◆ここは「MY DEAR投稿掲示板」です。
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普段は しがない皿洗い
そんな私でも 肩書が欲しい
だから 詩を書くので詩人を名乗る
自称ではあるが
名刺まで作り 形から入った
最近になって 俳句も詠んでいる
真面目に 俳号を考えた
またしても 形から入った
肩書が二つになり
文化人を気取るが
中身が伴わないのが口惜しい
自称詩人 そして自称俳人
然し 未だ傑作を出しておらず
産みの苦しみを味わう日々
いつかは 私も
本物の文化人になりたい
その一心で 言葉と向き合う
言の葉が豊かに繁る事を願い
感性を研ぎ澄ましたい
折角の肩書が
形だけのものにならぬよう
切磋琢磨する日々
いつかは
いつかは
時は 限られている
待ち合わせをしましょう
真夜中を過ぎた頃に
夜と夜明けの狭間のほんの一瞬
星達が眠たさに瞬きを忘れ
木々の葉が闇と溶け合って
深い深い藍色に染まる時刻
半分壊れた月が浮かぶ空の下
咲き始めた時計草の花の前で
そうして
シャボン玉みたいな語らいをしましょう
唇を尖らせて
言葉に空気を吹き込んで
守るつもりも無く交わす
沢山の約束のように
儚い泡をいくつもいくつも
宙に浮かべましょう
黒と藍の濃淡しか無い世界で
それは
昼の光に柔らかく虹を滲ませているものよりも
ほんの少し鋭利な辺縁を見せて
震える薄い表面に夜を映した後
形を無くして消えてゆくわ
木々の梢が風に揺れるザワザワという音は
波の音のよう
ほんのり暗さを失いかけた空が海面なら
ここは海の底で
儚い泡を唇からいっぱい吐き出して作る
わたしたちは‥魚かしら
ねえ、約束をしましょう
小指を固く絡めたゆびきりで
次の逢瀬は13月の銀曜日
きっとね
愛の結晶って重たすぎるんだよなあ
だから恋って欠片に換えて
少しずつ愛の結晶から出荷していく
オペレーターは大忙しで出荷先の
住所と今の恋愛度数を入力していく
恋のかけらは小さなものからおおきなものまで
品質がそれなりのものから良いものまで
自動コンベアーに載せられて機械の中を通り
値段がつけられる
この愛の結晶を求めて一時は核戦争が起きたけど
今は落ち着いて愛の結晶は全世界のものとなった
愛の結晶は一度に浪費しすぎると枯れてしまうので
そうならないよう完全なシステムが構築された
好きな人がいるならいったいどうすればいいのか
最愛の相手は誰がいいのか 愛の結晶は教えてくれる
その代わりにその愛がどこまでうまくいったのか伝えなければいけない
それが新たな愛の結晶の栄養源となる
明日は彼女の誕生日だから奮発して
上等な恋の欠片を買おう
それを僕の胸の中にある愛とかけ合わせれば
きっといい方法が還ってくるに違いない
愛の結晶よ あわよくば全ての恋を成就させておくれ
今回も読んでいただき誠にありがとうございます!
思いの丈を感じていただけて嬉しいです。
まだ幼い我が子へ手向ける意味も込めて書き上げました。
語りかけるように感情を乗せていくと、自然と平易なかたちに組上がり、言葉がするすると出てきました。
タイトルの「WILL」は調べていただいた意味の通りです。様々な意味を持ちますが、この詩にピタリと当てはまる言葉を見つけることができました。
また投稿させていただきます。どうぞ宜しくお願いいたします。
ご講評ありがとうございます。
二章の結句ですが、二章のどこかに「まわす」を入れないと構成自体が成り立たず、またあえてベタに最後に置くことで、再度一章部分を考え直してもらうという仕掛けでした。
とはいえ、読み手に合わせにいったと思われてしまうのは本意ではないので、うーん難しいところです。
ありがとうございました。
カーテンを開けたら殺される。
だから私はカーテンを開けない。
毎日誰かしらが、私の部屋に入ってくる。そして文句をつけて出ていく。
「薄暗い」
幼い頃母に言われたのだ。カーテンを開けたら殺されると言われたのだ。
今日も誰かが入ってきた。
友人だった。彼は盲いている。
外に出ないのかと彼はきいた。
出る日もあるよ。
私は絵を描いて生活していた。
毎日、正義がこの部屋を出入りしているんだね。うん。
彼は私に病院へ行くように勧めた。
私は今、病院で過ごしている。
毎朝、白衣を着た男や女がやって来て勝手にカーテンを開けるのだ。
私は叫んだ。叫ぶことが救いとなるのだと思って。
最初の数日間は大部屋で過ごしたが、やがて個室が用意された。他の患者にも、あなたにも我々看護師にも辛いからと院長は言った。私は、彼は優しいなあと思った。
カーテンが勝手に開けられることは無くなった。私は普通に暮らすことができている。こんな場所に来なくとも普通に暮らせるし、街へ出かけることもあるのに。
あぁ夜は怖くて暗くて不安で希望が無いけど、
確かに美しいのだ。
美しいはずだ。
ある日、盲いた友人が見舞にやって来た。
彼も私を心配する人間なので私は孤独を感じてしまうが私の理解者だと思う。
私たちが初めて出会った日、その友人は私に向かってこう言った。
私は目が良くないです。ほとんど見えないです。色というか、明るさはなんとなくわかりますので、それが、私の世界です。
私は彼の緑色の瞳を見ていた。
あそこに、あいつの世界があるんだ。
彼は、近いうちに食事でも行こうかと誘った。
病院の庭まで友人を見送った。
私は、あの優しい院長の顔を頭に思い浮かべていた。病室に向かって歩く私の体はオレンジ色のガラスのように染まっていた。
この度も、『名も知らぬ鳥』を丁寧にお読みくださり、ご講評をありがとうございます。
「いろいろ深読みができる広がりを持っている」と感じていただけたこと、また、最終連の表現に触れていただけたことを、とても嬉しく思います。
いただいたお言葉を大切に、これからも詩を書いてまいります。
「怪物」への感想をどうもありがとうございました。
言い間違いが多くて笑われることが多いのですが、それを詩に書けたら面白いのではないかと思いまして。
楽しんでいただけたようで嬉しいです。
違う系統の詩も書いていきたいと思っています。よろしくお願いします。
滝本政博様
拙作「間違い」にご感想とご講評をいただき、ありがとうございます。
佳作一歩前とのこと、精進します。
本作、ご講評で、全て解き明かされてしまい、補足することはありません。
aristotles200節を全開にしましたので、書いていて、とても楽しかったです(実は、お叱りをいただくかもと、冷や冷やしていました)。
歌、やはり詩に使うのは難しいですね。色々と変えてみて、このシーンに対して、一番ぶっ壊れている歌を入れました。
今回も、作品を深く読み解いていただき感謝します。
次回も、宜しくお願いいたします。
「鼓動」 梨乃さん
マイ・ディアへようこそ。
はじめての方なので感想を書きます。
空が鳴っている
雨は歌っている
空が泣いている
まるで自然が感情を持っているかのように描かれています。「僕」の感情とシンクロしているからでしょう。
作中「片方になった魂」とあり、引き裂かれた片方を求めて歩いています。
タイトルは「鼓動」です。「明日がまた来るのなら 生き抜いて見せる」と、いうように「僕」の中では鼓動が鳴っています。このように読んでゆくと、これはあきらめない希望の詩と言えそうです。
7行の詩ですが、行間を開けて、二連あるいは三連の詩にすると、読みやすくなると思いました。
空が鳴っている 僕の鼓動と同じように
雨は歌っている 価値を探しに出た僕に。
空が泣いている 僕を知っているかのように
明日がまた来るのなら 生き抜いて見せる
片方になった魂の足跡をたどりながら
僕は とぼとぼ歩いてる
また、逢えると信じながら
こんな感じでしょうか。
「名も知らぬ鳥」 ゆづはさん
佳作とします。
選び抜かれた端正な言葉で書かれた美しい作品でした。
テーマは生と死。あるいは孤独について書かれているのでしょうか。
いろいろ深読みができる広がりを持っていると思う。
ゆづはさん個人の抽象的な感覚を可視化させた世界がありました。
また、明けやらぬ夜から朝までの時間の経過が繊細に描かれていて素敵です。
とてもいいと思います。わたしの能力不足でこうこうこういうところがいいと、分析できないのが申し訳ないです。
空の皮がゆっくりとめくられる
名前を奪われた私が
沈黙の洞の奥で
ただ細く喉を鳴らしている
最終連は美しく特にすぐれていると思います。
「空の皮がゆっくりとめくられる」
夜が明けたのですね。時間経過の描写としてとてもいいですね。
「WILL」 上原有栖さん
お子様に宛てた心情溢れる詩と読みました。
変に捻ることなく、心のままに書かれていて読んでいて気持ちがいいです。
平易で真っ直ぐな言葉が雨のように愛しい人に降り注ぐ。
優しくて共感できる愛に満ちた作品でした。
構成がいいですね。
きみが大きくなるその前に
きみが大きくなったその後に
きみが家を去るその日には
その後にその全てを同列に受けるように。最終連がきます。読みやすくて親切です。
あと何回言えるかな
ずっとずっと大好きだってこと
タイトルの「WILL」は調べてみました。
「will」は、未来の行動や意志、予測などを示す助動詞、または「意志」や「遺言」という意味を持つ名詞、そして「決意する」や「意図する」という動作を表す動詞である。
この詩にぴったりですね。
「目をまわす」 三津山破依さん
二部構成の詩ですが
一、 くるくるくるくる
二、 日曜日の空
の、二つが付かず離れずの絶妙な感覚で並んでいていい感じです。
これはニュアンスの詩とでももうしましょうか、過ぎて行く日々を大げさではなく、少しだけ肯定的に描いています。
ドアノブ、ルーレット、独楽、傘、ドラセナの葉、ワイン、日曜日の空の色、等々、いろいろな小道具が登場して役割を果たして飽きさせません。
最後の一行
「しずかに目をまわす。」は
やや強引に前半の
一、 くるくるくるくる
に合わせに行ったような印象があるので。出来る事なら違う文章に変えられたらいいなと思いました。
最後はこんなにきれいに着地する必要はないと思います。
「間違い」 aristotles200さん
佳作の一歩手前とします。
平明な言葉で決して平明でない世界が描かれてゆく。ファンタジーと言うかスラップスティクな作品。
ショートショートのようにストーリーを持ちユーモアも感じられます。
ブラックな香味があり、面白く読ませます。
こういう言い方が許されるなら、エネルギッシュでアナーキーな作品。
紫色の靴は何かの比喩であるとか、そういうことはないと思いました。つまり不条理なことに、ただただ紫色の靴が我慢ならないのだと。そんなふうに読みました。
長編です。ラストのカタストロフへ向けてひた走り、パンクでラディカルな趣であります。
言葉が速射砲のように飛び出して、オノマトペも楽しい。
終盤
マイム、マイム、マイム、マイム
マイム、マイム、ベッサッソン
(水、水、水、水、喜びのうちに水を)
フォークダンスの定番曲が挿入されますが、いろいろとエスカレートした後でのこれですから、面白いです。喜びの歌!!
わたしも作品にウサギのダンス
ソ ソラ ソラ ソラ うさぎのダンス
タラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラ
脚で 蹴り 蹴り ピョッコ ピョッコ 踊る
や
しょ しょ しょうじょうじ しょうじょうじの 庭は
つ つ 月夜だみんな でて こい こい こい
おいらの 友だちゃ ポンポコポンの ポン
を入れ込みたいと思ったことがありましたがうまくいきませんでした。
これは蛇足ですね。すみません。
「怪物」 月のサカナさん
マイ・ディアへようこそ。
はじめての方なので感想を書きます。
これは楽しいね。
言葉遊びなんだけど、ユーモアたっぷり。楽しい妄想!新奇と驚異への志向!!
脳内で、ミケランジェロ氏と
フランケンシュタインが混ざって
ミランケンジェロ氏が誕生することが
…たまにある
ルネッサンス期に彗星の如く現れた
縫い目だらけの巨人の芸術家に
なってしまう
おもわず笑ってしまいました。ミランケンジェロ氏。
想像力がくすぐられます。
これは発見であり、書いていて楽しかったんじゃないかな。
詩の中にユーモアを持ち込むのはじつは難しい事なのです。この作品は成功していると思います。
構成もよく、最終連でさらに落とすところなど決まっていました。
言葉って面白いですね。二つの違うものの出会いによって詩が生まれるというのはシュールレアリスムの手法なのですが、こんな形もあったとは!
また書いてください。次はどんな詩が読めるのかとても楽しみです。
「鬼婆」 青山杜甫さん
作者の年齢、性別はわかりませんが、読者の年齢、性別の違いでも随分印象が異なる詩なのではないかな。
つまり、それぞれの立場で鑑賞できる作品だと思う。
振り返れば沢山の愛と格闘してきたのかもしれない。夫のために、娘のために。
それは輝きに満ちた記憶なのか。いまは一人である詩人の絶唱が響いてくる。わたしはそんなふうに読みました。
日常に潜んだ魔を鋭くとらえた詩と言えるでしょう。
最後の一行は、重く厳しい。
石垣りんの詩を思いだしました。
「シジミ」という詩です。短い詩なのでのせてみます。
夜中に目をさました。
ゆうべ買ったシジミたちが
台所のすみで
口をあけて生きていた。
「夜が明けたら
ドレモコレモ
ミンナクッテヤル」
鬼ババの笑いを
私は笑った。
それから先は
うっすら口をあけて
寝るよりほかに私の夜はなかった。
詩は経験と記憶力の勝負とも言えます。期待しています。
また書いてください。
・・・・・・・・・・・・・・・
閑話休題
そういえば「鬼婆」という映画がありました。
1964年のモノクロのホラー/ファンタジーです。監督は新藤兼人。乙羽信子と吉村実子が主演の近代映画協会の作品でした。面白かったです。わたしも古い映画を知ってるなー。もうお年寄り。