隣町へマンドリンオーケストラを聴きにゆく。間奏曲「長崎のロレンソ」など。作曲者柳澤明良が、芥川龍之介の小説『奉教人の死』の音楽化を試みて作曲された。なんだか、昨日の続きみたいだ。
コスモスの風ぐせつけしまま生けて 和田華凛
尾道の向島に住む句友の計らいで、古民家での生演奏を聴きにゆく。たとえば、今回の俳人である主催者は、自分の来し方が久女に通じるものがあると思っているので、演奏者は、久女の句をテーマにした曲を奏でる、、、という具合。ボーカルもコントラバスもパーカッションも、プロのアラフォー。エキゾチックな顔立ちの沖縄出身のボーカルは、お祖父さんの三線を子守唄に育ったそう。
秋灯のひとつは島へ帰る船 向島の演奏会主催者
小筆遊びのあとは、いつものメンバーで、料理好きさんのお店の家庭的なランチをいただき、パン屋のイートインでデザートを食べる。最近は、そのあと豆腐屋へ寄って、湯葉豆腐やがんもどき・おからコロッケを買う楽しみも加わった。我らがお茶人は、こっそり揚げたての枝豆の握り天とタコ天を四等分に切ってもらったりするので、車の中で熱々をかじることに(笑)。
遊んだあとは仕事である。この相思鼠の長襦袢の反物、横糸に麻、縦糸に綿で織った新素材である。何度も洗っているうちに裄が伸びるらしいので、最初から2分ほど短く縫う。横のびするなんて、お吟の美学に反するが、さて、着心地はどうだろう?
蕎麦よりも湯葉の香のまづ秋の雨 万太郎
我らが猫髭様の突発性難聴は、まわりの見聞きした方々より重症のようですね。時間が掛かっても、日にち薬で自転車に乗れるまでに回復してほしいと願っています。杖をついてでもお仕事に行かれているんだから、絶対治ると信じています。
お吟も50代は、喉の違和感から始まって、首から上の奇病にとりつかれて、ほとんど死んでいた10年でしたが、仕事があったので生き延びることが出来たのだと思います。こんなに元気に古希を迎えられるなんて、思いもしませんでした。耳鳴りは喧しいし、目の前を蚊がわんわん飛んでいますが(笑)。
俳句をする前、水彩画を描いていたころの仲間Hが、春に切り立った山頂から滑落して亡くなり、「無謀な登山をするからだ」と言っていたもうひとりの仲間、登山愛好家のMが、先日ぶどう狩りの最中に骨折しました。70過ぎたら、若い頃より筋力がかなり低下しているので、よくよく気をつけなければなりませんね。
十二神将怒り秋日を強めたり 細見綾子
おはようございます。
猫髭さん、大変なご様子お察しいたします・・・。
一日も早く自転車に乗ることが出来るよう、お祈りしています。
一瞬にして身体障碍者になった気分で、今まで介護していた高齢者や障碍者の気持がよくわかる。「地べたを見ないでもっと先に目をやって」と歩行指導していたが、自分が杖一本もないとまともに歩けない身になってみるととてもじゃないが怖くて歩けない。杖がないと一瞬にして気が付くと転んでいるからだ。足元の地べたにどんな障害物があるかを確認しながら歩かないと命の保証がない。
わたくしも毎年佳音さんの「よべの月」を感嘆しながら読んでいるので、今年の旧暦の十五夜は10月6日、十三夜は11月2日、十日夜(とおかんや)は11月29日と三月見は調べてあるが、夜空を見上げて歩くというのが絶望的に無理だとわかった。立ち止まって両手を杖に置いてふんばって見上げないとよろよろ倒れてしまうし、常時左耳は突発性難聴以来血液の流れが左半分を轟音で覆っているので、携帯が鳴っていても右耳しか聞こえないから鳴っている右側を探しても見つからず、左側を見てこっちで鳴っているのかと気づく始末で、坂本竜馬が「いかんぜよ、頭をやられた」と言った気持がわかるほど、思考と方向感覚が曖昧模糊となっている。これでは怖くて一人で外に出て月を見るなど危なくて無理である。
階段が一番厄介で、手摺がないと左手で壁を触って右の杖と一段一段バランスを確かめながら昇り降りするので、歩道橋などとてもじゃないが渡れない。エスカレーターとエレベーターがない駅は命がけになるから無理である。だから今まで自転車ですいすい都内三区を自転車で走るなど狂気の沙汰である。突発性難聴になった句友やお茶の先生に聞いてみても、ここまで重症にはなっていない。頭の大きな耳鳴りが治ってくれないと、外の雨などわからないし、エレベーターで急速に上下した時のようにいつも耳が詰まった状態で道路を通過するトラックの音などどんと頭に響くから、ベッドに横たわって何もしない時が左右は五月蠅いが、それ以外は問題ないので、ベッドでぼうっとしている時が一番幸せである。
ただし、仕事は電車とバスを乗り継いで、あとは杖を突いて歩いて通っている。いつの日か轟音が、あれっ、耳鳴りが地虫が鳴くくらいに戻ってる(左の小さいは耳鳴りは昔からで、父を看取った後に地虫が鳴いているのかと鳴り始めたから父の遺言かと聴いていたので支障はない)と自転車に乗れることを祈って。
