MENU
2,002,163
固定された投稿

★★ << 2つの掲示板のご案内 >> ★★

◆ここは「MY DEAR掲示板」です。
詩をある程度の期間書いている方、詩に意欲的に取り組みたい方、詩人に向け成長を目指す方はこの掲示板をご利用下さい。
あなたの詩をしっかりと読み、評や感想を、しっかりと書かせて頂きます。
ここから詩人として巣立った人は数知れず、です。あなたの詩を継続的に見守り、詩の成長を助ける掲示板です。

(あのーー、私が言うことでもないんですけど、詩は自由を旨としていますから、どこにでも投稿しようと思えば、投稿できないところはないんですけど、いきなり大きなところに挑戦しても、世の多くのものがそうであるように、ポッと書いて、ポッと通用する、ポッと賞が取れる、なんてことは、まずありえないことというか、相当に稀有な話なのです。
やってみることは止めませんけど、大きなところのノー・レスポンスにがっかりしたら、
あきらめてしまう前にMY DEARに来ませんか?
MY DEARは投稿された作品全部に評をお返しします。
本来、こつこつ実力をつけてから、賞などに挑戦するのが、スジだと思いませんか?
MY DEARはあなたのこつこつを、支援するところです。)

なお「MY DEAR掲示板」では、新規ご参加の際に、ペンネームとメルアドの届け出が必ず必要です。
これは掲示板内の安全を守るため、管理人に限って把握させて頂くものです(他へは一切出しません)

 ★★新規ご参加の際は、★★
 HP(掲示板上の「ホーム」ボタン)の、トップページ右側にある管理人リンクから、必ず届け出をお願い致します。
 これは参加者全員にお願いしております。
 

◆初めて詩を書く方や、おっかなびっくり詩を書いてみようかなあーという方、
「MY DEAR掲示板」ではハードルが高すぎるよと感じる方には、別途、

   <<初心者向け詩の投稿掲示板>>
https://www3.rocketbbs.com/13/bbs.cgi?id=mydear

をご用意しております。(上記リンクから飛んで下さい)
こちらは、「メルアド届け出不要・いきなり書き込みOK・出入り自由」ですので、
なんら気にするところなく、いつでも詩を書き込んで頂けます。
誰でも、どんな人でも、気軽に詩に親しんでもらうための掲示板です。学生さん、小中学生の方も歓迎です。
投稿された詩については、詩を読んだ感想を、レギュラーメンバーの誰かが、手短なコメント(5行程度)で返してくれます。

どうぞご希望に応じて、各掲示板をご利用下さい!!!

編集・削除(編集済: 2026年04月17日 03:38)

島 秀生様 お礼です。  三津山破依

ご丁寧なご感想をいただき、ありがとうございます。
料理の部分についてのご指摘、なるほどと思いながら拝読しました。自分なりに意図していた部分もあるのですが、読み手によって受け取り方が変わる点も含めて、とても勉強になりました。
精進します。

編集・削除(未編集)

御礼 島 秀生様  aristotles200

島 秀生様
拙作「レプリカ」にご講評とご感想をいただき、ありがとうございます。
秀作とのこと、励みとします。

本作、主旨は、偽物でも本物と変わらない、本質は、どう生きて、どう死ぬか、そして次世代に繋いでいくかが、真の本物である(初稿)でした。

推敲を28回行い、初稿から見ると、もはや何を述べたいのか、上下を入れ替え、接続詞、形容詞等の言葉を削り、最後には骨しか残らない詩になってしまったようです(それを良いと思った自分もいます)。
オリジンは、26回目で加えた後付けです。
ご指摘の通り、意味は繋がりませんね。

スランプ(ずっと続いていますが)のようですが、諦めずに詩を書き続けます。
推敲、15回くらいにして抑えてみます。

ご指導、ありがとうございました。
次回も宜しくお願いいたします。

編集・削除(編集済: 2026年04月16日 00:04)

島秀生様  評のお礼  松本福広

言い訳……正直いつもしたい……という本音は置いておいて。ありがとうございます!

島さんが評の時に、平仮名が主になる詩で行きたかったので、今回投稿させていただきました。
課題は残ったけど、秀作プラス⭐︎なかなか良い評価じゃないか?と思う訳です。
平仮名の詩も自分の持ち味の一つにしていきたいところ。
他にも島さんのところで投稿を試みたいのは、色々ありますが。その内、茨城、埼玉、群馬、栃木……どこかを舞台にした詩を書きたいななんて思っています。
また次回もよろしくお願いします。ありがとうございました。


【追記】
件名、誤字あったためお詫び申し上げます。
(誤)島秀夫様 → (正)島秀生様
申し訳ありません。

編集・削除(編集済: 2026年04月16日 08:09)

評、3/27~3/30、ご投稿分。  島 秀生

たいへんお待たせ致しました。
いつも遅くなって、申し訳ないです。

●ゆづはさん「生活を編む」  

5連の、

 愛の正体を
 探し続けた日々を越えて
 今では
 肺の奥まで呼吸が届く

この表現ステキですね。
距離の近接感と、深さの程度の違いを感じます。

また、続く6~9連もステキですね。私、賛同します。
12連の、

 永遠を誓う代わりに
 今日という手垢のついた一日を
 丁寧に手渡そう

これもステキですね。
ゆづはさんの詩にはいつも「美」があります。

一方で初連から続く数連に、これまでの恋に対する姿勢の経歴が述べられていて、とりわけ4連と5連の差異に、乗り越えた先にある、ホンモノとの出会いを感じます。

うむ、いいね、おまけ名作を。

一点気になるのは、ここなんですが、

 あなたの欠落と
 私の消えない戸惑いを

「あなたの欠落」っていう言い方をしてしまうと、あなた自体がもういなくなってる人のように読めてしまう。

全体の文意からすると、そうじゃなくて、おそらくここの2行は、お互いの欠点を言いたいんじゃないかなと思う。
1行じゃなく、それぞれ2行使っていいから、どういう種類の「欠け」なのか、もうひと息細部に落として下さい。細部で書いたほうが、欠けてる「部分」とわかっていいと思う。
そしてそれもまた、夫婦にとっては、ご愛嬌の一つにすぎないと言えるものでありましょう。


●Emaさん「おためごかし」  

なるほど、これは統一教会の二世問題を題材にされているようですね。もしかしたら統一教会に限らない宗教的ものとして書かれてるかもしれませんが。
まあ、どの家にも家の宗旨みたいなものが正確にはあるんですが、それこそ葬式の時にお坊さんを呼ぶまで、自分の家の宗旨がどこなのかわからないような、ゆるっとした宗旨もあれば、生まれた時から、埋め込まれてしまうような強い宗教もある。統一教会なんかは後者の典型ですね。親が狂信的なので、当たり前のように子供を巻き込み、物心つかないピュアなうちから、その信じ方、考え方を強制するわけです。
しかしながら、その裏で宗教団体の肥え太ってる姿を見ると、自分たちの利害のために利用されてるだけではないかと疑わないではいられない。自分たちの利益のために、まことしやかなことを信じ込まされているだけではないのか。実際、統一教会についての新聞報道を見ていると、そうとしか思えない。それを「おためごかし」という言い方で批判されているのが、この詩なんだろうと思います。

ただ、「罫線」の意味については、もう少し幅広いかもしれません。親のエゴで、子供を赤ん坊のうちから巻き込んでしまう強い宗教的なもの、あるいはもしかしたら強い思想的なものも含まれているかもしれませんが、そうした親から子へ、強制されたものを指しているようです。

また、これは単に社会問題の時評ということでなく、

 (何人も)罫線入りのノートをもっている子

に出会ってきたこと。

 成人を迎えた頃
 ノートの線を懸命に消している子がいた
 
ことを重ねて、友人・知人体験として書いてくれていることで、説得力を持つ人間物語になっています。

言われてみれば、いつも真っ白いページから埋めてこられたのは、幸運な育ち方をしたってことなんですね。なるほどです。

しっかり書いて下さっている大作です。思考も深い。
名作を。
また、現時点、Emaさんにとっての代表作に挙げていい作品ではないでしょうか。

細かいとこ一点だけ。
ラストの1行ですが、
「せせら笑う」には動詞形があるんですが、「うすら」の方は「薄ら笑い」の名詞形しかないのです。「薄ら笑う」だと俗語になるので、「薄ら笑いを浮かべている」で使う方がいいです。


●光山登さん「沈黙を学んだ冬」  

今回はちょっとハードボイルド調で来られてる感ですが、
各センテンスとも、ちゃんと比喩を踏んでいて、意味が通っています。情景や色彩感もあるし、もちろん話の骨子もある。欲望に任せた罪意識のようなものが描かれています。

また、2連で書かれていることは、まさに「沈黙を学んだ」、沈黙に辿り着いたということなのでしょう。この連は秀逸ですね。
書き方として、この詩はこれ以上、大きくしにくいものがあるし、この詩はこれで出来上がりでいいんじゃないでしょうか。
光山さんなりに、よく推敲を重ねられた作品と感じる。よく書けています。進歩がありました。
きょうは掛け値なしの、秀作を。


●上原有栖さん「nothing」  

いいね!! 
終盤になって、「棺」や「亡くす」などの言葉が出てきますが、そこがこの詩の解答であり、本論でもあるのでしょうが、すぐそこに話を固定しないように書かれているのがいい。
前半はただ透明人間になった「あなた」と話すような不可思議な世界観と正体のわからない寂寥感に包まれている。それは死というよりも、異次元の存在になったかのような去り方、別れ方の感覚で読める。いずれにせよ、いないのにはちがいないんだが、悼む、悲しむというより、空虚が鳴り響いている。
それは生死を問わず、いろいろな別れ方をした人を思い出させ、共感させてくれる。
ある意味、亡くなった人を悼む、既存の形、固定された形に、終盤まで入ってこないのがいい。ただ寂寥感に包まれた空虚な世界を、7連までは味わわせてくれる。無色透明な時間が流れ、主人公もなにか動作をしたり、つぶやいたりするんだが、全部が無為に空を切っている。そうした様子を読者側として想像する世界観の広がりが、この詩にはあります

出だしの、

 あなたが透明になった世界では

もいいし、
4連の、

 いつのまにか左胸には
 ドーナツの穴みたいな
 何も無い空間が生まれて
 そこにはあなたの影だけが
 まだ消えないで腰掛けている

の表現も、おもしろかったです。
「R.I.P.」は、安らかに眠れの意ですね。リップクリームはそれと絡めているわけだ。
8~9連、甘ったるくなりすぎてるのが、やや気になるんだけど、流れで読めるから、まあ、いいとしましょう。
名作を。


●三津山破依さん「わたしがむせてるのはお酢のせいです。」  

おっと、トマトと黒蜜、意外な組み合わせだ。でもアリらしい。

冒頭行のインパクトがいいですね。

 玉ねぎをあなたに贈ろう。

 きゅうりをあなたに贈ろう。

もうこの1行だけで、パッと詩が広がる気がする。
それに語り口がやさしいのがいいですね。
ただ、それぞれの連の内容はお料理ネタonlyになってるんですが、「あなた」の感情を絡めて書いてもいい気がする。「~して、切ないあなたに玉ねぎを」みたいな感じ。で、料理を述べて、それによってあなたの表情が変わるような、連のシメで。

冒頭行からは、そんなイマジネーションが広がるのです。料理ネタonlyだと、ちょっともったいない気がしました。もしかしたらバックボーンにそういう気持ちもあって書かれてるのかもしれませんが、その情感が詩行に入ってきてもいい気がしました。

詩行自体は料理ネタしか書かれてないため、現状、暗喩と呼ぶには、少し距離が遠いのです。

あと、意識されてるかどうかわかりませんが、

 あなたが泣いているのは
 玉ねぎのせいですか?

 わたしがむせているのはお酢のせいです。

が、対の言葉になっているので、
この対部分が、連の前半と考えて頂いて、連の後半部だけ、終連に置いてもいいと思います。

新たに連を起こしたような、

 昨日、あなたは何をした?

の1行から始めなくても大丈夫、という意味です。

料理ネタの詩、いいと思いますよ。私も好きです
今回は私は初めてなので感想のみになりますが、しっかり書かれている方なので楽しみです。


●松本福広さん「言い訳」  

「 」部分がおとうさんの言葉だと思うのだけど、
そこは良いのだけど、問題はそのあとで、そのあとの2連は、そこから転じたロジックで、主人公が作戦を練っているように思えるものだし、

 たまたま まちがいが
 ここに しゅうちゅう しただけなのです。

これなんかは典型的で
トドメは、「これで だいじょうぶなはず。」と、作戦を考えた証拠となる言葉も、自ら吐いている。

なので、そのあとの、おかあさんとの場面でも、その「予定していた作戦感」を出す必要があると思うよ。

この流れで行くと、終連の初行は、

 予定していた おとうさんのことばを いったら
or
 作戦通り おとうさんのことばを 言い始めたら

こんな感じの方が合うと思う。


しかしながら終連は、素直な疑問になって終わってるので、この終連から言うと、むしろ先の2連の方が「作戦的」過ぎで、
そこ、もうちょっと素直な信じ込みで書いたほうが、終連との相性はいいとも言える。

 そうだ こどものうちは いくらまちがったっていいんだ
 おとなになるために まちがえるんだ
 まちがいをみとめられる にんげんになるんだ

 おとうさんがいってたんだから まちがいない
 ぼくは じしんまんまんで
 おかあさんに いどむ。


こんな感じ。

どっちかの調整がいりそうに思うので、ま、ちょっと、そこ提案しておきます。

あとはおもしろいと思います。
とりわけ、初連の後半と、うしろから2連目が良かったです。
秀作プラスを。


●aristotles200さん「レプリカ」  

最後の

 たった一つのオリジン

が、ちょっと意味わからない。

 本物たちは
 本物の太陽に
 呑み込まれてしまった

で、オリジンはなくなったかに思うのだが、
そして

 巨大な
 レプリカの船は
 宇宙を進む

で、つまり、レプリカばかりの世界になってしまったかの意に思うのだが、
終連では、

 たった一つのオリジン

と、そのレプリカの船の連を指して、言っているかに読める。
このロジックがよくわからない。
「本物」のところも「本物たち」と複数形にしてるから、それに対しこっちは「たった一つ」と単数形だから、そこに係るとも思えないし、
また、「*」で、この3つの連は区切られているから、そこ以外に係ってるとも思えない。

この終連は、この書き方ではちょっと意味わかりかねます。
(精一杯良心的に読んで)レプリカが、もはやオリジンにかろうじて繋がるたった一つのものであるって言いたいのかしら??? 
この書き方では、その意に取るのも難しいですね。

全体として偽物への批判精神で一本貫かれてる詩だと思うんだが、
3連も異質で、

 偽物でも
 何処か
 本物の匂いを纏う

これって、否定してないんだよね。いいとこもあるよって書いてる意なので、この連だけトーンが違うので、この連の位置づけもよくわからない。

詩では、一般的には接続詞がなるべくない方がいいんだけど、
とりわけ短めタイプの詩を書かれる人は、接続詞を嫌う傾向にありますが、長めの詩の場合はそうもいかないんです。また、凝縮や省略の度合いも両者は異なりますから。基本的に両者は書き方が違うものだと理解された方がいいです。
また、接続詞を全部なくしてしまうと、次の連との関係が順接なのか逆接なのかもわからなくなるんで、順接は略せても、逆接は略せない場合がままありますよ。読み手任せにして、受け取りが180度変わってしまうような場合には、私は接続詞やっぱり入れた方がいいと思うんです。

この詩、この2箇所が引っ掛かりましたし、解釈しかねたので、
とりあえずそこを除いて読みまして、
まあ、具象的なところでは、国によってキャラクターグッズのニセモノが溢れてる国もあるんですが、この詩はもうちょっと抽象のところで書かれていて、たとえばすっかり画像・映像に慣れ親しんでますが、それとて生身のその人じゃないという意味ではレプリカですし、今の世の中を形成する多くのものについて、言ってるように思われ、読みました。
趣旨を買って、秀作とします。
作品的には、もっと順をおって、丁寧に書かれた方が良かった。
今回は、故意に違う書き方を試されたところもあるなあと思っています。

編集・削除(編集済: 2026年04月16日 03:37)

雨を歩く  aristotles200

雨靴と
雨傘をさして森を歩く

薄い靄
水滴が傘に当たる音
黒く濡れたアスファルト

雨に散る
花びらを眺めながら
薄緑の桜並木を歩く

雨と濡れた森の匂いを
吸いこみ
ゆっくりと森に戻す

溜まった
人間の喧騒と穢れ
嫌悪を
薄めている

ビニール傘を下ろし
雨粒を
一つ一つ顔に感じ
空を見つめる

人間が
人間にする
愚かさと哀しさを
洗い流している

雨と私が
ここにいる

編集・削除(編集済: 2026年04月14日 10:14)

白い名札  松本福広

まっさらな布がある。
一本一本の糸が始まりの色で
紡がれている。
始まりには二つ意味があるだろう。
スタート。あるいは、リセット。

令和と元号が変わった翌年の2020年。
雑然と作られた街中に、
織り込まれていた人々が
ほつれて、まばらになるように……
白は意味を変えていく。

赤も、黒も
白に染まるような
街並みを滅菌で望むような白が漂う。
不織布で覆われていく過程で
隔離や排除の声が染み込んでいた。

外側にも、内側にも消毒を促すような日常が
今までを「以前」と裁断した。
粗末な布も幾重にも重ねれば
鉄にも似たような圧の声になる。
その群れは白を極彩色に汚そうとする。

以前と呼ばれた頃、以後と呼ばれた場所
その中間。
あの時の興奮は異物だったようで
潔白の白に狂騒の針が刺さる。
浮かび上がる赤……血を流したものがあった。

アルコールスプレーによる
永遠の凪のにおいが布に染み込む。
今まで意識されなかったものが
汚れと認識されて
別の形に拭おうとする。

過去を見て
当時の流行りの模様を知れても
その質感までは伝えにくい
今を見れば自身が帯びていた熱すら
漂白するように明日へと流していく。

白が変容していく過程を
忘れたくないから
自分の心臓に縫いつける。
名前すら残せない私が
この時代に生きていたという名札だ。

編集・削除(編集済: 2026年04月14日 04:03)

迷探偵とドジな学者  月森うさこ

突然、ここに置いてあったコーヒーが溶けてなくなった
共に食べようと用意したガトーショコラ
行き場を失いどこか悲しそうにお皿に残った

突然、ある学者の論文が盗まれた
共に研究していたラブラドールは
犯人の臭いを覚え不満そうに探しに行った

溶けて消えていったコーヒーも
盗まれた論文の行方も あっという間に
ラブラドールが見つけてしっぽを振ってお座り

学者が楽しみにしていたコーヒーも
学者が心血注いだ最高の論文も
助手のラブラドールが見つけた

ガトーショコラのもとにコーヒーの帰還
待っていたよ、と喜びを隠せない
学者の安堵な顔をみてワンと鳴く

我に返った学者は考えた
コーヒーはなぜ溶けてきえたのか?
論文はなぜ狙われたのか?

ラブラドールはにやりと笑った
研究室には学者が爆睡しており
そこには真っ白な論文と床に落ちたカップがあった

編集・削除(未編集)

三浦志郎 様  お礼

ありがとうございます。
タイトルは「こいごろも」になります。
かぐや姫に恋した男の物語なのか、ロミジュリの無理心中なのか、神にささげる生贄なのか
この物語の男は読み手によって変わるようにしました。

他の方々への挨拶周りの寄稿を終えましたら
また送らせていただきます。

編集・削除(未編集)

三浦志郎 様  お礼  Ema

こんにちは。このたびは貴重なお時間をつかって「メッセンジャー」にご感想と評をくださりありがとうございます。
仰られるように、マンションの踊り場で桜の花びらがくるくるとまわっているのを見てこちらの詩を書きはじめました、ほぼほぼいただいたご感想どおりの感覚です(私にはこんなに美しい表現ができませんが…精進いたします)。投稿した翌日には葉桜になっていたのですが、潤沢といわれる神奈川のダムの水位にはらはらしながら過ごした2月、桜の枝に紅みがかるのを今か今かと待った3月、そんなことを思い返しながら綴りました。またどうぞよろしくお願いいたします。

編集・削除(未編集)

感想と評 4/3~4/6 ご投稿分 三浦志郎

1 月森うさこさん 「恋衣」 4/4 初めてのかたなので、今回は感想のみ書きます。

「こいごろも」という発音でいいでしょうか?だとすれば、語呂も柔らかく優美な詩情もあります。
説話・民話・伝承などの要素。和風ファンタジーの要素。これらが背景にあります。そんな環境の中でストーリーが優美に幻想的に品格ある詩行で語られます。この一詩に限って言うならば、こういった感覚の詩の作り手は、僕はあまり出会ったことがないです。
貴重な感覚の持ち主です。
生娘を背に負い船を出すのが主な情景です。人はその美しさを思い祝福します。やがて家に着き、娘の妖艶な佇まいが描かれます。
密やかなことがあったのでしょう。
その後は「生娘捧げて」―表現が「~捧げて」に替わっています。「初めてを捧げる」―これは媾うことを連想させますが、どうもそれだけではなさそうで、「最後の想い」「神の元」「神の使い」から読み取れるのは密かな心中とか人身御供(例 人柱?)のようなものを連想してしまいます。
ストーリーや場面の切り取り方もサイズから見て適切です。
この詩は美しいですが明るくはない。「美しい=哀しい」そんな感覚。もっと言うと、不吉な予感さえします。そういった感覚が、
あくまで美しい文体で書かれているのです。空恐ろしいことです。
ですが、それがこの詩の個性であり、一種の魔力です。しかし、この一作ではまだよくわかりません。ぜひ、また書いてみてください。


2 Emaさん 「メッセンジャー」 4/4

「非常階段」―とありますので、非常に具体的なある場所で、ふと感じた所感が詩として生まれた、そんな気がします。そう、雛人形とさくらが一致しないのはちょっと残念ですね。けれど、人形を片付けた頃から人はさくらを思い始め、さくら自身も“ひと雨ごとに”その準備を始める。日本では、“ひと雨ごとに暖かくなる”とか申します。まさに雨は、花の、季節のメッセンジャーであるでしょう。
そんな経緯が優しく穏やかな詩行で描かれます。それまでが前半。
2行空けての後半。やはり非常階段。場所は同じですが、時は動いて、花、咲きこぼれる。
「あの舞の中に~戻ってこられないかもしれない」ここの意味の取り方が多少、分かれるかもしれない。僕が感じたのは「この美しい光景に捉われ過ぎると、人は美に耽り虜になって前に進まなくなるだろう」そんなことを考えていました。物事は運ばれねばならない、その為の雨であり風であり、それらが季節へのメッセンジャーであり導き手なのでしょう。前回の雪の日選挙、今回のほぼリアルタイムの桜。身近なことを優しく語れる、今をそんな風に見ています。なかなか良いのですが、評価の初回は恒例で佳作二歩前からでお願いします。


3 埼玉のさっちゃんさん 「生きている」 4/5

常にシンプルで思いを素直に表現するその作風はすでに定評であり、僕も愛好するところです。
その日は、ちょっとついてなかったのかもしれない。だから、反作用で逆のことを思う。
そうですね、そうあるべきですね。「小さな幸せ~~~必ずいてくれる」。ちょうど詩の主要部分を成しています。ここは全て良いのですが―
「一生懸命なのを見てくれている人は必ずいてくれる」が最も好き。それを願うかどうか、それを目指すかどうか、で生き方の質はだいぶ違ってくるだろうと思います。たとえば、誰かが「ああ、あの人はとても〇〇だから」と言ったとします。その○○に入る言葉が前向きだったり、評価する形容詞だったら、さしあたっての努力は報われたことになるのではないでしょうか。
もうひとつ、この詩で考えていたことは「若さ」ということでした。この言葉は相対的で曖昧なものですが、僕にとって具体的に言うと「現役世代の若さ」、そんな感覚です。若さにふさわしい思いですね。現役をとうに過ぎた僕はこういった感覚を殊更持ったりすることが少なくなりました。だから、こういう詩は書けないし、ちょっと羨ましいですね。甘め佳作を。

アフターアワーズ。
終わりは同じフレーズで、ちょっともったいないかな?バリエーションをつけてもいいでしょう。
いつも通り、素直なものでいいですよ。


評のおわりに。

「三浦大根」

3月30日付、皆伝者・源田晶子さんのコメント投稿に「“三浦大根”という題で書こうかなと思ったこともあります」というのがありました。ありがとうございます。面白かったですね(大笑)。
この白首系大根は過去に隆盛を極めましたが、今の出荷量はご当地三浦半島でも1%程度に激減して今は青首大根にその首座を譲っています。ただし地元の歴史的名産品なので完全消滅はさせないそうです(主に年末~正月用に出荷)。
そこで僕が思い出すのは、司馬遼太郎氏が三浦半島を取材で訪れた時、土地の人から三浦大根料理の振る舞いを受け、感慨を記していることです。それが大根のように味が染みた一文なので、少し長いですが、引用したいと思います。
「日本国語大辞典をひくと、ちゃんと出ていた。三浦半島中南部で多く栽培される品種で、根は円柱形をなし、尻まで肉付きがいい、という。甘味があり、主として煮て食べる。沢庵にもいい。みごとな大根料理だった。ナマスもあれば、つけものもある。さらにぶあつい水煮の大根をミソで食べ、あわせて醤油で煮たのも頂戴した。十分に三浦大根を賞味した」 (「街道をゆく・三浦半島記」朝日新聞社・1996年6月初版)
ただし、かく言う僕は大の大根嫌いです。かくして、この一文は大根の大きさ・太さのような矛盾をはらんでいるものなのです(苦笑)。  では、また。

編集・削除(編集済: 2026年04月10日 17:26)
合計6820件 (投稿6820, 返信0)

ロケットBBS

Page Top