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汗を拭きながら
坂道を歩く僕を
丁寧に追い越していく
赤い小さな車
久しぶりに
あなたを
思い出した
後ろ姿を
見送った
夏から
まもなく三年
忘れたい思い出が
懐かしい思い出に
変わってしまった
ことを知った
帰ろう
窓は開けたから
明かりもついたまま
温かいスープまである
帰ろう
足の折れたベンチと
錆びの落ちないすべり台
乗客のほとんどいないバスが走る
ひび割れたコンクリートの垂直の壁を
偉そうな名前の両生類がよじ登る
決まって同じ時刻に響き渡る金切り声
ピアノはソとラとシの間を行き来するばかり
覚えているだろうか
何もかもが優しくて
それでいて自分勝手で
帰ろう
心配事は尽きない
宛てのない旅は止められない
こうして「のようなもの」であり続けるしかない
だから帰ろう
この手を取って
眠る動物園
眠る草食動物
もう食べ切れないよと寝言を言うピューマと
落ち葉の匂いがする図書館
腰の折れ曲がった百科事典と
飛び方を忘れたヘリコプター
お弁当箱しか作れない工場
化粧の濃い占い師
風邪薬を飲まされてしょんぼりしてる子供
意外な返事を貰って思わず飛び上がってる若者も
帰ろう
帰り道はこの先
柿の木に覆われた縁側に
編みかけの帽子がそのままで
君はもうこの世界に住んではいない
だから帰ろう
同じフレーズを口ずさみ
同じ洗濯物をたたむ
誰一人君を知らない
誰にも必要とされない場所に
帰ろう
確かに愛された記憶の中に
帰ろう
まだ早い朝のような
青が少し多目のパレット
帰ろう
僕と一緒に
この手を取って
パーゴラの見えるあの坂道を
おはよう おはよう
ふあぁ ふあぁとはなびらひらく
あさがおがおきた
あかやむらさきのかおを
たいようにむけて
おはよう おはよう
よるどんなゆめをみたかな
よくねむれた?
たくさんのえがおで
あさからげんきだね
たいようはえがおを
あさがおにむけて
きょうもげんきだねって
よろこんだ
たいようママに
あさがおのこどもたち
げんきいっぱい
ふあぁ ふあぁ
青い作業服を着るわたしは
子どもの頃
鉄のにおいが苦手だった
鉄が暴力そのものであることを悟っていた
素手で鉄棒にぶら下がると
手のひら全体にこびりつく
金属の質感を恐れた
鉄工所の作業台にすわり
アーク溶接の激烈な閃光を受ける
AMラジオから
ピアノの演奏が聞こえる午後
太い鉄骨にふれる
単純な造形は見慣れていて
包丁のような危うさはない
いつしか鉄はわたしの友人のようになった
わたしが損得でものごとを考える
まともな人になったからだろう
現実を見つめた選択だ
必要だから使われるのだろう
それでも
鉄を好きだと言うことは
いつわりだと感じている
返却する制服をアイロンがけしました
採用時に支払った制服代3000円
もとは取れたかな
コーヒーの染み込んだ茶色
落ちたカップの割れる音
どうしようもなく嫌になったのです
仕事をやめて
社会をやめて
恋人をやめて
家族
をやめて
人
間
を
やめました
すぐにやめたくなる衝動
内出血の顔色をした自分が
耐える姿を想像できません
長
い
お
休
み
のあと
また始めたくなる気持ち
どうせすぐ霧散します
次は何をやめるのか
真っ白い天井は何も答えてくれません
自分に
なにができるのか
考え
慎重に
慎重に
一歩一歩
5年、10年
をかけ
このような
遅れた歩みで
なにに
辿り着けよう?
よぎる疑念とは
裏腹に
止まるという
選択の余地はなく
道すがら
幾度も
幾度も
圧し潰されて
なお
また踏み出す
一歩 何処へ
遮断された町では
花は色を失い
人は疲れた心を練り直す
夜の空は楽しげで
風鈴が静かに揺れる
赤子は揺籠に抱かれ
お爺は寝床で星に語りかけ
猫は温もりを抱きしめ丸くなる
昼間の窮屈な時間は解放され
僕は月の影に腰掛け
母の腕で聞いた
子守唄を今夜も思い出す
貴方はついぞ一度も口にしなかった
欲しくてたまらなかったあの言葉
いつかは告げてくれると待っていたの
それは私が子どもだから?
……いいえ、違う
貴方が本当に私のことを想っていたからね
──いつかまた必ず会える
初めてくれた明確な約束は涙の味がした
互いに嘘だとわかっていたの
そんな結末しかなかったことも
今は枯れてしまったブルースターも
また絶対に目の覚めるような空色になる
そう信じることは笑わないでしょ?
過ごした時間は消えはしないし
消すことなんて私が私に許しはしない
永遠に抱き締めて生きていくの
それがどんな終焉を呼び込もうとも
命懸けだった純愛を守り続けるわ
下着をこちらに見えるように干すな
マンションの部屋の隣のおじいさんが声をかけてきたらしい
彼はずっと独身で女の人と
付き合ったこともないって
そう言ってた
恋したことないのかな
この頃は、暑くてしんどいと日がな1日テレビの前で右に転がり左に転がりしてるみちこちゃんが薄笑いを浮かべて隣人の事を呟いてる
衣食住足りて みちこちゃんは、恋多き人だ
3回結婚して、3回最愛の人は他界している
70歳になったけど まだまだ恋に貪欲だ
先月から、デイサービスのお迎えの担当が男性に変わった
彼は送り迎えの車への道中ずっとみちこちゃんの手を繋いでくれるそうだ
もちろんみちこちゃんのご機嫌もいい
ただ、みちこちゃんは言う
彼は私と手を繋いでいても心の中はきっと奥さんの事考えてるのよ
奥さんがいるかどうか聞いた事もないくせに
外は茹だるような暑さ
流しのゴミ置きに2匹の蝿が
くっついては離れ仲良く飛んでいる
みちこちゃんは、この蠅達恋してるの なんてまた無邪気に笑う
恋の成就を見届けていない彼女は
恋を探し続ける
真の恋の道は茨の道ってどこかで読んだことを思い出しながら、私とみちこちゃんはエアコンの効いた部屋で、一緒に素麺を食べてる
ああ、衣食住足りてこれ以上恋を手に入れたいなんて
罪深き恋も薬味に加わって
今日の素麺はどこかソーダのようなシュワシュワした味がする