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編集・削除(編集済: 2026年05月30日 02:08)

三浦様、ありがとうございます。  石川ぼうず

ご丁寧な講評をいただき、ありがとうございました。

「セピノール」が僕特製のネーミングだと見抜いていただき、思わず笑ってしまいました。実際には存在しない商品を、もっともらしい効能や注意事項、利用者の声までつけて、本当にありそうな広告にしてしまうという遊びを楽しんでいただけたこと、とても嬉しく思います。

また、「人間が本来的、潜在的に持っている願望を、パロディ的、ユーモア的形式によって代弁したもの」という捉え方も、とても興味深く拝読しました。自分の作品を少し離れたところから見せていただいたような気がします。

「僕はもう終わってますけどね、笑」からのアフターアワーズの「オペレーターを増員して」という締めまで、こちらも楽しく読ませていただきました。

軽いレクリエーションとして楽しんでいただけたこと、そして温かい評価をいただけたことに感謝いたします。本当にありがとうございました。

追伸
あまりの混雑ぶりに電話がつながらず僕は購入をあきらめました。セピノール! 人気沸騰中です。

編集・削除(未編集)

御礼 島 秀生様  aristotles200

島 秀生様
拙作「泉」にご感想とご講評をいただき、ありがとうございます。
名作&代表作入りとのこと、誉れとします。

本作、お盆休みで読んだボルヘスに刺激を受けて、詩の世界を広げました。
自然体で、私の本体と言葉、そのままの詩です。
技巧面は拙いままですが、思いと言葉は通じる、思いを強くすれば言葉も強くなると信じます。

私は儒学を学ぶ一学徒です。
かと言って、論語や孟子をそのまま詩にすれば、説教臭くなり現代詩とは遠くなります。

孔子、孟子の生きた時代はデイストピアそのものでした。
世の中の理不尽に対する怒り、悲しみ、だからこそ、思いやりと連なりを広げたい。
この思いは、現代でも変わらず大切にしなければならない。
これ以外に私のテーマはありません。

ご指摘の箇所、最後まで悩み、推敲していました。まだまだです。より精進します。

今回も作品を深く読み解いていただき、感謝します。
次回も、宜しくお願いします。

編集・削除(編集済: 2026年08月29日 13:50)

島様へお礼です  May

島様、「いつか」へのご評価ありがとうございます。

ご指摘いただいた件、詩作に没頭するあまり、抜け落ちていました。
第三者が初めて読むときに伝わるかどうかが大事ですね。
もう一歩、冷静に作品を眺めるよう努めます。

甘め秀作をいただき、ありがとうございます。

編集・削除(未編集)

三浦様へお礼です  May

三浦様

「言霊」へのご評価、ありがとうございます。

「言葉=人生」ということは無意識でしたが、今回ご評価いただいて、あらためて気づきました。

親として子に諭すというより先に、子供から「親になるように」育てられているような気がします。

「甘め佳作」をいただきまして、ありがとうございます。

編集・削除(未編集)

評、8/14~8/17、ご投稿分。  島 秀生

●光山登さん「同じ時間の中で」  

主人公は囲いの外に出た豚(しかも文字が読める)で、元いた囲いの中の豚を見ながら、思っている図です。
主人公の「僕」には、満足した今があり、心も晴れやかに鎮まりかえっていると書かれているので、それで良いのではないかと思われるのですが、
どっこい、囲いの中に戻りたい衝動もあるようです。少々不条理ですね。
さらには、

不満足な昔と、満足した今。 
どちらがよかったか、僕にはわからない。

という自問もあります。

うーーん、まあ、フツウの理屈でいうと、「知識は得たけど、幸せでない」「自由は得たけど、幸せでない → だから不自由であっても「囲いの中の方が良かったのではないか?」の疑問に至るわけですが、
この詩の場合、今に満足し、心も晴れやかだと書かれていて、「今が幸せだ」に極めてニアーな状態にあるので、だのになぜ「囲いの中に戻りたい」になるのか、理屈上ではわかりません。不明です。理屈ではない、不条理な感情があるとしか言えない。

そういう「感情の問題」みたいな、問題提起の仕方で良かったんだろうか?

まあ、どこまで満足しても「どちらがよかったか、わからない」の問いはつきまとうでしょうけど・・・。

あるいは、自分の昔と今ではなく、
今の自分は満足だが、囲いの外をそもそも知らない囲いの中の豚たちにも、囲いの中の豚たちなりの満足があるのではないか、という、別々の満足の両者の対峙の方が良かったんじゃないだろうか。

はたしてこの問題提起の仕方で良かったのか、ちょっと引っかかりは残りました。終連の終わり方はこれでいいと思うんですが。
まあ、囲いの中の豚と、囲いの外の豚(主人公)とした設定の思い切りはおもしろかったです。そこを評価して、おまけ秀作としておきます。


●トキ・ケッコウさん「つばめ」

そうですよねー
身体が小さいのに、長い距離を渡ってくる鳥を見ると、感心します。
いちおう途中、いくつかの島や陸地を辿って、途中休憩しながら来るんですが、にしてもトータルの距離を、あの小さい翼でよく来たもんだと、感心する鳥が多いです。

そのことを思うと、「太平洋のど真ん中に、つばめの墓場がある」という幻想は、とてもダイナミックで、良かったです。つばめにはつばめの死に場所が、あるやもしれませんね。
このあたりのところは、とても感心して読みました。
また、それがあることで2連の「後ろ姿を思う」も、つばめのそうした背景を思わせて、意味が深まります。

このへんの部分はおもしろかった。また出だしの4行もステキだと思う。秀作を。

ちょっと2点思ったのは、
海亀の「キキキ」が、本来、声を出さない海亀が、つばめを食べたことで声を出すという意味合いを含ませているのかどうか、単に海亀単独を想像で書いたものか、わからなかった。

2連、スピードを出す時の翼のたたみ方、ブレーキをかける時の翼の広げ方は、たしかにハヤブサと似ている。ただスピード+小回りという点では、断然、つばめが上回る(つばめは、翼の右左を別々の動きをさせるのが得意です)。そこはいいんだが、意味合いとして「後ろ姿を思う」の方が重い(初連の意味合いを含んでいるから)ので、そっちをラストにした方がいいような気がしました。飛んでる姿であっても、後ろ姿を思う、みたいな感じです。


●相野零次さん「下敷き」  

出だしの5行がバツグンにおもしろいね。

僕は今日も「愛してる」
と下敷きに書いて出荷している
膨大な量の「愛してる」が
国語はもちろん
算数や社会のノートに挟まれる

この、現実にない、架空の職業で描いてみせたところから、おもしろい。こういう職業なら私も働いてみたいと素直に思った。夢のある職業ですね。
そして、みんな「愛してる」の意味を実はよく知らないという、真理にも近いところから、「愛してる」の言葉の歴史(架空)が2連で始まります。
戦争に対峙する言葉として「愛してる」があるというのは、私、ジョン・レノンの「LOVE & PEACE」の思想を想像させてもらった。彼も英雄ですね。この2連の話は、実に彼と重ねて読ませてもらいました。
まあ、千年前に「全国の小中学校」や「下敷き」は、実際のとこ、存在してないんですけどね。この詩は冒頭から大人の童話的なお話の展開なので、そこは事実と違っても、気にしないことにしました。
そして3連以降のように、本当にみんなが「愛してる」の言葉を、いい意味で連発・乱用するようになったら、世界は平和になるのかな、なんて希望を抱かせてもらいました。
話はとてもおもしろいです。名作を。

ちょっと一つ大きな問題があって、
出だしの5行を読むと、「僕」は、下敷きを出荷してる側の人間(メーカー側の人間)に読める。また2連においても下敷きを配った歴史があるのだから、それは職業として今も続いていると読める。
1~2連の経緯では、「出荷する」の意を、「愛してる、の言葉を発している意の比喩」とは受け取りにくいです。
対して4連の「僕」は、完全に小学生です。同じ「僕」ですが、キャラ設定がズレていってる気がします。小学生が下敷きを出荷してるとは、思いづらいものがある。このキャラのズレは解消しないといけない。

で、ノートが学校で使うノートだけではなく、仕事や家計簿ふくめ、日常的に誰しも持ってるノートと受け取れば、3連も、1連からの流れで矛盾しない。
なので問題はあくまで4連ということになります。
そこで、こんな策を提案しておきます。

下敷きが挨拶してくれるんだ(3連最後までそのまま)

もちろん子供たちも使っている

 おはよ! 愛してる
 (以下、4連全部一字下げ)


と、いう感じでの、4連を別キャラとして残す、切り替え案を提案しておきます。

もう一点は、2連7行目の

その時には「愛してる」という言葉すらも
闇を表現する言葉だった

の「その時には」ですが、「その時までは」とした方がいいでしょうね。
こんな感じ、

その時にあらわれた英雄がはじめたことだった
その時までは「愛してる」という言葉すらも
闇を表現する言葉だった

この方が時系列がはっきりしてわかりやすいと思います。


●Mayさん「いつか」  

老猫になるまで飼ってあげてるんですね。
猫もなかなかに長生きするので、仔猫の時から最後まで飼ってあげてる人は、比率的にはそんなにはいないと思う。
カワイイ時ばっかりじゃない。手間がかかる時もある。手間がかかるようになっても、最後まで見てあげるのが、本当です。生きものなんですから、当然、両方ある。生きものを飼うとは、そういうことなんですけどね。

詩で描かれた老猫は、まさに家族同然で、ずっと大事にしてもらってて、良いですね。キッドという名からすると、男の子かな?
抱っこを嫌がるのは、独立心が強い動物に多い現象です。その子もきっとそうなんでしょう。時々、人から見えにくいところに行きたがる点とも符号するかもしれません。もちろん、死期を感じた猫が姿をくらます、という習癖もあるんですが、普段からそんな感じなら、独立心強い系かもしれません。

2点わからないことがあります。
「頭の上をパタパタ小さな足音が歩き廻ってる」は、これ、猫が2階にいるということなんでしょうか? いや、猫の重量の足音くらいで、2階から聞こえるとも思えない。これ、アタマの上に通路になる棚のようなものがあるんでしょうか? それともベッドではなくて、畳部屋で寝てる感じなんだろうか? それなら畳の端を通過していく様子が想像できますが。
そこのところの言葉が足りないので、家の中の様子を想像しにくいのです。読んでて、アタマの中に映像化がしにくいのです。

もう1点は仔猫が突然登場することです。ずっと老猫の話だったので、一匹のつもりで読み進んでましたから。この仔猫の登場が唐突でした。合計2匹飼ってるということなんだろうか? まだ他にも仔猫がいるんだろうか? 家族構成(?)がわからんです。想像ですが、この仔猫はキッドの子では、たぶんないんでしょうね。キッドがオスかメスかもわかってないんで、キッドの子という公算も残ってるんで、違うなら打ち消してほしいところです。違う種類の猫だったら、そう言ってもらったら、そのへんも明らかになります。
もしかしてアタマの上を歩き回ってたのも仔猫の方なら、仔猫とか、別の名とか、書いてもらった方がいいです。混同して読まれないように、もう一匹いる感を先に出しといてもらった方がいいです。それかいっそ、この詩に関しては、仔猫の方は登場させないか、です。

この詩、単独で読むには、2点が不明で、そこはアタマの中で映像化しにくかったんで、一考下さい。1作でカバーできなかったら、シリーズ化して何作か続けることで、解消する手もあります。

でも、後半の老猫の様子自体はよく書けているし、キッチンの感慨も良かったんで、おまけの秀作にしておきます。


●aristotles200さん「泉」  

不老不死のものを探す旅ではなく、あっさりと不死になってしまった者が、不死を解いて、しねるにようにしてくれる泉を探すという、まさに逆の旅です。冒頭からたいへんおもしろく読みました。
で、延々と旅を続けるかと思いきや、あっさりやめちゃうところがまた、逆発想でおもしろいです。
不死を良いことに巨万の富を築き、金でもって、世界の泉の水を集めさせるという暴挙に出ます。なるほどその方がずっと効率的で、目的達成のためには得策です(冨があるならば)。この話の設定が現代の話であるので、この現代感覚の対応がリアル感を増してていいですね。
で、巨万の富を得ても、この身体が得られないもの、不死と同時に失ったものとして、睡眠と味覚がないという体感の話が出てきます。この肉体感覚の不備のようなもの、デメリットが、「不死」の身体をよりリアルなものにしています。感覚を無くすということは、ある意味、人としては死んでるのはないか、という主人公の自問もあります。
後ろから2つ目のパートでは、いよいよ神的な存在になり、人々を導き、アルマゲドンから回避、核兵器を廃絶し、恒久平和と共生社会を実現するという快挙に出ます。これは架空の話であっても、やってみたい、すばらしいことですね。
ただ主人公の孤独、不死解除の願いは叶えられないままで、最後は地球をまるごと宇宙船にして、人々を連れて、宇宙へ「解除の泉」を探しに旅立とうとします。思いもしない次の次元へ向かう結末で、エンディングもおもしろいですね。

これは単にストーリーがおもしろいというだけでなく、aristotles200さんが得意とする哲学的な思考が、この主人公によって実践され、映像化、実体化したような裏打ちがありますね。主人公の自問やモノローグには、その場に置かれたら、人間はどう動くかという深い考察がある。だからおもしろいのだと思う。単なるストーリーの妙だけではない。

名作&代表作入りを。すばらしい出来だと思います。これまでのaristotles200さんの、1位、2位を争う作でしょう。まさに読むに値する作でありました。


こまかーいとこ、一点だけ。
後ろから2つめパートのアタマ。

今、ここは
いや、きっと未来

が、ちょっと意味が取りにくかった。
「今、ここは」は、今、ここで終末戦争が起こっても、の意で、2行目でもって、「いや、未来に」と、言い換えてる感じなんだろうか? 
例文でいえば、

今、ここで
いや、きっと未来に
終末戦争が起きて
世界が滅んでも
たった独り
私は荒野を彷徨い続ける

こんな感じの理解であってるだろうか? そこだけ意味が取りにくかったので。



───*───*───*───


千葉豪雨を見た時に、あの降り方だったら、日本国中どこであっても、あふれると思いました。
日本の排水は1時間に50mmくらいまでの想定でできているところが多いので、100mm以上が続くと絶対ダメです。どこでもあふれます。本当に自分ごととして、そうした時の対応を心づもりしておかないといけない時代になりました。特に車に乗る人は。
千葉といい、そのあとの能登南部といい、異常気象は次のステージに上がったと言える気がします。

豪雨災害を受けられた方に、心よりお見舞いを申し上げます。

編集・削除(編集済: 2026年08月29日 05:45)

道へ  河辺いすみ

気づけば汽車を乗り継いで
虚構の果ての虚構まで

ある昼 凹凸のあるチケットを発券し
ある夜 みずから穴を覗いてみた
どれもこれも それといった事実でないので
視界に魚の浮かぶばかり
枯れた水路を越える橋梁の手すりの上に

空は黒く揺らいでいる
しかし燃えていない ここに火はないのだから
けれどもらくだとフラミンゴの寝そべる
錆びた線路沿いを歩き続ける
砂漠でもないのに

乾いて角ばった岩の上に
古びたラジオがあり
掠れた讃美歌が聞こえる
そうして鳥が訪ねては折れてゆく
時空を跨ぐペンギンなども

休みなく 虚構を踏みにじり
歩むほど積まれてゆくと
わかっている
無垢な鳥類と魚類の遺骸ばかり

地平の先に望むあれは
何者かが組み上げた
風雨に削れた遺骨の建築
いつの人かも 人かもわからぬけれど

きっとあまりに静かな世界を
創ろうと望む誰かがいたろう
もはや蒸気機関車も通らぬだろうし
帽子を被った記者もやってこない
ある居室から延びた道の果て

編集・削除(未編集)

○哀しみ

この哀しみが愛になって皆を
優しく包む日がくるのなら
私はどんな犠牲も払うだろう

それは
一人の少年の澄んだ心の奥にあるもの
一人の少女の澄んだ瞳にあるもの
ふたつが互いに惹かれあう瞬間に似たもの
歳月と共に失われる大切なもの

もしかしたらそれが真実の愛とよべるものかもしれない
自分や他人 ときに生き物でないものに対する親愛の情
そうしたものへの哀しみの蓄積
愛とは喜びに似た哀しみかもしれない

ならば私は堪えねばならない
いずれそうしたものに包まれるとき
はやってくるだろう
それまでは辛くても堪えるのだ
真実の愛と呼ばれる瞬間まで

編集・削除(未編集)

三浦志郎さま 評のお礼です  相野零次

三浦志郎さま 評ありがとうございます
面白いアプローチ……でしょうか
それは意識している部分はあります。

失礼ですがAの部分がいまいち仰ってることがわからなくて
搦め手? 難しいですね、詩って。

編集・削除(未編集)

感想と評 8/21~8/24 ご投稿分 三浦志郎

1 Mayさん 「言霊」 8/21

「ほんそれ」。こういった言葉は僕は詳しくはわかりませんが、SNS上などで使われるのだと思います。こういう場での若者の言葉の使い方が年配者はわからない。逆に年配者が使う表現や言い回しを若者がわからない(≒死語化?)。言葉とは時代に応じて動くものですが、こういった二重構造も無視できず、国の調査や国語政策が問われるところです。
実際にあったことをエピソード的に取り上げたものと思います。それだけに、詩の背景、言い回しなどが、少しライトな日常性の中にあるように読めます。その延長にありながらも、貴重なのが「息子よ」以降でしょう。別に深刻な訓戒ではなく、日常的エピソードの流れの中でさりげなく語られる。しかし、その含むところは深い。これは父親としてシャレていて、しかもかっこいいです。
こういったことをごく自然に教示できるのは、以下の考えが身に付いているとしか思えません。
「人生=言葉」。 甘め佳作を。

アフターアワーズ。
大勢に影響ないので、こちらの扱いにします。好みのことなんですが、タイトル「言霊」が詩行に比べ、その重量・面積が少し重く広い気はしました。もちろん、読み手、評者によって違ってくるでしょう。


2 石川ぼうずさん 「セピノール! 限界突破キャンペーン」 8/21

いや、おもしろい! セピノール調べても何処にも載ってないので、これは“石川さん特製ネーミング”ですね。うまいもんです。テレビやスマホで盛んに流される商品紹介です。効能書きがよく考えられ、ちゃんと消費者の購買意欲をそそるようなスタイルになっています。「食品ではありません」「寝る前にセピノールの上で」とあるので、何か腰掛けたりする物か蒲団のようなものですかねえ。
そこから磁場のようなものが出て人を良い方に導くとか?利用者の声までついて、何にでも効きそうです。とりわけ、対・異性がお得意分野のよう。だとすれば、これは売れそうですね(僕はもう終わってますけどね、笑)。この詩を正統的な詩評論で捉えるならばー、
「人間が本来的、潜在的に持っている願望を、こういったパロディ的、ユーモア的形式によって代弁したもの」と記してみましょうか。注意事項も笑えますね。詩の本道にはなり得ませんが、軽いレクリエーションとしてあってもいいですね。評価は佳作一歩前で。


アフターアワーズ。
「今から30分、オペレーターを増員して皆さまをお待ちしております。ふるってご応募ください!」


3 相野零次さん 「イライラ」 8/22

「面白いアプローチの作品です」。一読、こんな言葉が浮かびました。相野さんの持ち味かもしれない。この感情は人間にとって“最後通牒”的な感情ではけっしてない。まだ道半ば、回収・改良の余地は充分あるはずです。詩の初期においては「イライラ=感情」が人間の行動原理、行動指針といった把握をします。次にイライラの救済手段として(感情としての)「好き」を登場させます。
これは大賛成。これは全き処方箋です。「好きこそ理屈を退ける。好きこそ理由の最後の砦」であります!これによって「イライラ」は初めて「ウキウキ」に変わるのです。相野さんにとっての好きな子、好きな詩、好きな詩人。最後に最果タヒさんが登場します。ここのパートは別種詩の混在?と思えなくもないけど、まあ、今回はいいでしょう(大笑)。敬愛する人物がいるということは、その人にとっての幸せと思えるからです。

A……最後に大事なことを書きます。この詩は「人間事情を搦め手(裏口)から書いている。そのアプローチの意義」です。それが冒頭の評文に繋がるのです。搦め手だけに人はうっかり忘れがちです。忘れがちなだけに人間を知るに案外近道だったりする。この詩を読んでそんな感想を持ちました。

アフターアワーズ。
正直に書かせて頂くと、この作品を佳作にするかどうか悩みました。しかし佳作です。「A」があったからです。
好みで言うと、これは案外、散文詩形式で書くと、より真意が伝わるかもしれません。あくまで参考ですが。


評のおわりに。

8月が終わります。
社会的にもいろいろありましたが、月並みですが、夏が終わるのはとても寂しい。
どんな暑さでも、どんな気候でも、です。  では、また。

編集・削除(編集済: 2026年08月28日 20:43)

ウソ  じじいじじい

ママとパパってウソをつくんだ
ママはあたまがいたいのに
わたしのまえで「いたくない」っていう

パパはおしごとでつかれているのに
わたしのまえで「つかれてない」っていう

ふたりともわたしのまえではニコニコしてる
でもね ふたりのときはちがうんだ
「あたまいたい」といっておくすりねむ
「つかれたあ」といってゴロンってする

なんかふたりともへんだよ
わたしにほんとうのこといわないんだ
わたしはママとパパのこどもなのに

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