おはようございます(^^)
月夜の「月光」を聴く会では、シャイで謙虚なピアニストさんのお人柄に感激したので、図書館にて、お月見会報をつくる。3ヶ月ほど前から、「月光」のリクエストをしていたのが、どうせならと月夜に聴かせてくれることに。ジャズピアニストさんなので、クラシックはハードルが高いらしく、「私も一生懸命練習しますので、皆さんも一芸を披露してください」とのお達しあり。
まずは、店主がジャズを歌って、おにぎり弁当を仕上げにキッチンへ。観客が少なすぎては申し訳ないので、夫も参加させる。「弓矢と的を抱えて行って、パフォーマンスしたら?」と勧めると「やめてくれ」と却下されたので、昔流行った「思い出の渚」を歌ってもらう。ピアニストさんの伴奏つきだと、聞くに堪えられないことはない。
3年生の孫娘も機嫌よく、学校で習っている「パフ」をリコーダーで吹いてくれる。犬使いの母娘も見えていて、6年生が「風を切って」をリコーダーで吹いてくれる。
好々爺は、遠藤周作の一文を朗読。「一見役に立つ文明より、一見役に立たない文化が大切、、、、」的な内容だったと思う。ハイパーミシンの時代に一針一針手縫いし、文語体で旧仮名で俳句を作っているお吟としては、励まされる文章だった。
そして、ピアノソナタ第14番<月光>が流れる。格子戸の外を歩く人が、立ち止まったりしている。心にしみる音色だった。お吟は、歌が歌えないので、三句ほど即興で詠む。それを小筆の師匠が染筆してくれる。ピアニストさんがジャズっぽく静かに弾いてくれるので、ゆっくり披講させてもらった。雰囲気ありすぎ(笑)。
夕飯の後は、飛び入りの我らがお茶人が、薩摩芋そっくりの和菓子をこさえて来てくれたので、お茶会となる。
「月光」を弾く人かこむ良夜かな お吟
ピアノ聴く月の野点となりにけり
茶人書家シェフピアニスト月の宴
母の介護が始まる前はときどき散策していた鬼城山へ、10年ぶりに登ってみた。すり鉢を逆さにしたような、広々とした山頂には、謎の古代山城の礎石群が残っている。稲刈り真っ最中の麓の温度が30度近くあったのでどうかなと思ったけれど、山頂は25度で、なんとか歩けた。
東西南北4か所の城門と、6か所の水門が存在したことが、発掘調査で分かっている。写真は、復元された西門から、平野部を見下ろしたもの。お吟の住む海沿いから高速を使って1時間も内陸部へ入ったというのに、瀬戸内海から四国の山、左に目を移せば小豆島まで見渡せる。復元整備された西門は、俳句で言うなら「全部言っちゃお仕舞よ」という物なので写さない(笑)。
1300年前の西門の礎石に立つと、歴史ロマンただよう風が吹きぬける。左の壁は、古代製法で復元された城壁。鬼城山は、伝説の中で温羅(うら)と呼ばれた鬼が住んでいたとされる山。そのことから、日本遺産「桃太郎伝説」の生まれたまち岡山の構成要素となっている。
鬼あざみ鬼のみ風に吹かれをり 攝津幸彦
倉敷の茶房にて、ピアノソナタ第14番<月光>を聴く。ベートーベンが1801年、今から約220年前に作曲した。それは、ベートーベンが30歳の時で、そのころ、すでに耳がほとんど聞こえなくなっていた。
月光の満ちゆくかぎり蕎麦の花 古賀まり子
文化財の景観を守るために田んぼを買って合鴨農法をしている方が、来月京都の着物ショーでランウエイを歩かれるときの着物、お母さんの訪問着を一回り大きく仕立て直したものを取りに見えた。取りに見えるのが遅れたのは、日本の打掛や黒留袖や振袖から作ったドレスショーでランウエイを歩くのにパリへ行っていたから。パリは突然のストライキで信じられないほど歩いた、、、というので驚く。プロのモデルさんではない。肩書きは主婦だそう。
「私って、何やってるんでしょう、何にもやっていないに等しいです」と謙遜し、お吟の職人としての暮しに一目置いてくださる可愛い方である。90代の実母さんと義母さんのフォローもし、稲刈りに小学生を招待して、脱穀精米からおむすび作りまで体験させてあげたりしているのにだ。プロに頼んでジビエ料理もふるまうのにだ。「するのは提案だけで、稲刈りもジビエも苦手なので友達とのランチに逃げます」ですと(笑)。
今日のマニキュアは、パリのランウエイを歩いた時のピンク系♪栗きんとんを喜ばれる。
ロンドンのパリの月みて来よとのみ 久保田万太郎
