小筆遊びの後、いつものメンバーでランチをして、九十九折の雑木林をぬけて王子ヶ岳山頂へゆく。海が輝いている。カフェにて柿ジュースを所望。柿をジュースにするという発想が全くなかったが、十分いけるので、毎朝のジュース、林檎・人参・セロリ・酢橘・蜜柑に加えよう♪
我らがお茶人が、お弟子さんから手紙を貰ったと見せてくれる。なんと、巻紙に筆で書いてある。長年お世話になったお礼に、ささやかな茶会をひらくのでお正客として来てほしいとの案内状だ。とても大人だ。お吟もここぞというときには、巻紙にしたためよう(笑)。
柿色の日本の日暮柿食へば 加藤楸邨
この現代に着物を着ようというお客さんは、実に個性的。抹茶と煎茶と整理整頓、その他いろいろのお免状を持っているあるお客さん、
お客「家に上げてくれてお茶まで出してくれるのは、ここだけよ」
お吟「あら、整理整頓の先生を家に上げてしまったわ」
お客「見ないことにしていますぅ~(両手で顔を覆う)」
金蠅銀蠅瑠璃蠅に頼むときは、「見ないことにしていますの人からの仕事だけど、、、」と愛称を使う。何人もいるので、「ああ、あの整理整頓の先生ね」と思い出してもらえるから(笑)。この先生、行儀作法のお手本となる方だと思うのに、要件が済んでも、「ここ大好き」と言って、1時間はお喋りされる。しかも、会話のキャッチボールの出来ない方で、世のため人のためいかに自分が頑張っているか、延々と一人芝居なさる。まあ、社会勉強だと思って、お吟は拝聴することにしている。
それに時には、「お仕事に使ってください」と、使えそうもない派手な朱ぼかしの八掛をくださったりする。実はこれ、別の人から大至急の直し、汚れてしまった朱色の八掛の取り替えにたちまち役に立った。なかったら、困っていたところだった♪
まつ先に来て最後まで日向ぼこ 檜紀代
好きな本、山口誓子選・監修『季寄せ・草木花』朝日新聞社を見ていたら、
蓮月が奥津城どころ冬桜 石井桐陰
の字面の美しさに目が止まった。「蓮月が奥津城どころ」って何だろう?どこかの城だと思っていたので、「奥津城どころ」が「墓場」であることに苦笑したが、「蓮月」が、「大田垣蓮月 という、尊い命を相次いで失って尼僧になった人で、歌や陶器を作り出すという産みの喜びを生きる力に変えて、苦難の人生を生き抜いた、、、」と知って、ますます冬桜の句が美しく思えてきた。
願わくはのちの蓮の花の上に くもらぬ月をみるよしもがな 蓮月 辞世の句
>I. J. Paderewski. Sonata for Violin and Piano, op.13はピアノが弾きっぱなしで、その上に流れるヴァイオリンのメロディが美しく、いろいろな奏者の演奏を聴いて楽しませてもらいました。(*^▽^*)ゞ
わお、猫髭様がそんなにお聴きとは♪
今日は図書館遊びの日。『ににん』百号も少し読む。紹介されている1号の、土肥あき子さんの巻頭エッセイ、まるで軽妙な音楽を聴いているような、素晴らしいリズム感がある。エッセイのお題が、「吉祥寺の水鳥」。ににん創刊の祝いの宴が長引いて長引いて、正津氏の頭が水鳥の人形よろしくテーブルにぶつかっているのだ(笑)。
秋麗のをんなに涙袋かな 土肥あき子
またいろいろ企んでいるので、ささっと描ける絵を選んで模写遊びも、、、
>初めごろはご馳走と飲み放題のお酒に夫婦で舌鼓を打っていたが、終りごろは無言で梅干しで白米を味わっていたとか。夕べは卵かけごはん、今朝はお茶漬けだったそう
わかるわあ。わたくしはコンピューター・エンジニアを30年ほどやっていたが、海外(アメリカ、イギリス、ドイツ、デンマーク、スイス)に出張すると、郷に入らば郷に従えとはいえ、海外には生卵や納豆や海苔はないから同じような渇望はありました。日本食屋もあることはありますが、どうも刺身と漬物と味噌汁の家庭の味はないから、結局郷に入らば郷に従えで、その国の料理に慣れるしかなかったですね。
I. J. Paderewski. Sonata for Violin and Piano, op.13はピアノが弾きっぱなしで、その上に流れるヴァイオリンのメロディが美しく、いろいろな奏者の演奏を聴いて楽しませてもらいました。(*^▽^*)ゞ
写真は柘榴。近所の造園にたわわに生っている。食べないようだから貰うかな。今日はカリンを貰って机の上で芳香をはなっている。自転車に乗れないから毎日歩いているが、何と練馬区の南田中団地の一角に駄菓子屋があった。懐かしいのでいろいろ買ったが、風船ガムを噛んだら入歯にこびりついて往生した。今のガムは入歯にはくっつかないが、昔のガムはくっつくのである。昭和だなあ。(*^▽^*)ゞ
