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この度も、拙作『夏の終わり』に、丁寧なご講評をいただき、ありがとうございます。
ブラウスの描写やラストの余韻について、深く読み解いてくださり、とても嬉しく励みとなりました。
ご指摘につきましても、今後の参考にさせていただきます。貴重なご意見、ありがとうございました。
9月 1日(火)~ 9月 3日(木)ご投稿分、評と感想です。
☆夏の終わり ゆづは さん
日常のオンオフと、夏から次の季節へと移行してゆく流れがうまく重ねられていると感じました。
三連目の「青白く光る画面」ですが、おそらくスマホの画面を差しているのだと思いますが、場合によってはTVの画面もしくは、」抽象的な表現としての心の一面をしてとらえてしまいそうになることも考えられそうです。「画面」を「てのひらの画面」など、画面の大きさを特定する単語を加えることで、より一層、今の状況を把握することができると感じました。「考えることをやめて」と「暗い階段のステップを」以降の系統ですが、どことなくスムーズに繋がっていないように感じました。個人的には、次の連で「昼間の顔は霞み」という同じ意味ともとれる表現があるので、「考えることをやめて」を省略した方がスムーズな流れになるようにも感じました。
二連目の「小花柄のブラウスが/鏡の前でくたびれている」という表現は、暑い夏の間、何度も着用して歩いた、生き生きとした姿を思い浮かべることができました。「くたびれた」を用いることで、まるでブラウスの小花が過去に生きていたかのような感覚になりました。と同時に、夏の終わりを感じることもできました。
四連目の「鍵をかけたドアの向こうで」からラストの「枕元に降り積もってゆく」の夏から違う季節への移行の表現。全く別の空間に見える、インナーで起こる季節の移行を、違うものではなく、室内も屋外も、違うように見えてすべて、同じ日常に流れる夏の終わりだと表現し、かつ、ラストに静かな余韻を残してゆくところは、眩しい夏から終わりに近づいてゆく静寂も感じさせてくれました。
騒がしい昼間からスマホを閉じてベッドに入る流れは、季節の移行とうまく重なり合い、読み手にも穏やかな眠りを誘ってくれそうな作品の構成でした。今回は、ふんわりあまめの佳作を。
☆うるてぃま 上原有栖 さん
世界の成り立ちを四方の神様を通じて解いてゆく筋道。北国の星は、なぜはっきりときれいに見えるのかという理由を、空気が澄んでいる以外に「凍りついて膝をついた神様の顔が、私たちの近くまで降りてきているから」と理由があると論じているところ、とても詩的で神話的でした。
またタイトルにも関連する「うるてぃま・とぅーれ(世界最北の地)」という言葉の響きも美しく、世界の最北にいる孤独な神様のイメージとうまく重なっていると思いました。
最北の神様メインで内容を進めていると捉えると、特にこのままでもよいと思うのですが、欲を言ってしまえば、四方の神様という言葉が出てきているところに注目すると、他の神様はいったいどのような状況に至ったのかという点にも触れて追記してみると、世界の危機感のようなものを浮かび上がらせることができるかもしれないと思いました。また、現在、なぜ、北の神様だけが忘れられずにいるのかという理由。みしるしが拝めるからということを、最終連の中に盛り込むと、詩の世界により一層の広がりを持たせることができるかもしれないと感じました。
題材のスケールは大きいのですが、詩の組み立ても的を外すことなく、うまくまとめられている作品になっていると感じました。佳作を。
☆一つ aristotles200 さん
※訂正のお知らせありがとうございました。確認済みですのでご安心くださいね。
何とも言えない奇妙な世界。エスカレーターに乗るという、日常のどこにでも見られる風景から、徐々に異常な世界に引っ張られていくようなホラーのような世界観が、かなり独特です。
一連、一連、短く区切っているためか、その都度その都度の内容が、パッパッと切り替わっているようなスピード感になっていて、まるで映画のフィルムが一枚一枚切り替わっていくような映像のイメージもありました。
「最初に戻っている」の繰り返しは、半端ない絶望感を示すことができていて、前の人の服を触ったら自分もループしたことで「全員自分だ」と気づく流れは、一貫した表現になっていて、読み手に不思議な納得感を誘引してきました。また、「全員/自分が振り返っている」「全員が/前の人に話しかけている」という描写は、映像として考えても、不気味でインパクトの強い描写になっていると思いました。そして、エスカレーターに乗っている人たちの姿を、白ワイシャツとスラックスというサラリーマンの服装として量産した点は、個性が消された記号的な存在が大量発生する不気味さを巻き起こしていて、こちらも、非常に不気味な空気を生み出していると思いました。
少し気になったのは、ラストの「巨大化した私たちが立っている」という描写です。増殖しすぎた「私」が駅に収まらなくなって、お互いが組み立て体操のようなピラミッドのような一つになって巨大化しているのか、外に出た一つの「私」が別の一つの「私」に次々と吸収、融合されて巨大化したのか。どちらの一つであるのだろうかという点で迷ってしまいました。どのような延長線上での巨大化だったのかを、間に補強することで、恐怖感を増強することができると思いました。
日常の何気ない風景のどこからか裂けて、悪夢が広がっていくようなホラー感。とても独創的で、インパクトの強い作品でした。今回は佳作半歩手前を。
☆あしたはどっちだ? 三津山破依 さん
めだかでは、「西陽」「ポリバケツの水温」「うちわの風」「蚊取り線香の煙」など、日本の夏のノスタルジックな情景がよく伝わってきました。読後に見返すと、二連目の「もう夏だから」については、充分に夏だと伝わっているので、省略するか、別の具体例に入れ替えると、説明的にならず、リズムがよくなると思いました。
「ホテイアオイに卵を産みつけ、/孵化した稚魚に食らいつく。」の後に「青春だなあ」を続けた点については、自然の残酷な「生」を感じさせると同時に、人間の生活にある、心の渇きや切なさを感じさせてくれました。
流れる雲を数えにでは、明色から暗色への感情のグラデーションの表現がよかったです。
美術館やコンサート会場という華やかな場所から始まり、動物園、映画館という場所で溜息をつくようになるという、徐々に変化する心の陰りを描いています。最後には校庭という場所に辿り着きます。それは、強い拒絶と孤独に着地させることに成功していると思いました。動物園のところで「親子連れに溜息を」としている部分については、どうして溜息なのかということ、楽しそうな笑顔が眩しい系や、自分は一人で来ているという孤独感を表す系等の表現を加えると、映画館で目を瞑る意味がより深くなるように思いました。全体的に心の色の流れの描写がとてもよかったです。
二つでワンセットの作品。二つ合わせて意味を考えると、日常にある時間の流れと心の流れに有している、主人公の、前向きになれる居場所探しに戸惑う孤独感が伝わってきました。今回は佳作半歩手前を。
☆始業式 May さん
初めてさんですね。今回は、感想のみで書かせていただきますね。
お盆を過ぎると夏が古びていく
この一行、夏休みが終わるとせずに、古びてゆくとすることで、子供なりの、夏休みが終わってゆく、色褪せてゆくような憂鬱感を一瞬で伝えることができている印象深い一行でした。また「クラゲがうじゃうじゃ混み合って/子供の頃は面白がって網でつついた」という行も、強度の生々しさが、しっかりと子供の頃の記憶を呼び起こすことに繋がっていて、印象深い行でした。
時間の経過についてですが、①お盆過ぎ(八月の後半)②金木犀が香る③始業式(9月1日)と並べられていますが、金木犀が本格的に香るのは、始業式の後になるので、金木犀とは違う8月末から9月の初めを連想させるものをおくことをおすすめしたいです。私が思い浮かんだのはツクツクボウシという蝉の声です。最近はあまり耳にすることも少なくなりましたが、他の例えとしては、気温の変化や雲の形等を用いるのもよいかなと思いました。
ラストの三行も印象深い行でした。「友達と会えた」嬉しさよりも、「自由が奪われた感覚が勝つ」という着地の仕方、子供の本音がとても現実的に表現されていると思いました。大人には直接ぶつけられないような、子供の憂鬱感が、ストレートに表現されている作品になっていると思いました。
☆当たり前だった夏 石川ぼうず さん
初めてさんですね。今回は、感想のみでいかせていただきますね。
とてもユーモアのある作品。まさかまさかのラストの展開。してやられたり~!の気分になりました。全然作り話ではなく、本当にありそうな題材なので、それがまた、より多くの笑いを誘いました。
「過酷な労働環境及び待遇に抗議します」
冒頭の一行を拝読すると、社会に対する理不尽さを訴える作品なのかと思ってしまいましたが、なんと、扇風機の訴えだったとは?!想像もつきませんでした。
その後の「僕」の扇風機に対する思いや、回想が日常アルアルで、読み手の私にもよく似た経験があり、作品の中に自然に入り込んでいけました。小さい頃のほのぼのとして思い出から一転して、コンセントが抜けていたのに気づかなかっただけの、コントで言えば「オチ」のような展開への落とし込み方が綺麗だなと思いました。
ちょっと気になったのが、ラストの「蹴っ飛ばした」という表現でした。直前まで「足でスイッチを押したこと」を反省していた主人公の行動としては少し暴力的で、読み手によっては、「僕」に冷たい印象を抱いてしまうおそれがありそうです。「この野郎、コンセントだったのか!」の後に続く言葉に対して、読後感をやわらかくするための工夫があれば、更にユニークさを極めることができるようにも思いました。「コンセントを入れた瞬間/扇風機は気まずそうに回った」や、「そう言って奴に/ヘッドロックをかましてやった」と、ふざけて扇風機に抱き着くようなしぐさを見せてみるのも、面白そうですね。
扇風機を擬人化からの冒頭からラストのうっかりアルアルの落とし込み方が面白かったです。短めの作品の中に、きちんとしたストーリー性があるのもよかったです。
☆雨・遠景 河辺いすみ さん
初めてさんですね。今回は感想のみでいかせていただきますね。
とりまく情景と、「きみ」の心理描写がとても繊細ですね。雨の冷たい温度と暗さを起点として、ラストの光の温度と明るさへと展開してゆく流れはとても美しいです。
「髪は小川になる」では、雨の質感や重みが伝わってきました。また「きみ」の細い腕や瘦せた肩という言葉からは、「きみ」の心細さや孤独感が伝わってきました。
流れるような色彩のグラデーション。曇天の灰色から雨上がりの琥珀色の時間の流れの描写は、視覚的にも触覚的にも訴えてくるものを持っているように思いました。
四連目の「水を被った 白く高い屋上で」についてですが、バケツの水を被るような突発的な雨と捉えられてしまう可能性があるので、単純に「雨に濡れた」でも充分だと思いました。
全体的に見て「雨」「雨粒」「雨垂れ」と、似たような言葉が重複しているように思える箇所があるので、一部を「水滴」など、代用の言葉を探してみるのもよいかなと思いました。
ラストの「砕け散る光 ひとつひとつに/過去と未来に 目を合わせている」の表現は、孤独や不安を和らげてくれるような温かさがあり、雨上がりの、安心という幸福感を感じさせてくれる作品に仕上げてくれていると感じました。
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秋雨前線の長雨のせいか、日照時間が少ないこの頃ですね。こんな時、朝に久しぶりの太陽を見つけることができると、嬉しさでいっぱいになりました。天候は安定せず、束の間のお天気でしたが。「束の間」という言葉が、こんなにも幸運を感じる言葉に思えたのは、初めてかもしれません。この「束の間」をしっかり覚えておいて、気持ちが駄々下がり気味の時に思い出せたらいいなと思うこの頃です。
みなさま、今日も一日お疲れ様でした。
雨音さま 評ありがとうございます
改めて読むと独伯調でひとりよがりになりすぎたのかなと
思います。
もっと視野を広げてみたいと思います。
丁寧に読んでくださってありがとうございました。
「白い奴」と少しずつ距離が縮まっていくところや、生きものへの思いやりまで受け取っていただけて、とても嬉しかったです。
「気にしていたんだ」の一行についてのご指摘も、なるほどと思いました。連分けについても含めて、もう一度作品を眺めてみようと思います。
佳作をいただき、ありがとうございました。
雨音様、お忙しい中読んで下さりありがとうございます。
丁寧な評をありがとうございます。
普段とは違う詩の創作をしてみたところ、確かに歌詞のようになってしまいました…
反省点です…
次回は普段通りのやりかたで頑張ります!
雨音様
拙作「鐘」にご感想とご講評をいただき、ありがとうございます。
佳作とのこと、嬉しいです。
本作、石像のモチーフから始まり、時間停止までのあらすじを作り、レゴを組み立てるようにあちこち足しては削り、楽しんで書きました。
ご指摘の箇所、設定でもあり、説明にもなっています。最後まで推敲していました。
公国の前は王国、その前は外国、遠い国、全体の印象が一行でガラリと変わる、詩作は面白いですね。
最近noteを始めました。
過去作を一つずつ見直して、推敲しています。
今回も、作品を深く読み解いていただき感謝します。
次回も、よろしくお願いします。
雨音様
こんにちは。
詩の評、お礼です。
どうしても説明が長くなってしまい、まとまりがない感じになります。
工夫はしているのですが中々、うまくいかないです。
もう少し工夫していきます。
今後もよろしくお願いいたします。
「鐘」aristotles200さん
aristotles200さん、こんにちは。大変お待たせいたしました。
こちらの作品は、とても映像的で、古いヨーロッパの町に伝わる不思議な物語を読んでいるような感覚になりました。特に印象に残ったのが「クロノスの石像」です。(調べましたが)時間を司るクロノスと、教会を思わせる時計塔、その鐘、そして最後の砂時計が重なり、石像がまるで「時間の番人」のような存在に感じられます。また「鉄道の駅ができてから」という一言によって、古い時代から革命、近代化へと続く長い歴史の積み重なりも感じられました。鉄道という近代的なものが加わることで、逆にその土地が背負ってきた時間の深さが浮かび上がっているように感じます。
直すところはないと思います。あえていうなら、少し気になったのは「革命の混乱の中で/公国から/密かに持ち込まれたとか」からの由来の説明です。背景として興味深い一方で、ここをもう少し謎めかせると、クロノスの石像や時計塔が何者なのかという不気味さが、さらに際立つかもしれません。
古代の神話から教会、革命、鉄道、そして腕時計へと、さまざまな時代の「時間」が一つの場所に重なり、最後にはすべてが止まってしまう。最終連がとても潔く見事で効果的でした。その壮大な時間の流れを、一人の主人公の体験として描いているところが、とても魅力的な作品だと思いました。佳作を。
「預言者」青山杜甫さん
青山さん、お待たせいたしました。
とても凝縮された作品で、「詩人とは何者なのか」という大きな問いが、暗い部屋と小さな白熱灯という空間から広がっていくところが印象的でした。特に「見たものを名付けなさい」という言葉から「わたしは、/世界の立法者か?」へ展開することで、言葉を与えられた詩人の力と、その力への戸惑いが伝わってきます。最後の「炎に包まれている」メトロノームも強く心に残りました。
ほんの少しだけ気になったのはタイトルの「預言者」です。「主の御言葉」などの言葉も重なるため、タイトルを見た段階で、宗教的なイメージをまず持ちました。もちろん、それも作品への大切な入口なのだと思いますが、本文から感じた「詩人とは何者なのか」という問いを、もう少し自由に受け取れるタイトルが見つかるといいかもしれない、と感じました。短い作品なので、一つ一つの言葉に重みが出ていくためです。
短い作品の中に、創造、言葉、詩人の責任、そして最後には秩序の崩壊まで含まれていて、余韻の深い作品ですね。次回も楽しみにしています。
「家守」Mayさん
Mayさん、お待たせいたしました。
実は最近、友人たちとの間でヤモリが話題になっていたんです。我が家にも遊びにくるものだから。なのですごく親しみを感じながら拝見しました。
身近な出来事をとてもユーモラスに、そしてやさしく描いた作品ですね。「白い奴」と呼びながら、最初の「怖くないよ平気だから」から少しずつ距離が縮まり、最後には「よろしく頼む」と声をかけるまでになる、その変化がとても微笑ましいです。特に、蜂の巣に殺虫剤を撒いたことを気にして「木酢液に替えたよ」と語るところに、作者の生きものへの思いやりが自然に表れていると感じました。
ほんの少しだけ気になったのは、「気にしていたんだ」のところです。誰が何を気にしていたのかが少し曖昧で、私は一瞬立ち止まりました。もちろん、この曖昧さが「白い奴」の気持ちを想像させる面白さでもあると思うので、少し考えてみましたが、この「気にしていたんだ」の一行だけを一つの連にして、前後を整えてみてはどうでしょうか?全体的に連分けをすると空間の力が加わると思います。
「白い奴」と距離を置いていたはずの人が、いつの間にかその存在を待ち、気遣い、頼りにしている。そんな小さな関係の育ち方が、とてもあたたかい作品ですね。佳作を。
「ウソ」じじいじじいさん
じじいじじいさん、こんにちは。お待たせいたしました。
子どもの素直な言葉で、ママとパパを思う気持ちと、少し置いていかれたような寂しさが描かれている作品ですね。「いたくない」「つかれてない」と言いながら、二人きりになると「いたい」「つかれたあ」と言う両親の姿を、子どもがちゃんと見ているところが印象的でした。特に「つかれたあ」といってゴロンってするところには、目の前の光景をそのまま受け取る子どもの感じ方がよく表れていると思います。
これまで作品を長く拝見していて、「説明が多すぎるようです」と何度かお伝えしてきたことがあるのですが、今回はもう少し踏み込んで書いてみますね。じじいじじいさんのひらがな詩の多くに共通するのですが、子どもの視点と大人の視点が混在しているように感じることです。子どもは、親の様子を見て「なんだか変だな」「どうしてかな」と、理由の分からないまま寂しさを抱くことも多いように思います。この作品では、その曖昧な気持ちが「わたしにほんとうのこといわないんだ」「わたしはママとパパのこどもなのに」と、きれいに説明されています。大人が子どもの気持ちを言葉にしすぎず、もう少し「分からないまま」の部分を残してみると、子どもの心がより自然に伝わってくるかもしれません。
親を思う子どもの優しさと、そこにある小さな寂しさが伝わってくる作品です。だからこそ、その寂しさを説明しすぎずに曖昧なまま(だからこそ不安であり寂しいのだから)残したら、さらに心に残る作品になるのではないかと思いました。
「⚪︎哀しみ」相野零次さん
相野さん、お待たせしました。
「愛」と「哀しみ」という大きなテーマを正面から扱った作品ですね。特に、愛を単純な喜びとしてではなく、「喜びに似た哀しみ」と捉えているところには、作者の深い思索を感じました。
今回は少し厳しめに書かせてくださいね。すでに「これからは少し厳しくなります」とお伝えしていますが、相野さんだからこそ、と肯定的に受け止めていただけると嬉しいです。
この作品では、「愛」「哀しみ」「真実の愛」「親愛の情」といった言葉が、ほぼ最初から最後まで直接的に置かれています。もちろん、こうした言葉を詩の中で使うこと自体が悪いわけではなく、ひとつの言葉を象徴的に置いたり、読者に何かを示唆したりする使い方は、むしろ効果的だと思います。ただ、今回は、作品全体を通して「これは愛である」「これは哀しみである」と感じられるような説明がされているため、読者がそこから何かを感じ取る余白が少なくなっているように思いました。同時に伝わりにくくなっているようです。
少年や少女、歳月とともに失われていくものなど、作品の中にはそのための良い素材がたくさんあるので、それらをもう少し具体的な情景や出来事として描き、「愛」や「哀しみ」という言葉を減らしてみると、相野さんの深い思索が返ってまっすぐ伝わるような気がしています。
「道へ」河辺いすみさん
河辺さん、お待たせしました。
汽車を乗り継いで、いつの間にか現実とは異なる、不条理な世界に迷い込んでしまったような作品ですね。チケット、橋梁、線路、ラジオ、讃美歌など、現実にあるものが次々と登場する一方で、視界に魚が浮かんだり、らくだやフラミンゴが線路沿いにいたり、時空を跨ぐペンギンが現れたりと、少しずつ現実の輪郭が崩れていきます。
けれど、そこにあるのは騒がしい混沌ではなく、むしろ不思議な静けさです。鳥や魚の遺骸、風雨に削られた遺骨の建築など、どこか不穏なものが描かれているのに、全体を覆っているのは音のない、乾いた静けさのように感じました。
特に、「空は黒く揺らいでいる しかし燃えていない ここに火はないのだから」や、「砂漠でもないのに」という部分が印象に残ります。あり得ない光景を淡々と受け入れているような語り口が、この世界の不条理さと静けさをよく伝えていると思います。
一方で、後半になるにつれて、少しずつ作品の意味を説明する部分が増えてくるように感じました。それまでの不思議な光景から読者が感じ取る余地を残せるといいかもしれません。前半にある、何が起きているのか分からないままその世界を歩いている感覚がとても魅力的なので、もう少しその不条理さを説明せずに読者に任せられると、最後の「ある居室から延びた道の果て」まで、読者も一緒にその静かな異世界を歩いていけるように感じました。
とはいえ、私自身、この不条理な世界観を楽しませていただきました。次回も楽しみにしていますね。
「キツネの火遊び」竹中ゆうすけさん
竹中さん、お待たせしました。
現代社会のさまざまな矛盾や、人間が抱える罪や弱さを、「キツネ」という存在に託して描いた、非常にスケールの大きな作品ですね。
宗教的な言葉や「神」と「被創造物」という関係を軸にしながら、戦争や犯罪、消費社会、SNS、便利さの陰にある犠牲など、私たちが日々見過ごしてしまいがちな問題が次々と現れます。それらを単に批判するのではなく、「殺し合いのない世界」「傷付け合わない世界」を信じたいという幼い頃からの願いにつなげているところに、作者の強い倫理観と、理想を手放したくない気持ちが感じられました。
特に「キツネ」の存在が印象的ですね。時に野蛮で、時に不安げで、時に傲慢で、最後には「屠られまいと、躍起になる」存在として描かれることで、人間そのものの姿にも重なりました。
一方で、これだけ多くのテーマを一つの作品に込めているため、読者としてどこを中心に受け取ればよいのか、少し迷うところもありました。社会、宗教、戦争、消費、SNSなど、それぞれが一つの作品になり得るほど大きなテーマなので、もう少し中心となるものを絞ると、「キツネ」に託されたものがさらに鮮明になるように思います。とはいえ、これほど多くの問題を一つの作品の中に抱え込み、最後まで考え抜こうとする熱量は、この作品の大きな魅力だと思いました。
「流浪」夏目兼緒さん
夏目さん、お待たせいたしました。
幼い頃から「自分を受け止めてくれる誰か」を探し続けてきた「あたし」が、寂しさや空虚さを「夢見るラムネ」で紛らわせながら生きてきて、大人になった今、ようやく自分を包んでくれる存在を見つけ、「もうラムネは要らない」と言えるようになった――そんな物語として拝見しました。
「ラムネ」が、現実の寂しさから一時的に逃れるためのものから、最後には必要なくなるものへと変化していくところが、作品全体をつないでいて印象的です。特に最後の「もうラムネは要らないの」で、それまで繰り返されてきた「ラムネ」が反転します。その切り替えがとても良いですね。
少し気になったのは、少し歌詞のように感じたことです。「夢を見る」「光を見る」「ラムネが溶ける」といった繰り返しや、「あたしは今、どこにいくの?」「誰かあたしの手を引いて?」のような直接的な呼びかけが、歌として聴けばとても自然なのですが、詩として読むと少し説明的に感じられます。もう少し言葉を削り、繰り返しも効果的なところだけに残してみると、「ラムネ」というモチーフの余韻がさらに生きてくるかもしれません。
幼い頃の寂しさから「もうラムネは要らない」という現在へ向かう流れは分かりやすく、最後にはほっとするような温かさが残る作品でした。次回も楽しみにしていますね。
:::終わりに。
日本はようやく少しほっとできるような気温になったようですね。
こちら英国ではすでにヒートテックを着用している雨音ですが、次回の評からはしばらく日本からお届けできそうです。
以前からご説明していますが、初めましての方や、まだあまり拝見していない方の場合は基本的に評価はつけていません。また、一律の基準があるわけではなくて、それぞれの方に合わせて考えています。解釈についてもご本人の意図とは違うことがあると思いますが、「ああそう受け取る人もいるんだな」と参考にしてくださると嬉しいです。
(*ネット事情によりメールで届いたものを島が代理投稿しています)
「アトムへ」評のお礼、大変遅れて申し訳ありません。
個人的に時折、無性に聴きたくなる鉄腕アトムのオープニング。
特に一番初期の前奏が好きなので
その思いを詩に綴ってみました。
調べれば調べるほど時代を写した歌だなぁなどと思いながら。
また復帰します!よろしくお願いします。
私事で多忙だった為、お礼の返信遅れて大変申し訳ありません。
三週連続、三部作「英雄」をテーマに最後として位置付けて書いてみた作品です。
連作自体初めてだったのと、歴史を素材に置いたので……色々と悩みどころがありました。
また復帰しますので、よろしくおねがいします。