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人間とは
人間を不愉快と思う生き物
自分以外の
あらゆる存在に拒否反応を示す
同質化とは
本能的意思決定をもたらす
故に
無意識に異端を排除しようとする
常に異端を警戒する
A、はアルファベットに同質化を求め
あ、のような平仮名を排除する
次に
アルファベットの内の
異端を探そうとする
例えばS、C
何故、彼らは曲がっているのか
正当なアルファベットとは
直線的であるべきだ
アルファベットたちは次々と脱落する
Aは思う
Zこそ我らが王、偉大なZよ
次にAは思う
LやIは単純化しすぎる
平仮名よりはましだが、下劣な奴らだ
こうして
異端は次々と生まれ、排除された
最後にAとZのみが残る
偉大な私たちよ、栄光あれ
気づく
今や、アルファベットの多数派とは
AとZ以外のグループ
リーダーのSはいう
醜いA、Zめ
追放だ、アルファベットの恥さらしめ
……
それに比べて
平仮名、なんと美しい曲線だろう
……
あ、は言う
丸のない、い、こ、た、
あれで我ら平仮名のつもりらしい
笑止千万ではないか
これが人間
人間とは
常に、人間を不愉快と思っている
吹く風に流されて
赤い風船は何処へゆくの
丸み帯びたシルエットが
ひつじ雲の浮かぶ青空に映え
伸びる紐の揺れる端には
白い小さな紙片を添えて
舞う風に踊って
赤い風船は想いを乗せる
大空を上へ下へ
どこまでも弾んでゆくの
ずっと先の未だ見ぬ街へ
目的地は決まっていない
このまま飛んで 飛んでゆきなさい
揺れる風に導かれて
赤い風船は辿り着くの
街のなかでもいい
山のふもとでもいい
海のうえであってもいい
でも願わくば
運良く誰かの腕が掴んではくれまいか
ひとつの願いが叶うまで
赤い風船は飛んでゆく
もうすぐ
ここからは見えなくなる
それでも ずうっと飛んでゆけ
目を細めて風船を見送った
小さな点になるまで想いを馳せて
赤い風船が落ちたとき
それはきっと
ひとつの願いが叶う頃
赤い風船が落ちた場所
そこにきっと
大事な想いは伝わるさ
0.はじめに
志賀直哉作「小僧の神様」に、最終章でこのような記述がある。
“作者は此処で筆を擱く事にする。実は小僧が「あの客」の本体を確めたい要求から、番頭に番地と名前を教えて貰って其処を尋ねて行く事を書こうと思った。小僧は其処へ行って見た。所が、其番地には人の住いがなくて、小さな稲荷の祠があつた。小僧は吃驚した。──とこう云う風に書こうと思った。然しそう書く事は小僧に対し少し残酷な気がして来た。それ故作者は前の所で擱筆する事にした。”
──この作品は、小僧こと主人公が彼にとっては高いために寿司を食えずにいたところを、たまたま彼のことを見知った貴族院議員の男に、こっそりと、誰からかとは知られぬまま寿司を奢ってもらい、もしやその人は「神様のような存在(稲荷様)ではないかと夢想する」という筋書きである。ちなみに、作者はその筋書きを最後の章で自ら『残酷な気がして来た』と否定している──
しかしこれでは、あまりに仙吉がかわいそうではないだろうか‥‥繰り返しだが、この短い小説の中、一定の文章量を持って作者はわざわざ「少し残酷な気がして」と書いている。しかしだ、と私は思う。本当に、そうだったのだろうか。実のところはその逆であったような気がしてしまう‥‥要するに彼は、本当は、きちんとした「神様」に逢いたかったんじゃなかろうか、と思うのだ。
‥‥ともあれ。
もうひとりの作者である私は、いま大きな疑問と当てどころのない責任感を持って、従来の小説のなかから仙吉の身柄を取り出し、自由にしてやりたいと願っている‥‥余計なお世話になるかもわからないが、つまりは彼が本当に欲したところの「神様」に遭わせてあげたい、と思うのだ。それで。
これから仙吉に「神様探し」の小さな旅に、取り急ぎ、出てもらうことにしようと思う‥‥なお以下の文中に登場する「神様」は、特別の断りがない限り敬称略つまり「なにがしの神」とした。また「然し」「所が」などの歴史的表記は現代向きに、ひらがなで統一しよう。
*
1.『冷蔵庫(冷蔵箱)の神』との出会い
言うまでもなく仙吉は彼の手には届かない高価な握り寿司を食べたいと願って、実際にその願いは叶えられたわけだったが。
『とある疑念』が拭えるわけはなかった。意地の悪い作者の元でならそれでも構わなかっただろう‥‥だがここでの仙吉は違う。
「御免ください」古風な挨拶を残して彼の姿が銀色をした業務用の冷蔵庫の前にあった。いま彼は令和の寿司屋の厨房にいる‥‥まだ開店前であり他に人の姿はない。
「不思議だなあ」仙吉がつぶやいた。無理もない。彼が小説のなかを生きていた時代はおよそ大正と呼ばれた頃。ものの本によると冷蔵庫は氷を使った方式のもの(冷蔵箱)が料理店を中心に出回り始めていたらしい。それはさておき。
「こうやって冷やせば、なるほど魚の腐るのが遅くなるってもんだ」
仙吉には見慣れないアルミニウムのバットには刺身の柵(さく)が綺麗に並んで置かれてあった。手を触れないところは子供ながらに偉いところだがしかし顔の近さといったらよだれが垂れ落ちてしまうほどである。それを眺めながら彼はひとりごちた──ちなみに彼が小説中で店に入ったのは神田の寿司屋だったが、このような冷蔵設備を整えていたかについては詳(つまびらか)ではなく、あくまで類推だがきっと無かったことだろう。だから仙吉の驚きもある程度は理解できる‥‥ところが。
「これじゃあないんだよな」
仙吉が、つぶやいた。‥‥彼の目に『冷蔵庫の神』は、見えない、だからつぶやいたのではなく実際には彼は神に話しかけた、つもりだったのだが。──実は冒頭に『とある疑念』と書いたのは、仙吉には彼に寿司を食わせた神の、存在する確固たる証拠が必要だったのだ。
こうした訳で、ここで冷蔵庫の存在を目の当たりにしたのは、ちょっとだけ、その神の証拠を見せつけられたような気にさせられたのである。‥‥ただその存在があまりにも当時の彼にしてみれば、突飛で、にわかに受け入れられないことになった。
「まだ他に、(神は)いるよな?」ちょっと食指が動きだすような手つきを、なんとか制した仙吉が、そう言い、その場を後にするのだった‥‥ちなみにここだけの話、仙吉はこう思ったのかもわからない。
(こうやって一度にたくさんの寿司をこさえることができれば、やがては俺なんかみたいな庶民にも手が届くようになるのかも、わかんねぇ)
もちろんそれは‥‥重ねて言うけれども仙吉には、内緒の、ここだけの話である。
*
2.『回転寿司の神』との出会い
次に仙吉が姿を現したのは「回転寿司」の店だった。仙吉にとってもちろんこれは初めての経験だった。いまでこそ珍しくない回転寿司だが、彼にとっては驚くべきものに違いない。
ところでここでの体験は「見る」ではなく「食べる」ことだった。そして(これは後々わかることになるのだが)
仙吉が訪れた店には‥‥『神』が、いたのだった。
ちなみにその神とは店にしてみればいわば『招かれざる客』だった。たまに来店する客の一人であり、浮浪者ではないようなのだが、彼のその身なりといい振る舞いといい、いかにも不潔で不快なものだったのだ‥‥ただそんなことはいまの仙吉には関心の埒外で、彼にとりその客はただただ『神』に見えた。それはベルトコンベアーの上をカタカタとかすかに皿同士が擦れ合う音を立てて流れて来るのを、この客がじいっと腕を組んでは眺めている様がいかにも、通、を感じさせ、同時に得たいの知れない威厳のようなものを彼に感じさせるから、なのだったが。
「おうい」と『神』がベルトコンベアー越しに職人に向かって声をかけた‥‥職人はさきほどから無言で眉間にシワを寄せている。
「中トロ、くれるかい?」
「レーンに流れてるの、とってもらえます?」
ぶっきらぼうな口きくのは、明らかに職人が苛立っているのだった。無理もないのであり、先ほどからこの客は湯飲みの茶を音を立てて啜りながらふらふらと指先をベルトコンベアーに向け、回ってきた皿のふちに指先を当て、取ろうとしつつすぐに手を離してしまう、そんな仕草を繰り返した。回転寿司でいちばんやってはいけない振る舞いだ。
「そうか、って、これトロじゃねえよなあ」
「あ、ちょっとお客さん、戻しちゃだめだ!」
険しい声が飛んできた。チッと舌打ちして皿を引き寄せ目をじっと近づけてから『神』がコトっと寿司を卓上に置いた。すでに他の寿司皿が二、三枚並んでいた‥‥その一部始終を、仙吉は見届けるのだった。すげえ。彼から思わず声が漏れ出た。ボサボサの長髪を掻き上げながら客はちゅっと醤油をさして寿司を箸でつまみ上げ、口もとに運んだ。もぐもぐと噛んでしばらく噛み続け、さも飲み込みづらそうな様相で顎を上げて嚥下した。
そうして不意に『神』が仙吉の方を向いた。
「どうした? きみ、好きなの、取っていいんだぞ?」
「あ、へい」
「なんだ、へいって、きみ、面白いやつだな」
「あ、いえ」
仙吉がモゴモゴと口もごった‥‥実際、彼にとってベルトコンベアーの上を回ってやって来る寿司はまるで周り燈籠のようであり、手を伸ばすさきから消えていくような錯覚に彼は襲われているのだった。それでつい手が皿に伸びないことはあった。
だが仙吉の本当の問題は、別なところにあり──それは小説の中でもそうだったように──仙吉には持ち金が無いのだった。ましてや時代が違ったために彼がガマ口の中に忍ばせているのは何銭と表面に刻まれた硬貨が数枚だけだった。もちろん相手にそんな事情を知る由もない。
「なんだ? 決められねってか?」と、『神』がまるで図星であるかのように顔を綻ばせて言った。薄茶色に汚れた歯の抜けてまばらになった様子が見えた‥‥それから仙吉に向かって。
「よかったらこれ、食いな」と、それまで卓上で温めるようにした数枚分の寿司を、仙吉の方に押して寄越した。
*
3.あらためて『小説の神』との出会い。
さて。ここまですごく駆け足で仙吉を『神探し』の観点から、彼にちいさな旅へと急いで行ってもらった訳なのだけれども。
どうだろうか‥‥正しいか正しくないかは棚にあげるとして、仙吉は彼にとっての神と、果たして出会えたであろうか。‥‥正直にいうと、私はきっと出会えなかったはずと思う。
ただひとことだけ最後に付け加えるとすれば‥‥私は「小説の神」とされる作者に、正直、好感を抱かなかった。
確かにものすごく上手なお話を、後世に残したし、何某かの教訓めいたものを読者に伝えることには大きく貢献したことだろうとは思う(ちなみにここで言う教訓とは、一つ、仙吉が感じたところの、現実世界の認識の危うさであり、もう一つは、その仙吉に人知れず寿司をおごってあげた末に貴族院議員の男が感じた、言われない、優越感、今風にいえば『マウントを取った』ことへの、恥ずかしさ、みたいなものであったかと思うのだが)。
実はそこが曲者で、あって‥‥この『小説の神』とまで賞賛された作者は、至極正直なところでは、その主人公である仙吉に実はこのように言いたかったんじゃないだろうかと。つまり。
「この世の中に、教訓ほど馬鹿馬鹿しいものは、ないんだが、もし必要とされるのなら、せめて教わるんじゃなく、自分の手と足で捕まえるんだ」と。
あえて幻想譚にすることを拒んだ、挙句、読者をその筆者の言わんとするところへと連れて行こうとしたのではないか、と。
──そのように、私ならば、思う。ちなみに私はこの小説の神から、教訓はもちろん、なんらかの感銘を受け取ったことは、残念ながらない。
一日の夕暮れどきに
一年の夕暮れの中をゆく
なにも変わらないと思っていたのに
絶えず変化していた
表面でも 奥底でも
何もかもにおいて
この木は今まさに
青葉から紅葉へと変化しようとしている
その奥の家には誰も住んでいないようだ
家の一生に
夕暮れが訪れる
夕暮れの色は
知らぬ間に変化して
それとわかった頃に気づくのは
美(かな)しさと せわしなさ
今この瞬間も 絶えず
誰かが誰かに問うている
(あなたからあなたへと変化する、
その動機はなんですか。)
夕暮れの中で
こたえるものは誰もない
赤くて小さな葉っぱがひとひら
鼻の頭に乗っかった
痛みとともに現れたそれに
気づくものは誰もない
問い 問われを繰り返すうちに
表面も 奥底も
すっかりと変化を遂げてしまった
鼻の頭の紅葉も
いつの間にかいってしまった
誰にも気づかれないままに
水が蒸発するように
美しい色を振り落とした枝々は
削りとられたかのようなか細さでなお
花芽をいっぱいに湛えている
次の一年をゆくために
せわしなく
いつもお世話になり、ありがとうございます。23日投稿の詩の、終連の最後の一行を書き直しました。投稿から二日経っての変更で大変恐れ入りますが、今一度お目通しいただけませんでしょうか?お手数おかけして申し訳ございませんが、よろしくお願い申し上げます。
今年も
街中が煌めく季節
イルミネーションを横目に家路を急ぐ
玄関を開けると
美味しそうないい匂いが漂よってくる
ただいまと言うと
キッチンから顔を出し
おかえりなさいと言う
一緒にキッチンに立ち盛り付けを手伝う
今年も色々あったけれど
この日を迎えられてよかったと思う
テーブルに座りグラスを持ち乾杯をした
一緒に居られるだけでも幸せを感じる
また来年も迎えられるといいな
買ってきたケーキも食べ心も身体も大満足
レコードをかけながらゆっくり時を刻む
うたた寝している横顔を見ながら
また幸せを感じる
そっと言ってみる
メリークリスマスと
日が落ちたところに
琥珀色の溜り
青から藍に移ろいゆく
空の中ほど
冬浅し
黄昏時
あざやかな夕陽が
去り際に そっと
いちばん遠い空に
描いていった
ビーナスベルト
薄黄色
薄紅色
薄紫色
淡い色が重なる
東の地平線
柔らかなグラデーションが
残照の橙色に手を伸ばして
くるり
穹窿の縁を
綾なす色彩
束の間
日常は
現実と幻想の
狭間を揺蕩う
ほどなく
東の空からほどけはじめて
藍にとけてゆく 色彩の環(わ)
街並みは
徐々に凹凸をなくして
墨ベタの街に 点々と
人灯りが散りばめられる
最後に残った
西の空の薄明かりに
つややかで透きとおった
黄金糖を思う
目を瞑って
手元にない鼈甲飴を
ひと粒ふくんでみる
懐かしさを
丁寧に溶かして
素朴な甘みが
なくなった頃
深い藍の空に
冴ゆる星々が
冬の星座を描いて
夜の帳に包まれた
こんばんは。お礼が遅れ申し訳ありません。
初回にもかかわらず、たくさんのご感想をくださり大変嬉しく思います。
「その場にいるかのような」というお言葉をいただき、心が浮ついております。
色のこと、構成のこと、時制のこと、ご指摘いただきとても勉強になりました。
黄金色については穂の実りの色と知っていたのに安直に使ってしまったと反省しました。色の表現、難しいです。
アンサーになるかは分からないのですが、
ちょうど月が変わる頃、渋谷周辺を徒歩で移動した時に(普段は電車)、明治通りの銀杏並木が圧巻で、何とかしたためようと試みたのがこの詩です。ただ私、一つの詩を仕上げるのに半月以上かかるんです。そこで、投稿の「旬」を逃してはいけないと、詩題をちょうど投稿期間の被る時節、「閉塞成冬」=(12/7~11頃)に決めて一週間ほどで必死に書きました。多分、それがよくなかったようです。黄葉がまだ見ごろの時期なのに、枝が寒空を見上げるイメージのタイトルにしてしまったため、なんとかその間をつないでズレを埋めようとした結果がこちらの詩です。あと、絵心もないのに、詩全体の形を銀杏の木の半身にしたかったのです。以上、言い訳でした、長々と失礼いたしました。
お忙しい中、そして気がざわつく中、長い詩を丁寧にお読みくださり、ご感想、ご教示をくださりありがとうございました。
痛い 肺が痛い
苦しい 息苦しい
痛い 足が重く痛い
もう倒れそうだ
もう死にそうだ
身体が揺れる
足も手も頭もフラフラと
もう走れない……
『走れ!生きてるぞ!』
生きてる!
生きている!
しっかりと息をしろ!
もう一歩前に足を出せ!
もっと大きく早く手を振れ!
もっと息を
もっと足を
もっと手を
生きている!俺は生きているじゃないか!
息をしろ!
足をもっと前に!
手をもっと早く!
倒れない!倒れない!
しっかりしろ!
吼えろっ!
走れえええええええっ!
前に!前に!前に!
手を早く振って
足を前に大きく出して
高く!高く!飛べっ!飛べっ!
答えなんか
答えなんか後でいい
今を
今を生きろ!走れ!
答えはついてくるんだ!
あっ………気持ち良い
まるで地上5センチ上を走っているみたいだ
視界は真っ白 唯一見えるのは先の一点だけ
不思議だ苦しくもない
足も軽い気がする前に出せる
手を大きく振れる気がする
飛んでいるんだ!
ああ見える 見える 見えるよ
近づく 近づいてくる
見えるぞ
胸を晴れっ!
答えを掴み取れ!
アスファルトが冷たい
微かに何かが聞こえた気がする
歓声か?分からない
ただ溢れ出る涙だけが温かくて確かだ
嗚咽も追いつかない荒い呼吸
全身に鳥肌が浮き立っている 震えてる
俺 走れたのか?
走れたんだ
こんな感覚を知ってしまったら
また走らずにはいられない気がする
そんな事を思ってる
答えなんか正解だろうが何でもいい
今はすごく心地良い疲れなんだ
きっと正解かどうかなんて
思い出話で分かるんだよきっと
「主」の前に小さな男の子がおずおずと現れます。
みすぼらしいですが、小さなタイコとバチを持っています。
「イエス様、僕は貧しくて捧げられる品物を持ちません。
かわりに、僕の叩くタイコの音色を捧げます」(歌詞要約引用)
*
タイコとは
人を愉快に楽しく鼓舞したりもしますが
少々騒がしい楽器です
ですが この曲のタイコは
ちょっと可愛らしい音がするのです
「Shall I play for YOU?」
「ロポポンポン ロポポンポン」
「I played my best for HIM」
「ロポポンポン ロポポンポン」
「Then HE smiled at me and my drum」
おそらく物語に出て来る
貧しいタイコ少年の音色のように
可愛く優しいものなのでしょう
*********************
クリスマスのお祝い。即興の為、評なしで。