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異邦人のムルソーをなぜサイコパスとか発達障害というのだろう
人間は本来こんなものだ
むしろ彼以外が不自然だ
彼は当たり前の人間だが文化や慣習が彼を異様に見せている
母が亡くなったからと言って いい大人が喜劇映画を見るのをためらうか
「全て健康な人間は多少とも愛するものの死を願うものだ」
それはそうだ
女友達と海水浴どこもおかしくない
太陽が眩しすぎて拳銃の引き金に指を触れていたら引くことだってあるかもしれない
彼を殺したのは社会だ
海が海であるということが
こんなにも 目にしょっぱいのは
わたしだけじゃないと おもった
海は広い この世界も広い
砂浜歩きながら そんなことばかり
かんがえていた
走ってみた 思いっきり
すぐに息がきれた
なんで一人で
ここを歩いているのだろう
でも気づく 思い知る
ひとりをえらんだのは
ワタシってこと
砂浜に よく意味のわからない
よむこともできないような
だれかの文字をみつけた
少しならんで歩いてみた
くつをほうりだして
砂がくすぐるから しばらくは
笑っていた なのに 少ししたら
涙がでてきた わらいすぎたのかな
おかしいな
こんどだれかをすきになるのなら
だまって ふたりで うみを
まいにち ながめていられるよな
そんなひとにしよう
土の匂いで育つ赤ちゃん
絵本にくしゃみして
知らない人からのプレゼントを
家族に報告する
『洋服はただの膜だ』
『これは自立した心だ』
『いくつかの用事を終わらせるのだ』
赤ちゃんも大変ね。
宇宙の端っことピアノの黒
なにがちがうの?と言われれば
言い争って、ぶってぶって
おそろいの涙を流す
そんな赤ちゃんが沢山いる
彼らは人から産まれてきて
呼吸を持っている
そんな赤ちゃんだ
始まり WILLIAM & CATHERINE
マイルストーンホテルの結婚披露宴は―、
少し風変わり。その集いは微笑ましい趣
向でお開きとなる。ホテルの隣は遊園地。
挨拶を済ませた新郎新婦に来客が続く。
幸せなふたりの為にメリーゴーラウンド
だけは、ひとときの貸切になる。ふたり
は伯爵(COUNT)とその夫人のように睦
まじく馬車に乗る。バンド仲間の演奏が
賑やかに、この遊具に調和する。新婦は
ジューン・ブライド。人々は周りを囲ん
でライスシャワーで祝福する。笑顔と歓
声が巡る。来園客も微笑んで眺めている。
やがて新たな人生が回り始める。
二十年後 WILLIAM & CATHERINE
夫はツアーにライブにレコーディング。
実に多忙だが、この日だけは仕事を入れな
い。夫婦は結婚記念日にこのホテルを訪れ
る。夫人をエスコートしてディナー。ほろ
酔い気分で、メリーゴーラウンドに乗るの
が毎年の慣例になっている。ふたりは想い
出している。ここからスタートしたことを。
回り続ける“ふたり時間”を祝い楽しむ。
四十年後 WILLIAM & CATHERINE
子供たちも巣立って、夫婦は再びふたり
だけになった。結婚記念日に、このホテル
と遊園地を訪れるが、ローラーコースター
に乗るには少し老いたようだった。もうふ
たりとも恐くて自信がない。メリーゴーラ
ウンドは快く受け入れてくれる。ファンだ
ろうか?手を振ってくれる人々がいる。
ふたりの“想い出アトラクション”。
六十年後 ONLY CATHERINE……
その日。パートナーはすでに亡く、独りに
なったその人は息子の車に乗せてもらい、
やって来る。もうホテルで食べたいものも
なく、紅茶だけが目の前にあった。杖を突
きながらメリーゴーラウンドに向かう。
披露宴の時を想い出して馬車に乗る。隣に
パートナーはなく、代わりに息子が一緒に
乗ってくれる。そんな風景を係員は不思議
に思うのだが。理由を話せば、きっと―、
やさしい気持ちになるだろう。
(ふたりの時間はこの乗り物のようだった)
あの人の音楽を想い出しながら、
老婦人はそんな比喩を味わっているだろう。
歳月は楽しく巡ったのだった。
* ベイシー……COUNT・BASIE、アメリカのジャズ音楽家、
ビッグバンドリーダー。本名はWILLIAM。
1984年、79歳没。
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メリーゴーラウンドをモチーフに書くのは、これで三作目になります。
おそらく、その回る感覚が自分の時間意識と連なっているのかもしれません。
私もベイシーさんが乗るメリーゴーラウンドに手を振る一人であります。
大きなカレイだ
子持ちカレイだ
子がまた大きい
赤だしを一口すすり
カレイに箸を付ける
窓の外ではクスノキの
梢が風に揺れている
表側を食べ終わり
子も半分食べ終わった
これから裏側だ
おっと骨が脆くて裏返せない
仕方がないから
背骨と肋を箸で取り除く
窓の外ではクスノキの
梢が風に揺れている
豆腐をつつく
沢庵をかじる
茹で筍をいただく
小松菜をいただく
生姜を味わう
窓の外ではクスノキの
梢が風に揺れている
裏側を食べ終わり
子も全部食べ終わった
でも裏返してはいないから
表側の続きを食べたと言うべきか?
はてさてどっちなんだ
そもそも表側だの裏側だの
いったい誰が決めたのか
窓の外ではクスノキの
梢が風に揺れている
腹側を手前に置いて
顔が右を向くのがカレイ
顔が左を向くのがヒラメ
そんなの今は関係ない
両目つまり顔がある側が
表側に決まっているだろう?
窓の外ではクスノキの
梢が風に揺れている
しかしこのカレイは
メビウスの帯的に
捻じくれた性格の持ち主だったので
表側は裏側かつ
裏側は表側なのだ
窓の外ではクスノキの
梢が風に…ちょっと待て
さすがに少し
しつこくないか?
書きながら
白ご飯は自問する
窓の外ではクスノキの
梢が風に揺れていた
鳴りやまない、鳴りやまない、鳴りやまない
貴方の匂いが香る新鮮な猫の皮を被り
わたしはジッと、貴方を見つめている
自然と擬態し、喉を潰し、植物になる
時折貴方と目が合い背徳感のあまり涎が滴るのです
足りない、足りない、足りない、
無知な貴方は少しずつ異変に気づき
わたしはニヤッと、影から貴方を見つめる
神経による暴動、指で抉って、抑えつける
時折貴方を蝋人形にする妄想をし幸福感に包まれるのです
切り刻み、切り刻み、切り刻み、
ケーキのような貴方を丁寧に包装し
わたしはアッと、高い声がでる
不安を押し殺し、狂った眼球を、正常に戻す
時折ウジが湧いた古びた猫の皮を見つめ顔が火照るのです
「私を引き留めた一つの言葉」に評をありがとうございました。
欲張りでしたね。伝えたいことは短い言葉で!ということを思い出しました。
「タンパク質」のところ、「大切な詩」と言っていただけたことはとっても嬉しかったですが、
気が逸れてしまっては元も子もないですね。
最後までよそ見をしないで読んでいただける詩を書けるようにならなければ!
今回もありがとうございました。
風に
背中を押され
歩く朝
父を
感じる
幼稚園
小学校
転校した小学校
いつも
門の前で
立ち竦んだ
手をつなぎ
みんなが
追い越していくのを
二人で見送り
さぁ 行っておいで
手を離した父が
私の背中を
優しく押す
きっかけは
手を握る力か
あるいは
手の平の汗か
まるで
風に
背中を押されたように
前へ進めるのだ
父は
私を良く見て
心から理解してくれた
中学校
高校
大学
そして入社
転々とした会社
私はひとり
立ち竦み
父の声と手を
背中に感じて
前に進んだ
息子達は
手がかからなかったから
私の出番は
なかった
定年が近づいても
時折
立ち竦む日がある
そんな日は
決まって
優しい風が
吹くのだ
亡くなった父は
呆れているだろうが
風になって
背中を押してくれる
まもなく
父の人生を
超える
そろそろ
ひとり立ち
しなければ
今朝も
背中に風を
感じながら
出社した
父の人生を
超えても
父は超えられそうにない