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論語でジャーナル

4,子夏曰わく、小道と雖も必ず観るべき者あり。遠きを致(きわ)めんとすれば泥(なず)まんことを恐る、是(ここ)を以て君子は為さざるなり。

 子夏が言った。「(取るに足りない)小さな技芸の道であっても、見るべき部分はあるものだ。しかし、究極まで極めようとすれば、小さな技芸は邪魔になる。だから、君子はそれをしないのである」。

※浩→「小道」を、道家・法家のような異端の学を指すと古注は解釈しています。しかし、荻生徂徠が指摘するように、子夏の時代はまだ諸子百家の成立以前で、朱子のように「農、医、卜筮(ぼくぜい)」などの技芸を指すと考えるほうがよい、と貝塚先生。子夏の門人の中には、技芸の末にこだわる人が多かったので、注意を与えているのでしょう。「遠きを致めんとすれば泥まん」を、「その技芸をそのままやっていくと泥沼に陥る」と読む説と、「小道」ではなく「大道」つまり究極の知を求める者には「小道」は障害になると読む説があります。吉川先生は前者で、貝塚先生は後者で、解釈が分かれています。悩ましいところです。「大道を歩むには小事にこだわるな」というのも理解できますし、「小事を軽視すると大事を招く」という『老子』のような考えも理解できます。あまり教条的に捉えないで、臨機応変、事態に即して柔軟に考えたいです。
 昨日は、のどかに元日を迎えたと思いきや、夕方には北陸で大地震で、人災ばかりか天災にも油断のならないご時世です。度々引用している「天下の難事は必ず易きより作り、天下の大事は必ず細より作る」を噛みしめて暮らさないといけません。新潟には2016年の、能登には2018年のアドラー心理学会総会で訪れていて、とてもよそ事には思えません。被害の少なからんことを祈る思いでいます。

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人の批判や評価をしないための心構えは?

Q0364
 夫と結婚して30年ほどになります。夫は人の批判や評価をよく口にします。例えば、会社の食堂で人がご飯をつぐ様子を見て、炊飯ジャーの蓋の閉め方がバタンと雑だとか、シャモジにご飯粒をいっぱいつけたままにしているとか。仕事もそんないい加減なことをしているに決まっていると、すべていい加減な人間だと結論づける。(野田:うん、僕もそう思う。)
 最近気がついたことが2つあります。1つ目は、私は夫がよく批判しているようなことはしないと無意識的に心がけていたこと。2つ目は、私自身が人のことを評価の対象として見ることが多くなったこと。夫自身はこれからも変わることはないと思いますが、私自身は夫の話を聞いても、その言葉にむやみに自分の行動を左右されずに、不必要に人の批判や評価をしないでいられるには、どのような心構えがあるでしょうか?

A0364
 なんでこれが問題なのかわからないけど、確かに、雑な暮らしをする人は、雑な仕事をすると私も思います。言うか言わないかは別にして、そのことに気がつくことはいいことだと思いません?だって、夫さんは自分はきっちりした暮らし方をしようと少なくとも思っていらっしゃるわけだし、わざわざそれを聞いてから、私はご飯粒をつけたままシャモジを置いておこうと思う人もいないでしょうし、やめようと思うのもいいことだし、そもそもこれが問題だと、僕は思わない。自分自身は人の批判しないでおこう。批判をするのはいいけど、口にしないでおこうということでしょう。
 というのは、人間はある目標に向かって生きている。目標って何かというと、よいことと悪いことを価値判断をして、そのよいことを目標と言う。人間は価値判断をして生きている。人間はいつも、自分が思う正しいこととか、自分が思う美しいこととか、自分が思うよいことに向かって生きているし、逆に、自分が思う悪いこととか、見にくいこととか、間違ったこととかをしないでおこうと思っている。もしもそれがなかったら、人間は大変不道徳になってしまって、ただ欲望のままに、したいことだけして生きることになってしまうじゃないですか。だからそうやって価値判断があることはいいことだし、別に禁止しなくていいことだと思う。ただ、人に言うかどうかはまた別の問題だと思う。価値判断をやめようと思うのは、あまり意味のない願いで、それを人に向かってむやみに言うのはやめようって思うだけでいいんじゃないですか。
 私は、他人についてとか、自分の境遇についてだとか、悪いところを探してもしょうがないと思っているので、「パセージ」にも書いてあるように、よいとこ探しをしたほうがいいから、「いろいろ問題はあるけど、ここはいいとこね」というのを少なくとも1個は言おうよ。自分もいろいろ問題はあるけど、「ここはできてるよね」って、ポジティブな側を心がけるのがいいことだと思っているので、これどうですか?まあ、ご飯粒つけたまま蓋をバタンと閉めるのはだらしないことかもしれないけど、逆に大らかな人でもあるわけだし、細かいことにこだわらない人だということでもあるし、すべての長所はある種の欠点で、すべての欠点はある種の長所で、みんなポジティブにもネガティブにも読み替えられるわけだから、悪い側だけ見なくていいんじゃないかなと思う。(回答・野田俊作先生)

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論語でジャーナル

3,子夏の門人、交わりを子張に問う。子張曰わく、子夏は何をか云(い)える。対(こた)えて曰わく、子夏曰わく、可なる者はこれに与(くみ)し、その不可なる者はこれを距(こば)めと。子張曰わく、吾が聞ける所に異なり。君子は賢を尊びて衆を容(い)れ、善を嘉(よみ)して不能を矜(あわ)れむ、我の大賢ならんか、人に於いて何の容れられざる所あらん。我の不賢ならんか、人将(まさ)に我を距まんとす。これを如何(いかん)ぞそれ人を距まんや。

 子夏の門人が、人との交わる心得を子張にたずねた。子張は言った。「子夏は何と言っているのかね?」。子夏の門人はかしこまって答えた。「子夏は、交際していい者とは仲間になるし、交際してはいけない者は拒絶するとおっしゃっています」。子張が言った。「それは私が(これまで)孔先生から聞いた話とは違う。君子は賢者を尊敬するが、同時に多くに人を包容し、善人を賞賛しながら、(善行を行う)能力の足りない者に同情する。仮に自分自身が大賢人であるとするならば、その対人関係は、どこへ行っても不包容ということがあろうか。すべてを包容しすべてから包容される。逆にもし、こちらが不賢者であるならば、相手がまずこちらを拒絶するであろう。こちらから人を拒絶するということが、どうして起ころうか」。

※浩→明けましておめでとうございます。辰年がスタートしました。新年にふさわしく(?)交友関係についての問答です。
 子夏の朋友に対する態度は、孔子の「忠信に主(した)しみ、己れに如(し)かざるものを友とするなかれ」の趣旨に従っていますが、もし人が自分より優れた人を友としようとすると、相手もまた自分より優れた人を友とするでしょうから、その関係は成立しえないことになります。人が内省的で自分への評価が控え目で、他人の長所を見て高く評価する。他人の中に自分より優れた点を見出してその美点を学び、その人を友とするということではじめていわゆる「君子の交わり」が成立すると言えるでしょう。子夏の「可なる者はこれを与し、不可なる者はこれを拒め」という単純な是々非々主義では、友人関係を社会関係として成立することは難しい、と貝塚先生は述べられます。子夏はただ理性的に朋友関係を求める説で、子張は心情に根拠を置いていて、両者の説は対立します。創始者が没して弟子の時代になって学派の対立が生じています。どの思想にもあります。キリスト教も仏教もそうでした。わがアドラー心理学もそうなるのでしょうか。私たちのは創始者アドラーからルドルフ・ドライカース~バーナード・シャルマン~野田俊作先生という流れで学んでいます。ドライカースがアメリカへ亡命して、アメリカ学派ができましたが、ドイツ学派はもっともっとフロイト心理学に近いそうです。アメリカでもドライカースやシャルマンのシカゴとニューヨークは違うそうです。他派はともかく、私たちは野田先生から伝えられた教えを「純正アドラー心理学」としてとらえて学び実践しています。が、他派への寛容さも忘れてはいけないと思います。そうでないと、昨日の「土着思想」に陥っていまいます。フロムの「創造的精神は常に批判的である」というフレーズを忘れないようにしないといけません。

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面白い話ができるには?

 辰年の新年、明けましておめでとうございます。今年も元気に投稿を続けます。スタートは新年にふさわしい「人生を楽しむ」お話です。

Q0363
 面白い話ができるようになるにはどうしたらいいでしょうか?すみません。

A0363
 「すみません」ことはないですが。人生に関心を持つこと。その中で特に「あること」に関心を持つ。関心を持ったことについて学ぶ。子ども時代に学びませんでした?くだらないことを。
 私はいろんなつまらないことを学びました。恐竜さんについて一時学びました。小学校の中学年か高学年かのときに、恐竜の本を1冊親が買ってくれたのか自分で買ったのか、字で書いたものに挿絵も付いていて、恐竜の歴史というか、いつごろできて、どんなのがいてという発達史を書いた本で、ボロボロになるまで何度も読んだ。恐竜についてよく知っている子でした。今はみんな忘れました。そのあと、軍艦について学びました。なぜか、大阪港の南のほうに船を解体する工場があるんです。アメリカの中古品の軍艦がよく売られてきて、解体してたんです。そんなのを小学生のときみんなで見に行っていたので、軍艦てかっこいいよねと思っていた。戦艦大和の写真とか載った本をね。やたら詳しくなって、「日本海軍の船なら全部当てられる」と。みな忘れましたけど。その都度その都度いろんなものに凝って、「何でも聞いて」になるんです。このあいだまで沢登りに凝ってて、「山の中での登山技術なら、ロープ使って山に登る方法なら……」と言っていた。みな忘れましたが。そのあと釣りに凝って、「ブラックバスを釣る方法なら、汚い手、きれいな手、何でも知ってますよ」となって、これも忘れて、今はチベット仏教に凝って、こうやって一生暮らすんです。
 だから、いつも夢中になれるものを1つ持っていることです。夢中になれるものがあれば、それは自然に面白い話になるんです。他人にとっては面白くないんだけど、話をしているとある人たちは聞いてくれます。それで十分。別に吉本の芸人になるわけではないから、相手を面白がらせるという視点で考えないで、自分が面白がるというところから始めてほしいんです。だから、自分が夢中になって面白がれるものを探してください。そうすれば、その話は、ある人にとっては面白く、ある人にとっては面白くないでしょう。それでいいです。そういうもんです。(回答・野田俊作先生)

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論語でジャーナル

2,子張曰く、徳を執(と)ること弘からず、道を信ずること篤(あつ)からずんば、焉(いずく)んぞ能(よ)く有りと為さん、焉んぞ能く亡しと為さん。

 子張が言った。「徳を守って固くなく、道を信じて誠実でなかったら、世に生きても何の影響なく、死んでも何の影響もないだろう」。

※浩→「弘」は「広」とか「大」とか訳されますが、貝塚先生は「強」と解釈されます。このほうが、「徳を執ること弘(かた)からず、道を信ずること篤(あつ)からずんば……」とバランスが良くなるそうです。子張の断定口調の道徳観を示しています。徳目を守ることの重要性、人道を誠実に踏み行うことの価値を主張していて、人としての仁徳や人道を軽視して生きるのであれば、生きていても死んでいても大差ないと、子張は孔子よりもやや中庸を欠いた激烈さ(気性の激しさ)を持っていたのです。弟子によって教義が次第に固定して教条主義の傾向が強くなっています。古今東西、新たに創造的思想が誕生したのち、創始者がいなくなって後継者に受け継がれていくにつれて教条化していきます。野田先生は「土着化」するとおっしゃっていました。1992年の横浜総会での基調講演は「心理学における土着思想と反土着(創造的)思想」というタイトルでした。この講演は終了後直ちにカセットテープが販売されました。もちろん購入して、その後何度も聞き直しました。東西の哲学思想を引用されていて、ある程度の素養がないと理解できない内容でしたが、岸見先生は哲学者ですからとても好印象を持たれたようでした。私は岸見先生の足下にも及びませんが、授業で少々哲学分野も扱っていたこともあり、すんなり受け入れられる部分がかなりありました。のちに機関誌『アドレリアン』に一部手直しされたものが掲載されました。これは文字で残っていますので、冒頭部を引用しておきます。↓
 1,創造的思想と土着思想
□文化への治療としての創造的思想
 エーリッヒ・フロムは、「創造的思想は常に批判的思想である」(『フロイトを超えて』)と書いています。何に対して批判的であるかというと、社会が共有している自明性に対してであると思います。「共有された自明性」は、通常「文化」と呼ばれています。それは、多くの場合無意識的であって、言語化されることがなく、したがって反省してみられることがありません。それを意識化し言語化して、理性にもとづいて批判を加えるのが、創造的思想の役割です。創造的思想とは文化批判なのです。
 文化は個人のライフスタイルに相当するものですから、そこには、良いものも含まれているでしょうが、問題のあるものも含まれているはずです。それを批判的に再検討して、問題点を明らかにし、代替案を用意することは、個人の心理療法に相当する作業です。創造的思想は、文化に対する治療的アプローチなのです。これがなければ、人類の精神的進歩はありません。
 創造的思想は、例えば地位や財産についての成功のような、世俗的に容認され、さらには偶像化されてきた価値を批判して、代わりに、より人間的な価値を発見しようとします。その結果、必然的にスピリチュアルなタスク、すなわち、「私は誰であるか」「生の意味は何であるか」にかかわることになり、真に人間的な生き方は何であるかを問題にする思想になります。アドラー心理学もまた、世俗的な偶像化された価値を批判しつつ「人生の意味」を問い続ける、批判的で創造的な、本質的にはスピリチュアルな思想であると思っています。
□文化批判への治療抵抗としての土着思想
 創造的思想が文化の価値観を批判する時、それへの反動として、文化が本来持っていた価値観を擁護するための思想が形成されてきます。これを土着思想と呼ぶことにします。土着思想は、批判の否定ですから、「考えることをやめて、現状をそのまま受容せよ」と主張します。これが土着思想の基本的メッセージです。
 土着思想の例として、例えば、神道の思想をあげることができるでしょう。古代日本の文化的自明性が言語化されたものが神道ですが、これは仏教という外来の思想に触れてはじめて思想化されました。仏教が批判的創造的な役割を果たした時代があったのです。神道は、日本古来の価値観を反映していると思われますが、歴史的に見れば、仏教への反動としてはじめて言語化されたものです。こうして言語された神道の思想は、おおむね次のようなものです。
 世の中に生きとし生ける物、鳥虫に至るまでも、おのが身のほどほどに、必ずあるべきかぎりのわざは、産巣日神(むすびのかみ)のみたまに頼りておのづからよく知りてなすものなる中にも、人は殊にすぐれたる物として生まれつれば、また、しか勝れたるほどにかなひて、知るべきかぎりは知り、すべきかぎりはする物なるに、いかでかその上をなほ強ひることのあらむ。教へによらずては、え知らずえせぬものといはば、人は鳥虫に劣れりとやせむ。いはゆる仁義礼譲孝悌忠信のたぐひ、皆人の必ずあるべきわざなれば、あるべきかぎりは、教へを借らざれども、おのづからによく知りてなすことになるに…。
 これは江戸時代の神道思想家・本居宣長の『直毘霊(なほびのたま)』の一節ですが、ここには、「考えることをやめて、現状をそのまま受容せよ」という土着思想の特徴が端的に言い表されています。
 しかし、ただそう言ったのではいかにも説得力に欠けるので、土着思想は、この主張の正当性の根拠として、根元的な秩序形成力(ここでは産巣日神)を持ち出します。そして、それと人間の意志的努力との葛藤という図式を描き、人間の不幸の原因をこの両者の対立に帰しておいてから、秩序形成力を十全に働かせるためには、人は意識的な努力を放棄しなければならないという結論を導き出すのです。すなわち、
1. 根本的な秩序形成力が存在する。
2. 意識的努力は秩序形成力と対立し、混乱を引き起こす。
3. したがって、意識的努力を放棄すれば、おのずと秩序が現れる。
 というように論理を構成します。
 このようにまとめると、これは日本独特の思想ではまったくなくて、世界中にある思想であることがわかります。例えば、中国にもこういう思想はありました。
 虚無の道を極めて静寂の境地に入ると、この世に起こるさまざまのことは、結局は窮極の実在である道(タオ)の現れであるとわかる。事物は変動するが、その元に根本がある。その根本に帰ることを静寂と言い、静に帰ることを天命に復帰すると言う。
 聖人の教えなど捨てれば、民の利益は百倍になる。道徳など捨てれば、民は親を敬い子を慈しむ。名誉欲や物欲を捨てれば、盗賊はいなくなるであろう。
 これは『老子』からの引用です。老子の思想は、当時の文化への批判であった孔子の思想への、文化の側からの反動であると考えることができます。ここでも批判的思想が先行し、それへの反動として文化的自明性が土着思想として言語化されているのです。また、ここでも、根元的秩序形成力(ここでは道)の存在と自己放棄の必要性を根拠にして、楽天的な現状肯定が主張されています。
 ここには、盲目的な現状肯定があるだけで、批判精神も創造的発想もありません。それはそうで、土着思想は、文化への治療である批判的思想に対する、文化の側からの治療抵抗であり、伝統的慣習の自己弁護、自己保存努力であるにすぎないからです。

□創造的思想の土着化
 批判的な創造的思想も、継承されるうちに批判性を欠くと、容易に土着思想に呑み込まれてしまいます。思想の歴史は、批判的創造的思想が現れては、やがて土着思想に呑み込まれ、それに対する批判としてまた新しい批判的思想が現れる、ということの繰り返しであったと言ってもよいでしょう。
 ある時代の日本と中国においては、仏教が批判的思想であり、神道や道教が土着思想でありましたが、仏教はやがて土着思想に呑み込まれてゆきました。例えば、日本中世天台宗の論書である、伝源信『真如観』は、
 今日より後は、わが心こそ真如なりと知り、悪業煩悩も障りならず、名聞利養かへりて仏果菩提の資粮(しろう)となりつれば、ただ破戒無慙(はかいむざん)なり懈怠嬾惰(けたいらんだ)なりとも、常に真如を観じて忘るることなくば、悪業煩悩、往生極楽の障りと思ふことなかれ。
 と述べていますが、これは仏教用語で書かれた土着思想です。ここでは、仏教は神道に呑み込まれているのです。
 中国では、例えば、唐代の禅僧臨済が、
 諸君、ブッダの教えは工夫を用いることがない。ただ、平常無事で、排泄したり、着替えをしたり、飯を食ったり、疲れれば寝たりするだけのことだ。愚か者はこういう私を見て笑う。しかし智者ならばわかる。昔の人も言っている。「外に向かって工夫するなどというのは、大馬鹿者だ」とな。君たちが、どこにいても自己自身でおれば、することなすことみな真だ。外から何がやって来ても、君たちを引き回すことはできない。これまでの無限の生涯に蓄積した悪いカルマがあっても、そのままで自然に解脱の世界に生きることができるのだ。(秋月龍民『臨済録』)
 と言っています。これも仏教用語を用いてはいますが、まったく道教的であり、土着思想に呑み込まれた仏教なのです。
 ちなみに、このようにして、元来は批判的思想であった仏教が土着思想に呑み込まれてしまった結果、われわれが日常何となく「日本的」なり「東洋的」であると感じているものは、神道であれ仏教であれ、今やすべて土着思想なのです。これらが安易な現状肯定でしかないことを見落としてはなりません。そこには創造的変革的な力は微塵もないのです。
(引用終わり)
老子・荘子は「土着思想」と知って以後、次第に遠ざかっていきましたが、しばらくして「いいとこ取り」をすることにしました。この動きこそ「土着化」だと言われそうですが、心理学にも「折衷主義」という立場があって、元の恩師・國分康孝先生はその立場でした。クライエントの提起する問題ごとに、その人個人にもっともふさわしい理論&技法を用いるというものです。次の恩師・野田先生は、「技法の折衷はOKだが、理論の折衷は不合理」だとおっしゃいました。実際、アドラー心理学も、技法に関しては他の心理学からたくさん借用しています。心理学の技法は、いわば人類共有の財産だと言えるからだそうです。でも、理論の折衷は意味がないと。カレーと善哉は別々に食べるとおいしいが、混ぜると変な味になると。
 何だかんだと理屈をつけて、また老子・荘子を読み返そうとしています。常々言っていますように、まさに今は乱世の感がしてきたからです。

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