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編集・削除(編集済: 2025年01月02日 01:55)

感想と評 1/13~15ご投稿分  水無川 渉

お待たせいたしました。1/13~15ご投稿分の感想と評です。コメントで提示している解釈やアドバイスはあくまでも私の個人的意見ですので、作者の意図とは食い違っていることがあるかもしれません。そもそも詩の解釈に「正解」はありませんので、参考程度に受け止めていただけたらと思います。
 なお私は詩を読む時には作品中の一人称(語り手)と作者ご本人とは区別して、たとえ作者の実体験に基づいた詩であっても、あくまでも独立した文学作品として読んでいますので、作品中の語り手については、「私」のように鉤括弧を付けて表記しています。

●ゆづはさん「沈黙の真珠」
 ゆづはさん、こんにちは。この作品は切ない愛の物語を美しいイメージで綴っていますね。長い長い孤独の中で育まれていった「わたし」の感情。その愛の対象である「あなた」は最終的に去っていきますが、すべてを失った「わたし」には一粒の真珠が残される……。
 最終連は痺れました。真珠は貝の中に入った異物の周りに長い時間をかけて炭酸カルシウムとタンパク質の層が形成されてできるものですが、この詩で描かれている孤独や苦しみが核になって美しい何かに変わる、これは素晴らしいメタファーだと思います。これは他のどんな宝石でもなく、真珠でなければならないのでしょう。ポーは「詩は終わりの一行のために書け」と言いましたが、この終わり方は文句無しに素晴らしいと思います。
 このフィナーレと全体的な雰囲気は素晴らしいと思うのですが、具体的な詩の構成に目を向けると、今回の作品はややぎくしゃくした印象を受けました。
 1~3連で「わたし」は光の届かない「深海」にいます(ちなみに、深海の水の色は「紺碧」ではないと思います……)。しかし4連以降では「わたし」は海岸に立って海を見ているようです。「潮騒」、「嵐」、「船影」、「寄せては返す波」といったイメージは海面より上の視点を前提としています。視点の移動はもちろんあって良いのですが、この作品ではその切り替わりが唐突で不自然に思えました。
 深海で「あなた」を待っていた「わたし」が船の上にいる「あなた」に会いに海面に上がってくるとか、あるいは最初から「わたし」は海辺にいるのだけれども、その想いは深い海の底にある、等、いろいろ方法は考えられると思いますが、何らかの形でこの2つの部分を自然につなげる工夫が必要かと思います。パートごとに取り出すと海に関するイメージを用いてよく書けているのですが、全体として通して読むとちぐはぐな感じがしてしまうのが残念でした。
 とはいえ、最初に申し上げたように、終わり方は素晴らしいですし、ゆづはさんらしいダークで幻想的なイメージに溢れた作品ですので、全体の構成を見直していただくと、とても良い詩になると思います。ぜひさらなる推敲をおすすめします。そのような期待を込めて、評価は佳作一歩前とさせていただきます。

●上原有栖さん「望郷」
 上原さん、こんにちは。これはストレートで心温まる作品ですね。幼い頃遊んだ公園が今はなくなり空き地になっている。その前に佇む「僕」は、明日には遠いところに旅立とうとしている。「僕」は遠い記憶を噛み締め、離れても決して忘れないことを誓う……。評者自身も幼い頃住んでいた団地の跡地を訪れたことがありますが、古い建物が取り壊されてまったく新しい別の土地になってしまっているのに、えも言われぬ感傷を覚えたことを思い出しました。「僕」という代名詞や、ですます調のやさしい語り口もこの詩の雰囲気にぴったりだと思います。
 この詩で唯一気になったのはタイトルです。「望郷」という言葉は通常遠くにある故郷を思いやる心を表していると思いますが、この詩ではかつての公園はもうないとは言え、その場所の前に立っている設定ですので、「望郷」とはちょっと違うのではないかと思いました。強いて言えば、ここから遠く離れても望郷の念をいつまでも抱き続けるだろうという未来への確信が語られているとも考えられないことはありませんが、やはり最後まで違和感は残りました。
 重箱の隅をつつくような指摘と思われるかもしれませんが、タイトルは詩全体の理解やイメージを左右する重要な部分ですので、もっと良いものがないか、考えてみてください。評価は佳作半歩前です。

●aristotles200さん「生きる」
 aristotles200さん、こんにちは。今回は明確にSF的な作品ですね。前半の、ロビンソン・クルーソーを思わせるサバイバル生活の描写は一見古代人の暮らしを描いているようにも読めますが、「昔、聴いた音楽」や「昔、見た光景」など、語り手がかつては今とは異なる環境に生きていたことを示唆しています。そして後でこの場所が地球ではない(三つの月を持つ惑星である)ことが分かるのですが、たとえば初連で川から釣り上げた生き物を「魚」と書かず「大物」とだけ書いているところなど、細かい部分がよく書けていると思います。
 後半では、この語り手は宇宙船の事故で見知らぬ惑星に不時着した人物であることが明らかにされます。高度な科学技術を持った(未来の)人間が不慮の事故で原始的な生活を強いられるとか、冷凍ポッドで300年眠り続けるといった設定はSFでよく見られるものですね。
 この作品は評価が難しいです。私は若い頃SFが好きでよく読んでいたので、SFと詩の融合という試みには心から拍手を送りたいと思います。その一方で、ただSF的なストーリーを行分け形式で書いただけでは詩としての魅力は十分に発揮できないようにも感じています。SFも詩も異化(見慣れた現実を見慣れないものとする)という作用を持っていますが、その方法は異なっています。SFの場合は現代より遥かに進んだ科学記述という仮説の上に現代の生活を見慣れないものとしていくのに対して、詩の場合は言語と感覚そのものを変容させることによって現実を異化するものだと思います。そういう意味で言うと、今回の作品は残念ながらSF的なアイデアに倚りかかりすぎて、詩としての味わいが薄くなってしまったように感じてしまいました。
 さらに、いつものaristotles200さんらしい、哲学的に考えさせられるような深みがあまり感じられなかったのが物足りなかったです。特に終わり方は簡単にすぎる気がしました。タイトルでもある「生きる」の意味するところを後半部分においてももう少し深めていただけると良かったのではないかと思います。
 繰り返しますが、SF詩が悪いと言っているのではありません。むしろ大いに追求していただきたいと思いますし、aristotles200さんの詩風からどんなSF詩が生まれてくるのか、楽しみにしています。今後の作品に期待して、今回は佳作一歩前とさせていただきます。

●荒木章太郎さん「沈黙」
 荒木さん、こんにちは。とてもシリアスな主題について、丁寧に作り込まれた作品だと思いました。生きることには苦しみが伴います。この世界に満ちる苦しみに対して、それが何の意味を持つのか、問いかけるのが人間だと思いますし、ある意味それは詩を含めた芸術一般の最重要主題の一つだと思います。
 この作品では苦しみに対する答は「沈黙」です。「静寂」ではなく、語ることができるはずの誰かの「沈黙」。では誰の沈黙なのか? 人間一般とも考えることができますが、この詩では「神は/沈黙している」と語られます。これを読んで、私はカトリック作家であった遠藤周作の小説『沈黙』を思い出しました。この連以降、後半ではこの「神の沈黙」を巡る考察が展開されているように思いました。
 けれども、この詩は「沈黙」だけでは終わりません。沈黙イコール虚無ではないと言われているようです。そのことが最後の4連で展開されています。意味は分からないけれども「俺はなぜか、生かされている」。その問いの答は

そばにいて耳を傾けている
そばで受け止めている
――そう
信じるしかない

の連に見出されますが、これがこの詩の心臓部ではないかと思いました。「俺」のそばにいてその存在を受け止めている存在は誰か? 前後の表現からして、これもやはり「神」なのではないかと思いました。ちなみに上記遠藤周作の『沈黙』においても、実は神は沈黙していないということが主題になっています。世界の不条理の中で、誰かが(あるいは何かが)自分の存在を受け止め、支えていてくれる、そう信じることが、生きる力を与えてくれるということかと思います。
 良い意味での宗教性をたたえた、深みのある作品であると思います。技術的にも、似たような表現を少しずつずらしながら繰り返すことで意味を深めていく技法が多用され、効果を上げていると思います。評価は佳作です。

●喜太郎さん「TKG」
 喜太郎さん、こんにちは。これは「飯テロ詩」とでも言うべきジャンルでしょうか、読んでいるだけで卵かけご飯が食べたくなるような、そんな作品ですね。
 詩はありふれた日常の中に非日常を見出すレンズだと私は考えていますが、卵かけご飯(TKGという俗称もどこかユーモラスで面白いですね)を食べるという、誰もが一度は体験したであろう行為を、食べている語り手の感覚も含めてここまで詳細に描写するのはとても詩的な行為だと思いますし、そのような言語化を通して初めて味わえる感動のようなものがあるのではないかと思います。
 ただ個人的にあえて欲張ったことを言わせていただくと、卵かけご飯を食べて美味しかったというだけにとどまらず、そこからさらに一歩踏み込んで、人生や世界に関する何らかの洞察を含めていただけるともっと良かったのではないかと思いました。この詩を拝読して、長田弘が書いた一連の食べ物に関する詩を思い出しました。『食卓一期一会』という詩集にまとめられていて、文庫でも読めますので、参考にしていただければと思います。
 そのことを提案させていただいた上で、日常における小さな、でもリアルな幸せをストレートに伝えてくださった詩として評価させていただきたいと思います。最初に「卵かけご飯が食べたくなる」と書きましたが、実は作って食べてしまいました。これはまさに詩の力だと思います。評価は佳作です。

●TICOさん「儀式」
 TICOさん、こんにちは。MY DEARでは以前から書いておられる方のようですが、私が担当させていただくのは初めてですので、感想を述べさせていただきます。
 散文詩の形式で書かれていますが、ウイスキーのオンザロックを作って飲む――そんなありふれた行為を通して、日常的な現実がふと変容する様子を描いた興味深い作品ですね。かき混ぜるためにマドラー代わりに使われる箸や「使い古した台拭き」がリアリティを出す良い小道具になっていると思います。
 「私」はひとりで部屋にいてオンザロックを作っているわけですが、透明なグラスとそこに満ちているウイスキーを通して向こう側を見ています。でもそれは「グラスの向こうの何かがぼんやりとした私を見透かしていた」のだと語られます。後半でも「グラスの底が私を覗き込んだ」という描写がありますが、主体と客体が逆転する不思議な感覚が読んでいて心地よかったです。
 出来上がったオンザロックを飲む描写においても、グラスの底や向かいの壁の見え方がどのように変化していくか、丁寧に描かれています。もちろんアルコールによる酔いが認識を変化させるということも含まれているでしょうが、「私」にとって酒を飲むという行為は「私の中にあるそれ」を注ぎだす「儀式」なのでしょう。「それ」が何なのかは語られませんが、さまざまな解釈を許容しているように思います。
 どんな儀式にも始まりがあり、終わりがあります。台拭きの「待機」はこの非日常の時間が終わりを告げ、日常に戻っていくことを暗示していますが、それだけこのひとときの特別な意義を際立たせているように思いました。そのように考えると、この詩における「儀式」の始まりは「テレビを消す」動作のように思います。だとすると、テレビを消すのはもっと前に持ってきても良かったかもしれないと思いました。
 短いけれども味わい深い作品をありがとうございました。またのご投稿をお待ちしています。



以上、6篇でした。今回ははからずも同じような主題の作品が複数重なって興味深く読ませていただきました。ただ主題は似ていても、作者によって取り上げる素材やその切り口がまったく違うので、読み比べる楽しみもありました。今回も素敵な詩との出会いを感謝します。

編集・削除(未編集)

ことばの葉と歯の間には  荒木章太郎

ああ、生きるため
歯をくいしばっていたら
下の歯が小さく
丸まってしまった
「思想膿漏」で
隙間ができてしまった

ああ、生きるため
糧を得ようとしたら
権力の歯車になってしまった

歯車を回し続けても
取り込まれぬように
俺は歯を言葉に変えた
思想は鋭い刃となり
言葉で傷つけあい
腐っていく

言葉を守るために
寄りかかった壁は
俺が
殴り返すはずだった壁だ
その壁は
教訓じみた顔をして
そこにあった

子どものころ
歯をくいしばれと
教えたのは
父のような壁だ

高く
厚い壁なら
乗り越える
儀式にもなるが

俺が寄りかかっているのは
柔らかく
歯形だけが残る壁だ

歯車を
回し続けるしかないのか
言葉を失えば
俺は
歯車を止められるのか

それは
口を閉ざすことなのか
それとも
父なる声が
聞こえなくなることなのか

父は
歯を食いしばることを
やめなかった
俺は
前歯を二本
失ってしまった

二人とも物事を
うまく咀嚼できなかった
ことは確かだ

父の壁もない世界で
途方もない情報が
咀嚼されぬまま 分別もなく
腹の底へと流し込まれていく
物事の本質を
消化できぬまま
腐敗した
言葉の骨を拾う

編集・削除(未編集)

ゆづは様  滝本政博

ゆづは様、御作の削除の件、承知しました。
またのご投稿を楽しみにしています。

編集・削除(未編集)

白い雪

しんしんと降る雪が
私の透明な心に積もった
私の心だから優しく育めば
透明なままで
ただ白く染まってくれたのかな

振り返れば虚しくて
寂しさから求めて頼って
身を委ねていれば自分の存在を感じられてた
拗ねて笑顔も忘れて腐っては
白く積もった雪は灰に塗れるように
黒ずんでいった

夏の暑ささえ冷たく感じるほどに
冷え切った心は黒ずんだ石のよう
死ぬために生まれるなんて
そんな思いが夢と現実の間を
ただゆらゆらと揺れて泣けもしない日々だった

偶然が奇跡と思えたのは
あなたと出会ってかなりの時間が過ぎてから
何の見返りも求めず
私の黒ずんだ石のような心を
両の手で包み込んだあなた
尖った私の心で手のひらを
何度も傷つけても
あなたは包み込んだ私の心の上に
雪のような涙を降らして
黒ずみを少しずつ洗い流してくれた

二度とあの頃のようには透明にはならないのに
期待してしまうこの心
夏の暑さが雪の冷たさに混ざり合えば
程よい温もりとなり
あなたに身も心も委ねらるの?

ああ 暖かい………頬を伝う涙が温かい
優しさの温もりの中で
尖った心はやがて丸みを帯びて
あなたの手の傷から流れる紅が
私の心を洗い流してゆく

こんな私はあなたへ何をすれば良いの?
あなたは私に何を望むの?

望むことなく与える事が愛の始まりだと
あなたは教えてくれました

私は………
私はあなたの透明な心に降り積もる
夏の日の雪になって
温もりになりたい

編集・削除(編集済: 2026年01月28日 08:00)

島様 評のお礼  TICO

お礼が遅くなりました、島さん、丁寧に読みこんでいただき評をありがとうございます。
島さんが指摘してくださった2連「最寄りの駅まで」7連「足早に駅まで向かい」の表現ですが、私の意図としては、この詩の舞台が駅周辺であるという、ランドマーク的なもの(君を取り巻く心象風景もやや重ねて)として配置しており、そのまま電車に乗ることを想起させてしまうとは全く予測できませんでした。私自身が一般的感覚から外れているような気もしています。
先程の2箇所は別の語を再考したいと思います。
この詩は今までと書き方を変えてみて出来上がったもので、結果として全体的に不親切な描写になってしまったかもしれません。(傘のドラマが伝わっただけで私としてはもう充分ではあるのですが)
ラストになる次作も同じタイミングで書き終えてしまっているのですが、見直してみようと思います。またよろしくお願いします。秀作ありがとうございました。

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トキ・ケッコウ様  水無川 渉

御作「あたたかい水玉」削除の件、承知しました。
またのご投稿を楽しみにしています。

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つぎはぎ 多年音

小さい頃は
曲に浸る時間なんて無かった
そうだろうね
子供の時なんて
そんな時間が入る隙間もなく
毎日満タンだったから
映画も本も
内容を今の方がよく覚えるのは
それのせいかな

つぎはぎの体に
また出来た空白
イヤホンで縫い付ける
これからもずっと
穴は空き続けるだろう

できる度に紡いでは
ボロボロになってさ
いつか
誰かの目につくぐらい
風情でもでたらいいね

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氷片  光山登

朝の凍りつくような呼吸とともに目覚める。
この瞬間に僕はおぞましい世に生まれた。
与えられた時間は冷酷な夕日が沈むまで。

洗面所の水が氷の刃となって襲いかかった。
部屋の灯りは冷凍された死体のように暗い。

命あるものはいつか「一切」のもとに還る。

底冷えのする大地をざりざりと踏みしめた。
見渡す限り青白くただれた目の人たち。

彼らもかけがえのない儚い命を与えられた同志。
いつか「一切」に還るさだめの仲間たち。

無慈悲な雪で薄汚れた地面を、
残酷な空が鈍く覆い尽くした。

それでも僕らはけっしてひとりぼっちじゃない。
みんな「一切」の氷片として永遠につながっている。

夕日が沈めば僕を構成していたものは解体され、
明日の僕へと再構築される。

明日の僕にはまた別の悩みがあるだろう。
けれども明日の悩みは明日考えればいい。

僕らはいつでも氷片で繋がり合っているのだから。

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水玉いろのザムザ トキ・ケッコウ

トリみたいな鳥の雲が
イヌそっくりの犬の雲が
どこを飛び
どこに行こうとしてるんだろか
雲を眺めながら
さすがに風には訊けないな
そう思っていたら
雲のあいだから水玉いろのザムザが降りてきたのだ
あの毒虫で有名な
ザムザそっくりの
でもちっとも似てない
水玉いろのザムザが
降りてきたのだ
そうしてどうした? と
なぜだかわたしを心配してくれ
どこに行くんつもりだ? と
まるで自分がわたしであるかのように
長い触覚をゆらゆらさせるのだ
ウッとなったが
反してちっとも汚らしくはなく
それどころか
きのうから止まらないでいる下痢を
青くてながい触角でシュンシュンと
おなかの上から撫でてくるので
こそばゆくってたまらず
わたしは子供のようにケラケラ笑ったのだ

ところが水玉いろのザムザは
次第にちいさく
ちいさくなっていくのだった
しまいに
すばしっこく
走り回りだしたので
急にやってきたわたしの母親に
スリッパで叩き潰されてしまったのだった
ここまでが
すべて訳もわからず
すべてが混沌として
おもわずわたしは
眼鏡を掛け直したのだったが

その眼鏡のレンズにこびりついた
青くて固い飛沫の残像が
薄気味悪く
目の中でクネクネクネと
無念そうにしてうごめきだしたので

わたしは
どうやって悲しんでいいのか
いや確かに悲しいのだけれども
まるで言い訳を指摘された
子供みたいで
どうしていいのかと

そのザムザを探して
ついにわたしも
思いっきり

走り出したのだ

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詩と真実  静間安夫

こころから
恋した人に
語りかけるとき
きっとあなたの愛は
詩の紡錘になるだろう

こころから
美しいといえるものを
見たとき
きっとあなたの感動は
詩の絵筆になるだろう

こころから
正義を求め
不正を憎むとき
きっとあなたの怒りは
詩の鋒になるだろう

こころから
謙虚になり
この世界を受け容れるとき
きっとあなたの優しさは
詩の揺り籠となるだろう

こうして
あなたの愛、
感動、
怒り、
優しさが
心底からのものである限り
あなたの言葉は詩となって
周りの人々のこころと
響き合う

だから
今一度
思い起こしてほしい
詩とは真実だということを

もちろん
この真実は
客観的なものとは違う
あくまで個人的なものに
過ぎないかもしれない

けれども
個人的な真実を
突き詰めていけば
やがては
普遍的な真実に昇華することを
疑ってはいけない

あなた自身の
こころの奥底に
よく耳を傾けてほしい
そして
汲み取った真実を
言葉にしてほしい

その言葉こそ
純粋に個人的なものでありながら
却って多くの人々を
惹きつける詩になるのだから

詩とは
幸福な逆説なのだ

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