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詩に意欲的に取り組みたい方や、詩をある程度の期間書いておられる方、
また、詩人に向け成長を目指したいという方もこの掲示板をご利用下さい。
あなたの詩をしっかりと読み、評や感想を、しっかりと書かせて頂きます。
ここから詩人として巣立った人は数知れず、です。あなたの詩を継続的に見守り、詩の成長を助ける掲示板です。
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編集・削除(編集済: 2026年05月30日 02:08)

誰かのいない夏  三津山破依

一、朝顔

過ごせるくらいの優しい陽射し。
いつも、早起きする。
太陽は寝ぼけ眼で、そろそろ起きる。
朝顔が、赤、青、紫に小さく揺れる。

 おはようございます

つるが棒にくるくると図々しくも伸び、
水を求めて口をあける。

まだ眠い。でも、会いに行く。
車に乗り、音楽を流す。
ドラムがどこどこ響く。
ギターがテケテケ遊ぶ。


二、夕顔

車を停めた。
助手席には仔猫。
エフエムラヂオからは
知らないフォークソングが聴こえる。
あ、こんな時に。

このあと、どうしようか。
手を握ろうと、左手を伸ばしても
肉球には触らせてもくれない。

にゃお、とそっぽを向く。
いつも、そうだ。ボクは顔を見る。
そのまま知らぬふりして、
ラヂオのチャンネルを変える。
野球中継のアナウンサーは
逆転ホームランをさけぶ。

 サヨナラ

君が野球を好きだなんて知らなかった。
茶色の長い髪が助手席に残る。
窓の外
暗い中、白い花が浮かぶ。


三、昼顔

火照りきったボンネットの上で
目玉焼きでも焼こうかと、
ポケットをまさぐる。
夏も終わろうとしているのに。
どうやら忘れたようだ。

ガソリンを燃やして車内を冷やす。
ペットボトルのお茶は
半分くらいでぬるくなる。
滴る汗を止めようと、空を見上げる。

 ひこうき雲を見つけた

流れる風を追いかけて、
道端に咲く花を見る。
薄ピンクに開く。
車内はまだまだ暑い。
スマートフォンから音楽を流した。
なぜか、知った曲ばかり。

編集・削除(未編集)

青島江里様へ 評価の御礼

評価をありがとうございます。
世知辛い世の中でも、人は一生懸命なのだということを自身も含め感じ、心の余裕を少しでも持ちたいという思いからこの詩を書きました。
メッセージ性がある。と書いていただき、そして、そう受け取ってもらいありがとうございます。

編集・削除(未編集)

三浦 様への御礼  竹中ゆうすけ

三浦志郎 様

このたびは、拙作「菜食放免」をご丁寧にお読みくださり、またご感想までお寄せくださりまして、誠にありがとうございました。

お返事が遅くなりまして申し訳ありません ──── 心身の調子がなかなか優れず、しばらく創作から離れていました。

今回「評不要」として投稿しましたのは、作品をご評価いただくことにまだ慣れていないためで、加えて、こちらへ投稿するたび自分の作風が場に馴染むだろうかという不安を覚えるためです。それでも作品に目を留めてくださり、こうしてご感想をいただけましたことに、大変有り難く思っています。

私事ですが、現在、宗教上の理由から、菜食に取り組んでいます。それまでは肉や魚、卵などをよく食べていましたので、当初は「何を食べれば良いのか」と戸惑いました。が、もともと納豆が好きでしたので、いわゆる「畑の肉」とも呼ばれる豆類に目を向けましたところ、その種類の豊富さに驚きました。さらに、それぞれに適した処理・調理法があると知り, 「いっそ備忘録のような形で詩にして覚えられないか」と思い付いたことが、本作を書き始めたきっかけです。馴染みのない豆について調べながら読んでくださったとのことですが、私自身も学びながら書いた作品でしたので嬉しく感じました。

また, 「豆」から個人→ 集団→ 社会→ 世界へと解釈を広げる可能性についてのお言葉も、興味深く拝読しました。思い至らなかった視点であり、今後の創作で心に留めておきたい見方です。

そして、前作「じゃがいも」だけでなく, noteに掲載している過去作までご覧くださったことにも感謝します。noteには、かつて大学ノートなどに書き溜めていた作品も順にアップしてきました。読み返しながら写していて恥ずかしさを覚えつつも, 「こんなのも書いていたのか」と自作ながら再発見することがあります。
現在は、段階的に全作を見直していっている最中で、いつか詩集としてまとめられたら最高だなと考えています。

拙作に温かなご感想をお寄せくださったことに改めて感謝します、誠にありがとうございました。

竹中ゆうすけ

編集・削除(編集済: 2026年08月26日 01:47)

水無川 様への御礼  竹中ゆうすけ

水無川 渉 様

このたびは、拙作「じゃがいも」をご丁寧にお読みくださり、また、佳作とのご評価ならびに細やかなご講評をくださりまして、誠にありがとうございました。

お礼が遅くなりましたことについてお詫びします、申し訳ありません ──── 心身の調子がなかなか優れず、しばらく創作から離れていました。

本作は、土中で育ったじゃがいもが、人間の都合で掘り出されていくのを、不憫に感じたことから書き始めました。前半における諸表現は、そうした想いを込めたものです。
その後人間の身体の一部となって新たに命に継がれていく、という流れを, 「いのちの大いなる循環」と読み取ってくださったことを嬉しく思います。
このほか、終盤で表した春の「陽」にも触れてくださったことに恐縮します。太陽の光が命を育むことへの畏敬の念が、作中に自然と入り込んだものと思います。

(末尾の句点についてのご指摘もありがとうございます。私には句点によって世界が閉じられてしまうと感じることがあり、普段はあまり用いません。本作においても、その感覚から最後には置きませんでしたが、全体の統一を考えれば、やはり句点を置いた方が良い、とのご指摘には大いに納得しました。)

前回に引きつづき、作品をご丁寧に受け取ってくださったことに、改めて、心より感謝します。心に響くご講評を、誠にありがとうございました。

竹中ゆうすけ

編集・削除(編集済: 2026年08月26日 01:23)

荻座利守様 お礼  ゆづは

この度も、拙作『クサヒバリの鳴く夜に』に丁寧なご講評をいただき、ありがとうございます。
「幻想的でとても美しい」と言ってくださったこと、子どもの頃の主観的な夜の長さや仄暗い感覚まで深く読み解いてもらえたことを、何よりうれしく思います。
あたたかいお言葉を胸に、今後も詩作を続けてまいります。

編集・削除(編集済: 2026年08月25日 17:50)

御礼 荻座利守様  aristotles200

荻座利守様
拙作「影」にご感想とご講評をいただき、ありがとうございます。
佳作一歩前とのこと、精進します。

本作、終末を迎えた世界で、人間の影が動き回る光景が浮かび、言葉にしました。
終わった世界ですので、影は影で終わります。
緑色のガラスは、終末兵器の落ちた地面に残るそうで、人間の愚かさを象徴しています。

表現の工夫や、内容を捻ることもなく、イメージのまま、淡々と終わらせました。
ご指摘のところ、省みて次作に活かします。
最終連、推敲のケアレスミスです。
気づかずに投稿してしまうとは、全く、まだまだです。反省します。

今回も、深く作品を読み解いていただき感謝します。
次回も宜しくお願いします。

編集・削除(編集済: 2026年08月25日 17:05)

荻座利守様 お礼 三津山破依

ご講評をありがとうございます。今回で3回目です(笑)。
少し補足させていただくと、この詩は「大きな太陽」と「祝福」が対になるように作ったつもりでした。理由なく涙が出る「大きな太陽」に対し、「祝福」では直前の「眼が痒い」から、涙の理由がありふれたものだと推測できるようにしています。特別な祝いの場の涙が、実はありふれた生理現象かもしれない、という宙づりを狙いました。
黄砂や痒みも、特別な一日の中にも当たり前のことは起こる、という日常の並存として置いています。また、一章と二章の最後にどちらも「涙が出」ることを置き、その理由の違いも含めて二つを並べました。
とはいえ、そこまで届かなかったということは、やはり少し距離があったのだと思います。もう一度考えてみます。
丁寧にお読みいただき、ありがとうございました。

編集・削除(未編集)

8/18〜8/20 ご投稿分の感想と評です  荻座利守

8/18〜8/20 ご投稿分の感想と評です。宜しくお願い致します。
なお、作者の方々が伝えたかったこととは異なった捉え方をしているかもしれませんが、その場合はそのような受け取り方もあるのだと思っていただければ幸いです。

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8/18 「冷たい水はたゆまずに流れ、深いところで君を待つ」 上原有栖さん

まず、冒頭の2連がいいですね。髪の色や眼の描写、さらに育ての親の言葉から、親子の血の繋がりを上手く表しています。
そして、その育ての親の言葉と共に、3連目の描写から、子供時代のゆったりとした美しい思い出が想像されます。
4連目で詩の雰囲気が転換しますね。
「幼いわたしを護るため/命を散らした」「身分を偽り 名を騙り」というところから、穏やかな暮らしとの決別やその固い決意を感じさせます。
また、5連目の、「そして全てが終わったならば/二人が待つ深いところへ/わたしも/わたしもゆくのです」という表現に、心の奥に秘めた両親への思慕の情が窺えます。特に「わたしも」で一度切って、さらに「わたしもゆくのです」と続けたところが、どこか切ない思いも観えてとても美しいです。
これら4連目と5連目の内容から観ると、この作品は時代劇の仇討ちの話に思えるのですがどうでしょう。この作品は、何かの時代小説か映画のオマージュでしょうか。
主人公の両親がなぜ亡くなったのか、着せられた汚名とは何だったのか、それらの事情がわかりませんので、この詩への感情移入が消化不良を起こしたような感じがします。
それでも全体的に落ち着いた感じの、抑えの効いた表現で描かれていて、とても美しく読みやすい作品です。
評につきましては、佳作一歩手前としたいと思います。


8/18 「クサヒバリの鳴く夜に」 ゆづはさん

冒頭の1連目と2連目の表現がいいですね。子供の頃に感じた夏の夜独特の雰囲気を上手く表しています。
そしてその後の「畳を突き刺す白い月光」「光の筋を伝うように」といった表現も、幻想的でとても美しいです。
また、「柱時計が夜の長さを測り終えると」というところを読んで、「夏だから夜は短いはずでは?」と一瞬思ったのですが、子供の主観的な感覚では、その暗い夏の夜は長く感じられたのだろうと、納得しました。ここはなかなか深い表現ですね。
さらに、「耳もとを撫でる細い音/暗闇の奥で止まない振動」という表現。これは虫の音を空気の振動として触覚で表しているところが、小さな命の営みが感じられて秀逸です。
そして、今日は最後の2連にある「あれから幾度 
夢から醒めただろう」「怖いはずのないそれは」という表現に、個人的には注目しました。
これらは、クサヒバリの鳴き声が子供の頃では未知のもので、どこか「怖く」感じていたということなのでしょう。でもその「怖い」とは、例えば「犬が怖い」とか「幽霊が怖い」というのとはまた異なった、何か得体のしれないものへの仄かな「怖さ」だったのでしょう。それは怖いと同時に、どこか引き込まれるような魅力もあるような気がします。そんな幻想的な怖さの思い出の現れであるような印象を受けました。
全体として非常に美しくまとめられている作品です。評につきましては佳作としたいと思います。


8/18 「影」 aristotles200さん

この作品は1945年の原爆投下についてのものでしょうか、それとも近未来の核戦争後の世界を表したものでしょうか。どちらとも受け取れる気がしました。
しかし読み進めてゆくと、「音ひとつない静寂の中で」や「緑色のガラスが/地表を覆っている」といった表現があることから、やはりこれは近未来の核戦争後の世界を表したもののように思えます。
夜になると、「死者の記憶とともに/建物や駅は甦り」「道には/たくさんの影が往来する」というところがいいですね。全てが焼き尽くされてもなお、記憶だけはそこにとどまっている。そして日が昇り、朝が訪れるたび、それらの記憶は再び隠されて、「影は死者に戻る」。
そこに、どうにもならない、やりきれない悲しさが漂っています。特に「影は死者に戻る」というところを他の連から独立させて配置していることが、その悲しさを強調しています。
一方、最後から2連目の「緑色のガラスが/地表を覆っている」という表現があります。これについては個人的に、ヒトがいなくなったため、ガラスのように脆い緑の生態系が地球全体を覆っている、といったような意味に受け取りました。どこか大いなる皮肉を感じさせます。
ところで最終連の「この星の/誰も気づくことはいない」というのは「この星の/誰も気づくことはない」のタイプミスでしょうか。もしかしたら、「この星に/誰も気づくものはいない」と、どちらにしようか迷われたのでしょうか。
だとしたらここは、個人の好みや感覚により分かれるところでしょう。私は個人的(直感的)に、「この星の/誰も気づくことはない」のほうがいいです。
ただ欲を言えば、何かもう一つ表現の工夫や、内容のひねりが欲しかったところです。
それでも全体的に静寂な雰囲気がよく表されていると思います。
評につきましては佳作一歩手前としたいと思います。


8/18 「なんていうことのない一日」 三津山破依さん

はじめまして。初めての方なので今回は感想のみとさせていただきます。
「大きな太陽」と「祝福」という2つの物事から、「なんていうことのない一日」を描いている作品ですね。ひとつの事柄を2つの側面から捉えているようで、面白い構成だと思います。
まず、夕暮れの情景が淡々と描かれていますね。それが日々の「なんていうことのなさ」を表しています。その何でもないことを観て、特にこれといった理由もなく(表現せず)、涙が出るというところがいいですね。「なんていうことのない」ということの尊さを表しているかのようです。
しかし、次の「祝福」についてですが、申し訳ありませんが、あまりよく意味を汲み取れませんでした。何かを祝っているようなのですが、そこに黄砂が出てきて、さらに鼻の違和感や目や背中の痒みも記されています。これら黄砂と痒みなどが「祝福」とどうつながるのか、何度読み返しても、その脈絡がよく見えませんでした。
「祝福」という言葉が何かのメタファーとして使われているのかとも思ったのですが、「君の頑張りは知っている。」「まずは祝おう。酒を飲め、ケーキを食え」といった言葉があるので、そうでもないようです。
ここは、何かを祝う時もあるけれど、すぐに何でもない日常に戻る、ということと、黄砂がやってきていろいろと大変だけど日常は続く、ということを分けて、別の詩にしてはどうでしょうか。
両方をひとつの詩に入れてしまうと、焦点がぼやけてしまう恐れもあります。
「なんていうことのない一日」をテーマに取り上げたのはいいと思います。それを捉えるアングルをしっかりと決めて、鋭く切り取り丁寧に描写するようにしてみてはどうでしょうか。前半の「大きな太陽」のように。


8/18 「晴れた空が苦しいときは」 人と庸さん

哲学的な感じのする詩ですね。タイトルと冒頭にある「晴れた空が苦しいとき」とは、心に大きな重荷を抱えているときでしょうか。
1連目の考え方が非常に独特で面白いです。未来の日々を引いてゆくことにより、「今」を抽出することは、精神衛生のためには重要なことだと思います。
2連目の「引き算よりも自身の長い影を引く姿が/この時間にはよく似合う」という表現もまた、日々の重荷を背負う実感が込められていていいですね。引き算の考え方をしたくても、現実にはなかなかそうもゆかず、日々を積み重ねてしまう様子が巧みに描かれています。
次の連で景色が一変しますね。地に落ちた蝉の骸を「痛いほどの能動的な生が すぐ真下の未来に降りそそぐ」と表現しているところが秀逸だと感じました。その次の種の絶滅については、この蝉の骸から連想されたのでしょうか。
最終連はやや難解ですね。「ほんとうのこと」「切り取られた断面」そして「窓」。これらは人によって解釈に幅が出てくるでしょう。
ただ、この最後の連は、個人的には観るとやや唐突な感じがします。「死」「滅び」「引き算」それらのこととどのようにつながっているのかが、よく見えません。
それ以前の連が全て先頭を一文字空けて書かれていることと関連しているのかもしれませんが、このような書き方をする場合は、まず冒頭に最終連のようなベースとなる連を置いてからにしたほうがいいと思います。
しかし、全体的に静謐で表現の美しい作品です。
評につきましては、佳作一歩手前としたいと思います。


8/19 「雨の日の記憶」 小林大鬼さん

遠い昔の雨の日のインドカレー店の思い出が、淡々と描かれていて、その情景が目に浮かぶようです。
土砂降りの雨を眺めて、店主は何を思っていたのでしょう。そのような日は客足が遠のくと思っていたのでしょうか。
「私はその背中を見つめていた」「グラスのチャイが氷に消える」という表現から、客の少ない店内で雨がやむのを待っている、どこか寂しげな様子が窺えます。
そして、「お父さんは昨年亡くなったと/彼の奥さんから聞いた」「一軒家の小さな店で/彼女一人が切り盛りしていた」という表現は、冷徹な時の流れを感じさせますね。これが思い出の大切さを際立たせて、「懐かしくあの時を思うと/私の目頭がまた熱くなる」というところと上手く繫がっています。
ちなみに、「アージ バーリッシュカディン ヘー」は、日本語で「今日は雨の日です」という意味で、「ダンニャバード」は「ありがとうございます」の意味だそうですね。
これらの言葉がところどころに入っているところも、独特な雰囲気を出していていいですね。
全体的に、展開の盛り上がりや、工夫された表現は観られませんが、むしろそれが、抑えの効いた落ち着いた感じの作品にしていると思います。
評につきましては佳作としたいと思います。

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よく見る幽霊  上原有栖

よく見る幽霊
「それ」が現世の人々ならざると
気がついたのはいつの頃だろうか

歩道橋から走り抜ける車を見下ろしている
ベランダに寄りかかって星空を眺めている
電柱の隣でやって来ない誰かを待っている
神社の石段に座りシャボン玉を吹いている
公園で子供達に混じって駆けっこしている

よく見る幽霊
波長が合ったのか
見えないだけでもっといるのかもしれない

春の花見さくらの木の下で酔っ払っている
夏の学校25mプールでずっと泳いでいる
秋の夕暮伸びた影がひとりだけ消えている
冬の満月高く照らす光に身体が透けている

彼岸と此岸の糸が小指に結ばれたとき
ほんにたまたま
気がつく人が現れるらしい
向こうの人は
もう戻れないのが分かっているから
気づいてない振りをしているだけ

よく見る幽霊
そこにも ここにも あそこにも

いつの日か扉をくぐったならば
わたしもあなたも
あちらの住人

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詩の評、お礼です。  じじいじじい

紗野様

こんにちは。
詩の評、お礼です。
佳作ありがとうございます。
子供らしい作品にしたかったのでオノマトペと無垢な表現を意識しました。

これからもよろしくお願いいたします。

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