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(あのーー、私が言うことでもないんですけど、詩は自由を旨としていますから、どこにでも投稿しようと思えば、投稿できないところはないんですけど、いきなり大きなところに挑戦しても、世の多くのものがそうであるように、ポッと書いて、ポッと通用する、ポッと賞が取れる、なんてことは、まずありえないことというか、相当に稀有な話なのです。
やってみることは止めませんけど、大きなところのノー・レスポンスにがっかりしたら、
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本来、こつこつ実力をつけてから、賞などに挑戦するのが、スジだと思いませんか?
MY DEARはあなたのこつこつを、支援するところです。)
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7 じじいじじいさん 「ひとつ」 8/29
解説風になります。 「あれ!、このタイトルでいいの?」と最初は思ったんですよ。読んでいくうちに得心しました。「どうぞ~ごめん~ありがとう」―どれも日常潤滑油的言葉です。ところで、当たり前の事ですが、言葉とは単に存在しているだけで、それを使うのは人の気持ちですね。その際、心―この詩で言う「ゆうき」を必要とする場合がある。大人でさえです。子どもにとってはより大事。
この詩は言葉そのものより、それらを押し出す気持ちのほうを言っている。それが「ゆうき」であり、詩中から取って「ひとつ」。そんな風に思っています。「だいじにしていきたい」。 甘め佳作を。
アフターアワーズ。
不特定多数の人に声をかける環境に現在いるのですが、以前は「どうも」で済ましていたのが、
ちゃんと「ありがとう(ございます)」という人が増えた気がします。 「ありがとう」。
8 晶子さん 「看板」 8/29
冒頭佳作ですね。たとえば、晶子さんが毎日当たり前のように通った道、そこに当たり前のようにあった看板。古くから掲げられ野ざらし。(赤い)文字も消えかけ“たとえ派手なキャッチコピーがあったとしても、かえってそれが惨めさを誘うような”古さなのでしょう。この詩の一番の価値をあげておきます。「通り過ぎる人達に君は見えなくて」にも関わらず、晶子さんの詩性は観ていた。しかも言葉によるこの愛惜です。3~5連は素晴らしい。作中語尾の「~ね」「~だよ」も利いている。素朴ですがいい詩です。
アフターアワーズ。
ある、ある!、物にもよりますが、赤って案外、脱色しやすいです(ある物品にて体験済み)。
もう一つ。始めるのは賑やかで派手だけど、終わらせるのは難しい。これ、案外、日本人って苦手かも?
島様 ご感想有り難うございます。
アドバイス有り難く思います。
詩を書き出して間もないので感想
いただけるだけでとても嬉しく思います。
これからも頑張っていこうと思います。
よろしくお願い申し上げます。
お先にすみません。
1 おおたにあかりさん 「オニヤンマ」 8/26
接客業でしょうね。物販店とか飲食店とか。時ならぬトンボの飛来に驚き不思議がる主人公です。
それもオニヤンマ!その大きさには「うわって」なるでしょうね。この詩はふたつのエピソードがあって、ひとつはトンボの事、ふたつはトンボの事を話してくれた人の想い出。僕は後者のほうが趣深い。「先祖が帰ってきた」と説明されていますが、それと同じ感覚で、おそらくはそのトンボが連れて、その人の想い出が帰ってきた、と見るのがこの詩は優しい。いっぽうでトンボの伝説が語られ、こちらもおろそかにはなっていない。すなわち心地よい両立です。終連はトンボと共に想い出もそうなった、の謂いでしょう。何気ないストーリーがあります。詩中「トンボ」で通してますが、冒頭のみ「とんぼ」なのは何か意味があるのか、どうなのか?ないとすれば、推敲で統一したほうがいいかも? おおたにさんらしく佳作。
アフターアワーズ。
日本トンボ界最大、王者。僕、トンボ大好き。だいいち、カッコイイし。スズメバチも食べるそうです。益虫。ホバリングするが退くを知らず、そのめでたさや。ナンバー2のギンヤンマもごひいきに……。
2 エイジさん 「貝がらと海の音(夏の夢想) 8/27
はい、トンボの次は貝がらです。夏らしくていいですね。当然のようにジャン・コクトーの名詩「耳」(堀口大学名訳)が思い出されます。エイジさんにもそこに基礎イメージがあったかもしれません。
コクトーの場合は主旨はあくまで「耳≒貝がら」ですが、こちらは実際の貝がらと海の臨場感です。
全体を包むロマン感にあって、2連。ここはおもしろい。ここに見る地図幻想はおもしろい。異彩を放ちながら詩に寄与する感じ。センスあり、読み応えあり。詩を引き締めています。「地球中」はあまり使いませんねえ。「地球上」でいいでしょう。終連のセリフはいいですねえ。それだけに終行はちょっと説明的で普通な印象です。むしろ終行削除でセリフだけで終わってもいい。解釈充分取れるでしょう。もしも、座りが悪いと思うならば「夏の幻聴」みたいな、短く印象的フレーズで締めるのも可でしょう。
さて、まとめです。割とありがちイメージなんですが、上手く料理されてると思います。その要因は2連の地図感と貝がらのセリフにありそうです。佳作です。上記、手を打ってもらって、より佳作と。
3 cofumiさん 「ナニガ大事ナノカッテネ」 8/27
この詩の主人公はけっこう幼いと感じます。小学生高学年くらいか? cofumiさんにしては異色というか、思い切った振り幅というか……。スパイダーマンはなんとなくわかりますが、2連の「ご飯と味噌汁」はどこから来たんだろ? 興味的疑問であります。3連はいいと思います。終行は子どもなりの自我があります。詩行が空想的に飛びやすいのは、子どもの持つ奔放な想像力からかもしれません。読み終わってタイトルも含め、考えてみる。この詩にとって「ナニガ大事ナノカ」が―すいません―僕にはちょっと見えてきませんでした。夜の空かも?「僕なりの世界」かも?佳作一歩前で。
アフターアワーズ。
どうでもいいことなんですが、虹の色って国によって違って、アメリカ6色、ドイツ5色だそうです。
4 荻座利守さん 「川向うの森」 8/28
冒頭佳作。この詩の導入として4連に書かれた漢字一字の自然を重視したいと思います。それぞれの自然界の論理、それがないまぜとなって森がある。すなわち、森はあらゆる自然界の属性の
ひとつの具現、そう見ることができます。その事が僕にとってのこの詩の収獲のひとつです。
その具現をこの詩は「森の思想」としています。ここまでで佳作の半分を担います。残りの半分は何か?人間との関わりにおいてのこの詩の立場でしょう。では、どういう人間の立場か?ここに詩は言葉を介在させます。森が持たない言葉を持って人間はアプローチしようとする。こうして、人間と森はゆっくり時間をかけ共生してゆくのでしょう。そんな主旨の詩と認識しています。この森との課題は詩人も一役かうことでしょう。そんなことも読んでいて感じました。
アフターアワーズ。
今回、ある詩集選考で、森のことを考える機会がありました。この詩はちょうど折りが良かったのです。ところで、森について惜しむらくは、海の思想が入らないことでしょうか。あ、ないものねだりでした(苦笑)。
5 さくたともみさん 「向日葵」 8/28 初めてのかたなので、今回は感想のみ書かせて頂きます。 よろしくお願い致します。
夏にありがちな天気雨か、大気不安定の大雨でしょうか。虹が架かったからやんだのでしょう。
「頭を垂れた~熱心な敬服」「重い重い~下を向くばかり」は、花の描写としては、ちょっと個性的でおもしろいのです。そこで向日葵です。「あら、お可哀想に」一語で向日葵の気分がよくわかる。
向日葵も色々な品種が出て、丈の低いのもあるんですが、これは昔ながらの、抜きんでた高さのもののようです。「奢れる者は久しからず」とまでは言いませんが、向日葵の得意の絶頂を軽やかに、愉快に書かれました。また書いてみてください。
アフターアワーズ。
僕らの子どもの頃は、(身長が低かったせいか)、向日葵はとにかく巨大で、不気味ささえ感じたことがありました。
6 暗沢さん 「晩夏の企て」 8/28 初めてのかたなので、今回は感想のみ書かせて頂きます。
よろしくお願い致します。
丁寧なご挨拶、ありがとうございました。タイトル、キメてますね。ですが詩の内容はわかりませんでした。タイトル晩夏に対する「来る時節」だから、これから来る秋のことに思いを馳せているようです。ただ、まだ暑さは続いているようです。
墨汁が出て来るので、初連は何か書道を連想させます。2連では「硯」とあるので書道のイメージは持続されていますが、次に「紅錦繡」とある。これは赤地錦の織物のようなものでしょう。ここの繋がりはわかりません。3連では日影に入って容器にきれいなインクを注いだ?インクとあるので、背景は現代のことを古語で書いた、そんな風に取れるのです。もしかすると、この3連は全く別のことを書いたミニ連作、そんな風にも推測できるのです。もし、返信がもらえるならば、解説してくれるとありがたいですね。(現代文で)また書いてみてください。
つづく。
実をいうと、いつも評の4分の3を書き上げてから、
2分の1の評を掲示板にアップして、あと1日待ってねって、言ってまして、
だから、その1日にあいだに書いてるのって、実は残り4分の1だけなんですよ。
今回の例でいうと、全12作で、9作の評ができた段階で、掲示板に6作の評をアップし、
そこから、3作はすでに出来上がってるので、残りの3作をやるわけですが、
今回、あまり解釈に困るものもありませんでしたので、早めに完了しました。
というわけで、前半分に比べて、後ろ半分を慌てて書いているというわけではありませんので(← たぶん、これが言いたかった)、
ご心配なきよう。
●朝霧綾めさん「銀の柄杓」
もちろん柄杓があるところまでは知られていますが、その後の展開がダイナミックな発想でした。そしてそのダイナミックな発想に溺れず、先走らずに、丹念に仕上げたのが良かったです。ダイナミック且つ丹念の勝利です。
名作あげましょう。マグレにしても、よく書けてる。異議ないです。
特に良いのが、
いたいほどの清冽さで
清水はのどに流れこむ
寝転ぶ私の唇から、こぼれた星々が
あごをつたい、草の上に落ちて
きらきら光る
この7連です。まあ、言っちゃうとだらしない飲み方なんですが、それが逆に星たちの美に変化して描かれるところが、意外性ある美の表現で醍醐味でした。
また、言えば、星を取って食ってるようなもんですから、天空にあるものと人とが、具体的に激しく接触してるところがいいのです。「あごをつたい」も皮膚感覚的に伝わる表現で、いいですね。
また、7連がクライマックスとすると、そこほどではありませんが、5連の、
星々が柄杓にぶつかり
からんからんと音がする
も、クライマックス前の小さな山的に、良かったですね。
他もよく書けてるし、丁寧な仕事しましたね。1~2連の導入部も丁寧に仕上げてきたので、気持ちよく作品に入れました。そこ、雑に書くとありきたりになっちゃう部分だったんですが、きちんと仕上げてきたのが良かったです。
これ、現時点での朝霧綾めさんの代表作だと思いますよ。ベリグーです。
●もりた りのさん「音のしない羽音」
この台風の雨でどうなるかわかりませんが、先週から、つくつくぼうしの声が聞こえるので、ああ、秋だなあーなどと、やっと涼しい時間があるのを喜んでたんですが、よく考えてみると、一匹、二匹しか鳴いていないつくつくぼうしがこうやって聞こえてくるということは、他の蝉が、みんないなくなったってことだなあと思っていました。
この詩はちょうど私が見落とした、その夏蝉の終わりの頃を書いてくれていますね。
作品ですが、まず初連の感慨が悪くない。出だしとしてグッドです。そして一匹の「死にかけ」のみならず、二匹、三匹と出会ううち、4~5連の感慨、
蝉よ
飛んで行け
どこにでも飛んで行け
見えない世界に飛んで行け
になるのがステキですね。
6連の軽く眩暈を起こすところも、文学的で私は好感。
この眩暈のところから、対象が蝉から自分へと反転します。
ショートヴァージョンとしては、狛犬に入る前の、8連で終わるのもアリです。
ラストの2連は、肉声的で砕けた言い方になってくるんですが、そこはテクで上手におさめています。私はこの終わり方もアリと思う。この言葉使いでもって、おさめて見せるとこも、たいしたもんです。
詩の内容には若者的な絶叫のパッションがありながら、テクも持っている。やっぱり、もりたさんて何者?と思ってしまう。タイトルのつけ方もグッドでした。
名作を。
●ふわり座さん「冒険は戦いの中に」
ふわり座さんは、私は初めてですので、今回、感想のみになります。
まず、言いたいことがきちんと書けてるとこがいいです。すなわち、自分の思いをきちんと捉え、整理して書いておられる、書くことができる、そこがいいです。
その上で、望みたいのは、世の中の多くの人は、説教されるのがキライだということです。押しつけられるのを嫌います。まったく逆説的なのですが、人に向かってしゃべると逃げ、自分に向かってひとりごと的にしゃべっていると、逆に寄ってきて、聞いてくれます。
なので、この詩においてもスタンスを変えられた方がいいです。「言う方」と「聞く方」という構図でしゃべるのではなく、ただ自分の生き様のみ語り、共感してもらうことです。「歩きだそう」と人に言うのではなく、「私は歩き出す」ただそれだけでいいのです。
言葉は、自分に向けることです。全く逆説的なのですが、その方が人に伝わります。
これはどういうことかというと、直接、人に言葉をかけるというのは、往々にして表面的なつながりのアプローチにしかならないのです。でも詩は、もっと深いところで、人と接点を持ちたいわけです。これがその方法だということです。
●江里川 丘砥さん「地面と空」
うーむ、これは挑んでくれましたなあー
いつもは主語=自分なんですが、今回は、「地面」を擬人化しての主語になっています。初めての試みではないでしょうか。
2連は、
人は踏み歩き
車は転がる
タイヤ痕を残していく
灼熱を照り返すアスファルトになっても
わたしはそこにいる
この方が良いかも。
2行目と3行目はセンテンス別なんですけど、中身の近似により、連続行だからわかる形です。
4連のマンホール話はおもしろいと思った。
マンホールにはきれいな絵がつき
写真に撮られ
一瞬の話題となっては
また踏まれていく
まさにこのとおりですね。現代を的確に捉えていて、ここ良かったです。
ここでちょっと、この詩の設定を考えてほしいんですが、
たとえば「地面=私」の設定を、アスファルトの下の茶色の土にすることもできたんですけど、
初連の「アスファルトになっていた」や、5連の「ひび割れてもまた直る」、6連の「太陽を一面に受けとめて・・・色を映す」など見ると、アスファルトになっても、アスファルトも含めて「地面=私」の設定なんです。
その設定で考えると、わからないのが終盤です。
空には見えないその色を
一番遠くから見ていてあげる
は、「その色」を指すと思われる直前のものは、「根の張る土」なんですが、「地面=私」であるなら、それを「一番遠く」と呼ぶのがわからない。また、「地面=私」であるなら、
~見ていてあげる
太陽が壊れて
空も地面もなくなるまで
の終連もよくわからない。
終連においては、「私」は「地面」ではなくなっていて、別の超越した存在の視点から、見ている感じです。
7連の終行から終連にかけての3行は、私よくわからなかったです。飛躍してもいいのですが、ちょっとここはプロセスを踏まずに、急に飛躍した感じで、ついていけない。意味を取り得なかったです。7連の立て方からして、一考が要に思いました。
また、奇抜な展開を取らなくても、黙々と人に踏まれて在る。それも地面の在り方だという考え方もアリです。地面は、空さえあれば、充分なのかもしれませんよ。
時々、こういうトライがあっても良いと思います。自分の詩の幅が広がりますのでね。
ただ、いちおう言うと、私が前回課題で言ったのは、いつもの書き方の中で、ふいっと風景のシーンも入るといいね、くらいの意味だったので、いつもの書き方の中で、どこかの連として試みる。あるいは出だし部分か、終わりの部分で試みる、という感じで捉えてもらえればと思います。
今回のは一転して、最初から風景を相手に書き出されているので、そんな極端の変更を望む意味ではなかったので、そこだけは、どうぞ誤解のないように。
それを理解した上での、叙景詩トライなら良いのですが。
1~6連までは概ね書けてると思います。地面の立場から、幾重にも視点と心理を探ろうとするところ、そこの思考力は、江里川さんらしくて良いです。
今回は秀作にとどめましょう。でも、敢えて不得手なところに挑戦してくれた心意気や良しです。
●荻座利守さん「昨日のこの場所」
感慨は、非常によくわかりますね。
「昨日」と書いてますが、まあこれは過去ということでしょう。
あの時、ああしておけば、あの人は去らなかったのにと、自分の不遜を恥じることがあります。あの人が去らなければ、自分の人生はまた違うものであったかもしれません。悔いはいつまでも胸を刺します。
5連の、
この先の
未来に残された全ての時間を
差し出してもいいでしょう
これは素晴らしいですね! 却って若い時なら言えるかもしれないけど、中年以降になって、この言葉はまず言えるもんじゃない。どれだけ愛してるんだろうと思う。素晴らしいな、この言葉。
8連は、その人の解釈次第なんですが、私はこの段階になると、もう手招きはしてくれてないんじゃないかと思うので、
寂しそうな
淡い微笑みをうかべています
案です。これを過去の幻影と思えば、手招きしてるし、現在の距離だと思えば、もう手招きはしてくれてないだろうと思った。そこはどちらでも。作者の解釈次第です。
余談ですが、いま最新の天体観測では何百億光年レベルのものが見えるそうですが、肉眼で見える星となると1~2万年光年、見える銀河では200~300万光年レベルらしいので、この詩において「幾億光年」と言わずに「何万光年」という言い方をしてるのは、肉眼レベルに合わせてて、正しいです(偶然かもしれませんが)。
それにしても、人生って、なんでこう、何度も失敗するんでしょうね? よく失敗するとこも含めて自分だから、しょうがないっちゃあ、しょうがないんですけどね。そんな自分も受け入れた上で、なんとか今後は、失敗の回数は減らしたいものです。
共感するところ、少なからずアリの詩でした。
うむ、名作を。過不足なく書かれていて良いです。
欲をいえば、表現でどこか光りたいんですけどね。やっぱり星のとこかな? 終盤かな? どこでもいいんですけどね。どこかで、ハッとする表現ひとつ入ると、完璧です。欲をいえば。
●廣末湊さん「窓」
廣末さんは私は初めてですので、感想のみになります。
うーーん、疑問を持つところから入るという点に関しては、悪くないです。
ただ、「外の世界はこんなにも広い」とか「世」とか、大きなものを大きなまま捉えようとするのは、ちょっと違うと思います。絵や写真の画面が、サイズが限られるものであるように、詩も、一つの詩で、全部を包括できるはずがないのです。もっと細かく捉え、テーマも一作一作で絞り込むことが大事です。そのためにはまず、「外の世界」とか「世」とか、全部をひとまとめにした言葉を使うのをやめるとこから、始められることです。
この詩で申し上げれば、人の目はいろんなものに目移りし、迷うのに、窓をきっぱりと一点を捉えていることを、むしろ褒めてあげて下さい。窓は偉いと。
それから、詩だから短く書くと、最初から思い込まずに、まずは伝えたいことを、センテンスになってもいいので、きちんと全部書こうとすること。そちらの方が大事です。
また書いて下さい。
島秀生様、「無駄遣い」に評を頂きありがとうございました。
私の場合の投稿は、完成品というよりも、どちらかというと漫画でいうところのネームを見せて、こうしたいんだけどあとこれに何を足したら良いか?と相談する感覚に近いです。なのでわりとすぐ指摘頂いた内容を参考にしてパッと書き直してしまうことが多いです。評価は一般論で全然構わないし、わからないで全然構わないのですが、最終的に何処まで譲れるのか、何処で線を引くのか、その決め手となる指針が欲しいというのが正直なところです。自分でもこれはちょっとどうかなあ?と思いながら投稿してる部分もあり、最初から解答だけで書いてしまったらどうやっても面白くならないとわかってるからそうしているという部分もあります。
ちなみにこの詩は、実は同棲カップルの結婚式当日のことを歌ったものだったのですが、正解はわりとどうでも良くて、最後の最後にそれまでの謎が一気に解けるような構成にしたかったので、中盤あたりでそれをどう匂わせるかとか、ミスリードを効果的にさせる方法とか、サンプルのレビュー的な意味合いでの感想が欲しかったのでした。改めて今読むとかなりとっ散らかっているし、余計な部分も多いので焦点が絞り切れてないのを感じます。結果として非常に有意義な意見を頂けましたこと感謝致します。
私の場合ストーリーはそういったレトリックな部分にしか無いのかもしれません。秀作プラスもありがとうございました。またよろしくお願いいたします。
残り6作は、日曜朝に。
●エイジさん「眠そうな子供たち」
1~3連まで、凄く良いと思います。ちょいとギターのテクニックも見せながら、それも「お父さんの得意だった」の象徴になるから、違和感なく組み込んでいます。
また今回のオオマトペは、上手に取り入れてきました。キレイです。1~3連までは凄くいい感じに書いてるなあと、感心しながら読んだんですが、終連がボロボロに思う。
終連が、ものすごく乱暴というか、大雑把に書きすぎと思います。
お父さんは天にいます
↓
だから おやすみ子供たち
この流れだと、子供たちも死んじゃいますよ。
あいだの言葉をはしょりすぎだと思う。要するに、お父さんはいないけど、今もそこでギターを弾いていますよ。だから安心してお休みなさいってことを書かないといけないんじゃないんでしょうか?
だから おやすみ子供たち
↓
休暇届を出しましょう
いきなりサラリーマンになりました。
ここ、サラリーマンにする必要あったんでしょうか? 終連に来るまでは、もっと小さい子がまどろむ姿をイメージして読んでたんですが・・・。なぜ、休暇届???
まず標準的に直すべきは、こういった部分です。
でもこの詩って、終連の持って行き方によっては、ぐんと良くなる、化ける余地をもった詩なんですよ。ここまで叙景詩的に来てますが、終連でテーマ性を持つのも良いのです。
例えばお父さんの死因が、戦争や事故といった理不尽なものである場合に、ここで語ってるお母さんが、それを子供たちにふっと教える、という形を取っても良いし、また、これを話してるお母さんがシングルマザーとして、これから子供たちを一人でもしっかり育てる気持ちを示してもよい。
叙景詩で終わらずに、終連でテーマ性を持ってくるのもアリの詩なんです。
まあ、どうするかはお任せしますが、ともかくせっかく1~3連をキレイに書いてきたのに、この終連はダメでしょうって感じです。終連、やり直してみて下さい。
1~3連だけ評価して、おまけ秀作にします。
●水野 耕助さん「生きるの真ん中に」
5連、良いですね。
まだなにも知らない
生きるということの
真ん中に
指ひとつでも
触れられるまで
この詩行、とても良いと思う。その気持ち、気概や良しです。
また、その前のステップとして、
死んではいない
そのことを認識はできても
この認識も、大事なものだと思います。
「どっこい、生きてる」、それが大事です。
世の中、捨てる神あれば拾う神あり、なんですけど、生きてないと拾ってもらえないのですよ。
終連の気概もいいですね。しがみつくこと大事。しがみついてると、なんとかなるもんです。
うむ、よく書けてます。今後どう発展していくか?ということはあるんですけど、現時点における「水野さんの詩」的には、これはパーフェクトに思います。秀作プラスあげましょう。
●妻咲邦香さん「無駄遣い」
ランダムな部分、部分の重ねとして読んでも、1本の芯となる情感は見える詩なので、わたし的にはOKですね。つまり、全体として伝わる芯はあるのでOKですが、思うに、妻咲さんの詩って、起承転結があるような、ないような詩が多いので、ストーリーで読ませる人じゃないのかもしれませんね。少なくとも読み手側からは、ストーリーが見えないことはままあります。この詩も全体のストーリーは見えないし、たぶんそれは書いた本人しかわからない状態ですが、全体を通しての、一貫した情感があるし、パーツパーツが結構楽しめるし、最後、ハッピーエンドだってのはわかるから、読みどころとしては、それで充分満たしてる、という感じです。
話が正しく理解できてるわけではありません。とりわけは、
わざわざ巻き戻して「初めまして」と言うための今日は
最初で最後の無駄遣い
タイトルともなっているこれの意味は、分からずじまいです。
なんとなく、元の鞘に収まったのかな?と想像するばかりです(←違うかもしれません)。でも、そこの意味はわからんけど、地球が回ったのならいいやって、割り切ってハッピーエンドに浸れるから、読後感は気持ちいいです。作者の嬉しさが伝わってきて、こっちにも嬉しさを分けてもらえる詩ですね。(本当は意味わかってないから、「つられて笑う」みたいな世界ですけど)
パーツで特に印象的だったのは、
狭いベッドで毛布を引っ張り合って、負けたら叩いて起こす
今は石鹸みたいに小さくなった
この2ヵ所です。
というわけで長短ありますけど、いい肉声がふんだんにあって、情感はしっかり伝わったことを評価し、秀作プラスを。
●麻月更紗さん「星空」
相手のことを具体的に想ってる、そのリアル感あるところは良いと思います。
メールを送れば答えは返ってくる
だけど
の気持ちは、そこちょっと表現おかしいけど、たぶん物足りない気持ちがあるんでしょう。また、
あなたは空なんか眺めない
と、相手の具体をわかっているところが、両者の近しさを表わしていて、良いです。
また、初連と2連の、真逆ではなくて、自分のところも星がよく見えてないけど、都会はもっと見えないだろうの比較の仕方も、珍しい形だなと思った。
2連2行目の「星空」は「星」でしょうね。
地上にはたくさんの星
でも、空は真っ暗闇のひとりぼっち
そんな夜空をあなたは
見ているだろうか
こうだろうなあー
3連、「なんとなく」と思っていても、「なんとなく」を書いてはいけない。
また3連は、つまるところ、相手が遠くにいることを恋しく思っているのであって、
離れていることを
感じていたいのかもしれない
この表現の仕方だと、意味合いが逆になりませんか? 3連は一考要に思いますよ。
良いとこ、悪いとこ、玉石混交ですけど、全体の印象、詩情は悪くないんで、おまけ秀作にしましょうか。夏の大三角形も良かったし。
でも指摘したところの表現は、もうちょっと詰めて下さい。
●ロンタローさん「あの頃のこと」
2連の、二人の道が迷路のようにこんがらがって、元に戻れないんだという表現は、とてもよく伝わりますし、わかります。
うーーん、実のところ、ただこんがらがってるだけなら、根性入れて、辛抱強く解きほぐしていけば、解きほぐすことは不可能ではないんですけどね。人ってそもそもが変わっていってしまうものなので、解きほぐしたところで、もう元の場所にはいないってことがあるんですよ。難しいんですよね、そこんとこが。
3連は、正直いうとかなり違和感がありました。自衛隊の編隊飛行でもないかぎり、飛行機雲が2本、同時並行ってことはまずあり得ないからです。空に2本見えることがあっても、それは、空のあっちとこっちって感じにバラバラにしか、旅客機の場合、出ないはずです。万が一あっても、着陸と離陸で、向きが真逆のはずなんですよ(その場合も高度はかなり離れます)。それに飛行機雲って、そもそもが端っこが切れてるものなので、どこまでも続いてるようなものではないのでねー。
そうした現実の飛行機雲に照らし合わせて考えると、ここの記述は全くそぐわないのですが、ただ、ここは3連の展開部であるから、夢想があっていいし、空想の図としての絵づらはとてもキレイなので、想像で書いた絵と、割り切って読むとキレイではあります。まあ、条件付きで可といったところです。
構成上でいえば、この詩は3連でうんと盛り上げなきゃいけないとこなんですが、どっこい、それが理由で私は3連はさほどでもなかったです。風景図としてはキレイなんですけど、比喩としてどうなんだ???って疑問は残りました。
そこはまあ小さな疑問なんですけど、それより、どうしても引っ掛かるのが、初連と終連のテンションの差なんですよね。
初連を読むと、戻ることが非常に難関なりに、戻りたい意志を感じるのだけど、終連を読むと面影も薄れて、戻る意志がなくなってる感じに読める。なんていうか、もう過去のものにしてしまって、哀愁の目で見てる感の、終連なんですよ。
もし、そうでないならば、終連の前半3行は変えられた方がいいと思う。ここがそういう雰囲気を出してしまっています。
はたして初連のスタンスの方に終連を合わせるのか、終連のスタンスの方に初連を合わせるのか、そこはご本人にお任せしますけど、ともかく両者のスタンスが食い違って読めてしまうのは、よくないです。
未練が残ってるのであろう、そのお気持ちはわかりますが、作品として、書く方針は定められた方がいいです。中盤はまあ彷徨ってもいいんですけどね、最初と最後の芯は通さないと。
うーーん、全体としていいセンは行ってて、悪くはないんですけどね、あと一息、詰めてほしいなあー、というところです。半歩前にします。
●秋さやかさん「はつこい」
ダイナミックな展開ですね。実のところは、飛行機雲と鳥の高度はまるで違うし、雲を辿ったところで太陽の距離とはまるで違うし、太陽に向かっていたものが落ちたら、下に月があるという位置関係もまるで違うのですが、しかしながらここまで一つも合ってないと、逆に空想物語として、わりきって読めるから、おもしろいです。逆に常識にこだわってると、この物語は書けないですから、割り切れるところが凄いですね。
思うに、星座だって、人間が勝手にいろんなものに想像して、ありもしない名前をつけてるんですから同じことですよね、この雲うさぎの物語だって。
お話、とてもおもしろいですし、特に雲うさぎの「動」が旺盛ですので、動きを追うように、読む方も、どんどん読み進みたくなります。良い魅力を持ってる作だと思います。
欲をいえば、「恋をした」のところで、その感情を噛み締めるようなタメがもう少しあるといいですね。大袈裟にはいらないんですが、1行で行き過ぎてしまうので、もう1行くらい気持ちのタメがほしい感じがしました。
2連の「戸惑ってたら」のとこもそうですね。「戸惑ってたら」の前に、「ここ、どこ?」「どうしよう」みたいな、ちょっとタメがあるとベターですね。
あと、タイトルなんですけどね。詩的にはひとひねりしたいとこではあるんですが、せっかくメルヘンチックにまとめているので、タイトルもそれっぽくていいように思います。
この詩における最もインパクトある言葉は、オリジナルの「雲うさざ」という言葉なので、この言葉を使って、「雲うさぎの恋(全部ひらがなでも可)」とした方がインパクトがあると思います。
いえば、雲うさぎは生まれたてであるので、雲うさぎにとって太陽は初恋ですが、お月様の雲うさぎへの恋については、月は前からいるだけに初恋とは思えない。よって「はつこい」だと片側しか指さないのに対して、「雲うさぎの恋」であれば、両方を指すことができるという点でも、こちらが良いように思います。
気になったところは以上ですかね。
このお話は初恋にやぶれても、また希望が湧く話でいいですよね。かわいそうなことの後に、良いことがあって、読後に「ああ、よかった!」の読後感が湧くのが良いです。お話自体はよくできていると思う。ちょいおまけ秀作プラスを。
もう真っ白な世界で
子供たちよ
太陽に照らされて
つくられた影に
私たちを思い出してくれ
愚かな者は 深海に 都市と共に
沈んで行って見えなくなる
今はまだ緑の上の
つくられた影に
後ろめたさを感ずる私を
君たちよ
ふと思い出してはくれないか
代わりに私も思い出そう
私が立てる土に
埋もれ去った幾人を
海の夢を見た
砂浜に立つ小さな小屋の前
膝を抱えて座っていた
荒れた海は
大きな波を浜に打ち寄せていた
横には、あなたの気配
あの頃
二人の幼い心は
互いの存在を信じて疑わなかった
こうして、肩寄せ合っているだけで
満ち足りていた
空はただ青く、海は穏やかに広がっていた
そして、二人の指が触れた
時が経てば、幼い心も少しずつ大人になる
当たり前のことに気付かず
いつの間にか
隣に、あなたは居ない
心の隙間に砂が入った
海が遠ざかっていく
青い空の中、嵐の前触れの風に
雲々は、千切れて夏の尾となり渦を巻く
海を渡る遊覧船が、白い泡粒を残し、うすく消えていくとき
海の底で眠っていた秋は、白い泡粒となって出てくる
私は、取り残された貝殻ように
乾いた砂の中で窒息するでしょう
胸の中に小さな氷の欠けらがある
夏の終わりの夜空で凍える星の震えは
空っぽの身体の中で、虚しく共鳴した
凍えた身体は
あの時、飲んだのと同じ
あなたの好んだバーボンで紛らわし
怪しく揺れる琥珀の液体に
焼け爛れた胸の中
それでも、氷の欠けらは溶けないのです
齋藤さま
「君が出て行った」に評をどうもありがとうございました。いつも丁寧に読んでくださってとても嬉しく思います。最近、また色々と書き始めていますが、いつもどこかで詰まってしまうのでそのままにしてある中途半端なままの詩が沢山あるのに気がついて、自分なりに完成させようとしている所です。また投稿するかと思います。どうぞ宜しくお願い致します。