11,子夏曰わく、大徳は閑(のり)を踰(こ)えず。小徳は出入して可なり。
子夏が言った。「大きな道徳については、細かな規制・法律を逸脱してはいけない。小さな徳は、その範囲を少々越えてもかまわない」。
※浩→「閑」は「牧場周辺の柵」から転じて「法則・規則」のこと。仁や忠孝のような主要な徳については、細かな規制を踏み越えてはいけないが、身近なこまごまとした礼儀などの小さな徳については、その範囲を少々乗り越えても大丈夫だと言っています。子夏は、門人たちがあまり小さい徳、つまり細々した礼についてやかましく言って教条主義(形式主義)に陥ることを警戒して、大きな徳や道を実践するための「最低限守るべき規則」を意識して自分の行動を判断すればよいと教えています。
私が2番目(昭和44年度)に赴任した工業高校では、まだ生徒たちとの年齢差が少なく、ほとんど“友だち感覚”でつきあっていました。その中でも、担任をした工芸科(のちにインテリア科と改名)のF君と、その親友・N君と特に仲良くなりました。彼らは、お勉強のほうは、まあ標準というところでしたが、私が顧問をした「放送部」で大活躍していました。彼らと私は音楽の趣味も一致していて、当時、イージーリスニング・ミュージックが大流行していて、特にポール・モーリア楽団とレイモン・ルフェーブル楽団がダントツで、FM放送でエアチェックしたヒット曲をお互いシェアして楽しんでいました。学校行事でマイクを使用する場合は、この学校ではその関連業務を一切放送部に任されていました。彼らは自分のクラスから離れて、ある場合は「放送室」で、ある場合はグランドや集会所(当時、体育館はなかった)で放送スタッフとして活躍していました。顧問の私は、入学試験のときは、受験室監督でなく放送室でアナウンサーをしていました。高梁工業高校、素晴らしい学校でした。放送室を管理する電気科の特にI先生が、私と放送部を絶対的に信頼してくださったこともあります。時々、昼休みや放課後に放送室内だけでモニターで流している音楽が、チャイムが入った途端に全校一斉放送に切り替わって、全校に流れて大慌てしたりしましたが、電気科の先生方は「笑って許して」くださっていました。F君やN君は、生活態度はとても真面目で、法律違反・校則違反をしたことはなかったですが、彼らが言うには、「僕たちは実は違反スレスレまでやっている。それでも十分範囲は広いので、そこからはみ出すことはほとんどない」と。まさに、「小徳は出入して可なり」です。彼らとはその後も現在に至るまでずっと年賀状のやり取りは続いていますが、数年前からN君とは途絶えています。このお正月の年賀状でF君にたずねたら、早速SNSで知らせてくれました。彼らも70歳になっています。元気な内に再会したいです。
Q372
小中学校の先生は、暴力・いじわるなどの不適切な行動があった場合、他の生徒を守る必要性、秩序を守る必要性があって、その場で指摘・注意をせざるをえないと思うのですが(野田:思いませんけど、この人は思うんですね)、いかにして侵入的にならずに、その生徒と関係を作っていけばいいのでしょうか?
A372
お巡りさんは、道ばたで人を殴っているおっちゃんがいたら、当然止めに入るでしょう。「ちょっと待ちや」と言って。「何があったんやねん」と、当然聞きます。人間が他人に暴力をふるうのは、職業犯罪者でヤクザのおっちゃんなら、いきなり暴力をふるうこともあるでしょうけれど、素人衆が暴力をふるうと言うことは、何かいきさつがあったんです。やむにやまれず暴力をふるわざるをえないいきさつが何かあったんだと、普通、考えませんか?学校でも、札付きの非行少年で暴力をふるうことが喜びになっている子がいたら、話は別ですが、そうでなくて、ごく普通の生徒が喧嘩して、一方が一方を殴っているところへ、先生が通りかかったら、「まあ、ちょっと待ちーや。何があったか話してよ」と言いませんか?それが正しい介入だと思う。暴力をふるっているほうが「悪」、ふるわれているほうが「かわいそうな被害者」と決めつけるのが「裁く」ということです。それをやるから、あと、話がうまくいかない。最初から、相談的人間関係が成り立っていない。暴力をふるうということの心理的プロセスを考えてほしい。例えば、ある生徒が別の生徒を殴るのでも、夫が妻を殴るのでも、何もないのにいきなり、「ただいま-」にボーンと殴ったりしない。絶対にいきさつがある。いわゆるDVでも、夫には夫の言い分があります。人間にはその人なりの論理がある。その人なりに正しい理屈がある。その理屈を聞こうという姿勢がなかったら関係が持てないから、援助的になれない。いじめであれ、暴力であれ、今、間違った介入の仕方をしている。大人の子どもに対する虐待でも、夫の妻に対する暴力でも、最初から、暴力をふるうほうが悪と決めてから話が始まるでしょう。それでは絶対に解決しない。親が子どもを殴るのでも、それなりの理屈があって殴っていて、その人の持っている目標は、“キラキラした理想”なんです。その人にとっては良いことなんです。価値的にすぐれたことなんです。道徳的に正しいことなんです。ただそれを実現するのに、たまたま誤った方法を使っている。だからその「道徳的に正しいこと」は何なのか聞かせてもらわないといけない。「今やっている方法で、その目的が達成できると思いますか?」と聞かないといけない。一番の問題点は、今のあまりにも強い暴力アレルギーです。暴力アレルギーが結局暴力を再生産しているというパラドックスがあると思う。暴力はいけないと最初から決めてしまわないほうがいいと思う。暴力をふるわないといけないやむをえない事情があったんだと思ったほうが、賢いと思う。昔、裁判所に勤めていたとき、今で言うDVね、夫が妻を殴っているというケース、ときどき妻が夫を殴っているというケースもありましたが、そういうのをたくさん見ました。裁判所では調停員という人がいて、夫婦の関係調整に立ち会うんですが、暴力事件なんかあると、「野田先生立ち会いしてください。頭がおかしいかもしれんから」と言われて、「はいはい」と聞いていました。つくづく思いますが、やっぱい暴力をふるわれる妻は、暴力をふるわれるだけのことはある。あのおばはんを黙らせるには、殴るしかないと、旦那さんのほうに同情したりする。だから、いきさつはあるんです。「奥さん、その言い方したら、殴られますよ」って、助言をせざるをえないところがある。「もうちょっとものの言い方を工夫したほうがいいんじゃないですか」と。(回答・野田俊作先生)
10,子夏曰わく、君子、信ぜられて而して後にその民を労す。未だ信ぜられざれば則ち以て己を厲(なや)ますと為すなり。信ぜられて而して後に諌(いさ)む。未だ信ぜられざれば則ち以て己を謗(そし)ると為すなり。
子夏が言った。「君子は人民に信頼されるようになってから、はじめて人民を労働に使役する。信頼されないうちに人民を使役すると、人民は自分たちを悩ますと思う。君子は主君の信頼を得てから、はじめて主君に諫言(かんげん)をする。信頼を得ていないのに主君を諌めようとすると、主君は自分を誹謗していると思ってしまう」。
※浩→前半は、政治の責任を取るものの、人民に対する心得で、後半は、その君主に対する心得を説いています。人民に労役(夫役)を割り当てて使役しようとする場合には、君子と人民の間に信頼関係が成り立っていないと、人民は政治に不満を覚えて反発するのでうまくいかない。同様に、君主と家臣の間に信頼関係が成り立っていなければ、有効な諫言(厳しい助言)をすることができなくて、君主はたとえまともな指摘であっても聴く耳を持ってくれないおそれがある。荻生徂徠は、後世の儒家の教えが、厳格主義に傾いて、ここに説くような厳密な注意を怠ることへの反撥であろうと、考えたそうです。ここでも、創生期のクリエイティブな思想がのちに教条化・土着化していくことがわかります。
例の野田先生の論文から引用しておきます。↓
□創造的思想の土着化
批判的な創造的思想も、継承されるうちに批判性を欠くと、容易に土着思想に呑み込まれてしまいます。思想の歴史は、批判的創造的思想が現れては、やがて土着思想に呑み込まれ、それに対する批判としてまた新しい批判的思想が現れる、ということの繰り返しであったと言ってもよいでしょう。
ある時代の日本と中国においては、仏教が批判的思想であり、神道や道教が土着思想でありましたが、仏教はやがて土着思想に呑み込まれてゆきました。例えば、日本中世天台宗の論書である、伝源信『真如観』は、
今日より後は、わが心こそ真如なりと知り、悪業煩悩も障りならず、名聞利養かへりて仏果菩提の資粮となりつれば、ただ破戒無慙(はかいむざん)なり懈怠嬾惰(げだいらんだ)なりとも、常に真如を観じて忘るることなくば、悪業煩悩、往生極楽の障りと思ふことなかれ。
と述べていますが、これは仏教用語で書かれた土着思想です。ここでは、仏教は神道に呑み込まれているのです。
中国では、例えば、唐代の禅僧臨済が、
諸君、ブッダの教えは工夫を用いることがない。ただ、平常無事で、排泄したり、着替えをしたり、飯を食ったり、疲れれば寝たりするだけのことだ。愚か者はこういう私を見て笑う。しかし智者ならばわかる。昔の人も言っている。「外に向かって工夫するなどというのは、大馬鹿者だ」とな。君たちが、どこにいても自己自身でおれば、することなすことみな真だ。外から何がやって来ても、君たちを引き回すことはできない。これまでの無限の生涯に蓄積した悪いカルマがあっても、そのままで自然に解脱の世界に生きることができるのだ。(秋月龍民『臨済録』)
と言っています。これも仏教用語を用いてはいますが、まったく道教的であり、土着思想に呑み込まれた仏教なのです。
ちなみに、このようにして、元来は批判的思想であった仏教が土着思想に呑み込まれてしまった結果、われわれが日常何となく「日本的」なり「東洋的」であると感じているものは、神道であれ仏教であれ、今やすべて土着思想なのです。これらが安易な現状肯定でしかないことを見落としてはなりません。そこには創造的変革的な力は微塵もないのです。
とても難解ですが、いつもフロムの「創造的思想は常に批判的である」を心にとめておきたいです。
Q0371
大人の裁判と少年審判の違いのお話がありましたが、アドラー心理学としては少年(10歳以降)と大人に対する関わりの違いはないと考えてよろしいのでしょうか?
A
そうです。
Q
現行の司法や少年法についてについてアドラー心理学はどのように考えますか?
A0371
どのようにも考えません。法律の問題については僕たちの受け持ち範囲だと思わないから。アドラー心理学の受け持ち範囲は、相談の成り立っている場なんです。カウンセリングだとか、病院での臨床だとか、学校で生徒と先生が相談しているとか、家庭で親と子が相談しているとかいうのが、アドラー心理学が成り立っている場で、それ以外の、法律がどうやってできているかとか、法律が良いとか悪いとかいうことは、僕たちの関わる事柄じゃないと思っている。それは、政治学や経済学や法学が考えることで、心理学が考えることじゃない。アドラー心理学はこの世のすべてについて何か意見を持とうとは思っていません。この世のすべてについて意見を持てるような学問なんて、この世にない。法学に僕らのことを口出しされたくないように、僕らも法学に口出しをしません。(回答・野田俊作先生)
9,子夏曰わく、君子に三変(さんぺん)あり。これを望めば儼然(げんぜん)たり、これに即(つ)けば温(おだ)やかなり、その言を聴けば厲(はげ)し。
子夏が言った。「君子はその自由な表現として三つの変化を持つ。遠くから眺めると厳然としている。近くに寄ってみると穏やかである。その言葉を聴くとエネルギッシュである」。
※浩→子夏は孔子を君子の典型と考えていて、孔子の態度を君子の模範として述べています。「儼」は「厳」と似ていますが、「厳」がただ厳格・きびしくて美の観念と結びつかないのに対して、「儼」は規格が保持されている美しさを言うそうです。「端正」が最適や訳です。遠くから眺めるとそう(儼)で、近寄ると穏やかで温和な雰囲気で、語る言葉は迫力がある。いささか自信過剰気味ですが、もしかしたら私もわずかながらこの雰囲気を持っているかもしれません。謙虚に言い直せば、「かくありたい」理想像です。逆の態度は避けたいです。遠目には穏やかそうで近寄ると実は野蛮で、話す言葉は曖昧だなんて、イヤです。竹久夢二の描く日本女性は「たおやか」な感じがします。明治生まれのわが母は晩年の一時期を除けば終始「矍鑠(かくしゃく)」としていました。私の名前「浩」の由来は『孟子』の「浩然の気」にあるようです。これは、人間内部から沸き起こる道徳的エネルギーです。これは自然に発生してくるもので、無理に助長させず正しくはぐくみ拡大していけば、天地に充満するほどの力をもつとされます。アドラー心理学の「共同体感覚」の説明みたいです。共同体感覚は生まれながらにして持つ能力ですが、生後の育成によって伸ばしていくものです。「浩然の気」は、中国、戦国時代の儒者・孟子が説いたもので、『孟子』の「公孫丑篇」にあります。「気」とは、もと人間のもつ生命力、あるいは生理作用を起こすエネルギーのようなもので、これまたアドラー心理学の「勇気」を連想させます。孟子はこれに道徳的能力を見出しました。仁義に代表される徳目は人間の内部に根源的に備わっているものとし、それが生命力によって拡大されることを「浩然の気」と表現しました。すごい名前をつけてくれた親に改めて感謝です。