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石蕗の季  荻座利守

真冬の太陽のような
石蕗の
小さな黄色い花の足下

秘められた
愁いを顕すかのような
暗い緑の葉の面は

虫も訪れぬ
この季に咲く花の
孤独を映して

その深い光沢は
たとえ日陰に在っても
堪え忍ぶことの尊さを
己の姿を以て
伝えようとしている

身を切るような冷たい風も
心を凍らすような寂しさも

石蕗の花のような
奥ゆかしさや
石蕗の葉のような
深い輝きを
もたらすものならば

それらは皆
己に与えられた
尊い恵みと思い

いまこの季を
もの言わぬ石蕗の顕すが如く
心ゆかしく生きてゆきたい

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島様 評へのお礼  山雀詩人

「流星群」(11/14)に評をいただきましてありがとうございました。

おっしゃるとおり、確かにしつこい感がありますね。
自分でも作りながら、くどいな、と思っておりました。

最初は、ご提案いただきましたラストの3連がない状態に近かったのですが、
物足りない気がして、ラストを足した次第です。
「物足りない」と「しつこい」の間の、ちょうどいい落としどころがなかなか見つからなかったです。

10連の指摘もおっしゃるとおりです。
分かっていながら、イメージのおもしろさで、つい採用してしまいました。

いつも的確な評、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

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評、11/11~11/14、ご投稿分、残り。  島 秀生

11/30から、ぐっと冷え込むみたいですから、服装や体調管理に、充分お気をつけ下さい。

関西詩人協会総会、無事に終わりました。
講演は左子真由美さんのジャック・プレヴェールの詩についてのものだったんだけど、
正直、それ誰やねんと思ってました。
私は、名曲「枯葉」をビル・エヴァンスのピアノでよく聴いていたから、作曲のジョセフ・コスマの名は昔から知っていたんだけど、
「枯葉」の作詞をした人というのが、よもやのこの方でした。
(私のJAZZコレクションにはヴォーカルがないから、とんと知らんかった……。)
左子さんはフランス文学の研究家でもあり、シャンソン好きだから、シャンソンでよく「枯葉」を聴いていたそうです。

「枯葉」は、JAZZにおいても、シャンソンにおいても、名曲なんですね。



●朝霧綾めさん「魔法のお菓子屋さん」

うむ、今回もしっかり、丁寧に書けましたね。
お店の雰囲気が、たぶん実際以上に、夢を持って描かれています。例えば私がそこに行っても、全体のカラフルに「うわあー」くらいは言うだろうけれど、こんなに細かく見ないし、そこまで執着も湧かない。夢も見ない。
この詩は作者の眼を通して見てるから、ファンタジックでいいんです。興味をもって見る度合いが違う。度合いが違うから見えるものが違う。そこがいいんです。
とはいえ、このまま最後まで行くと、ゆるーくなりすぎるかなと懸念したところで、お菓子の国の飛躍が出てきました。この飛躍はナイスでした。創造力は思考力でもあるので、これがクライマックスとなって、話をしめてくれました。
良いと思います。
最後も、また改札探す話で、うまく構成を取りました。
クリスマスに向かうシーズン。飴のサンタクロースの話は、季節にもピッタリでした。
ちょい甘だけど、名作あげましょう。


●cofumiさん「最後の朝食」

2連は、ちょっとだけ変えて、

 私はあなたの影ではない
 愛って何ですか?と問えば
 二人の答えは
 夏と冬くらい違うはずだ

この方がいいかな? この連、ステキでした。印象に残る連でした。2人の密な関係性と、反面で心の離れ具合とが、一度にわかる、いい連です。

うーーん、少しシチュエーションを変えて書いてるんだろうなあと思うんだけど、
初連の、「相変わらず」や「当たり前のように」は、年数を経たような長いつきあいの時に使う言葉なので、夫婦かな?って第一印象になります。もし違うなら、もう少し書き方に工夫が必要です。
2連はこれ単独で、良い連なんですが、食い違ってても夫婦を続けてるところも、ままありますから、別れるも別れないも、どちらにでも転ぶ連って感じです。
3~5連になると、明らかに別れる方向の話ですが、
ところが終連(6連)の1行は、逆に親しげな間柄が言う言葉の印象です。そうやって世話を焼いてるあいだはまず別れないので、別れる方向でない話に聞こえます。

こうやって、1つずつお話すると、ちぐはぐ感があるのが、わかって頂けるでしょうか?
たぶん、想像で書いてる部分があるからなのかなあと、思います。
もしかしたら、なにか別れを想起するような契機となることがあったのかもしれませんが、本当なら、哀しみにせよ、怒りにせよ、詩全体を貫くもっと強い情念みたいなものがありそうなものなんですけど、そこにちょっと疑問符がつくんです。だから、あまり迫ってくるものがないのです。弱いというか。

まあ、元々そこまで深いつきあいじゃなかったって場合もあるのかもしれませんが。

うーーん、個々の連には見るべきものがそれぞれあるので、全体に1本、芯をしっかり通すつもりで、もう一度作り直されたらいいと思いますよ。個々にはもったいないものがあります。
cofumiさんは、少し前進してるなあと感じてはいるんですけど、これはちょっと半歩前かなあ。


●白猫の夜さん「朔月の光」

荒削りなんですけど、おもしろい部分の方が多いから、この詩はマルですね。
詩全体を通して貫いてる情念がある。部分に?があっても、全体の情念で読めます。情念の持続性がいい。この詩においては、自分の内にある、行き場のないような想いでしょうね。

部分で良かったのは

 のびる朔月の手
 大地をふわりとひと撫でして
 私の黒い涙をそっとさらって

この連、ステキでした。

 たどり着いて見上げたよぞらは
 一面の鉱石が
 流れる鉄屑が

こういう見方もあるんだなあと、ここもちょっと感心した。

うむ、いいものあると思いますよ。しばらくここで続けられたらいいと思う。
白猫の夜さんは、初回になので、今回は感想のみとなりますが、ぜひまた書いて下さい。


●山雀詩人さん「流星群」

1回目の「本当にここはどこだろう」で夢想し、2回目の「本当にここはどこだろう」で、実際そこに入り込んでる、という展開です。
やりたいことはわかるんだけど、やっぱりちょっとしつこい感じがするよなあー テレビの「世にも奇妙な物語」で、夢が何重にも重なってるような話もあったけど、そこは映像と文字の違いなのか、文字で繰りかえされると、しつこい感があるなあ。
これたぶん、最初、外は星のない闇の夜で、2回目は外にもう流星群が来てるという差異を出そうとしてるとは思うんだけど、どっこい最初も流星群の話が出てしまうので、外が星のない闇だという印象は全く消えてなくなっている。結果的に、外の景色=流星群のイメージが、2度繰りかえされている感になる。そこがしつこく感じる主因かもしれない。
これ、それこそ映像だったら、説明なんかなくても、ビジュアルで両者の差異が明瞭になるんだろうけどねえー。

それと、10連の、

 それこそ無数の流星が
 
 君から落ち
 僕も落ち
 だからみんな止まって見えて
 僕をぐるっと囲むだろう

のところが、私にはクライマックスになる美しいシーンに思えたんだけど、すぐあれっ? となってしまうのは、傘を落下傘がわりにしてる作者は他よりスピードが遅いので、そうはならないだろうと、すぐに思い至ってしまうことなんです。そんなわけで、このクライマックスもちょっと空振り感があって、100点ではないんだよね。

うーーん、結論としまして、今の状態だと、やっぱり2回目のくりかえしはヤメて、
12連で、

 本当にここはどこだろう
 今日ちゃんと帰れるのかな

の2行だけ置いて、終わる案ですね(ラストの3連は削除)、わたし的には。

1~5連はパーフェクトです。この序盤の3分の1はとても良かったです。

 ゴトゴトゴト ゴトゴトゴト
 ココハドコ ココハドコ

のオノマトペも最高!でした。

力作なんだけど、秀作にとどめます。


●まるまるさん「団地暮らしの自転車通勤」

超いい詩じゃありませんか!!
ちょい甘だけど、名作あげましょう。

新川和江さんが座右の銘にしてる言葉の1つに、「私は傷を書かない。私は傷を治す傷薬を書く」というのがあるのだそうですが、
そんなふうに、この詩は読んだ人間を温かくしてくれる、いい詩ですね。人の傷を治す詩だと思う。

私事ですが、昔、うちのオフィスが入るビルに、ある日、元は気位の高い人だったんだろう面影が残るオバチャンがお掃除の会社の新人としてやってきて、ものすごーーく落ち込んだような真っ暗な顔して、ずっとうつむいて掃除されてたんだけど、
私は、どんな仕事でも働くことが尊いことなのであって、仕事の種類は関係ないと思っていたから、卑屈になることはないよと言いたくて、毎朝積極的に大きな声でその人に挨拶してたんだけど、最初しばらくは黙ったままで挨拶も返ってこなかったんだけど、それでも毎朝挨拶し続けてたんだけど、そしたらだんだん顔あげて、挨拶を返してくれるようになった。何ヶ月かそんなことがあったのち、私は職場が異動になったんだけど、2年ぶりにそこの職場に顔を出すことがあって、行ったら、そのオバチャンは掃除の会社の主任さんになっていて、私の顔を見たら喜んでハイタッチしてくれた。
ああ、通じたんだと思った。良かったと思った。
(すっかり、ペラペラよくしゃべるオバチャンになっていた)

そんなことがありました。以上、余談でした。ちょっと思い出しちゃった。

作品ですが、6連1行目、

 通るはずのない団地の出口

この行は、体言止めすると、違う意味を持ってしまい、言いたいことを損ねるので、

 通るはずのない団地の出口で

と、「で」を加えた方が、意図がマッスグ伝わっていいです。
そこだけ直してといて下さい。


●エイジさん「花が花のように咲いている」

正直なとこ、うしろ2連目(第4連)になって、やっと話の本題に入ったなって感じなんです。で、話はここからと思って読み続けようとすると、次の連でストーンと終わってしまう。ちょっとガッカリですねー。

言うと、2連からスタートで、2~4連を前半として、後半の残り3連を新たに書いてみてって感じなんです。
現行の4連は、結論に持ってくる重みはなくて、課題レベルなので、前半に置くのが相当です。そしてそこから考えること、感じること、をもっとアタマに巡らせてみて下さい。それでやっと作品が成立するという感じです。

花の詩って世の中にいっぱいあるので、ナメない方がいいです。書くならこのレベルから始めるか、あるいはもっとしっかり観察眼を発揮するとか、何かが必要です。世の中にたくさんあるものだけに、しっかり自分の切り口を持たないと、ただ単に題材に取り上げたというだけでは用を成さないですよ。
ほかに主となるものがあって、副として書く、あるいは添える程度のものなら、気楽に書いたらいいんですけど、「花」を主で書くというのは、水準が高いので案外難しいです。気合い、いりますよ。
今回は半歩前とします。

編集・削除(編集済: 2022年11月27日 06:02)

島様、評の御礼  理蝶

島様、この度はご批評ありがとうございました。
冒頭のドイツ語はまさに銀英伝を思い浮かべて書いたものです。銀英伝の登場人物の名前が何ともカッコよく、それを真似して色んなものにドイツ語風の名前をつけて遊んでいた思い出を元に書きました。
また後半の4連や6連のフレーズも、銀英伝の連とは違う年代の思い出を思い浮かべて書いてしまっていました。
それが読み手の方にブレとして伝わってしまっていたのですね。
まだまだ推敲が足りなかったです。
とても勉強になりました。
またよろしくお願い致します。

編集・削除(未編集)

島様 評のお礼  荻座利守

この度は私の詩の「小さな花束」に丁寧な評をいただき、ありがとうございます。
秀作プラスとの評をいただき、たいへん嬉しく思います。

まだまだ細かな点に考えが及ばず、詰めの甘さを痛感しております。

今後とも宜しくお願い致します。

編集・削除(未編集)

詩の評、お礼です。  じじいじじい

島様

お世話様です。
詩の評、お礼です。
有難うございます。
家族にする。は飛躍しすぎかましたか。なるほど、確かにそうですね。島様のご指導のとおり他に一味加える必要ありました。

これからも宜しくお願い致します。

編集・削除(未編集)

評、11/11~11/14、ご投稿分、その1。  島 秀生

大変お待たせしております。
とりあえず半分行きます。
残り6作は、明日の夕方に。


●森山 遼さん「存在は その恐るべき 姿を 剝き出しにしてる」

思考の持続性があるので、つまりロジックは通っているので読めますが、一方でロジックだけのものって、詩として不完全なので、これが今後、どう具象とマッチングしてくるか、調和してくるか、でしょうね。
人って、誰も説教されるのキライだから、説教がましい書き方になるのは禁物ですし、一方で自己完結してしまうのも違う。まだ課題アリですね。
机上で内に向かって書くのでなく、外の対象物や、世情の題材に対して、その思考力を発揮した方が、つまり直接的論述ではなく、対象を挟んだ間接で思考の応用編を見せた方が、詩としてはうまく行くかもしれませんので、また試してみて下さい。
森山さんは私は初回ですので、感想のみになります。


●紅桃有栖さん「千葉の空」

1連と2連、対比で気づく空と雲の景色のところは、とてもステキだと思います。自転車でないと見えない風景があります。飛行機はもちろんのこと、スピードが早い車では見えない風景がある。そこをきちんと書いてくれました。
この1~2連は丁寧に書かれてて、いいなあと思うんですけど、後半がねー、やけに大雑把な言い方になりましたねー。
なにも4連で終わらなきゃいけないことはないので、後半の内容についても、気が済むまで丁寧に書き込めばいいのに、と思いました。
言ってる内容は悪くない、むしろ良いことを書こうとされてるんですけど、こんなにざっくりやられたら、読む方はスジもロジックも追えないです。
「短いのが詩だ」って観念は捨てられて、日常において人を説得するのと同様に、必要ならいくら長くなってもいいから、「人に伝わるように」を優先して、書いてみて下さい。
後半については概ねそんな感じなんですが、3連で「ホワイトノイズ」という新しい言葉を1つ織り交ぜようと試みは、悪くないです。
また4連も、1~2行目については良い言葉でした。
部分、部分では良いものを発揮されてるので、しばらくうちで書き込まれたら、進化すると思いますよ。また書いて下さい。
初回ですので、感想のみとなります。

余談ですが、国内線の西方向から羽田に向かう便は、いったん東京湾を東向きに突っ切ってから、房総の上空で、時計回りに90度(← 失礼しました。270度でした)旋回して、機首がまっすぐ南方向から北向きになるよう、姿勢を整えてから、羽田に侵入するので、房総の中央部から南半分上空をウロウロ飛んでるのは、たぶん国際線より国内線の方が多いと思います。


●荻座利守さん「小さな花束」

とりわけ4~6連のところが、凄くいいんですが、私が荻座さんが定義するところを正確には把握できていなかったり、また託されるのは、はたして「花」なのか、「花束」なのかを迷うところもあり、3連以下は下記構成に変えてみてはどうか、というのがちょっと浮かびましたので、記します。

小さな白い花束
誰がどんな想いで置いたのか
わからないが

花束はいつも
人の想いを担う

摘み取られ
根から切り離された花は
数日のうちに萎れ散りゆき
決して実をつけることはないが

そこに託された想いが
誰かに届いたとき
花束はその人の心のなかに
実を遺す

たとえそれが
喜びでの実であっても
悲しみでの実であっても
我らのうちに
深く深く沈みこみ

時を経て
更に熟して
形を変えて芽吹きだす

交差点の片隅に置かれた
小さな花束が
どれだけの実を宿しているかは
わからないが

それは
消えゆく命の
ただ滅するのではなく
いつかどこかで
形を変えて芽吹くことへの
切なる祈りを
担っているのだろう

たとえ眼に見えず
気づかれなくても
我らの内には
誰かから託された想いと
担った花束とにより稔る実が
常に届けられているのだ


ちょっとのことなんですけどね。この方が、より深いとこに行けるかな? と思いました。
でも、前回申し上げた、「どこかで具象と繋がらないといけない」「題材はむしろ具象の方がいい」を早速実践してくれていて、今回の方がぐんと良くなったと思います。

ああ、それから2連の「原動機付自転車」は、日常的な言い方で「原付バイク」でいいんじゃないでしょうか? こっちはたぶん、「バイク」という括りの中での排気量を識別する意の言い方なんでしょうけど、こっちの方が日常的な語に思います。

ちょっと細かなところあったんで、現状、秀作プラスにしますが、方向性はこれで合ってますよ。私の案を一考してもらったら、名作になれます。


●ゆきさん「家族写真」

少々ドラマチックに脚色しすぎた感はありますが、いいでしょう。名作を。

たぶん写真を撮ったのは、このタイミングじゃないんじゃないかなと思うし、家族の設定も、もしかしたら少し変えてるかもしれないのですが、これに類似した経験と、想いとして同じ想いを経験されてるのかなと思い、読みました。いずれにせよ、イヤな思い出、思い出したくもない種類の出来事でしょうに、しっかり捉えて書き上げてくれました。OKです。

祖母のところに行くというのは現実的ですし、

 必要のない家族なら初めから
 ない方が良かったのに

は、自分も含めて言ってる言葉だから、ものすごい肉声で、胸が締め付けられます。

 心の奥底に隠してきた泥を
 吐き出すように
 写真の父を睨みつけた

の言葉もありますが、「幸せでない家族写真」ってあると思う。察するところあります。
また、

 私達の何がいけなかったのか

は、親がやさしくしてくれないのは、自分が悪いからだと考えがちな子供の心理がよく描かれています。
でも本当は、子を虐待する親や子を捨てる親というのは、そことは全く違う、自分の都合だけを考えてる人が多いです。本当は、理由はそこじゃないです。子は全く悪くないんですよ。

心理的なところ、想い、よく考え、よく書けてると思います。
大雨のところとか、写真館からすぐ祖母宅へ行くところとか、無理に繋がなくてもいい気がしたけど、後半の心の部分、肝心なところはよく書けてるのでOKです。

むしろ子供の頃はよくわかってなかったけれど、大人になってから、よく状況がわかってその写真を見ると、苦々しく思う家族写真て、あると思う。この詩もそのへんがスタートかもしれません。


●じじいじじいさん「なつのわすれもの」

なんとなく翌朝起きたら、お母さんに捨てられてしまってそうな予感がしますが、まあそんなリアルは余談として、お話はおもしろいです。
砂浜に落ちてて、家に持って帰ろうと決めたところまではいいんです。そこまでは上手に書けてると思う。でも、それだけで「かぞく」とは呼ばない。「かぞく」とまで呼ぶには、まだ何かが足りない。もう一段上がる、何かがないとダメですね。
そこを作るか、作れないんだったら、着地点を「かぞく」とは違うところに落とすか、でしょうね。
このお話、「かぞく」という言葉がすごく重いんです。そのため、そことの不一致感が気になる。
たとえばね、その子にはお母さんがいなくて、お父さんしかいなくて、しかもお父さんはいつも仕事行ってていない。ひとりぼっちだから、なんでもすぐ家族にしたがるんです。たとえば、そういった必然性ですね。それならもう一段昇れます。
なので、この童話詩は、もうちょっと詰めないといけないと思います。
半歩前です。


●理蝶さん「夜のムード」

うーーむ、やっぱり理蝶さんて、何者?って感じだなあー 前回もなかなかセンセーショナルでしたが。

初連を読んで、銀英伝を思ってしまった私は、ちょっとオカシイかな……。あれもドイツ語の名前が多かったからなあー 
それは余談かもしれないんですけど、なんでそんなことを思ったかというと、「小さい頃」で「原作・ドイツ語」となると、まずもってグリム童話を思うべきなんだけど、どっこいグリム童話って、短いお話が多くて、エンドレス感は全くないので、「一代記」とイメージが合わなかったからなんです。となると、何を想像すればいいのかわからなくなって、迷子になったあげく、銀英伝に行きついてしまったというお粗末でした。
というわけで結論、初連の「ドイツ語」は、なにを想起したらいいのかわかりませんでした。
なので、初連は1行目削除が私の案です。
「ドイツ語」を出してきて、特定の物語にするのでなく、むしろ1行目削除で、自分の将来の夢を天井に描いていたという意に変えてしまった方がいいと思います。

あと1点、
終盤の、「頭の良い子供」についてはOKなんですが、

 あの頃は
 理由もなく恋に落ち
 キスだけが頬を染めたっけ
  
 僕は寂しい目をしてた
 フレームの外にある
 何かを見ていた
 友が戯れる様子か
 ただの遠景か

の2つは、「小さい頃」の話ではないと思う。昔ではあるだろうけど、年代が違うものに思う。少なくとも読む側として、そう感じる。
初連で「小さい頃」とあったけど、詩全体を見た時に、年代がそこに定められていないと思う。そこがこの詩の難です。
もし、ざくっと昔の話として書きたいなら、そのような出だしにすれば良かったけど、これ、「小さい頃」で始めちゃってるから、読む方がそこの照準で、その後も読みにかかってしまいます。すると、途中で、年代の違和感が出る。

2ヵ所のうち後者については、前3行はいいけど、「小さい頃」基準で書くなら、後ろ2行の言葉は、そこ基準の言葉に変えた方がいいです。後者については修正可能です。

この詩は、3連の
 もはや義務的に
 明日に備えている

の視点が良くて、それと対照的となる子供時代の話を出してきた、このお話の骨格はとてもステキなのだけど、軸にブレがあるのが、ちょっと惜しい。
半歩前にします。

理蝶さんはレベルが高い人だとわかっているので、いきなりですが、そこに合わせてお話をしました。ちょっとキビシかったらゴメンナサイ。

編集・削除(編集済: 2022年11月29日 01:19)

狂人の夢  U.

張りつめた空気に満たされた夜
ママの夢で目が覚めた
長い槍で胸を突いていた
苦しくはなかった
私の目に涙はなかった

どこかで
赤ん坊が泣き出した
狂っちまった夜に
失ってしまったママを捜しに出よう
ママは死んじまって、腐っちまって
ほら、君が足で踏みつけているのがママの骨さ
ぼろぼろに腐っちまった骨さ

夜が煙草を吸う
紫の煙が飲み込まれていく
煙を伝って私も飲み込まれた
胸が焼けて
身体の血が逆に流れだした

赤ん坊が闇を引き裂く
狂っちまった夜に
ママを捜しに出よう
今夜は、十一月の夜、空気が張り詰めだした夜
そして、狂気に掴まれた私

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癇癪  理蝶

美しさが美しさ然として
煌めいているのが
はためいているのが
癪に障ってたまらない

なあ、歪めよ世界
澱めよ世界

血に滲んだ桜とか
泥まみれの涼しい瞳とか
精神を病んだ子パンダとか
モノクロのオーロラだとか

そういう物を思いきし
抱きしめたいんだよ
それが僕の心を
撫でてくれるんだよ

僕たちの内側にあるのは
さもしくて汚くて
醜くて甘い
溶けかけのキャンディのような
そんなものだろ?

何で君はしたり顔で
イルミネーションに
照らされてるの?

何を君は楽しくて
塵一つない部屋で
落ち着かない顔をしているの?

美しさって
汚くないだけなんだよ
ねえ気づいてよ
お願いだから

さもしさ、汚さ
僕たちの内側にも外側にも
どこにだって誰だってある
そんな澱んだ溜まりの中に
美しさを越えるような
愛らしさとでもいうべき
心を掴んではもう離さない
そういうものがあるんだよ

ねえ気づいてよ
お願いだから

編集・削除(編集済: 2022年11月25日 16:05)

豹紋よ 暗沢

 ヤマザクラの葉へ赤がともる頃だった
何処よりかひらりひらりと迷い込んできた おまえら

豹紋よ 染色を経て枝より離れ
舞い落ちたとりどりの葉がさながら化身した おまえら

あの一見毒々しい芋虫ども
やわな朝陽を受けての忠実忠実しき(まめまめしき)行進が
人びとの目を瞠らせた小さな斑点のうねりであった おまえら

紅葉は盛りを過ぎて路傍に隅にて重なる
それらの枯葉はおまえらの
成れの果てであるか 豹紋よ

華々しき秋の身罷りのもと
運んだ末の彩りに紛れて おまえらは

 豹紋よ 消え行くままなおまえら
その輝かしき羽の一枚を
私は書物へと栞として挟もう
そのとりどりに鮮やかな羽で
一枚のきらびやかな頁を織ろう
それらを綴じた書物を密かに
汗牛充棟の一隅へでも忍ばせよう しかし
これらも不純な想念(イメージ)に過ぎないのだ
豹紋よ

 冬を越せぬおまえらの 悉皆失せた
季節はもう間近だ 豹紋よ

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