倉敷の茶房にて煎茶の席を設けてもらう。ランチは、切干大根のサラダ・三色パスタ・苺の甘煮乗せトースト。茶花は鳴子百合と紫蘭。茶菓子は尾道の鯨羊羹。美魔女さんは、少し伸びた髪を小粋にまとめ、縦縞のちりめんにアンティークの帯を銀座結びにして、竹久夢二のモデルのよう。近いうちに夢二の生家へ行ってみたくなった(笑)。
ほつそりと春袷着て恋もなし 中西夕紀
ちゃんと人の住んでいる古いお屋敷の能舞台へお話を聞きにゆく。合気道歴五十年にして能楽歴三十年という哲学者の内田樹さん、能の部活を頑張っている教え子からチケットを貰って観に行くうち、丁度離婚して娘と暮している時期だったので、小津安二郎監督の『晩春』の主人公みたいでいいじゃないかと、ご自身も能を始めた。のっけから笑わせてくれる。
シテは、大いなるものの通り道にすぎない。人間の体をした筒である。我を出さない。よく見せない。筒の内側に汚れがたまらないようにしておく。身を透明にするのだ。そうすると、より大いなるものを通すことが出来る、、、なんだか、俳句にも通じるものがある。
話の内容が新鮮で深くて、二時間があっという間だった。尾道からはるばるやってきてくれた句友は、質問してよい答えを貰ったり、ツーショット写真を撮らせてもらってご満悦だったので、句会のラインで流した。すると、りんさんから、偶然にもほどがある返信が来た。なんと、りんさんは西宮で、その内田氏から合気道を習っているという。お吟達は、世の中狭いねえと大盛り上がり。うどん屋でうどんが来るのを待っている時だったので、過呼吸状態に盛り上がっている人間がうどんを食べていいものかね、、、と(笑)。
山吹の風吹き入りて能衣裳 宇佐美魚目
県立図書館へ行ったついでに、珠玉の句を遺して25歳で夭折した住宅顕信(すみたくけんしん・1961年、岡山市生まれ)の句碑を旭川緑道に探す。内田百閒の句碑の辺りを探してもなかったので、対岸の夏目漱石の句碑辺りを散策する。遅桜の落花の中に、それはどっしりと構えてあった。
顕信亡きあと、その句が世に出たことも、句碑まで建ったことも奇跡に近い。22歳のとき結婚するも翌年白血病になる。四か月後に長男誕生。まもなく離婚。子どもを引き取り、病室で育児も。除幕式では、8歳になった息子が挨拶した。
若さとはこんな淋しい春なのか 顕信
かあちゃんが言えて母のない子よ
許されたシャワーが朝の虹となる
ぴのこさん、泣菫にお目を留めていただきありがとうございます。泣菫の字の美しさは群を抜いていたようです。
今日は、倉敷の茶房にてお針の会。筍と菜の花とグリンピースのパスタが嬉しい。シャツの襟の擦り切れたところを久留米絣で覆い、窮屈なタートルネックを切って絹地でふんわり覆えば、まだまだ4、5年は着られます(笑)。
春惜しむ画廊のやうな喫茶店 伊藤瓔子
