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編集・削除(編集済: 2026年05月30日 02:08)

8月 4日(火)~ 8月 6日(木)ご投稿分、評と感想です。 青島江里

◎8月 4日(火)~ 8月 6日(木)ご投稿分、評と感想です。 



☆頬杖ついて  三津山破依さん

頬杖をつくということは、物思いにふけるという姿が浮かんできますが、この頬杖、読後、例えば「ペペロンチーノ」では、頬杖をつくという所作の奥に、単にボヤっと考え事をしていることとは少し違う、日常の、言うに言えない、ちょっとしたストレスや、自分の中にだけ閉まっておかなければならない、だけど、誰かにぽそっと言ってしまいたいモヤモヤを映し出しているように思えました。いわゆる、日常の裏側のちょっと奥のような。「ペペロンチーノ」で少し気になったのは、前半、「僕は独りぼっちで座っている」となっていますが、後半では「君」という存在が登場します。この「独りぼっち」が「君が去ったあとの部屋」なのか、「誰かと一緒にいてもどこか孤独を感じる気持ち」なのか、もしくは「思い返している時間」なのかが少し曖昧です。前半の孤独感と後半の温かい思いとの繋がりをひとこと補強することで、更に詩の奥行きが深まるように思いました。

「ハンバーグ」でも、自分では似合わないと思いつつ、「あなた」が選んでくれたからと、おとなしく着用したり、ハンバーグの鶏軟骨を砕いたものを混ぜる割合を相手に気づかれない程度にしたりしています。日頃のプチストレスを、愚痴にならず、言葉巧みに自分なりの「頬杖論」を立ち上げて、サラッと表現してしまうところ、難しすぎず、すぐに作品の情景が浮かび、アニメや漫画にも繋がっていけそうな、ちょっとしたライトノベルの一節のような雰囲気も感じられ、誰でも親しみやすい作品になっていると思いました。

「ペペロンチーノ」の作中の「少しおしゃれな量」では、「足りない」とは違う、心を込めてつくってくれた相手への配慮と、ちょっとした、言いたいけど言えない心の裏側が同居していて、その後には、追い打ちをかけてくるような「こっそりカップラーメン」がきて、とうとう、くすっと笑ってしまいました。しかも、日常アルアルなので、変に納得させられてしまうところも魅力的でした。人間味が溢れていて、あたたかい読後感に包まれました。

二つのお題を読んで、ひとつの意味を鑑賞する作品の組み立て方もユニークですね。今回は、ふんわりあまめの佳作を。



☆休日の午後 埼玉のさっちゃんさん

最近、手っ取り早く稼ぎたいから強盗したとか、お金を手に入れるために人を騙したり、隣の芝は青く見えすぎて、妬んで相手を事件に巻き込んだりするニュースを耳にすることが増えて、心が痛みます。大金持ちになることだけがしあわせってなんだろうかと。そのような中、「休日の午後」のような作品に巡り合うと、心がホッとします。人間の果てしない悩み。山あり谷あり。自身に悩みが生じても、それはみんな同じように悩みながら生きているんだって言い聞かせることができる、詩行から香って来る心の余白。悩んで荒れる心の内海に凪を届けてくれそうです。

とてもストレートで、特別なレトリックもありません。ですが、最終連の一行がとても秀逸でした。

「コーヒーでも飲もうかな」

「自分の内側に、心の余裕」を、見事にこの一行で言い表してくれました。心が渇いたり、荒んだりした時、考えすぎてしまって周りが見えなくなりがちの時、誰にでも、すぐに手が届きそうな言葉。ほんの数ミリ、数ミクロンになるかもしれませんが、明らかに、息詰まる気持ちに、一筋の新鮮な光を届けてくれそうな気がしました。この一行が光ることで、純粋な気持ちを綴った詩にとどまらず、うつむきがちな日常をどうにか幸せの方向に近づけたいという、小さな希望の詩にもなり、さりげないメッセージ性のある作品にもなっていると思いました。好きなことに向かい合えること、穏やかな時間を愛すること。この時間の背景を「休日の午後」だとすることで、より一層、ほんのりとした幸福感が読後に広がりました。

「泣くよりも笑って過ごしたい」・・・・・・まったくそうですよね。佳作を。



☆師走の権現山  小林大鬼さん

旅先の風景、「湯田温泉」「権現山」「熊野神社」に、「中原中也」の生涯を重ねて、文学的情景を表現する前半の展開、そして、「夕暮れ迫る湯田温泉」「暮れかかる師走の空」といった時間経過や季節感の描写は、読み手に、映画のワンシーンのように旅の情景を広げてくれました。湯田温泉は、親戚の結婚式で訪れたことがあります。とてもよいところですよね。

前半の文学的情景描写からの、財布を失くしてしまったというアクシデントへの展開表現は、読み手を見事に驚かせました。ただ驚かせただけではなく、「中也の思いに触れる余裕なんてなかった」という本音に対比され、かなり人間臭いものを感じさせてくれました。この、「それ(中也の思い)を考える暇は自分にはなかった」という表現については、作中に二度出てきます。個人的には、「中也に思いを馳せているのはここまでだった」や、二度ある部分をどちらか一つに絞ると、文学的情景と現実のアクシデントの場面転換がより一層はっきりと伝わるように感じました。

財布を探している描写についてですが、知らない人が読んで、熊野神社が権現山の頂上にあるのか、それとも、権現山の頂上に行く途中にあるのかなど、位置的なものを、もっとはっきりさせることができると、焦って元来た道を必死に戻る動きがより分かりやすくなると思いました。

ラストの「白い狐が跳ねていた」という表現はとても美しく、湯田温泉の「白狐伝説」(傷ついた白狐が湯で足を治したという伝説)を思うと、焦りと失意の中に、どこか幻想的で救いのある余韻を感じさせてくれました。必死で探し回って疲れた足元にいたわりを授けてくれそうな、そのようなことまで感じさせてくれました。

文学的情景から切り替え、人間的なものを大きく映し出した展開、そして、ラストに幻想的な余韻を広げるストーリー性は魅力的でした。今回は佳作半歩手前を。

****************************************************************************

四十度越えの日々や豪雨、多発的、そして、観測史上初の進行をする台風など。年を追うごとに目立ってくる自然破壊に大気汚染。人類は自然の大切さを後回しにする目先の利益に走りすぎじゃないかな。世界の気候が確実に変わってきているなと感じずにはいられない今年の夏。

まだまだ暑い夏。どうかご自愛ください。そしてご安全に。

みなさま、今日も一日お疲れさまです。

編集・削除(未編集)

三浦志郎さん 評価ありがとうございます

論評ありがとうございました。

佳作との評価、嬉しく思います。

今回は少し思想的なところも入れてみましたが、「ちょうどいい難解度」とのことでバランスが取れていたかなと思います。

タイトルについては最後まで悩みましたが、「爽快」との評価をいただいて、あのタイトルにてしてよかったと思いました。

またよろしくお願いします。

編集・削除(未編集)

御礼 三浦志郎様  aristotles200

三浦士郎様
拙作「部屋」にご講評とご感想をいただき、ありがとうございます。
佳作とのこと、励みとします。

本作、ご指摘の通りです。
色々と混ぜています。自己同一性の崩壊から再生、映画キューブのような非合理的連続空間、鏡の迷宮、そして並行する五感と日常です。

箱庭遊び、レゴで遊ぶような感覚で言葉で世界を構築し、異化させることを楽しんでいます。
リアルな感覚、叙情や余韻をもっと膨らせるべきですが、まだまだ力不足です。

今回も作品を深く読み解いていただき、感謝します。
次回も宜しくお願いいたします。

編集・削除(編集済: 2026年08月16日 13:49)

三浦志郎様 お礼  ゆづは

この度も、拙作『紫水晶の瞳』を丁寧にお読みくださり、心のこもったご講評をありがとうございます。
人形を想う主人公の気持ちに寄り添ってくださったこと、大変嬉しく励みになりました。
これからも静かに言葉を紡いでまいります。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

編集・削除(未編集)

三浦様 お礼です 上原有栖

今回も丁寧な感想と評を頂き誠にありがとうございます。
八月は私にとっても特別な月であります。
私の誕生日は明日、十六日。終戦の日の翌日です。
私は平成生まれの戦争を知らない世代ですが、心の中で、かつて起きた出来事を身近に感じてきました。

終戦の日の「次の日」に生まれた「次の世代」の一人として、伝承でも思い出でもいい、これからも『忘れてはいけないモノ』を伝える意識を持って生きていきたいと思っています。

八月にこの詩を書けて良かったと思っています。
次の投稿もどうぞよろしくお願い致します。

編集・削除(未編集)

下敷き  相野零次

僕は今日も「愛してる」
と下敷きに書いて出荷している
膨大な量の「愛してる」が
国語はもちろん
算数や社会のノートに挟まれる
そんな使われている言葉なのに
誰もが「愛してる」の意味をよく知らない
子供だけじゃない
大人も老人も男も女も大して変わらない
意味はよくわからないけど、
大切な言葉だから大昔からあるんだって

大昔、とても大きな「戦争」
というものがあって 
その「戦争」のせいで
人類が滅びそうになったんだって
意味はよくわからないけど、
その時にあらわれた英雄がはじめたことだった
その時には「愛してる」という言葉すらも
闇を表現する言葉だった
ちがう!「愛してる」は光をあらわす、
希望に満ちた言葉だ!
とみんなに伝えるために
全国の小中学校で使う下敷きに大きく印刷し、
裏に「愛してる」がどんなに大切で素敵なことか
わかりやすく絵柄を使って印刷し、全国に配ったんだって 
その出来事があったのがちょうど一千年前のこと 

今では誰もがおはよう 愛してるよ! 
私も愛してる 昨日言うの忘れてたっけ? 
愛してる! と挨拶のように使われている 
もちろん結婚式でも「愛してる」はつかわれてるよ!
そんな平和になったこの世界を忘れないためにノートを開けば
「愛してる」と
下敷きが挨拶してくれるんだ

おはよ! 愛してる
うん、僕も愛してる!
今のはクラスメートの女の子
なぜかわからないけど、
あの女の子に言われる「愛してる!」は
他の人とは違うんだよなあ
何が違うんだろう? こんどおじいちゃんに聴いてみよ!
「お~い青空や~い、今日も愛してるぞー!」
僕は元気よく
運動場を走りだした

編集・削除(未編集)

三浦志郎さま 評のお礼です  相野零次

三浦志郎さま 評ありがとうございます。
自分で書いといて何ですが荒唐無稽というか、
滅茶苦茶な詩だなあと思います。
その辺りを汲み取って評を頂けてありがたいです。
通天閣、全然気づいてませんでした何十回も
も読んでるのになんででしょうかね。
すいませんでした、直しときます。

編集・削除(未編集)

御礼です 三浦様  虹乃衣里絵

この度は、拙作をお読みいただきまして、ご講評をありがとうございました。
単なるノスタルジーに終始してしまった感は否めませんが、想いは込めました。
仰る通り、レコードが再評価されていますが、私にとっては過去の物になってしまい、何とも言えない気持ちを乗せてみました。
今後は、洗練された表現を心掛けるように努めて参ります。
重ねてありがとうございました。

編集・削除(未編集)

感想と評 8/7~8/10 ご投稿分 三浦志郎

1 ゆづはさん 「紫水晶の瞳」 8/7

「あの子」が残して逝ったお人形。しかも一心同体、自分の分身のように愛した人形でしょうか。
詩の主人公は処分のふんぎりがつかないでいる。僕は2、3連の場面がちょっとわからなかったのですが、大意としては、その人形を見ることによって「あの子」を偲んでいる。人形と向き合うことによって、「あの子」を偲ぶ。主人公は人と人形が同一化された場面と時間にいます。後半を読んで、少し想像を広げてみると、、その人がいなくなっても、今もいるように、部屋を全くそのままにしておく、というのがありますが、そういった事情も勝手に想像してみました。あの子のありようを人形に尋ねる終わり2連がこの詩の気持ちをよく語ってくれています。抑制された語り口が、より悲しみを誘います。僕はこの人は人形を捨てないでいる、と思いますね。
この人形を想うことによってあの子を想う。 佳作です。

アフターアワーズ。
「紫の瞳」とあります。タイトルとも関わります。人形は詳しくないのですが、こういった瞳の色した人形があるのでしょうね。僕はちょっとあらぬことを考えていて、欧米人は個人のキャラ・データに、多くの場合「瞳の色 ブルー」など記されるのを見たことがあります。日本人はあまりそういうことを話題にしませんね。目の色の種類が少ないからでしょう。そんなことを考えていたら、この詩のタイトルと文中が人形とはいえ、少し個性的で面白いと思ったことでした。全くの世間話ですので、聞き流してください。


2 aristotles200さん 「部屋」 8/7

来ましたねえ~。
鏡という物品も多分に幻想的。されど人間隣接的。詩には、持ってこいの対象です。まずモチーフ発想のセンスを感じます。後は、作者も自由に書いているのだから、こっちも(読み手及び評者)も自由に読んで味わい楽しもう、ってなもんです(笑)。まず読み手として、この詩の居場所の確認です。
上下・前後・左右、全て鏡の部屋です。これは自己の内面の全方位的属性を感じさせます。
これに付随して「人間は死ぬまで、自分のリアルタイムの、生身の、オリジナルな自分を見られない」という、人間的係数です。
次に鏡の持つ係数。
左右逆転、左右対称。俗に云う“双子の持つミラーツイン現象”。(写真もそうだが)コピー体験としての「鏡」。
以上、係数条件を揃えて、読み手としての自由を行使したいと存じます。
これだけ網を用意しておけば、この詩行のどれかが引っ掛かってくるはずです。それこそ鏡の持つ左右逆転的なもの。この詩に即して言えば、初期の安堵~落胆。快楽と痛覚。迷いと確信。多くの自分の中にいる一人の自分。文中叫びます。「お前たちは間違っている」「偽者たちよ/消えろ」―その通りです!鏡とは真実を被ったような「偽者」だからです!だからこそ終連。偽りだと知りつつ、人は鏡を信じて生きてゆくしかない。そんな性(さが)を綴っているようなのです。これは幻想でありながら普遍を感じさせます。これは佳作です。


3 相野零次さん 「魔人」 8/8

この詩、好意的な意味で面白いですよね。読み手がそれぞれの立場、考え方で、それぞれの魔人像を持っていい、そういった詩です。比喩を自由に楽しめばいいです。適度にユーモア的な風味もあって読み手にも優しい。読み手の一人として僕が思うのは以下の感じです。
「対象(魔人)をあまり有形として捉えると、袋小路に入って身動き取れなくなりそう。むしろ無形の何かを想像したほうが“つぶし”が効く」といった具合です。ところで「通天閣」が二度登場しますがいいんですかね?(他は皆一回) 気になるようでしたら、後で直しといてください。
「無形」ということで、やや近いと思われるのは、文化・文明、あるいは時間の流れ、その集積としての歴史、といったところでしょうか?人間内部に目を向けるならば、自我とか自意識とか感性・記憶、あるいは人間の本能のようなもの?論理に適う部分と荒唐無稽的な部分がありますが、もともとそういった面がこの詩の領域だし、後者は相野さんの遊びの部分として、あってもいいように思いました。両方の要素も含めて想像というか発想力は凄いものがありますね。甘め佳作を。


、4 上原有栖さん 「バラッド」 8/9

上原さん、よく文字をご存じですね。たとえば、です。あくまで個人的感覚ですがー。
「ミステリー」 (フツーの用語)
「ミステリ」 (某外文出版社が好んで使う言い方)
「バラード」 (今の音楽界は大体、こっち)
「バラッド」 (音楽以外でも、文学(伝承的物語詩)も含めると、こちらの感じ?)
それぞれ後者のほうが“渋くて、通っぽい”気がしませんか?(しないか! 笑)。
あまり関係ないですが、そんなことを考えていました。
ところが、この詩の本文は上記のような雰囲気とは大分違うニュアンスを持っているようです。
僕には、このじいじの話は戦争体験者の話のように思えます。「幼いじいじ」とあります。徴兵はされてないようです。 2連に鮮明な恐怖記憶があるので、しっかり、物心はついている。10歳~12歳位と想定します。(当時、例えば昭和20年)。してみると現在、想定 91歳~93歳。文中通り「人生百年」も視野に入ってきます。(100歳だと実戦参加者) 2連以外、「じいじとぼく」の事情、互いの過去と現在が、ぎゅっと凝縮されて縁側に置かれ語られている。この量から言うと、具体事例を書くと足りないし、だいいち、かえって興ざめかもしれない。これでいいと思います。ここまで読んで来て上原さんのタイトル付けの真意が分かったような気がします。「バラッド=伝承的物語詩」。伝承されねばなりません。日本にとって八月とはそういう月であります。佳作です。


5 光山登さん 「還るときは来ていない」 8/9

「なお生きることへの意志」。そう感じます。賢者の言葉、砂地、最果て。やや過酷な環境の中です。
人間、いつかは「いっさいに戻る」ものだが、だからこそ「まだ還らない」。踏み止まって接するもの。過去にあった、現在もある、未来にもあるだろうから。爽やかな意志。一点の曇りもなし。胸のすくような思いの詩です。難解度もちょうど良いところに調整されています。タイトルについて触れます。
(やや長めの)フレーズタイトルに久し振りに接して、気分爽快です!冒頭書いたフレーズとも合流して、楽々と意志が伝わります。だいいち、タイトルの言葉自体がカッコよく実態を伝えています。。佳作です。


6 竹中ゆうすけさん 「菜食放免」 8/10  評不要

評不要ですので、感想のみ書きましょう。
前作「じゃがいも」やブログ等、概観させて頂きました。前回のじゃがいも、そして今回の豆。
馴染みない豆が多かったので、調べながら読んで行きましたが、やがて気づきました。これらは列挙されたことは貴重なのですが、
あくまで形而下としての方法論的サンプリングだと考えられます。僕が重視したいのは、豆を契機としながら、たとえば次の連、「でも/豆は豆~」の連を皮切りとして、例えば、個人・集団・社会・世界へと解釈を広げ、大掴みに把握を試みる、そういった精神作業が感じられるのです。次にブログについて書きます。概観しただけなので、印象で物を言って申し訳ないですが、意外と日常隣接したものが多かった気がしますが、もちろん世界を大きく把握したものも多いのですが、どのようなものでも書ける人と理解できますので、
これは僕の勝手な想像で違っていたら申し訳ないですが、「~~用」「~~用」と書き分ける才能もありそうな気はしています。


7 虹乃衣里絵さん 「33rpm」 8/10

*「rpm」……Revolutions per minuteの略。 
懐かしい物品の詩です。33回転のLP(Long playing)レコードのことですね。3連目まで額面通りの詩ですが、「針を置く時の儀式にも似た緊張」―これ、言う人、割と多いんです。共感ですね。A面~B面で約40分というのは、この詩の通り「アルバムの名に相応しく」です。ジャケットも芸術性からも価値あるものでした。タイトルの数字と「12インチ」と「アルバム」だけで通しているのが、かえって面白いですね。5連以降、衰退が描かれ、文体も愛惜が滲んで、こちらも共感です。音楽を聴く環境も激変しましたね。レコードやステレオといった物にも世代感覚が反映されていますね。佳作半歩前で。

アフターアワーズ。
ただし、最近レコードの「良さ=暖かみ」が見直され、それも若者の間で静かなブームのようです。
世に云うJAZZ喫茶という処ではJAZZを7~8割はレコードでかけるそうです。ただ、どちらの現象も多分にマニアック。メインの流れにはならないでしょうね。


評のおわりに。

今日は終戦記念日です。新聞に以下のようなタイトルの記事がありました。
「証言に頼らない”戦争“」。(読売新聞8/13朝刊 堀川恵子)
主旨やや長いですが引用致します。
「戦争体験者の証言を取材の柱にできる時代は終わりました。今までと同じことをやっていたら、
戦争を伝えられないという危機感を持っています」
たとえば、上原さんの書かれた作品「バラッド」中の「じいじの記憶」はすでに貴重な部類、稀有な部類に属します。
やがてそういった事は全て失われます。「だったら、明日からどうしよう!?」というものでもないのですが、
「何か、それに代わるものを」というのが非常に示唆になると思います。世代的な何か、伝承的な何か、かもしれません。
方法論は変わりますが、追い求める姿勢は不変だということでしょう。  では、また。

編集・削除(編集済: 2026年08月16日 10:00)

評への御礼 水無川様へ トキ・ケッコウ

水無川さま 今回も拙作を丁寧にお読みいただき、誠にありがとうございます。そして今回の評の意味を、何度か反芻していたのですが、ついに理解が及ばなかったのでした。おっしゃる通り、いわゆるテーマが「割れた」ということなのだろうとは思います。けれどもではその片割れのテーマを排除して再構築できるかというと、ついに思いつかなかったのでした。これは自分の詩に対する未熟を表しているのでしょうが、しかしそれでも、これは恐縮ですが、この未熟さのままにこの詩をこのまま力技で立たせることが、今の自分には記念碑的に相応しいという気もしております。ともあれ今回もありがとうございました。またよろしくお願いいたします。

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