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遅くなってしまい申し訳ありません。丁寧な感想ありがとうございます。SNSなど、現代社会の状況を鋭く描いていると受け取って頂けて本当に嬉しいです。
言葉の表記についてもご指摘頂きありがとうございます。確かに、最後の「言葉」は今までの言葉やコトバと違うニュアンスなので、変えた方が良かったですね、納得です。
私は、鋭くありつつも傷ついてる人に寄り添える詩を書いていきたいと思っております。また投稿しますので、これからもよろしくお願い致します。
この度も、『繋がる』への丁寧なご講評をありがとうございます。
日常のささやかな情景や、何気ない言葉に込められた想いまで、細やかに読み取っていただき、とても嬉しく思います。
また、「私の時間」という表現についてのご指摘も、ありがたく拝読いたしました。自分の中にある想いを、どこまで言葉に託し、どこまで余白として残すのか。これからも大切に考えていきたいと思います。
この度も、『遠い雨の和音』への丁寧なご講評をありがとうございます。
「雨音ボリュームのつまみを調節する」というお言葉が、とても印象に残りました。作品に込めた幽かな響きを、そのように受け取っていただけたことを嬉しく思います。
「楽譜の匂い」や「名前のない部屋」にも触れてくださり、言葉の奥に置いていたものまで掬い取っていただけたことに感謝いたします。
「弱くては聴こえない、強くては詩にならない」というお言葉を、これからも大切にして参ります。
10/6〜10/8にご投稿いただいた作品の感想・評でございます。
素敵な詩をありがとうございました。
一所懸命、拝読いたしました。
しかしながら、作者の意図を読み取れていない部分も多々あるかと存じます。
的外れな感想を述べているかも知れませんが、詩の味わい方の一つとして、お考えいただけたら幸いです。
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☆「繋がる」 ゆづは様
ゆづは様、こんにちは。
御投稿ありがとうございます。
〈台所のテーブルの真ん中に/小さな箱がひとつ〉という、静かな情景から詩は始まります。
何気なく置かれたように見える箱ですが、家の風景の中心に据えられたような感じを受けます。
これから何が始まるのだろうという、かすかな予感を抱かせます。
続く〈ゲームセンターの喧騒を抜けて/それは そこにあった〉という展開。
ゲームセンターの騒がしい空間から、台所という家庭の日常へ……外の喧騒と、家の中の穏やかさとの対比を感じます。
〈それは そこにあった〉という、少し間を置いたような表現は、箱がそこに置かれているという事実を、改めて静かに見つめ直すような印象を受けます。
第3連では、〈ご飯の炊ける匂いのなか〉という嗅覚の描写が加わります。
その中で、〈説明書をめくる指先は/少しぎこちなくて〉と続きます。
新しいものを前にした戸惑いや、慣れない操作に向き合う作者の姿が浮かんできます。
そして、第4連。
〈耳の奥で小さな電子音が弾ける〉という一行は、作品の転換点になっているように感じます。
それまでの静かな情景の中に、電子音が小さく響き始めます。
「鳴る」ではなく「弾ける」としたところに、瞬間の鮮やかさが表れていますね。
〈透明な電波が/私の時間と繋がるように〉
目には見えない電波を「透明な」と捉え、それが自分の時間と繋がるように、と表現したところに、詩的な魅力があるように感じます。
第5連の〈少し離れたところで/はにかむ息子の横顔〉……息子さんが登場しますね。
〈「三個も取れたんだよ」と〉
母と息子は同じ場所にいながら、それぞれの時間を過ごしているように感じられます。
息子さんの横顔を捉えることで、程よい親子の距離感も伝わってくるようです。
「三個も」という言い方に、息子さんの嬉しさや誇らしさが滲んでいます。
そして、それまで描かれてきた箱や説明書、電子音といった描写の背後に、息子さんの存在が浮かび上がってきます。
最終連、〈届いた音のぬくもりが/新しい私の毎日に/一つずつ溶けてゆく〉
とても美しい結びですね。
ここで「音」は、電子機器から発せられる物理的な音であると同時に、息子さんの言葉や、そこに込められた思いをも含んでいるように感じられます。
「一つずつ」という言葉には、急に変わるのではなく、きっと、小さな発見や喜びを重ねながら、ゆっくりと新しい毎日が形づくられてゆくであろう時間を感じました。
また、「繋がる」という題に対して、結びでは「溶けてゆく」という言葉が選ばれています。
繋がることが、単に二つのものを結びつけるだけでなく、受け取ったものが自分の日常のなかに自然に馴染み、新しい暮らしの一部になっていくことを示唆しているようにも感じられました。
一点、ご検討いただきたいのは、〈透明な電波が/私の時間と繋がるように〉という箇所です。
ここは作品の核となる重要な表現ですが、「私の時間」がどういうことを指しているのか、読み手によって受け取り方が分かれると思います。
その余白も詩の魅力になっていると感じますが、もしゆづはさんの中に明確な思いがあるのであれば、それがより伝わるように、言葉をもう少し吟味してみてもよいかもしれません。
具体的な描写を積み重ねることで、心の微妙な変化を伝えている点が魅力的だと感じました。
母と息子の関係を直接説明するのではなく、二人の間の小さな出来事を通して生まれた喜びが静かに伝わってくる作品です。
ゆづはさんの持ち味である繊細な描写が、家族の日常という身近な題材と結びつき、抒情を生み出していると感じました。
御作、佳作とさせていただきます。
ありがとうございました。
※閑話ひとつ
繋がるということは、思いがけないところで、離れていたもの同士が結びつき、新たな意味が生まれることのように感じています。
何気ない言葉が新たな気づきをもたらす……ふとした出来事が過去の記憶と重なる……自分とは違う世界を生きる誰かの言葉や経験が、それまで知らなかった風景を見せてくれることもあります。
様々な「繋がる」が、思いもよらない形で私たちの世界を広げてくれるように思います。
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☆「人知れず、あなた」 れもん様
れもん様、こんにちは。
御投稿ありがとうございます。
〈餡の声を持つ人がいる〉
とても印象的な一行から始まりますね。
「餡」という言葉には、甘さや温かさ……どこか懐かしい響きがあります。
それが「声」と結びつくことで、単に耳に届く音ではない、聴く人の心にじんわりと染み込んでいくような感覚があわせて想像されます。
〈その重さ、粒子、甘みよ〉という表現も興味深いですね。
声という本来は形のないものを、餡になぞらえ「重さ」や「粒子」といった感覚で捉え、さらに「甘み」へと展開しています。
聴覚だけでなく、触覚や味覚にまで広がる表現が、その声の独特な存在感を生み出しています。
〈ひとの心を、ひとの思想を/淡々、淡々と読む〉という箇所では、その声の持ち主が、言葉の表面だけではなく、人の内面にある思いや思想を丁寧に読む姿が浮かびます。
「淡々」という言葉の繰り返しからは、餡の声を持つ人が、感情をことさらに込めず、静かに読み進めていく様子が感じられます。
そして、〈ただ声のみに宿るあたたかさ/それだけのことで私は満足なのだ〉と続きます。
ここでは、声の持ち主の経歴や人柄などを知ることよりも、声そのものから受け取る温かさが大切にされています。
何か特別なことがあるわけではなくても、声を通して心が満たされる……そのあたたかさが、飾らない言葉で表現されていると思います。
〈たったそれだけ、それだけで〉という繰り返しにも心が留まります。
「それだけ」という言葉を重ねることで、自分にとっては十分に大きな意味を持つのだという思いが伝わってきます。
続く〈僕はあなたを知らない、知ることもないだろう〉という箇所で、それまでの「私」から「僕」へと一人称が変わります。
相手を知らず、これからも知ることはないだろうという認識には、近づくことのできない距離が感じられます。
〈でも忘れることはない〉という一行は、その距離を越えて響いてきます。
さらに、〈わたしにくれたものを、そのじんわりとした温かみを、立ち上がる力をくれる甘みを〉と、「わたし」が受け取ったものが具体的に語られます。
「温かみ」から「立ち上がる力」へと進むことで、声が単に心地よいだけでなく、前を向くための力にもなっていることが伝わってきます。
冒頭の「餡」の甘みが、ここで心を支える甘みとして響き直しているところに、作品全体に流れる「あなた」との温かいつながりを感じます。
最後の〈あなたのような人々に幸あらんことを〉という結びで、感謝は祈りへと変わってゆくように感じられます。
自分が受け取った温かさを思い、そのような声を届けてくれる人々の幸せを願う……静かな感謝の気持ちが際立っているように思いました。
少しご検討いただきたいのは、一人称が「私」「僕」「わたし」と変化するところです。
意図的な使い分けであれば、それぞれの表記がどのような心の動きや声の違いを担っているのか、もう少し吟味してみてもよいかもしれません。
声の持ち主を知ることがなくても、その人から受け取った温かさは確かに自分の中に残っている。
そのことを、冒頭の「餡」のイメージから最後の祈りへとつなげて表現した点に、作品の魅力があると感じました。
「人知れず、あなた」というタイトルも素敵だと思います。
10月10日の評で、雨音さんがタイトルについて書かれていましたが、タイトルのつけ方の重要性を、改めて感じています。
タイトルを手がかりに詩全体を見つめ直し、さらに改稿していくのも楽しいと思います。
初めてのご投稿ですので、今回は感想のみとさせていただきます。
ありがとうございました。
※閑話ひとつ
「餡」と聞いて思い出したのが、坂木司著『和菓子のアン』です。
デパ地下の和菓子店で働くアンちゃんを主人公に、和菓子にまつわる謎や人間模様を描いた物語です。
餡は、和菓子の味わいを支えながら、季節ごとの趣とともに人々に親しまれています。
「餡の声を持つ人がいる」
素敵な表現ですね……。
誰かの心に温かさを届けている「あなた」。
アンちゃんのように、人との関わりのなかで誰かを支える人がいる。
そして私もまた、人知れず、そんな人たちから力をいただいて、今あるのだと思います。
*******
以上、2作品をご投稿いただき、誠にありがとうございました。
それぞれに、心を打つ素晴らしい作品でした。
拙い読みの中で、十分に汲み取れていない部分も多かったかと存じます。
もし読み違いなどがございましたら、お知らせいただけましたら幸いです。
三浦志郎さんの「歴詩奇譚・鎌倉篇」を楽しみに拝読しています。
鎌倉幕府末期の権力闘争と政権の腐敗、そして滅亡に際して奮戦した武士たちの矜持……。
三浦さんは、史実を丹念にたどりながら、時代の変転とそこに生きた人々の姿を鮮やかに描き出しています。
最後に敗者への鎮魂と憐憫へと至るところにも、心を動かされました。
私自身、歴史を題材とした詩をいくつか書いてきましたが、史実を独自の視点で組み立て、時代の奥にある人間の姿を浮かび上がらせる三浦さんの歴史詩には、学ぶべきところが多いと改めて感じています。
ありがとうございます。
人の中で
人を見て
人と接して
こつこつ、自分の詩を書き、ことばを見つけていけたらと思います。
秋も深まってまいりました。
皆様の言葉から、また新たな詩の世界に出会えることを楽しみにしております。
どうぞ、実り豊かな秋をお過ごしください。
紗野玲空
三浦様、「老老」へ丁寧な評をありがとうございます。
ひとつ、作品について補足させてください。
「手帳給付者」ではなく
「障害者手帳を持つ私」と書くべきでした。分かりにくくしてすみません。
杖をついているのは夫で、障害者手帳を持っているのが私です。視野が欠けているため私自身は運転できず、夫にスーパーまで連れて行ってもらっています。
「ご飯を食べられるのは君のおかげ」は、買い物に連れて行ってもらえることへの感謝です。家の中では私が夫を支えるという、互いの役割の違いも含めて書きました。
作品の意図をお伝えしたく、補足させていただきました。
甘い佳作を頂きありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
三浦志郎さま コメントありがとうございます
三浦さまの始めての詩集を出すときの考えが、
僕の現在の考え方と全く同じなのに驚きました。
「売れようなんて思わない、自分への記念、生きた証!」
ほんとにそのとおりだと思っています。
紙の本として残したいですね、やっぱり。
どういえばいいでしょか。
まず最初は自分という小さな書店から始めよう!
っていう感じですかね。自分の店を開くような。
夢はふくらむばかりです。
近い将来、自分の本を出したいですね。
今回も、拙作を深く読み解いて下さり、誠にありがとうございます。
人並みに、忸怩たる思いをして生きて来ました。
過去の様々なものを、詩とはいえ、廃棄しなくて良かったです。
頂いたご講評を糧にし、フィーリングをキープしながら、一歩一歩前進してゆきたいと思います。
少なくとも感性は老いないように精進しますので、またよろしくお願いいたします。
ご講評ありがとうございます。
作品を細かく読み取っていただき、さまざまな視点からご感想をいただけると、大変勉強になります。
さて、やっぱりタイトルには凝りたいですね。
私の場合、テーマ設定→構成・章タイトル→メインタイトル→本文→タイトルの再考、という順番が多いでしょうか。
読み終えたあと、タイトルによってちょっとした答え合わせができるような作品を心がけています。
このたびはありがとうございました。
1 ゆづはさん 「遠い雨の和音」 10/2
(久々の)上席佳作。この詩を美しく鑑賞するには、読み手はそれぞれの中で、雨音ボリュームのつまみを調節する必要があります。弱くては聴こえない、強くては詩にならない。音楽記号で言うと「P(ピアノ・弱く~mp(メゾピアノ・やや弱く))あたりが、ちょうど良いでしょうか、詩はそんな、かそけさ、優しさ、美しさの中に置かれています。音の中に映像があり感触があります。人の気配もありそうです。ふたり?それら全てがわずかずつ差し出され、全てが全て美しい。ああ、美しい!
微妙な謎もあって想像力も掻き立てられます。「楽譜の匂い」―ああ、この言葉、やられましたねえ!「名前のない部屋」―これもいい。美しい名前の与えられた部屋です。詩を締めるに相応しいラスト。空や天気は音を出します。その当然のことに立ち止まったように気づかされた詩でした。
音は天気が不機嫌な時なのですが、その音範囲を選んで美に仕立てるのが詩人の仕事でしょう。この詩はその“良域”にあります。
2 虹乃衣里絵さん 「追憶」 10/2
冒頭佳作。はい、前作より格段に良いです。格調があります。詩があります。この詩の提示するフィーリングは、多くの人が経験し思っているところのものでしょう。それは「ありきたり」の感覚ではなく、普遍と共感の方面で語りたいと思います。この詩の様相を確認します。かつてあった想い、目標、夢。全て過去にはなった。それらは散らばって、叶うことなく、“放置されている”。ただ、この詩の唯一の救いは“廃棄はされてない”ことです。「虚ろに眺めるのみ」でいいんです。
さらには、この詩のキーポイント連・4連です。重要です。その後、詩中、歳月のことが出て来ますが、時間という係数は必ず人に降りかかります。時間に合わせ、目標や夢を捨てることなく、持ってさえあれば、時間の進行に合わせ、次のことができます。
「それが範疇内であるならば、夢を時間に合わせ組み替えてゆく。縮小。地域限定・期間限定、
取捨選択、省略、要約」。―言わば「折り合いをつける」
実は評者も年齢と共にこういった範疇の中にあります。従って、この詩の内容は実に書き手~読み手の共有できるものでありました。
最後に、終連について触れます。良い終連です。虹乃さんの現在位置ですね。しかし、此処から又始めることもできるでしょう。
冒頭風の評に戻ります。前作同様、今作も自己の*忸怩たる思いを表現していますが、前者の具体、後者のやや抽象。書き分けができています。格調という点では後者で、その方面においてはー、そう、この感じで……。ちょっとカッコつけて英語で言います(笑)。
「KEEP THAT SAME FEELING!」
*忸怩たる思い……自分の行動や判断に対して深く恥じ入る気持ちや反省の念を抱くこと。
3 Mayさん 「老老」 10/3
Mayさんにしては珍しい作品と感じました。そういった世代の人の日常詩でしょう。
奥さんの杖は予後の限定のもの。「手帳給付者の私」は障害者手帳のことでしょうか。
「視野の欠けた私」から目に障害があるのでしょうか。まだ杖が必要な奥さんがスーパーまで運転するのは「私」が運転できない事情があるのでしょう。それも含めての「食べられるのは君のおかげ」だと理解できます。その代わり「私」は家では重い物を持ち「君に優しくする」。軽い役割分担。日常の中で軽い不幸に見舞われたが、それももうすぐ終わる。「期間限定」。短い詩ですが、事情や場面の配分が上手く、二人の様子も最低限わかります。何気ない日常会話の中に、お互いの労りの気持ちが滲みます。僕はむしろ、ほのぼのとした明るさを感じましたね。
老老ながらSWEETな二人に甘い佳作を。
4 長谷川ひかりさん 「‘26年しょうねん」 10/3
個性的なタイトル、目を惹きます。結論から言うと、この詩は事情を知らない人には、タイトルも含め、何のことだか全くわかりません。わずかに感知できるのは、基調風景にあるのは、どこか南国の海岸のようです。そこに主人公はいて、過去の回想も含めて、かなりの幻想というか、想像を膨らましているように思えます。そんな詩。文体というか、筆致というか、アプローチの仕方ですが、解釈難解な抽象詩の書き方ではない。あくまで詩が生成するストーリー性を手放していないタッチなのです。そういったフレームにこういった意味不明の事柄を乗せるのは僕は違うと思う。
作者さんは何か勘違いをしているのではないか、そう思わざるを得ません。評価は僕の能力の越えたところにあります。感受性と書く力はあるでしょう。作品の別方向・別趣向をご検討ください。
5 相野零次さん 「詩に思うこと」 10/3
これは評価は割愛させて頂きましょう。そして、これ、ホンネで書きます。そして、ごく当たり前のことを書くかもしれません。結論から書くと、これはエッセイで、詩のサイトに書いているので、エッセイ詩と人は思うでしょう。そして本作は同好の士の世界で誰しも思うことでしょう。虹乃さんの「追憶」の目標・夢の部分とも重なるのですが、誰しも考えることです。1連、2連では同好の士、その相互性がポイントになります。上手い人と接すると、ホント勉強になります。自分にとっての高揚感になります。その意味で尊敬する人物、影響を受けた人物がいるのは幸いなことです。相野さんで言えば最果タヒ氏でしょう。次に来るのが自作の整理と傾向値把握でしょう。「自分は今、何処にいるのか?」
ところで、たとえば、詩の世界で、ひとつの目標・夢として「賞を取る、出版する」があります。誇張して書くと、前者は宝くじを当てるようなもの、後者はーケースによって違いますがー約50万~100万必要です。こちらもベストセラーは、輪をかけて宝くじ並みです。
ところで、僕が本を出した時の経験、思い、以下の如くです。
「売れるわけない。ただ本屋に置いてもらえればそれで良し。後は一族郎党、同好の士、友人に配っておしまい!自分を知ってもらう、自分への記念!生きた証し!」―でした。僕は詩に関して、最低限「自分の為に書く」をモットーにしております。「自己満足」です。僕はこの言葉を世間言うように否定的には捉えてはいません。高尚に言えば「自己実現」です。
これは趣味の原点だと思っています。「自分で楽しむ」ということです。それを、より高度で味わうには満足せず次の段階へ。もちろん自己努力は絶対条件ですが。どの分野のプロもこれが出発点と考えています。この考え方が、その作品が、外に向かい同心円状に共感者が増え、例えば1憶人になったとします。その時に、その作品は名作になったと言えます。
ただ、そうはならなくても「自分の為に書く」で趣味世界は必要充分、完結致します。僕はそう考えています。その具体的ルートとしての、紙世界、WEB世界、どちらも有効。両用も可能です。
ちなみにこのサイトは前者にとっても有益な素地があるはずです。紙世界は衰退傾向ですが、やはり物質として残るのは貴重です。
そして自己へのマイルストーン(ひとつの到達点・節目)になること、間違いありません。励みになります。今後のご活躍に期待しております。
6 じじいじじいさん 「似たもの同士」 10/4
これはいつもと違う、大人の詩ですね。大人で書いたほうがいいですね。そうですね、長い雨が続きました。愛犬もつまらなそうに大あくび。しかし、その真意が早くも4連から出て来ます。ああ、犬社会でありそうな話ですね。おっと!人間社会でも!?そこがこの詩の良く出来たシャレでありオチ的でしょう。面白く読めましたよ。
ちょっと奇妙な似たもの同士。けれども読んでいくと意外とありそな似たもの同士。
やっぱり愛犬、飼い主に似るか!?(笑、失礼!)。そのチワワを連れた美人さんの様子や触れ合いを軽く書いてもよいかも。
あと、このつまらなそうな愛犬くんの犬種が知りたいですね。佳作一歩前で。
7 光山登さん 「幸せの扉」 10/5
この発話主体さんですが、人間が想像上の世界(ファンタジー)を旅しながら、思ったこと、行動しながら得た知恵を寓話的に披瀝してゆく。そういった趣向と解しました。そこでのメッセージを集めてみましょう。幸せについてです。ここで二つのテーゼが提示されます。
1……幸せとは狭いもの。
2……幸せとは相当歩かなければ来ないもの。
ところがこの発話者氏は「そうではないんだ」「1、2、どれも違うんだ」と言っています。
反対にこの人はこんな風に行動します。
「ふんわりと浮かんで」「さらさらと流れる水」「ぷかぷかと身を任せ」「陸に置いてきた」「うとうとと」
こうして、この人は幸せの扉を手にしているわけです。彼の言いたいことは多分こんな感じだと思うのです。
「何も難しく考えることはない。100%発汗しなければならないものでもない。普段から素直に肩の力を抜いて自然体で生きていれば、それに出会える。それはいろいろな形をして、いろいろな場面に存在する。あなたはそれを拾えさえすればよい。要は気の持ちようで幸せの扉はいかようにも開くのだ」。こんな詩だと僕は考えています。 佳作です。
評のおわりに。
「日没まで」
毎日パソコンに向かう
投稿の 評関係
自作の プラン
歴史の 検索
次回の リハーサル譜面と
曲の参照作業(YOU TUBE・ウェイン・ショーター)
その刻(とき)が近づくと
機械が教えてくれる
ささやかに
「まもなく日没です」
私は
この優しい機能の
この簡潔な
抒情言葉が好きでたまらない
机上からの知らせに
その時の色や風景をイメージし
季節ごとにうつろう時間を想う
(ありがとう)
今 その知らせを詩に換えて
今日一日が
終わりに向かうのを記している
(もう そんな時間か 今日 何をしたろうか?)
家を一歩も出ていない
よくあることだ
それは社会と関わらなかったこと
人の為に何もしなかったこと
自分のためだけに動いた時間
一日 一人
で迎えた日没
今日の自分がどうであったにせよ
毎日
律儀にその刻がやって来る
後は 酒と夜の日々
水割りと共に考える
少し日常を動かす
明日は何処かへ行こう
近場でいいのだ
人の中で
人を見て
人と接して
日没までをー
* * *
では、また。
今回も丁寧に読み込んで頂き、感想と評をありがとうございます。
実際に横顔が砂浜にあったら「事件」となってしまいますが、描きかたや表現の幻想性で覆うことで不穏な空気を抑えることに努めました。
過不足なくまとめられているという評価を嬉しく思います。
詩文のなかの物語の展開スピードや表現の押し出すところ、引っ込めるところ、雨音様から頂いてきた今までのアドバイスを自分なりに活かして書き上げられた作品だと思っています。
次の投稿もどうぞよろしくお願いいたします!
私は殆どがタイトルを先に決めてから詩文を書いています。
タイトルはもう君で決まり、みたいな(笑)
ただ、他の交流する詩人さんの話を聞いて、後からタイトル付けるのもありだなと思いました。
今は後付けの詩も練習しています。