◆ここは「MY DEAR投稿掲示板」です。
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ここから詩人として巣立った人は数知れず、です。あなたの詩を継続的に見守り、詩の成長を助ける掲示板です。
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ご迷惑をおかけしましたこと、お詫び申し上げます。
レンタル先に至急の復旧を依頼しておりましたが、
復旧に時間がかかりましたこと、お詫び申し上げます。
駅前でもらった笹の葉の
影を夜風が揺らしている
五色の糸で
願いを結びます
年に一度のまたたきを待つ
あの織女のように
深い夜空から降り注ぐ静けさは
眠りゆく街を包み
灯りの消えた窓辺も
ささやかな暮らしも
満たしてゆく
待ちわびるだけの
一日に思えても
巡る季節のひとひらに
「変わらない」という
奇跡が宿っている
ここで年を重ね
やがてこの手を休め
独り 密やかに幕を引く
そのとき
ふと見上げれば
生きていた
あの暗く愛おしい地上が
天上だったと
気づくのでしょうか
もしも再び
この星へ降りるのなら
天の川が地平線に触れる
果てない砂漠の夜へ
誰も見たことのない
星の地図を
広げてみたい
大変ご無沙汰しております。お帰りなさいと言ってくださりありがとうございます。
投稿していない時期もたまに掲示板を覗いていたのですが、一緒に投稿していた方々が今は立派に活躍されているのを見て、時の流れを実感していました。
この作品は自分の人生全体について考えながら書きました。ですので、もう二度とこのような作品は書けないと思います。絶望と希望が釣り合っていて、でもほんの少し希望が勝っているみたいな詩が好きです。昔の自分の作品を見返していると、以前も「歩く」というタイトルの詩を投稿していたことに気が付きました。人生を歩くことになぞらえるのは、昔からの思考の癖なのかもしれないです。
創作スピードが安定しないのですが、また投稿させていただきたいと思います。温かくて優しいこの場所に戻ってこれて嬉しいです。評をありがとうございました。
「なんだ、これ?」
朝、トイレを出ようとしたその時
それは目に入った
昨日までこんなものはなかったはず
手のひらサイズのかわいらしいカエルの置物
平日の朝は時間に追われている
そのままアパートの鍵を閉め会社に直行
会社に行く道すがら考える
昨日はまっすぐアパートに戻った
あのカエルの置物はいったい何だろうか?
会社について早々、上司に呼ばれる
「朝からついてないな」
心でつぶやきながら重い腰を上げる
上司はにこやかに笑っている
なんでも以前、見積りを出した大口の仕事が決まったらしい
カエルのおかげか?
そんなわけはない
しかし、これは始まりだった
カエルを手に入れてから僕の周りは
すごい勢いで回り始める
仕事は驚くほど順調になり
商店街の福引にあたり
なくしたと思っていた腕時計が戻ってきたり
欲しかった限定品が最後の一つだった
気づけば恋人までできていた
ひょっとして僕はとてもすごいアイテムを
手に入れたのではないだろうか
いつからかトイレに入るたび
拝み
カエル様を磨く僕がいた
出勤前には頭を下げ
帰宅すれば今日の出来事を報告する
休日には特に念入りに磨き上げる
それをしないと
何か悪いことが起きる気がした
恋人との旅行でも
カエル様が気になって早く帰りたくなった
悪いことが起きればカエル様に謝り
良いことが起きればカエル様のおかげと感謝した
カエル様さえいれば人生はうまく回っていく
誰が何を言おうとカエル様のおかげ
そう、カエル様さえあれば僕の人生は安泰
しかし、ある日手を滑らせカエルの置物は粉々に……
それ以降、僕の幸運も粉々に……
次の日も
その次の日も
世界は何事もなく回っていた
三浦志郎 様
初投稿にもかかわらず、丁寧にお読みくださり誠にありがとうございました。
作品から「のどか」さや「浮遊感」、また貝とイルカとの関係性などを受け取っていただけたことについてありがたく拝読いたしました。
また、添えた絵についても、詩との関係で触れてくださり嬉しく思います。
「現代詩の洗礼を受けています」とのお言葉は、自分ではあまり意識しない視点でしたので、新鮮な気付きとなりました。
温かいお言葉を励みに、今後も作品を書きつづけてまいります。
このたびは貴重なお時間を割いてお読みいただきましたことに改めてお礼申し上げます、誠にありがとうございました。
竹中ゆうすけ
この度も、拙作『セピア色の共鳴』を丁寧にお読みくださり、あたたかなご講評をありがとうございます。
嵯峨野の情景や百年の物語を美しく読み解いていただけたこと、とても嬉しく励みになりました。
いただいたご指摘やアドバイスも大切にしながら、今後の創作に活かしてまいります。
島 秀生さま 評ありがとうございます
宇宙とは何か?
っていうのは永遠のテーマですね。
今こうしている間にも
光の速さで広がっているとか、
絶対、嘘っぱちだと思うんですけどね。
でも謎だらけっていうのも
ロマンがあって、いいですね。
これからもモチーフにしていこうと
思います。
島 秀生様
拙作「赤」にご講評とご感想をいただき、ありがとうございます。
おまけ秀作プラスとのこと、反省すべき点が多い投稿でした。
いくつもご指導をいただきました。
感謝いたします。
それぞれ省みて、改めて行きます
何か、過去の作品の成功例を、無意識にパターン化している気がします(否定やオチ等)。
根本には、テーマ(主題)の分散と、読み手とのズレに私自身が気づいていないことですね。
変に書き方が固まっている気もします。
私の下手な料理のように、何を作っても同じ味(詩)のような気がしてきました。
今回も丁寧なご指導、ありがとうございます。
次回も、宜しくお願いいたします。
遅くなりました。
●トキ・ケッコウさん「ホトトギス」
ホトトギスは、もともと夏の季語で、万葉集の昔から頻繁に短歌・俳句に登場しますが、
とりわけ、
「鳴かぬなら ころしてしまえ ホトトギス」信長
「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス」秀吉
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」家康
この武将三人の性格の違いがわかる句として有名ですね。
それゆえか、この詩には作者の句も入っています。
私個人的には、ホトトギスの口の中が赤いことから、「鳴いて血を吐くホトトギス」の言葉があり、結核の意を持つ鳥として、自身の雅号とした「子規(ホトトギスの意)」のことが思われてなりません。
ちなみに「鳴いて血を吐くホトトギス」には、「口の中が赤いからだ」のほかに、「血が出るほど、鳴き続けるからだ」の異説もあり、鳴く時期にはしつこく鳴くようです。
作品ですが、夜明け前にホトトギスの鳴き声で目が覚め、布団の中で思案を巡らせている感じから始まり、やがて夜明け。そして朝起き上がってからの、朝一番の行動でしょうか。虫を捕まえ、虫を殺さず、外へ逃がす行為をする。
と、いった時系列が、詩の背後でゆるやかに流れてる感じがいいと思った。
考えてること自体よりも、そういう沈思黙考のうちに過ぎた「時」が描けていると感じた。そこがまず良かったです。
2段目のところの言葉が深いかなと思った。鮭のようにライフサイクルの中で、繁殖を優先して、命を縮める行動を、当然のようにするものもあるが、あれは決してジサツではない。ジサツをするのは人間だけだと思う。他の動物は決してしないことを思うと、ジサツは、生命の規範に反する行為なんですけどね。何故か、人間はしますし、そこを思い悩みますね。ただ、生きたくとも生きられない人もいることを思うと、純粋にそこを悩める時間を持てるのは、ある種、贅沢で豊かな時間であるのかもしれません。
ともあれ、万物の生命に想いを馳せた作者は、一匹の虫を逃がしてやろうとしますが、虫の行方不明から、自分の行方不明にまた迷い込むようです。
他の生きものから、自分の人生の在りようを考えるのは、いいアプローチだと思いました。秀作を。
ところで、詩は詩としまして、余談になりますが、
だいたい、鳥が高い所に留まって大きな声で鳴いている時は、繁殖行動なのであります。繁殖のための縄張り主張(他のオスに対して)であると同時に、メスを自分に呼び寄せている行為であります。
ただ、ホトトギスやカッコウの場合は、もう一つの意味があって、托卵先であるウグイスやオオヨシキリなどが自分に釣られて鳴くのを故意に誘っているところがあり、その鳴き声で相手の所在を探っているフシがあります。ホトトギスやカッコウの場合、托卵先の鳥が近くにいることも、繁殖の条件だからであります。
ご存じかもしれませんが、ウグイス等に托卵されたホトトギスの卵は、一番先に孵化します。孵化したホトトギスのヒナは本能的にお尻で、他の卵(本当のウグイスの卵)を全部、巣から落として割ります。そして自分一人を育ててもらいます。ホトトギスって、実はワルなのです。
また、巣にいる鳥や卵が、他の動物に狙われることは時々ありますが(卵やヒナに限ってはカラスも狙う)、飛び回ってる親鳥を捕食するものはめったにいません。タカ類でも、オオタカとハヤブサ類(チョウゲンボウ含む)に限られるので、そういう所はめったにないと思います。おっしゃるように、それらがいるとわかると鳥は鳴きません。
●相野零次さん「空虚」
読んでいて、
宇宙の謎と、人間存在の謎は、似てるのかもしれんなあーと思った。
宇宙とも、なんともいえない空間に浮かんで、漂ってる感じで読めました。
リアルなものも登場するのだけど、全部、空間に浮かんでる感じがする。
良いように言えば、シャガールの絵みたいです。(シャガール本来の意味合いとは違いますが、花束を持った女性が宙に浮かんでたり、リアルなものが全部空に浮かんでたりする、配置や構図が、この詩のイマジネーションと似てるという意です。)
本人、意識してないかもしれないけど、この空虚の世界が、一つの絵面を持っているのがいい。
たぶん、ただのモノローグに終わらず、いろいろ登場するところで、一つの絵面を持ってくるんだと思う。救急車も空に浮かんで読めますね。
うむ、いいと思う。名作&代表作入りを。
●上原有栖さん「スイマー」
赤信号のきわに飛び込んでくる自転車って、車から見ると、一番アブナイですよね。
なにしろ間際まで横断歩道上にいないんだし、しかもそっちはもう赤信号だから終わったと思ってると、猛スピードで突っ込んでくる自転車がある。あれ、脇道からの飛び出しと同じレベルだと思う。絶対セーフじゃないよね。私も何度かヒヤッとさせられたことあります。
昔、野良犬や野良猫がもっと多かった頃の話ですが、車に轢かれるのは決まって猫の方が圧倒的で、犬はめったに轢かれるということがなかった。それは犬が道路を横断する時「歩いて渡る」のに対し、猫は道路を「走って渡る」からです。つまり、道路を走って渡ること自体、車からの視認性が落ちるのです。それを赤信号のきわでやると、信号に間に合ってるかどうか以前に、車からの視認性として、危険度90%の行為をしてるようなものなのです。
事故確率の高い行動を繰り返してると、そのうち必ず当たりになる。時間の問題みたいなものなのです。(詩に出てくる「勢いで泳ぎ出た」人も、その行動は初めてしたんじゃないと思う。何度もそんなことを繰り返していた結果だと思う)
どっちが正しいとか、警察がどうとか、言う以前に、事故を起こしてトクする人は誰もいないのだから、当たった方も、当てられた方も不幸にしかならないのだから、事故確率の高い行動は、お互いしないほうが良いのです。つまるところ自分のためです。
ああ、すみません、余談が過ぎました。
作品ですが、人混みをかき分けて器用に歩く姿は、たしかに魚群の中をぶつからずに泳ぎ回る魚のごときスイマーですね。
そしてこの世は大海原で、されど鉄の塊も走り回っている。
おもしろい構図で描かれた、いい比喩だと思います。
3連の「喚起」は、注意喚起ってことですね。
4連では、ついに事故になり、終連を見ると、死亡事故だったようです。
この詩の中には、群集心理で、みんなやってるからいいだろう、みたいになってることへのアイロニーもあると思います。
みんなしてやっておいて、誰かが犠牲になっても、ただ見ているだけだ、みたいな主張を感じる終連です。
うむ、いいと思いますね。比喩がバツグンに良かった。
名作&代表作入りを。
一点いうと、初連1行目。
潮の干満は、たしかに等間隔ではありますが、一日にそれぞれ2回、計4回のことなので、それと信号が変わる間隔・回数は段違いに違うので、1行目の比喩だけ頂けないんです。信号機に喩えるのではなく、魚の方にしませんか?
寄せては返す波のように
青信号で魚群はあふれ
赤信号で魚群は引いていく
信号機が点滅している
注意せよ もう渡ってはいけない
されど危険を知らせる合図を無視して
横断歩道を行き交う魚影たち
こんな感じはどうでしょう???
そこだけ一考してみて下さい。
●aristotles200さん「赤」
現代美術には、最初からロケーションを計算に入れて、生かす作品があります。この場合でしたら、夕焼けの赤い光が入る場所に飾ることを前提にし、それを計算に入れて生かす作品を作ってる場合があるのですが、
第一印象はそっちだったのですが、詩中には無名氏とあるので、そういったものでもないかもしれません。作者が独自にそう思う、発見の絵があるのかもしれません。絵の内容と画題を見れば、だいたいはっきりするんですけどね。
詩の段階では、そこは想像に任せているようです。
それはそれとしまして。
そこにどっぷり浸かった時の印象、心の騒ぎ具合を書いてくれてるのは、いいと思いました。
そこをワン・ワールドにして書けたら、この詩はもういいんじゃないでしょうか。
「・・・・・・」以降の続編はいらない気がします。2つを連作的に載せる場合は、2つの連係・相互関係から何かを言わないといけないのですが、
今日も
連れて行っては
くれなかった
は、前の作との脈絡が見えない。別々の日のことを、バラバラに書いてるとしか、ちょっと見えないものでした。
また、
今日も
連れて行っては
くれなかった
なんて置くと、こっちがホントのテーマで、ここから本当の話が始まりそうで、だとしたら、前に書いたことはなんだったんだ、みたいになりますよ。
それに、夕焼けの時間中は、たしかに連れて行ってくれたではありませんか?
それの否定にまでなってしまいますよ。
前との関係性をもって、唯一後ろに置くものがあるとしたら、「夕暮れの時間が終わると、絵はまた静寂を取り戻す」、ぐらいのことではないでしょうか。
あのーー
基本的には、一つの方向で、一つのものに集中して組み上げる、積み上げる、ということを丹念にしてもらった方がいいです。ワールドの組み上げが大事です。
で、どうしても否定を入れたい時は、ワンフレーズ単独で否定しないで、こうだからという周りを共連れで、否定を入れるようにしてもらった方がいいです。
作者的には脈絡が繋がってるんでしょうけど、読む方としては脈絡が繋がらない時があるのです。原因はたぶん、そのへんかと。
終連も、無理にオチをつけなくて良くて、フェードアウトでもかまわんと思って下さい。
後ろは気になったけど、前の方は良かったんで、おまけ秀作プラスを
●ゆづはさん「セピア色の共鳴」
ディスクオルゴール!!
めったにお目にかかれないステキなものなので、すごく印象に残ったにちがいありません。また、嵯峨野の風情とディスクオルゴールの組み合わせというのは、読んでいて、想像を掻き立てるものがあります。
そして、なんと言っても大事なのは、そこにいる「若き日の私たち」であります。「光のなかにいた」で表現されているように、家族が集まり、楽しかった時代であるにちがいありません。とりわけは、お誕生日のお祝いをされる笑顔の人。その時まだお元気であったのでしょう。
今はセピア色の写真の中にしか、いないようにも感じます。
この詩はセピア色の写真を見て、当時を思い起こした回想の詩ですね。
6~7連の連係を読むと、ここにある「百年」とはオルゴールのことのようです。百年前の職人が作った巧みの調べが、古都の静寂に溶けていく美しいシーンです。「祈り」とも「物語」とも表現されていて、キレイです。
嵯峨野の風情と、ディスクオルゴールと、光の中の私たち、の組み合わせが美しい詩です。
名作を。
一点いうと、4連後半の、
その背後で
大きなディスクオルゴールが
静かに息をひそめていた
からディスクオルゴールのことがずっと続くので、
ここはここでキレイで、しっかり読みたい部分ではあるのですが、「あなた」のことが消えてしまう、というのがあるのです。
それは、「あなた」のことが4連前半にしか出てこないせいで、印象がわずかなうちに、すぐオルゴールに行ってしまうからで、
上記4連後半のフレーズに入る前に、もう少し「あなた」のことを書いて、印象を高めておいてから、オルゴールの話に行ってはどうでしょうか? と思いました。
そこをもうちょっと追加する点につき、一考してみて下さい。
●朝霧綾めさん「歩く」
朝霧綾めさん、お帰りなさい。
戻ってきてくれて、嬉しいです。
御作、久々ですけど、健在であります。丹念に書かれていますし、構成も取られていますね。
人生を道に喩えること自体は珍しくないんですが、この詩ほど、物語の中を登場人物が実際に彷徨い歩く様が見える作も珍しいです。第一に映像力がある。
しかも抽象すぎることもなく、リアルすぎることもない。
たとえば、
小さな一軒家の前を通り過ぎた
窓からこぼれる灯りを見た
その暖かさは私のものではなかった
に見られるように、家のロケーション自体は、ちょっと童話的な設定のところがあり、他方で、そこから伝わる温かさは、リアルに肌身に染みるようなものがある。言うなれば、短編映画のようであり、大人の童話的なところもある映像空間を醸し出しています。
そして、そういう客観性をもった人物の置き方で描いているけれど、作者本人は、もっと深刻に悩んでいそうだというのも、人物の動作や対応からわかりますね。
私は歩いている
ポケットに手を入れて俯きながら
誰かと出くわしてはすれ違い
たまに怪しまれて たまに怒られる
誰かにわかってもらうことも
誰かをわかってあげることもない
の姿は、孤独そのものです。
ただ、方角を聞かれたら答える。必要な時には水筒の水を分けてあげる。それぐらいの最低限、人間として必要な優しさは持ち合わせていよう。
それが、今のところ得られた、作者の人生の歩き方のように思われました。
名作を。
そこは誰かの庭だった
道理で綺麗すぎると思った
ここは象徴的な意味もありつつ、あるあるの話にも思えて、実感あるというか、生きている詩行で印象的でした。
「歩く」は、シリーズ化してもいいかもしれませんよ。
本作は、極めつけの一作ですが、シチュエーションによって、いろんな歩き方を描く、ヴァリエーションの作を作ってもいいかもしれません。
───*──*───*───
評のおわりに
建国250周年でのトランプさんは、相変わらずでしたね。
トランプさんに言いたい。
おまえが世界の王を名乗るんじゃない
世界の王を名乗っていいのはただ一人
王貞治だけなのだ、と。
(なんのこっちゃ)
お忙しい中、ありがとうございます。
いつもご丁寧に読み込んでいただきありがとうございます。
次回は全く違うジャンルのものを寄稿したいと思います。
アフターアワーズもありがとうございます。
私もほとんど知りませんでした。現役のキャバ嬢のお友達に教えてもらいました。