妻が、部屋へ
無様に
机にしがみつく夫と
すやすやと眠ったままの赤子
ベビーベッドへの移動を
懇願し
妻子が部屋を移る
深く息を吐き
支えていた机ごと
床に倒れた
恐怖で青ざめる
本気で危なかった
全身から汗
あちこちに青痣
頭にたんこぶ
✳
あれから16年
55歳になっても
あれほどの危機は
一生一度もない
未だに
思い返すだけで
冷や汗が止まらない
学生時代の四年間
合気道を習っていた
受け身を
無意識に行ったらしい
今回は読んでいただきありがとうございました。
読み手に読み終わった後余韻を感じれるような、読み手それぞれに物語の結末を想像してもらいたいと思っていたので今回このように評価していただきとても嬉しいです。冒頭からその後の流れなど、指定していただいた事もとても参考になります。これからも沢山書いていきたいと思います。ありがとう御座いました。
拙作『花より雨に』へのご講評ありがとうございます。
花の眩しさと雨の静けさの対比や、「水彩の街並み」、ラストの余韻について触れていただき、大変嬉しく思います。自分でも大切にしていた部分でしたので、励みになりました。
ご指摘いただいた点につきましても、今後の参考とさせていただきます。
貴重なご意見をありがとうございました。
お読みいただきありがとうございます。
僕が詩を書く上で大切にしている
アイデアや発想についてお褒めいただきありがとうございます。
また、詩評を拝見いたしますと丁寧にお読みいただいたことが伝わり
とてもうれしく思います。
これからも投稿していきますので
ご指摘のほどよろしくお願いします。
今回も丁寧に読み取っていただき、ありがとうございました。
「〈レトリックのイノベーション。〉というフレーズは現代的で魅力的ですが、やや概念的(説明的)に響くきらいもあります。」とのご指摘は、耳が痛いところでした。
実際のところ、一般の読み手の方には正確な意味までは追わず、「なんだかよくわからない新しいカタカナ」として受け流し、そのまま読み進めてもらえたら、という狙いもありました。
いただいたご指摘を踏まえ、今後の表現についても考えていきたいと思います。ありがとうございました。
ご感想いただきありがとうございます。
二点、ご指摘いただきありがとうございます。
自分のものにするには時間がかかるかもしれませんが
今後の参考にさせていただきます。
最後の「閑話ひとつ」興味深く読まさせていただきました。
「閑話ひとつ」の内容(自分でも気づきませんでした)もそうですが
文章の見せ方というか読ませる文章の作り方や構成の仕方。
とても勉強になります。
お忙しい中お読みいただきありがとうございました。
雨音様
拙作「点」にご講評とご感想をいただき、ありがとうございます。
佳作とのこと、今後の励みとします。
本作、社会の非合理と無関心、個の怒りとその行動がテーマです。点という単純化した象徴を、如何に現実的に描くかが課題でした。
終盤の盛り上がりに向けた閉塞感や恐怖の描写の強化、とのご指導、ありがとうございます。さっそく書いてみます。
今回も、丁寧に作品を読み解いていただき、感謝いたします。
次回も、よろしくお願いいたします。
「点」aristotles200さん
おはようございます。お待たせいたしました。
この作品は、日常のささやかな違和感から始まり、それが少しずつ世界全体を侵食していく流れがとても巧みで、強く引き込まれました。最初は「目の錯覚」「些細なこと」として処理されていた“点”が、やがて個人の視界だけでなく、人間の世界そのものを覆っていく展開には、不安や不条理が静かに、しかし確実に積み上がっていく怖さがあります。この世の理不尽さを知っているからこそ、その恐怖がいっそう切実に感じられました。
また、異常な状況であるにもかかわらず、社会全体がそれを受け入れてしまっているような不気味さも、この作品の大きな魅力だと思います。終盤の「ここは、人間の世界だ」「パンッ」には、絶望の中でもなお意思を示そうとする強さがあり、作品全体をきりっと引き締めていました。あの「パンッ」が、手を打つ音なのか、自分を鼓舞するための動作なのか、読み手に委ねられているところにも余韻があります。
もし一つだけ整えるとしたら、後半の「点」と対峙する場面はとても力があるので、そこに至るまでの恐怖や閉塞感をもう少しだけ濃くしておくと、最後の反撃の鮮やかさがさらに際立つかもしれません。テンポもとてもよく、強く印象に残る作品でした。佳作です。
「誰のためでもなく」三津山破依さん
三津山さん、お待たせいたしました。
この作品は、軽やかさがとても印象的です。また、二つの章を通して読むことで、前半と後半の印象が鮮やかに反転し、作品の見え方ががらりと変わる構成もとても巧みでした。第一章では、朝の支度や通勤といった日常の描写がリズミカルに積み重ねられ、「私は輝く」「私は誰のものでもなく」といった言葉から、凛とした自意識や自由への意志が感じられます。その一方で、第二章に入ると「見つめる」側の声が現れ、同じ日常の風景がまったく別の意味を帯び始める。この切り替わりがとても鮮やかでありながら、そこにある意志の強さは揺らがないようにも感じられ、その点がとても印象に残りました。
また、トーストと紅茶、カーテン、自転車や電車といった日常のモチーフが両章をつなぐことで、作品の世界がぐっと身近に感じられるのも魅力だと思います。とくに最後の「掌の上で踊り続けるあなたを/つまんで、笑う」は、かわいらしさと不穏さが同居していて、作品全体を強く印象づける締めくくりでした。このままの形で十分に魅力が伝わってくる作品だと思います。佳作です。
「アトムへ」松本福広さん
お待たせいたしました。
この作品は、勢いのあった時代の明るさと、そこからこぼれ落ちた後悔とを静かに見つめている様子が印象的です。冒頭の「科学の子が空をまっすぐに飛ぶ」「一等星を迷いもなく目指して行けた時代」といった表現からは、未来を信じていた時代のまぶしさがまっすぐに伝わってきます。
一方で、「ちゃんとお片付けもしないとダメだった」「僕たちは、ずっと後悔している」という言葉によって、その輝きだけでは済まされなかった現実が差し込まれ、作品に深みを与えていました。
また、後半でアトムに向けて語りかける形に移ることで、この作品は「懐かしさ」だけで終わらず、未来への憧れとその後の反省、そして今なお託したい願いまでを映し出しています。とくに「僕の日常は名前すら知らない人の/見えない力によって支えられているならば」という部分には、社会へのまなざしと個人の願いとが自然に重なり、やわらかな祈りのような余韻がありました。
前半の「時代」への視線と、後半の「君」への呼びかけは、どちらもそれぞれに魅力があります。その一方で、その二つをつなぐ感情の流れやイメージの橋渡しが、もう少し見えると、作品全体の展開がさらに自然で力強いものになったように思います。そこが惜しく佳作一歩手前です。
「花より雨に」ゆづはさん
ゆづはさん、お待たせしました。
外の世界のまぶしさに傷つきながら、雨の中で「ただの風景になりたい」と願う心を、繊細な情景描写とともに描いているところが印象的でした。冒頭のフラワーショップの鮮やかさと、誰のためでもなくただ咲いている花のあり方、その一方で左胸に痛みを覚える〈私〉の姿との対比が、後半の雨の場面へと自然につながっていきます。
後半では、雨や傘の描写から、世の中とのあいだに距離を置き、ひととき守られているような感覚が伝わってきました。とくに、街並みをにじんだ水彩のように捉える表現が美しく、外の景色と内面とが自然に響き合っているところが魅力です。
最後の「誰のためでもない/雨粒のひとつに」という結びも印象的で、自分を主張するのではなく、風景の中へ静かに溶けていきたいという願いが、やわらかな余韻を残していました。欲を言えば、冒頭の痛みと終盤の願いとをつなぐ感情の流れが、もう少し見えると作品全体のまとまりがさらに強くなったように思います。繊細な心の揺れを静かな言葉で丁寧にすくい上げた、魅力的な作品でした。佳作です。
「気象庁の梅雨入り宣言」石川ぼうずさん
おはようございます。お待たせいたしました。
「梅雨入り」という毎年あたりまえの出来事の裏側に、ひそかに働く「梅雨部」の存在を置いた発想の面白さがまず魅力でした。気象庁の奥に、誰にも知られない部署があり、静かに梅雨を準備しているという設定だけで、ぐっと作品世界に引き込まれます。「加湿器の水もそこそこ溜まりましたから」「部長は黙って曇った眼鏡を拭く」といった細部も具体的で、思わずくすりと笑ってしまうユーモアがありました。
また、梅雨部の人たちが大げさではなく、淡々と仕事をこなしているところも魅力です。「誰も梅雨部のことは知らない/それでいい」という一節には、見えないところで季節を支える人たちへのやさしいまなざしさえも感じられます。最後に、街中の女子高生の「マジ うざ」という一言で締めることで、彼らの仕事が報われないものでもあることが、ユーモラスに、そして少し切なく伝わってきました。
発想の新鮮さだけで終わらず、細部の描写やオチまでしっかり効いている、楽しく読める作品でした。今回はまだ拝見して間もないため評価は保留としますが、印象に残る一作でした。
「市民清掃」人と庸さん
お待たせいたしました。
この作品は、市民清掃という日常から、「自由とは何か」という大きな問いへ自然に踏み込んでいくところが大胆で良いですね。草を引き抜く、泥をさらうといった具体的な作業の描写から、そこに「いのちを引き抜く」「人間を引き抜いて」という発想が差し込まれたとき、はっとさせられます。身近な行為の中から、人間の存在や自由のあり方へと思考が広がっていく流れが、この作品の大きな魅力です。
また、「参加するのも自由/参加しないのも自由」という一見もっともな言葉を受けて、「自由という概念は/いつだって大空をはばたくようだけれど/地中に隠れた根っこの部分を/わたしはまだ知らない」と結ぶ終盤もとてもよく効いています。自由を軽やかなものとしてではなく、見えない根を持つものとして捉え直しているところに、この作品ならではの思索の深さがありました。
一点だけ参考にしてほしいのですが、「草を引き抜く」ことと「人間を引き抜く」ことの大胆な思考の流れがこの作品の核であるだけに、そのつながりを支える感情や実感がもう少し見えると、読んでいて自然に深く作品の問いに入っていけたかもしれません。日常の作業風景から存在や自由の問題へと視線を広げていく構成には本当に力がありました。佳作です。
「四畳半の銀河」音羽シュンスケさん
お待たせいたしました。
まず、タイトルがとても素敵で印象的でした。夜の孤独とやさしい親密さへの憧れを、「四畳半」という小さな場所から広がりのあるイメージへとつなげて描いているところが魅力的です。蛍光灯や天井の模様といった、ごく身近なものを見つめながら、それを「銀河」や「宇宙」へとひらいていく発想に、静かなロマンがありました。閉じた部屋の中にいながら、想像がのびやかに広がっていく感覚が心地よく伝わってきます。
また、「君はどんな夢見てるかな」という繰り返しが効いていて、ひとりの夜でありながら、心は誰かへ向かっていることがよく表れています。「夜を独り占めした気分」だったり、「夜をはんぶんこしたい」と願ったりするところに、孤独とつながりへの憧れの両方がやわらかく描かれていました。終盤に向かって少しずつ心がひらいていくような構成も印象的です。
一点だけ挙げるなら、「睨まれてる気がする」「笑われてる気がする」という冒頭の感覚と、そのあとのやわらかな願いとをつなぐ感情の流れが、もう少し見えると、作品全体のまとまりがさらに強くなったかもしれません。その点は、今後の推敲の際の参考にしてみてください。四畳半という限られた空間の中に、孤独と夢想、そして誰かを思う気持ちをきれいに閉じ込めた、余韻のある作品でした。今回は評価を保留としますが、印象に残る一作でした。
⚪︎⚪︎⚪︎終わりに
大変お待たせしてすみませんでした。いつも待っていてくださってありがとうございます。感謝。
英国におります。こちらは爽やかな初夏を迎えています。
欧州は猛暑に襲われていますが、ここは20度前後です。
地球はどんどん暑くなって、沸騰していますね。自分にできることを「ちびちび」じゃなくて「わんさか」やらないと
いけないようです。(自戒しつつ、さりげなく皆さんもお誘い)
お忙しい中、詳細な感想をありがとうございました。また、作品のクオリティ向上のためのお言葉を頂けたのは僥倖でした。
まだ発展途上の私ですが、今後も拙作をこちらによせさせていただきたく思います。
ありがとうございました。
6/16〜6/18にご投稿いただいた作品の感想・評でございます。
素敵な詩をありがとうございました。
一所懸命、拝読いたしました。
しかしながら、作者の意図を読み取れていない部分も多々あるかと存じます。
的外れな感想を述べているかも知れませんが、詩の味わい方の一つとして、お考えいただけたら幸いです。
*******
☆「言葉ひろい」 三津山破依さま
三津山破依様、こんにちは。
御投稿ありがとうございます。
冒頭、紙の頁を繰り、見慣れない言葉をノートに書き留めるという、古典的な、血の通った読書と創作の風景が描かれています。
〈シャーペンをノックした。〉という具体的な音を響かせた第1連のあとの〈探す。〉というフレーズがとても印象的です。
一拍置いてつながるこの展開の妙によって、言葉を探す作者のまなざしが浮かび上がり、読者は一気に作品の世界へと引き込まれることになります。
カチカチという金属的なシャープペンのノック音を合図に、読者もまた、この詩の「ものがたり」へと誘われ、ともに何かを探し求めていくような感覚を覚えます。
続く第3連では、ストイックに言葉を探すはずが、ついつい「ものがたり」そのものに夢中になり、気づけばペンの代わりにティースプーンをくるくると回しているという、少しユーモラスな場面が登場します。
そのあと、〈慙愧の念に堪えない。〉という、やや大仰で硬いことばがとても利いていると思います。
作者の生真面目さや、我を忘れて没入してしまうことへの照れ隠しのようなものが想像され、作者のキャラクターをもチャーミングに浮かび上がらせているように感じます。
第4連から、詩の景色は一変し、現代のデジタル社会に対する批評性が前面に押し出されます。
子どもたちが「未来とチャット」する環境の中で、作者もまた紙の手触りから「ガラス」の画面へと移行します。
ここで見事なのは、第1連冒頭の〈何度も何度も。〉(頁を繰る)という反復が、ここでは〈何度も何度も。〉(ガラスをスワイプする)というデジタルな反復へと、転換されている点です。
腱鞘炎になるほどのスワイプや、「手首のスナップ」という現代的な身体感覚の切り取り方は、時代の変化を皮膚感覚で伝えていると感じます。
ここで展開される〈新しいものが続々と。〉訪れる状況や、〈レトリックのイノベーション。〉というフレーズは現代的で魅力的ですが、やや概念的(説明的)に響くきらいもあります。
もし可能ならば、その新しいレトリック、あるいは次の連に登場する「ノイズ」とは、具体的にどのような言葉の形をしているのか。
具体的な現象が少し描写されると、作者が抱く危機感や違和感がより立体的に読者へ伝わり、詩情がさらに深まるのではないかと感じました。
後半の〈見つける。〉という一語は、前半の〈探す。〉という強い希求が、ついに実を結んだ瞬間として配置されていますね。
溢れる情報の中で、作者は
「スクラップ・アンド・ビルド」(Scrap and Build)……古くなったり非効率になったりしたものを廃棄(スクラップ)し、新しいものに置き換えて再構築(ビルド)する一つの手段として、
〈シャーペンをボールペンに替えた。〉と告げます。
消せる筆記具から、一度書いたら消せない筆記具への移行……。
ここには、消費され、すぐに消えていくデジタルのタイムラインに対抗し、自分が本当に残すべき確かな言葉を「見つけた」のだという、書き手としての強固な意識が反映されていると感じました。
終連……日々上空からどこからともなく飛んでくる無数の「フォント」に目を通しながら、それらを「温故知新」として拾い集めるという着地は実に見事です。
作者は、新しいデジタル表現を単に拒絶するだけではなく、人類の言葉の歴史の延長線、あるいは新たな記号の誕生として面白がっているようでもあります。
「拾い集める」姿勢は、タイトルの「言葉ひろい」という素朴な営みへと美しく回収されているように思いました。
アナログからデジタルへと移り変わる時代の中で、言葉を愛し、ボールペンを片手にノートに向き合い続ける表現者の喜びに共感を覚えました。
御作、ふんわりあまめの佳作とさせていただきます。
ありがとうございました。
※閑話ひとつ
私は旅の中で現場に足を運び、取材をして詩を書くことがほとんどです。その土地の歴史や風土、人々がはらむ宝石のような言葉をひろってくるのが、私の何よりの楽しみです。
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☆「人形哀詩」 星影流さま
星影流様、こんにちは。
御投稿ありがとうございます。
冒頭、〈どうしてそこにあるのだろう〉という素朴な疑問から始まります。
煤や泥に汚れながらも、ただじっと通行人を見上げている人形の姿が、〈孤独の海に溺れながら〉という言葉によって、単なるモノではなく、生きた感情を持つ存在のように読者の胸に迫ってきます。
続く第3連から第5連にかけての、畳みかけるような「問い」の連鎖が印象的です。
〈いつからそこにいたのだろう〉〈どうしてそこに辿り着いたのだろう〉という疑問を重ねながら、最終的に〈その理由も何も 僕は知らない〉と突き放す……。
この「知らない」ということばからは、目の前の現実(人形)をただじっと見つめる「まなざしの深さ」が伝わってきます。
第6連で〈見たい空はきっと / 一緒に遊んだあの子の笑顔の / その向こうに有る筈だ〉と展開されます。
人形が本当に求めているのは、今見上げている物理的な空ではなく、かつて愛されていた記憶そのものであるという洞察。
このフレーズによって、人形のくすんだ瞳の奥にあるはずの、過去のきらめきが立体的に浮かび上がってきます。
さらに、第7連の〈泣きたい涙を持っていないから〉に続く表現も巧みです。
人形には流す涙がない、だからこそ〈視線は涙の海を泳いでいるのだろう〉という詩的レトリックは、人形の乾いた哀しみを、逆説的に、深く表現していると思います。
終盤、詩の景色は「僕」の動作へと移行します。
横断歩道を渡りながら〈後ろ髪を引かれる〉という断ち切り難い未練。
〈振り向いたら感動の再会があって欲しい/涙を湛えた瞳をその子が拭って欲しい〉という願いの表白からは、植え込みの根元に佇む「人形」が、実は、作者の心の中に今も鮮烈に生きている「現実の誰か」の姿なのではないか……。
それを「人形」と認識せざるを得ない作者の心の痛みや切なさが想像されます。
このように道端の傷ついた人形に自らの痛みを投影せざるを得なかったのだと読み解く時、振り返ることもできずに夕陽へ向かう「僕」を、どこかで見守っているであろう瞳を、かりそめの人形の瞳の中に、読者も探してしまうのです。
既に完成度が高い作品ではありますが、ブラッシュアップの参考までに……。
「僕は知らない」というリフレインは作者の誠実な距離感を表していて魅力的ですが、連を跨ぎ、同じフレーズで落とされているため、少し勿体ないようにも思います。あとの方を、たとえば〈僕には届かない〉など、ほんの少し揺らすだけで、詩の面立ちも変化していくように思います。
また、〈その向こうに有る筈だ〉という部分ですが、ここをあえてひらがなで〈あるはずだ〉と開いて(ひらがなにして)みるのはいかがでしょうか。漢字の「有る筈」が持つ硬さが取れることで、あの子の笑顔や、その向こうにある見たい空の優しさ、切なさが、より素直に読者の心に染み込んでいくように感じます。
後ろから2連目は、映画的な美しいシーンですが、「その子(=かつて人形と遊んだ子、あるいは作者の心の中の誰か)」が、自分自身の涙を拭っているのか、それとも人形の瞳を拭ってあげているのか、読者によって少しだけイメージが分かれる(そこが重ね合わせの妙でもありますが)部分かと思います。
ほんの少しだけ言葉を整理すると、作者が見せたい「奇跡の景色」が、よりクリアに読者の脳裏に浮かぶかもしれません。
この美しい世界観をさらに立体的に見せるための、ささやかな調律としてご検討いただけたら幸いです。
初めての方ですので感想だけ述べさせていただきました。また書いてみてください。
ありがとうございました。
※閑話ひとつ
小林秀雄の『考えるヒント』の中に「人形」というエッセイがありました。
人形を通して窺い知る、人の悲しみが語られていたように記憶しています。
*******
☆「すれ違う、」 石川ぼうずさま
石川ぼうず様、こんにちは。
御投稿ありがとうございます。
冒頭、〈とりあえず私の話を聞いてください〉という一文から始まります。
この、読者に直接語りかけるような導入によって、私たちは一気に「私」の告白を聴く当事者として作品に引き込まれます。
前半で描かれるのは、社会的な役割(出勤や帰宅)を失い、他者との関わりも途絶えた、空白の日々です。
〈私の世界は私の悲しみでいっぱいだった〉というフレーズには、胸が締め付けられるような閉塞感があります。
続く中盤では、〈医師の門をたたき / 古い本を読み / 怪しげな霊媒師も訪れた〉という、状況を打破するために試された具体的な事柄が提示されます。
医療、知識、オカルト……あらゆる手段を尽くしても〈私の色は少しも戻らない〉という現実の告白は、「私」の絶望の一層の深さを読者に感じさせます。
そして、場面はある夕方の公園のシーンに移ります。
雨の中、うつむく「私」の前を、同じように傘もささず、うつむいて歩いてくる「色のない少女」が現れ、〈「こんにちは」〉と声をかけてきます。
世界で自分一人だけがモノクロームの中にいると思っていた「私」の前に現れた、同じ色のない存在。しかし、「私」は下を向いたまま、その声に耳を傾けようとはしません。
この少女は、果たして本当に他者なのでしょうか。
むしろ、自らの悲しみに囚われ、他者との関わりを完全に失った「私」自身の分身であり、あるいは、かつて色を持っていた頃の自分の残像が、今の自分を冷たく追い抜いていった瞬間(すれ違い)のようにも思えます。
だからこそ「私」は驚きも拒絶もせず、ただ雨に打たれるがまま、自らの影が通り過ぎるのを静かに待っていたのでしょうか……。
〈ただそれだけの話〉というあまりにも淡々とした結びが、他者だけでなく「自分自身ともすれ違ってしまった」ような、絶対的な孤独を際立たせているように感じました。
末尾の〈最後まで話を聞いてくれてありがとう〉という一句によって、冒頭の呼びかけは美しく回収されます。
この詩そのもの(誰にも届かなかった「私」の声)が、読者に届くことで作者の微かな救いとなりますように……。
祈るような気持ちで読み終えました。
すでに独自の切ない空気感を持った作品ではありますが、ブラッシュアップの参考までに……。
前半の、色のない「私」の生活描写は、淡々とした虚無感がよく表現されています。
〈出勤もなければ / 帰宅する場所もない〉といった社会との断絶を、もう少し具体的な表現を試みると、中盤以降の詩情がより際立つかもしれません。
タイトルの「すれ違う、」という、末尾の読点(、)は非常に印象的です。
余韻を残したまま物語が続いていくような切なさを感じさせます。
もしこれが意図された表現であれば、すれ違ったあとの割り切れない名残惜しさを表す魅力的なフックになりますが、読者によっては一瞬「おや?」と立ち止まるかも知れません。
「、」が持つ意味をさらに意識してみるか、あるいはシンプルに「すれ違う」と潔く言い切ることでも、孤独の鋭さは伝わるように思います。
ご検討いただけたら幸いです。
初めての方ですので感想だけ述べさせていただきました。また書いてみてください。
ありがとうございました。
※閑話ひとつ
心が疲れて世界の色を失ってしまうような感覚を、この詩はあまりにもリアルに描いています。もしかしたら作者ご自身の深いところから紡がれた言葉なのかもしれないと、読みながら感じておりました。
詩を書くことにより、「私」が様々な色に色付き、様々な色を持てますように、そのことを楽しめますように願っています。
*******
以上、3作品をご投稿いただき、誠にありがとうございました。
それぞれに、心を打つ素晴らしい作品でした。
拙い読みの中で、十分に 汲み取れていない部分も多かったかと存じます。
もし読み違いなどがございましたら、お知らせいただけましたら幸いです。
暦の上では夏至を迎え、いよいよ夏の始まりらしい季節となりました。
暑さはたまりませんが、一年のうちで最も長い昼の光に感謝して、本格的な夏を楽しみたいと思います。
皆様お健やかにお過ごしくださいませ。