◆ここは「MY DEAR投稿掲示板」です。
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拙作『歩み』をお読み頂き、ありがとうございました。
力強い作品とのご感想、嬉しく頂戴いたします。
然し、未熟な点が多くあり、まだまだ研鑚を積む必要があると痛感しております。
ご指摘の箇所に気をつけて、精進する所存です。
新たな気付きを得る事が出来ました。感謝に堪えません。
お待たせいたしました。6/2~4ご投稿分の感想と評です。コメントで提示している解釈やアドバイスはあくまでも私の個人的意見ですので、作者の意図とは食い違っていることがあるかもしれません。そもそも詩の解釈に「正解」はありませんので、参考程度に受け止めていただけたらと思います。
なお私は詩を読む時には作品中の一人称(語り手)と作者ご本人とは区別して、たとえ作者の実体験に基づいた詩であっても、あくまでも独立した文学作品として読んでいますので、作品中の語り手については、「私」のように鉤括弧を付けて表記しています。
●じじいじじいさん「じゅんばんこなんだね」
じじいじじいさん、こんにちは。(ほぼ)いつも子ども目線からの詩を投稿してくださっていますが、今回は生命のサイクルについての作品ですね。
タンポポが大人になってヒマワリになるというのは、面白い視点ですね。確かにどちらも黄色くて丸い花で似ていますが、これまでそのようなことを考えたことはありませんでした。「タンポポはタンポポ、ヒマワリはヒマワリ」という大人の固定概念を打ち破ってくれる想像力は素晴らしいと思いました。しかも、子どもならそういう発想をするかもしれないという説得力もあります。もちろん、現実にはタンポポは綿毛を作ってそれが種を運んでいく、ということをいつかの時点で子どもは学んでいくことになると思いますが、この作品ではそれ以前の年齢の子どもが語り手として想定されているのかもしれません。
ただこの作品、何度か通読してどうもしっくりこない印象を受けました。なぜそう感じるかというと、タイトルも終行も「じゅんばんこ」つまり生物の世代交代という主題を表現しているからです。最終連では人間の例とも比較しながらこのことが強調されていますが、これによって上述の「タンポポが大人になってヒマワリになる」という発想の面白さがぼやけてしまっていると思うのです。ここは「タンポポ→ヒマワリ」のイメージに集中して最後まで書いたほうが、焦点がはっきりしてよかったのではないかと思います。前回の「ずっと」では桜の花が一年中咲き続けるという、これまた実際にはありえない面白い発想が見られましたが、あちらの作品はこの主題に集中して成功していました。
せっかくの興味深いイメージを最大限に活かす形で推敲してみることをおすすめします。評価は佳作半歩前です。
●虹乃衣里絵さん「歩み」
虹乃さん、こんにちは。初めての方なので、感想を書かせていただきます。
この作品は詩人の自伝的な「歩み」を記したものになっています。これが虹乃さんご自身の体験なのかそうでないのかは分かりませんが、冒頭に述べましたように、評者はこの作品の「私」を作者ご本人とは区別して読んでいます。
いずれにしても、ここに描かれている内容は、詩人の多くは身につまされるのではないでしょうか。現代社会において詩の評価は控えめに言っても高くはありません。「ポエム」といえば揶揄表現です。それでも書かずにいられない、それが「詩人」なのだと思います。
ですから、ここに記されている内容や想いについては共感しかありません。ただし、作品として見た場合、さらにブラッシュアップする余地はあるかと思いました。たとえば第五連では詩作の道具がペンからキーボードに変わったことが書かれていますが、最終連ではまたペンが登場します。そもそも「ペンは剣にも勝る」(ペンは剣よりも強し)は使い古された常套句ですので、別の表現を考えた方が、より読者の心に響くかと思います。
とは言え、詩人としての矜持をひしひしと感じる力強い作品でした。ぜひまた書いてみてください。
●上原有栖さん「デザイア」
上原さん、こんにちは。生傷の絶えなかった子ども時代、瘡蓋を剥がして親に怒られた記憶は評者にもあります。傷の治りが遅くなると言われても、むず痒くてつい剥がしてしまう。案の定、剥がした痕から血がにじみ出てくる。けれどもぺりぺりと瘡蓋を剥がすときの快感は独特のものがありますね。
本作品もそのような幼少時の記憶を呼び覚ましながら、瘡蓋を剥がす行為を描いています。滲み出る血の色や匂いまで克明に描いていく詩行からは、どこか動物的な魅力を感じました。
そしてこの作品は、単なる一つの習癖を描写するのみならず、もっと深い人間の欲望について語っているように思いました。それはたとえばリストカットのような、文字通り自分の肉体を傷つける行為だけにとどまらず、もっと広い意味で自分を傷つけることに快感を見出す、自己破壊的な欲望(デザイア)として捉えることができると思います。その欲望は自己とは区別され、心の奥からこちらを見つめている存在として描かれていますが、無意識のようなものなのかもしれません。自分のうちに、自分にもコントロールできない何かが潜んでいるという不気味さがよく現れた作品でした。評価は佳作です。
●相野零次さん「あの頃」
相野さん、こんにちは。これは不思議な雰囲気を持つ作品でした。
この詩の語り手である「僕」は、出生後すぐに病気で亡くなる新生児という設定になっています。これはもちろん、現実にはありえない、フィクショナルな設定ですが、詩ではもちろんそうしたことも可能ですし、面白い視点だと思いました。まもなく死のうとする幼児がその非常に短い人生の記憶を振り返っている、そんな内容ですね。
ところが、第三連では「この詩をかいているのは/僕じゃありません」とメタレベルの言及がなされます。そして第四連では「この記憶も/僕のものじゃないかもしれません」と語られます。もはや語り手が誰なのか、「僕」が語っている内容が正確なものなのかさえ、曖昧になってきます。
しかし、私はこの曖昧さがこの詩の魅力であるように感じました。当然いろいろな解釈ができるでしょうが、私はこの詩の語り手は亡くなった子どもの親であり、言葉を発することもできないまま亡くなった我が子の思いを投影して語っているのではないかと考えました。そのような「記憶」は、当然子ども本人のそれと同じである保証はありません。けれどもそれを痛いほど分かっていても、あの子は短い人生を頑張って生きた、愛されて幸せだったとせめて考えたいという、親の切なる思いと愛情が感じられました。
タイトルの「あの頃」ですが、これは我が子の死からある程度の年月が経ってから、親が当時を振り返っているということかもしれないと思いました。
味わい深い作品をありがとうございました。評価は佳作です。
*
以上、四篇でした。今回も素敵な詩との出会いを感謝します。
とりあえず私の話を聞いてください
いつからか色をなくした私が
当たり前になっていた
誰かと目が合うこともなく
誰かに話しかけられることもない
出勤もなければ
帰宅する場所もない
ひがな一日やることもない
私は街中を意味もなく歩き回り
そして 疲れ果て休む
それが私にできる精いっぱい
私の世界は私の悲しみでいっぱいだった
医師の門をたたき
古い本を読み
怪しげな霊媒師も訪れた
けれど
私の色は少しも戻らない
ある夕方
しとしとと小雨の降る公園のベンチ
うつむき
雨に濡れ途方に暮れる
向こうから傘もささず
うつむき歩いてくる色のない少女
「こんにちは」
私は下を向いたまま
その声に耳を傾けず
雨に打たれるがままだった
ただそれだけの話
最後まで話を聞いてくれてありがとう
どうしてそこにあるのだろう
うす汚れてしまった人形が
植え込みの根元で佇んで
歩いてくる人を見上げていた
煤だか、泥だかの眉を引き
哀しい表情(かお)を
空ごと見つめる視線が泳ぐ
孤独の海に溺れながら
いつからそこにいたのだろう
どうしてそこに辿り着いたのだろう
落っこちてしまったものなのか
忘れられてしまったのか
その理由も何も 僕は知らない
哀しそうな表情(かお)で
何を探しているのだろう
それさえも 僕は知らない
置いてけぼりの小さな人形
誰も彼もを見つめているけれど
見たい空はきっと
一緒に遊んだあの子の笑顔の
その向こうに有る筈だ
今は一人 植え込みの中
泣きたい涙を持っていないから
視線は涙の海を泳いでいるのだろう
横断歩道を渡る時
後ろ髪を引かれる
振り向いたら感動の再会があって欲しい
涙を湛えた瞳をその子が拭っていて欲しい
そんな奇跡は無いだろう
それが分かって振り返られない
夕陽に向かう僕を見ているだろうか
汚れてくすんだ瞳に 日が射すだろうか
頁を繰った。
何度も何度も。
知らないものも数多く、
ノートに書き写した。
シャーペンをノックした。
探す。
ついつい
ものがたりに夢中になってしまう。
ペンの代わりに、
ティースプーンをくるくるしていた。
慙愧の念に堪えない。
いつの間にか子どもたちは
平気で未来とチャットする。
ガラスをスワイプ。
腱鞘炎になるほどに、
何度も何度も。
ついつい、
手首のスナップを効かせてしまう。
悲しいかな、
新しいものが続々と。
レトリックのイノベーション。
見つける。
ノイズが拡がった、気がする。
スクラップ・アンド・ビルド 。
シャーペンをボールペンに替えた。
今日も、私は、
どこからか飛んでくる
フォントに
目を通す。
温故知新を、拾い集める。
まいにちとおるみちで またおばあさんにあった
まいにち おおきなにもつをせおって
りょうてにいっぱいにもつをもってあるいてる
せなかをまるめて いっぱいあせをかいてる
「おばあちゃん だいじょうぶ?」
「おてつだいしましょうか?」
わたしはおばあちゃんに こえをかけた
おばあちゃんは「ありがとう」といって
ニコニコしてくれた
わたしはにもつをもってあるきはじめた
「まいにちどこにいくの?」わたしはきいた
「かいがんのあるあさいちにいくんだよ」
おばあちゃんはこたえてくれた
あさいちでやさいをうっていると
おばあちゃんはおしえてくれた
「おもたいからたいへんですね」というと
「やさいをみんな よろこんでくれるからね」
「やさいもみんな よろこんでくれるからね」
「やさいもよろこぶ?」
やさいってよろこばないよっておもっていると
おばあちゃんはおしえてくれた
「いっしょうけんめいそだてれば
やさいはげんきに おおきくなるよ
おおくなれたとよろこんでくれるよ」
「そのやさいを みんながたべてくれる
おいしくたべてくれる
やさいはそれがうれしくて よろこぶんだよ」
「やさいとひとはね おともだちなんだよ
だいじにそだてれば げんきにそだつ
げんきなやさいは ひとをげんきにしてくれる」
おばあちゃんはおしえてくれた
わたしはやさいとおともだちになるときめた
ニンジンがにがてだけど すきになる
ニンジンとほかのやさいとおともだちになる
おばあちゃんからたいせつなことおそわった
「楽団音曲選び評定―太閤秀吉さん 弟・秀長さんと五奉行くんらを招集されました」
太閤秀吉さん上座 その隣に弟君・小一郎・大和大納言・豊臣秀長さん
今年の大河ドラマにちなんで 当日 司会は秀長さんです
(秀長さん)―おのおの大儀 かねてより存じおろうが 聚楽第にて帝(みかど)をお迎え申し上げて饗応音曲会
(ライブミュージックパーティー)を催すことと相なった 古今最大最高の宴である そこで おぬしら奉行を集めしは他でもない
さて 会にて どのような楽団にいかなる音曲を奏でさせるか? おのおの 存念を申すがよい
(増田長盛くん) それがし 一策あり申す
(秀長さん)―ほう さっそくか 申してみよ
(増田) 海を越えはるばる渡来の武留宇巣(BLUES)を奏でるがよいかとー
しかる後に独奏(ソロ)回し さすれば集まりし人々を極度の興奮に誘うは必定(ひつじょう)!
(秀吉さん)―なに サル回しとな? そのほう わしを愚弄するか!(秀吉さん 自分のことを言われたと思い
お怒りのご様子です)
(秀長さん)―兄者(あんじゃ)!まあ落ち着け 話を聞こうぞ
(増田) これはしたり! いえいえ さにあらず サル回しにあらず ソロ回しでござる (汗)
独奏を連鎖することにござりまする
(長束正家くん) いやいや 増田殿 BLUESでは汗くさい いかにも暑苦しゅうござるよ
それに そもそもサル……いや、ソロ回しとは奏でる者の自己満足に過ぎないのではあるまいか
聴く者を置き去りにしてはなるまい
(秀長さん)―正家 そちは違う考えがありそうじゃな
(長束) されば BLUESと同格なれど 蛇図(JAZZ)なる音曲はより幅広うござる しかも
“標準音曲”(スタンダード曲)とかあると聞き及んでおりまする それらをあまた奏でれば
帝も諸侯もお喜びになられるでありましょう なにより”標準音曲“には親しみ深きものあり
口ずさむに足る美しき調べがございます
(前田玄以くん) “混交音曲”(フュージョン・ミュージック)も下々では流行りしものと心得まする
(秀長さん)―そは如何なるものぞ?
(前田) JAZZに根性音楽・岩石音楽(ソウル・ロック)が入り混じったる物のようで……
かつて織田右府公(信長)が雇いし黒人(くろびと)が流行らせし音曲とか
聴いていると腰が勝手に動き出す効能があるそうな 黒田の官兵衛・如水殿がご愛好のようですな
(秀吉さん)―なに!如水めが好きとな 異風好みのあやつならさもあろう さぞかし怪しげに下半身をくねらせ
嬉しがっているのであろう 想像するだに不気味にして笑止千万 片腹痛いわ!
されど なるほど それはなかなか面白そうな音曲分野(ジャンル)よのう
ふぅむ 存外 音曲とはあまたあるではないか ここが思案のしどころじゃのう
(浅野長政くん) 徳川内府(家康)殿のお好みは如何でありましょう?
(秀吉さん)―あの者は地味な男 音曲には興味なかろう 何でもテキトーに聴かせておけばよい
(浅野) 当世風(モダン)な伊達政宗殿の御存念や如何に? あの御仁は折よく大坂屋敷におられる由 かの殿に策あらば
容れるに足るでありましょう そのお隣り・上杉会津中納言(景勝)殿にも使者を出しましょうや?
(秀吉さん)―その儀に及ばず 上杉はともかく 伊達はどうも胡散臭い 忠義づらをしてわしに偽りを吹き込みかねない輩じゃ
ええい これでは決まらぬわ!秀長 なにか存念はないのか?
(秀長さん)―音曲ばかりは それがしも困りましたわ 三成 なんぞ 妙案はないか?
(“待ってました”とばかり 石田三成くん) はは さすれば わが領内に今 “出雲の阿国”と称する歌舞音曲団が参っておりまする
女衆の踊りが主ですが 雄大楽団(ビッグバンド)も連れております その中に”音曲作り師“(コンポーザー)と音曲編み師(アレンジャー)なる者もおりまして、平家物語風琵琶語りと今様(ポップス)を合わせし物を奏で なんでも”創り音曲“(オリジナル曲)とか呼ばれ もっぱらの評判に御座候 それがし 過日見物しましたるところ 女たちの妖艶な歌と踊りと楽団の妙なる調べは極上の遊興事(エンタテイメント)に御座りまするぞ 上様におかれましては その者らをお召しあそばせば如何かと愚考致します この儀 前田様 毛利様 上杉様 宇喜多様 お歴々にはすでにご内意を得ておりまする
(秀吉さん 身を乗り出して)―それよ それよ! その物珍しさと女どもの色香こそ欲しいものよ いかにも妙案
さすがじゃ 三成 さっそく そのほう 差配せよ (藤堂)高虎・(大谷刑部)吉継とも評議し よろず取り計らえ
(石田三成くん) はは ありがたき幸せ いと易きこと では ただちに奉行仕りましょう
(やはり三成くん ご機嫌取り うまいですね!)
(秀長さん)― ようした 三成! されば 酒肴の贅を存分に尽くせ
山海の珍味を諸国より取り寄せよ
酒は伊丹より大地が傾くほどに運ばせるがよい
(秀吉さん)― 今から帝のお喜びのお顔が見える気がするわい
興至らば わしも一曲歌おうぞ
亡き(竹中)半兵衛も 生きておれば楽しみにしていたであろうよ 是非もなし
女ども 踊りし後はわしの許に侍らせよ
(秀長さん)―兄者(あんじゃ)は相変らず女好きよのう~ がははっ!
(秀吉さん)―かの“ビックリ”バンドには十万石の料をはずんでやれ!
(秀長さん)―兄者(あんじゃ) “ビッグ”バンドぜよ!
(秀吉さん)―なんでもよい! ゆくゆくは わしのお抱え楽団(ハウスバンド)とすべし
おのおの大儀 本日 以上なり!
(秀長さん・五奉行くん一同) ははあ~~ (みなさん平伏 評定はめでたくおしまいです)
*
* 十万石の料(ギャラ)。これは驚き。楽団衆(ミュージシャン)は、大人数なれど頭割りでも、これは旗本級。
大盤振る舞い。かの衆の為に、寿ぐべし、寿ぐべし。
* 豊臣秀長はその音曲会の盛会を見届け、二ヵ月後に没した。(架空でござるよ)。
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秀吉のセリフのところに竹中半兵衛を加筆したのは、今日(6/14)が大河ドラマ「豊臣兄弟!」で菅田将暉演じる竹中半兵衛の最期だからです。この菅田という役者さん、前から上手いと思っていましたが、このところ“いい顔”になってきたなあ。軟派な僕が言うのもナンだけど”男気(おとこぎ)“が滲み出てきたように思います。半兵衛って、ホントこんな人だったのではないか、と思う。
男の持つ誠実さとインテリの持つ優しさ・弱さ・儚さ、のような―、 そんな人。
丁寧な評をありがとうございました。
とても興味深く拝読いたしました。
いただいた言葉を今後の創作に活かしていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
この度も、拙作『無音の口笛』に丁寧なご講評をいただき、ありがとうございます。
前半の「透明な振動が突き抜ける」という描写から爽快さを感じていただけたこと、そして最終連の温度の変化や余韻を受け取ってくださったこと、本当に嬉しく励みになりました。
いただいたお言葉を大切に、これからも体温のある詩を書けるよう精進してまいります。
夏生様
拙作「誕生日」にご講評とご感想をいただき、ありがとうございます。
佳作とのこと、精進いたします。
主旨は、悪いのは子供でしょうか、父親でしょうか、スーパーの店員さん、警察官、誰も悪くない。この世界、そのものが狂い始めている。正しさが中身を失い、皮だけが幅を利かせる。中身は得体の知れない「正義」が社会を牛耳っている、です。
論語、子路第十三から着想を得ています。
羊を盗んだ父親を役所に訴える子供、それを正直者と讃える国王の話しを聞いて、孔子は何と答えたのでしょうか。
https://aristotles200.hatenablog.com/entry/2024/11/10/201347
今回も、詩を深く読み解いていただき感謝いたします。
次回も宜しくお願いします。