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編集・削除(編集済: 2024年09月10日 18:37)

三浦 志郎 様 評のお礼です 白猫の夜

三浦様、評価をありがとうございます。
夜にやってくる生き物たちと、彼らのたてる音を書いてみました。
のんびりとした雰囲気を目指していたので、評をいただけて嬉しいです。
アフターアワーズ、興味深いです。是非やってみようと思います。
また、申し上げるのは心苦しいのですが、初めまして…ではないかもしれません…。
どうかこれからもよろしくお願い致します。

編集・削除(未編集)

三浦 志郎様  まるまる

「笑えていなかったけど」に評をありがとうございました。
息子に「ずいぶんな言い方」をされた記念に、自分の気持ちを分析してみました。主旨を見つけていただけてよかったです。この試作によって、「前向きな気持ち」になれそうです。少しずつ。
純粋な詩の観点からの佳作一歩前、ありがとうございました。

編集・削除(未編集)

三浦志郎様  御礼  静間安夫

今回も私の詩に丁寧なご感想を頂き、誠にありがとうございます。

そうですね、全篇をソロパートで進行させると、どうしても
不自然さが残ってしまいますね。

今度、こういった内容で書くときは、話者A・話者Bのダイアログ形式で
試みてみます。

今後とも、どうかよろしくお願い致します。

編集・削除(未編集)

宝石  相野零次

男女が数名 そこにいた
宝石はひとつしかなかった

最初はおだやかな話し合いであった
だんだんと口調がきびしくなり
身振り手ぶりも激しくなった

一名の女が 男のほほをはたいた
はたかれた男は女の髪をひっぱった

そこからは無残なありさまだった
言葉などなしに 暴力がふるわれた
最初は男が優位だったが
女も歯をたてたり爪でひっかいたり
手段を選ばなくなると
眼に見えて手加減がなくなっていった

やがて殺意がはっきりと加わっていくと
数名の男が優位にたった

明らかに体格が他のものを上回っていた
血まみれの三名の男が残った
実力はほぼ互角のようだった
格闘技の経験があるのだろう
傷も他のものより浅かった

簡単に勝負はつかなそうだった
互いにけん制しているようだった
沈黙は突如やぶられた
打撃をくらいうずくまっていた
女のひとりが男のひとりの足に思い切り嚙みついたのだ
男はうめいた
チャンスとばかりにもう一人の男が動いた
足にくらいつかれた男の顔面に思い切り拳をふるう
噛みつかれた男は意識を失った
打撃を加えた男に隙が生まれていた
その有り様を見ていたもうひとりの男は見逃さなかった
強烈な回し蹴りをはなった
拳をふるった男のあごを直撃した
それで勝負は決した
まだ足に歯を立てていた女の頭をあっさりと踏み抜くと
動けるものはもう回し蹴りの男しかいなくなった

男は返り血をあびて真っ赤になった宝石に
手を伸ばすとうれしそうに血をなめた
これひとつでどれだけの価値があるかわからないが
殺人さえも厭わないことから高い価値がうかがわれた

男は宝石を持ってその場を去った
数名の男女の苦しんでいる声が残った
断末魔の叫びをもらすものもいた
糞尿をもらしているものもいた
地獄絵図だった

どうしてこうなったのだろう
なぜみなで分け与えることができなかったのだろう
紙幣に交換して平等に分け与えることもできたはずだ
宝石が置かれていた台座に
文字の描かれたプレートがついていた
そこにはたった一言の文字が描かれていた
「勝者」
宝石の名前かも知れなかった
勝者のみに託されるという意味かもしれなかった
それがこの惨劇の答えかも知れなかった
あくまで想像の域である

そのあと男女はどうしただろう
宝石はどうなっただろう
やがて油で灯されていた室内の明かりは消え
うめき声も消え
沈黙だけが残った
その後の男女と宝石の行方を知るものはいない

死んだ者も生き残った者も哀れだった
宝石を手にしたものが勝者となったのだろうか
宝石が本物ならばそう言えるだろう
偽物かもしれなかった
それはもうこれ以上語れるべきものではなかった

編集・削除(未編集)

三浦志郎さま 評のお礼です  相野零次

三浦志郎さま 評ありがとうございます。
オノマトペから始まってなるべくシンプルに
余韻を残すような詩にしてみたつもりです。
高階杞一さんのモノマネをしてみたつもりです。
最近自分のスタイルに悩んでいていろいろ試してます。
佳作ありがとうございます。

編集・削除(未編集)

温もり  じじいじじい

クリスマスの朝
妻がいつものように 私より早く目覚めた
いきなり私を揺り起こし一方を指差した

そこには手のひらほどの小さな折り紙
妻の好きな赤と私の好きな青の2枚だ
小さいと思っていたら四つ折りになっていた
妻は折り紙をひらくと涙をこぼし泣き出した
妻は赤い折り紙を私に差し出し手渡した
それは今月7歳になるはずだった娘が描いたであろう手紙だった
つたないじで一生懸命描いたであろう妻と私の似顔絵もあった

「メリークリスマス ママ
わたしはてんごくでげんきにしてるよ
ママのつくるカレーライスたべたいな
ママとパパをいつもみているからね
わたしのぶんもいっぱいいきてね
ママ パパ だいすきだよ
いつまでもなかよくげんきでいてね」」

私も手紙を読み涙がとまらなくなった
青い折り紙をひらくと私への手紙だった

「メリークリスマス パパ
わたしはてんごくでげんきにしてるよ
パパのかたぐるまだいすきだよ
ママとパパをいつもみているからね
わたしのぶんもいっぱいいきてね
ママ パパ だいすきだよ
いつまでもなかよくげんきでいてね」

数ヶ月前に天国へ旅立った娘からの手紙
これは奇跡としか思えない
妻と私も涙を拭いて笑顔でどちらともなく
「最高のクリスマスプレゼントだね」
といった

その日の夜は娘の大好きなカレーライスと
大好きなクマのぬいぐるみが食卓を飾った
2人は食事中 ずっと娘の思い出を語り合った

食事中
私の両肩にずっと娘の重みを感じていた
そして娘の温もりを感じていた
私は心の中で娘に言った
「ずっとそこにいていいからね」

メリークリスマス
サンタクロースさん
妻と私に最高のプレゼントをありがとう

編集・削除(未編集)

感想と評 12/13~12/16 ご投稿分 三浦志郎 12/21

1 相野零次さん 「生きる音」 12/13

この詩にはふたつのトピックスがあるように思います。
ひとつはオノマトペのことです。
たとえば冒頭の心臓の音。実際の生活では音はまず聴こえないのですが、このように言葉で表すことができる。ここに言葉の恩恵を感じます。特に日本語はオノマトペが多い言語だと聞いています。ここでのそれはごく普通で(失礼!)、特に奇を衒ったものはありません。いや、むしろ奇抜なものをひねり出すと、この詩のナチュラルさには合わなくなる。結果、好感。これでいいのです。
ふたつはー
「人間の耳には聴こえないだけできっと世界は生きる音の洪水で溢れている」
から想起されることどもです。たとえば物理学的なアプローチで音を捉えると、人間聴覚が捉える範囲は決まっていて(なんとか~という単位)、逆論理で言えば、それ以外は存在するが、人間は把握していないことになる。そういった科学的なもろもろも含めて、この詩は各種現象を文学的・詩的に”翻訳“しているとみることができる。結果、見事な終連に至ることができる。これはそういった詩にして佳作、と。


2 上田一眞さん 「緋連雀」 12/14

まずは地図で「八幡馬場・周南市・きらら浜」の位置関係を把握しました。山口赤十字病院という大病院があり、そこが文中「山口日赤」の現在の姿と思われます。
二部構成で「昭和十九年」を現在形に起こして、(母の娘時代の)独白形式です。これにより、読み手は当時の感覚を生で味わうような気分になる。ここで見ておきたいこと。当時、一億全てが「戦争に向けてまっしぐら」といったイメージを我々は抱きがちですが、
けっしてそればかりではない。もちろん、その覚悟はあるのですが、いっぽうで、その独白にもある通り庶民感情としての自己の意識はちゃんとあった。偽らざるホンネというか。この詩にはそれが書かれている。それを見ておきたい。
「噂では沖縄に行かされるようだ」―個人的にはここが一番気になります。この話を昭和十九年の十二月と仮定すると、沖縄戦は翌年の三月から。そう考えると、その噂には実に真実味があるということです。もし行っていたらどうなったか?おそらく生きては帰れなかったでしょう。そうすると(失礼ながら)上田さんも存在しなかったことになります。それを考えたい。付記すると、「緋連雀・くろがねもち・はったい粉」などのアクセサリーも情趣を添えています。どころか、詩の準主役を担っています。
転じて現在。ここでは緋連雀が主役に踊り出る。タイトルとして定着する。母の好きだった鳥、母の想い出に連なる鳥だからでしょう。その鳥を見ることによって、今は亡き母を見ている。
最後に構成のことに触れます。
1部……過去を現在型にしての個人独白。
2部……現在を作者が通常の書き方で表現。
発話者と時制。その並行と交差で味わいあるロマンを醸しています。僕も大好きな手法です。
これはまさしく詩ではありますが、そのアプローチは小説的でもあります。上席佳作。


3 荒木章太郎さん 「塩になる」 12/14

荒木さんらしい面白いタイトルの付け方です。
冒頭「パティシエ⇔バリスタ」「甘さ⇔塩」「安らぎ⇔苦み」の対比の中で、この詩の何がしかの始まりを暗示しています。「甘さと塩」は僕も頷くところがあります。「お汁粉に塩」「子供時分にスイカ、とうもろこしに塩」。この詩は、そういった作用への追求と推測されます。海が出て来るのは塩から連想されたものでしょうか。わかる部分、わからない部分込みで推測されるのは、二人が互いに切磋琢磨しながら、味を追求していく。その喜びと悲しみのようなもの?途中「消費者の~」の連はけっこう重要な気がしています。技術は知らないが人気や流行を左右する一般消費者という怪物。技術には精通したプロフェッショナルが彼らに翻弄されてしまう、その狭間のようなもの、そこに存する課題のようなもの、を感じていました。それでも彼らは試行錯誤する。味も詩と同様、数学のような絶対的正解がない。好みほど恐ろしいものはない。そんな中にあっても、主人公は新たなものを求めて自己の信じる道を進むでしょう。
終連のことです。ここには求道者とも言えるような意志が見られます。タイトルもその一環と見られます。佳作を。


4 司 龍之介さん 「花男」 12/15

まずタイトルがユニークですね。この人、今は「失敗中、敗北中」なのかもしれない。ただ息の根を止められたわけではなさそう。
そこが突破口、一条の光……失敗し、敗北し、転んで起き上がる、その起き上がりに少しづつ、ムクムクと大きくなっていく。少なくとも、そう思いたい。むしろ失敗すら必要不可欠と捉えているフシもある。そんな自己鼓舞の詩として読みました。その道程を花になぞらえている。
これ、けっこう現代にも通じる心の状態を表しているようにも思えるのです。「薪をくべろ」「酒を酒をここへ」がちょっとおもしろい。何かの背景的特殊性がありそう。
余談。中国史に漢の劉邦という人がいたんですが、ライバル楚の項羽に常に負けて負けて負け続けた、が、最後の勝利を得た。結果、漢の大帝国の始祖になりました。結局勝敗を分けたのは人望だったようです。そんな事情も感じさせる文中でありタイトルでもありそうです。佳作を。


5 静間安夫さん 「接着剤」 12/16

まずは内容を。この語り手、いいキャラですよねー。フランク、フレンドリー、優しく親身、愛嬌もありそう、最後に太っ腹。なおかつ物事の核心を衝いている。「他者のいないところで叱る→真に本人の成長を考えている」「社会の集団の接着剤的役割を果たす人=周旋役、コミュニケーション役」このふたつが主旨になるわけです。舞台は現代ですが、このお年寄りはおそらく昭和の“牧歌的、古き良き時代”をまだたっぷりと残しているのを感じさせます。人呼んで「好々爺」ということになるでしょう。ここまでの人が、この行き詰ったような現代にいるかどうか?しかしあらゆる現象、事態は「個人差」という便利な言葉で説明がつくので、設定に、まあ、無理はないでしょう。このじいさんの説くところは同時に静間さんが思い、信じ、実行してきたことだと充分推測しうるのです。
次に、趣向というか文体というか構成のことです。
ひとりの語り手が他者を交えず、全篇ソロパートで進行するもの。これは割とある文体です。
以下は私見なので、全く無視されても構いません。
進行上、どうしても相手の話をオウム返しに書かざるを得ない。いわゆる「なに、なに?~~だって?」ってヤツです。僕はこのパートがどうしても、不自然、違和感、カッコよさが落ちる気がしちゃうんですね。これは静間さんのせいでは全くなくて、この種の文体の持つ慢性的な弱点のように思われるのです。
これはあくまで参考ですが、話者A・話者Bでダイアログ(対話)形式の展開にするか、A、B+場面、情景等を語らせる、第三者的文字通りの語り手、ト書き者を設けても可。そんな策も検討可能でしょう。佳作一歩前で。


6 まるまるさん 「笑えていなかったけど」 12/16

それにしても、冒頭からずいぶんな言い方の息子さんですなー。ま、冗談半分でしょうけど。
普段の自分とその周辺を描いた生活詩という感じです。比率としては自分のことが多いですね。
良いこと、良くないこと、全部一緒にして考えてる。そのタッチはあくまで軽めですね。「あっけらかん」といった言葉が似あいそうです。それと家族の件。家族と言えど、多かれ少なかれ、どこも問題は抱えているわけです。そんな中での、「妻、母、女性」としての役割の共存共栄、そのアプローチの仕方、そういった主旨は感じるわけです。男の立場でも同じですけどね。そういった事柄への陽気で前向きなフィーリングを感じる詩ですね。深刻さはないです。純粋な詩の観点で言うと佳作一歩前でしょうね。


7 白猫の夜さん 「夜のごあいさつ」 12/16 初めてのかたなので、今回は感想のみ書きます。

よろしくお願い致します。
この詩もオノマトペ活用が目を惹きます。同時に生き物の難しい漢字がありました(笑)。
貉(むじな)……アナグマ・タヌキ・ハクビシンの類。 鼬(いたち) でしょうか。
連毎に、その動物に合わせた個性的な詩行が考えられています。害獣にあたるものもいそうだけど詩はあくまで好意的。共通するのはタイトルにもある通り、比較的夜行性なのかもしれない。各連もさることながら、終連が趣深いですね。「周りにざわわ」と「今日も今日とて」の言葉使いが面白いです。民話・伝承とも縁が深い動物のイメージと古びた日本家屋、里山の風景まで浮かんで来る心地がします(ハクビシンのみ、やや新顔。外来種、移入時期は不明)。どこか可愛らしく、好意的でのんびりした感覚が漂って好感が持てます。また書いてみてください。

アフターアワーズ。
オノマトペについて。ちょっと面白い発見がありました。好きな音楽に合わせて動物の足音を想像しながら両手で机でも叩いてみてください。楽しいですよ!(笑)
テテトト(右右 左左) テテトト(右右 左左)  トタタ(右 左左) トタタ(右 左左)


評のおわりに。

評においては、今回が今年最後になります。今年一年、お付き合い頂き、誠にありがとうございました。
実作においては、12/27からを予定しております。では、また。

編集・削除(編集済: 2024年12月21日 18:25)

評、遅れます。  島 秀生

すみません、評、遅れます。
お待たせして本当に申し訳ありません。

次の評者の方はどうぞ先に行って下さい。

編集・削除(未編集)

穴  上田一眞

地面に穿った井戸に似て
私のこころにも
深く深く抉られた
穴がある

その存在に気づいたのは
いつ頃からか…
幼い時分だ

中はブラックホールのごとき
欲望と情念渦巻く
モノクロの混沌世界

清く正しく生きるのだと
己に恥じることのないようにと
いつも
穴の存在を恥じ
蓋をした
無いことにしようともした
でも土壇場ではいつも穴が顔を出した  

 破廉恥
 嫉妬心
 自負心
 名誉欲

穴はアメーバのごとく自在に姿を変え
めくるめく
倒錯の世界をかたどった
ああ 無限に続く煉󠄁獄




裏庭にあった古井戸
赤く錆びた手押しポンプが鎮座していた

石を踏み
井戸端に座り込んで井戸の中を見ると
輪郭しかない顔が写っている
影絵のようだ

水鏡に写るおまえは誰?
私の化身か
なぜ顔なしなのだ
邪で不埒な奴め!

井戸に〈孤独〉を投げ込んだ
ぽちゃん と
平べったい音がした
でも
こころの井戸は何も応えない

顔なしが
美味しい美味しいと
食べてしまったに違いない

きっとそうだ




ある冬の日 かみさんに
こんなことを言われた

 私が気づかないとでも思っていたの
 あなたの中にある闇
 暗くて深い穴
 古井戸

 あなたが何をしても駄目よ
 たとえそれが文学だとしても
 穴に放り込んでも
 無駄よ
 埋まりっこない

 あなたは
 サイコパスだもの!




かみさんの言葉に
喫驚の声を漏らし…句読点となる
絶句し
滂沱の涙が溢れ
おのれの性(さが)に身が凍った

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41回目の結婚記念日 津田古星

1年目の結婚記念日は紙婚式
その時 お腹にいた長男が
20年目の磁器婚式には
既に親元を離れ また夫婦二人になった
35年目の珊瑚婚式には
もう双方の両親共になく
40年目のルビー婚式には
長男がいつまでも結婚しないと言って
夫がお墓の心配をして
昨日は41回目の結婚記念日

いつものように穏やかな日が暮れて
少しの諍いと 少しのご馳走があって
夜 床に就くとき
思った事が素直に言えず
今朝になって伝える
「こんな私の人生を楽しくしてくれて
 ありがとう」
明るくもなければ身体も丈夫でない私と
41年間も同じ屋根の下で暮らして
本当にご苦労様なこと
私はあなたの人生を楽しく出来たか
自信はないけれど
いつ どちらが先に逝くか
わからないのだから
今日が最後の日だと思って
伝えたいことは 今言っておこう



 
 

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