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ここから詩人として巣立った人は数知れず、です。あなたの詩を継続的に見守り、詩の成長を助ける掲示板です。
(あのーー、私が言うことでもないんですけど、詩は自由を旨としていますから、どこにでも投稿しようと思えば、投稿できないところはないんですけど、いきなり大きなところに挑戦しても、世の多くのものがそうであるように、ポッと書いて、ポッと通用する、ポッと賞が取れる、なんてことは、まずありえないことというか、相当に稀有な話なのです。
やってみることは止めませんけど、大きなところのノー・レスポンスにがっかりしたら、
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『晴天の朝』に甘め佳作をいただきありがとうございます。
「忘れたことへの痛み」で充分でした。言葉としておかしいことに自分でなかなか気付けないので、気をつけて、また家族にチェックしてもらいます。
パリパリは寒い朝の自分の肌感覚で、ドゥドゥは実際夜が明けてくると家がちょっと高さのある所なので、街からそんな感じの音が上がって来ます。エンジン音?モーター音?なのかもしれないです。
最後の行をかっこいいと思ってくださったとのことなのですが、かっこいいのは私の見る人々で、私の朝は、5分でも長く眠っていたい、冷凍食品という企業努力の結晶にお世話になりっぱなしのお弁当作り、子どもを送り出した後、仕事に向かうのですが、寒風に晒されながら横断歩道の信号待ちをしている間もいかに寒さから逃げようかと踵を上げ下げしてみたり、カイロを握りしめてみたり、「寒い、無理、寒い、無理、」と呟いたりしています。そのすぐ隣で普通の顔をして信号待ちしている人たち。同じく寒風に晒されてるじゃないの?えっ?嘘でしょ?とか思ったり、川の中で突っ立ている、見てるだけで凍りそうな鳥が、魚を取ろうと水の中に頭を突っ込んでいるのを見て、「ヒィィッ!ありえない!」とか心で叫んでいる朝です。でも、皆さん、自分の身一つ分の寒さはちゃんと引き受けて頑張ってらっしゃるので、あぁ、自分も頑張んなきゃなぁという、私自身はカッコ良さの欠片もない朝です。
すみません、また詩より長くなってしまいました。
ありがとうございました。
水無川様 拙作「沈黙」を丁寧にお読み下さり、佳作の評価を頂きありがとうございました。
本作では「静寂」ではなく、答えのない問題に持ち堪えながら、なお声を探し続けてしまう人間の側に残る「沈黙」を書こうとしました。遠藤周作『沈黙』に触れてくださったことも印象深く、後半の「そう信じるしかない」という一節を心臓部として受け取っていただいたことは大きな励みとなりました。真摯な読みとご評価に、心より感謝いたします。今後もどうぞよろしくお願い致します。
雨音様
こんにちは。
詩の評、有難うございます。
受験生を主役に矛盾をテーマで作成してみました。
強弱のコントラストなど大変、勉強になりました。
これからも宜しくお願い致します。
街中のジオラマ
見える人形は薄っぺらい
笑ってるか
悲しんでるかだけ
持っていても二種類の表裏
電車に乗ると
座席で寝むっているだけの
彼もそうだった
だけどあの日
彼はリュックで顔を隠していた
細い声で
呟いた一言を
僕は聞き取れなかった
神は
厚みのない紙人形では
彼を表せなくなった
はじめまして。TICOです。
丁寧な感想と助言をくださりありがとうございます。
はじめて行分け等のない散文詩を書いてみて右も左もわからない状態で投稿させていただきました。「儀式のはじまり」→「テレビを消す」これは私には思いつきませんでした。新しい視点をいただけて嬉しいです。たしかに場面を考えると、テレビのノイズがある状態では、日常から非日常への切り替え=儀式の空気とは言えないですね。
また投稿の際はどうぞよろしくお願いいたします。丁寧に読み込んでいただきありがとうございました。
急に部屋中のものを
捨て始める
見境もなく
片っ端から捨てていく
デスクの引き出しを開けたところで
手が止まる
取り出した小さなメモ
消えた床に
君は落ちていった
メモを握りしめて
休日の繁華街を
かけ抜ける
しばらく近づかなかった
旧知の店
あがった息を整えて
重厚な木製の扉を引く
立ちこめる
コーヒーの香りに気圧されそうになる
控えめなドアベルに
重なるように
馴染みのある声
目が合って
しばらく黙したあと
小さく目蓋をふせて
視線を店内に向けた
手汗で湿ったメモを
上着のポケットにしまい
定位置だった窓際近くのカウンターに
ゆっくり
腰を預けた
椅子は買い替えられ
少しだけ高さが変わり
まだぎこちなく
視線の置所に惑う君を
黙って
受け止めている
控えめなBGMが
コーヒーの粒子の
合間を縫って
そっと
君の空間に
配置されはじめた
※「作り笑顔」連作ラストです
遠くで鳴る呼び声は
風のいたずらでしょうか
あの日
あなたが閉じたままの
扉の向こうで
銀色の針葉樹が
静かに影を伸ばしています
重い外套を脱ぎ捨てられないのは
その裏地に残る
消えない温もりを
閉じ込めているから
水平線が朱に染まる瞬間
あなたは誰の面影を
なぞっているのでしょう
空に浮かんで滲むのは
見知らぬ誰か
それとも 遠い記憶の底の誰か
真実の想いは
雪の底に沈めた
そう言って
静かに笑うあなたの横顔は
凍てつく月のように
私はただ一篇の詩を栞として
心の襞に挟んでゆきます
いつか 雪解けの水に流れればいい
ただ 明日の朝
あなたが新しい靴紐を結ぶ
その乾いた音だけを
私は信じていたいのです
今回も私の詩にお目を通して頂き、誠にありがとうございます。甘め佳作
との評をくださり、とても励みになります。
そうですね...前半部分で、真摯な叙景・感動・思考の例を挙げようとしたのですが、
どれも月並みな表現になってしまって...。
改めて考え直してみます。
今後とも、どうかよろしくお願い致します。
三浦志郎様今回も丁寧な批評をしていただき、誠にありがとうございます。
冒頭の表現をケッサクと仰っていただけたこと、嬉しいです。
先生の飄々とした雰囲気が個性であるとの言葉に腑に落ちる感じがしました。
今まで様々な切り口で詩作を試みていましたが、
そう言った雰囲気が自分の詩には必ず現れる感じがしていたので、
その部分は個性として大切にしていきたいです。
今後とも、ご指導の程よろしくお願いします。
1 晶子さん 「晴天の朝」 1/25
夜が明ける。早朝の表情です。「ピリピリと/ドゥドゥと」いうのは、どういった朝の様子でしょうかね? 2連は読んでいて何か楽しいですね。風景や様子にバラエティがあり、よく練られているようです。さて、この詩は3連なんです。ここを読み手がどう解釈するかで、この詩の個性や評価も変わろうというものです。まず2行目「忘れたことを覚えている痛み」―僕はこの書き方は違う気がする。何か空回りするような表現です。「覚えて」は自覚や意識を表す言葉なので、単に「忘れたことへの痛み」とか「忘却の痛み」ではないですかね。3行目は夢のことを言っている気がします。次第に薄らいでゆく夢の跡のようなもの?いっぽうで「立ち向かう」の効用です。この詩のトーンからすると、やや場違いなのですが、その場違いさが約50%以上の“カッコよさ”を含んでいるように思えるのは僕だけでしょうか?(あ、僕だけですね、汗)そこに、僕は朝の軽い意志を感じるのです。そこで、僕が手懸りとするのが2連。「~スリッパ」「~駆け足」「速足」。これらは家庭の、家族の群像と取れなくもない。通勤、通学。皆それぞれにせわしない朝です。
各人忙しいのですが、彼らを世話し送り出す人こそ忙しいのです。そこに僕は妻であり母であり女性としての晶子さんを感じるわけです。みんなを送り出した後、自分も働きに出るとなれば、なおさらのことです。(もしかすると、それが「立ち向かう」になったのかもしれない)。甘め佳作を。
2 佐々木 礫さん 「入道雲と花の日記」 1/26
なかなか面白く、微笑ましく読ませて頂きました。これはタイトル通り、文字通り日記なんです。
日記をそのまま詩にした。即席造語で言うと「日記詩」!そんな面白さですね
「彼女は、坂の上の大きな入道雲に向かって、自転車で駆け上がっていく」
僕はこのフレーズがこの詩の中で最も好きですね。夢を伴いながら風景的、絵画的です。それに続く「もうすぐ夏が終わる~~まだ少し暑いけれど」まで、この詩のメインになり得るパートです。
ただし、ここでの「温暖」は冬から春に向かう時こそふさわしいもので、これから秋に向かうに、確かに「酷暑→温暖」なんですが、ここは「爽やかな」とか「涼し気」みたいなほうがいいでしょう。
上記したフレーズが後半も形を変えつつ、より抒情的に繰り返されます。主題であること、間違いありません。ひょっとすると、これは恋愛詩として読んでもいいかもしれない。終わりの友人とのやり取りは照れ隠しのようにも取れますね。あまずっぱいA DAY IN THE LIFEの日記。甘め佳作を。
3 静間安夫さん 「詩と真実」 1/26
冒頭、大変失礼なことを書いてしまうと、5連まで。再度、ごめんなさい。ここまでは詩を書く人ならば、大体思いそう、書けそうな考えであり詩行なんです。もちろん、条件に応じた詩のありようを細やかに書き分けてはいるのですが、静間さんは比較的、独特の思考をされるかたなんですが、(ちょっとフツーだな)と思って読み進むうち、ありました、ありました。6連以降が”静間さん“です。
いきなり結論です。「詩とは真実だ」(ちょっと古いけど「芸術は爆発だ!」みたいな感じです)。人は思います「なんじゃ、そりゃ?」。けれども本作は独自の思考で、これを解きほぐしていきます。僕の読み取ったところでは、以下のようになります。
「詩とは作者それぞれ自己にとっての真実、ここで言う真実とは作者が詩に託した純粋で誠実で真摯な叙景・感動・思考→他者が共感する→その輪が十人、百人、千人、万人、億人に広がった時→その詩は個人・主観から発するも、名作となり普遍へと繋がる。つまり主観から客観へ、個的なものから全的なものへと価値は変容する」。
最後の着地を考えます。僕の勝手な思考では、「普遍→細部・個人」。事の流れは大体大きなところから下へ流れてくるものでしょうが、ここに見る詩の広がりようは下から上を指向するもので、その意味での逆説。この流れが達成されれば幸福。さらに言うと、静間さんは達成如何に関らず、詩とは本来的にこういった可能性を秘めたものと考えているように思えるのです。ところで、評価が難しい。極端に色分けすると、「前半のフツー、後半の卓越」。されど総じて言うと、これは自己への鼓舞も含め、詩と詩人への応援歌。
うーむ、足して2で割って、甘め佳作でしょうか。
4 トキ・ケッコウさん 「水玉いろのザムザ」 1/26
(前置き) : カフカ「変身」はかつて読んで、今も家の何処かに在庫してますが、主人公が朝、虫に変身した以外、全くその内容を忘れました。従ってWIKIで概要をさらって、今回に臨む次第です。
全篇が「わたし」と「水玉いろのザムザ」との触れ合いとその感慨が綴られています。場面的には二大別できそうです。後半はザムザがちいさくなってからですね。まずは前半からですが、冒頭2行の奇妙な書き方や「~そっくりの」「でもちっとも似てない」など、
ちょっとした矛盾を掬い取り、それらを詩の一種のキャラクターにしたかのような趣を感じます。前半の両者ですが、満更でもない、
なかなか良い関係のように思えます。いっぽう後半、ポイントになるのは、ザムザが小さくなって動き回る。スリッパで叩き潰される。眼鏡レンズに飛沫が付き動いている。ここの心理は複雑で、不気味やら悲しいやら、で、自分の気持ちが整理しきれてない状態のようです。それを暗示するかのような終連だと僕は考えます。この詩の制作意図や、何かの寓意であるとか、僕にはよくわかりません。ですが、「ザムザ」とある通り、カフカ「変身」に想を得ているところはあるのでしょう。この作品がよく指摘される「不条理性」を、この詩も影響され受け継いだと見るのが自然と思われます。作者さんも毛色の変わったモチーフをユニークなアプローチで書いて来るイメージがあります。面白い書き手さんだと把握できます。ただ、この作品自体の存在意義の観点からは佳作一歩前と致します。
5 光山登さん 「氷片」 1/26
この詩は一見、抽象のようですが、さほど取っつきにくいものではないと思います。一日の流れと人々の営為がひとつの軸。「一切」に代表される人の生がもうひとつの軸。そんな詩です。
朝が来て夕日が沈むまで、人は生産的活動に出かけます。「大地をざりざりと踏みしめ」「青白くただれた目の人たち」が行きます。
こういう誰もが「一切」の下にあり、「一切」に還る、としています。
この言葉は「死という全き無」を表象していると思われます。逃れられない運命です。けれども作者は特に悲観しているわけではない。詩行に「僕らはけっしてひとりぼっちじゃない」とあり、それ以降、非常に前向き思考になっています。ところで「氷片」という言葉も非常に含蓄深く使われているようです。人間或いは人間性といったところでしょうか?なるほど、「僕」を含め人は夜と共に解体され、朝に再構築・再生産される。「明日のことは明日に取っておこう」みたいな思考もあり。こういう事を繰り返す以上、人々はーいつか一切が来るとはいえ―共通営為の中で皆繋がっている。連帯している。そんな集団意志を感じます。佳作です。
アフターアワーズ。
この詩とは特に関係ないのですが、違っているのを覚悟で書くと、僕には雪国の人が書いた詩に思えたことでした。雪国のかた、本当におつかれさまです。
6 多年音さん 「つぎはぎ」 1/26
前回は”弱めの印象”みたいなことを書いたのですが、今回はどうでしょうか?まず初連です。
「毎日満タンだったから」―ここ、ケッサクですね。そうですね。毎日、あれや、これやで、思慮浅くやっていた。子供ですからね。さて、それ以降は大人になっての今?「イヤホンで縫い付ける」―ここも面白いです。ただし、この詩、精密に解釈するとなると意外と難しくて、たとえば、こんな推測は辛うじてできそうです。
「大人になると、日々、課題・問題(無理難題!?)が次々出てきて、けっこう対応に忙しく追われたりします。その都度、真正面から対峙したり、危うく身をかわしたり、笑ってごまかしたりするわけです。そういった対処が「空白~つぎはぎ・縫い付け。穴~紡いで・ボロボロ」の比喩になりそうです」
こういったことは人生の常と言えば、常なんでしょうが、どうせしなきゃならないなら、その結果、人柄や表情に味わいや渋さが出たらいいですね。そんなラストでしょうか?この詩は一定のフィーリングをキープしていて、良いと思います。あっけらかん、とまでは言わないけど、どこか飄々とした雰囲気があって、“ケセラセラ”のムードも感じます。肩の力が抜けています。そこが良いと思います。これはやはり、ひとつの印象、個性と言ってよいでしょう。甘めながら佳作とします。
評のおわりに。
選挙が近いです。
さて、当日は投票して、うまいモンでも食べて帰ってこよう。
では、また。