夏だったら麻とかインド綿など、素材のよい物しか身に着けないMちゃんのガレージセールで見つけた一枚、とても着心地がいい。しかし、ダメージ加工のしすぎで、お吟さんが着るとホームレスのおばさんにしか見えない。十代の子やばっちりメイクしたおばさんなら、カッコいいんだけれどね。
で、本日のお針の会で、いろいろいじってみた。まず、裾と袖口のほつれがひどすぎるので、切り落として三つ折りぐけをした。たまたま仕事で出た手蜘蛛しぼりの端切れを、背守りみたいにアップリケしたり、汚い部分に当て布したり。世界に一枚のシャツが出来上がって、お吟さんご満悦。Mちゃんが「着るから返して~」と叫びそう(笑)。
秋の昼張子作りは黙々と 糸井潮村
日暮れにぱらぱらっと降ったら、虫の音が一段とよい音色です。
ぴのこさん、お元気で東奔西走されているようで、よございました♪
今日は小筆遊びの日。倉敷の姉妹都市ニュージーランドの町から高校生が30名ほど来ているので、我らがお茶人、茶会をひらいてあげたそう。浴衣をかき集めて、ぽっちゃりさんにはお茶人の浴衣も貸してあげたりして、畳に座らせると胡坐をかいたりするので立礼で。掛軸の一書が「一期一会」なので、書家は和紙に一期一会を書いて栞にして全員にあげたそう。いいことしたねえ、彼らは日本を好きになって帰るに違いない。
お茶会をしてゐるらしき竹の春 堀桐子
園女とは芭蕉の女弟子で彼女がふるまった鯛に中って芭蕉は死んだと言われている。今日は「暑さ寒さも彼岸まで」と言われる秋分の日を明日に控えて涼しくなるはずが秋雨前線で全く月が見えない日が続き、雨合羽を着ると蒸されて全身あっと言う間に汗びっしょりで、これなら濡れた方がましだとかなぐり捨てたら道行く人も傘を差さずにすむほどの猫毛雨(ねこんけあめ)で生き返ったので、改めて外国ではこの程度の雨で傘を差さずに歩いている人がほとんどだったので原爆の放射能の雨の影響もあるかとは思うが、雨合羽着ていたら死んでいたと思うと、「園女雨」という造語が浮かんだので使ってみた。月曜には最低気温が18℃に落ちるのでセーターが恋しくなる涼しさで短い秋となるだろうと、思いきやお客は今年の冬は暖冬だと言うのできっぱりと冬が来てほしいものだ。
あ、ラスカルの箱につないだらぴのこさん飛び越していた。お帰りなさい。
こんにちは😃
ひとり旅より帰宅。コロナ以来会っていなかった友人何人かと会えました。残暑厳しかったので、ややくたびれましたが心地よい疲れです。
明日からお彼岸なので又一泊で春に亡くなった亡母の墓参で山口に行きます。両親が一緒に眠っている故郷のお墓です。
猫髭さん、澤様を偲ぶ会の様子を知らせて下さり有難うございます。
ご紹介のバイオリン演奏、うっとりと聴いております。美しい肢体は楽器の一部分のようですね!
今日はお針の会の面々とランチへ。Oさんの同級生が、麦と米の二毛作の田んぼの中の、古いお百姓家を借りてランチのお店をしている。お店の両隣は黒豆畑で、裏庭は露草と赤まんまが繁茂し、冷房を切って窓を全開にしたら、風が吹き抜けそうな無垢板の床である。杉の板が素足に心地よいこと。
「私にも買ってきてくれるなら、ケーキの持ち込みOK」とオーナーシェフが言うので、夕日が稲穂の波に沈むのが見渡せるケーキ屋さんで見繕う。ケーキを写すのに、夏紬にちぢみの帯のKさんをバッグに持ってくるお吟さんのセンスの良さよ(笑)。
秋空に藍染干すや手も染めて 岩田美蜻
佳音先生の句会楽しそうですね。お近くなら寄せてもらいたいほど♪
昨夜は「円錐」の同人で澤さんと一緒に箱根へ吟行句会の手配をしてくれた和久井幹雄さんと荻窪の屋根裏バル「鱗」で澤さんを偲ぶ会。なんといつも満席の店が前日敬老の日の休日だったのでお客が勘違いしたのか、誰も他に客が一人も来なくて、澤さんの芸術云たら賞(宇多喜代子さんが強く推奨したと和久井さんは言っていた)という俳人では初めての受賞の写真映像をスクリーンに映し出し、わたくしの作った澤好摩追悼CDを流して澤さんを偲んだ。
澤さんと俳句をしたのは唯一箱根に一泊二日したこの一度だけで、澤さんが座長で、俳句を詠んだことがない画家の聖さんとの四人旅で新宿を出る時から帰る時まで全員酒を飲み続けていた酔いどれ句会で、結果は澤さんの特選は猫髭で、俳句初めての聖さんも画家らしい目で箱根彫刻の森の美術館のピカソ作品などを詠んで和久井さんともども選を集めたが、密室俳句で推敲を繰り返して俳句を煮詰める澤さんは写生吟行句が苦手なのか一句だけで沈んだので、「表記は俺が纏めて発表する」と言ったまま結局「円錐」にも載らず不問に付されたので、和久井さんも自分で纏めて送ると言ったのに結局何も送ってこないし「円錐」にも載らなかったねえと回顧していた。よほどわたくしの句を特選に採ったのが癪に障ったらしい。(^^)
どこの吟行句会でも、猫髭は評論は凄いが俳句は蘊蓄垂れ流す御託俳句で下手だと言われ続けて二十年経ったが、下手だと言う自称俳句上手よりも句会での主宰の特選回数は少なからずなので、もとより他人と比べてどうこうという趣味はないから気にもしないし、俳句で身を立てると言っても純粋に俳句だけで食っていける俳人は絶滅危惧種よりも少なく副業で食っているかヒモをやってるかで村上龍の『13歳のハローワーク』にも俳句は絶対に職業として食えないから趣味に留める様にと唯一進路に選ばないよう選択肢から外された職業なので、俳句で身を立てようという気は最初からなかったから気にもしなかった。にも拘わらず澤さんは「円錐」の句会に来るかと言ったことはあるが来たら俳句よりも酒飲む口実にしそう、されそうで積極的ではなかったが、発表前の俳句をわたくしに見せてわたくしが褒めると猫髭に褒められるなら良しとしようみたいないきさつで、載せた俳句の冊子は必ず送ってくれていた。「円錐」も和久井さんに送ってもらっていると言うと俺が送ると澤さんが直接送ってくるようになった。「円錐」の会員名簿は澤さんが一人で管理しており、そこにわたくしの名前があるかどうかは今となってはわからないが、他の編集員に渡された名簿には載っていないのはわかっている。もっとも、11月の市谷での型通りの追悼会に出る気はない。生前澤さんは死んでから哀悼を尽くすとかいうのは俺は大嫌いだ、死んだら無になるだけだと言っていたからだ。
澤さんの俳句を詠んで陶然とするだけでわたくしは満足である。
My Lament for 澤好摩の中の一曲。Emmanuel • Chris Botti (feat. Lucia Micarelli) in Boston
お昼は一人くるくる寿司。鯵・炙りサーモン・炙り烏賊・納豆巻きと八貫で腹八分目なので、千円でおつりがきます。サービスの珈琲はまずくて飲めないので、コンビニの冷珈琲Lサイズを買って図書館へ。狐美尼さんはお元気かしら?
珈琲は濃く熱くして秋の朝 東野行彦
↓このもんぺの残り布でこさえたコンビニ珈琲袋、ちょっと零れても吸ってくれるし、図書館でも目立たないし、重宝しています♪
